授業
〝という事じゃから、よろしくの〟
「……ったく、自分でしろっての。あの糞魔王」
〝まぁまぁ、そう言わずに〟
「お前の頼みだからするけどな、借し一つだと言っておけ」
〝借し一つでも少ない気がするが……うむ、わかったのじゃ。いつもすまんの、マスター〟
「まったくだ」
国立魔法学園、校舎裏。
そこには耳に手を当てはぁーとため息を吐く少年がいた。この学園の指定制服である黒いローブを着た少年は誰かと話しているようだ。だが、その少年以外に誰もおらず、第三者から見れば首を傾げる光景だ。
何もこの少年が独り言を言っているわけではない。念話という補助魔法を使って、遠くにいる自分の使い魔と話しているだけである。
少年の名はシアン・アシード。この学園の三年生であり、攻撃魔法を得意とせず、補助魔法に優れた魔法使いだ。
何故、彼がこんな場所で話しているかというと、今は昼時。所謂お昼休みというもので、他の休み時間より休憩時間が長い時である。生徒達は皆、友人達と食堂へ行ったり、お弁当を持ち寄って教室で食べたりするのだが、お生憎様、シアンはぼっちというものである。つまりは、友達がいない。
元来より静かな時を過ごす方が好きなシアンは、こうやってお昼ご飯は校舎裏で食べている。勿論一人だが、たまに使い魔と念話で話したりして、シアンとしては楽しいひと時となっていた。
そんなシアンの使い魔、サタンはシアンの呆れたようなため息を聞き、苦笑した。毎回、マスターには苦労かけるな、と内心労わっていたり。
〝しかし、してくれるとなると、あの大会? に出るんじゃろ? いいのか?〟
プラム国王とカーマイン皇国で召喚された勇者、雄城英二が来た日から一週間。勇者のパーティの魔法使い枠を決める選抜大会まで一週間を切っていた。
皆が皆、真剣に実力を上げるために特訓したり、ライバルになるであろう者たちの弱点を探ったり、ピリピリしていた。
シアンの唯一の友人であるバルト・ピーコックも力試しに大会に出ると張り切っていたが、この雰囲気に気圧されて少々涙目になっていた。その様子をシアンは思い浮かべて、クスリと笑う。
「目立つのは好きじゃないが、まぁ今の時点でも目立ってるし、いいさ」
それに、学園全員オレが出るだなんて思ってないだろうしな。
そう続けたシアンは口角を上げて、手元にあった水を飲んだ。
シアンは魔法使いでありながら攻撃魔法に適正がない。魔法とは、華だ。派手で強く、美しい。魔法使いにしか出来ない攻撃。だからこそ、魔法使いは皆誇りを持っているし、自分より下の者を見下す傾向にある。シアンは見下される側であった。
〝なんとも、愚かなことだの〟
「仕方がないな。オレが使えるのは劣化攻撃魔法だけ。初級魔法にも及ばない魔法ばかりだしな」
人間は醜い生き物だ。
人間は魔物。そう言えても仕方がないぐらいに、黒く濁っている。確かに綺麗な人物もいるだろう。勇者がそうであるし、聖人なども。
もしかしたら、人間に限らず知能を持つ生き物は全て醜いのかもしれない。
向こうからムスッとした思念が送られてきたことにシアンは苦笑するが、その時聞こえてきたチャイムにハッとする。どうやらもう休み時間は終わりのようだ。
「じゃ、またな」
〝うむ。我も業務に戻るとしようか〟
魔界ナンバー2はダメな統率者のせいで忙しいらしい。はぁ、とこちらまでため息が聞こえてきた。シアンは笑いながらもお疲れ様と、自身の使い魔を労わってから、念話を終了する。
耳から手を離してから立ち上がり、午後の授業は何だったかな? と思案した。確か、実技だったか。
「はぁ……(憂鬱だ……)」
実技はシアンの最も嫌いな授業である。
どちらかと言えば、座学の方が好きであるし、何しろあの馬鹿にしてくる奴らの顔が歪むを見るのがすきだから。逆に実技ではそいつらさ楽しそうであるが。
やはり、脳筋は嫌いだ。シアンはそう思う。
そもそも、魔法使いだというのに実技でしか相手を見下せないというのが腹立たしい。魔法使いは体力より精神力。魔力がモノを言う世界だ。
魔力を上げるのなら、魔法を使いまくるのが一番効率的だというのに、何故に実技授業で走らなければならない。それで魔力が急激に上がったのは、プラム国王だけだというのに。アレは特殊すぎる。
確かに体力を上げれば精神力も上がる。それは変わりないが、それでも微々たるものだ。後方支援たる魔法使いが、前衛に迷惑をかけないという意味では必要かもしれないが、する意味はあまりない。シアンは非効率的な事が嫌いだった。
「(それでも、やるしかないけどな)」
授業を受けなければ、点数も下がり進級できなくなる。そうなれば除籍になり、世話になっている貴族の家からも追い出されるだろう。それはそれで万々歳だ。まぁ最終的にそうなる予定なのだが。
シアンは立ち上がり、次の授業先であるグラウンドへと向かった。
「んじゃ、今日も基礎体力作り……って言いたいが、お前らも三年生。本格的に実戦に入る!」
うぉおおおお! やら、やったぁああ! やらの歓喜の声が上がる。シアンの隣にいるバルトも例外ではなく、他よりも一際喜びを表現していた。ぴょんぴょんと跳ねたりするものだから、シアンは眉間に皺を寄せた。
ガリガリとさっぱりした短髪を掻く男性は実技授業担当の教師である。褐色のいい肌をした引き締まった身体を持つその男性は到底、魔法使いには見えない。彼は魔法剣士という、魔法使いの中でも異色の職業を持つ者だった。
確かに魔法剣士ならば、体力や筋力、剣術が必要だが、ここにいるのは生粋の魔法使いのたまご達。基礎体力作りよりも魔法を使う方が好きである。誰だって実戦大好きだ。ただ、一人を除いて。
体力作りの為のランニングやらのトレーニングは無くなったのは素直に喜ぼう。シアンだって、生粋の魔法使いなのだ、動くのは嫌いであった。ただ、実戦となると、嫌な予感しか無いのは何故なのだろうか。はぁーとシアンは嘆息した。
「と言っても、ただの実戦じゃ面白くないなぁ。そうだな、この中から二人ずつ選んでそいつらの戦いを見るってのはどうだ? 勉強にもなるし、何より……」
それ以上は続けなかった。教師の言うことを誰もが理解したからだ。一週間後、勇者パーティ選抜大会がある。情報とは力であり武器だ。誰も手の内をあまり明かしたくないし、相手の情報はなるべく手にしたいと思っている。という事はだ……この実戦はうってつけということになる。
ニヤリと笑った教師は、さぁどうする?と問いかけてきた。生徒十五名、既に答えは決まっていた。
『やる!!』
「だっはっは!! いい根性だ!」
豪快に笑った教師は、ふんと鼻を鳴らして腰に手を置く。
「じゃぁ! 始めようか! 最初の奴らはお前らが選べ」
その言葉に驚く生徒。隣や友人達と話し合い、誰にするかを決める。最初はどうやら少し緊張するらしく、自分は嫌だ嫌だと言っていた。さっきまでの勢いはどうしたのだろうか。
しかし、その話し合いに混ざってない奴が二人いた。当然の如く、シアンとバルトである。バルトに至っては話に加わりたいとそわそわしているが、過去の経験からか自分から行こうとはしない。普段自分と話している時のテンションで行けばいいのに、そう思うシアンである。まぁ、そんなテンションで行ったら確実に嫌われるのだが。
「先生! 決まりました」
やがて一人の生徒が手を上げて教師に報告した。何やら良からぬ事を企んでいるようだ。その顔は真面目そうに見えていても、笑っている。
そんな様子の生徒に教師は一瞬目を細めたが、それを隠すように笑った。どいつになったんだ? と問いながら。
上手いな。素直にそう感嘆する。他の生徒は気づいていないだろうが、確実にあの目は好意の目ではなかった。熱血な教師だからこそ、この陰湿なモノは性に合わないのだろう。しかし、哀しきかな。真っ直ぐな心を持つだけでは、生きていけないのだ。
「はい、シアン・アシード君とバルト・ピーコック君がいいと思います。実技では成績が拮抗していますし、適任かと」
つまり、こいつら弱ぇし先に手の内知っておいて大会でボコろうぜ! である。
一見まともな事を言っているように見えるが、その内は腹黒い。何とも将来が楽しみな生徒達だ。
シアンとバルトは所謂、座学は優秀だが実技がまるっきしダメな典型的な屋内型。と言っても二人共、する実技が苦手な分野ばかりであっただけで、実力はここにいる誰よりもある。何も成績イコール実力ではない。
教師はしばし考えていたが、生徒の言う事が正しいためその提案を受ける事にした。何より、自分達で選んでいいと言ったのはこちらだ。口出しもできまい。
「では、シアン・アシード。バルト・ピーコック。前へ」
シアンはやれやれと言う顔で、バルトは緊張した面持ちで前に出る。
生徒達が見る中、二人は離れていきやがて適度な距離で向かい合わせになる。パチリと目があった。
「審判は俺がする。ルールは簡単だ。相手を殺さず、気絶させるか、負けを認めさせたら終わりだ。できるな?」
元より殺す気のない二人だ。教師の言うことに何も言わず、こくりと頷いた。同時に頷いたシアンとバルトを見て満足そうに笑う教師。だが、生徒達は元々殺す程の実力がないと馬鹿にしているのか、あちこちで失笑している。
「あの」
そんな生徒達を睨んで黙らした教師の目は、スッと手を挙げて声を掛けてきたシアンを捉える。どうやら、質問があるようだ。教師はシアンの方に振り返り、続きを促した。
「使う魔法の制限は?」
教師は目を細める。
“使う魔法の制限”。その言葉の意味は、複数の系統の違う魔法を使えるという事実。
魔法使いとは皆、基本的に何かに特化しているものだ。攻撃魔法に特化していて、さらにその中の一つで ある火魔法が得意という風に。それは、遺伝の問題でもあるが、基本的にその者の適性の属性に左右される。まぁ、人それぞれというものだ。
そのため、オールラウンダーと言うものがあまり存在しない。存在したとしても、それは弱々しいものであり、戦闘向きではないものが多い。
つまり彼は戦闘向きではない。ということになる。それは魔法使いとして劣っているということ。思わず哀れみの目を向けた。
「……なし! 存分に暴れろ」
まぁ、そんな事は出来ないだろうが。その言葉を飲み込んで、頭を軽く振る。先生が生徒を信じず、それに見下すなどとあってはならないこと。そんな腐った奴になりたくない教師は、その邪念を振り払った。
だからだろうか? その言葉を聞いた時、教師が哀れみの目を送った時、シアンのその口角が三日月型に曲がったのに気付けなかったのは。
その顔を見てしまったバルトが軽く身震いをして、腕を摩っていた。
「両者、共にいいか?」
二度目の頷き。
バルトは自身の杖であるコバルトグリーンの宝石が装飾された杖を懐から取り出す。細く柔らかそうな、しなった黄緑の枝が深い緑の宝石を包んでいる。まるでオーケストラの指揮者が持ちそうな、それの長さは二十センチ程であろうか。やや小ぶりであるそれは、持ち歩くのには便利そうだ。
対してシアンは自身の杖も持たずにあくまで自然体に佇んでいた。あまつさえ欠伸をしている。やる気があるのか、と問いたくなるほどの無防備さだ。現にそう他の生徒達から野次馬が飛んできていた。
「では、開始!」
シアンのその佇まいがデフォだと、間違いとわかっていながら判断した教師は、開始の宣言をする。
その言葉を聞いた瞬間、バルトは詠唱を始め、シアンは欠伸を止めた。
実戦の始まりだ。
矛盾しまくり……うぇ。