第10話 通告
イオがこの町に来てから1週間が経った。
あれからイオはどの依頼を受けるか悩みながらも何とか毎日を凌いでいた。今では自分が達成するのに難しすぎず簡単すぎないラインというのを完全に把握している。
この間にイオは一度だけ「雷光の槍」と話す機会を得られたが、調査の進み具合はあまりよくないらしい。もう他の場所に移ったのだろうと、機嫌悪そうに言っていたヴァナヘルトが印象的だった。
グロックの「感覚強化」を使ったところで犬のように対象の残り香を追うようなことはできない。相手が周りにいないと役に立たない、とグロックはイオにこの魔法の弱点を教えてくれた。
連日森を歩き続けたせいか、シャーリーもどこか疲れたようでいつものような明るさがなかった。
三人ともやる気が尽きかけているようである。
これを聞いてイオはもしこのままなら解決を待たずに他の町に行くことも考慮に入れた。たしかに高い知能を持つと思われるあの魔物が一所にとどまっている可能性は低い。追手がかかることを計算に入れてどこか遠くに行っていることもあり得るのだ。
ならば必要以上に怖れても仕方がない。イオはそう思った。用心をするのは当然だが、あまり気を配りすぎて行動が抑制されては本末転倒だ。何事にも区切りは必要だろう。
なによりもここはイオにとっていい環境ではない。皇国の端ということであまりいい依頼がないのだ。そのような依頼はここを拠点としている冒険者たちに早々に取られてしまう。もっと活気があって取れる選択肢の多いところに行こうとここ最近ずっと思っていたのだ。
あともう一週間してあの魔物が現れなければ他の町に向けて出発する。そう決めたイオはとりあえずの資金稼ぎのために今日も朝からギルドを訪れていた。そこはいつも通り騒がしい空気に包まれていた。が、その喧騒の質がいつもと違っていた。どちらかというと戸惑っているという感じが強い。
疑問に思ったイオはより人が集まっている一角へと足を向ける。皆壁に貼られた大きな紙を見ているようだ。イオがそれを読んでみるとそこにはこんなことが書かれていた。
『通告:昨日の夜、再び正体不明の魔物によると思われる遺体2つが東の森で見つかった。身元はこの町の冒険者。これを受けてギルドはこの町付近で依頼を受けるにあたって、必ず4人以上でパーティーを組むことを義務づける。違反者には罰則を科すこともいとわない』
イオはしばらく驚愕して動けなかった。
あの魔物が再び出たこと。たしかにその魔物は移動していた。しかしこの町からは離れたわけではなかったのだ。昨日まで自分が狩場にしたところに現れたというのもイオが驚かせた1つだ。あの過剰ともいえる警戒は決して無駄ではなかった。
そしてもう1つ。
(……依頼を受けるときはパーティーを組むことを義務づける。なんでこのタイミングで)
たしかにギルドの指示は間違っていない。1人や2人でいるときに襲われるのだから、4人以上でパーティーを組んでいれば目をつけられない可能性は高いだろう。だから間違っていないのだが、イオにとっては死活問題だ。
ふと受付の方を見てみると、受付嬢が依頼を受ける人を一人一人しっかり確認している。ごまかすことはできなさそうだ。そうでなくても罰則があるのだからリスクを冒すべきではない。
罰則は主に罰金やランクの降格などである。降格はともかく罰金を取られたら堪ったものではない。
そうしていると後ろから声をかけられた。
「おい、ガキ」
振り向いてみるとそこにいたのはヴァナヘルトだった。後ろにシャーリーとグロックもいる。
「おはようございます。あの……これって」
「ああ、まんまとやられたよ。まさか逆側に出るとは思っていなかった」
ヴァナヘルトは悔しそうだ。それもそうだろう。まんまと出し抜かれてさらなる被害を出してしまったのだから。
「私たちはこれから東の森に行ってくる。まだいるかもしれないからね」
そう微笑むシャーリーも元気がない。初めて会った時とは別人のように静かだ。
グロックは無言で頷くだけだ。
イオはここで気になっていたことを聞いた。
「皆さんはこの通告どうするんですか?新しく誰かを加えるんですか?」
イオが聞いたのは、3人パーティーである「雷光の槍」は通告に従えばこの付近で活動はできないのではということである。むしろかの魔物との直接的な接触を試みる彼らこそ従わなければならないと思える。だがヴァナヘルトはその問いに対して首を横に振った。
「いや、俺様たちは例外だとよ。この町には今他にAランクがいねえ。実力のないやつが突然Aランクのパーティーをに入っても足を引っ張るだけだろうという判断だ。といっても報酬は減って、本部に新しく応援を要請するらしいが」
どうやら彼らの依頼は半分失敗の扱いとなったらしい。大した情報も得られずさらなる被害を出したのだから仕方のないことだろう。
「……そうですか。頑張ってください」
イオは最後に激励をおくって彼らを見送った。と言ってもいまだに窮地に立たされているのはイオも同じのだ。
ギルド内を見渡してみる。騒ぐ者、我関せずを通す者。パーティーを組んでもらうために自分を売り込む者もいる。そのような人は必死な様子だがイオはそのような人たちを笑えない立場だ。
イオには誰に対してパーティーを申し込めばいいのかわからない。寄せ集めでパーティーを組んで報酬でもめるというのはありふれた話であるし、実際にイオが経験したことでもある。あのときはイオがまだ13歳で侮られたからだというのも理由だろうが、今でもそれほど変わりはない。
無属性であることもあって、イオが配分を少なくされるというのもあり得ない話ではない。イオは誰を信用したらいいのかわからなかった。
(最悪、今日明日にでも町を出るか?)
そんなことを考えるイオ。稼ぐ術がなくなればそれも仕方のないことだろう。幸い今なら未知の魔物が東側に行っていて、西の街道を安全に通れる可能性が高い。選択肢の1つとして十分だろう。
そうこうするうちに臨時のパーティーができたのかギルド内の喧騒が収まってきた。イオ以外で1人でいる者はいない。どうやら時間切れのようだ。
イオは急な旅立ちの準備をしなければならないことに辟易としながらもここでパーティーを組まなくていいことにどこか安堵していた。
イオがギルドを立ち去ろうと出口へ足を向けたその時。
「しつこい!組まないって言ってるでしょ!」
女性の叫び声が聞こえた。
喧騒の収まったギルド内にその声はよく響いた。
なんとなく声がした方へ顔を向けてみると、男冒険者の一団と女冒険者2人が言い争っているのが見える。
よく見てみるとその2人はここ数日イオが狩場でよく見かけていた水と風の魔法使いの2人だった。
「なんだよ、お嬢さん方。組む相手いないんだろう?だから俺たちが組んでやろうって言ってんだ」
「嘘!絶対変なこと考えてるでしょ!だいたい、あんたたちもう5人もいるじゃない!」
「多くたって問題ねえよ。な?俺たちが先輩としてイロイロ教えてやっからよ」
下卑た笑い声がギルド内に響く。男たちはやましいことを考えている顔を隠そうともしていない。あれでついていく女性はいないだろう。
女性の方はどうやら1人がもう1人をかばっているようだ。エメラルド色の髪をした強気な女性が前に出て男たちと言い争い、水色の髪の女性は後ろでおびえながら前に出ている女性の方を心配そうに見ている。
「カ、カナリアちゃん……」
「大丈夫よ、ルー」
カナリアという名の女性がルーと呼ばれた女性を励ましているが、2人は明らかに劣勢だった。数でも力でも、おそらくランクでも負けているだろう。彼女は助けを呼ぶつもりなのか周囲の人間をちらちらと見る。
しかしそんな2人を助けようとする者は1人もいない。ギルドも冒険者どうしのいざこざには介入しないスタンスだ。たとえ心情的に女性たちの味方であったとしても。
それは冒険者側も同じ。冒険者はすべてが自己責任だ。不運にもほかの冒険者に絡まれることがあっても自分の力で解決しなければならない。もしかするとヴァナヘルトなら助けるかもしれないが、それは稀な例だろう。そんな行動を起こす人物はこの場にいないらしく、いるのは無関心を貫く者とニヤニヤと観戦する野次馬だけだ。
イオはもちろん前者だ。ちらりと見ただけですぐに目を外し、扉に向かって進む。
別にイオも彼女たちがひどい目に合えばいいとは思っていない。だが、イオが出て行ったところで解決はしないし、この程度のことは日常茶飯事だ。切り抜けられないようなら先はない。
詳細は違えどイオ自身が似たような環境を切り抜けてきた。その時も周りに助けてくれるような人はいなかった。後に気にかけてくれた人は1人いたが、イオは味方のいないその状況を1人で生き抜いたし、そのことに自負もある。ここで助けを請おうと考えるなど、甘いと言わざるを得ない。
「ほら、な?俺たちと行こうぜ」
「ちょっ、離しなさいよ!」
「え、あの……」
ついに男たちは強引な手に出たらしい。嫌がる2人の手をつかんで引っ張っている。当然男の腕力にかなうはずもなく2人は引きずられていく。
下種な男たちにもそれを振り払えない女たちにもイオは冷めた感情を抱く。
別に見下しているつもりはない。ただ価値観が違うだけだ。イオにとって得も損もない。
そしてそんな人間を気にかけるような感情をイオは持ち合わせていない。
無関心に、無感動に一定のペースで歩く。もうすぐ外だ。
今から大変だ。なにしろ急に出発が決定したのだから。「雷光の槍」の面々に挨拶できないのは残念だが冒険者にとって珍しいことでもない。
そんなことを考えていると、イオの前で扉が開いた。誰かが外から入ってくる。
入ってきたのはいつか見た全身高級装備の金髪男だった。今日も悪目立ちする格好をしている。
男は入り口でギルド内の騒ぎに気づき、その整った顔を左右に振って騒ぎの下を探す。そして男たちに引きずられる女を見て顔を高潮させた。そのまま叫ぶ。
「貴様ら!何をやっている!」
イオの目の前で正義の味方が現れた。




