表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/152

第97話 戦闘終了後の再会

3/4 加筆修正

 先触れとしてやって来た騎士の口から出た名前。それはこれから偉業を成すであろう強者の名前であった。


「勇者」。教会と初代の剣によって認められ、「魔女」を撃つべく各地から集められた精鋭と共にはるばるこの地までやって来た男。

 その戦いぶりを直接目にできたのはイオだけだった。


 魔物の群れの中に少数で乗り込み戦えるほど鍛え上げられた個々の力。その中でも主力であると思われる3人はその他の騎士の実力を圧倒的に凌駕していた。


 白髪の冷たい印象を与える青年が両刃の直剣を振るうと、小さな傷でも魔物は倒れていく。

 この国の騎士が着る鎧を身に纏う男の盾は、あらゆる攻撃を防ぎ何倍もの威力にして反射している。

 茶髪を編み込んだ女性はただそこにいるだけで魔物を破裂させていく。時折姿が捉えられなくなるのも魔道具の効果だろうか。


 イオの「感覚延長」は、本来体外に出ることのない無色透明の魔力を放射し、そこに自身の感覚を乗せて周囲を探る魔法である。魔力を介していると言っても基本的には直接見聞きするのと変わりはなく、魔道具によるアストラの隠蔽も見破ることはできなかったのだ。

 ちなみにこの特性上、完全に密閉された空間に感覚を飛ばすことはできない。そのため戦場に場違いな様子で鎮座する馬車の内部を除くことは不可能だった。


 そこでイオの魔法は途切れる。広範囲に魔力を放射する都合上、長く維持できる魔法ではない。

 魔法が飛び交う場所では妨害を受けやすいという欠点もあった。


 勝負は決した。あの「勇者」たちが敗北するようなイメージは浮かべることすらできない。

 これで自分の役割は終わったと判断し、イオは2,3歩下がって他の傍観者と同じようにその到着を待つのだった。



 ♢ ♢ ♢



 騎乗した数人の人間と一台の馬車がやって来たのはそれからすぐのことだった。

 リアンたちが完全にこちらにやってくる前に、騎士たちが一様に並んで彼らを出迎える。


「「勇者」様、並びに隊長。救援まことに感謝いたします」


 この騎士たちはディラードが率いる『隼』の隊に所属している。リアンとディラードを並べて礼を言ったのはこのためだ。

 冒険者たちは彼らの突然の登場にどう振る舞えばいいのか迷っていた。


「いえ、この様子ですと余計な手助けだったかもしれません。皇都の守りの硬さには感服です」

「私の不在中にも関わらずよく戦いました。これは私も誇らしいですなぁ」


 どちらも謙虚で丁寧な姿勢を崩さない。冒険者たちにとっては相いれなさを感じさせる振る舞いだった。

 だがそこに厳かな空気を壊すかのように軽い声が割り込まれた。


「あんたが「勇者」サマか」


 ヴァナヘルトである。やや挑発気味なのはいいところと注目を持っていかれたことに対する恨みからか。


「そうですが……あなたは?」

「リアン殿、あの「風雷坊」です」

「ああ、なるほど。初めまして、「風雷坊」殿。噂に違わぬその実力、今回はぜひお借りさせていただきます」


 リアンは感情を揺らすことなく、落ち着いた口調でヴァナヘルトに言葉を返した。

 彼らはこれからともに「魔女」討伐に向かうことが決定されている。本来ならここで友誼でも結ぶべきなのだろうが、ヴァナヘルトはさらに不機嫌さを募らせた。


「……そうかい。そんじゃ俺は疲れたんで帰るわ」

「あ、ヴァナ」

「……失礼する」


 ヴァナヘルトが踵を返したことでシャーリ-とグロックもこの場から去った。しばらく重い空気が漂うも、リアンは何事もなかったかのように周囲に告げた。


「怪我人を集めてください。「聖女」が皆さんを治療します」


 その言葉に周囲が少し沸き立つ。治療自体はドロシアに約束されているが、彼女はこの場にはいない。聖属性の希少性ゆえに、このような危険に近づくことを許されなかったのだ。

 この場で治療してもらえるというのなら願ってもないことだ。一部迷っているのはドロシアがおまけで言った「寿命を一年延ばす」という言葉に惹かれているせいか。


 その間にも後ろについて来ていた馬車の扉が開き、そこから2人の女性が出てきた。


 1人はイオも目にした「魔導士」の女性。どうやら移動中は馬車にいたらしい。

 そしてもう1人の女性を目にした途端、イオは呼吸を忘れた。


「おぉ……」

「綺麗だな……」

「ギルドマスターの治療とどっちを受けるか迷うぜ」


 そんな称賛の声を浴びる修道服を着たその少女は、何も聞こえていない様子でただ一点だけを見ていた。

 見開かれた目。震える体を押さえるように錫杖を握り締め、何度も瞬きを繰り返してその存在が現実のものであると確かめようとしている。


 一方のイオも視線を外すことはできなかった。遠くまで故郷を離れたイオの目の前に、いるはずのない少女がいるのだ。

 ありえない。その一言が頭を駆け巡り、視線の先の存在が幻ではないかと何度も目を疑う。


「フィリアさん、治療を……フィリアさん?」

「フィリア?」


 硬直したフィリアを訝しく思い、リアンとアストラがその顔を覗き込む。そしてその視線を追ってイオをたどりついた。


 一度アルバートたちに自分の見たことを伝えるため、イオは集団の一番前まで出て来ていた。数歩下がったとしてもフィリアたちからはその顔がはっきりと見えている。

 また、皇都ではフードで顔を隠さないようにしていたのもフィリアがイオを一目で見つけられた要因となっていた。幼少の頃より付き合いのあるフィリアは、多少成長して外見が少し変わっていても見間違うことはない。


「フィリア、大丈夫?」

「あ……え、は、はい」


 再度名前を呼ばれフィリアは思考を取り戻す。今彼女は大勢の人間の前で注目を集めている真っ最中なのだ。


 フィリアは悩んだ。今の自分は「聖女」。しかも今まさにその役目を果たさなければならない状況である。

 しかし視線の先にはイオがいる。本心では役目など放り出して近くまで駆け寄りたい。それほどまでに待ち焦がれた再会なのだ。


 公と私。天秤にかけられたその2つは、一瞬「私」の方へ傾くも後々迷惑をかけてしまうのではという考えによって再び釣り合う。

 だが少しだけ、ほんの少し話すくらいなら、とまた「私」に傾こうとしたところでーー


「あっ……!」


 イオが集う人の奥へと消えてしまった。その姿はすぐに埋もれて見えなくなる。

 短くない時間葛藤した末に、その機会を逃してしまったのだ。


「……申し訳ございません。今から治療を始めます」


 結局フィリアは「聖女」としての役目を全うするしか選択肢はなかった。






 ♢ ♢ ♢






 イオは人の海をかき分けて後方へ向かっていた。


 予想してしかるべきだったのだ。教会に属する聖属性として彼女が「聖女」に選ばれるということを。

 だがフィリア本人の人柄や戦闘経験のなさを踏まえると、無意識にありえないと決めつけてしまうのも仕方のないことだろう。


 それでも彼女はいた。イオを見ていた。

 その強い眼差しは、イオと無関係を貫くつもりはないという意志を表していた。あの場面でこちらに踏み出そうと迷っていた様子から考えてイオの勘違いではないだろう。

 なにより彼女は責任感が強い。過去のことをいまだに引きずって、自分に償いをしようと企んでいてもおかしくはない。


(やっと……やっと忘れようとしていたのに!)


 もう少しで完全に過去と決別できるところだったのだ。新たな人生を歩み始めるところだった。

 それにもかかわらず不完全な形で放置してしまっていた問題が、あの頃逃げてしまった関係がここで立ち塞がろうとしている。


 一目でも「勇者」たちを見ようと、人々は前々へと進んでいる。それに逆らって皇都側へと向かうことはそう簡単なことではなかった。

 肩がぶつかり苛立たしげな声をあげられる。ぞんざいに謝ることでまた時間をとられる。


 早く、速くと進んでいると不意に横から腕を掴まれた。


「イオ! どこ行っているのよ!」


 それは後方に置き去りにしたままのカナリアだった。その横にはルーもいる。

 偶然にもイオは彼女らの近くを通りがかってしまったらしい。


「見に行かないの? 「勇者」様がいるんでしょ?」

「近くから見られることなんてそんなにないよ?」


 人の気も知らずそんなことを言う2人にイオはぶっきらぼうに告げた。


「俺はもう見た。だから先に帰る」

「あ、ちょっと……」


 強引に腕を振り切ると制止を無視して突き進んだ。

 人の波に揉まれながらやっと終わりが見える。そして開けた視界の先、ちらほらと魔物の死骸が残るかつての戦場にぽつりと一台の馬車があった。


「あ……」


 それはフィリアが乗っていた馬車だった。今彼女は怪我人の治療を行っており、こんな真似はできない。

 だが馬車の横に立ってこちらを見据えているのは同じ修道服を着ていてもフィリアではなかった。


「お久しぶりです。私のことを覚えておりますか?」


 イオはその妙齢の女性に見覚えがあった。話をした回数は片手の指にも満たないが、よくフィリアの教育係として近くにいたのを覚えている。


「改まって挨拶をしたことはありませんでしたね。私はクレシュ。今はフィリアのお付きをしております」


 クレシュは恭しく腰を折って自己紹介をする。年下の冒険者であるイオにも礼儀正しさを忘れない姿がかつての記憶を呼び起こす。


「……なんで、こんな場所に」

「ハルフンクを出たのはご存知の通り、フィリアが「聖女」に選ばれたからです」

「そっちじゃない。なんで先回りをした」


 イオがフィリアの視線から逃れたとき、この馬車はリアンやフィリアの近くにあった。クレシュがずっと馬車の中にいたとして、イオが人の海をかき分けている間に先回りしたのは明白だ。


 クレシュは感情を感じさせない声でその問いに答える。


「フィリアの願いを叶えるためです」

「願い?」

「ええ。あの子はずっとあなたを探していましたから。慣れない旅にも初めて見る魔物との戦いも、それを支えにして耐えてきたのです」


 フィリアは聖属性であることを除いてただの一般人だった。特別力があるわけでも精神が強いわけでもない、ただの優しい少女だったのだ。

 そんな彼女が突然旅に、それも「魔女」を倒すための旅に出るとなれば生半可な意志では耐えることはできなかっただろう。


「ーーですが」


 クレシュの声が一段低くなる。その平坦な声音には静かな悲しみが込められていた。


「どうやらその様子ですと、あなたはまだ完全に過去を振り切れたわけではないようですね」

「なにを……」

「あなたはこのまま皇都に戻り、フィリアから逃れるつもりだったのではないですか?」


 疑問の形をとってこそいるが、そこにはある種の確信が込められていた。

 実際クレシュの言う通りではあるが、親しくもない女性にそれを教えてやるほどイオも優しくはない。


「あんたには関係のないことだ。俺の問題に首を突っ込むな」

「あなただけの問題ではないのです。私にも少なからず為さねばならないことがあります」

「あんたの事情なんか知らない」

「フィリアにも同じことを言いますか?」


 冷たく言い放たれた言葉に、イオは瞬間的に肯定することができなかった。そう言った時のフィリアの悲しむ表情がありありと想像されてしまったのだ。


「あなたの境遇には私も申し訳なさを感じています。ですが、それでもあなたの言葉に引き下がっていれば誰も報われません」

「今更そんなことを……!」

「あなたを救えなかったのは私の力不足です。意志の弱さとも言えるでしょう」


 クレシュの瞳は一抹の後悔が見てとれた。そうは言うが彼女は間違いなくハルフンクでイオに好意的に接してくれた数少ない人間のうちの1人だ。

 ただイオにその救いを拒絶されて以降、彼の件をフィリアに任せきりにしていたのもまた事実。たとえフィリアに任せた方が効率的だという理由があったとしても、クレシュ自身がイオと必要以上の接触を控えようと決めてしまったのだ。


「だから私はこの瞬間を逃してはならないと思い、こうしてここにいます。フィリアにとってもあなたにとっても、過去と折り合いをつける最大の機会だと」


 もしここで2人の道が交わらずに通り過ぎてしまえば、おそらく彼らが出会うことは一生なくなるだろう。

 イオはまた行方をくらませ、役目を背負ったフィリアはそれを探すことができない。するとイオは探しに来るかもしれないフィリアの影に怯え、フィリアはいつまでも贖罪の念に囚われ続けることになる。


 正真正銘、これが最後の機会かもしれないのだ。


「あのフィリアが今、大きな困難に立ち向かっているのです。イオさんもどうか、過去から目を背けずにあの子と向き合っていただけませんか?」


 旅に出てからこれまで、イオの過去にこれほど深く踏み入ったのはクレシュが初めてだった。アルバートたちでさえ、実際にイオが故郷でどんな目に合ってきたかを詳しく知らないのだ。

 だが、それでクレシュがイオの理解者かと言われればそうではない。


 だからーー


「違う」


 イオははっきりと否定する。昔の自分とはもう違うと。


「俺は逃げてなんかいない。ハルフンクを発ったことも、今こうしているのも、全部前に進むためだ」


 変わろうと決意したのは事実で、それはもう半分以上達成している。あとはパーティーに復帰することをアルバートに告げれば完成する。

 これまでとは違い信頼する人間と生きることができる。逃げてはいないと半ば自分に言い聞かせるように告げた。


「そうですか」


 クレシュの反応は思いのほかあっさりしたものだった。それまでの饒舌ぶりが失せ、イオは少し拍子抜けをくらう。


「でしたら、きちんと会ってあげてください」


 そして掌で指し示すその先、イオの後ろにはーー


「……イオさん」


 いつの間にかフィリアが立っていた。しかもその周りには、アルバートやカナリア、ルーがいるだけでなく、「勇者」、「聖騎士」、「魔導士」と錚々(そうそう)たるメンバーが並んでいる。

 この短時間で治療は終わったのか、冒険者や兵士は騎士に連れられて帰還の準備に取り掛かっていた。


「フィリア、さん……」


 再会の喜びを、呼び止めていることへの申し訳なさを、そして自責と償いの意志を込めたその目から、今度こそイオは逃げることができなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ