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2話 白鞘の中、眠る日ノ輪刀。主候補来る。

 色々悩みに悩み。

 結局すっぱりと割り切ることは出来ず。


 今ある評判や期待を裏切ることが心苦しくて、今更普通の剣士なんて選べないと言う見栄も捨てきれず。

 この人じゃなければと言えるような、特別な人に貰ってほしいと言う乙女の夢も捨てきれずに悩み続けた。


(剣なんてどいつもこいつもプライド高くてロマンチストなのだ)


 でなければ伝説が作られたりしないだろ。

 俺のようなC級剣精霊も例外ではないらしい。

 俺も、俺の伝説を良い物にしたい。


 そう考え、壮大に膨れ上がった期待と、今まで断って来た人達の面子も保てる人材を考え続け、一つの答えに思い至った。


(簡単な条件だが、ここで出会うのはなかなか難しい、そんな人材)


 この条件に合う人材を主として認めることで、きっと色々万事丸く収まるはずだ。


(まぁ完璧にとは行かないけど、そこは俺が妥協すればいい)


 やはりファルコニー以上を望むと言うのは諦めなければいけなかった。

 それでもやはり、誰でもじゃない「特別な人」を選びたい。

 そうじゃないと俺に選ばれなかった人に申し訳が立たない。

 その条件を満たす人材とは。


「なんでも竜が現れて願いを叶えてくれるらしいぞ」「いやぁ俺は海が割れて海神が蘇るとも聞いたな」「天使が舞い降りるのです」「え、救世主が現れるんじゃないの?」


 横に長い倉庫のような店舗はこのところ連日満員御礼。

 観衆は俺が抜き放たれたときどうなるかの噂話を口にしている。


(お、ついに来たぞ……)


 その人物を選んでしまえば、剣としての扱われ方も戦場で大活躍や聖堂に奉納と言った高望みも出来ないだろう。


(おそらく宝剣として大事にされることになると思うが……ま、それでも過分な扱いだよな)


 少し寂しく思えるが、それが収まるべき所なのだ。

 俺みたいな普通の剣が勇者に使って貰いたいなんて、いい夢見れたよ。


(うん、悪くない。むしろ顔は良いな、いや良いじゃないか)


 レジェンドの主には美形が多い。たぶん皆も面食いなんだろうね。

 この一週間、とにかく刀身を鳴らし続けて人を呼び続けた。

 連日ロンジ武具店に人が集まり、ついに該当者が現れてくれた。


 今、俺の望む条件に見合う者が人垣の中にいる。

 そろそろ日も一日で一番高く登るお昼時。

 春の陽気は温かく、剣鳴りが響く店内は木窓が全開で明るい。


 だが、ざわめきの中、異様な緊張感が漂っている。

 そう、この中に俺の主になるべき者がいる! 

 主候補は……お前だ!


「……」


 うんうん、良い顔だ。真っ直ぐ前を向いて、俺だけを見て笑っている。


(なに食ってんだあれ? キャベツ?)


 剣鳴りが響く異様な店内で、一人ほわっとした笑顔でキャベツをかじっている。

 うん? ……まぁ、これくらい謎めいててもいいかも知れない。

 おい、お前のことだぞ! そこのお前! 分かってるかー?


「にっ」

(あ、また笑った)


 店舗の外にも人は集まっていて罵声やざわめきが飛び交っている。

 噂だけは既に伝説級の俺がついに抜刀される瞬間を一目見ようと集まってくれて、建物の中に入りきれなかった観衆の皆様だ。

 衛兵まで出てきて観衆の整理なんかしていて、ちょっとしたお祭り騒ぎ。


(みんな……今日まで俺の為に集まってくれて、本当にありがとう……)


 俺、今日、決めます!

 さぁさぁ、俺はこの中からいったいどんな人物を主に選ぶのかっ!

 ご期待ください! 

 バンッ! ドルルルルルルルルルルルル……――観衆はざわめく。


「お、おうロンジよ……今、あの刀から小太鼓を連打するような音がしたぞ?」

「紅蓮の旦那。へぇ、この一週間妙な音が鳴りっぱなしでして……旦那、こいつは

いよいよでしょうなぁ……最後かも知れませんぜ、試しますか?」


 鳴きかたのコツは、刀身の根本でぎゅーっと霊素を溜めてから、切っ先に向けつつ外側にみょーんと、精霊回路に沿って解放して行くといい感じに刀身が振動して、こう、キィー……ン……。キィー……ン……。とかっこいい音を響かせることができます。

 ドラムロールはその応用だな。


「ふむ。拙者、今日この日の為に武芸を磨いて来たと言っても過言ではないからのう!」


 紅蓮と呼ばれた、大柄で赤毛の男は店主に銀貨を一枚押し付け、神棚の前に設えられた舞台に登る。

 絵にかいたような剣豪だ。


「拙者との再会を喜び鳴ておるんじゃろう、眠れる聖剣よ……目覚めの時は今ぞ!」


 歳の頃は30代の中頃か?

 壮年と言った様子で、武者修行の果てなのか、ぼろぼろの日ノ輪剣士の胴着をまとっている。

 赤い瞳をかっと見開いて、神棚の前にある俺を手にする。


「あのときの雪辱を晴らすときだぜ紅蓮!」「今ならやれるぞ!」「がんばれよー!」


 仲間からの声援を受けて、にかっ、と親指を立てて笑う豪胆な剣士。


(……誰だっけこいつ?)


 会話の内容からおそらく過去にお断りした人物なのだろうが。

 俺を手にして、紅蓮と呼ばれた剣士は構える。


(あ。あーこいつ、あいつか。紅蓮って、確かそんな名前だったな。えぇー、でも、こんなだったっけ? なんか荒んだなぁ)


 気取った腰溜めの構えで思い出せた。

 紅蓮・竜胆。

 勇者ファルコニーのライバルだった日ノ輪剣士。

 十二年前、城の広場で俺を奪って一騒動起こしたあいつだ。

 武者修行で腕を上げて来たと言うのなら期待出来るかも知れない。


「ファルコの野郎にイーグレースっ、それに娘達よ……拙者はやるぞぉ!」


 ここではないどこかに向かって宣言しているようで、観衆に背中を向けたまま吠えた。


「だりゃぁああ!」


 腰溜めに構えた俺を、一息で抜刀する為に力を込める。

 そして。


(うわ、反応に困る……例えるなら、一つの音は力強く良いのに、がむしゃらな大音量で全然まとまらない騒音みたいな?)


 昔の方が良かったなぁ。


(力任せに押し切ろうとしたってダメ。全然その気にならないわ)


 長剣の俺は、本来これくらいの体格した剣士が使うのが本当なんだろうけどなぁ、なんでこんなにゴリ押し系になっちゃったの?

 まるで自分を見失っているような、そんな印象。


 素晴らしい腕だったのに、この十二年の月日で枯れてしまったようだ。

 顔を真っ赤にしながら、柄を握る腕に力を籠め続ける紅蓮。

 髪の毛も赤いので頭全部真っ赤だな。


「うぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおおお!」


 ま、これは前座みたいなものだ。良い盛り上がりになるだろう。

 今まで世話になった店主への礼も兼ねて、最後に有能な剣士に出会えないかお試し期間を設けて見たが、やっぱりそんな上手い話はないな。


 主候補者にも、この中から自分が選ばれたのだと自覚を持って欲しい。

 大勢の前で祝福されれば特別感の演出にもなって俺を大事にしてくれるだろうと言った計算もある。


(そして条件に合う人材が来た。この騒ぎも今日までだ。そこのお前!)


 顔も良いし、髪の色は白金色。青味かかった薄碧の瞳には、俺の白と金、青い下緒の外装がとても似合いうことだろう。

 さっきからじっと俺を見てくれているのも好印象。

 観衆は盛り上がり、奮闘する紅蓮に注目しながら野次や声援が飛び交っている中、一人静かに揺らされてる俺だけを見ている。


(ん、なんか悲しそうな顔して……おや?)


 ついには目を逸らし俯いてしまった。抱えたキャベツに目線を落としてしまう。


「ふううぉぉおおぉおぉぉぉおおおおおおおお!」


 裂帛の気合いを四方に飛び散らせている紅蓮。

 霊素も込められていて、息苦しくなるような圧迫感はあるが無駄が多過ぎる。こんなのに騙されるのは素人だけだ。

 昔はもっと鋭かった覚えあるけどなぁ。記憶違いかな?


「ぐれーん!」「紅蓮がんばれー!」


 紅蓮氏、今は傭兵でもやっているのかな。人垣の一角から荒っぽい声援が上がっている。

 それはまぁどうでもいいのだが。


(どうした、我が主候補者よ?)


 俯いたまま顔を上げてくれない。


「ふぁーーーーーーーーーーーーぁぁぁぁあああああ」

「いっけぇえええええ!」「がんばれー!」「ぶちかませ!」


 ああもう、うるさいなこいつら。あんまり力任せにガタガタ揺らすな、柄や鞘も補強してるからって壊れないわけじゃないんだぞ。

 俺は今それどころじゃない、空気読んで。


(あっ、そっか、こう言うがさつな騒ぎが嫌いなのかな)


 確かに、我が主になる条件の者にとっては居辛い雰囲気なのかも知れない。

 逃げられても困るし、あまり勿体付けて引っ張り過ぎるのもよくないか。

 って十年以上もここまで引っ張っておいて言える言葉じゃなね。てへっ。


(そうだな、それじゃそろそろ……)


 ……。

 ……。

 ……。

 ……行きますか。

 ギッ、キィ――――――――――ン! っとお!


「うぉぉあっ?」


 全力の剣鳴りで全体を震わせ、紅蓮の手から跳び出す。その場で尻餅をつく紅蓮。


(なんか修行して来てくれたらしいけど、悪いな……でも、皆が納得出来る人材選んだから、容赦してくれ)


 弾かれたように宙を舞う俺。

 全員が俺を見上げる中、主候補者も遅れて顔を上げてくれる。

 人垣の一番端。我が主候補者の足元に届くように調整しながら跳ねた。


(柄を手にして貰って、そのまま流れでするっと抜刀して貰えばいいか)


 このまま空中で受け取って貰って、舞台の上で抜刀でもして貰えれば最高にかっこいいのだろうが、そんなことを望める人選じゃない。


(あの体格でも鞘を後ろに回しながら、肩と腰を上手いこと使えば抜刀出来ると思うんだけど……やっぱり俺が主候補に対して長過ぎるかな)


 鞘からするりと抜けて、ぶわっと霊素を煙のように吐いて、鯉口から覗く刀身がピカーンっと光り輝く。うんうん、絵になるだろう。

 マックス切れ味の輝きも三十秒くらいは保てるはずだ。

 反動でしばらくは刃がふにゃふにゃのなまくらになってしまうから、それまでには納刀して欲しいが……まぁ、流れで出たとこ勝負だな。


 俺は剣鳴りを使い、空中でくるりと一回転。

 永遠とも思える、時間がゆっくりと流れる錯覚。


(第一印象って大事だからな)


 俺の軌道を目で追い、息を飲む観衆達。

 主候補者は自分に向かって来る剣に驚き、視線は俺に釘付けだ。


(ここからが技だ!)


 カッ、と鞘の一番下、鐺から着地。

 一度剣鳴りを挟み角度を調整。

 革紐の編み上げサンダル、その少し手前を狙いパタリと主に向かって柄を差し出すように倒れ込む。


(美しい……完璧だ……)


 それにしても小さな足だな、親指の爪なんて本当に貝殻のようだ。

 観衆達は息も忘れ、視線を一点の人物に集めて成り行きを見守っている。


(さぁ俺を手に取ってくれ!)

「……」


 釘付けにされたまま俯く視界には俺の姿も映っているはずなのだが、キャベツを抱えたままぴくりとも動く気配がない。


(……あれ?)


 動かない。


(……あー)


 予想の内ではあったが、主があまり乗り気では無いパターン?


(うーむ、最初は笑顔だったのに、緊張してるのかな?)


 うんうん、分かる分かる、はじめては緊張するよね……俺もはじめてだから安心してくれ、へーきへーき。

 シン、としたまま空気は流れる。

 店の外では何が起こっているのかとざわめき出している。


(いかん、ぐだる)


 よし、時間稼ぎと既成事実を成立させるため、外堀から埋めさせて貰おう。

 このまま剣鳴り乱舞。

 キュィーン! キュィーン! キュィーン! キュィーン!

 びくっ、と肩を震わせる主候補者。


 隣の若い戦士風の男が気を使いながらキャベツを預かってあげている。

 どうだ周りも早く手に取って見ろって顔をしているぞ! 

 ほらほらほらー! キュィーン! キュィーン! キュィーン! キュィーン!

 俺の剣鳴りは虚しく響き続ける。 




 期待をしてくれた人達や選ばれなかった人達が、この人を選ぶなら仕方がないと納得する人材。誰でもいい訳じゃない特別な存在。


(そう! キミ、キミ、キミだ!)


 この人材を選ぶことで俺の、眠れる日ノ輪刀伝説はここに完結するのだ。


「あぅ……わたし……やっぱり……」


 背は低く、白金色の長い髪を自然に伸ばし、青みかかった薄碧色の瞳。

 簡素な白のワンピースに茶色い上着を羽織っている。

 小さな女の子。年の頃は10歳前後かな?


(そう! 剣術なんて習ってない、刀剣に関して無知な女の子、これが答えだ!)


 少女は胸元に手を寄せ、足元で鳴り続ける剣を困り顔で見ている。


「なんだあのガキは!」「女の子?」「白新が?」「なんで?」「可愛い子だな」「あいつに剣なんて要らないだろ……」「黒寧お嬢はどこだ?」


 観衆はざわめく。

 ふふ、皆さん戸惑っているようでね、展開に置いてぼりですね……ですが、これでいいのです。

 この子が主になれば。


『あの剣は戦いたくなかったのだ、だから剣士を主に選ばなかったのだ!』


 と言うことで、俺の伝説は一気にライトなお伽話として語り継がれて行くことになる!

 そう! つまり! 笑いに走る! ほんわかとした笑いに!


(いや、実際そう言う伝説も悪くないだろ?)


 俺の面子も辛うじて保て、皆だって剣士としてのプライドが守れる。

 剣士が目の色を変えて求めていた剣が、剣士以外の非戦闘員、それも愛らしい女の子の元に収まれば剣士達は笑うしかない。

 お伽話のオチとして綺麗だろう。


 観衆の中、他にも子供が居ない訳ではないが、半端に剣術を習っていたり男の子だったら親が「剣精霊に選ばれた! きっと才能があるのだ!」なんて言い出してして、英才教育を始めてしまう恐れもあるが、完全素人で年齢も9つか10と言った女の子ならその心配もないだろう。


 踊りの稽古と同じだ。物心ついてから10歳までにはしっかり体内の霊素を操る感覚を身につけなければ、今更覚えても一流で努力し続ける者には追いつけない程の差が出来てしまっている。

 英才教育を始めるには既に手遅れ。


 最初は赤子と言う案を考えたのだが、俺はあくまで使い手の技量が分かるだけで、生まれ持った才を見抜けるような機能は無い。

 赤子を選べば確実に英才教育を始めることになってしまうだろう。俺ごとき普通の剣がそこまで人の人生変えてしまうのは駄目だし、優れた剣士に育たなかった場合責任取れないぞと言うことで却下した。


 剣術の才能が無い人なら誰でもいいかとも考えたが、それだと腕に覚えのある、努力を重ねて来た剣士はあまり快く思わないだろうなと配慮して結果この人選になった。


 可愛い女の子相手なら、もう皆笑うしかない。

 あとは俺を大事に飾るでもして、嫁入り道具とか家宝の剣とかにしてくれればいいよ。

 それで皆笑顔の優しい世界が待っている。


「白新……やはりおぬし……ぐっ……ぐぬっイーグレース……ファルコッ」


 うん? 剣鳴りの所為でよく聴こえないが、壇上で尻餅をついたまま紅蓮が何か言っている。

 へーきだって、だいじょーぶだいじょーぶ、今はがっつり打ちひしがれてるけど、この結果見たら笑うって。

 どうせ俺なんて大した剣でもないんだから、それでこの子に負けたとか思ってるなら、それこそ爆笑されるぜ。


(今はまだ、S級剣精霊の気まぐれ人選かなんてことも思われてそうだが……どうせ抜刀されたら追々バレるんだからな)


 そう、この人選のミソは俺が普通の剣だと判明したとき、主が子供ならばコミカルな愛嬌として昇華されて行き着く所にある。

 「大袈裟な噂に釣られてはいけない、無邪気な子供に教えられたよ」的な、教訓めいたお伽話になるのだ。

 まったく隙の無い人材選び。


(実際すげー考えたし、すごーく悩んだし。でも決めたし、本気だし……今ここに現れたキミは特別な存在だ、うん、いいよ……きて)


 と言う訳ではよぉー、早く手に取ってくれ少女よぉ、鳴らし続けるのも霊素消費して疲れるんだぞー。


「……うん」

(ん?)


 なにか決意するように頷き、ようやくしゃがみ込んで俺の鞘を手にする。羞恥心とかまだ無い歳なのかね、パンツ丸見えなのが笑える。

 そうして、両手で鞘を抱きかかえられた。


(へぇ、なかなか新鮮だね)


 素人の、刀剣以外の扱いで手に取られるのは、なかなかむず痒い物がある。

 俗に言う抱っこされている状態。

 ぬいぐるみみたいでなんとなく恥ずかしい。

 俺の全長は少女と並べて顎程までもあるので、非常に危なっかしく見える。


(大丈夫? 重くない?)


 とりあえず俺は鳴り止む。

 シン、と空気まで凍りつくような緊張感を全員で共有しているようだ。

 伝説の瞬間を、その目で目撃しようと皆が待ち望んでいる。


「いつまでも……このままじゃ……だめ、だよね」


 白金髪の女の子は言いながら、ぎこちなく微笑みを浮かべて紅蓮を見る。


(……お嬢ちゃんにも、なんか悩みとかあるのかね?)


 気が抜けるような、間延びしたテンポの口調だが「このままじゃだめだ」と予想外に共感できる呟きに少し興味が湧く。

 紅蓮の関係者なのだろうか。まさか紅蓮の娘だったり? 確かに小さくて目立たない鼻は日ノ輪族の面影があるが、あんまり紅蓮とは似ていない。


(どうなんだろ。まぁ違うよな?)


 剣豪の娘なら剣術を習っていないのは不自然だ。

 この抱えられている感じからも剣の訓練を受けている印象は感じ取れない。  キャベツを抱えていたときと同じ、ただ大事に持っているだけ。なんの音楽性も感じないね。


(てか、紅蓮は何をここまで落ち込んでいるんだ?)


 もしくは、怯えている?

 紅蓮は愕然とした表情で少女と俺の姿を凝視している。


(うーん?)


 良く分からん、一旦中止すべきか?

 ……。


(いいや、ここまで来たんだ、もう無視して続けよう)


 結局素人の女の子って部分が特別なだけで、その条件に合ってれば誰でもいい。

 そこ妥協したんだから、今更まだまだもっと可愛い子が良いとか言い出したら若干引くわ。


(この子普通に可愛いしな。と言うことで、へい、一丁ばっと抜刀、頼むよお嬢さん!)


 それこそ主を選ぶに当たって、美少女を求めてミスコンを開く剣なんてのもあるらしいが。

 自称清純派としてはドン引きです。それと一緒にされてはたまらない。

 俺は促すように一度だけ大きく鳴く。

 その音に少女は柄に手に掛けようとして……その手を降ろした。


「でも……なにが、正しいの? これで、いい……の?」


 微笑んでいるのに、今にも消え入りそうな小さな声。


(……さあねぇ、正しいことなんて俺には分からんが、今のままがダメなのは知ってる、大袈裟な伝説が間違ってるのはわかってる)


 少女はゆっくり歩き出し……紅蓮の所に俺を運ぼうとしている。


(ちがーう、待って待って、うぇいと、それじゃダメなんだってば。そーじゃないの、キミじゃないとダメなの、キミがいいの! いや、正直かなり可愛い、やった最高だぜ、これは逃せないぜって思ってる! いやほんと、キミより可愛い子探すとか、また勇者探す並にハードル上がるくらい可愛いから!)


 ギヤィィ――ィン!

 と、不満をアピールするように、音を濁らせて鳴くと女の子は足を止めてくれた。


(紅蓮も自分が抜けなかった剣を、自分の子供か弟子か知らんが、関係者が抜いてくれるんだからいいじゃん、紅蓮の家で祀ってしてくれてもいいよ。とにかくキミが抜けば、俺は剣士以外を主に選んだって皆に理解して貰えて色々丸く収まるんだ)


 創精霊以外とは言葉が通じないのがほんとうにもどがしい。

 舞台の真ん中、神棚の前で立ち止まる少女。


(はぁ、いい加減疲れる……このまま掛台に返却されたりしたらどうしよう) 


 超悩んで建てた計画が台無しになるのは辛いなぁ。


(えー、これくらいの年齢の子ってここまで空気読めない物だっけ?)


 若干あたまよわ……もとい、アレ、天然ってやつ? パンツ丸出しでしゃがむし、なんか空気感独特でふわふあしてるし、キャベツ齧ってたし。


(いや、持ち主の要素はもういい。可愛い女の子が所有者になる、そして皆でほっこり笑顔。これで俺の伝説は完結するんだからさ、今を変えるのにキミが必要なんだぜい!)


 少女は無表情でしばらく止まっていたが、やがて応じるように頷いた。お?


「うん……わたしも、決めた。あなたが……欲しい」


 ……。

 やだ、子供のくせにどきっとするようなこと言うじゃない。

 顔を上げて真剣な顔をすると可愛さが跳ね上がる。

 きりっとした女の子の可愛さ。

 いいよいいよー、すごくいいよー。


 神棚の前に、左手で俺を掲げるように突き出す少女。

 右手は宙に漂い、ゆっくりと柄へと伸びる。

 若干震えているのは重さのせいか、緊張のせいか。俺が震えているのか?


(う、いざとなると緊張する、は、恥ずかしい、せめて明かりを消して……って無理か、その、うう……優しくしてください)


 いや、やっぱりこんな観衆の前で恥ずかしいし、いきなり落とされでもしたらかっこ悪いよな的な意味でだよ?

 俺って太刀と打刀の中間くらいの大きさだし、この子小さいから本当に大丈夫か不安になるし、俺、初めてだし、ちゃんと出来るかなって……。

 少女の小さな指が柄に触れる。心拍数がやばい……び、びびびってねーし!


「……」

(ん?)


 店の入り口がなんだか騒然となり、少女の手が止まってしまう。


「ちょっと通して、通してください! 通してってば! とーおーせー!」


 おーっとぉ、ここでちょっと待ったコール?


「黒寧お嬢!」「おお!」「道を開けろ!」「黒寧お嬢が来たぞ!」


 黒髪の少女が一人、ざわめく人垣から飛び出し、そのままの勢いで紅蓮の元へ爆走して行き、胸倉に飛びつく。

 黒髪の少女は赤い瞳に涙を浮かべながら何か騒いでいる。


「お父さん、白新ねぇとはぐれちゃって、大変、白新ねぇがいないの!」

「おお、黒寧……まだ間に合うぞっ」


 紅蓮はふらふらと壁を背にして立ち上がる。


「お父さんも白新ねぇもあたしほったらかしにして行っちゃうんだもん! もう、お父さんも探してよ! 白新ねぇに何かあったらあたし……あたしっ」


 捲し立てる黒髪の女の子。……うーんと、話についてけない。迷子のお知らせ?


「わたし……ここにいる……よ」

「あ! 白新ねぇいたあ! もう、はぐれないでって言ったでしょ!」


 やっぱりこの子のことかい。どこをどう見ていれば舞台の真ん中で剣を抜こうとしている人物を見逃せるのか。だいぶ猪突猛進な子のようだ、こちらに詰め寄って来る。


「黒寧、おぬしがその聖剣を抜くのじゃ!」


 と、紅蓮が何か言ってる。


「へ?」

「元よりそのつもりだったのじゃ、さぁ我が娘よ!」


 紅蓮の娘で合っていたか。

 しかも珍しい同異性の双子だ。


(白と黒だ、お洒落やね)


 顔はそっくりなのに毛色がまったく違う。

 青味かかった碧眼で、白金色の髪を自然な感じで伸ばしているのが白新。

 燃える赤石ような瞳で、黒髪をきちんと手入れしているおかっぱ頭が黒寧。

 白い方がサニイで黒い方がクロネね。うんうん、わかり易い。


 白新・竜胆さんと、黒寧・竜胆さんね、わかる。

 そして赤毛赤眼の紅蓮がお父さん。

 うん、わかった。


(で?)


 もぉーなにがあったのか知らないが、キミらの家庭の事情で水差すなってば。

 俺だって結構テンパり気味なんだから頼むよ……。

 周りもキミらの関係者以外、この展開に疑問符浮かべっぱなしだぞ?


「あたしが……この聖剣を……?」


 白新の手にある俺を見て、小さく息を飲む黒寧。

 髪色の所為だろう、白新の白いワンピースとは対照的に、服は黒系でまとめられていて、黒いキュロットパンツが活発そうな印象を受ける子だ。


(いや、勝手に雰囲気盛り上げてるけどさ……)


 昔の紅蓮は勇者ファルコニーと同等の腕があったのに、それを腐らせた奴の娘なんてどっちでも大したことないだろ?

 しかも自分が剣で成功しなかったから娘達には剣を握らせなかったっぽいし。 それでその娘が選ばれるって、更に教訓的な話になっていいかも知れんが。


(可愛い女の子ならどっちでもいいから、さっさと抜刀してくれ。なんか揺られてるし)


 さっきから白新の腕がふるふる震えているのは、重さに疲れてきているんだろうか?

 黒寧は白新の表情を伺いながら、そっと俺を手にする。


(うん、どうぞどうぞ)


 俺はもう成り行きに任せることにして、大人しく白新の手から黒寧の手に渡った。

 黒寧はすっと俺を腰溜めに構える。


(ん?)


 あれ?

 なんだこれ?

 小さな呼吸音。小さく、深い。


 良い音だ。雅とか風流とか、日ノ輪琴で流れる風を奏でるような。美しい音を背負っている。凛として堂に入った構え。


(黒い方は……剣の腕あるぞこれ)


 しかもかなり。


「ふー……」


 肩程で切りそろえた黒髪が揺れる。

 髪の毛先まで行き渡る霊素。高等技術だ。


 呼吸に合わせて霊素は循環し髪も揺らめく。

 赤い瞳を薄く閉じ、浅く早い呼吸と共に集中力を高め、体内の霊素を高めて行く。

 日ノ輪風に言うなら気を高めるとか、胆力を練り上げて行くとか。


(霊素の高め方もだが、内霊操作が見事だ。まったく無駄が無い)


 達人の域にまで達していそうな、どう霊素を循環させればいいのか、自分の霊素経脈を完全に把握している領域。

 逆に一点への集中力が高過ぎて、余裕が微塵も無いのが剣士としては気になる所だが。


(楽器を必死に演奏する子供の固さはある、が……)


 それはそれでちゃんと音になっている。固さは残るが、雅で心が逸る勇ましい音だ。 

 こんな幼いうちからここまで弾ける、もとい体内霊素を操れる剣士はそうそういないだろう。

 浅い呼吸が段々と深く穏やかになり、霊素は高まる。額にうっすらと汗が滲んでくる。


(三歳からの英才コースの子がようやく内霊操作を覚え始めるような年頃だぞ)


 若い頃のファルコニーや紅蓮とも勝るとも劣らない、このまま伸ばして行けば確実に同年代になる頃には超えていることだろう。


(つまり)


 勇者並か、それ以上の才を持つ者がついに現れた。

 いよいよ黒寧の手に、俺を抜刀するため力が籠る。


(ま、まままままって!)


 そこに。


「その……剣は、わたしの……」


 黒い少女の正面、白い少女の小さな手が、抜刀を阻止するよう俺の柄頭に添えられていた。




白湯と書いてさゆと読むのがなんか好きです。

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