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虫干しと今夜の予定

食堂につくと父である神父が青い顔をして座っていた。

アリッサがなにも言わずに父に特製ドリンクを差し出した事から二日酔いだと推測できる。それを裏付けるようにジャン達が父の見えない所で腹を抱えて笑っていた。

「二日酔い?そんなに強い人だったの?」

「お世話になってるマフィアのレオナルドさんだよ」

レオナルドさんはローレンスファミリーの幹部補佐の一人でこの孤児院教会周辺のスラム街を担当している初老のおじ様だ。よく孤児院にも寄付やお菓子をくれるのでフィーも顔は知っていた。

「けど、レオナルドさんならお仕事の話メインじゃない?何でそんなに飲むのよ?」

父が視線を反らし苦い顔をしていると後ろからジャンが横やりを入れた。

「神父様、何でも急に虫干ししなきゃならい本が出てきたらしくてさぁ。量が多いから気が重いんだってぇ」

「…虫干し?」

「ああ。今夜使うことになってな。シルフィーナ、急で悪いが頼めるかな。」

「わかったわ」

『虫干し』その単語は子供達が言っているような大人がうっかりで忘れたミスをからかうモノでは終らない。何故なら、干すものは本ではないのだ。

「けど父さん、今日はニコもガラッドも手が空いてないみたいなの。私、一人じゃ不安だわ」

「大丈夫だよ。後で手伝いの人が来る予定なんだ、」

「わかったわ。誰か取りに来てくれるでしょ?」

「ああ。だが、教会でも使うから多めに支度しておいてくれ」

「…そう。」

フィーと神父の会話が終わったと判断されると焼き立てのパンと豆のスープそして、孤児院の庭で取れた野菜のサラダが配られる。

何時は配膳を仕切るフィーだが『虫干し』の事で配膳の事すら頭になかった。

この孤児院教会は寄付によって成り立っている。勿論、こんな大人数を養うのだからかなりの寄付が必要になる。そんなお金を定期的に出してくれる資産家など相場は決まっている。マフィアだ。

父はマフィアに多額の寄付をもらう変わりに幾つかの条件を飲んでいる。その一つが手入れの必要な道具の保管と監理だ。

奇襲や抗争等、非常時の備えや警察からのカモフラージュ。簡潔にいえば礼拝堂はローレンスファミリーの武器庫の役割も果たしていた。

『虫干し』は『武器を使うから準備しろ』と同義語なのだ。フィー自身もシスターではないし、ここもスラム街の端くれだ。綺麗事だけでは生き抜けないのは骨の髄まで知っている。逆に子供ばかりの孤児院はジャンキーにとっては良い強盗場所でしかない。

だから、マフィアに守って貰うのだ。一枚噛んでいない方がおかしい、それは理解できる。

だからといって孤児院教会が撃ち合いの現場になるのは気が重かった。

「フィー姉。虫干し、そんなに嫌なの?何か手伝う?」

心配そうにフィーを除き混むアリッサを見て我に帰ると急いで笑顔を取り繕う。

「大丈夫よ、有難う。アリッサ」

落ち込んでいる場合ではなかった。今夜、教会で撃ち合いが有るなら身を守る術のない子供達は避難させるべきだ。フィーは思い付く限りの策を出す。

「エミリー、今日はホテルに泊まり込めない?」

「えぇ!!!??急だねぇ、支配人に頼んでみるけど…」

「お願い。ダメならガラッドに泊めて貰って。」

「あのイカツの!?顔はいいけどタイプじゃない」

エミリーの文句は黙殺する。どうせガラッドも今夜は部屋に居るかあやしい。教会で撃ち合いになるなら地の理がある人物が駆り出されて当たり前だ。

それに、最悪の自体は教会の抗争に巻き込まれる事だ、エミリーもバカじゃない。ガラッドと会えなくても交番で一夜を明かす等の自衛策は身に付けている。

「女の子達はチビと一緒にイリヤさんの所に泊めて貰いましょ」

イリヤさんは近くの娼館で働いているトップクラスの娼婦だ。丁度イリヤさんの依頼で孤児院教会の子供を一人、住み込みで仕事をさせていたところだ。その子に宛がわれている部屋を借りて皆子供達で雑魚寝させれば問題はないだろう。その間に裏方の仕事を手伝えば一夜位なら館長も許してくれると信じたい。

これで半分は何とかなる。男の子達は…と、思考しているとスカートの裾を引っ張られた。

「…ノーナ」

ノーナはフィーを見つめイヤイヤをする。あそこの娼館はイリヤさんと同時にノーナを捨てた母親も勤めていた。

フィーは無神経な自分を後悔したが、それ以上に他に良い避難策が浮かばない自分の無力さを呪う。フィーはノーナと視線を合わせる為屈むとノーナを強く抱き締める。ノーナを安心させるために有らん限りの優しさを込めてノーナに訴えた。

「御免、ノーナ。明日には必ず迎えに行くから皆で待ってて。怖いことがあったらイリヤさんにお願いするの。大丈夫、イリヤさんは良い人だから力になってくれる」

「…フィー姉」

小さな子供にばかり我慢させて言いたい言葉も飲み込ませてしまう。フィーは自分の無力さが厭わしかった。

「大丈夫。…泣かないで」

フィーはノーナに言われて始めて自分が泣いてた事に気付く。『自分に泣く資格なんて無い』とフィーは顔にちからを込める。

ノーナが娼館でどんな思いをしたのか知っていてフィーはノーナにトラウマの場所に行けと言っているのだ。

背中をポンポン叩きながら『大丈夫』と繰り返して慰めてくれるノーナにフィーは「ごめん」としか言えなかった。

日頃から口数の少ないノーナだが必死でフィーを慰めようとしている。これではどちらが姉なのわからない。

「あのさぁ~男は娼館に無料じゃ入れないけど、どうするの?」

空気を壊す様に明るい声がフィーの後ろから声がかかる。振り向くと年長者の一人、ハンスが申し訳無さそうに二人を見下ろしていた。

ハンスは腕っぷしを買われローレンスファミリーの下っ端として生活している。つまりは『虫干し』の意味も知っている。自分の他に秘密を共有出来る人物がいた。そう思うだけでフィーは肩の荷が降りた気がした。

「ゴホン、ゲホン」

父のあからさまに咳き込む声にフィーが周りを見渡すと、何故か全員がフィー達を見ている。

「フィー姉。あのさ、皆で泊まりに行くだけで随分仰々しいよ」

「てか、虫干しするのに俺らじゃ本を破くからとか、寝るスペースないからとかそんな理由でしょ?朝からドラマ繰り広げ無くても邪魔しないから」

ジャンとルイスに盛大にからかわれフィーは赤面した。やってしまったと後悔しても今更遅い。

考えてみれば理由を知らない子供達にとってはこれは茶番でしかないだろう。エミリー所かアリッサですら笑いを堪えている。

「あー面白かった!そんじゃ仕事いってきます」

いつの間にか食べ終わったのかエミリーとロイ、年長者の二人が仕事に向かう。

「あっ!ロイ!!!今日は…」

「彼女の所に泊まるから大丈夫」

「シルフィーナ。男の子達はレオナルドさんの知り合いに農場経営してる人がいるから、その人に2日程、あづかって貰う事にしたよ」

父の意外な言葉にシルフィーナは早く言えと呪いの言葉でもかけたくなる所だったが、これは照れ隠しの部分も有るので我慢する。

「とりあえず、食べて落ち着きなさい」

父に進められるままにスープで空腹を満たす。他の子供達は既に食べ終わっていて、片付けまで始めている。

これで今日の『虫干し』の避難は出来た。

男の子達は午後に農園へ行くトラックに乗ることになったので午前の授業はお休みしてフィーは子供達の仕度に勤しむ事にした。


最終的に子供達は皆、午後からの出発となるので路上で売り物をしている子は午前から仕事を始めて早く切り上げる様に各自、動く。

売り物は花やマッチといった簡単なもの。

今は余りにも簡素な収入しかないが10才位の子供が全うに稼ぐにはこれぐらいしか仕事がない。今後も子供達がスラム街に落ちずに生き抜くには知識と運ぐらいしか頼れるものがない。だから出来るだけの備えはする。

農場の方とイリヤさんに子供達を預かって欲しいという旨と突然のお願いのお詫びを手紙に認めた後、フィーはお弁当作りに取り掛かった。

といっても『虫干し』も有るので余り時間がないので、フィーは今朝作った夜分のパンをサンドイッチにする事にした。

台所に立っていると外から聞きなれたニコラスの鼻歌が聞こえてくる。

帰って来たのだろうか?と窓から覗くと勝手口の扉が開く。

「フィー!だだいま」

「お帰りなさい、ニコ。お仕事早かったのね」

「ううん、まだ終わってないよ」

「……ニコ?」

「うっ!だって!!だって!!今夜、スラム街でギャングの奇襲が有るってレオナルドさんが言ってたんだもん!!フィーを残しておけないよ!!!」

両手を降って『だから怒らないで』と目で訴えているニコラスは既に涙目だ。

仕事をそっちのけにするのはともかく純粋なニコラスの事だ、フィーが心配でいてもたっても要られなかったのだろう。

「有難う。ニコ」

擁護する側のフィーの為に泣いて笑ってフィーを必死に心配してくれるニコラスの存在が有り難かった。

朝から"子供達を守らなければ"と責任や備えばかり考えていてフィー自身も不安で一杯だった事を今、思い知った。

フィーは今、やっと息が出来た気かした。

「やっと笑った」

「え?」

「フィーずぅっと怖い顔して野菜切ってたから」

「早く声かけてくれれば良いのに。何時から見てたの?」

「ついさっきだよ」

「あら?私がずぅっと怖い顔してたの知ってたクセに?」

どちらともなく二人でクスクス笑い会う。ニコラスが来てくれて本当によかったとフィーは思う。

「大丈夫だよ!!フィーをいじめる奴等は僕がジュバッてしてベギってするから」

ちっちゃい体をばたつかせて"僕も強いんだからね"とアピールしているニコラスだが、フィーには子犬がボールにじゃれついているようにしか見えない。それでもそんなニコラスがフィーには何故か心強かった。

「ニコラス」

おいでと呼び掛けると素直に従ってくれる。フィーの正面に来たニコラスの前髪をかきあげておでこにチュッとやさしくキスを落とす。

「ありがとう。ニコが居てくれて良かった」

笑顔でお礼を述べるがニコラスはフィーがキスしたおでこを押さえて反応がない。嫌だった?と不安になりニコラスの顔を覗きこむ。

「おかえし」

ニコラス言った意味がわからず聞き返そうとするが、その前にフィーの唇にニコラスの唇が重なった。軽く触れるだけのキスだが唇とほっぺでは意味合いが違う。

これはいささか過剰だとニコラスを注意しようとするがニコラスはフィーから距離を取りご上機嫌で浮かれている。

「ちゅーしちゃった、ちゅーしちゃった」

あまりの喜びようにフィーは感謝された事が嬉しかったのだろうと解釈し注意を止める。ニコラスの精神年はまだ子供だ。親愛のキスと恋愛のキスの違いを説明しても理解してもらえそうにない。

「今晩は二人っきりだし僕シチューが食べたい」

「その前にお仕事でしょ?」

「今、戻ったらココに帰って来るの明日の朝になっちゃうよ?」

"だから良いの"と満面の笑顔で答えるニコラスだが、いくらなんでもそれは頂けない。詳しくは知らないが確かニコラスの仕事は裏方だと昔、聞いた記憶がある。危険が少ないなら職務は全うすべきだ。

「お仕事、投げ出すなんて駄目よ!!」

「…けどぉ」

「ニコラスはお仕事頑張ってるんだから私の為に評価落とすなんて駄目よ」

「フィーは僕がお仕事頑張ってる方が好き?」

「そりゃ、無職よりは現実的だわ」

「…わかった。じゃぁ、お仕事頑張るよ」

理解を示しつつも、しょんぼりしてしまうニコラスに罪悪感を覚えながらもフィーはニコラスを勝手口へと送り出す。

「その代わり帰って来たらシチュー作ってあげるから、元気だして」

「本当だね?それに寂しくない?」

「大丈夫よ。ハンスと父さんは残ってくれるし」

"だから安心して"と告げようとするとニコラスは真顔でフィーを見つめていた。

「ニコ?」

「ハンスも一緒なの?」

「ええ。そりゃハンスも関係者ではあるし」

「駄目だよ!やっぱり残る!!」

「大丈夫よ。ハンスも無茶はしないだろし」

「ヤダ!ハンスばっかりズルい!!」

確か今から明日の朝まで仕事のニコラスから比べるとハンスは自宅待機に見えるのかも知れないがズルいとはまた違う気がする。フィーはニコラスをどう宥めようか悩んでいるとニコラスの何か呟く。

「フィーを独り占め出来ると思ったのに…そうだ!!女の子の用心棒を雇っておくよ!それならフィーも安心だね」

前半は声が小さくて聞き取れなかったが、後半の内容に驚きフィーはそれ所ではなくなった。

「用心棒って、そんな大袈裟な。それにお金が…」

「大丈夫!僕の知り合いだし、お金は僕が持つし。それに僕がいないんだからこれ位させて。」

正直、撃ち合いに馴れていないフィーにとってニコラスの善意は有り難い。それにフィーの両手を握って懇願するニコラスの不安げな顔を見ると思わず頷いてしまいそうになる。

「けど…」

「フィーたまには僕も頼ってよ。僕だってフィーをしっかり守れる男の子なんだよ。」

ちょっとむくれたような真剣な顔にフィーはこれ以上言うのは無粋だと感じる。フィーは自分でも知らぬうちにニコラスを擁護するべき子供だと思っていたのかもしれない。

ニコラスも守りたいものがある男の子なのだ。これが昔、父から聞いた"男の矜持"というやつなのだろう。

「有難う。私はニコラスに助けて貰ってばかりだわ。お願いしてもいいかしら?」

肯定の意味も込めてニコラスの手を握り返し真っ直ぐにニコラスの目を見て笑う。

「うん。僕、フィーの為ならなんだって頑張れるよ」

ニコラスも大輪の花が咲いたような笑顔を返してくれるとフィーは今夜はなんとかなりそうな気さえしてくるのだから不思議だ。

「それじゃ、いってきます」

手を離すとニコラスは走って仕事場に戻ってゆく。途中振り返り大きく手を振っているのでフィーも手を振り返す。

ニコラスが見えなくなるとフィーは気合いを入れ直しサンドイッチ作りを再開した。


読んで頂き有難うございます。

後半は二人の会話は噛み合って要るようで噛み合ってません。

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