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1話 白鞘の中、眠る日ノ輪刀。


(寂しくなるな……なにも餞別を持たせてやれないのは、俺達の悲しい所だな)

(いえ、吾輩のような硬化機能があるだけのB級剣が、先輩のような特別な剣と並んでいられただけでも光栄であります)


 硬化剣の彼は梱包されながら、俺と別れのあいさつを交わす。

 こんな時でも堅苦しい口調だ。


(ふっ、俺なんて特別でもなんでもないさ)

(またまたご謙遜を。能ある鷹は爪を隠すと言います。主のいない剣が、勇者からの誘いを断ることなど、通常では無理でしょう。高嶺の剣、謙虚な余裕。吾輩、憧れております)

(はは、ありがとう)

(吾輩、これからは先輩に教わったことを活かして主を守って行くであります)


 彼は親子連れでロンジ武具店にやってきた修道士に一目惚れして、主として選んだらしい。

 防御系の剣であるキミは教会の厳粛な雰囲気に良く似合うことだろう。いいなぁ。


(ああ、それが俺達、剣精霊の本懐だ)


 商品棚に飾られて、客の交わす噂話に詳しくなって行くだけの日々なんて、決して俺達の望む所ではない。


(はい。先輩も……先輩は特別なので難しいのでしょうが、良い主に巡り合えると良いですね)


 大きな木箱の蓋が閉じられて行く。


(心配してくれてありがとう。俺も、キミの武運長久を願おう!)

(はい。御心遣い感謝致します!)


 と。

 そんな会話で硬化剣を見送ってから……もう3年くらい経つのかな。


(……なにしてんだろ、俺)


 外はぽかぽかと暖かい春の陽気なのだろう。薄着の客が増えて来た。

 多雑な武具がひしめき合っていて、広さはあるが薄暗く息苦しいロンジ武具店で俺は一人で呟く。

 周りの人間に俺達の言葉は通じない。


 剣精霊。精霊の宿りし聖剣。伝説の剣。

 その剣は自ら主を選び、様々な奇跡を起こし、所持者に大いなる福音を与えてくれるとも、絶対的な破滅を呼ぶとも語られ畏れられている。


(俺、俺、俺だよ!)


 全ては精霊の営みで成り立つこの世界。

 ユグマナクル大陸。

 霊素循環円盤天地。


 名工や匠と呼ばれる職人が生涯をかけて生み出す最高傑作や、特殊な素材を使い過酷な儀式を経て生み出される道具といった、人知を超える激しい念を込めて生み出された作品には精霊が宿ることがある。

 自然精霊とは別の、人の手から生み出される創精霊。


 それらは通称、伝説の装具――レジェンド――と呼ばれている。


(俺みたいな剣精霊のことだ!)


 様々な刀剣が溢れ返るように陳列されている武具店の中でも、特別な区画。

 神棚の前で掛け台に鎮座し、金の装飾が施された白塗りの鞘に収まり、美麗な青い下緒が巻かれている日ノ輪刀。

 東の果てにある日ノ輪国で作られた、反りの入った刀と呼ばれる片刃の長剣。


(それが俺だ!)


 添えられた値札についている金額は、金貨で千枚。奴隷が何百人と買えるのと同等の値段。

 金貨が1枚もあれば一家が一月は食費に困ることは無い。

 レジェンドにも格付けがあり、B級やA級ともなればかなりの高評価になる。


 もっとも最高クラスのS級では国が買えるような金額で、値段なんて付かない、付けられないことを考えれば、値札を添えられて得意気になっている俺なんて失笑されそうだが。


(うん……そうなんだよね……)


 それが問題なのだ。問題と言うか、手違い? なんの間違い?

 確かに俺は剣精霊だが、大量生産の途中にうっかり御魂が宿っちゃっただけで……はっきり言って、普通の剣でしかないのだ。


 ボク、C級剣精霊だよ?

 いや、本当に。奇跡なんて起こせないよ?

 形がこちらじゃ珍しいだけで、地元じゃ単なる鋼の剣なのに。


 どうしてこうなった?


(こんなことになるなんて……最初は、軽い気持ちでした……)


 それがまずかった。

 最初の一年は、薄汚れていて抜刀も出来ない俺は錆びている剣だと思われ、傘立て用の壺の中、多雑な刀剣といっしょくたにされてジャンク品扱いを受けていた。

 こんなにも有象無象が溢れかえる店内の、こんな場所にある俺を手に取ってくれるなんて正に運命。

 その剣士に一生尽くす覚悟があった。最初はそのつもりだったんだ。

 そして、その機会は訪れるのであった。


(ああ、あったのだ……)


 今でもはっきり覚えている。

 ここアルスガルド王国の首都、王都グラウンズブルクにある、ロンジ武具店に流れ着いてから一年後。

 もう十二年前にもなるのか。

 現在二代目勇者として名を馳せている剣士が俺を手に取ってくれた、あの日のことを。


 既にA級レジェンドの剣を二本所有し、早くも数々の武勇伝が語られていた当時16歳の青年、ファルコニー・ウィングレイは持ち前の特殊な嗅覚で俺を見つけた。

 純真な瞳で、キラキラと俺を手にしてはしゃぐ姿は、まるでプレゼントを前に我慢出来ずに興奮する子供のようだった。

 だから。


(ちょ、ちょっと怖くなっちゃって……)


 いきなり将来勇者になるほどの青年から求められたら誰だって戸惑うでしょ? 

 当時でも既に相当な使い手でさ、自身の体に流れる霊素経脈を完璧に把握していて、霊素を操り身体を強化する術も研ぎ澄まされていた。

 柄に手を掛けられた瞬間ビビッと来たね。


 頭の中で世界最高峰のオーケストラが鳴り響いたみたいな?

 ほんと上手過ぎて引いちゃうってあるよ。

 俺みたいな量産剣は特にさ。


(で、がちがちに緊張して、一歩も動けなくなるような……あれでほら、その……あの……あの……ぬ、抜けなかったのよ……)


 ……抜刀的な意味でよ?

 それにほら、やっぱり自分を一番大事にして欲しいって思うのは当然じゃない?

 ファルコニーが持ってた他の二本と比べられたら恥ずかしいし。

 そんな名剣の間で上手くやれる自信なんて全然ないし。


 そんな良い剣を二本も持ってて、今更俺のことまで大事にしてくれるか不安だし……。

 一生のことなんだから今すぐ決めないで、ちゃんと相手が本気かどうか、責任取るつもりがあるのか、遊びじゃないのか、見極めてオッケー出さないと駄目だと思うのよね。

 軽い気持ちであげちゃうなんて絶対ダメ!


(と言うことで、その場では持ち主として選んであげなかったの、うふ)


 お願いちょっと待って、気持ちの整理もしたいし、貴方の本気も確かめさせて……ね?

 がっついちゃだめよ? 慌てなくても大丈夫、俺は逃げないから。

 本気なら一度拒否したくらいで諦めないよね? 何度でもアプローチしてくれるものよね?


(乙女か俺)


 しかも微妙にうざい感じの。

 今でこそ噂話で落ち着いた話を耳にする勇者ファルコニーだが、当時は自信と好奇心が先走った、熱くて勢いのある青年だった。

 ファルコニーは自分が抜けなかった剣なのだから、さぞ凄い力を秘めた剣なのだろう、A級以上の名剣だと勘違いした。

 しやがったあの野郎。


(いや、店主に俺の価値を説明してくれて、傘立てから救ってくれたファルコニーには今でも感謝しているのだが。ただ、その説明がちょっと大袈裟過ぎたね、うん)


 流石に機能も分からない剣にS級は付けられず、A級として扱われるようになり。

 そこからは大騒動。

 市場に精霊の宿る剣が発見されたと、王が大々的な御触れを出したのだ。


 格式ばって選抜の儀式、選抜儀なんていう、抜刀お試し大会が始まった。

 騎士団一行がやって来たり、王宮や騎士聖堂に貸し出されたり、傭兵団や屈強な戦士や剣士、エルフの魔剣士、怪しげな魔術師や流浪の剣士など、老若男女こぞって俺を求めて武具店に訪れた。


 店主も『あの! ファルコニーを越える剣士を求める剣精霊!』なんてふざけた看板を立ててくれたりしてね!

 そして選抜儀の参加費を徴収してちゃっかり儲けていたりと、大いに賑わった。


(いやぁ正直気分は良かったけどね……俺を求めて歴戦の猛者達が集まるのは、剣としていい気分だった)


 だが、結局ファルコニーの才を超える逸材は現れなかった。

 そもそもファルコニーは生まれつき霊素の匂いが分かるって特殊能力が反則だった。


(あまり周知されていることでもないが)


 精霊返り、精霊混ざり、魔人混ざり、異能者、等々と呼ばれる、人としての五感が異常特化した人間。人間版レジェンドのような存在、その嗅覚版。それが勇者ファルコニーだった。

 まぁレジェンドの武具と特殊な使い手が揃ってこそ伝説中の伝説、勇者なのだが。

 血統を重んる貴族が治めている人間社会というのは色々とややこしいようで、精霊返りはあんまり良い顔されないんだと。


(剣精霊にはあんまりそんなの気にしないけどな。剣の腕と筋肉かで評価するやつが多いんじゃないかね。筋肉とか筋肉とか)


 いや、まぁみんな好みは色々あるか。

 ともかく。


 これならファルコニーの方が良かったなぁ。

 この程度の剣士にあげちゃったらファルコニーがそいつより劣ってるみたいで失礼だし、ファルコニーみたいな逸材に使って貰えるチャンスがあったんだから、次はもっといい人見つけてやるんだから!


(恋に恋する乙女か俺)


 なんて選り好みしていたら、どんな剣士にも抜けない俺はどれだけ凄い名剣なのかと言う噂話が大きくなって行ってな……。

 いよいよ出るに出れなくなった。


(最初の頃はチャンスあったんだけどなぁ……)


 騒ぎが大きくなってすぐ、城の広場で行われようとしていた選抜儀で、レジェンド使いのファルコニーでも抜けない剣だと実演していたとき。

 思えばあれが最後にあった最大のチャンスだった。


(でもなぁ、あれは流石に空気を読んだね。抜けない剣だって言われて檀上に上げられてるのに、あっさり抜ける訳にもいかないしー)


 そして、その場にいたファルコニーとライバル関係だったらしい、日ノ輪国の剣士がファルコニーの手から俺を奪い、会場は騒然となった。

 あの男もかなり素晴らしい剣士だったが、こっちの心構えも出来てないのに、いきなりあんな大勢の前で奪い合いみたいになって、そんな騒動の中でとか無理だったし……。


(あの日ノ輪剣士ならシチュエーションさえ良ければオッケーだったのになぁ、あいつの気取った構えには、思わず懐かしい日ノ輪民謡を思い出したね……勿体なかった)


 あとはエルフの魔剣士か、腕は良かったが頭おかし過ぎで無理だった。

 ほんと、単純な戦士職の連中はティーピーオーとか空気を読んで雰囲気盛り上げるってことを知らないから困るわ。

 そもそも試しに来る人、全員期待しまくりでハードル上げまくりでがっつき過ぎなんだよ、そんな持ち上げられたら出ようにも出られないじゃん!

 俺、中身は普通の剣だよ? 抜刀されたら絶対にがっかりされるし!


 そうして今に至る。

 ファルコニーをフって以来、大丈夫、次があるよと思い続けてもう十二年目。


(……もっと自信を持つべきなんだよな。ちゃんと切れる普通の剣ではあるんだ)


 日ノ輪国の冶金技術は高いからね。

 この地から見て東方にある、日ノ輪列島と言う島国に住む戦闘民族。日ノ輪族の打つ刀は斬ることに特化していて、刀鍛冶の技術も高い。

 日ノ輪国の工房でお弟子さんの修行中、連日過酷な単純作業が続く中、無我の集中力で偶然生まれただけの俺。


(日ノ輪の工房では稀にあることのようで)


 そう言う剣は日ノ輪国ではあまり好まれない。

 鍛冶師の念が込められていない、偶然に頼るような技法は未熟な失敗とされ、妖刀や憑き物と呼ばれ忌み嫌われている。

 口伝で「徹夜の勢いで凄い物が出来たと思っても、次の日見たら駄作なんて良くあること」なんて物があるらしい。職人の世界は奥が深い。


 本来なら処分されるはずだったのだが、若い製作者も惜しく思ったのだろう、儀礼用の白鞘の拵えに俺を収め、美術品として行商人に売りつけ逃がしてくれた。


 人から人へ獣人から魔人へと渡り、数年の紆余曲折を経て、ここアルスガルド王国の首都、王都グランズブルクに辿り着いた。

 そして街外れにある、大量の武具を一度に扱う倉庫のようなロンジ武具店に行き着き、大騒ぎを経て今に至っているわけだ。


(そうそう、綺麗な外装も誤解の元になってるんだよな、うう、心が痛い……)


店主のロンジも、俺を少しでも見栄えよく見せようとして、綺麗な青い下緒で着飾ってくれたてね。これがまた儀礼用に金の装飾が入った白塗りの鞘と、金の鍔からの白い柄巻きに良く似合ってるんだ。白と金に青い下緒が栄えること。


(でも、下手をすれば鞘や鍔の方が値打ちあるんじゃ……)


 いやいや、それは既に俺の一部だし、鞘柄すべてを合わせて、拵えまで含めてが俺と言う剣の完成系だし。料金込みだし。

ちゃんと霊素を通すための精霊回路作って強度も上げてるし。全部俺の一部だし。人間だって衣類や装飾品だって自分の一部じゃん?


(王族に混ざるため、農民が分相応な格好してるようなもんだよね、この外装)


いかん、だめだ、卑屈になって行く。

真面目に。美しい外装はともかく、中身だって日ノ輪国の水準で平凡な量産品なのだから、この辺りの基準では質の良い方だと自負したいのだが。


(そうだぞ、それに俺だって剣精霊なんだ、霊素操作で切れ味だって少しは上げれるんだから……弱点にもなるけど)


 精霊回路が刀身全体に行き渡り、霊素を使い切れ味を操作することが可能な関係上、どうしても霊素が尽きればただのなまくら刀になってしまう。

 筋肉に全力で力を込めた後は、反動で力が入らなくなるようなものかな。剣といっても精霊、生きてるからな。

 霊素が尽きれば性能が落ちる。まぁこれは全ての創精霊共通の弱点だが、もちろんC級だから霊素の保有量だって少ないわけで。

 一瞬のブーストを活かす、居合剣術のある風神流や雷帝流の剣士ならワンチャン? 


(しかも、それをやっても……)


 ちらりと壁に意識を向ける。そこに丁寧に壁にかけられている、丁寧な細工の施された輝鋼鉄で作られた「グロリア――栄光を」と銘の入った大剣、金貨で30枚。

 俺の全力はあれに劣る。勝っている部分は値札につけられた値段だけだ。

中古や銅の剣よりはそりゃマシだけど、剣としての性能自体は鋼の剣と同格、少し切れ味上げたらその後なまくら刀になる弱点付き。


(実際、日ノ輪では鋼の剣と同じ値段で売られてるんだからなぁ)


 俺と言う精霊抜きなら、鋼の剣として銀貨15枚くらいの価値しかない。金貨1枚だとお釣りがくるだろう。

 銀貨1枚が日ノ輪国で言う1万円と同じくらいの価値だから、銀貨20枚で金貨1枚と等価。

 金貨1枚は20万円前後ってことだな。

 金貨で30枚もするような、手の込んだ良質な鋼材を使った剣には遥かに劣ってしまう。

 普通の剣なのだ。


(なのに期待され過ぎで、噂が大きくなり過ぎて……うう、思考がぐるぐるする)


繰り返すが、本当の俺は剣精霊としては最下層のC級品。

一応精霊憑きとして、霊素操作で錆びを抑えたり、多少の刃こぼれなら鉄分補給してくれれば自己再生も出来るが、そんな物は剣精霊なら当たり前の性能、デフォルト機能、スペック。なんの自慢にもならない。


(剣精霊ってだけで値段だけは無駄に張るからなぁ)


剣精霊と言う希少価値に、金貨10枚までなら欲しがる人はいるかも知れないが、20枚だとまず売れない。C級剣精霊なんて普通はそんな扱い。平民の年収が金貨で10枚といったところ。


(そりゃそうだ)


 普通の人にとっては、たまになんか音が鳴って、霧状の霊素が出てる不気味な剣。

敏感な人で、俺の飛ばしている言葉を奇妙な霊素の流れとして感じる程度の剣だ。

それ以上でもそれ以下でもない。せいぜい手入れが要らない剣か?


 剣なんてそんな何本も持つ物じゃないんだからな。

名剣を買って手入れするか、普通の剣を数年ごとに買い替える方がコストパフォーマンスはいい。

俺だって無茶すりゃ普通に折れるんだし。


本当に剣精霊が欲しい人は最低でもB級を買う為に金貨100枚貯めるだろう。

そして金銭取引で合意したからと言って、主に選ばれるかどうかはまた別問題。そんな賭けに大金を出す人はそうそういない。

投資目的とかで買う人もいるかな? 知らんが。


あ、ロンジ武具店で飾られている俺は、値札に無茶苦茶な高額こそつけられてはいるが、選抜儀の料金で十分儲けているので、主に選ばれれば無償で譲り受けることになっているのでご安心を。


(と言う訳で、どうですか、そこでグロリアを眺めてる、いい感じに筋肉ついてる背の高い女剣士さん!)


今はただの誰にも抜けない剣です。

刀身を震鳴させる剣鳴りだけは他の剣精霊にも負けません!

特殊な機能は無くて切れ味も普通ですが、やる気はあります!

少し引っ込み思案で、優柔不断な所もありますが慎重だと捉えて頂ければ幸いです!

あ、あとまだ誰にも抜刀を許してない新品です!

ちょっと年季行ってるけど中古じゃないです!

未経験です!

ピュアで一途な清純派です!

嫁ぎ遅れじゃないです! ないですよね⁉


(俺が剣としてアピール出来る所なんてこんなもんだ……)


必死だな俺。

 グロリアを見ていた剣士はこちらをちらりと見て、自分には高嶺の剣だな、みたいに肩を竦めて目の前を通り過ぎて行った。


(ハハ……本当ならグロリアを買うかどうか悩んでるレベルの剣士様には、俺の方が役不足なんだけどね)


生まれてすぐ、日ノ輪国の工房でS級剣精霊を見たことがある。

まさにS級。美麗で悠然とした荘厳さを自然とその刀身にまとい……否、もう陳腐な美辞麗句を並べることすら無礼になる、まさに伝説の剣だった。


(あれと比べれば、本当に俺なんて王族のパーティーに着飾って現れる農民のようなもんだ)


S級のレジェンドは霊素操作で切れ味上げるブーストなんて常時パッシブでやれる

 その上、光の力場で降矢を跳ね返したり、刀身に火炎をまとい平原を焼き払い、天空の大気を凍結させるほどの冷気とか操れるらしいよ!


(なにそれ! 自然精霊でもないのにマヂ意味わかんない!)


 いったいどういう精霊回路を組めばそんなことが出来るのか。

霊素は冷たいので、冷気はニュアンスくらいなら予想出来る。俺だって本気出せば鞘の周辺を結露させるくらいやれるし。……結露しますってこれはアピールポイントじゃないよね?

ともかく。火炎とか光の力場とか大気に干渉するような大技とか、治癒とか解毒とか、自動追尾や罠探知とか、特殊な機能は本気で理解不能。俺には無理だ。


(なのに、こんな俺に日ノ輪式の神棚まで用意してくれて、ああ、心が痛い……)


 流石に今では昔の過熱ぶりも過ぎ、今は月に一人、二人と野心に燃える若い剣士が選抜儀に挑みに来るくらいだが、最近の若者はどいつもこいつもと言ったところ。


(俺だって剣だからね、そいつがどれくらいの使い手か、もう鞘の握り方から、柄への手の添え方、抜刀しようとする力加減でだいたいの技量を測ることは出来る)


そうして、白鞘の中、眠れる日ノ輪刀を抜ける者はいつ現れるのかと噂話だけが現在進行形でどんどん大きくなって行く。

みんな自分が選ばれなかったのだから、選ばれる者はさぞ凄い人物なのだろうと期待するんだろうね。

どんな剣士でも抜けないことで高まる期待と、豪華な外装に、こちらでは見かけない日ノ輪刀の珍しさが合わさり、大袈裟な評判にも拍車がかかりっぱなしで、もう本気で今更出るに出られないのだ。


だったらその評判に見合う剣になればいいじゃないか、と言う説もある。

なるほど確かに精霊は成長する。


(だが、どうしたって素養と言う物があるんだよなぁ)


 暇にかまけて一応努力もしてみたが、あれこれ試して見ても、結局表面を結露させるくらいが精一杯だったんだよ……。

 天才との壁を自覚するだけの結果に終わった。

生来より火を発生させられる精霊回路を持つB級が成長して、炎を操るA級になることは可能だが、俺には最初から何の念も込められていない、何の機能もついていない。


魚に空を飛べと言ってるようなもので、本気でただの鋼の剣なのだ。

神棚の前で目玉商品として扱われているのに実は普通の剣でしたなんて、神託を告げる日ノ輪の巫女が実はただのアルバイトでした並に言い出し難い。下手すれば戦争起こるわ。


(そこまで大袈裟じゃなくても……)


事実、俺を抜刀するために遠くから旅して来てくれた人や、武者修行の卒業試験として試しに来てくれた人もいた、かなりの素質を持った人も断って来た……そういう人達まで断ったんだから、きちんと皆が納得出来る人を探さないといけないって思うの。


(乙女か俺)


でね、乙女な俺もそろそろ悩むわけよ、色々あったけど、ここに流れついてもう十三年、こんな生活続けてていいのかしら……って。

ロンジ武具店の宣伝用品としてこのまま置いて貰っていても迷惑ではないだろうが……主のいない道具の不安なんて人間には分からないだろうな。

いつまでも他人の家に居候し続けて働きもせずごろごろしているような、見世物小屋の動物じゃあるまいし。

この羞恥と屈辱で出来た真綿にじわじわと苛まれ続けるような感覚はまっとうな人間にわかるはずがない。


千年以上岩山の頂上に突き刺さっている、高嶺の剣精霊なんてのもあるらしいが、それはS級だから許されるわけでね。俺みたいなただの剣がやっても寒いだけだ。

同期で作られた兄弟達は既にみんな何かしら武勲の手助けになったり、壮絶な戦いの中で剣としての生を燃え尽きたりしてるんだよね……俺、本当にこのままでいいのかしら。


(いや、剣として、今の生活は確実にダメだろう……そう、俺は乙女じゃない、剣だ。やはり剣として生まれた以上は陳列される商品ではなく、剣として俺を扱ってくれる主が欲しいんだ……)


 もうめんどくさーい、誰でもいいやって気分。次来た人にあげちゃおっかな? それももう運命? みたいな?


(頭悪い女子かっ!)


自暴自棄になっちゃダメよ。今まで選んで来たのにこんな所で諦めて妥協しちゃダメ、お断りしてきた人達の為にもそれだけはダメよ、絶対ダメ!


(乙女な俺! そうだ、今更半端な奴を主として認める訳にはいかない!)


えー、じゃあこのまま主も持たず、商品として陳列されているだけでいいの? ってかいつまで同じことぐずぐず言ってるの? 話なげぇよ。


(ハッ、頭悪い女子の声が続いている⁉)


もうどんな使われ方でもいいじゃない?

このままただの商品扱いよりは、主が剣としての意味を持たせてくれるなら、どんな姿でも剣としての幸福は掴めるっしょ。

同じ飾られるにしても、主から大切に祀られたり、奉納されるなら剣として有意義なんだろうけど、ずっと商品て。

やっぱ剣的にはアルジ欲しいじゃない?

恐いのは最初だけだって、あとは勢いに任せて、みんなやってる、へーきへーき。

リラックスして、力抜いてればすぐよ。たぶん。


(頭悪い癖に一理あるじゃないか……でもそれは結局、諦めと妥協だろ?)


そもそも自分が選り好みできるような剣じゃないってことを忘れるなよ。偶然が重なって過大評価されてるだけなのに、なにちょーし乗ってるの?


(くっ! だから、評価があるから今更普通の剣士なんて選べないんじゃないか!)


中身空っぽのくせに、安っぽいプライドに囚われているのね……このままずっと商品として扱われていいの? 今はまだいいけど、あと何年もすれば誰にも抜けない剣なんて、結局誰からも見向きもされなくなって売れ残りになるだけよ?


(選抜議に来る人も年々減ってる……)


中身のないプライドを守るためにずっと売れ残るの? それでいいの? 売れ残りで終わるのよ? 一度は戦場に出たことがある中古の方がまだマシかも知れないわね。 

それに絶対に抜けない剣なんて将来的には呪われた剣として封印されるのが定番じゃないかしら? 祀られるのと対極である意味それも剣としてはありなのかしら?


(いやだ、呪いの剣なんて絶対に嫌だ!) 


ずっとこのままじゃいられないのは確かよ、店主だってそろそろ歳でしょ、人間には寿命があるんだし、もう店舗にもガタが来てる……このままじゃダメだって俺自身が一番分かってるんでしょ?


(ぐぅ……)


それから目を逸らして、今のなぁなぁでなんとなく居心地のぬるい環境から動くのが怖くて、あれこれ理由を並べて自分から身動き取れなくなって。

なによ、今まで袖にしてきた人に悪いって、そんなの俺の幸せには関係ないじゃない。

目を逸らしていても今のままが続かない、今のままじゃダメなのは分かっている癖に、評判を気にしてぐずぐずして、そんなの虚栄心に捕らわれた惨めなダメ男よ!


(ぐはぁっ、俺の癖に良い切れ味してるじゃねぇかっ!)


頭が悪いのはどっちかしら?

ふん、なにが「俺の考えた最強の剣士に貰って欲しい」よ。

王子様に憧れる乙女でもしないような恥ずかしい妄想、こんな妄想を十年単位で抱えてるなんて、これが一番痛すぎるわよ。


(やめろ、やめろ、やめてくれぇぇぇえええ――――――)


1巻分書き終えているので適宜投稿して行こうと思います

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