7話 白鞘の日ノ輪刀と主。騎士聖堂へ。勇者と出会う。本当の価値は?
結局その日は城側の都合がつかないと言うことで。
急遽、円環馬車の乗合宿に泊りになった。
城への客人と言うことでしっかりとした部屋を宛がって貰えたのに、寝ぼけながら馬車を降りて、せっかくのベッドまで辿り着けず、床に倒れ込み荒い息を上げながら一夜を明かしてしまった。
(……あの、大丈夫?)
そして次の日の早朝。
教会の鐘が鳴る前、朝日が昇り始めるような早朝、改めてやって来た馬車に青白い顔で乗り込み城へ向かっている最中。
「はい……たくさんの、人を、一度に、見ると、夢で、ぐわぐわして、ああなる、だけなので、大丈夫……です」
(あ、そうなんだ……)
難儀な……。
床で眠りながらも泣いてうなされていた。泣き腫らした瞼はとても大丈夫そうには見えないが。まだハッキリしない頭を抱えるようにしている。
「うるさく……して、ごめん……なさい」
(う、ううん、全然、大丈夫)
こんな状態の子に気を使われてる。
よ、よし切り替えて行こう。
これから朝日が昇ろうとしているユグマナクル大陸。
霊素循環円盤天地は広大だ。
その名の通り、円盤状の大地は周囲を海に取り囲まれていて、上空を太陽と呼ばれる光精霊が浮遊し、闇精霊を追い払いながら巡回している。
その周期や自然精霊達の動きによって霊素は巡り四季が生まれる。
今、アルスガルド地方は陽気の緩やかな春だ。
人間種族の活動領域は基本的に大陸の縁に沿って作られていて、港湾都市と呼ばれる形態が多い。
大陸の中央へ向かう程霊素は濃くなり、凶暴な獣や獣人が生息していて、深部では魔人やエルフ、魔獣の暮らす領域となる。
これは円盤状の大地が中央に向かって緩やかに窪んでいることにより、霊素は冷たいので中心に溜まって行く性質による。
(大陸の中心には、霊素で出来た巨大湖があるんだって)
そこで自然精霊は生まれ、世界に循環して行く。
「湖……ですか」
白新は疲れを残した表情で、朝食代わりに食べ残していたキャベツの芯までポリポリと食べ尽しながら、馬車の窓から外を眺めながら呟く。
霊素濃度の濃い場所で人間種族が活動できないように、魔人、エルフ達も通常ならば霊素の薄い場所では生きていけないので、滅多なことでは大陸の縁でお目にかかることは無い。
何事も例外はあるけどね、俺を捕まえてた魔人みたいな。
大陸の北東にあるアルスガルド地方、アルスガルド王国。
その首都、王都グラウンズブルク。
海に面していて、綺麗な半円形の市壁と外街に囲まれた、大きな港湾都市だ。
乗合宿を出発してから一時間。
高等居住区の検問を抜け、城壁の内側、小高い丘の上にある王城区に馬車は入って行く。
(どうだ、凄いだろ)
「はい……すごい……です」
王城区の街並みは壮観だ。
そうそう平民が立ち寄れるような場所ではない。が、レジェンド使いならば出入り自由だとか。
レジェンド使いは何かと優遇される世の中だ。
(ま、俺がC級だってバレれたらその限りじゃないんだろうけど)
お偉いさんから何か機能を見せろとか言われても、見世物じゃないんだよ俺は。とか言っておけば気難しい剣で通るだろう、これで嘘をつく必要もない。
白新はなんだかむっとした顔をこちらに向ける。
(うん?)
「そんな……なに級とか、関係ない……です」
……うん?
なんか難しい話?
微妙に主語を飛ばすのはこの子の癖なのかね。
俺はいぶかしげな意識を向けるが、白新はハッとして、取り繕うような笑顔を浮かべた。
「いえ……なんでも、ない……です」
んと、あんまり追及するなってことか?
(それにしても、この馬車どこに向かってるんだ?)
とりあえず空気を読む俺。
貴族が暮らす高等居住区は海沿いに面していて専用の港を有し、学校や病院、公共施設や劇場なんかも揃っている。
早朝は静かな物だ。緑も多くて治安も良い。
そして、王都の高等居住区には王城区と呼ばれる、更に城壁に囲まれた区画がある。
その王城区の中心、更に一段高いモットの上にそびえる城は、三本の尖塔を有し、武骨な石組みで出来た歴史と風格のあるの佇まい。
その城に馬車は進んで行かない。あれ?
「騎士聖堂……と、言う場所に、行くらしい……ですよ」
なんで知ってるんだ、と思ったが御者の心読めてるのか。
「べつに……行き先を、隠そうと、思って、いないので。いい……かなって」
その範囲なら「人の秘密を暴かない」には接触しないらしい。
うん、俺との間だけならいいだろ。
隠そうと思っていないことは話てよし。これで行こう。便利だし。
(もう心読めてるのがどうとか、いちいち突っ込まないからな)
白新はぎこちなく笑う。
能力絡みの話を他者とすることに慣れないのか。
まぁ、そのうち慣れるだろう。
それにしても騎士聖堂か。騎士団本部に行くのね。
アルスガルド国、三大騎士団の総本山だな。
聖堂の地下は多くの剣精霊が安置され、新たな使い手を待っている剣精霊の聖地でもある。
(この国、今はS級の剣精霊を三本も所有してるとか噂してたな。どんな剣なんだろう、会って見たいな。まぁ無理だろうけど)
「羨ましく……思わないの……ですか?」
何だか意外そうな顔で問いかけられた。
(そりゃもうS級はね。A級はケッとか思うことあるけど。S級まで行くと嫉妬も劣等感も湧かんよ。ただただ神々しい。剣として羨望の眼差しを向ける以外ないわ)
S級の剣精霊を見たことが無いのだろう、良く分かっていなさそうに首をかしげている。
「ほかの……剣精霊を、みたこと、あります。剣精霊同士、競って、いました」
それはA級かB級だろう。
あの凄さはどう説明すればいいのか……。
俺はしばらく考えてから言葉にする。
(聖剣騎士に女性が多い理由知ってる?)
「それは……内霊操作を、鍛えれば、いいから……です?」
(半分正解)
内霊操作を極めてしまえば、動き自体に筋力は必要最低限で十分、男性でも女性でも差の無い動きが出来るようになる。
ただ内霊操作を極めるのは容易ではないし、霊素が尽きた場合や筋力の補助で霊素の節約も可能な分、やはり騎士になるのは持久力の勝る男性が多い。
だが、聖剣騎士団には女性が多く活躍している。
それには理由がある。
(A級までは結構使い手の力量で左右されるけど、S級はぶっちゃけ使い手はただ立ってるだけで十分強い)
火を発生されるのがB級。
火炎を操るのがA級。
大気を焦がす消滅の光を自在に生み出し操れるのがS級。
地形を変え環境をも左右するような、真の奇跡を操る力を持つ神話級レジェンド。
(となると、使い手の人格を重視する剣精霊も多くなるわけよ。んで、がさつな戦士野郎はまずお断りになるのよね。ちゃんと人格も見てるのよ)
もちろん、騎士訓練学校では男性も剣の扱いを徹底して学ぶわけだが、なにかの世話とか、物を大切にするような繊細さは女性に軍配が上がるのか、どの国を見ても統計的に女性の方がS級剣精霊の主として選ばれることが多いので、伝統的に女性からの志願者を多く募っているそうだ。
単純に女性の柔らかい手の方が心地よいからって説もある。一応わかる。
(込められる作り手の意思次第だけど、だいたい俺達の生まれて来る理由が、外敵から人間を守る為なところあるからな。女性の方が守る意識とか強いんじゃないかね?)
S級の場合、使い手はただ立っているだけで十分。
いくら説明されても実物を見たことがなければ、へぇ、としか思えないか。
「すごい……雰囲気は、よくわかり……ました」
俺の心読めばだいたいわかるんだろうけれども。
実物見たらもっと驚くと思うよ、見れるといいな。
子供にあの凄さが理解出来るかどうかはわからんが、心読めるならたぶんわかるさ。
(あ、剣士で9歳って最初の剣礼式か)
聖教会で言う所の洗礼のようなもので、今年も騎士聖堂の敷地内にある騎士訓練学校から9歳になる子供が剣精霊の主になれるかどうか、初の選抜儀が行われていたはずだ。
(だから紅蓮も九つになる娘をロンジ武具店に連れて来たのか)
「わたしは……むりを言って、ついて行った、だけ、ですが」
(あ、うん、そう、そうね)
あまり深く追及しない。
剣礼式は9歳から16歳まで行われ、16歳までに剣精霊から認められなければ王国騎士団へ兵士として入団するか、女性は引退して騎士団の男性と結婚するのが通例となっているらしい。
(婚活かいとも思うけど、上手く回ってるらしいからこれはこれでいいんだろ)
基本的に学校なんて平民には無縁であり、親の家業を継いで行くのが常識なアルスガルド国では、末の子などは地方へ出稼ぎに農村へ行くしかなく。
それを不憫に思う親や、長男長女でも親の職業から離れたいと思う場合は騎士に志願して、騎士兵練校で色々と学び16歳になった時に改めて自分の進路を決める方法がある。
16歳が準成人で18歳で成人。9歳は成人の半分と言うことで、基礎を終えこれから一人の人間として自覚を持つように教え始める年頃でもある。
騎士兵練校は職業訓練的なことも教えてくれるので、工兵科で石工職人目指すとか、補給班の下で料理人目指すとかもありだ。有事の際に原隊復帰の義務はつくが。
もちろん剣精霊に選ばれて、聖剣騎士団に入団するのが一番の名誉ではある。
下賤な話、剣精霊に選ばれてしまえば、聖剣騎士見習いの段階でも訓練しているだけで給金が貰えるという破格の待遇。
剣士として腕を磨き、功績を積んだ末、剣精霊から認められるというケースも稀にあるが、やはり決まるのは騎士兵練校の9歳から15、6の頃が多い。
残酷かも知れないが、その頃までに才能の有る無しがはっきりとする物なのだ。光る物を持ってる者は子供の頃から輝いているのだ。
(まぁさっきも言ったけど、S級になるとそんな法則も無視なんだけどね。老婆が使ってたS級剣精霊伝説、知ってる?)
「それは……破壊剣を、手にしたお婆さんが、魔人を撃退する、お話……です?」
この国では有名な話か。
(そうそう、それ。言っとくけど、それ十三年前の実話が元だからな? 直接戦闘を見た訳じゃないけど。その魔人って俺を捕まえてた魔人の話よ?)
まだ白新が生まれる前の話になるのか。
魔人ラウキート討伐伝説。
勇者ファルコニーの、初期の伝説でもあるのだが。
ファルコニーを含む王立騎士団の総戦力と大きな攻防の末、渡りの老婆剣士が満月の晩に、一人で魔人にトドメを刺したと言う伝説。
「ええと……」
これまた、あまり良く分かって無さそうだ。
そっか、魔人の凄さから説明しないと分からないか。
(どう言えばいいかなー、魔人はもう単純に最凶の生物ってことなんだけど……)
単純に体の大きさや力もだが、霊素保有量が全生物の中で最高を誇っていて、そのせいで傲慢な気質があり、他種族の事を虫けら程度にしか思っていない残忍性を有している。
赤や青、緑、黒と言った異様な肌の色に、霊素を感じ取るための触覚は悪魔の角と呼ばれていて、人類種と言うよりも、自然精霊を食らう魔獣に近いんじゃないかと言う説もある。
エルフと同じく自然精霊を認識する能力があり、自然精霊を捕えて使役する、魔法、魔道具を開発した種族なのだからその説も頷ける。
本来、大陸の浅い場所に出現するような種族ではないのだが、ラウキートは永遠の命と言うロマンを求めて創精霊を集めており、治療系や解毒、肉体補助系の機能を持った創精霊は特別大切に扱われていた。
ちなみに俺はガラクタ同然の扱いだったので、戦利品の分配でロンジ武具店に流れ着いたわけだが。
閑話休題。
(それを、破壊剣デュランダルを手にした老婆が一人で退治したって言うんだから、S級剣精霊がなければ人間種族はこの大陸で生きてこれたかどうか)
大陸の深部から稀に訪れる、天災と同等の魔獣や異種族の脅威から人間種族を守るため、人間の意思を受けて生まれる武器、それが剣精霊なのだ。
大国と呼ばれるような国には、大抵一本はS級剣精霊とその所持者がいるものだ。
(ついでに、魔人はエルフと同じようなもんでね、角があって変な肌色で自然精霊を捕えて使役する魔法を編み出したのが魔人。人間と近い風貌だけど耳が尖っていて、自然精霊と共存しているのがエルフ。こう考えておけば間違いないかな?)
「そう……ですね」
微笑みながら首を傾げる白新。
やっぱり良く分かっていないようだが、楽しそうに聞いてくれている。
と言うか、S級剣精霊の話や魔人の話、あんまり興味ない?
「ええと……お話は、とても、楽しい、です……よ?」
どう見ても気を使ってくれている。ええ子や。
(あ……)
もしかしたら大まかな部分は心読んで知っているけど、俺が楽しそうに話しているから言い出せないとか?
「お話は……とても、楽しいです」
……微笑みを崩さずそう言ってくれるので良しとしよう。
そんなこんな、雑談をしつつ馬車は騎士聖堂に辿り着く。
(一時期ここで祀られてたこともあるんだぜ)
もう十年近く前の話だが。
周りの剣精霊に俺がC級なのをばれないようにとか、変に祭り上げられて気不味い思いもしたけど。
やっぱり気分も良かったね。
騎士聖堂と呼べば通じるので通称にされているが、正式名称は「アルスガルド国立騎士団総本部」。
3千人規模が収容可能なアルスガルド国最大の軍事施設。
聖堂以外の建物は質実剛健を目指しているような佇まいで、王城や聖教会の大聖堂、裁判所と比べれば見劣りするそうだが、敷地の範囲なら騎士団本部が最大規模。
その象徴的な建物、騎士聖堂。
こんな早朝からでも、両端を槍兵が警備している武骨な正門から遠く、正面に白と金を基調とした清潔で威風堂々とした騎士達の聖堂が一直線に見えている。
有事の際にはここで祈りを捧げて出兵して行く。
軍馬が通れるように幅の広い道だ。
その聖堂を正面に見て右手側に王国騎士団の兵舎。
左手側に騎士兵練校と一般の騎士見習いの寄宿舎。その裏に大厩舎。
聖堂の裏にある横長の建物が共用施設で、武器庫や医療施設、食堂に浴場の他、上階には高官の騎士が住む部屋と司令部が入っている。
その後ろ、一段低い土地に大演習場。普段から訓練場として使われている、運動場のような広場だ。
聖剣騎士の住居はその大演習場の向こう、丘の上にある植林公園に囲まれた聖ヴァルキュリア修道院で生活をしている。
その名の通り修道院として建設された建物を移築して寄宿舎として利用しており、聖剣騎士は普段から貴族さながら、優雅な暮らしをしているとのことだ。
裁判所直轄の円卓騎士団の施設は受付と事務所があるだけ。
(昔と同じならこんな感じだな)
と、白新の頷きに合わせるように馬車は聖堂の前で停車した。
御者に促され、白新は騎士聖堂に降り立つ。
無言で聖堂を見上げる白新。
朝靄の残る中、聖堂に圧倒されて放心しているようだ。
街中の教会とは武骨な格調がちょっと違う。
朝靄の中で見ると更に神々しいね。
「……実物を見るのは……やっぱり……違いますね……」
目を丸くして見上げている。
御者はそれを満足気に見届けてから、中で待つようにと言い残して行ってしまった。
お礼を言い損ねたことにハッとして、馬車の背中に頭を下げているのがなんとも可愛い。
(さて……)
小さな女の子が巨大な聖堂の前でぽつんと立ち尽くしているのは実に奇妙な感じだな。
平服なのもなんとも場違いだ。
見張りの門番もいないけど、本当に聖堂の中入ってもいいのかね?
(一応確認しとくけど、創精霊同士は会話が可能だからな。不審がられないよう、周りに他の創精霊がいるときは黙ってるぞ?)
騎士聖堂の敷地には、どこにレジェンド使いがいてもおかしくない。
べつに創精霊相手にバレたとしても、普通は人間と会話なんて出来ないのだが、主相手に剣鳴りなりなんなりで意思疎通をする剣精霊がいないとも限らない。用心しとくに越したことは無いだろう。
白新は頷き、少し考えてから柄に小さな手を添えて、指で一度、トン、と叩く。
(一回がイエスで、二回でノーってこと?)
澄まし顔のまま、小さく一度、トンと合図。イエスね。
了解それで行こう。
いいね、なんかこう、やっぱり楽しいな、主がいるって。
(よし、じゃあ、とりあえず聖堂入ってみるか)
ここから俺達は新しい世界へと足を踏み入れて行く。
白新は大きな聖堂の扉を……重いのだろう、なかなか開かない。
苦戦しながら結局両腕と肩まで使って押し開けて中に入って息をつく。そして、真っ赤な顔を上げて。
「わ……」
感嘆の声が零れる。
早朝の冷たい日差しが二階の窓から取り込まれ、清浄な空気で満たされている聖堂全体は青白く輝いていた。
先ず大理石の輝きに圧倒され、柱の太さと天井のアーチ構造の精細さに驚き、椅子が無いせいでがらんとした大広間のような廊間に一抹の不安を覚え、天井に描かれた天使の絵に見惚れると言う。
豪華な祭壇の背後、巨大な聖母像は、本来ならば慈愛に満ちた表情を浮かべているものだが、ここ騎士聖堂の聖堂では剣を持ち甲冑を纏った姿で戦女神と呼ばれている。
その背後、大きな採光窓には色ガラスで光が降り注いでいる様子が表されていて、まるで戦女神に後光が差しているように見えると言う仕組みだ。
どれもとても美しいのだが。
(……綺麗だな)
「……はい」
薄青い朝の空気に満ちた聖堂で、白新の髪が神秘的な輝きで煌めいているのが一番綺麗だと思って言ったのだが。
聖堂を見渡している白新がこっち見て、俺の思考に気づいたらどんな顔するかな。
と。
白新が全てに目を輝かせ、見渡し終えるのを待っていたのだろう。
「やぁ、良く来たね」
静かな聖堂の中、足音を響かせて一人の男性が柱の陰から現れた。
白新はそちらを見やり、息を止めた。
俺も思考が一瞬停止する。
(お、おおおおおお……ファルコニーだ!)
豪勢な金糸の装飾が付いた、まるで王のまとうような赤い外套は、濃い金髪と青い眼に良く似合っていて、勇壮美麗な聖堂の空気と合わさり、まるでそこにいるだけで何かの伝説の一幕のよう、絵になっている。
着ている服も白を基調とした高等王国騎士の正装で、頑丈で質の良さそうな生地には金糸で王紋章が刺繍されている。
胸に見える金色の鎖は、胸のポケットに勇者の印である金の懐中時計が収まっているのだろう。
腰には美麗な鞘に収まった、ガードの付いた細剣が下げられていて、益々貴族、いや王族のような雰囲気が漂っている。
(おい、白新よ、ファルコニーだぞ、ファルコニー!)
勇者ファルコニー。
この国一番の美丈夫と言う評価はけして大袈裟ではなく、背は平均並だが均整の取れた体格でいて、優しさと自信が同居した最高に男前な面構えに、清潔感があり愛嬌と余裕を感じさせる風貌。
歳の頃はそろそろ三十路にも近いはずだが若々しく、生気にあふれている。
いやぁ、やっぱいい男だわー。
「久しぶりだね。覚えてるよね?」
俺に声をかけてる?
と一瞬思ったが。どうやら違うようだ。
白新は息を止めたままファルコニーを凝視している。
「……ファルコニー……さん……」
「聞いたよ、紅蓮義兄さんとの話。昨日とんでもなかったんだってね」
ファルコニーは頷き、肩を竦めながら言う。
紅蓮……義兄さん?
イーグレースさんって、何?
もしかしてファルコニーの姉か妹とか?
それに腰の細い剣、不思議な雰囲気あるけど。
(おーい、ファルコニー、主よー、そこの、ファルコニーの腰に下がってる剣や、見慣れないけど、あんたは剣精霊?)
昔持っていた二本のA級とは別の、見知らぬ剣だ。
黙っていると言ったが、俺はとにかく手あたり次第呼びかけて見る。
「なん……で?」
我が主の様子が変なのだ。震える声で呟いている。
(おーい? 大丈夫かー?)
「なんで……知ってるん……ですか?」
無視された。
愕然とファルコニーを凝視し続ける白新。
ファルコニーを前にした女子は総じてファルコニー以外目に入らなくなると言うが、それとは違う様子。
「イーグレースに頼まれていたからさ。白新ちゃんも、どうしようもなくて、最終的には、僕を頼るように言われてなかった?」
「……」
白新は黙り込む。
……えい。
ギューィン、と一発剣鳴り。
ハッとする白新。
おや、と面白がるような表情を見せるファルコニー。
「この子は呼応型だから、必要なとき以外眠ってる。僕が手にしない限り剣精霊の機能は発動しないし意識も閉じてる。だから安心していいよ白新ちゃん」
人払いもしている。と付け加えて自信たっぷりに頷くファルコニー。
やっぱりその剣は剣精霊なのか。呼べば応える、気取ってる類の剣だな。
白新は不安そうに俺を見て、表情を一変させた。
「……っ」
……嫌そうな顔に……怒り?
眉を寄せてびっくりするくらい不機嫌な表情を見せている。
いよいよ様子がおかしい。
(お、おい?)
俺の呼びかけに、一層苦しそうに眉を寄せて顔を覆ってしまう。
(……説明が欲しいのだが?)
俺はお前じゃないんだから、心なんて読めないんだぞと。
「全部……ファルコニーさんは、知っています、わたしの、能力も、あなたの、ことも……全部」
目を閉じたまま、頭痛を押さえるように額に手を当てて喋っている。
その声が震えているのは、怒りか?
(ファルコニーとお前、どう言う知り合いなの?)
「その……通り、です。お母さんは、ファルコニーさんの、お姉さん……です」
(ファルコニーはお前の叔父さんってことになるのかい。いや、それ紅蓮の嫁さんはファルコニーの身内ってことよね? それ色々と大丈夫だったの?)
乙女な思考的にはそこに一番食いてしまうのだが。
「それは……それで、いろいろと、あったようです……がっ」
(今は関係ない話か。ふむ、それで?)
なんかもう思い切ってそっちの話したいけど。
怒気を孕んだ声が脱線させないぞと言外に言っているような気がして続きを促す。
白新がファルコニーの血縁者だったのには驚いたが、驚いたが……これ程頼りになる人脈もないんじゃないか?
(全部知られてるって、どうなの、敵意有り?)
まさか、と思いつつもこの様子からそんなことを連想してしまう。
白新を何かに利用するつもりなのかと。
「ちが……い……ます。ファルコニーさん、は、わたしの、ことを考えて、くれて……います」
顔を覆ったまま、怒りは過ぎ去り、湿っぽい涙声で肩を小さく震わせている。
ああんもうまた泣く……。
(だったら強い味方じゃないか、何が――)
「いいかな?」
聴こえてないから仕方ないのだろうが、俺の言葉を遮り、白新の前で膝をつき手を差し伸べる仕草はまるっきり王子様のようで、絵になっていてかっこいい。
「……っ」
白新は顔を覆い、前髪を掴んで泣き続ける。
困った様子で差し出した手を引っ込めて頬を指でかくファルコニー。
「キミも、懐かしいね」
白新の腰に下げられた俺に語りかけている。
(お、おう)
いやぁ声もいいな、このなんだ、落ち着いた心地良い声は。
若い頃の勢いはだいぶ丸くなってるけど、その分隙の無い余裕に変わっている。
「金貨100枚で十分かな」
優しく余裕を持って、申し訳なさそうな笑顔。
はい?
「僕は一度、ロンジに訂正を求めたんだけどね。間違った評判をちゃっかり商売に利用してる見たいだから、もう何も言えなかったけど……C級剣精霊なら十分だよね?」
あら、俺がC級ってのもバレてるんだ。
これは恥ずかしい。
「紙幣なら、ゴールド札で120枚くらい?」
都市部でしか使えない紙幣の方が硬貨よりも貨幣価値は低いのだ。
と、そんな話はともかく。
(買い取りの話?)
白新に声を向ける。
髪を掴んだまま、震えながら小さく頷く。
(……あー、そう言うお話かー)
「そのお金を持って、紅蓮義兄さんに頼めばまた元の暮らしに戻れるよ。半分は紅蓮義兄さんにあげて、半分は街の学校への入学金にしなさい。学費の援助も僕がしよう」
悪い話では無い。
それどころか無茶苦茶に良い話だ。
C級剣精霊を金貨100枚で買い取って貰った上に、学費まで払ってくれるなんて。
「本当は、剣精霊に選ばれた人は聖剣騎士団に勧誘することになっているんだけど、白新ちゃんには……勧めたくないし、たぶん白新ちゃんには無理だ」
逡巡はあったが、きっぱりと言い切る。
白新はべそをかいて顔を上げられない。
どんな心を読んだのか分からんが、白新は悲しそうに泣いている。
「人間関係も難しいだろうし……なによりC級剣精霊の主が聖剣騎士になるなんて、前例がないんだ」
うん、剣礼式で選ぶのはB級までだ。
C級に手を出す騎士なんていない。
騎士がC級に選ばれるなんて不名誉だとする風潮すらある。
「……だから、その剣を僕に引き取らせて欲しい。僕が主になろう」
(ふぁ⁉ ふぁるこにーが⁉)
思わず変な声出る。
「昔、僕が勘違いしちゃった所為で、自分に合った剣士を選べなかったんだよね……本当に申し訳ない。ずっと気にはなっていたんだ……」
悼むような声で、すまなそうに俺を見ながら。
そこも解かってくれているらしい。
なにこのイケメン。
イケメンって顔の評価だと思われがちだけど、乙女的にはあれだからな、全体の総評としてイケメンって言うのよ、そこ勘違いして見た目だけ磨いていい気にちゃダメ。
もちろんファルコニーは見た目も中身も最高に良い。
「アルスガルド国の二代目勇者、ファルコニー・ウィングレイが責任を持って、聖剣として扱うことを約束する。だから僕に任せてはもらえないだろうか?」
このための正装だったのか。
9歳の少女相手に正装で膝をついて頼み込んでいるのは、レジェンド使いから剣精霊を譲り受けるなんて非常識な申し出をすること対して、最大限の礼儀を尽くそうとしているのだろう。
しばらく待つが、白新は顔を上げず、しゃくりを上げながら泣き続けるばかりだ。
「剣は、なんて考えているかな? 僕のは嗅覚だからね。白新ちゃんみたいにはっきりわかるわけじゃない」
(……いや、俺は……)
考える。
(金貨で500だって、ふっかけて見ない? 最終的に300から200の間で合意しようぜ)
「――金貨で、500枚、です!――」
白新は間髪入れずに、真っ赤な顔を上げて早口で怒鳴る。
「500? 金貨で……?」
早口で短い単語はなんとか聞き取れたようだ。
ファルコニーは若干呆れたような、面食らったように目をしばたかせている。
い、いや、おい待て、冗談のつもりだったんだが。
(おい、本当にどうした?)
「――300が、200で――いやぁ、うぅ、う、うあぁぁぁぁああああ」
……わぁガチ泣きだ。
了解した、様子がおかしなときは不用意に軽口を叩かないようにしよう。俺学んだ。
泣きながら剣帯から俺を外し、片手でファルコニーに突き出すように差し出して、もう片方の手でとめどなく溢れる涙と鼻水を拭っている。
「……一日で、そんなに愛着が?」
ズボンのポケットから真っ白なハンカチを取り出して、白新に渡しながら問いかける。
白新はハンカチを受け取る余裕もなく泣いている。
慈愛に満ちた表情で白新を見ているファルコニーはハンカチを引っ込め、差し出された俺も受け取らない。
困惑し続ける。
そりゃそうだろう、もう交渉でも何でもない、わけがわからない。
「困ったな、どうすればいいんだろう。王都で剣精霊を所有し続けるのには、聖剣騎士団に入るしかないから、待ってあげられないんだけど……」
あら、昔はそんな決まり無かったのに、今はそうなってるのかい。
こんな子供を一人で街外に追い出すのは論外であり、形の良い顎を撫でながらファルコニーは考える。
「三日くらいなら、なんとか誤魔化せるかな?」
たぶん俺に問いかけている。いや、それは俺が聞きたいが。
落ち着いて考える猶予もくれると言っている。
ちゃんと白新のことを考え提案してくれている。
優柔不断な俺達には願ったり叶ったりな提案だ。
「宿を都合するから――」
「――ファルコニーさんがっ、そんな、だから、お父さんだって――」
言葉を遮り、泣きながら吼える白新。……どんな心を読んだんだ?
「勝負! して! ください!」
単語事に区切り、真っ直ぐにファルコニーを睨みながら怒鳴る。
(……は?)
なにを言い出してるのこの子!
対するファルコニーは不思議そうに首をかしげている。
が、ふっと息を吐いて肩を竦める。
「怒らせちゃったか……そうだね。いいよ。それじゃ、僕が勝ったらその剣は金貨100枚で売って貰う。白新ちゃんが勝ったら金貨500枚あげて、その剣も諦めるよ。これで対等だ」
白新は頷く。
ただならない状況にいつの間にかなっていた。
と言うか、我が主のテンションがおかしいどころか、とんでもないことになっている。
(おい、ファルコニーの何を読んだんだ?)
「ファルコニーさん、は、ずっと、言葉通り、です、よっ! でも、そんなこと……――どうだっていい、わたしが、わたしの、あなたの、証明する!――」
力任せの抜刀は不協和音にもならない、怒りと悲しみの慟哭のようで。
不恰好につっかえながら、唸りながらなんとか抜刀。
抜き放たれた俺の刀身に、真っ白な日差しが反射する。
ファルコニーはすっと距離を取り、外套と細剣ごと剣帯を外し、素手で軽く構えを取る。
完全に舐められている。
それはそうだろう、白新はがちがちに固まった、素人丸出しの剣の握り方だ。
「決着はどうするの?」
「ファルコニーさん……が、この剣を、諦める……まで!」
「それじゃ、僕の方は白新ちゃんがその剣を諦めるようにすればいいんだね」
穏やかに、当たり前に確認するように告げるファルコニー。
先に言っておくぞ、確実に負ける。
絶対負ける。
間違いなく負ける。
「精霊返りの間違った万能感みたいな物は、早いうちに矯正した方が僕みたいにならなくて済むし……心眼能力の弱点を教えてあげよう。授業料はその剣でね」
唐突にとしか言えない成り行きで、伝説中の伝説、その主役である勇者との戦
いが始まってしまった。




