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第99話 語らいの裏で

 アルバートは遠くで向かい合うイオとフィリアを見つめていた。


 先刻、馬車の中から姿を現した「聖女」フィリアは、冒険者集団の先頭にいたイオを見て少なくない間硬直した。

 最前線であるヴァナヘルトの隣に立っていたアルバートはその異変をすぐに察知する。


 だが、硬直していたのはイオも同じだった。

 その様子を見て2人の間には何かがあるのだと知るに至る。


 実際、魔道具を用いて大規模な治療を行った後のフィリアに訊ねてみると、彼女はイオと初対面でないと認めた。


『昔、私はイオさんに助けられたことがあります。……それだけです』


 名高い「聖女」を、イオが救った。それはアルバートを大きく驚かせた。

 彼は少ない情報から推測して、魔物に襲われていたフィリアを偶然イオが助けたと解釈する。さすがに同じ町の出身だとまでは思い至らなかった。


 すると今度はフィリアの方からイオとの関係を訊ねられる。


 アルバートが素直に行動を共にする仲間だと答えると、彼女は少なからず驚いていたようだった。

 フィリアはイオの何を知っているのか。そう思っているとカナリアがアルバートの裾を引いて訊ねてきた。


「ねえ、アルバート。これどういう状況よ」


 後から合流したカナリアとルーは何も聞いていない。そのため、「勇者」をはじめとする大物たちに囲まれて2人を見守る今の状況を理解できていなかった。


「さあ……イオと「聖女」様が知り合いだったらしいけど」

「なによ、それ!? なんでイオが「聖女」様と!」

「昔、イオに助けてもらったと仰っていた」


 カナリアにとって「聖女」とは、どこか素晴らしい環境で厳しい修練を積んだ雲の上の人物である。

 どう考えてもただの冒険者であるイオが知り合える相手ではない。


「でもカナリアちゃん。イオ君もきちんと話しているみたいだし」

「えーなんでイオが……ええ……?」


 カナリアは目の前の光景を見てもなかなか信じることはできないようだった。

 何を話しているのかは聞こえないが、2人の間には真剣な空気が漂っている。それを感じてようやくカナリアにも、イオがフィリアと初対面ではないと受け入れた。


 イオとフィリアの動向を見守っているのは彼らだけではない。ドロシアは興味深そうに、クレシュは感情を表に出さずに2人の方をずっと見ている。

 リアンはそれほど興味がないのか、別の方向を向いて黙想していた。そしてディラードは――


「お久しぶりですなぁ」


 それが自分に向けられた言葉であるということを、アルバートはすぐに察した。


「アルバート・エイデン君、でしたかな? 先ほどの魔法は見事でした」


 セントレスタ皇国の騎士隊長の1人であるディラードは、アルバートの正体をしっかりと見抜いていた。

 両者の立場は全く違う。変装こそしていないが、他の隊の一騎士であったアルバートはディラードが自分のことを覚えているとは思っていなかったのだ。


「……私はただのアルバートです」

「ふむ……深くは聞きますまい。ですが、他人の振りをするというのも無理があるでしょう」

「……私如きのことを、よくお覚えで」


 実際に2人が顔をつき合わせて話をしたことはない。上の立場であり、自分の所属していた隊と別勢力でもあったディラードと交流する機会がなかったのだ。


 遅すぎた警戒を露わにするアルバートに、ディラードはにこやかに語った。


「いえいえ、私も初めは確証をもてませんでした。なにしろ、噂に聞いていた「冷血の騎士」とはかけ離れていましたからなぁ」

「……」

「しかし特徴的な魔法と、先ほどの会話でようやく確信できたということです」


 つまりディラードは、カナリアがアルバートの名前を呼ぶところを聞いていたのだ。

 また容姿を知らなかったとしても、彼が将来有望であるということは聞きかじっていたのだろう。結果、いくつかのヒントから半信半疑だったディラードを確信に至らせてしまったのだった。


 カナリアやルーと共に何を言われるのかと待ち構えるアルバートをなだめるようにディラードが口を開く。


「あなたのことを報告するつもりはありません。何もいいことがないのです」

「……というと?」

「あなたがいなくなって『鷹』の隊はもちろん、『鷲』も喜んでいるということですよ。よほど嫌われていたようですなぁ」


 そう語ってディラードは馬鹿にするといった風にではなく、純粋に面白そうに笑うのだった。


 騎士隊長になるためにあらゆる手段を講じていた当時のアルバートは、実力が高かったとしても同じ隊の騎士からすれば厄介極まりない存在だった。『鷹』の隊に属する騎士たちは強力なライバルである彼が消えたことで隊長になれる可能性が高まり、むしろ喜んでいるのだった。

 同様に『鷲』の隊も、競争相手の勢力にあって、将来大成するであろうアルバートがいないことは都合がよかった。


 かつてアルバートが語った騎士隊内部における腐敗。それは早急に改善するべきことだが、今だけはそれに救われたのだった。

 とはいえ過去の悪行が功を奏したことにアルバートは素直に喜べずにいたのだが。


「……それなら願ってもないことです。私のことはどうかご内密にお願いします」

「本当に「冷血」とは程遠い。いいでしょう。ですがこれからはご自分でも気をつけることをお勧めしますぞ」

「はい……ありがとうございます」


 いくらエイデン家との関わりを絶ったといっても完全ではない。

 現在皇都に『鷹』の隊の面々がいないのを良いことに自由にしていたアルバートだったが、ディラードの言葉をしっかりと胸に刻み込むのだった。


 そうしていると今度は別の方向から女性にしては低い声が聞こえた。


「君があの炎の蛇を操っていたの?」

「え……そうですが」

「ああ、私は「魔導士」のアストラ。あの規模で魔法を使えるのは本当にすごいと思うよ」

「あ、ありがとうございます……」


 最上位の魔法の使い手に称賛され、アルバートは恐縮しながらも頭を下げる。

 実際はあれの他に同じ難易度の魔法をさらに2つ使っていたのだが、幸いというべきか気づいていないようだった。


「私も火属性なんだけどさ、いまだにコントロールに粗があるんだよね」

「そうなのですか?」

「私の魔法は威力に特化しているから。ちょっと集中を乱すと外すこともあるよ」


 徐々に魔法談議に花を咲かせていくアルバートとアストラ。

 ディラードはその様子をいつもの微笑ましげな表情で眺め、カナリアとルーは場違い感に堪え切れずそっと距離をとるのだった。


 そんなこんなで気が逸れていたのだろう。


「あっ」


 ずっと動かずにいたクレシュの声で、一同はやっとイオとフィリアの会話が終わったことを知った。


 皇都へと速足で去っていくイオと、それをじっと見送るフィリア。どう見ても会話がうまくいったようには思えず、むしろ決別が想起される別れ方だった。

 クレシュがついた深いため息は、何を意味してのものなのか。


「あ……すみません、アストラ様。そろそろ行かないと……」

「ああ、フィリアも用事は済んだみたいだね。あと、そんなに畏まらなくてもいいよ」

「そういうわけにも……では、リアン様、ディラード様も、失礼します」


 すでにイオの姿は門の奥へと消えている。その後を追うためにアルバートは手早く別れを済ませてカナリアとルーに呼び掛けた。


「行こう」

「ええ。……えっと、失礼します」

「失礼しまーす……」


 2人も控えめながらきちんと腰を折って挨拶をし、アルバート共に駆け足で歩き出した。


 道中、カナリアから冗談半分の文句が飛んでくる。


「もう、アルバートってすごい人に気に入られるんだから、こっちは肩身が狭いったらないわ」

「狙っているわけじゃないんだけど……」

「それほどアルバートさんがすごいってことですよ」


「聖騎士」には元から名を知られており、「魔導士」には魔法を褒めたたえられる。それなりに貴族などの前に立ち胆力を身につけたカナリアだが、今回はまたその度合いが違った。

 ルーのようにすごいの一言で片づけるには足りないほどである。


「でも一番意外なのはイオ君だよね」

「そうね。一体何を話してたんだか……」


 歩みを止めずにカナリアはちらりと後方を見やった。フィリアはまだその場を動いておらず、リアンたちの方が近づいて合流を果たしているところだった。


 イオの過去はほとんど明らかにされていない。本人が知られるのを嫌がっているのだから当然だが、何があったのか謎は深まるばかりである。


 逃げるように人を掻きわけていたイオ。それを足止めするように道を塞いでいた修道服を着たシスターに、真剣な面持ちの「聖女」。

 これらのことからカナリアは、イオと「聖女」の間には過去にただならぬ何かがあったのではと思ってしまう。それは助けた、助けられたの関係では言い表せないほどの何か。


 ただの直観だ。今も彼女は身分の違う2人が過去に知り合えたということを信じ切れていないのだから。


 何とも言い表せないもやもやを感じながら、カナリアは他の2人と共に皇都の中に戻るのだった。



 ♢ ♢ ♢



「フィリア」


 突然名前を呼ばれはっとすると、離れた場所にいたはずのリアンたちがすでに近くまで来ていることにフィリアは気づいた。


「クレシュ様……」

「彼のことは後にしましょう。今は自分の役割をやり遂げるのです」


 不安に揺れるフィリアの心情を察しながらもクレシュはこの場でどうなったのかを訊ねることはしなかった。

 それを受けてフィリアも、今更ながら背筋を正してリアンたちに頭を下げる。


「あ……私の事情にお時間を頂戴してしまい申し訳ございませんでした」


 本来なら今は緊急事態だったのだ。魔物の脅威が去ったとはいえ、呑気に話し込んでいる時間はない。

 しかしリアンは首を横に振って口を開いた。


「多少は問題ないでしょう。皇都の戦力が予想以上だったので事態は良い方向に収束しました。繰り返しになりますが、さすがは皇国一の大都市です」

「いやぁ、そう言われましても何も出ませんぞ。せいぜい今夜の食事が豪勢になる程度でしょうなぁ」


 リアンの後半の言葉はディラードに向けられたものである。両者の冗談めかしたやり取りは、フィリアが責任を感じすぎないようにするためのものか。

 どちらにせよ場の空気は少し和らいだ。


「明日からは忙しくなります。心配事は今のうちに解消しておいた方が良いでしょう」

「まずは皇帝様に挨拶に行って、後日にパレード。冒険者ギルドで案内役やギルドマスターと打ち合わせをして……「魔女」も動き出したことだし大急ぎで準備しないとだね」


 改めてそう告げるリアンに続き、アストラが予定を並べていく。


 目的が「魔女」の討伐であることを考えると、彼らはやっとスタートラインに立ったところでしかないのだ。こうして皇都に到着した以上、対策や準備に追われて自由な時間はほとんどなくなるだろう。


 イオと小さな約束を取り付けはしたものの、果たして再び会話を交わせる日があるのか。そもそも自分が話をしに行ってもいいのか。

 フィリアは嫌な想像を無理やり振り払い、「聖女」として役目を果たすために気持ちを落ち着かせた。


 先に戻った誰かから報告を受けたのか、出迎えたお偉い人間からの歓待を受けながら、一行はついに皇都へと入場するのだった。



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