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10話 白鞘の日ノ輪刀と主。エルフ。恐怖。に対して。



「うに? 白新くんは、エルフ嫌いな人なのでしょか? 聖教徒の人は亜人が嫌いなのでしょー」


 あ。この頭悪い喋り方、こいつあいつだ、昔見たことある魔剣士のエルフだ。 選抜議のお祭り騒ぎのとき、頭のおかし過ぎてお断りした。

 あの後、騎士団に就職してたのかい。


 見た目も特徴的な話し方も全く変わってない。よく入団出来たな。

 と、そんなことはどうでもいい。

 白新の視点は真っ直ぐエルフの腰にある魔剣を凝視していた。


(おちつけ、とにかく抜刀すんな、冷静に、な?)


 なるほど、魔剣か。

 なるほど、わかったから冷静になれ。

 今にも俺を抜き放ち斬りかかろうとしている主をなだめる。


「うに? 魔剣嫌い? あ、精霊信仰の信者さんなのでしょか?」


 知らん。

 魔法にもエルフにも嫌悪感を持つのはおかしくはないが、過剰反応過ぎて怪しいことには変わりない。


(ちょっと、柱の裏行こう)


 呼びかければ素直に従ってくれた。震えながらも柱の陰に移動してくれる。

俺を頭の近くに当てるよう、思念で指示する。

 愕然としつつ従う白新。

 霊素を絞って言語の拡散を極力小さくすれば、人間同士で内緒話のように声を潜められる。

 エルフが知覚できるのは自然精霊だけで、人工物である創精霊は気配しか感じられないが、喋っている霊素の流れを不審がられても困る。


 ついでに思考すればいいだけなのだが。まぁ雰囲気の問題だ。

 魔剣が見えなくなって幾分か冷静さを取り戻したようだが、その手はまだ震えている。


(あれは、ああ言うもんだ)


 としか言いようがない。

 魔道具を使う者を、魔法使い、魔術士、魔導士等と呼び、魔剣を使えば魔剣士だ。


(まぁ、普通に蔑称なんだけどな)


 魔剣。魔道具。魔法。

 基本的には魔人が創り出す、自然精霊を捕まえ特殊な宝石に封じ込める技法。

 圧縮された自然精霊は妖精体となって具現化し、こぶし大の透明な宝石の中に埋め込まれている。

 結晶化していて妖精も半透明だ。魔結晶なんて呼ばれてるな。


 わりとホラーな絵図らだと言われればそうかも知れんが。

 視覚化されていると自然精霊相手でも心が読めるのか?

 頷く白新。


(いやぁ、家畜とか一々気にして動揺してたら身が持たないだろ?) 

「それを……わたしに、聞くん、です……か?」


 震えながらも、長年の癖でつい笑顔を作ってしまったと言った表情が痛々しくて。

 あ、我慢してるのか……いや、でもそう言うのって結局慣れじゃないの?

 いや、でも心眼能力があるんだから……でも子供だから、えーと、えーと。


(すまん、聞き流してくれ……えーと)


 迂闊だった。

 動物の心までわかる能力者が主食のようにキャベツをぼりぼりしてる件について、わざわざ突っ込むのも野暮だと思って流していたのに。


(そうだな……)


 なんだこれ、つまり俺に命の尊さを問う道徳的な教えと、生き物を使役することの利便性についての矛盾についてのお話をしろと?

 情操教育ってやつをやれと?


(えーとだな……つまり……ええと……家畜と、なんか違うの?)

「……ぜんぜん、違います。人は、神に、祈ります。動物は、本能に、死が当たり前にあって、受け入れていて、だからわたしも、見ないふり、できます。純粋です。諦めることも、できます。慣れました。人間だけが、違います……」


 なんだか俺よりもよっぽど悟ってるようなことを言っている。

 治癒剣のおかげで涙腺とかの調子も戻ったのか、ぼろぼろと涙が溢れる様子が額に寄せられているせいで良く分かる。


「あんな……あんな……の……ひどいよ」


 うぐぐっと嗚咽を押さえるような泣き声なのは、一応自分だけの理屈だと分かっているからか。

 ついさっきまでいい感じで和やかムードだったのに……。


 あ、この子に対して、ずっと感じていた適切な言葉が思い浮かんだわ。

 色々アンバランスなんだね、この子。不安定。

 知識はあるから余裕あるように見えても、経験が足りずに現実見てショック受けたり。人の心の痛みが見えて苦しんだり。


 大人のように割り切れず、子供のように我儘も言えず。苦しむだけ。

 人の痛みがわかるから人の願いを叶えたがって、自分の願いに関しては不器用で。

 人を思いやれる優しい良い子だから、答えのない現実問題を目の当たりにして苦しんで。


(そうだなぁ、普通は心なんて分からないから……どう酷いのかも、全然わからん)


 見た目は確かにホラーだが。

 悪趣味かも知れないが、レリーフのようで綺麗にも見えてしまう。

 魔結晶の部分だけ収集してる貴族もいるとか。


(わかってないから、やれるってことはあるんだろうな……)


 家畜然り、奴隷制度然り。

 会話が通じる人間同士でも分かり合えてないんだもん。

 一応アルスガルド国では奴隷も魔道具の製造も禁止しているが、魔道具は魔人討伐の戦利品や行商人から買い取って所持するのに、王国騎士団に届出と登録料を払うことで認めらている。

 原始的な民間信仰である、自然精霊を尊ぶ精霊信仰の人達は露骨に魔法を排斥したがっているようだが。


「なんで……あなたが、わから、ない、の……ですか?」


 俺を握る手に力が籠る。

 いや、魔剣にされた自然精霊の心なんて分かんないよ?

 家畜の心なんかも普通は分からないからね?

 ……情操教育って難しいな。


「ずっと……ずっと、あのまま、なんですよ。意思が、あるのに……声も出せず」


 寒気を堪えるような物言いなのは、実際に悪寒を感じているからだろうか。

 恐怖しているのか、あの魔剣が怖くてたまらないと言った様子。


(何をそんなに恐れて――)

「ずっと……あのまま、なの……ですよ?」

(……あ)


 気づいて。遅れながら俺もぞっとした。

 ああ言う物だ、ああ言う道具なんだと思考停止していた。

 特に考えてもいなかった。


 あのままが、ずっと続く。死ぬことも出来ずに。

 ずっと、あのまま、なのか。

 つい先日まで感じていた恐怖をすでに忘れかけていたことに、先ずびっくりした。


 あの狭い檻の中で、意思を届ける声も潰され、ずっとあのまま、自分の意思で何も出来ない、身動き出来ない状況が続き続けるのか。


(……魔剣にされてる、魔結晶の妖精はなんて考えてるんだ?)

「……思念は、もう虚ろで……たすけて、出して、としか……考えて、いませんっ」


 ロンジ武具店の祭壇で高過ぎる評価と、自己嫌悪と言う檻に囚われて、どこにも行き場が無くて、八方塞がりで、ずっとあのままの状況を悲観し苛まれ続けた俺よりもぞっとするしかない状況なわけか。


(ああ……)


 意思を無視されて使われるのはどうなんだろう。

 道具として生まれた俺としては、道具扱いされる苦痛ってのはわからんが。

 嫌なのに、そこにずっと囚われている恐さはわかる。


 それは白新もそうだっのだ。

 心眼能力のせいでどこにも行けなかった少女だ。


(魔剣、魔道具、ねぇ……)


 その檻の中はぬるい環境か? 辛いか? 苦しいか?

 楽しいってことだけは、少なくともないだろう。


 自分ではなにも出来ない、ずっとあのままが続く。

 暗い檻の中で。ずっとだ。

 俺が心の底から恐怖していた未来の実例がそこにあったのか。


 俺はまだ自分の意思が持てた。白新と言う素晴らしい主に巡り合えた幸運で、一気に辛く苦しかった時から解放された。

 でも、魔剣は違う。

 嫌だろうなぁ。


(……斬るか)


 情操教育?

 やめた。剣は剣らしく、剣らしい提案をする。

 ついさっき戦わない方がいいとか言ってた気もするけど、主が戦うならそりゃ戦うしかないわけでな。


「うぅ……?」

(戦うなら、力を貸す)


 唸り声が止まる。

 たぶん俺は白新の領域まで理解してないだろう。結局は他人事だし。

 俺が戦う動機はただの同情だ。

 同情ともう一つ、いやもう二つ、戦いたい理由がある。


(魔剣を手当たり次第に折って行くなんて出来ないけど。まぁ次からは見て見ぬふりをするってことで……今、目の前にある剣だけは折ろうぜ)


 単なる自己満足だけど、やっぱり主を泣かせた物は見て見ぬふりしたくない。これが一つ。


(その苦しみから解放してやる! とか少しくらい思っていいの?)


 あ、全然こっち見てない。

 白新は自分を落ち着かせようと、目を閉じて考えていた。

 苦渋を噛みしめながら思考を巡らせているのは、本当に戦うのかどうか、自分の判断だけで決めよと言う覚悟の表れか。

 そんな覚悟してる時点で答えは予想出来るんだが。


「はい……折ります。あんなもの、あって、いい……はずがない」


 やばい、目が座ってる。

 顔を上げて開いた目が予想以上に目が怖い。全ての魔剣をこの世から消し去ってやるとでも言いたそうな。


(いやいや、ほんと今回だけよ? それに、戦うなら最初から一蓮托刀の型で行こうぜ、この戦いは俺に預けてくれない?)


 完全に俺の思考で戦う、一蓮托刀、さっきの改良版で行こう。

 白新がここまで怖がっているのだ、魔剣を見ながら戦うのは先ず無理だろうし、以心伝心で周囲の状況伝えながら戦うのも、治癒剣のおかげで身体的な疲労は取れているようだが、精神的な気疲れは残っているはずだから戦わせたくない。


(身体の方は万全なんだよな?)


 剣が主を使うなんて一種の精神支配、本来ならあんまりやりたくはない戦法なのだが。

 戦いの途中で慌てるよりいいんじゃないかな。とか?


(うん?)


 日差しが高くなったのかと錯覚したのは、白新の瞳で涙が輝いたから。

 潤む瞳で真っ直ぐに俺を見て、嬉しそうな、苦しそうな……なんだろう、この表情。


 やりたくもない選抜儀をさせられて、散々不貞腐れているのに本当に欲しかった剣を母親がきちんと理解して買ってくれた子供の表情に似ているかも。


(うぐっ)


 唐突に、きつく、ぎゅーーーーっと抱きしめられた。


(お、俺はぬいぐるみではないんだが……)


 力一杯抱きしめて白新の震えも止まったが、代わりに声が震えている。


「あなたは……あなたっは………っ……あなたわっ……」


 熱い涙が、柄から鍔を伝い刀身まで染み込んで来る。

 くすぐったい。


(やっぱり真意読まれるか)


 何度も頷かれる。

 例えるなら、非道に扱われる奴隷を憐れむようなもので。

 自然精霊を捕えると言う悪魔的な行為に憤り、怒りに震えている子がその対象を斬るために戦うって、なぁ。


 奴隷剣士を解放してやるために切り殺すようなもので。

 代われる物なら代わってやるのが当然だろ。

 これがもう一つ目の理由。


 本音を言えば魔剣にされた妖精に同情もあるが、知ったことかな気分。

 俺は案外ドライなのだ。

 自分さえ良ければそれでいい。だから、主さえ良ければそれでいい。

 境遇に同情はするが、主のことが最優先。


 とにかく喜んでくれているようで何より……喜んでるんだよな?


(俺がやってもいいよね?)


 白新はゆっくりと顔を上げて、涙をぬぐってから大きく息を吐いて目を細める。


「おねがい……します。もう、全部、預けます」


 剣帯に俺を佩き、抜刀。

 刀身を覗き込む。白新の瞳が刀身に映る。


(うん、少しの間借りるぞ)


 白新は口元に柔らかな笑顔を浮かべ、身体から力を抜いた。


 神巌流、一蓮托刀の型・改。

 最強の剣士……とはいかないが、最強っぽい感じの剣士にはなれるんじゃないかな、俺はイメージを広げる。


 要するにさっきファルコニーを追い詰めたやつ手加減版。

 白新の身体が壊れてしまわないように気を使いながら動く、それだけだ。

 命令で強制されていたと言っても、意識はあったのでコツは掴めている。


「ふむ……」


 以心伝心の型と剣術模倣の混合技。

 一蓮托刀の型・改。


 俺だけを見て、俺の考えを読み取り、俺の思考のまま動く。

 長剣の俺を、正眼に構える動きを思い描けば、白新の身体はその通りに動く。


「べつに喋りまで再現しなくてもいいんだけど」


 最強っぽい剣士は、そのまま喋る。

 心眼能力者の、強い思念に飲まれてしまうと言う弱点を利用しているのでそんな器用なことは出来ないのか。なるほど。

 ぽんぽん、と軽くジャンプしたり、手を開け閉じして力加減を色々と調整。


「こんなもんか……」


 疲労や痛みも感じないから気をつけないと。

 さてと……。

 それじゃあ……。

 戦いに行きましょうか。

 柱の陰からゆらりと身を晒す、最強っぽい剣士。 


「うにぃー? 白新くん、どうしたのでしょ?」


 多くは語らない方がいいだろう。


「その魔剣が気に入らない。故に、剣を賭けた決闘を申し込む」


 切っ先を向けて、手短に宣言する。

 本来、剣を賭けた決闘は剣精霊の気を引くための儀式なのだが、形式だけを流用して、剣士同士が互いに何かを賭けて戦うこともある。


「うに?」


 頭悪そうに首を傾げるエルフ。

 名前なんて言ったっけ。エルフらしい風変わりな名前だったはずだが……。


「エミルンに勝負を挑むのでしょか?」


 あ、そうだ、エミルダリュルだ。略してエミルンとか名乗っていたな。


「それは好都合なのでしょ。ファルコから、一回は負かしとけって頼まれてるでしょ。模擬戦でいいなら望むところでしょー!」


 模擬戦、この場合は寸止めでと言う意味だ。最強っぽい剣士は当然頷く。

 それを受け、エミルはにっこにっこと楽しそうに。


「エミルンが勝ったら、その剣精霊も回収出来て一石二鳥でしょ! ファルコに褒められるのでしょ!」


 あ。あんまり後先考えてなかったけど、そうなるのか。

 まぁいいか、早いか遅いかの違いだ。

 それに負ける気がしないと言うか、負けたくない。


 頭の悪そうなエルフにも、哀れな魔剣風情にも。

 戦うなら負けたくない。

 C級剣精霊とは言え、剣精霊としてケチなプライドがある。

 魔剣ごときに負けたくない。


「いざ、尋常に」

「うにっ、勝負でしょ!」


 エミルンは自分の魔剣を抜刀する。

 刀身は魔剣らしく、紫色に染められていた。

 精霊が埋め込まれたこぶし大の宝石。魔結晶が柄の部分にはまっている。

 透明な水晶の中、結晶化した妖精が見える。


 柄には引き金がついていて、それを引けば自然精霊への合図となり自然現象が発動される、単純な仕組み。

 両刃で肉厚な刀身は魔人が鍛えた物だろう、小柄なエルフには合っていない。 まぁ、それはこちらも同じなのだが。と言うかこちらの方が酷いのだが。

 魔剣と言えば軽くて丈夫、尚且つ霊素伝導率最高のミスリル鋼製品が普通だ。 ロンジ武具店にも普通のミスリル剣なら一時期置いてあったが、綺麗で羨ましかったなぁ。


 良質な剣精霊の素材にもなるように、自然精霊が起こす現象への耐性も高い。

 言うまでもなく、全力ブーストしても打ち合えばこちらが折れる。


 俺の方が刀身は長いのは利点か?

 俺が俺を扱う分には扱い難さも……あんまり変わらんな、どこまで熟練の使い方を思い描いても子供の体にそもそも合ってないのだ。


 9歳の女の子が自分の身長とそう変わらない長剣を構えている。

 改めて変な光景だなと思う。

 上手く身体のバランスを取らないと、そのまま重さだけで腕が下がって行く。


「まぁ色々問題はあるが、一番警戒べきは、その魔剣にどんな自然精霊が使われているかだな……」

「うににー、内緒でしょー」


 それはそうだろう。


「ふっ、どうせシンプルな機能だろ」


 魔道具は所詮自然精霊を埋め込んでいるだけの道具だ、剣精霊と違って単純な自然現象の再現しか出来ない。

 上手く使われれば十分脅威ではあるが。さて。

 エミルンは顔の前で手首を返し、剣を水平に構えるて待ち受ける。

 堂に入っている構えだ。


 水皇流剣術。地尊流と並ぶ受けの流派。

 水皇流は受け流しからの一撃カウンターを狙って来る。


 体格の差も無いし、ファルコニーよりは戦い易いだろう。と、見るのは素人。

 このエルフ、昔から腕は素晴らしかったし、現行で騎士団の訓練士なんてやっているんだ、紅蓮みたいに腕が落ちているとは思えない。


 内霊操作は極めていると考えていいだろう。

 となると動きは色々と加減する分こちらが劣るはず。


 剣でも動きでも劣る勝負……勝負は一瞬に賭ける方がいいだろう。


「……」

「……」


 最強っぽい剣士とエミルンは無言で対峙する。

 風神流と違い、地尊流や水皇流は滅多なことでは待ちの姿勢は崩さない。

 俺は焦れることなく、慎重に身体の位置を動かして隙を探る。


 俺にある強みと言えば状況を俯瞰して見れることと、動作に関してのミスは無いないと考えていいくらいか。


「ふむ……」


 最強っぽい剣士はゆっくり俺を斜め上を示すように掲げる。

 炎王流にあるような、上段からの一刀に全身全霊をかけるような形。

 図った訳ではないが、伝説にある炎の覇王と水の徳王、千日手の構図となる。


「お、自信満々でしょ!」


 炎の覇王が斬り込み、水の徳王が受け流す。

 小細工抜きならそのまま実力が上の方が勝つ。

 実力をはっきりさせなければ争いは終わらない、互角なら延々と争いは続く、まともな剣士ならなるべく避けたい形だ。


 睨み合いが続き。

 隙を探り続ける最強っぽい剣士。

 待ち続ける水皇流のエミルン。

 と。にやり、と言うよりも、にゃんとでも言いそうな笑顔で。


「うにゃ!」


 エミルンは魔剣の引き金を引きながら――魔剣の周囲に霊素が煙る――剣を振るう。

 水か。


 水皇流剣術を見せておいて、風か炎かを発動させる魔剣だと読んでいたが素直に水だった。

 ただ、その量と勢いが尋常ではなく。


 豪快に振られた剣の勢いも乗っているようで、ボンっ、と真正面から水塊がぶち当たり、最強っぽい剣士はいとも簡単に吹っ飛ばされる。

 朝日の中、天井付近まで飛び散る雫が綺麗だな、なんて呑気に思えてしまう。


「水皇流を待ちの一辺倒だと思ってる剣士はちょろいでしょ!」


 結局油断なんだろうな。

 そんなシンプルな手で倒せると思われるとは。


 エミルンは吹き飛ぶ最強っぽい剣士を追って、魔剣を振り下ろす。

 着地で体制が崩れる所を狙ったのだろう。

 だが外部から身体を操作されている最強っぽい剣士に動きのミスは無く、滑らないよう丁寧に着地して魔剣を躱す。


 俺はファルコニーの動きをイメージする。

 風のように舞う、風神流剣免許皆伝の腕。ただのイメージだから全然違うんだろうけど。


 魔剣を躱し、打ち下ろされる俺。

 魔剣で払うべくエミルンが応じる。のを、素早く手首を返し、避け、一転、胴、面、とお手本のように打ち据えた。

 切っ先に残った水気が、エルフの水色の髪に染みる。


「う、にぃ……」

「魔剣なんて小細工使わなければ、あんたの勝ちだったのにな」


 ぴたり、と額に止められた切っ先を、寄り目で見上げながら情けない声を上げているエミルンに告げる。


「ぬにぃ、油断し過ぎたでしょか? さすがファルコの親戚でしょぉ……」


 正面からのぶつかり合いになれば小細工して来ると思った。

 そのままぶつかれば確実に向こうの勝ちだったが、魔剣の使い手ならば、こちらの剣精霊としての機能を警戒して絶対に魔剣に頼って来る。

 そう読んで読み勝った。


 小細工抜きの場合実力者が勝つのなら、小細工に頼る相手と、小細工に惑わされず実力をそのまま出せる相手、優位なのは後者。

 当然の道理だ。


 抜刀を試しに来る人達の面接で培った洞察力、これは俺の機能として数えていいんじゃないかな?

 まぁダイレクトに心読める白新の方がすごいので、あってもあんまり意味のない機能かも知れんが。

 ともかく。


「さぁ、俺の勝ちだ、魔剣を寄越せ」

「うにぃぃ……」


 魔剣の刃を下にして、心底悔しそうな顔で剣を差し出してくるエミルン。

 こいつを叩き折れば終わりだ。

 ……。

 ……これを、折るのか?


「すこしそのまま待ってろ、動くなよ」 

「うにぃ?」


 最強っぽい剣士は素早く柱の陰に身を隠し、片膝をついて俺を納刀する。がくんっと、大きく身体が揺れて白新の意識が戻る。


「あ、あれ……えっと、終わ、わ、なんでこんな、濡れて、いるの……ですか?」

(まぁ、決着はついたけど、まだ終わってない……本当に折っていいのか確認したい)


 あの魔剣なら売れば金貨百枚近く行くだろう。

 反射的に苦しそうな視線を向けられるが、俺はひるまない。

 売るのも良いし、一つ気になったことがある。


(杞憂ならそれでいいんだ、一回だけ確認してくれないか。後は俺に任せてくれればいい)


 一瞬、泣きそうな顔をされたが、すぐに思い直してくれたようだ。

 白新は怖々と頷く。

 見たくも無いだろうに、これを確認せずに折っていいのかと思う、俺の思いに同意してくれた。


(ありがとう)


 身体に違和感でもあるのか、ふらつきながら立ち上がり、柱に寄りかかりながらエミルンを盗み見る。


「あっ……」


 愕然とするその表情で察する。


(ビンゴかね?)


 魔剣がすごく良く手入れされていたのだ。

 同じ剣として羨ましくなる程に。

 剣精霊のような自己再生機能なんて無いのに、刃は新品と見間違える程丁寧に研がれてい、魔結晶も綺麗に磨かれ指紋一つついていない。

 それでいて、しっかりと実戦を潜り抜けて来た貫録を持ち合わせた剣だった。


(すげー大事にしてる感じだから、何かあるじゃないかと思って)

「あ……うぅ……ぐっ」


 白新は低く唸り声をあげる。

 いったい何が見えてるんだろう。

 歴戦の剣だなと言うことは分かるが、どういう経緯があるかまでは俺にはわからん。


「あうぅ……うぐぅううう、ううっ……はぁうぅっ」


 絶叫を押さえ込んでいるのかも知れない。

 両手で前髪を握り、苦悶の声で歯を食いしばりながら、たじたじと足踏みする白新。


(おい、大丈夫か?)


 と、剣帯から俺を外して、ガチャっと音が鳴る勢いで額に俺を叩きつける白新。


(おまっ、何してんだ――)


 ――……ああもう、今度はどうした。どアップの顔から涙が溢れる。


「あぐっ……うぅ、あ、あの、人は、――ばかっ――なの……ですか?」


 怒りと悲しみが綯い交ぜになっているような、それをなんとか押し殺そうとして、でも耐え切れずに暴言が吐き出されて、そんな自分にも苛立っているようで。


(いや、俺に聞かれても。頭は悪そうだが)

「あぐぅ……なんで、そんなことが、簡単に、できるの……がうぅ」

(なんか獣化しそうになってるぞ)


 俺の声でうぐっと言葉を詰まらせて、寄り目で俺を見る。

 なんか、睨まれてる?


「魔剣……には、まだ、傷、一つ、つけて、ないの……ですよね?」

(お、おう)


 俺の答えに大きく安堵の溜め息をついている。

 情緒不安定だなぁ。


 そのまま数秒固まる。

 ガツッ――もう一度俺で自分の額を打ち据える白新。


(だから、何やってんだって!)

「どう……すれば、いい、の……ですか?」


 ぐりぐりと、おでこに跡がつく程力が籠められている。

 眉をこれでもかという程吊り上げ涙を流しながら。

 鬼気迫る表情とはこのことか、人間の表情って笑顔で怒りと悲しみを同時に表せるんだ。

 こんなに情けない表情と言う物もそうないな。


(えーと……)


 鬼気迫る形相で俺に縋るような眼差しを向けて泣く白新。

 この子、一般常識はしっかりとあるんだ、ただそれを上手く処理出来ないだけで。

 つまり無茶な要求はしないはず。その上で、こんなにも俺になにかを期待するような眼差しを向けると言うことは。


(つまり、考えれば分かることか?)


 ガンッ――と俺の鍔で自分の額を殴打。

 イエスかい。


(それ辞めろって! そっちが気になって考えがまとまらんだろうが!)


 思わず霊素を叩きつけるように言語化してしまった。

 叱られた猛獣のように、がうーと俺を睨んでいる。いや、なんでよ。


 俺が思い至らないことに腹を立てているようにも見える。つまり。


(そんなに簡単な話なのか?)


 もう一度額を打ちつけようとして思いとどまった。

 ぎこちなく頷く。


(うーん……?)


 俺は考える。

 エルフの魔剣士。

 エミルダリュル。

 十二年前の、城で行われた俺と言うレジェンドの選抜儀のお祭り騒ぎで見かけた有力者。

 見た目は白新より頭一つ分背が高い、若い娘のようだが実年齢は不詳。

 エルフの霊素保有量は人間の三倍は行くだろうから、あの成りでも大人の男性よりも持久力は高いだろう。要するに強い剣士だ。


 と。トントン、トントン、と合図。

 あ、思考の方向性が違うと? トンと一回。

 剣としてつい剣士の方に注目してしまう、そうだ魔剣だ。魔剣?


 昔と同じ剣だよな。

 ずっと手入れして使ってるんだろう、大事な物なようだ。

 トン! と強めの合図。


 そこっ! てことか……いや、もう話てくれると楽なんだが……そこは譲れないのか。

 つまりエルフが魔剣を大事にして――そうだな、なんで魔剣なんて使ってるんだ、あのエルフ。エルフがこんな大陸の浅い場所に居続けるのも大変だろうに。

 エルフは自然精霊の力を借りられるのに、魔剣なんて使う必要ないはずだ。

 相性の良い自然精霊を見つけて、友好関係を築いてパートナー契約を結ぶんだっけ?


(あ。……ああ?)


 白新は柱にもたれ、頷きながらずるずると座り込み俯いて泣き出す。


(いやいや、それはおかしいだろ。それなら、こんな簡単に賭けの対象にするはずがない)

「――だからっ、ばっ、ば、っくううう――」


 ああ、だから馬鹿じゃないか、と。

 そう言うことか。


(えーっと……つまり、あれは自分のパートナーだった自然精霊を、魔剣にされてしまったってことかい?)


 涙がぽろぽろと零れている。

 頷く白新。


「わたしは……どう、すれば、いいの……ですか」

(うーん……) 


 どう、と言われてもな。

 憤義に駆られて戦うと決めたのはいいけど、のっぴきならない理由がエミルンの方にもあったってことで……うーん、どうしたもんだ?

 まぁ難しく考える必要もないか。


(エルフ本人に聞こう。話は俺がするから安心しろ。魔剣見るのも嫌だろ。以心伝心で声だけ聴いてればいいから)

「ぅっ……」


 両手で顔を覆って泣いてしまう。

 肩を揺らして泣いている。


(事情を聞いてから判断すればいい)

「つっ……いえ、わたしも、ちゃんと……見ますっ」


 白新はぐっと涙を手の甲で拭う。

 立ち上がり、俺を剣帯に収めて決意を固めた表情。

 正面の困難に対して、正々堂々と戦う意思の表れだろう。


 白新は柱の陰から歩み出て、エミルンの正面に立つ。

 エミルンは律儀に魔剣を差し出しているポーズのまま待っていた。

 腕が辛そうだな。


「剣……さげて、いい……です」


 エミルンは正面に立つ白新を怯えながら見る。白新も震えている。怒りで。

 どんな心が読めているのか知らないが、やっぱり物凄く苛立たし気な雰囲気の白新。


「その剣……大事な物なの、ですか?」


 エミルンは思わず同情してしまいそうになるような、情けない上目づかいで口を開く。


「アルヴァはぁ――あ、この魔結晶になってる子。アルヴァはエミルンンの大事なお友達でしょ、うにゅーん、壊すのは勘弁してほしいでしょぉー」


 ということらしい。



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