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9話 白鞘の日ノ輪刀と主。一息ついて。エルフ。恐れ。


「それじゃあ、ちょっと訓練士の人を呼んで来るから。一ヵ月、この子を頼むよ」


 白新の頭の上にハンカチを載せながら。最後は俺に言ったのだろう。

 外套を拾上げてファルコニーは去って行く。

 その去り際に。


「……お忙しい、ところ、を、ありがとう、ござい……ました」


 白新は振り返りもせず、俺を鞘に収めながら礼を言う。


「お礼を言われるようなことは、まだなにも出来てないよ」


 言いながら、ファルコニーは肩を竦めて片手を振り聖堂を出て行った。


「……」


 聖堂の扉が閉じる音がして、ゆっくり振り返る。

 ハンカチを手にして、扉を眺めながら何か考えているようだが。

 とにかく色々と疲れた。俺を鞘に収めてくれたので一息つく。


(身体、大丈夫?)

「はい……調子、すごくいいです」


 治癒剣の効果なのだろう、体調は良さそうだ。

 顔や身体を拭いた後、床の血痕をどうしたものかと迷っているのをどうと言うことも無く見守る。結局諦めたようだ。


 ワンピースが血塗れになったことが一番がっかりしている様子だったが。

 椅子が無い所為で所在なくうろうろとし、結局祭壇へと続く段差に腰かけ、俺を膝に抱えて白新も息をついている。


「ファルコニーさんは……いいひと……ですね」

(伊達じゃ勇者は名乗れないからな)


 白新は驚いた顔で俺を見る。

 誰だって思い至るだろ。

 治癒剣なんて持ち出して来た時点で荒事になってもいい覚悟をして来ていた。


 剣精霊を買い取りなんて非常識で無礼な話、最初はたぶん何発か殴られるか、最悪斬りつけられる覚悟くらいあったんじゃないか?


(まぁ、お前がここまでやるとは、流石に思ってなかったんだろう?)

「はい……」


 くすっ、と笑う顔は、本当に調子が良さそうだ。


(はぁ……)


 溜め息を吐きたくなる心地。

 息なんて吐けないけど。


「……」


 正直、この戦いの発端は、この期に及んでもうだうだとしてハッキリしなかった俺に原因があると言える。

 だってだってぇ、あんな最高とも言える好条件でトレードを持ちかけられて、主の為だと言ってもぐらっと来た俺が悪かったんだろうね。

 強い剣士に好感持っちゃうのは剣としての本能だと思う。

 でもね、これだけは言わせて欲しい。


(一言! 俺に! ハッキリ言えば良かっただけだろうが!)


 俺の言葉は霊素で意識を言語化しているので、感情をそのまま飛ばしているようなものだ。

 合わせて、怒鳴り声と共に剣鳴りを響かせてしまったので、更に空気は揺れる。

 白新の顔面にぶち当たって前髪を揺らす。


 ビクッと身を竦める白新。

 渡したくないってお前の意思を、ちゃんと俺に教えてくれ。言ってくれよ……。


「だ、だ、だって……そ、そんな、ことを……」

(ああ、そうか、そう言うの慣れてないのね!)


 わかってる、これは八つ当たりに近い。

 ぐらっと来ていた俺の心を前に、自分の我儘だけでそんなこと言える子じゃないんだろうよ。

 育ちのせいで我儘の言い方も知らないんだろう。

 良い子なのはわかってる。


 だからやり場のない嫉妬と怒りを自分の中で持て余していたのね。

 でも、だからって普通戦いを挑むか? 勇者に。しかも命懸けで。

 しかも、それも。それも、それもっそれもっ!


(二度とあんな命令はするな! 絶対にするな! 二度とやるな! 絶対だぞ!)


 剣鳴りと合わせて怒鳴り上げる。


「あんなに……乱暴に、身体を、使われるとは、思わ……なくて」

(俺だってびっくりだよ! 命令で動いてると手加減もなにもあったもんじゃないんだな! はじめて知ったよ! いいか、絶対にやるなよ!)


 俺の意識がある今、妄想で最強の剣士を再現しようとしても絶対あそこまでは出来ない。

 神巌流、一蓮托刀の型・壊として封印しよう。


「S級、剣精霊も、見れたじゃ、ない……ですか?」

(ああっ? ああ、S級見れたな、そうだな!)


 自分でもぶっ壊れるんじゃないかと思う程盛大な剣鳴りに合わせて言語を叩きつける。


(同時にっ、最低っ、最っっ悪の場面も、見せて貰えたよ! 俺の心より、意思を優先しろつってんだろうが!)


 それが出来ないやさしい子なんだろうけど、それであんな光景見せられたら、いや、もう心も折れる寸前なんですよ!


「ご、ごめん……な……さい」


 ぎゅっと抱きしめられて、剣鳴りはぴたりと止む。

 な、泣いてなんか……いや、もう泣くけどさぁ。

 泣くしかないわ。感覚としては大号泣しているよもう!

 本当に涙腺欲しいわ。


 白新は、あっ、と声をあげて目を見開く。


「もしかして……騎士団の、体験入団、も、いや……でした?」


 ただの騎士団じゃない、聖剣騎士団だ。

 周り、B級以上の剣精霊で、その使い手が集まってるのよ。

 小さい頃から騎士兵錬学校で英才教育を受けていて、聖剣騎士見習いってことは既に剣精霊に選ばれているレジェンド使いで、その機能を的確に生かす訓練を始めてる子達なのよ。


 そこに剣士未満の小娘と何の機能も無い剣精霊なんて場違い過ぎでしょ……。


(……別にもういいよ、俺がどう思われようと。今からでも遅くないから、無力なガラクタのを所持してるだけってことにして見逃して貰おうぜ)

「……」


 白新は考える。

 なにを考えてるんだ、考える必要ないだろ。


(それに正直、自分の無力さが嫌になる……戦い怖いわ)


 無力な自分の隣で死んでいた主。折れかけの心で情けなく告げる。

 他の剣精霊が主の命を救ってくれる場面なんて見せられて、嫉妬も羨望も湧かない。


 いや、そんな余裕もなく、ただひたすら感謝しか出来なかった。

 無力な自分。俺だって剣精霊なのに、なんだこの差は。


「……あなただって……わたしのために、死ぬ覚悟、してくれます」

(い、いや、それは、それは違うだろ、主の為に剣が命懸けで尽すのは当たり前だろ?)

「そんなの、剣精霊、それぞれですよ」

(え、そうなの?)


 他者の秘密を暴くことになるのか、口を噤んでしまう。

 まぁ忠誠心の度合いはそれぞれあるか。

 余裕のある剣精霊ならそう言うこともあるのかも知れないが。


 俺の場合はお前が居なくなったら、また一人鞘の中に閉じこもる日々に戻ることになる。

 そんなの嫌だ。今更もう他の主なんて考えられない。


「わたしも……同じですよ?」


 ややむっとしたような口調で告げられた。


「わ、わたしは……戦いは、好きじゃ、ありません……」


 いつもの困ったような笑顔だが、いつもより深みがあると思ったのは陰りのせいか。目は真剣だ。


「ほんとうは……刃物なんて、きらい。もう二度と、持ちたく、なかったん……ですよ」


 あ、うん。そこは察する。深く追及しない。


「わたしは、剣士じゃ……ないです」


 ……そうだな。


「でも……あなた……だから……」


 目を伏せながら微笑む。


「あなたが、悪く言われるのは……わたしの剣が、悪く言われるのは、いや……です」

(……それが妥当な評価なんだってば)


 泣き言をいった傍からそんなかっこいいこと言いやがって。

 嬉しくなるだろ。


(わかった、お互い命を賭けるような真似は禁止にしよう)


 白新は頷いて、じっと俺を見てむっと眉をひそめる。


 どうこう言ったって俺が命を投げ出してでも主を守るつもりなのは見抜かれてしまうようで。

 主の剣としてここは譲れないんだってば。

 話を変えよう。


(結局、お前はどうしたい? ちゃんと言ってくれ)


 俺がガラクタなのは妥当な評価だが、そう評価されるのは嫌だ。

 剣士になる道を選ぶにしても、俺を使わない方が強い。

 王都で一般人は剣精霊を所持し続けることはできない。

 農村行く? そんなこと母親は望んでない。


「どう……と、言われても……あぅ」


 前髪を弄りながら。

 心が読めるせいで他人の望みを叶えることには献身的だが、自分の願いとなるとなにを願っていいのかわからないのだろう。


「そ、そんな……ことは」


 無いと言おうとしたのだろうが、改めて考えたのだろう、困ったような笑顔。


「少し……ありました。でも、今は……でも……」


 でも、と続ける。


「わたしが……なにかを、願って、いいの……かなって」


 ちらりと俺とみてから、恥ずかしそうに前髪を引っ張って、そのまま俯いてしまった。


(……)


 なんだこの愛され慣れてない子供丸出しのご意見は。

 過去のことも引きずっているんだろうね、確かにそんなすぐには変われないんだろうけどさ。


(で、願いって何なんだよ?)

「あぅ……わかって、いる……でしょう?」

(……いや、その先よ)


 命賭けて勇者に挑む程俺の事気に入ってくれたんだ、俺と離れたくないんだなってのは、痛いくらいわかった。


「その……先は、なにも、考えて、ない……です」


 えへへ、と笑う笑顔は可愛いんだけど、しっかりしてくれよ……。

 父親に捨てられたばかりの不安定な心情から来る、依存心なのかも知れないけど……ほんと危ういんだけど、上手い解決方法なんて俺にも思い浮かばないし。


(そっか……)


 ベストな解決策はファルコニーの提案なんだけど、それは蹴ったんだから、どうするか俺も考えないといけない。

 この件は俺にも責任がある。

 それに俺の意思もある。


(そうだな)


 そうだな。

 よし。


(じゃあ、一つ約束しよっか)

「っ――」


 あ、もう心を読まれて言おうとしてることバレた。

 思考してる段階でわかっちゃうみたいだな。

 まぁいい、言葉にする。

 俺の意思を伝えよう。


(一ヵ月後、お前が試合に負けても俺は誰の物にもならない。ファルコニーの物にもならない。ずっと、ずーっと待ってるから)


 白新は顔を真っ赤にして口を堅く結んでいる。


(お前は学校行って勉強してさ、16歳になってから改めて会う。それで良くない?)


 結局、主を選ぶ剣精霊次第なのだ。

 俺の意思さえブレなければ勝ち目しかない勝負ってことさね。

 ならば賭けに乗っておいても損は無いだろ。

 苦しそうに胸元を押さえて、言葉に詰まりながら。


「でも……そんな、こと、あなたが、また、何年も――」

(いいって。ずっと踏み出せなかったあの頃とは話が違う)


 お前はそれだけのことをやった。

 お前のために勇者をフったんだとは言わないが、思っているのはわかっているだろう。


 だが、こんな俺の為に勇者に挑むなんて主がこの先現れるわけない。

 もう俺は刀身の髄まで全部お前の物だ。

 もうどうせ他の誰かを主に選ぶなんて考えられない。

 だから待つよ。何年だって待つ。


(勝てば金貨五百枚手に入るんだ、その金で農村行ってもいいよ。なんだかんだで、お前なら都市外でもやっていけるだろ)


 心眼能力を生かせばだいたいどこでもやって行けるだろう。

 都市外の治安が悪いと言っても、農耕地には大規模な駐屯騎士団や自警団だっている。

 なにより獣の模倣を出せば、並の獣人にも負けないんじゃないか?

 と、俺は思うのだが。白新は考えが追いつかないと言った表情で慌てている。


 俺の意思はもう決まっている。

 どうなっても、何年でもお前を待つ。


(あ、そう言えばさっきの獣の模倣。あれ他人の前では絶対にやるなよ?)


 能力を隠すためには剣術模倣も気軽に人前でやるべきじゃないんだが。

 困惑中だった白新はハッとして頷く。


「はい……知って……います」


 獣人。

 全ては精霊の営みで成り立つこの世界。

 ユグマナクル大陸。

 霊素循環円盤天地において、そう言うことが起こり得ることもあるのだな、と言う話。


 人間と獣との混血で生まれて来る、混血説。

 いいや、獣から獣人へと進化し、獣人から人間へと退化したのだと主張する、退化説。

 もともとそう言う生物だったんだろう、獣の精霊返りでは? 等の自然発生説。


 どの説も常に平行線であり、議論の決着は見ない。

 人類の誕生が三千年前だ、いいや五千年前からだ、等々議論が続いているのだから、決着なんてつく訳が無いんだけどな。


 人間社会において、聖教会は混血説を支持しており、純血統である人間を尊び、獣人は人間にとっての脅威であり忌むべき存在であると定めている。

 精霊返りが社会的に微妙な立場なのもこの辺りから来ているのは、今は余談か。


 事実、社会を維持する法や秩序を持たず、群れとしての本能を優先させて生き、人間の領域を襲っては略奪の限りを尽くす獣人は人間にとって害悪であり、近隣に住み付いた場合は、騎士団が討伐に打って出るのが常だ。その為の聖剣騎士団でもある。


(となると、卵が先か鶏が先かってやつなのか知らんが、やったらやり返される)


 獣人達は、自分達の親兄弟が殺された復讐と言う名目で人間の領域を襲い、人間もまたその報復を繰り返し、今では人間と獣人は互いに憎悪の対象となっている。

 まぁ、良くある話だ。


(そう言うわけで、獣人化能力を持つ精霊返りなんて、異端審査も裁判もすっ飛ばして、黒騎士から斬首されるんじゃないか?)


 聖剣騎士団、王国騎士団、とは別の組織、裁判所に所属する円卓騎士団の騎士。

 通称黒騎士。


 通称通り、黒と赤を基調とした服装に王国の紋章を纏った騎士達だ。

 大雑把に言えば、聖剣騎士団が外部からの脅威に対する防衛組織。

 王国騎士団が外敵及び国家の治安維持組織で、円卓騎士は王室貴族議会と聖教会を監視し、また裁判所内部の不正を調査する為の権威として組織されている少数精鋭の騎士達。


(権力の監視ってやつだな)


 聖教会の管轄である聖剣騎士団と、王室貴族議会に所属する王国騎士団から半数ずつ円卓騎士が任命され、王立の学院から聖教会の任命を経て裁判官が選ばれ、裁判所内に裁判官と円卓騎士、二つの組織を作ることで公平性を保ち権力の監視として機能している。

 便宜上、揃えるために団と言っているが円卓騎士は定員13人しかいない。


(らしいよ)

「ええ……と。なんとなく、知って……います」


 ああ、また興味無さそう。

 王室貴族議会が様々な統治法案を考え、裁判所で審査し、通れば法として定められる。

 そして聖教会が神の名の元に正しい教えと言った形で布教に取り入れ、逸脱する者は裁判所で裁かれる。

 と言ったアルスガルド国の政治体制なんて9歳の女の子には退屈なだけか。


(王と貴族に仕える王国騎士。建前上は国民全体から選ばれる聖剣騎士。で、その両方から選ばれる裁判所の円卓騎士)


 他にも勇者認定が出来るのは王室貴族議会だけで勇者は王国騎士に所属するとか、裁判官は任期が過ぎたら他の都市へと移動するとか、聖剣騎士は聖教会に所属していて国民の象徴が聖教会に従っているとアピールしたりと、細かいあれこれで政治的なパワーバランスとか秩序を保とうと頑張ってるよこの国は。


(まぁ、黒騎士が来るぞって言えば、子供は震え上がって教会の言うことを聞くってもんだってことよ)


 噂では処刑人の一面もあるとか。流石に嘘だろうが。

 簡易裁判権を持っているので、その場で斬首可能な権限を持っているのは確かだ。切り捨て御免ってやつだな。

 別に衛兵だって正当な理由があれば防衛処置を取れるのに、そんな噂が立つのはやっぱり見た目のせいだろう


 何にせよ、治安の良い都市部で暮らしている限り、外的要因からの安全は保障されているようなもので。

 そのありがたさは都市生まれの子供にはぴんと来ないのかな。


「なんとなくは……わかっています」


 頷き、小さく首を傾げて笑う。

 ……何年でもお前を待つよ、なんて照れ臭い話をさっさと切り替えたがっていることは、きちんとわかってくれているようだ。


(そういうわけで、獣人化は封印な。一蓮托刀の型も、あんな命令は封印。いいな?)

「はい」


 白新はくすぐったそうに笑う。まったく、なにを笑ってるんだか。


(で、試合で勝って農村に行く気なら、聖騎士見習いに混ぜて貰って色々学ばせて貰えばいい)


 勝っても負けても俺はお前の元に戻るんだから真面目に戦う必要なんてないけどな。


(適当に流してもいいし……いや、戦いが嫌いなら流す方がいいのか?)


 白新は少し残念そうに首を傾げる。


「あなたが……楽しそうなのを、見るのは、楽しい……です」

(じゃあ、もう二度と俺を泣かせるような真似しないでくれ……お前は剣士じゃないんだ、戦わない方が良いだろう)


 本当に。

 もう宝剣として飾ってくれればいいよ。


「あぅ……はい」

(あとさ、もう一つ注文付けていい?)


 ここぞとばかりに畳みかける。

 心を読まれて変な顔をされた。

 そんなことを言われるとは思っていなかったような、意外そうに目をぱちくりとさせる。


(え、なんで? そんなに変な要求かな?)

「そういう……話は、よく、わからないの……です」

(あれ、そうなの?)


 人間なら、そう言う能力があるなら喜んで使うと思ってたのに。

 まだ子供だから? 

 まぁとにかく。

 パンツ丸出しで飛び跳ねるの辞めて欲しいんだけど。


「修道士さんの……言葉と、感覚の違いが、大き過ぎて……わかりません」

(うん?)


 白新は頭を捻って難しい表情。

 説明が難しいのだろう。 


「動物の……心と同じで、本能は、見ても、はっきりと、わからない……です」


 たどたとしく説明が続く。

 要するに、当たり前に存在している欲求を大仰に語るの意味が良くわからない、と。


 服は着る物だと常識を知っているから着ている。

 おかしな恰好をしていて笑われるのもわかるし、社会秩序を守ることの意味は理解出来るが、それ以上の大仰な教えはわからないのだと。


 やっぱり精霊返りはどこか変わってるのか、性的な意味での羞恥心と言う物がピンと来ないらしい。


「何より……そう言ったことに、厳しく、言う、人に限って、変わったことを、考えて……いますよ?」


 ぽそっと独り言の体で呟いている。

 得てしてそんなもんかもな。思わず苦笑が浮かぶ。


(へぇ、じゃあ好奇心でエロスな妄想を覗いたりしないんだ)


 下賎な話題だがもう直球で聞いて見る。

 いや、気になる所だろう。

 俺達剣精霊にある欲求は、自分をもっと活かして欲しい、主の役に立ちたい、他より優れたい等々、道具としての類だけだが。

 個人的には主に品格というものがあって欲しいわけよ。


 白新は当然だと言わんばかりの表情で頷く。

 当たり前の物として認識しているから、特に気にしない。

 食欲や睡眠欲と同列の扱いとして、好奇心以前の話らしい。


 なんだか安心したような。

 まだ年齢的にわかってないだけのような。

 まぁ、この辺はたぶん性格でもあるんだろうな。母との約束をずっと守っている真面目な所もある。


「秘密を……暴く、のは、ダメ、ですし。相手の、思考じゃない、感覚を見るには、良く見ないと、無理です。見てる物や、感じてる味、や、空腹感や感触、なんかは、普通に見るだけじゃ、よく……分かりません」

(思考は普通に読めるけど、感覚、本能や五感となると、読もうとするのはコツがいるってことか)


 白新は頷いてから、首を傾げる。なにかニュアンスが違うだろうか。

 前髪を引っ張りながらしばらく悩んで、意を決するように顔を上げた。


「そもそも……心を、読める、というのが、すこし、違って。思念が、目に、見えるんです。すごく強い思念だと、目を閉じていても、目の奥に届いて、見えます。紙一枚でも、生きてない物が間にあると、無理ですけど」


 思い浮かぶ疑問に答えてくれている。


「深層心理、は、じっと目を凝らせば、見えますが、見ても意味が……わかりません、夢、みたいです。わかるのは、本人が考えていること、だけです。貴方の声? みたいな思念は、目を閉じていても、目の奥に届いてきます」


 俺達が意思を霊素に乗せて言語化しているのは、人間が霊素に感情乗せて発する、気当てと同じようなものなのか。なるほど。


「自然精霊の、声みたいなのも……目に届いたこと、ありますが……ほんとうに、風の一部で、目を閉じていても、風が吹いてるように見えるだけで……思念として読めないので、神託の巫女は……無理だと、思います」

 

 その辺は聴覚の精霊返りやエルフの感覚とは違うということか。


「だから、動物の声も……わかりません。でも、見えれば、思念はわかります」


 やはり人から生み出される創精霊の思念だから霊素に載せて飛ばしても言語として理解できるのだろう。


「見える範囲は、普通の視力と、変わりません、手とか、一部からでも、見ようと思えば見れます。全部隠されると、見えません」


 精霊回路や霊素経脈、霊素が通っている部分からは見える、そういうことだろう。

 白新は頷く。


「……これで、わたしが見えているものは、全部です」


 真っ直ぐに俺を見ながら言う。


(教えてくれてありがとう)

「……ずっと、誰かに、聞いて欲しかった……話しです」

(ああ、これから俺にはどんどん話してくれていいぞ。俺も聞くし)

「……はい」


 微笑みを浮かべたその瞳は、ずっと柔らかい笑顔だったが、今までと質が違う。

 本心から気が抜けた、水に溶けるようにほぐれた自然な微笑み。

 積み荷を降ろす。は言い過ぎか、精々手をそえることが出来た程度だろうが、それでも今まで背負って来た物が物だけに、随分と気が楽になったんじゃないかな。

 白新は首を振る。


「あなたのおかげで、すごく……すごく――」

(ん、まった。話は聞くけど、周りに創精霊も人間も居ないときだけな)

「はい」


 楽しそうに笑いながら、鞘の上からやさしく撫でられる。くすぐったい。

 聖堂の入り口が開いて誰かが入って来ようとしているのだ。

 とりあえず話題を切り上げる為に、最優先するべきことだけは最後にまとめる。


(とにかく、見てる方が落ち着かないからパンツ気をつけて。はしたないわよ)

「ふふ、ぜんしょ……します」


 やはりその辺は感覚として理解できないのか、微笑みながら曖昧な言葉で頷く白新。

 お利口な言葉を知ってるじゃないか。


「おおー、ファルコの言ってた通り、大参事になってるでしょー」


 扉から登場した小柄な女性は、聖堂の惨状を見て呆れ声を上げている。

 あれが訓練士さんか? トンと肯定の合図。


 背中の大きく開いた訓練用の運動着は踊り子の練習着に似ているが、首まで覆われているレオタード部分が大きく違う。

 レオタードの材質はスライムの革なので伸縮性やと衝撃吸収に優れていて、鎧の下穿きとしてそのまま活用できる。

 その訓練着にだぼだぼのズボンと上着を羽織った訓練士は軽快な足取りで歩み寄って来る。


「キミが白新くん? ファルコの親戚の子で、剣精霊の機能が分からなくて困ってるんでしょ?」


 白新は自分より頭一つ分ほど背の高い――それでも背の低い少女の風貌――訓練士を視界に収めて固まってしまう。

 水色の髪に紺色の瞳、白い肌に尖った耳。


「うちの班でしばらく面倒見て欲しいってことでしょ。ファルコは忙しいでしょー」


 エルフだ。

 エルフの珍しさに固まっているのかな?

 じっーと視線を向けている。


「うに?」


 訓練士はまぬけな声を上げて首を傾げる。 

 ガタッ――唐突に白新は目を見開いて立ち上がり、俺の柄に手を掛ける。


(まてまて、まてぇーい! 何してんだ落ち着け!)

「だって――あんな、あんなの、あんなに――」


 添えられた手ががたがたと震えている。


(はいぃ?)


 盛大な疑問符を浮かべる俺。



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