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11話 白鞘の日ノ輪刀と主。新しい扉へと。



 エミルンとの戦いの後。


「っ、いたっ……わわっ――くっ」


 白新は苦悶に呻きながら椅子に腰かけ、たっぷり綿の詰まった革張りの椅子は予想外に沈んだのだろう、また痛みに苦悶の声を上げる。

 服がまだ湿っているので、革張りの椅子に気を使いタオルを敷いてから改めて腰を降ろす。


 そしてゆっくり膝の上に俺を置いて、長く息を吐く。

 大きな革張り椅子に、小さな白新が座っている光景はなんだか頼りなさげで。

 俺は手前のしっかりとしたテーブルの上に荷物と共に置かれている。


(大丈夫か?)

「はい……」


 腕と肩、腿と脇腹を酷く痛めてしまったようで、エミルンに肩を借りここまで上がって来るのにも一苦労だった。

 かなり気を使って動かしたつもりだったが、それでもかなり無茶をさせてしまったようだ。

 一度治癒剣で完全治癒を挟んでいるから、万全の状態からでもこれだ。


 一蓮托刀は改でももう封印だな、とても子供の身体で扱える技じゃない。

 白新は痛みを堪えながら、渋々頷いてもう一度息を吐く。


 そのままぼぅっと椅子にもたれて身体を休めている。

 足が床に届いてないのが可愛い。

 しばらくそっとしておこう。


 遠く、森の方で鳥の鳴き声が聞こえる。

 白新は虚ろな目で豪華な部屋を見渡しているようだ。


「……嘘は、言って……ない、です……よね?」


 どれくらいそうしていただろう。

 髪からも自然と水気が乾き、軽く髪の癖が強調されている。

 窓からの日の傾きの変化が明確に感じ取れるほどの時間が経った頃、おもむろに呟いた。


(……あれで本当に誤魔化せてるのか?)


 白新は頷く。


(偶然で納得するもんなのか……)


 決着の後、白新の腕前について、さてどう言及を躱そうか。

 勢いで戦いを挑んだことを若干後悔しつつ悩んでいると、白新はぼそっと、無意識で勝てました。これは偶然? と呟いた。


 数秒の空白。

 もう一度、わたしは無意識でした。と呟けば、エミルンは顔を上げて、そうだ今のは偶然だと喚き再戦を申し込んで来た。

 魔剣無しでどうやって戦うのかと問えばなにも言えなくなってしまったが。


(ああ、嘘はひとつも言っていないな)


 相手が勝手に判断して納得しただけ。

 やや詭弁臭いけど。

 俺は白新の味方なので、それでいいなら問題ない。全力で支持する。

 と、疑惑の判定思考を読み取ったのだろう、白新はむっとしたように言う。 


「訓練士さん……エミルンさんは、剣の腕は、余興だと、思っています」

(ほんとに?)


 短い攻防だったが、昔の紅蓮と同等の腕はあるように感じられたが。


「友達が、魔剣にされてしまったので、剣術を覚えただけで、本命は弓使い、です」


 だから剣で負けても大して堪えていないのか。

 なるほど。


「あと、あまり、細かいことは、考えていないみたいで……」


 ごにょごにょと言い難そうに、唇を尖らせながら言葉を濁す白新。

 ああ、あのエルフ、頭が悪いから深く疑問に思わなかったのか。


「エルフの人は……寿命が、長いから……あまり、細かいことは、気にしないんだと、思います」

(ふーん。それで……なんでまだピリピリしてるの?)


 白新は不機嫌というか、納得行かない様子で天蓋付きのベッドを見ながら言う。


「親友を……簡単に、賭け過ぎ、ですっ、あんなに大事なのにっ」


 エミルンは魔人ラウキート討伐の噂を聞きつけ、治癒系の創精霊の中に、魔結晶を解除するような物がないか探しに来てこの国に住み着いたらしい。


(まぁさすがに9歳の女の子に負けるとは思わなかったんだろ)


 細かいことにこだわらないエルフにとっては勢いが優先だったのだ。

 賭けに負けて、初めて大慌てで大事な物だ、奪われたくないと思ったらしい。


「っ……」


 ぴくっ、と白新が反応したのは、賭けの部分か。

 負ければ俺は奪われていた。

 トン。と強めに指打ちでイエスの合図。

 爪立てて叩くな、拵えの部分でも痛いんだぞ。


(いや、俺も勢いでね)

 

 負ける気しなかったし。

 べつに負けても一時的な別れが一ヵ月早まるだけだしいいじゃないか。とか思った。


 トントン、トントン、トントン、トントン。

 いや、わかった、わかったから、トントン辞めてください。

 苛立たしげに連打される。


(視野狭窄気味になってしまのも、心眼使いの弱点かもな)


 白新はビクッと身体を竦ませ、トントンを辞めて怯えた瞳で俺を見る。

 叱られている子供のように。


(ああ、責めてますよ。俺は怒っています。失敗や過ちはぐっと飲み込んで二度とやらない決意の為に糧にしろ。言い訳を挟めば禍根になる。わかるだろ?)


 母親が身代わりに正当防衛とはいえ殺人罪を被ったことは、間違いなく最悪中の最善ではあるが、それでも他人が罪を被ったことは禍根になっている原因だ。

 言い訳せずに失敗を認めろ。


「そ……っ」


 酷な言い方かも知れないがこの際情操教育だ。

 善意に訴えて道徳の話しとかするし。そう言うもんだろ情操教育って。

 いやよくわからんが。とにかく怒っている。


(今回は確実に、最初からエミルンの事情を聞けば切り合いになんかに発展しなかったはずだよな?)


 白新は肩を落として俯いてしまう。

 俺は今膝上にあるから、俯くと顔が正面に来るんだけどな。

 悲しそうだが、釈然としない、納得してない様子。


「――みんな、あの呻くような思念が、見えないからっ、そんなこと言える――」


 早口でごにょごにょと言う。

 知らないし、わかりようもない。


(無駄な争いでお前の能力がバレたときは……まぁ俺が精神支配機能と読心機能がありますなんて、みっともなく詐称するからいいとして、嘘をつくのはお前も本意じゃないんだろ?)


 母君との約束に抵触するような、嘘のような詭弁に近い誤魔化しをしてしまったことを自責しているのだ。

 だから不機嫌なのだろう。白新はむすっと口を結ぶ。


(母君は能力の悪用を禁じただけで利用までは禁じていなんだ、誰かを不幸にするために使わないなら大丈夫だって。自分を嫌うなよ)

「――あ、あなたに、言われるとは、思っても、みなかったですっ――」


 方向性は違うがお互い自己嫌悪の塊だ。

 冷静に相手の思考を読めば、上手いこと波風立てずにやって行く方法はいくらでもある。一時の感情だけで切りかかるなんて言語道断。


(魔剣、魔道具、魔法の類が嫌いなのは了解したから、目を逸らせ。以心伝心で行こう)


 俺が見ている光景を伝えれば大丈夫だろう。

 白新はじっと俺を見ている。

 不満そうだ。いや、現実問題目の前の理不尽すべてに喧嘩売って行くわけにもいかないだろ。


(俺から言わせれば魔結晶にされてる妖精なんて家畜と同じだ。違うなんて理屈は知らん。見て見ぬふりしろ)

「そんな――」

(あんな風に苦しんでるお前を俺が見たくないんだってば……)

「こっ、こっ――」


 息を飲んで言いかけた言葉を詰まらせる白新。


(もちろんお前が戦うって言うなら戦うよ。お勧めはしたくないけどな)


 今のお前には回避する手段が選べるのを忘れないで欲しい。


「……はい」


 何度か口を開きかけ閉じを繰り返し、結局は頷いてくれた。

 だが、まだ納得しきれていないようで、じっと俺を見ている。


「それでも……勝手に、わたしの物を、賭けないで……ください」


 白新は口を尖らせて言う。

 それも冷静な話し合いで回避出来ていたんだぞと責めるように思ってやれば、悔やむように唇を固く閉じる。


(ま……今回は万事うまく行ったからいいとしようか。失敗も糧にして、成功も糧にして行けばいいだろ。いい部屋じゃないかね)


 俺は部屋の中を見渡して言う。

 あの後、エミルンの魔剣、アルヴァを見逃す変わりに3つ要求を出した。


 1つは、魔剣の魔結晶に被いをかけること。

 自分の目に触れない場所に置けとは、妥協案として魔法を嫌う精霊信仰者が良く言うことだ。エミルは渋々とだが同意した。


 そして2つめは、この個室を用意させた。

 これから聖剣騎士見習いとして過ごす一ヵ月間、聖剣騎士は見習いとして聖ヴァルキュリア修道院で暮らせることになったのだが、相部屋が基本ということだったのでこの部屋を一人で使う許可をもらった。

 部屋は余っているので簡単に都合がついた。


 部屋の広さは上等な宿の一部屋と同等か。

 調度品や家具も貴族が使うような物ばかりで厚い絨毯まで敷いてある。

 西側だが窓も大きいのであまり気にならない。

 四階と階数が高いのが少し難点だが、若いし角部屋なのでよしとしよう。


 子供が一人で住むには広すぎるくらいだ。

 元々が二人部屋だからベッドも二つあるし。


(ベッドもふかふかそうだ。そう言えばお前、昨日も上等な宿だったのに床で寝てたし、こんないいベッドで寝るのはじめてなんじゃないか?)


 羊毛の詰まった布団なんて、庶民はなかなかお目にかかれるものではないだろう。

 なによりもベッドの頭に日ノ輪式の刀掛け台があるのがいい。素晴らしいね。

 天蓋付のベッド奥に白鞘の日ノ輪刀が鎮座する光景は絵になることだろう。


「ぅー……」


 なぜか唸っている。


「広くて……おちつきません」


 それもあって、さっきからピリピリしてるのだろうか?

 そして3つめ。こちらも難無くというか、聖ヴァルキュリア修道院の食堂は専属の料理人がいて注文式なので菜食主義の白新にも問題なく、要求するまでもなかった。

 しかも無料で利用できるとのことで。

 普通こういう場所は毎日のメニューなんて選べない上に給金から引かれるものだろうに。

 やはりレジェンド使いはどこに行っても良待遇だ。

 万事速やかに整えられた。


 あのまま魔剣アルヴァを貰って売れば金貨百枚を稼げたことを考えれば破格の交換条件なわけだが。


(ああ……もしかして後ろめたいのか?)

「……」

(うぎゅ)

「――わたしの我儘から戦ってもらって、あなたを危険に晒してしまったのに、こんな結果に喜んでる自分が嫌なんですっ――」


 俺を抱きしめ、早口でうがうがと呻いている。


(ええい、俺をぬいぐるみのように抱きかかえるなっ)


 自分の我儘からまた俺が賭けの対象になり、嫌な魔剣を中途半端に叩き伏せて得た良待遇に浮かれている、そんな自分に罪悪感を覚えているらしい。

 もう少し気楽に喜べばいいのに、真面目で難儀で良い子だよほんと。


(ほら、昼までに着替えて食堂で待ち合わせだろ)


 身体を休めた後、エミルンが修道院を案内してくれてるそうだ。


「あぅー……」


 白新はのろのろと顔を上げる。

 テーブルの上に用意されている身の回りの日用品や、私服禁止の修道院で暮らすための部屋着と寝間着、あと訓練着に下着はどれも一級品だ。


 そして貴族が通う学院の制服にも似た、騎士の制服。細かい装飾が施された、色は青と白で聖剣騎士の物だ。

 袖口や襟に入っている線章の模様で見習いを示していんだったかな。

 これに着替える。


 身体もまだ痛むのだろうが、制服に袖を通すのに気後れしているらしい。

 複雑そうな表情で眺めている。


「……」

(着替えないのか?)


 腕の中、なぜかじっと見られる。

 パンツは気にしないが裸は見られたくないなんて羞恥心はあるのか?

 それなら意識を閉じてもいいんだが。


「いえ、それは……いいです、けど……」


 俺は剣、物だしな。

 物の前で恥ずかしがる必要もないだろう。

 白新は暗い面持ちのまま、椅子の上に俺を残してテーブルへと歩み寄る。

 溜め息でも吐きたそうな後ろ姿で佇み、制服に視線を落としている。


(……)


 後ろめたいのもあるし、新しい一歩を踏み出すのが怖くもあるんだろうな。

 背中を押してもいいのだが……。


 でも、もう少しこのまま眺めているいいような。

 少しでも俺と出会ったときの白新を目に焼き付けていたいような。

 豪華な貴族が暮らすような部屋の中で、平民の服を着ている少女の姿が儚く浮き立っている。


「……」


 白新はちらりと振り返り、俺を見る。

 俺は微笑み、一呼吸置いて言葉で伝える。


(大丈夫、俺はずっと変わらない)


 俺は永遠にお前の物だ。

 今は背中を押すよりも、安心させてあげたい。

 この少女は踏み出す勇気ならもう知っている。


 踏み出す怖さと、このままじゃいられない怖さ、どっちも怖いんだ。

 だったら安心できるように、俺が今思っていることを伝えたい。


(歩き出すと色々状況は変化するし、痛い思いもするし、失敗もするけどさ、それって増えて行くってことだよな。俺の本質は変わらないんだなって……気づいた)


 俺はあのままから踏み出そうとして、素晴らしい主に出会えた。

 だが、己を犠牲に父親の願いを叶えて泣いている主へ、俺はなにができた?

 勇者にぐらっと来て主を泣かせた、死なせかけた、とんでもない失敗があった。

 エルフの魔剣士に張り切って喧嘩売って赤っ恥かいた、その後押ししたのも俺だ。


「それは――」

(失敗も成功も、どれも大事な物だ。俺達が、俺達で得た物なんだなって思う)


 言葉を遮って、やさしく告げる。


(なんかさ、どんなことがあっても増えて行くばっかりなんだよ)


 ロンジ武具店に流れ着くまでの放浪の数年間、流れ着いてからの十数年間、ずっと自分を嫌悪し続け鞘の中にいた長い時間よりも、遥かに短いのに意味のある時間。


(踏み出したら、今まで守って来た自分を否定しちゃう、進んじゃうと今ある物すら無くしちゃうような怖さ、あったんだよね)


 自己嫌悪の中に、ちっぽけでも矜持があった。

 それを守りたかった。

 でも、踏み出そうとして、やさしい少女に手を差し伸べられて、大切な基準が出来た。


(真ん中に大事なものさえあれば、進むって、変わるって、なにかを無くすことじゃないよね。大事なものの為にどう動くか。基準はここなんだからそりゃ増えて行く一方だ)


 主の為にどうするか、どう進むか、俺になにが出来るのか、真ん中は変わらない。

 どれだけ状況が変わっても大丈夫。柔軟に動いてもいいし、強固に守るのもいい。

 全部大切な基準の為に考えて選んで行ける。

 俺の本質は変わらず、ずっとありつづける。


(俺の真ん中には、お前がいる)


 ここから増えて行くばっかりで、なにも無くならない。

 失敗も、成功も、全て白新の為にある。


 自分だけで完結していた昔とは違う。

 主の為にこの身を使って貰える、主が俺に意味を持たせてくれた。

 どんどん増えて一方だ。


(どんなことでも大切にして、増やして行こう。失敗したっていい。学んで行こう)


 気恥ずかしいが、笑いかける心地で言葉を続ける。


(今このときのお前も、俺が覚えておくよ)


 俺の真ん中で。

 いつでも、どんなときでも俺はついて行く。

 だから安心してくれ。

 こんな俺を気に入ってもらえて、その心の支えにしてくれるのならば至上の喜びだ。


(まぁ、なるべく笑えるようなやつがいいけどさ……それと、命の危険だけはもう二度と勘弁してくれよ?)


 俺はおどけて言葉を締めくくる。


「……」


 白新は顔を真っ赤にして、口は半開きで目の焦点はどこか遠くを見ている。

 そのままぼぅと動かない。


(えっと……大丈夫か?)

「……」


 声をかければ、テーブルに手をついたままふにゃふにゃと崩れ落ち、ぺたりと座り込んでしまった。


(おーい?)

「だから、その……それは、やめて、ください……」


 上気した頬に、自然と涙が溢れて零れて行く。

 呼吸を軽く荒げながら胸を抑えている。

 ああ、強い感謝の気持ちに慣れてないのか。いい加減慣れてくれ。


 これから一生、全身全霊を賭けてお前に尽くすんだから。

 白新は呆けたまま、弱々しく首を振り――涙が零れる――震える声で続ける。


「この気持ち、わかって貰えないのが、苦しいです……」

(んと……喜んでるんだよね? 気持ちがわかってない?)


 ちょっと不安になるんだが。

 白新は手の甲で涙を拭い、首を振る。


「ぜんぜん、足りて、いません。もっと、もっと……もっと、喜んで、います……嬉しいです、わたしも、あなたに、会えて……感謝……して、います」

(お、おう)


 白新は溶けるようなふにゃふにゃの泣き顔で、涙を輝かせながら言う。

 剣の俺でも思わずどきりとするような表情だなと思えば、両手で顔を覆い恥ずかしそうに俯いてしまった。うむ、可愛い。


(大丈夫か? 俺を杖代わりにしてもいいぞ)


 しばらくは感涙に咽び泣いていたが、涙を拭い白新は立ち上がろうとする。腰が抜けでもしたのか、上手く力が入らないようだ。

 まともな剣なら絶対にさせないことだって、お前が立ち上がるためなら甘んじて受けようじゃないか。

 白新は顔を上げ、まだ赤い頬に微笑を浮かべて首を振り、ふらふらとだが立ち上がった。


 胸に手をあてて大きく深呼吸。

 すっきりとした顔を上げてくれた。


「大丈夫、です」

(そっか)


 俺の声に笑顔で頷いて、もう一度深呼吸。

 だいぶ落ち着いたようだ。


 決心して、上着に手をかけて行く。

 布着の擦れる音が、やや陰る室内で静かに響いている。


 大きな窓からの光で、身体の輪郭だけが白く浮かび上がるように照らされている。

 ワンピースの背ボタンを不器用に外し、あらわになって行く幼い肩。

 肌着を捲り上げて脱ぎ、乱れた髪を払って一息つく。


 血で塗れた衣服は染み取りの上手なランドリーメイドがいるそうなので、そちらに預けるように言われて一番安堵していた。

 こういう場だ、流血沙汰には慣れているらしい。


(あ、まった)


 真っ白で綺麗な背中に目立つ肩甲骨、小さな尻――というか骨盤自体が小さいんだな――を覆っている子供パンツ一丁の姿で制服へ手を伸ばしている所に呼びかける。


「はい」


 身体を見せて欲しいという俺の要望を読みとり、見えやすいように正面をこちらへと向けてくれた。


(ふむ)


 こうして見ると益々頭の大きい子供の頭身だな。

 幼子の名残がまだ僅かに感じられるような、9歳児の体型。

 細いというよりも、小さく精巧な作りをしている首、鎖骨。

 そして予想以上に小さな肩に、細くて頼りない腕。


 と、思ったところで隠そうと腕を背中に回したせいで、浮き気味のあばらに、なだらかなお腹が強調される。

 穢れ一つない綺麗な肌に、薄く鮮やかな色のついている個所以外は少年とそう変わらないような胸。

 あばらを隠そうと身をよじる太腿も細く。

 真っ直ぐ伸びている脚は長めなのだが、どうしたって背が低いのでか弱な印象は拭えない。


(やっぱ筋肉ないなー)


 剣士を目指すなら今から本格的に訓練すれば間に合うかどうか。

 女性の場合は霊素の高め方と循環のさせ方の方が重要だが、それは今から覚えたとして一流には及ぶまい。


「……」


 少女の痩せ気味な児童体型をまじまじと眺めていると、悲しそうに顔を伏せられる。


(あ、いや、剣士になるかどうかはともかく、健康の為の身体作りはお勧めするところだからな。腹筋しようぜ)


 真っ裸で腕を背中に回し、顔を背けている姿は悔いているようにも見えて胸が痛い。俺は慌てて取り繕う。

 露出の多い人体を見ると、つい筋肉を見たくなっちゃうのは剣としての性なので、べつに剣士を薦めているわけじゃないぞ?


(ほら、子供の癖にくびれあるじゃん、ウェスト綺麗よ)


 ただ痩せているだけかも知れないが。

 剣として腰も見ちゃうよね。腰。

 姿勢はいい。鍛えれば柔軟に動いてくれそうな身体だ。ああ、また、いや、うん。


 顔を背けたまま、視線だけでじっと見られていて、拗ねているようにも見える。

 ええと。

 ほら、人間だって男性は胸の大きな女性を好むからっていうても、それだけで女性を評価してるわけじゃないだろ?


 剣として剣士目線で見ちゃうけど、剣精霊が剣士じゃない人間を主にするなんて状況が既に特殊なわけで、俺はお前の剣としてどんな道を歩もうと主の幸せを願うことはブレないんだから、ええと。

 ああ、せっかくなんか良い事言って決まってたのに。


「……ふふっ」


 頭の中で色々と言い訳を並べていると、白新は唐突に小さく吹きだした。


(ど、どうした?)

「いえ、わたし、なにを……やって、いるんだろうって」


 確かに。

 傍から見れば剣の前で裸になってなにをやっているんだか。

 自然に帰ろうなんて言いながら素っ裸で森林浴とかやる精霊信仰者の儀式もあるらしいが、ちょっと奇妙な光景かも知れない。


 白新は息をつき曖昧に首を傾げて、もういいですか? と視線で問いかけて来る。

 俺が心の中でこれからの成長に期待する旨を思い浮かべると、くすぐったそうに首を竦めて着替えに取り掛かるのだった。


 と。

 真っ白で飾り気はないが、今まで身に着けていたようなやぼったい子供パンツと違い、洗練された形状をしてる小さな布を手に、驚き目を丸くしている。


「……これ、すごい」

(月蚕製の下着なんて、履いてるのは貴族くらいだろうからな。おい、伸ばすなよ)

「い、いえ、どこから履くのか、形が、わからなくて……」


 月蚕。ムーンシルク。

 普通のシルクよりも手触りはきめ細かく、丈夫で通気性も良く、肌着として着用すると霊素の流れが良くなるらしい。上の肌着と、制服の長靴下、訓練着のタイツも月蚕製のようで独特の光沢がある。


「……」

(風呂入ってからの方が良いんじゃないかとか考えてる?)


 驚くことに大浴場とは別に、個室の中に風呂とトイレもついている。


「……ほんとうに、そう言う力は……ないん、ですよね?」


 目を丸くして言っているが、すっぽんぽんでバスルームの方見ていたのは無意識だったのか。

 なんだかんだでしっかり女の子やね。

 そんなこんなで――風呂はさすがに控えて、タオルで良く身体を拭いてから。

 聖剣騎士の制服に身を包んだ白新。


(うん!)


 やべぇ可愛い。

 宝石かな? それじゃ金剛石がただの河原の石ころになってしまう。

 貴金属……だと黄金や輝鋼鉄じゃただの石炭だよなぁ。あ、オリハルコンかな?

 それもイエローオリハルコンの特級品。

 うん、黄色い賢霊鉱の一番いい所持ってこい。それでようやく追いつけるってところか?


 あ、竜はどうかな、あの光を放ちながら夜空を泳ぐ自然精霊の王。うん、あれなら対等な例えとしていいかな?

 いやいや、この場合は神々しさの中にある愛らしさの方が重要なわけで……。


(うーん)


 だめだな、どんなに形容しても目の前の本質から外れて行くことになる。

 言葉に出来ない。

 そもそも人語とはとても不完全な物だ。


 目の前にいる、慣れない衣服を身に着け、不安気に佇む少女対して浮かぶこの感想を伝える言葉というものは、人間の言語には存在しない。

 自然と感情が溢れるとき、それは心の奔流そのものであり、言葉で言い表すことは不可能なのだ。なので、もう、そのまま、思う。

 心で、ただ純粋に伝えよう。

 やべぇ可愛い、と


「っ……!」


 髪色が似合うんだろうね、白金色の髪と青味の入った薄い碧色の瞳が、白と青を基調にした清潔感のある制服似合い過ぎている。


 大きな飾り襟に青いスカーフ。

 すこしサイズが大きく、肩が余り袖がだぶついているのも愛嬌となっていて、愛くるしさで呼吸が必要だったら窒息してたかも知れない。


 膝上丈のスカートは帯刀で型崩れしないよう、内側に硬いペティコートを履いているのでふわっと広がり、長靴下との間に見える健康な肌色は若さで瑞々しく輝いている。


 そしてやや野趣のある革の剣帯が全体を締めるアクセントとして機能しているのは、やはりこの制服が剣帯を付ける前提でデザインされているからなんだろうな。


 今はつけていないが、式典用の大きな丸帽子と、宴席用のヘッドドレスが別にある。

 誰がこの意匠を考えたんだろう。匠か? マエストロか? 神か? 神か。やべぇ。

 神の造りし衣を纏う、可愛い生物、最高の我が主。白新。可愛い。


「……世の人が、肌とか、服を、見せるの、気にする、理由が……ちゃんと、わかった気がします」


 うん? 顔が真っ赤だ。


「大袈裟でも、そ、そこまで、真っ直ぐに、強く、喜ばれたら……恥ずかしく、なって、しまいます……」

(そりゃ剣としては上等な服が良く似合ってるのを見るとな。お前の持ち物の一つとして誇らしくなってしまうわけよ。筋肉なくても主が健康なのは純粋に嬉しいし)


 はじめてそう言うことを意識したのか、ぎこちなく羞恥に染まりスカートを押さえたりしている姿が初々しくて、可愛さは極限を突破して神話の領域を越えた。


(まぁ剣相手に恥ずかしがっても仕方ないだろ)


 俺達は物だし。

 そう言った意味では見当違いの羞恥心なのかも知れないが。


(まぁまぁ、それで、ほら、ね?)


 うずうずと催促する。

 白新は困ったように笑い、椅子の上の俺をそっと手に取り、剣帯へと佩いてくれた。

 軽く位置を合わせて、姿見の前で立ち姿を整える。


(……)


 少女の身体には俺のような長剣は不釣り合いなのだが、儀礼用の拵えのおかげなのか、剣の為に洗練されたデザインの制服だからか、神話を越えて現実感がどこか希薄な可憐さの中、不思議と調和していて……。

 言葉、否、もう思考すら止まる。


 静かだ。

 静寂の中、自然と心に浮かび上がる一つの感情。


(全てに――ううん、全てを、我が主に感謝します)

「……も、もう、また」


 あ、両手で顔を覆ってしまった。肩が小さく震えているのは、一瞬また泣いてるのかと思ったけど、笑ってるのか。


「……ふっ……っ」

(おい?)


 と思ったら、やっぱり小さく嗚咽を漏らしながら泣いていた。


「だ、大丈夫ですっ……わたしが、こんな風に……笑えるなんて……ふふ」


 慌てて顔を上げた白新は目を細めて、瞳に溜まった涙を指で拭う。


「ふふ、あはは、なんですか、神話って、ふふっ」

(いや、それは本気だし)

「本気、だから、もう、あははっ」


 声をあげて笑っている。

 泣いたり怒ったり笑ったり、忙しい主様だよ。……元気出てよかった。

 と、笑い声は止み。


 白新は天蓋付のベッドを視界に収め、じっと何かを考えている。

 その横顔は注意深い獣のように真剣で――


「――えいっ」


 白新は俺を抱きしめ、ベッドへとぽふっと倒れ込んだ。


(だから、俺はぬいぐるみじゃないんだぞって、ああー! 制服に皺がつく!)


 聞いちゃくれない。益々俺を抱きしめる腕に力を込める。

 くふくふと笑いながらふかふかのベッドの上をごろごろと転がり、痛む身体を思い出し涙目になったりしつつも、楽しそうに笑っているのだった。





「遅くなって……すみま――」

「すっげぇ似合ってるでしょー!」

(だよね!)

「……あ、ありがとう、ございます」


 エミルンとの待ち合わせで、居住棟の一階にある食堂へ到着して、第一声がそれだった。

 本当に、先ほどの戦いに関しては何も気にしていないようで、というか戦ったこと覚えているのかと不安なくらいのんきな調子で話しかけて来る。


「とりあえず座ろうでしょー」


 少し遅いが食事を取りながら説明しようということになった。

 シャンデリアに楽師とはいかないが、丸いテーブルの並ぶ上品で落ち着いたカフェといった雰囲気の食堂。


 石造りの建物はどこも冷たい印象を受けるが、噴水のある中庭に面していて日当たりも良く空気は緩やかだ。

 屋外にもテーブルが並んでいるのでカフェテラスだな。

 通常の班はもう午後の訓練中とのことで人気は無かった。


 エミルンが川魚の切り身を味付け無しで食べているのは、刺身文化のある日ノ輪出身の俺でも「えっ」と思ったのだが、白新は特に気にする様子もなく静かに聞いている。


「つまり、まずは従聖剣騎士を目指しましょー!」


 アルスガルド国立騎士団総本部の広大な敷地、その外れに立つ聖ヴァルキュリア修道院。

 磨かれた石組みの建物は堅牢且つ優美だが、造り自体は単純で居住棟と訓練棟は回廊で繋がっていて、真ん中に噴水のある中庭があり、正面に礼拝堂、東西に見張り塔。

 裏庭に小さな運動場があり、その森奥には訓練用の防具を打ったり剣精霊の打つ試みがなされる鍛冶場があると言う。


 300人は共同生活のできる規模らしいが、現在見習い聖剣騎士は26人しかいないとのこと。

 聖剣騎士が32人でその従騎士が1人ないし2人で60人前後。そこから訓練士を兼任している聖剣騎士が何人かいるそうだ。


 エミルンの所属は王国騎士だが、軍事色の強い組織で使える人材ではないがエルフの有用性を買われ訓練士としてここで働いているそうだ。

 あとは他雑務をこなす職員が数名程と、総勢で100人前後の騎士団と言うには小規模な集まりだが、剣精霊に選ばれる条件があるのでわけで仕方がないだろう。


 ちなみに男性の聖剣騎士は4名程いるが、本舎側にある男性寮の方が気楽だということでそちらに移って以来、聖ヴァルキュリア修道院は完全女子修道院のような様相となっているとのこと。

 1人の訓練士が5、6人程の面倒を見て訓練を積み、聖剣騎士の従者を目指す仕組み。


「がんばって訓練して、本舎に来る依頼をこなしてお駄賃稼ぎつつ名声高めるのもいいでしょーし、毎月やってる模擬戦大会に出て顔と腕見せつけるのもいいでしょー」


 見習い聖剣騎士から従聖剣騎士、聖剣騎士へと出世して行くわけだな。

 通常ならば本舎の方で普通の騎士見習いからスタートなのだが、既に剣精霊を持っていて、ファルコニーの口利きのある白新は聖剣騎士見習いから始められる。


 修道院での暮らしの注意点や訓練の時間割り――式典や宴席に出ることも多い聖剣騎士が馬鹿では困るということで座学もやるらしい――自由時間や休日。

 暗黙のうちにある規律で、部屋着のまま行ける場所や、聖剣騎士とすれ違うときは女中と同じように廊下の壁に寄って頭を下げろ、見習いの内は売店は遠慮気味に利用して食堂のテラス側は使わない等々、意外にもまともに説明してくれて、最後に説明の内容と騎士の心得が書かれている学生証のような手帳を渡してくれた。


 騎士の身分を示す騎士証にもなるらしい。

 昔は金属製の徽章だけだったのに、便利で手軽になっているようだ。

 聖剣騎士の紋章に、見習いを示す若草色の手帳。


 そんなこんなを、相変わらず興味なさげな愛想笑いのまま聞き流し――今更気づいたが、話される前に考えが知れるから二度同じ話を聞かされているようなものなのか――トマトとレタスを挟んだパンと豆のスープをもそもそと食べていたら、予想以上に美味しかったとのことで遠慮がちにスープをおかわりしていた。


「あ、あなたが、いて、くれるから……だと、思い、ます」


 身体測定やら細々とした書類へのサイン等の事務手続きも終わり――他の人に肌を見せるのが勿体無いなんて斜め方向の羞恥心? でぐずっていたが、女医が真面目な人だったので渋々測らせていたりと可愛らしい一幕もあったのだが――そろそろ日が傾きかけて来た頃。

 修道院の施設も一通り済み、最後にエミルン班の班員との顔合わせに訓練棟へと向かっている最中、白新は頬を赤くしながら言う。


(うん?)

「ご飯が、おいしかったのは……あなたが……」


 料理の味を良くする機能なんて俺にはないぞ?

 単純に料理人の腕と、今までろくな物を食べてなかったからじゃないか?


「そ、そうじゃなくて……いえ、それも、あるんでしょうが……その、他にも、色々、あなたが……い、いて、くれるから……今までと、世界が、全然、違う……」


 ああ、誰かと飯を食べるって経験もあんまりないのか……。

 自分の剣と一緒に食事をとってそこまで喜ぶのってやや寂しい奴なのではないだろうか。ここで友達作るってのはどうだ?


「い、いえ、その」

「うにー?」


 先を歩くエミルンが白新の独り言に首を傾げる。

 慌てて曖昧な愛想笑顔で返す白新。

 エミルンがもう一度首を傾げ、特に気にすることもなく歩き出すのを見送ってから白新は呟いた。


「わたし、決めました……」


 なにを?


「望みを」


 ……おう。


「離れたくないです」


 主語は省かれたが意図は通じた。

 数年間待つと言う選択肢は取りたくないと、そういうことだ。しみじみと嬉しい。


(じゃあ、勝つか)

「はい」


 勝てば色々選べるんだ。

 聖剣騎士見習いをやりながら将来のこと考えるのもいいんじゃないかな。

 話を聞いた限り、聖剣騎士見習いを続けるのは学校に通うのとそんなに変わりあるまい。


 本舎の騎士訓練校より規律がうるさいのと、周りと共同生活をしながら俺達の秘密がバレないように気を使うのは面倒かも知れないが、個室も貰えたし上手くやって行けるんじゃないか?


 駄目ならファルコニーから巻き上げた金持って農村でもいい。

 白新は静かに頷く。

 そして。


 また新たな扉の前に立つ。

 訓練棟、訓練室の前。

 鉄枠で補強された木製の扉。

 豪奢で重厚な扉の前にエミルン班と書かれた木札がかけられている。


(緊張しちゃうな)


 白新は頷く。


(でも、ずっと一緒だからな)


 やさしい手触りで一度、トンと柄を叩いて微笑んでくれた。

 紅蓮を始めとして、今までが俺の使い手として断わって来た人達の、過去の精算だったとするなら、ここからは俺にも未知の領域になる。


「さぁさぁ、どうぞでしょー」


 開かれた扉の先は、板張りの床面に剣術試合用の枠線が描かれ、壁に姿見と手摺りが設置されている、ダンス教室と武道場を混ぜて小さくまとめたような部屋だった。

 そこで思い思いに身体を動かしていた少女達がぴたりと動きを止める。

 全員白新と歳の近い女の子だ。

 これから一ヵ月、彼女達から学んで月末の試合で勝つ。

 それで行こう。


(おや……もしや、日ノ輪刀の先輩ではありませんか?)

(あ)


 未知の領域だぜ! なんて意気込んだのに、知り合いがいた。

 数年前にロンジ武具店でご一緒していた、B級剣精霊の硬化剣くんがいた。

 修道士を主に選んだと言っていたが、修道女さんだったのか。


 訓練室の後ろに詰めている机に座り、本を読んでいる修道女、その腰に下がっている、金槌にもなる鍔に花の文様が入った肉厚な大剣。

 誰が考えたのか知らないが、修道服に剣帯というセンスは素晴らしい物があるな。

 一人だけそんな格好で、3人は訓練着で身体を動かし、残りの一人は制服姿のまま後ろに詰められている机にうつ伏せて寝ていた。

 全員剣精霊の主、レジェンド使いということか。


(やはり、その白鞘。日ノ輪刀の先輩ではありませんか。吾輩ですよ、硬化剣のガイア。覚えておられますか?)

(……ええと)


 硬化剣くんはお堅い口調で遠慮なく話しかけて来る。

 こういう場合どうすればいいんだろう。

 俺は俺で会話して、白新は気にしない素振りでいいのかな?


「っ……」


 あ、そんなことは後でいいや。

 今度はどうした?

 白新は目を見開き、5人の少女全員を視界に収め口を覆っていた。

 その瞳はちょっと面白いくらいに泳いでいる。


「うに? 緊張してるのでしょか?」


 エミルンの問いかけに頷いたのか、震えたのか――いや、えづいたのか。


「――――」

「……お手洗いなら――」


 硬化剣の主さんが親切に方向を指し示そうとして、白新は最後まで聞かずに駆け出す。

 わたわたと廊下を走り突き当たりにあるトイレへ。

 そのまま個室へと駆け込んで、口を両手で押さえたまま、俺をどうしようかと困惑して左右を見渡している。


(30秒くらい意識閉じとくぞ)


 涙目で頷くのを確認してから、意識を閉じる。

 ――。

 ……さて、そろそろいいかな。


「っ、げほっ、ごほっ……うっ――えぁっ……――」

(……すまん、まだ早かったか)


 胃の中の物を全部吐き出しきっても、まだえづきは収まらない様子で、胃液交じりの唾液を口から漏らしていた。


(大丈夫か?)


 早かったが、早く起きて良かったと思う。

 痙攣するように揺れていた瞳に、俺を見てはっきりと安堵の表情が宿ってくれる。


(今度はどうした?)


 見上げる主の瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていて。

 俺は腑に冷たい物が落ち込んで来るような感覚で、すっと胆が据わる。


(戦うなら力を貸す。回避するなら、まぁ冷静に話し合おう)


 もう先に言っておく。


「……ぃっん……です――っ」


 いいんです?

 白新は辛そうに首を振り、口を拭い最後のえづきを呑み込んで代わりに言葉を吐き出す。


「全員……っ、敵っ、です!」


 慟哭のように吐き出した言葉と共に、個室の壁を拳の腹で叩く。

 叩いた手の方が痛くて苦悶の声を漏らしているようだが。

 まったくなにやってるんだか。

 全員敵か。それなら。


「わかった、全員倒す。これで行こう」


 俺は頷く。

 戦いは避けるべきだとは思うが、我が主が敵だという。

 我が主を泣かせた奴は叩き伏せたい。

 若いレジェンド使い、聖剣騎士見習いの5人を全員倒す。

 よし、それで行こう。

 

ここまでが書き溜めていた一巻分です、次もなるべく早く更新して行きたいと思います。

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