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無色の魔力を染め上げる-逃避の果てに見る未来-  作者: 浮谷柳太
第一章 生まれの地からの逃避
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第1話 旅立ち

 日がうっすらと現れ始め、空が明るくなりつつある中、茂みに覆われた敷地の片隅で一人の少年が地面に膝を付けてかがみこんでいた。かぶったフードの隙間からは紺色の髪がのぞいている。

 彼の目の前にあるのは細長い石。そこらに転がっているような少し大きめの石が地面に立っていた。


「……じゃあ、いってくるよ。母さん」


 そう言って自身の母親の墓石の頭を軽くなでて、彼は立ち上がった。


 ローブを身にまとい、中身の詰まった袋を肩から下げ、腰に剣を差した姿はまさにこれから長旅への旅立ちと言える装いであった。


 彼はここ数年世話になった寝床、といってもボロボロに崩れて何とか形を保っているだけの納屋であるが、そこに別れを告げて町の出口へと向かう。

 その足取りは少しの未練も感じさせないようなしっかりとしたものであった。


 そうして歩いていくうちに朝日も完全に昇り、ちらほらと人が見られるようになった。彼らはこれからいつも通りに仕事をして、仕事を終えるといつも通りに家に帰り、そこで家族に迎えられるのだろう。

 人生の転機と言える日であるためか、少年は柄にもなくそんなことを考えた。

 今日でこの町ともお別れだと思い、彼は道行く人を眺めて歩いた。


 しかし、彼が町の外に向けて歩みを進めるにつれて人は少しずつ少なくなっていく。こんな朝早くから町を出るのはごくごく少数の人のみ。それは人知れず出ていきたい彼にとって都合のいいことであった。

 むしろ誰にも、特に知り合いに見られないようにするために彼はわざとこの時間を選んだのだ。


 その思惑は成功したのか、ここまで誰にも見咎められることなく彼は町の出口に着いた。

 申し訳程度の木の柵に囲まれたこの小さな町の出口の1つ。あとは門衛に身分証明をして外に出るだけである。


「おい待て、イオ!」


 が、ここで予期せぬ邪魔が入った。

 自分の名前を呼んだのは聞き覚えのある声。今一番見つかりたくなかった人物のものであった。


 無視することもできず、仕方なくイオは後ろを振り返った。

 そこにいたのは彼と同年代の少年2人と少女2人。全員見知った顔でありながら、イオが顔を合わせたくないと思っていた人たちである。


「……なに?」


 自分の心情が表れたのか、呼びかけに対する返答はだいぶ不機嫌なものとなってしまった。


 4人のうち3人はその声を聞いて少しおびえたような表情を浮かべたが、最初にイオの名前を読んだ体の大きい少年1人だけは気にせずに言葉を続けた。


「こんな時間からどこに行くってんだ?」

「いつも通り仕事だよ」


 イオは少年の問いかけにさらっと嘘をついた。


 しかし、相手はその答えに苛立ちを覚えたのだろう。イオに大声で詰め寄った。


「嘘つくんじゃねえ! これからこの町を出るんだろ!」

「……誰に聞いた?」


 あまりに断定的な口調についイオは疑問を呈してしまう。そしてそれは自分が町を出ると自白したようなものだった。


「ダルクさんよ。教えてくれたのは」


 答えは少年の後ろにいた少女から返ってきた。しかしその口調にはイオを責めるような雰囲気が表れている。


「ダルクさんか……」


 イオは自分の先輩であり、よく面倒を見てもらっら大男の姿を思い浮かべながらため息をついた。

 お世話になった彼にまで黙っているのはさすがに不義理だと思い昨日話しておいたのだが、どうやら仇になったようである。


 そんなイオの様子を見て先の少年がまた食って掛かろうとしたところで、今までずっと黙っていたもう1人の少年がそれを止めた。


「ガート、それぐらいにしなよ。ミリもそんなに睨まないで。僕たちはそんなことを言いに来たんじゃないでしょ」

「でもハック! こいつは……」

「ミリがそんなこと言うから、イオは黙って行こうとしたんだ。ほら、落ち着いて」


 ハックと呼ばれた少年になだめられることで先ほどイオに責めるような視線を向けていたミリは何とか落ち着きを取り戻したようだ。

 その隣で、初めにイオに怒鳴ったガートも怒りを収めたようである。

 2人の様子を確認してハックはイオに声をかけた。


「ごめんね、イオ。こんなつもりじゃなかったんだ」

「いや、黙ってて悪かった。けど、なんとなくこうなる気がしたから」


 ハックの謝罪を受け入れ、イオも謝った。こうなった要因は紛れもなくイオにあるのだから。そしてイオは4人に告げる。


「みんなもう聞いてると思うけど、俺は今日この町を出る。帰ってくるかはわからない」


 皆が黙り込む中、初めに声を出したのは今までのやり取りに入っていけなかった修道服を着た少女だった。ベールをしっかり身に着けていてその髪の色は分からないが、顔立ちは整っていた。

 彼女は震える声で尋ねる。


「……それはやっぱり、私のせいでですか?」

「違います。何度も言ってますけど、あの件はフィリアさんもみんなも悪くありませんから」


 出してほしくない話題を出されたイオは早口で告げる。

 イオの希望が通じたのか、フィリアが過去のことを持ち出してくることはなかった。


「……もう、フィリアとは呼んでくれないんですね」

「……昔ならともかく、今はそんな馴れ馴れしくできないってわかっているでしょう」


 これを告げるのもイオ的には気の進むことではないが、先の話題よりはまだマシである。

 そもそもイオがフィリアと話した回数はほかの3人と比べて圧倒的に少なく、彼女を呼び捨てで呼んだのもまだ何もわかっていない幼いころのことである。


 フィリアはその服装からわかる通り教会に務めており、しかも国に10人といない聖属性魔法の使い手である。

 ましてやそれが20年ぶりに見つかった新たな使い手であることを考えると、なぜ彼女がこんなところに護衛もつれずにいられるのか不思議なほどである。


 イオがこんなことを思っているとも知らず、フィリアは悲しそうに問いかける。


「なんでこんなに急に……」

「俺が冒険者だから。これもわかっているでしょう」


 そう冒険者。薬草の採集や魔物の討伐を生業とする腕っぷし集団である。

 常に危険と隣り合わせであるこの職業に高貴な身分の者が就くはずがなく、ましてや教会の象徴ともいえるフィリアとの身分差はかけ離れている。


 幼いころに初めて彼女と会った時、2人の間にそのような差はなく普通に接していた。

 その後事情が変わり態度を改めたが、当時のフィリアはそれが悲しかったらしく元に戻すことを要求してきた。

 さすがに呼び捨てにはできず、様付けからさん付けで妥協してもらったのだ。もちろん周囲の目がないところ限定で。


「もう質問はないか? なら俺は行くが」


 黙り込んだフィリアを見て、ほかの3人も見渡してイオは問いかけた。誰も何も言わないのでイオは踵を返して町の外に向かう。


「なぁ……お前が出ていくのってやっぱり俺たちのせいじゃねえのか?」


 悩ましげな声でガートが問う。それはイオが触れてほしくない部分である。

 旅立ちに少し高ぶっていた感情も急速に冷えていき、イオは振り返りもせずに無感情に答える。


「何度も言わせるな。あれは俺の自業自得。お前らは関係ない」


 そう言ってイオは歩きだす。


 後ろで4人の声が聞こえる。


「関係ねえってことはねえだろ! 俺がどれだけ後悔したか……」


 懺悔するガートの声はイオの心に響かない。


「なによ。結局逃げるんじゃない」


 挑発するようなことを言うミリの言葉もイオに何の影響も与えない。


「あ、ちょっと待って。食料をわたそうと思って持ってきてたんだ」


 心配そうにハックが声をかけてきてもイオは余計なものと切り捨てる。


「……また、また会えますよね?」


 どこか縋るように問いかけるフィリアにイオは立ち止まり――


「……機会があれば」


 ――思ってもいないことを言うのであった。




 ♢ ♢ ♢




 この日イオは生まれ育ったイーストノット王国にある小都市ハルフンクを旅立った。

 始めこそ幸先悪いスタートになったが、まだ15歳という若さでありながら3年の冒険者経験を持つ彼は楽ではないものの順調に1人旅を進めていく。


 後ろにある故郷には母の墓やかつての友など多くのものを残してきた。

 しかしイオはそれらをすべて捨て去る。幼いころに犯した罪ともいえぬ小さな罪の結果、どん底に落ちたこともそこから這い上がってきたという過去もすべて捨て去る。


 そして旅立って半年たったころ、イオはようやく旅の中盤である国境にさしかかった。


 過去をすべて捨て去るためにイオは隣国のセントレスタ皇国を目指す。


 しかし彼は気づいていない。

 これが新しい人生を始める旅などではなく、ただの逃避行であることに。

 どれだけ逃げても過去は後ろから追いかけてきていることに。

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