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5話 白鞘の日ノ輪刀と主。城への馬車の中。




 殆ど揺れない馬車の中。


(……)

「……」


 あの後すぐに衛兵達が集まって来た。

 何事かと思ったが、レジェンドに選ばれた者は即日登城の義務があるとのことで、駆け付けた王国の紋章が入った馬車に案内された。


 まぁみんなボロボロと泣いてる子供には優しいようで。

 店主や先程の騒ぎを見ていた衛兵の計らいで、先ずは竜胆剣術道場に立ち寄るってくれるとのこと。

 円環通りを東側に回っている最中。


(……)

「……」

 

 根付きの高級馬車は、赤い革張りで綿が詰まっている長椅子だ。

 六人掛けの広々とした座席の真ん中にはキャベツ。

 そして端には白い少女が一人。

 少女は馬車の壁にもたれ、日ノ輪刀を肩に立て掛けて、柄に頭を預けて脱力しきっている。


(……)

「……あ、の」

(うん?)


 流石高級馬車、振動も僅かで馬車の中は静かなものだ。

 だから疲弊しきった弱々しい声でもちゃんと聴こえた。


「……あなたにも……ちゃんと、謝らないと、いけません……ね」


 重度の疲労に合わせて霊素の使い過ぎの反動と、未熟な身体で無茶な剣術を振るったせいであちこち筋肉も痛めているようだ。

 あとは泣き疲れたと言うのもあるだろう、瞼が腫れぼったい。

 とにかく休憩が必要そうだから何も聞かないのだが。


(……なにが?)

「剣である……あなたを、あんな使い方……して」

(いいってば。なんか知らんが父親ぶった斬るのに使われるよりはなんぼかマシだろ。お前の役に立てたならそれでいい)

「うそつき……」


 弱々しい笑顔が痛々しい。心眼で当然見抜かれている。

 正直、剣としてかなり屈辱的な使われ方をした。

 だが、言ってる言葉も本音だ。

 いや、娘が父親斬る所なんて誰も見たくないだろ?

 だから、これで良かったんだ。……いいんだよ。


(俺は見栄っ張りなんだよ)

「ありがとう……ございます」

(うん)


 馬車は進んで行く。


「……」

(……)


 単調な車輪の音が、余計に車内の静寂さを際立たせているような。

 そんな感覚に俺も眠気を覚え始めた頃、白新はぽつりと口を開いた。


「わたしは……お父さんの――紅蓮さんの、願いを……叶えたんです」

(……)


 俺は黙って聞く。


「……あなたが、このまま、から、踏み出せなかったのと、逆で。このまま、を終わらせたい、のに、終わらせられず、ずっと、ぐるぐる、していた。願いを……叶えたんです」


 自分が俺を手にすることで、紅蓮は剣で武勲を立てる道を完全に諦めることが出来たのだと言う。

 俺の願いも叶って、紅蓮の願いも叶う、一石二鳥だったとは言え……。


 白新は儚く笑う。

 急展開過ぎないか、そんなに……そこまで嫌われてたのかい?


(何があったのか、聞いてもいい? イーグレースって誰よ?)

「イーグレースは……お母さん、です。わたしたちは、5歳の頃から、剣の稽古を……始めて――」


 白新はたどたどしく語りはじめた。

 物心ついた頃から母親、イーグレースは白新の能力に気づいていて、この力は誰にも知られてはいけないと強く躾けられて育った。


 五歳の頃。

 剣の稽古を始めてすぐに、炎王流師範の紅蓮とは別の、もう一人の炎王流剣術を教えている副師範が白新の異常性に気づいた。

 相手の心が読める5歳児に黙って打たれておけなんて難しい注文だ。そりゃバレる。


 イーグレースの友人で優しくて明るい女性だったそうだ。

 だが白新の能力に気づいてから人が変わった。白新の能力はいくらでも使い道がある。


「邪な……思考の、大半を、あの人に、教えて……もらいました」


 母親の危惧していた通りの考えを、リアルに次々と思い描いて行く副師範はある日イーグレースと白新を夜更けの道場に呼び出した。

 そこで独り善がりで都合の良い夢物語を語り、綿密に練られた非合法な計画を山ほど持ち掛けて来たそうだ。


 イーグレースはずっと白新の平穏な生活を望んでいた。

 何度も我が子にそんなことはさせられない、自分で判断が出来る歳になるまでは無理だと断って行くうちに、交渉は険悪なムードになって行ったらしい。


 一触即発の空気の中、断るなら白新が精霊返りだと周囲にバラすまでだと脅しに入った段階で、イーグレースはこの副師範を殺すしかないと静かに判断したそうだ。


「変な……話ですが、あんなに、ぞっとするほど、綺麗なお母さん、見たこと、ありません……でした」

(お、おう。……いや、わかる。かな? わかってないか?)


 子を思う母の気持ちってやつはこの世界で最強らしい。

 白新は曖昧な感じで首を傾げて答えをはぐらかしてくれた。

 たぶん俺如きでは予想も出来ない程の覚悟だったのだろう。

 

 だが、相手は炎王流剣術の副師範、段位で言えば七段以上。

 イーグレースは風神流六段の使い手だった。型の相性も悪ければ腕の差もあり、荒事で敵う術は無い。


 ここまで険悪な状況と副師範の語る夢物語の壮大さも合わせて、事と次第によっては先にイーグレースが殺されてしまうことも有り得た。

 険悪な空気の中、イーグレースと副師範は同時に心で白新に問いかけた。

 児童の頃の白新は、素直に見たままを頷いた。


「まだ……そのときは、頷くことで、どうなるか、わかって、いなかったん……です」

(そりゃ、5歳なら無理だろ)


 互いに殺意を読まれたことを理解してから、副師範の動きは早かった。

 懐に忍ばせた短刀を一閃。必要なのは白新だけ。

 白新さえ手中に収めれば人を一人消すくらい造作も無いこと。


 共犯者にならない邪魔者ならば不要だ。

 急所を右腕で庇ったイーグレース。距離を取り睨みあう二人。


「それを……わたしは、じっと見ていて。お母さんは、わたしを、守ることを、強く願っていて、あの人は、怖いくらい、色々なことを考えていて、わたしには、二人の願いの、全てが、叶わないのは、わかって……いたので」


 白新は副師範のことをあの人と呼ぶ。


(……ので?)


 なんとなく察しがついてしまうのだが。白新は小さく頷く。


「なにも……考えず、ただ、なるべく、たくさん、願いが、叶うために……――――」


 白い少女は闇の中、副師範から短刀を取り上げて、無邪気に脇腹に突き立てた。


(……お、おう。お前、それ良く開拓地送りにならなかったな)


「それは……お母さんが、自分が、やったことにするために……短剣で、最後を……」


 うん、ああ、そんな予想もしてた。うん。

 当然の話だが、副師範は心の中では葛藤があり、この欲望を誰かに止めて欲しいと願い続けて心は苛まれていたそうだ。

 その願いを叶えた5歳児を誰が責められよう。


 そしてその罪を引き受けるため、母親は短剣を引き抜き、副師範の心臓に突き立てたと。


(実際、脇腹刺されたからって、致命傷だったかどうか分からんだろ?)


 だからお前さんの手は綺麗なままだ。とかそういう、ね?


「そんなわけ……ない」


 あ、はい。白新も罪の意識に苛まれている。

 だからあの人と呼ぶのだろう。


(まぁ……別に間違ってないんじゃないか? 俺は剣だからな、あんまり暴力反対なんて言わないぞ。正当防衛で刑罰も軽かっただろ?)

 

 ショッキングじゃなかったと言えば嘘になるけどさ。

 犯罪の計画を持ち込まれて、断った末に襲われたんなら致し方あるまい。


「お母さんは……近場の、農村にいて、年に一度は……会えます」


 元々優しくて明るい、隠し事など得意でなかった副師範が事件の数日前から挙動不審であったのは他の門下生達の証言にもあり、犯行計画のメモを先に見つけ出していたこともあり、殺人罪の中ではかなり軽い罪で済んだようだ。


 都市外追放が免れ得なかったのは、原則的な殺人罪への決まり事であるのと、証拠のメモから白新の力を匂わせる部分を意図的に紛失させたことで、僅かながら疑いが残ったせいらしいが、本来の殺人罪なら一家全員開拓地送りになることを考えれば、かなり減刑された刑罰と言えるだろう。


 白い少女は俺を抱き込むようにして、座椅子の上で膝を抱える。


「ほんとうに……なにも、わかって、いない、こども……でした」


 いや、今も十分子供だけどな。お腹の柔らかさとか。腹筋鍛えろ。


「よかった……って、最後に、思ったんです、よ……あの人は。いい人、でした」


 だから、それで良かったんだと、最初は思ったらしい。

 副師範はイーグレースにとどめを刺され、道場の真ん中で短刀を引き抜いて血を吐いて倒れ、苦しみ、最後に自分の計画が実行出来ずによかったと思って息絶えたそうだ。

 その姿を見ながら、疑問に思いつつも良い事をしたんだと思ったそうだ。


(まぁー……どうこう言っても5歳の頃の話だしなぁ)


 抱えた膝に力がこもる。のではなく、震えたようだ。


「人は……終わるとき、みんな、唸るほど、苦しんで。憎しみで、潰れながら。焼きつくくらい、怨んで。割れるほど、嘆いて。後悔して。最後の瞬間、諦めの、優しい気持ちと、なにもわからない、不安で寂しい気持ちが、染みのように残って……終わるんです」

(……そんなものなの?)


 白新は小さく頷く。


「そのときは……自分の、やったこと、の、重大さ。なにもわかって、いませんでした」


 頷いた頭を、そのまま抱えた膝に埋める。


「ただ……あの人の、最後の、不気味な思念を、覚えていて。でも、よかったと思っていたんだから、いいんだって、思って。みんなが、何を騒いでいるのか、お母さんが、なんで泣くのか、よく、わかりません……でした」


 俺もロンジ武器店に流れ着くまでの放浪中、人死にの場面に巡り合わせたこともあるが、強いショックを受けながらも、結構こんなものかと冷静な自分も確かにあった。

 だが、人間は一人で生きてないんだなこれが。


(葬儀とかで遺族と会っちゃったか)


 白新は頷かない。ぴくりとも動かない。


「――あの人のお母さんに、仕方なかったって、ずっと心の中で言い訳して。心の中で、何度も謝って、でも、お母さんは、嘆いてるその人達に怒りを向けていて、もう、何が正しいのか、わからなくなって。お母さんがいなくなって、お父さんは、ずっと、わたしを、怖がっているし――もう、なにもできなくなって……」

(正しいことってわかんないよなぁ……)


 白新の場合は選択肢が多すぎてもわけがわからなくなったのだろう。

 心が読めるからって、正解が解かるわけじゃないんだよな。

 こと正解なんてない人間関係なら尚更。しかもまだ子供だ。

 適切な言葉かどうか知らないが、船頭多くして船山に登るみたいな?

 

 白新の過去語りは続く。

 事件の顛末として、白新の才能に価値を見出した副師範が、母親の教育方針に口を挟み、口論の末に刃物が持ち出された果ての正当防衛と言うことで解決したとのこと。

 大まかには間違ってはいないどころか、だいたい合っている。


 紅蓮にはイーグレースが副師範に勝てるはずがないのは分かっていたし、刺されている場所の不自然さから白新を疑い続け、剣から遠ざけた。

 そうでなくとも、太刀筋を予見して避ける白新の異常な動きに剣士としてのプライドを刺激されて疎ましく感じていた部分もあり、白新の異様さを恐れた。


 あとは、黒寧が日ノ輪の民の特徴である黒髪なのに対し、白新の髪色もあまり好ましく思われていなかったそうだ。白新の髪色が自分の嫌いな相手に似ていたらしい。


 そんな髪色で剣を構えている姿を見てると、自分が勝てなかった剣士を思い出して色々辛くなっていたとのことだ。

 完全にとばっちりだな。


「黒寧は……お父さんの、お母さんと、髪が、同じ色……らしいです」


 つまり父方の祖母ってことだな。同異性の双子だとそう言うことで贔屓が偏ることもあるんだねぇ。

 剣として見た目のデザインや形状、色とか重要なのはまぁわかるが。人間も大変だな。

 そして母親の不在もあり、父との関係はどんどん疎遠になって行ったと言う。


「――お父さん――紅蓮さん、は、わたしの所為でお母さんが、いなくなったって、ずっと思っていて。じっさい、それは本当で、わたしのせいで――」


 早口で続く。

 紅蓮はいつからか、娘は黒寧だけがいてくれればいいと思うようになって行った。


(それで今回の騒動に繋がるのかい……)


 四年間もそんな状態で過ごしていたのかよと先ず驚くわ。


(驚くと言えば、その口調の変わりっぷりにも驚くんだが)


 普段は間延びした口調なのに、いきなり早口で焦るんですけど。


「――っ……これ、は。お母さん、との……約束で」


 イーグレースは別れ際、五つの約束を白新と交わした。自分で判断が出来る歳まで、16歳になるまでこの能力を秘密にすることを前提として。


 うそをつかないこと。

 人の秘密を暴かないこと。

 人から奪わないこと。

 人を赦してあげること。

 いつも笑顔でいること。


(……なるほど。お前が平和的に暮らすために、いい決まり事だと思う)


 良く考えてある。心を読めるからこそ人を赦せと言うのは上手いと思う。

 それと口調、どう関係するの?


「うそを……つかないように。誰かの、秘密を、喋らないように、と、考えながら話すと、どうしても、話すのが……難しくて、思ったまま喋るときは、つい……」


 慌てて喋ったり、感情のままに声を出すときは、相手に聞き取れないような早口言葉で喋る癖がついてしまったそうだ。……難儀な。


(てか、よく考えるとこの約束、難易度高くないか?)


 心が読めて相手のことが分かっているのに、嘘を吐かないって、質問とかされたら色々きついんじゃないか?

 なぁ心眼使いの少女さんや。


「ひみつ……です。そう言う、ときは、黙り……ます」


 なるほど。秘密と言うなら嘘にはならないと言う寸法か。

 子供騙しだけど子供だし。


 それに下手に嘘吐いて誤魔化そうとすればこの歳だ、かなりの確率で墓穴掘ってしまうだろう。

 それなら黙る方がいい。


 何か失敗をしても、黙っていればちょっとアレな子供だと思われるだけで、まさかレジェンドで言えばS級の心眼能力だとは思われまい。


(万一バレても精霊返りは自分の力を隠すって言うし、そう追及もされないだろうな)


 どうしたって偏見や奇異な目で見られてしまうのだろうが。

 雉も鳴かずば撃たれまい、だ。これは確実に合ってるはずだ。どや。


(あ、俺の能力を読心ってことにするとかどうだ? まぁ嘘になるんだけれども。それ、俺もすげぇ惨めになるから嫌だが)

「そ、それは、嘘になるので……」


 他人の褌で相撲を取る。だな。


(いざとなればそれでもいい。嘘つきの咎は俺が引き受けるから安心してくれ)


 白新はどう応えればいいのか分からず困っているようだ。

 しかし……ふーん、そんなことがあったのかー……ふむ。


(ま、未成年どころじゃない、物心ついてどうこうって頃の話な上に正当防衛で、四年も前の出来事だろ。もう時効でいいんじゃないの?)


 軽っ、と思われるかも知れんが、俺はその副師範さんに思い入れもないし。

 確かに予想以上にハードでショッキグな出来事だけど。


(あまり重く考えない方がいいんじゃない?)

「――っ」


 怒ったのか、悲しそうな顔で俺を睨む白新。

 今俺お腹の上にあるので首きつくないか?


(だってそうだろ、こんな力を持っていたら普通でいられないのは当然だ)


 傷つけたいつもりではないのだが、きっぱりと言われてショックを受けているようだ。

 平然と俺は続ける。


(この経験から、お前みたいな特別な力を持ってる奴が、平穏に生きる為に重要なことを学んで、五つの約束って形で規律にしたんだ。それで納得するしかないだろ)


 この力は過信すれば必ずいつかどこかで大怪我する力だ。

 早いうちに盛大にやらかして思い知ったということだろう。


「――わ、わたしが、どれだけ悩んで、いるかなんて、だれも分かってくれない――」

(そりゃな。良い経験したね。なんて言わないよ。ただ、必要な経験だったって話だ)


 俺は一泊置いて、思いついた言葉を言語にして飛ばす。


(あ、母君がお前の肩代わりしてくれたことに責任感じて、それが禍根になってるのかな?)

 

 白新は一瞬、年相応の呆けた顔を見せてくれた。そんな顔も可愛い。

 はっきり言って、過去の騒動は俺にとって他人事でしかない。


 他人のことで悩み続けている姿には、反省したならもうそれでいいだろうとしか思えないんだが、母親のことで苦しんでいるのなら一言だけ言いたい。


(母君の気持ちはわかってるんだろ?)


 白新は苦しそうな表情で身を震わせている。


「――解からない、わたしが全部悪いのに、わたしが罰を受けるべきだったのに、どうすれば、あんなに優しい気持ちになれるのか、わたしには解からない――」


 わかっているけど、解かれないのか。


(自分を庇ってくれた気持ちはわかるが、自分の為に母君が刑罰を受けてしまって、自分に怒りが湧いてるってところ?)


 親の心子知らず、じゃないな、この場合は。わかるから辛いのだ。

 普通なら親の気持ちなんて知ったことかと反抗期に入り、親と子が衝突して色々学ぶもんだろうに。


(……昔、両親から剣士として期待されて、英才教育を受けてた少年が俺を試しに来てたことがあってね。まぁ当然お断りしたんだけど。その後、剣買って行くことになるよね)


 白新は怪訝そうに俺を見る。


(で、俺を抜刀出来なかった所為もあるんだろうけど、その子ほんっと態度悪くてさ。最終的に、おかーさんから、あんたどの剣がいいの! なんて怒られててな)


 そのときの様子を思い出すと心がほっこりするね。


(そしたら更に不貞腐れて、どれでもいい、なんでもいい、知らない、どうせ何選んでもだめって言うじゃん、とか言い出してもうおかしくて可愛くて、俺一人で笑ってたよ)

「――なんの、話ですか――」

(お前の母君は素晴らしい人だ。しっかり胸張ってやれって話)


 どんな時でも我が子のためを思うのが母親ってものだろう。


「――それでも、わたしが苦しいのは、だれも分かってくれない。わたしは、お父さんにも、お母さんにも、迷惑かけてばかりで、迷惑な存在でしかなくて――」


 つまり自分にそんな価値は無いと嘆いているのだ、この少女は。


(つくづく方向性は逆だけど似てるな。俺は無力な自分を過大評価されて苦しんで。お前は、自分の凄過ぎる力の所為で人の人生を狂わせて苦しんで)


 自分が嫌になるよな、そりゃ自己嫌悪するしかないわ。

 当然罪悪感もあるのだろう。

 だから最初、俺から全力で嬉しさを向けられて戸惑っていたのか。


 だから尚更伝えたい。

 ちゃんと言葉にしよう。


(これだけは覚えておけよ。俺はお前に救って貰えた恩がある。こんな俺を欲しいと言ってくれたお前だから忠誠を誓えた。正当な取引での関係だ、一切後ろ暗い所なんてないんだからな)

「――あんな使い方して、、すごく、怒ってるくせに、何言ってるんですか――」


 眉間に皺と眉が寄って、すっごく嫌そうな顔をしている。

 そんな顔も出来るんじゃん。

 相手の心を読める少女にとって、笑顔で居続けるのは自衛にもなるんだろうけど、頭の螺子少し足りてない天使ちゃんなのかと思って不安だったぞ。


(当たり前だ。どこの創精霊が自分を正しく使ってくれない相手を主に選ぶってんだ)


 道具として生み出され、道具として生きる俺達にとって本来の用途以外で使われることは、正直言って侮辱以外のなにものでもない。屈辱だ。

 斬らないための剣が欲しいなんて、まともな剣精霊なら次からは抜刀拒否をするか、主認識回路を破棄する、そんな使われ方をされた。


(それでも、お前が俺を選んでくれたから……)


 こんな俺を欲してくれたから。


(俺のちっぽけな矜持なんかより、意思を尊重してくれませんかね。繰り返すが、俺はお前に一生尽くすだけの恩がある。母君もたぶん同じだ。お前の人と成りを尊んでいる人がいることを忘れないで欲しいんですけどね)


 俺の場合は恩義を。母親の場合は、お前が産まれて来てくれたこと自体が、正しいとか間違いとか、損得抜きで我が子の為に動くことの動機になるらしいぞ。

 白新は言葉を詰まらせる。


「そう言う……そういうのを、そんなことを、言われても、迷惑をかけているのは、わたし……なのに」


 いや、だから迷惑とかいいってば。

 この気持ちを向けられること自体が辛いんだろうけど、仕方ない、諦めて慣れてくれ我が主。

 俺は全力でお前の味方だ。


(やべぇ重い、こんな重いシチュエーション俺には無理だ、もっとライトなのがいい!なんて間違っても思ってないからな?)


 俺の本心はそんなこと思っていそうだが、と言うか思っているはずだが。それはそれ。

 この子には、十年以上張り続けた見栄と虚勢で、俺からも見捨てられていた「俺」を選んで貰った恩がある。

 この子絶対守るわって決意と忠誠を貫く。

 それが剣って物なので安心して欲しい。


(だから、適当な所で別れようとするなよ?)


 この子、俺のためを思ってそんなことしそうで怖い。


「なんで……そんなに、察しが、いいんですか。あなたにも、そういう……力が?」

(はは、そりゃ無いって。ただ伊達に十年以上も審査員やってないからな、短時間で人柄とかまできっちり図ろうとして身に着けた単なる洞察力だ。お前には負けるよ)


 一瞬でも本気で自分と同じ力を持っているのを期待してしまったのか、悲しそうな顔をする白新。


(……その洞察力は、こう言ってる。お前は他人を思える良い子だよ)


 心眼で人の心がわかっても、人を思えるのは性格だろう。やさしいのだ。

 力を悪用する方法は副師範に教わり、既に知っているのに、他人に危害を加えない生き方を選んで、母親との約束を守り続け、父親の願いを叶えるために自分が引くことを選んだ。

 こんなの良い子だとしか言いようがないだろ。


「ちが……う、そんなじゃ、ない。わたしなんて、いいこじゃ……ない」


 目線を俺から外し、腕に顔を伏せてる白新。

 その小さな肩は震えている。


(そりゃお前自身も思う所があって、考えもあるんだろうけどさ)


 そんなもん普通の人には分からないのに。

 後ろめたく思うのは能力のせいか、性格のせいか。

 能力のせいでそんな性格になったのか。

 白新は肩を震わせながら言葉を続ける。


「わたしは……お父さんに、選んで、欲しかった……剣士としての、名誉を、諦めて……剣を、忘れて……剣よりも、ううん、剣を持っている、わたしを……赦して……ほしかった……」

(それが叶わないのも、わかってたんだろ?)


 白新は嗚咽混じりに何度も頷く。

 俺を手にした以上、自分が遠ざけられるのはわかっていた。

 紅蓮が剣を忘れるためには、俺を手にした者は紅蓮の前から消える必要があることもわかっていた。


 ライバルに勝てなくても、いや、ライバルに勝てなかったからこそ、剣の道を諦めきれず、剣に生きていた。

 ああ言う手合いは禍根も残せないくらい、綺麗に断ち斬ってやるしかない。


 己が求めた剣に挑み、負ける。紅蓮はそれを望んでいた。

 本当なら黒寧に挑むつもりだったのだろう。黒寧にそんなことはさせられないから、自分が代わった。


 その結果どうなるか。

 自分が選ばれないのがわかった上で選択を迫るのは、身を引くって言うんだよ。


(事情はわかった。過去のことはあんまり気にするな、と俺は思うよ。母君のことは、今すぐには考えなんて変われないだろうけど……それこそ許してやれよ)


 人を赦せって約束に、お前自身も含まれてるんだと思うぞ。


「……」

(紅蓮の願いを叶えたいってお前の目的は叶ったんだ。それでよし。はいおしまい。とは行かない状況になってるんだから、これからのことを考えて行こう)


 白新は押し黙ったまま涙を流し続けている。


(それとも、俺はもう用済みか?)


 ほとぼりが冷めてから、俺を捨てれば家に帰れるんじゃ――


「――そんなこと、ないっ! わたしもずっと迷って、ゆうじゅうふだんで、あなたが、いたから決められて、だから――ちがう、わたしも、あなたが欲しかった!」

 

 ――お、おう。物凄く食いつかれた。青ざめた顔を上げ、唇は小さく震えながら驚愕しているように見える。

 すまん、不安にさせるようなこと言った。考えた。そうだね、お前も決めるまで凄い悩んだよね。軽口のつもりだったが軽率でした。


(な、なぁに、俺と一緒ならレジェンド使いとして色々と働き口はあるさ)


 前向きな話をしよう。

 とりあえず街中で帯剣許可を貰う為に、どこか傭兵組合にでも登録しに行くか? レジェンド使いなら先ず断られないだろう。

 荒事が嫌なら、他のレジェンド使いが居ないような土地まで行って、俺と協力すれば他の創精霊を探し出すような仕事だって出来る。

 基本は剣として使って欲しいけど、お前の為ならそういうのもありだ。


 なんにせよ宝剣とか護身用で家庭に常備するにしても刀剣類の所持許可証は貰わないといかんのだろうが。

 こっちは登録料とか審査とかあって少々そう面倒だ。


(もしかしてお前、エルフみたいに自然精霊の姿も認識出来たりするの?)

 

 白新は首を振る。

 おしい。自然精霊が見えて、その考えまで読めるのなら日ノ輪国で神託の巫女以上の地位を目指せただろうにな。


(まぁ、とりあえず城行ってみて、用事が済んだら何か仕事紹介してもらうよ)


 たぶんレジェンド使いとして事務的な登録をしに行くんだと思うが。そのついでにさ。


(城なら色々人脈とか凄いだろうし、きっと良い所紹介してくれるよ)


 泣き腫らした目なのに、涙はまだ枯れていないようで。

 水底に沈む宝石のように潤んだ碧眼で俺を見る白新。


(俺達、お互いを支え合えるような関係になれないかな)


 無力な自分を嫌悪して、踏み出せずに苦しんでいた俺を選んでくれた白新。

 人の痛みがわかるが故に、苦しみ一人では踏み出せなかった白新に尽くす俺。


 さっきの戦いみたいに、立ち上がる為に、その心を軽くしてあげることくらい ならこんな俺にも出来るんじゃないかと思うんだが。

 剣精霊とこんな関係のレジェンド使いなんて、過去に例があっただろうか?


(なんだか似た者同士、仲良くしようぜ)


 剣としては役立たずでほんとすまんが。


「……っ」


 俺を抱えたまま、膝をぎゅっと抱き、顔を伏せてまた涙を流す。


(昔の事、話してくれてありがとう)


 俺は優しく告げる。

 そうして。


 馬車は静かに進んで行き、最初の目的地に着く頃。

 白新は泣き腫らした顔を上げて、赤面しつつ鼻もぐずぐずだが、少しだけすっきりとした微笑みを向けてくれた。


「わたしも……聞いて、欲しかったん、です。ありがとう……ございます」 

(うん)


 やはり良い子だと思う。




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