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2 ツミという名

 山のふもとに、先の男が歩いてきた。

 山を降りたと同時に彼は後ろを振り返りぽつりと呟いた。


「驚いた」


 あんなところに人が、若い娘が裸で水浴びをしているなんて。

 ひょっとしたら神社の巫女だったのかもしれない。

 木々に囲まれた泉で光に囲まれながら水浴びする少女の姿が頭から離れられない。


(バカな………あんな子供の体を思い起こすなんて)


 自分の嗜好とは異なる姿に見とれることに男は少し落ち込んでいた。


   ◇   ◇   ◇


 あれから、マコモが少し部屋を出ようとしたらさっとタカクはついてきた。

 人目を潜り抜け神社を抜けだすことがたまにあるマコモを逃がすまいとここ最近タカクはいつも張っているのだ。


 だから、彼女はあれから一週間経ってもあの泉の場所へ行くことは叶わなかった。

 あの時は人が来ないと思いこんでいた油断と、裸だった為気が動転していたのだ。


 何もしないで去って行ったのだし、悪い人ではなさそうだ。

 後から考えると惜しいことをしたとマコモは思った。


 男は山の外の者であろう。


 だから、マコモ少し男に興味を抱いていた。

 彼にもう一度会えないだろうか、会って話をして、外の世界の話を聞かせてもらえないだろうか。


 良ければ自分のいた国の話を聞きたい。

 幼い頃から遠い国よりこの神社に押し込められたマコモは故郷を思い浮かべては悲しく瞳を曇らせた。

 思い浮かべるのは小さな今にも崩れそうな屋根の家。中には藁がちらばってて、それで寒さをしのいでいた。


 故郷の父母や兄は今頃何をしているだろうか。

 戦に巻き込まれていないだろうか。

 病気に罹っていないだろうか。


 もう会うことは叶わないと諦めていたが、自分の故郷が今どんな状況なのかだけでもマコモは知りたかった。


「あれから一週間………」


 あの男はもういないかもしれない。


 来ないかもしれない。


 しかし、泉にもう一度行きたかった。


 マコモはタカクの目を盗んで幼い巫女に賄賂(お菓子)を与え、頼みごとをしたのだ。

 甘いものに目のない幼い少女は釣られ、姫巫女の頼みにこくりと首を縦に振ったのだった。


「タカク様」


 幼い巫女がタカクを呼び問題が発生したなどと言いうまくタカクをマコモから引き離すことに成功した。


「やったっ、ありがとう」


 マコモは幼い巫女たちに感謝し、神社を飛び出した。

 後から真相を知ったタカクに幼い巫女たちが叱られたのは言うまでもない。


   ◇   ◇   ◇


 例の滝のある泉にやってきたマコモはそこに誰もいないのにひどくがっかりした。


「折角タカクをうまく出し抜いてきたのに」


 しかし、あれから一週間も経っているのだ。

 たまたま神社に参詣していただけかもしれない。

 もう山の付近にいないのかもしれない。


「残念………」


「おい」


 突然後ろから声をかけられ、マコモはびくりとした。


「あ、………あなたは」


 声の主を見てマコモは声を弾ませた。

 一週間前に遭遇した男がいたから。


「良かった、あなたに会いたいと思っていたの。覗き魔さん」

「覗き魔?」


 その呼び名に男は眉を寄せる。


「そうよ、乙女の水浴びを見たのだから覗き魔さん」

「見たくて見たわけではない」


 男は嫌そうに言った。

 自分で乙女というのか、とも付け加えて。


「覗き魔さん、一応お詫びの一言があってもいいでしょう。私は嫁入り前なのに、殿方に裸を見られたのよ」


 まぁ、それがなくても花嫁になれないだろうが。


 マコモは内心そう思いながら男に言うべきものを求めた。

 男は何か言いかけたのだが、ため息をついてマコモに謝罪した。


「水音がして、ちょうど咽喉が渇いたからここまで来たのだが、まさかここに人がいるとは………しかも、裸で水浴びしているとは思わなかったんだ」


 が、それにより傷ついたのならば謝ろう。


 責任をとることはできないが、これで勘弁してもらえないだろうか。


 慰謝料のつもりであろうか、男は懐から翡翠色の勾玉をマコモに差し出した。元は神社の参詣者に化けた時用の捧げものだったのだが。


「まぁ、綺麗………でもいらないわ」


 マコモの言葉に男は目をぱちくりとさせた。


「不可抗力だったのはわかっていたし、でも裸見られたからちょっとお詫びの言葉が欲しかったの」


 マコモは勾玉を男に返して、にこりと笑った。


「そうか………その、悪かったな」


 男はもう一度謝罪し、その場を去ろうとした。


「ねえ、まって。代わりに欲しい物があるの」


 マコモは男を引き留め言った。


「なんだ?」


 そんな身構えるほどのものじゃないわ。


 マコモは振り返った男にそう笑った。


「あなたは外の人でしょう? 外の情報が欲しいの」

「? 何故」

「私は幼い頃、遠い国からこの山にやってきたの。故郷を懐かしいと思ったことは何度もある。帰れるとは思ってはいないけど、自分の故郷について知りたいの」

「………お前の国はここじゃないのか」


 男の言葉にマコモはこくりと頷いた。


「私の国はとっても小さな国よ。この国と違って作物は実らない【コモリ】の国」


 その名を聞いて男は驚いたような表情をした。


「お前は、【コモリ】出身なのか………」

「そうよ。でも、離れたのは昔すぎてほとんど覚えていない。すごく貧しい国だってことしか覚えていないわ」


「…………」

「なぁに、私何か変なこと言った? 何か間違っていた?」


「いや、俺も【コモリ】出身だから」


 それを聞きマコモは大きく目を見開いて驚いた。


「そうなのっ」


 予想外な男の話にマコモは飛び付いた。


「うそ、嬉しい。同郷の人にこんなところで会うなんて」

「そうか?」

「うん、だって。もうその名前も聞くことないかもって覚悟していたくらいだもの」


 それを聞き男はマコモの事情を察した。

 神社の仕える巫女というのはいろいろ面倒なものである。きっとこの山の外の情報は一切遮断されていたのだろう。それに、この数年のうちに国がなくなっても不思議ではない程情勢はくるくる変わっていた。


「特に【コモリ】の国は弱小だから、もうどこかの国の支配下に置かれてもおかしくないからな」

「まだ、あるのね。【コモリ】は………戦に巻き込まれてなんかいないのね」

「微妙だな。近辺に強国がるから」

「【クマヅ】国ね」


 男はこくりと頷いた。


「【クマヅ】は何度か【コモリ】に支配下に置くように圧力をかけている。【クマヅ】の支配下に置かれては【コモリ】の民は奴婢に落とされる可能性が高い。【コモリ】の王はそれだけは免れたいと現在交渉中だ」


 奴婢という言葉にマコモはぞっとした。

 場合によっては重労働を強いられ、生贄のために殺されたりするからだ。

 自分の家はとても貧しいから、【コモリ】が【クマヅ】に支配されれば家族は奴婢になってしまうだろう。

 父母兄弟が苦しむ様を想像し、マコモは身を震わせた。


「どうした?」

「うん、なんでもない」


 心配そうに覗きこむ男にマコモはにこりと笑った。


「………」


 男はそうかとだけ言い追及しなかった。


「そういえば、あなたの名前を聞いていないわ。私はマコモと呼ばれているの」

「マコモ………、あまり会って間もない男を信用して名乗るのはどうかと思うぞ」


「あら、大丈夫よ。そういうことを言う人はたいていお人よしで簡単に悪さできないわ」

「………」


「例えあなたが人攫いだったら私はとっくに誘拐されているし」

「もし俺が呪術者でお前を呪い殺そうとしたらどうするんだ?」


 名前は力の源である。名前を呪術者に知らされるのは呪ってくださいと言っているようなものであった。誰が呪術者か判別は難しい。だから、むやみに名前を相手に知られないようにと教育を受けていた。


「怖くないわ」

「お前が巫女だからか?」

「ええ、こう見えて私結構術者としては一級者なのよ」


 にやりと笑うマコモに男はぷっと吹き出して笑った。


「本当よ! 結構筋が良いって子供の頃から一目置かれていたんだから」

「今も子供だろ」


 男はそう言ってマコモの頭を撫でた。

 マコモは不機嫌そうに頬を膨らませる。


「………ツミだ」

「え?」

「俺の名前はツミという」

「ツミ………」


 マコモはじっと男を見つめ、不可解そうな表情を浮かべた。


「なんだ?」

「ううん、それでお兄さんはどうしてここに? 参詣かしら」


 この山の神社には一般の人の為に解放している社があった。山の神の加護を得たい人たちはそこまで参詣し神に願うのだ。


「そんなところだ」

「そう、願いが叶うと良いわね」


 マコモはにこりと笑って言う。


「じゃぁ、私……そろそろ戻らないといけないから」

「ああ」

「またね、お兄さん」


 マコモは別れの挨拶をして、その場を去った。

 ツミはマコモをじっと見送った。


「神社の巫女か」


 見たところ警戒心もなさそうだし、好都合だ。

 ツミはそう考えながも何か引っかかるものを感じつつ、その場を去った。


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