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6話 白鞘の日ノ輪刀と主。帰路のない旅立ち。

 日の傾き始める頃に辿り着いた竜胆剣術道場。

 屋敷は、森の傍で敷地だけは存分に広いが、あまり流行っていなさそうな日ノ輪流の剣術道場だった。


 その一角にある白新の自室。

 と言うか専用の離れと言うか、土壁と木板で組まれた倉庫と言うか、あばら家と言うか……。

 道場や母屋がある広い敷地の一番隅、雑木林に埋まりかけて忘れられている物置と言うのが一番近いか。


 白新は道場の雑用仕事を任されつつ、裏手にある小さな畑を育てながらここで暮らしていたらしい。


(正直ここまでとは思っていなかった。軽々しく言葉にしてすまん)


 過去のことはもう時効だし、重く考える必要なしって考え自体は変わらないが、もう少し言い方を考えるべきだったかも知れない。

 この子がまったく愛されていないことは、この場所を見ればはっきりと理解できた。


 湿気の多い土間に敷かれたボロボロの筵。

 所々腐食した鉄製のベットと薄い布団の組み合わせは懲罰房的な物を思わせる、そんな住処だった。


 まとめる物なんて着替え以外なんかあるのか?

 頭陀袋に服を詰めて、細々とした思い出の品とかなんだろう、良く分からない小物を入れてしまえば準備万端。

 部屋の物は全部誰かの使い古しや、貰い物のようで統一感が無い。てか、これ、まさか服も黒寧の、妹君のお下がりとかじゃあるまいな?


「よく……見て……いますね」


 白新はよく軋みまったく弾まないベットに腰かけくすっと笑う。


「この、服は、わたしの、ですよ」


 着ている白いワンピースを摘まみながら。

 お洒落して来てくれたらしい。

 唯一、買って貰った服だったり? 

 白新は頷く。


(同情が煩わしいなら言ってくれ、がんばって平然を装うから)


 所々へこんだ鉄の水差しから素焼きのコップに水を汲んで、じっとコップの中を覗き込んでいる。


「大丈夫……です。あなたのは、なんだか、くすぐったい……です」


 水を一口飲み、手にした俺と共にぺたんこな布団に仰向けに寝そべる。

 古い物だがきちんと干しているようで、日光と白新の匂いがする。

 白新は雨漏りの跡が目につく腐りかけの天井を見上げている。


「……ここ……みんなは、いろいろ、言うし……思うけど、わたしは、気に入って……いました」

(……静かでいい所かもな)

「けっこう……ちいさな、お客さんが来て、にぎやか……ですよ」


 ああ、鼠とか出そうだもんな。あいつらの足音や鳴き声は意外と騒がしいのだ。俺のおべっか的気遣いは空振りに終わる。


(それは、動物の心も読める的な意味で?)


 白新は疲れたように微笑む。

 肯定の意味だろう。剣精霊の心が読めるんだから当然か。


「……」

(……)


 一人と一振り、一緒に寝転んでいると鳥の鳴き声や木々のざわめく音が聞こえる。

 他者の心が読める少女としては、悪くない環境なのかも知れない。

 まるでサトリ伝説だな。


(冬は寒そうだ)

「冬は……黒寧が、よく、こっそりと、遊びにきて……くれました」

(そうだ、妹君には何か伝言とか書置きいらないの?)


 あんな別れ方で大丈夫なのだろうかと不安になるんだけど。


「黒寧……は、大丈夫、です。わたしなんか、より、ずっと強い……です」

(確かに、あれは勇者超える逸材だからなぁ)


 白新にだって同じ素養はあっただろうに。しかも心眼持ちだ。

 きちんと訓練していれば剣聖を目指すことだって出来たはずなのだが、少し勿体ないな。

 白新は首を振る。


「今は……わかりませんが、あと、数年もすれば、黒寧は、絶対最強……です。わたしが、剣を覚えても……」


 少し寂しげに、だが誇らしげに言う。

 心眼の剣術模倣では、本物の剣士に勝てないのはわかっているらしい。


「……。……後悔……して、いませんか。わたしの……ほうで」


 頭をこちらに向けて、怖々とした、怯えるような微笑を浮かべながら。

 隠しても仕方がないというか、隠せない。

 俺は当然思うままを答える。


(いや、全然?)


 むしろ大正解だったとしか思えない。

 最初の計画だってまだ大筋は破綻してないぞ。

 可愛い女の子が主になって、皆が笑顔になれるような伝説になる。

 まだ十分いけるだろ?


「そう……ですか」

 

 そっぽを向かれてしまった。

 照れているのか自己嫌悪してるのか、わからないが。


(いやほんとに)


 自分でも驚くくらい後悔してない。

 あれだけ優柔不断に悩んでいたのに。

 やっぱり俺の全てを知った上で欲してくれた、俺の自分への憎悪をやさしく受け止め欲してくれたのが、剣としても剣精霊としても、なんか感無量なところある。


 少しくらい勇者伝説への未練があるのかと自問してみるが、とにかく今は、この少女がどんな選択を選んで行くのか興味が湧くのみだ。


 この子が勇者を目指すと言うのならそれに付き合うし、平和に暮らして行くのなら、護身用の剣としてご家庭に一振り常備して頂ければ……いやせめて宝剣として扱って欲しいけど。


 まぁなんでもいいや。この子が望むなら俺はそれに応えるだけだ。

 反対側を向いたままぽそっと白新は呟く。


「あなたは……いっさい、わたしのことを、不気味に、思わないの……ですね」

(……そりゃ俺は剣精霊だし。奇跡なんて起こせてなんぼな所あるし)


 思われていたのか。

 まぁ思われるか。

 人の心が直接わかるって、やっぱり難儀だ。


 会話は続かない。

 静かな時間が過ぎる。


(なぁ、母君との約束、俺との間だけは無しにしないか?)


 ずっとあれを守り続けるのも辛いだろ。

 ふと思って提案してみる。

 白新は顔を天井に向けて、横目でちらりと俺を見る。


(俺、ずっと自分を嫌悪してた秘密、暴かれたし。お前が自分を赦せないのも知ってる。ああ、怒った顔も見たぞ。ついでに嫌そうな顔も、あれ絶対レア顔だろ)


 白新は気まずそうに、困った様子で前髪を指で弄っている。


「そんな……ことを、突然……言われても」

(いきなりは無理だろうけど、俺相手には自然体でいいよ)


 自分を隠し続けるって辛いんだってば。

 その気持ちくらいなら察してやれる。

 剣として役立たずな分、そう言う所で支えて行きたいと思うのよ。


(まぁ、なるべくでいいんだけどね。無理して自然体作っても本末転倒だし)

 

 透明な碧色の瞳が揺れて、また涙が滲む。

 力無く抱き寄せられて頬が柄に触れる。溢れた涙が柄巻きに染み込んで冷たい。


「あなたを……選んで、出会えて、本当に……よかった」


 瞳を閉じて、白い少女は儚く微笑む。

 芯鉄から嬉しくなるようなこと言ってくれちゃって、もう。


「あなたは……いったい、どういう剣なん……です?」


 瞳を閉じたまま、なんだか楽しげに問いかけられる。


(目を閉じていてもこっちの考えって読み取れるのか?)


 白新には俺の声が聴こえているわけではないのだ。


「あなたが、わたしに向けて、伝えようと、話してくれていると、何故かわかります」


 くすくすと笑いながら。

 やっぱり作り笑いより、こういう笑顔の方がいいと思うわ。


(どういう剣、と言われても……)


 瞳を閉じていると言うことは、語りかけるしかないのだが。

 そうして欲しいのだろう。


(そうだな、じゃあ今度は俺の話をしようか。剣精霊とは何か、詳しく教えてやろう。主として色々と知っておいて欲しいし)

「はい……あなたのこと、知りたい……です」


 剣精霊とは何か。

 精霊とは何か。

 専門用語で霊素生命体と名付けられている、意思を持った霊素の塊。


 全ては精霊の営みで成り立つこの世界。

 ユグマナクル大陸。霊素循環円盤天地。

 始まりは朝も夜も無く。


 天魔精霊と呼ばれる光精霊と闇精霊が混在していた混沌の時代。

 光と闇は互いに世界の覇権を賭けて争い続けた。


 争いの中、火精霊が生まれ、炎は風精霊を起こし、風に水精霊は流され、流れは土精霊を目覚めさせ、大地は森を産み出した。そして森は雷精霊を発生させて、放電は炎をへと循環する。


 五つの自然精霊。火精霊。風精霊。水精霊。土精霊。雷精霊。

 争いは混沌を極めて行くこととなる。

 火炎が、暴風が、洪水が、地震が、落雷が、それぞれ荒れ狂い世界に霊素が満ちる。


 混沌は飽和し、昼と夜が明確に分かれる時代。

 混沌の中、一時の安定期。

 植物以外の生命が生まれ始める。魔獣、魔人、エルフ、獣人、そして人類の誕生。


(つまり、この世のどんな物にも霊素は含まれていて、人間が日常体を動かすのにも、生きてるだけで霊素を使っているのは知ってるよね?)


 小さな頷き。

 なんだかこのまま眠ってしまいそうなんだが……抱き寄せられてて、腕が重くないのか気になる。

 とりあえず俺は話を続ける。


(そうして生まれた人類が、霊素のたっぷりと含まれている鉱物を使って、しっかりと意識して霊素を込めながら創り出される道具には、霊素の塊が定着することがある。日ノ輪国では御魂が宿るとか付喪神化とか言うんだけど)


 それが創精霊。剣であれば剣精霊と呼ばれ、レジェンドと呼ばれる。伝説には必ず登場する装具が誕生する。


(剣が圧倒的に多いのは、古来から人間が剣を力の象徴として来た影響らしい。剣を打ってるときの人間って神懸ってる感じあるもんね)


 そうして生み出されたレジェンドは主を選び、精霊回路で霊素を操り、様々な奇跡を起こすことができる。


(で、俺達にも意思や感覚があるからな、きちんと使ってくれる人や無茶苦茶な使い方をしない人を選ぶ権利がある、必要がある。滅多な事じゃ一人の主に仕えている間に他の主を選んだりしない。また専用の精霊回路を創るのに時間がかかるし)

「せいれいかいろ……って、なんなんです……か?」


 心を読んでくれれば早いのにと思うのだが。


(精霊回路は人間の霊素経脈と同じようなもんだ)


 この世界で形ある物を形として成り立たせている設計図のような。

 万物の隅々まで毛細血管のよう張り巡らされている、霊素の流れる霊脈。


(ただ生物のように肉体で出来ることの強化だけじゃなく、俺達創精霊はある程度自分で組み替え、霊素を流し出力することで色々な奇跡を起こせる。らしいよ)


 俺には出来ないけどな。

 剣精霊としての生命維持や本体の保護、剣鳴りやブーストなんかも全部精霊回路と霊素を使ってやっているのは今更説明するまでもないか。


(それで、これも剣精霊ならデフォルト機能なんだが、主と認めた人間の識別のために、あらかじめ作っていた精霊回路のひな形に、主の霊素経脈パターンを組み込んで、主を認識する為の精霊回路を完成させるんだ)


 忠誠を誓ったときに白新の霊素経脈を読み取って完成させてある。

 あんまり自覚は無いが、この機能のお蔭で剣士の力量がわかっているのだろう。


(これで主以外には抜刀できなくなってるってわけだ。貸し借りされるの嫌だからな)


 創精霊の間では霊素経脈認証システムとか主認証回路とか呼ばれていて、主の認識の他に主に霊素を渡したり、こちらに霊素を貰ったりと言ったことも可能。

 今は双方とも霊素が空っぽなのでどうしようもないが。


(でな、こんな精霊回路を組んでるせいで、命令だ、ってニュアンスの言葉使われたら俺達は主に逆らえない。その語気の強さで拘束時間も変わる。これ、レジェンド使いでも知ってる人少ないと思う。命令を嫌う創精霊とかもいるし。俺は普通以下だし、お前も普通じゃないからもう教えとくぞ)


 いつかバレるだろうし、隠すつもりは一切ないし。

 ついでに、命令じゃなくても逆らうつもりもないし。


 何か反応あるかなと間を取るが、白新は無言で瞳を閉じたまま。

 眠っているようにも、何か考えているように見える。

 そりゃ色々考えるだろう。


(他には、創精霊は本体が接触している無機物になら精霊回路を作ってあれこれと出来る。俺の場合は拵えの強度を補強するのに使ってるな)


 浸食なんて言い方もするが。


(外部に作った精霊回路は霊素を通わせなければ三日も持たずに消えてしまうし、作るのに時間もかかるからあんまり関係ない物に作ったりしない。やっぱり本体の精霊回路よりも霊素の流れがよろしくないから循環させてると霊素が減る)

「その……そこが、よく、分からないのですが、あなたの……本体とは?」

(剣精霊で言えば刀身が本体だよ。芯鉄の部分に精霊回路の中心があって、そこが心臓みたいなもんで、周りが肉体みたいな?)


 剣精霊の感覚が人間に理解出来るかどうか、とりあえず説明を続ける。


(視力は人と同じくらいだが、刀身のどこからでも意識向けられるから視野は人間より格段に広い。刀身に触れれば触覚、味覚、匂いも温度もわかるよ)


 味覚なんかは人間とは大きく違うのだろうが。別に食事は必要ない。

 自分の精霊回路と、拵えに作った外部回路を維持するだけなら空気中の僅かな霊素を取り込むだけで十分。


(刀身に当たる音の振動で声も聞いてる。その辺の精度も人間と変わらないんじゃないかね。特殊な機能を持ってる創精霊の場合はわからんが……精霊回路を切れば感覚をオフにもできる)


 人間から生み出されただけあって、基本的な感覚は人間に近い部分が多いのだろう。


(鞘とか柄、鍔なんかは人間で言う所の服やアクセサリーみたいなもんで、精霊回路通してるから本体程じゃないけど感覚も伝わる。これ辞めたら真っ暗な鞘の中しか見えなくなるから困る)


 俺の霊素保有量なら普通に活動しているだけでも一日に三時間くらいは休眠すべきで、三日連続の稼働しっぱなしは生命維持も危険な感じになる。


 実は今も霊素回復の為に眠りたい。

 本気で生命を維持する分の霊素しか残ってないのは実際かなり不安。

 だが、それ以上に主が不安だろうから仕方ない、起きてる。


「だから……抜身の方が、ちゃんと、見えるんですね。謎が……解けました」


 満足そうに息を吐いて、眠そうに言う。

 この少女、考えながら喋る所為でどこか間延びしている口調なのだが、今は本当に眠いのだろう。


(見えるって? ああ、はい、心がよく見えるってこと? いや、その辺はお前の能力だから知らんがな、としか言えんのだが)

「あぅ……」


 ごろん、と横になる白新。

 心眼能力を認めるような情報を自分から漏らしている。

 もう完全に俺には隠さないのか、寝入りばなで気が緩んでいたのか、ちょっと追及してみよう。


(目を閉じてても見えるってことは、創精霊同士の会話は霊素に意志を乗せて飛ばしてるんだから、霊素から意思を読んでるってことなんだろうな。じゃあ布一枚向こう側でも相手の心が読めなくなるのか? 手とか体の一部だけじゃ見えないとか?)

「あぅ……ひ、ひみつ……です」


 深く踏み込むと逃げられてしまった。

 臆病な、いや慎重なところもあると。ふむ。


 深層心理とか、当人が本気で無自覚な感情とか、どこまで分かるのかとか、どこまでどんな風に読めてるのかとか、割と真面目に知っておきたいのだが……。


(まぁ、いつか話してくれればいいや。詮索するようなこと聞いてすまん)

「いえ……こちら……こそ……ごめん……なさい」


 なんか本当にこのまま寝そうだな。


(ほら、馬車の御者さんが待ってるから、せめて馬車に乗り込んで寝なさい)

「あぅ……は……い」


 のっそりと子供らしい大きな丸い頭を起こして、長く溜め息を吐いている。


「そういう……話より、あなた自身の、話が、ききたい……のです」


 ああ、ちゃんとしたスペックを教えろってこと?

 いや、もうそのまんま、剣精霊のデフォルト機能がついてるだけの、この辺じゃ形が珍しい鋼の剣なんだってば。


「そうじゃ……なくて、これまでに、どんなことが、あった、とか、聞きたい……です」


 うん? いいけど、何も楽しい話でもないと思うが。

 日ノ輪国で生まれて、すぐに行商人に託された。

 行商人から行商人の手へと、渡りに渡り、街から街へ、数年間の放浪の旅路。

 ある日の商隊が獣人に襲われ、俺は奪われ獣人族の宝物庫に放り込まれていた所を魔人が根こそぎ奪って行った。


 その魔人の討伐作戦をアルスガルド国の騎士団が当時駆け出しだったファルコニーや流浪のレジェンド使いと協力してやり遂げて、報酬分配のどさくさでロンジ武具店に紛れ込んだ。単純な話だ。


(で、ロンジ武具店の店主が目利きは出来ない癖に商売だけは上手で、眠り続ける伝説の剣として大騒ぎになって……と)


 取り留めも無く話していると、白新はうつらうつらと舟をこぎはじめていた。


(……ほら、踏み出すのが怖くてぐずぐずする気持ち、すげーわかるから。もうここ見納めになるんだろ、最後にちゃんと見て行けよ)


 むにゃむにゃと猫のように顔をこすって、目を開いて。じわっと染み出た涙。


「っ――――――」


 その瞳を両手で覆う。小さな肩が震える。


(……すまん)


 他の話で気を逸らして泣くのを我慢していたのか。

 まだ涙が出るのかと素で驚いていると言い訳させてくれ。


 二度とここに帰って来れない。

 白新が出て行けば、この小屋はたぶん取り壊されるだろう。


 この屋敷では嫌なことが多かったんだろうが、住み馴れた思い出が残る場所だ。母親との思い出だってあっただろうし、妹や父親と過ごした場所を離れるのが辛いはずが無い。


(……落ち着いたら馬車に行こう。ほら、水飲め水。冗談抜きで脱水症状になるぞ)


 まともに返事も出来ないくらい喉を詰まらせ、悲しみを押さえるように、顔を押さえて嗚咽を漏らす少女の姿は、なんともこの建物に馴染み過ぎていて。

 ここで、いつも独りで泣いていただろう。ずっと一人で。


(……)


 俺はなんと声をかけていいのか分からず、見守ることしか出来ない。

 いや、色々言いたいけど、何を言っても無粋になりそうで……。


 こんな使い方初めてするんだが……出来るのかな? 剣鳴りの応用で、精霊回路通してる部分を細かく震わせて行けば……あ、いけそう、いけるいける。よし、ほどけた。


 最後に、ヴン、と刀身を鳴らし、鞘ごと半回転させてほどいた下緒を主の膝の上に落とす。驚いて顔を上げる白新。


(不恰好で悪いが、涙拭くのに使っていいぞ)

「――っ」


 俺の気障な気遣いはあまり役に立たなかったようで。

 なんだか頭を振って、逆に自分を責めるような泣き声に変わってしまった。しまったな。


 これやった所為で生命維持分の霊素もやばそうなのが見抜かれたか、失敗した。

 結局、白新は御者さんが迎えに来てくれても泣き続けていた。

 べそをかきながら、御者さんが荷物を持って先導してくれるのに付いて行く道中、両手で重そうに俺を抱える姿に、御者は剣を預かろうかと提案してくれたが、白新は力一杯首を振って、俺にしがみつくように持ち直した。


 そして小屋を一度振り返り、また大粒の涙を流す。

 馬車に辿り着くまでにまたしばらくかかってしまった。


(とりあえず……)


 馬車の中。ぽつり、と俺は呟く。


(俺は、ずっとお前の剣だから)

「……」


 白新は何も答えない。

 泣き疲れているのと、精神的にもかなり来てる感じで返事が出来ないのだろう。


(と言うことで俺は少し眠る。お前も寝とけ。創精霊って休眠する時間自分で決められるから、正確に起動出来て目覚まし代わりにもなるぞ。デフォ機能だけでも結構便利だろ)


 白新はじっと膝の上にある俺を見て、ほどけた下緒をぐるぐると手に巻きつけてから壁にもたれて目を閉じた。俺、邪魔じゃないか?


(荷物の方に置いてくれてもいいんだが?)


 白新は応えの代わりなのだろうか、これでいいんだと言わんばかりに息をついてから、昏倒するように眠ってしまった。

 馬車はゆっくりと走り出す。


(さて……)


 意識を閉じようとして、ふと思った。

 次に目が覚めたらどうなるんだろう。

 変わらない日々の繰り返しは終わってしまった。

 確かに不安はあるが、一切後悔は無い。


(なんなんだろうね、この感覚)


 言うまでもなく、どんな理由があろうと白新が今まで受けていた仕打ちに対して怒りを覚えているのだが。

 それとは別に……楽しい、のかな?


 主が困っている、つまり役に立てる。

 不謹慎だが、道具としてそれが嬉しくもあり。どうなって行くのか、未知への不安が新鮮でもあり。


(でも、どんな話だって、幸せな結末じゃないと、笑える伝説にならないからな)


 皆が笑顔になれるような伝説になりたい。

 それにはこの少女も含まれる。


(と言うか、お前が一番笑顔にならないでどうすんだって話だよな)

「うぅ……ん」


 おっと、霊素から思考が読めちゃうなら独り言の癖も止めないといけないな。

 この子の人生にある困難を斬り拓き、この子が望む物を手に入れる。

 微力ながら、その役に立てるなら至上の喜びだ。

 弱々しく苦悶する寝顔を眺めて、強くそう思う。


(……おやすみ、小さな我が主)


 そうして俺もゆっくりと意識を閉じて休眠に入る。

 高級馬車は相変わらず静かに進んで行くのだった。




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