デヴィッドのモテ期
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出来るだけ早足で。
お皿のスープは溢さないように。
ニコラスは自覚なく"えっしょ"や"のわぁ"などの声を上げながら確実に救済室まで晩御飯を運んで行く。
そういえば、救済室に男が居ること昼に確認したが名前を聞いていなかった。
―――ま、いっか。
どうせ、今から聞けば言い。楽天的に考え
ニコラスは救済室の扉にノックしようとする。
「………。」
お盆を両手で持っているため手が空かない。
暫く扉のまで考えて居ると中から声がかかった。
「シルフィーナ?どうしたんだい?」
「………。」
ニコとフィーの身長はニコ曰く、同じくらいだ。
間違えたとしても仕方ないだろう。だが、自分が女の子に間違えるのは嬉しくない。
ニコはお盆を床に置き扉を少し開ける。隙間に足を入れたら、お盆を再び持って足で扉を開けた。
―――お行儀は悪いのは仕方がないから、言われたら謝ろう。
女の子と間違われた恨みなんて全くない。ニコは心の中でそう呟く。
救済室は電気も点いて居ないので男は今まで寝ていたのだろうか?
「はじめまして。僕、ニコラス。よろしくね。お夕御飯持ってきたよ」
笑顔で自己紹介すれば相手も笑い返してくれた。
ニコラスは"ちょっと待ってて"と言ってベッドサイドにあるテーブルに夕御飯を置くと電気をつける。
「有難う。」
そういって爽やかに笑う男はやっぱりハンサムだ。
「はい、どうぞ。走ってきたから温かいよ」
そういって男にお盆を渡すと男は礼は云うが食事に手をつけようとはしない。
「???どうしたの?嫌いなものでもあった?」
「…いや、何でもないよ。頂こう」
そう言って男は深呼吸すると何かを決意したようにスープと対峙しソレを掬い飲み込む。
嚥下する音がニコにまで聞こえそうだ。
「……普通にうまい」
その光景にニコは昔に見た活動写真を思い出す。
主人公が亡くなった母親の懐かしい手料理を食べた時にこんな驚愕の表情を浮かべていた。
「良かった。ジャガイモね、僕が切ったの」
オーバーなリアクションでは有るが不味いよりは何倍も嬉しい。
「そっか、ニコラス君は料理が上手なんだな」
それから男はお盆に乗っているパンやサラダに手を伸ばす。
「所でお兄さん、何て名前?」
ニコラスは近くにあった椅子をベッドの近くに移動させ座る。
「これは失礼した。俺はデヴィッド。よろしく」
「デヴィッド…さん?」
両膝に両手を置いて座いるとデヴィッドに"そんなに畏まらないでよ"と笑われてしまった。
フィーに昔、教わった通りお行儀良く座ったのだが、変な所でもあったのだろうか?
首をかしげるニコにデヴィッドは笑顔のまま話を続ける。
「ああ。友人からはデヴィッドって呼ばれてる。さん付けは要らないよ」
「…うん。わかった」
少し、歯切れは悪くなってしまったかと思ったが気にしていないようだ。
ニコは安堵を笑みで隠す。
食事をしている人をまじまじと見るのも退屈だ。ニコ自身、お腹も空いた。
黙々と食べる人に話かけるのも失礼かとも思ったが沈黙に耐えきれずデヴィッドに話題をふる。
「デヴィッドは何で教会の前で倒れてたの?」
「あぁ。銃声が聞こえて抗争に巻き込まれないよう走ってたらここに着いたんだ」
これはフィーに聞いていた。
だが銃声が一発なら強盗の可能性を考えて、まずは人気のある大通に出るものだ。
「大変だったねぇ。ここら辺に詳しいの?」
「いや、全く。何処に行けば言い解らなくてね。十字架が見えたから教会に逃げ込もうとしたんだ。参ったよ」
教会の建築物自体は背が高くない。教会と孤児院の間にはある程度の広さもある。
屋根にある十字架が見える場所に居たなら、銃声を聞いたのもこの近くのはずだ。
遠いなら未だしも近くなら、なおのこと位置は当てやすいはずだ。
わざわざ、銃声のした方に逃げるものだろうか?
「熱があったのに外、歩いてるなんて危ないよぉ」
色々考える事は有るが何より素直な感想を述べる。
夜にスラム街を歩こうものなら所持金から命まで持っているもの全部、奪われる覚悟がいる。
それを明け方に一人で歩いて居るなんて相当の怖いもの知らずだ。
ニコの経験則ではギャングの半数は薬をやっている。
中には重度の薬害で痛覚が鈍っている者もいて、そんなやつに限って狂暴性が増しているから尚更、手に負えない。
それを含め連中を一度に相手にしなければならないのは骨が折れる。
致命傷を与えても襲いかかってくるのでそのゾンビ映画のワンシーンような光景で、それは何度見ても気圧されるものがある。
見た目だけでも怖いのだ。それに、襲われたらもっと怖い。
身震いと共にファミリーに駆り出され薬中のギャングと対峙したときの事を思い出せば恐怖の余り、涙目になってしまう。
「君は優しいね」
ニコの想像を知ってか知らずかデヴィッドは優しく笑った。
「…フィーみたい」
その笑顔ではなく、ここで相手を賞賛する姿勢が幼馴染みの思い人を連想させる。
「そうかな?」
嬉しくないのか困り顔で返すデヴィッドに答えは出さず笑顔を返す。
―――言ったら怒られそうだから。
フィーを思い出さば連鎖的に食堂の話し合いが思い出される。
そろそろ食堂では話し合いも終わった頃だろうか。
エミリー達は反論はしないだろうが、違う問題でフィーは追い詰められていそうだ。
フィーはニコ程、泣き虫ではニコより弱い所が有る。
心配になると居ても立っても居られずニコは時計や自分の手元、次々に視線を移す。
デヴィッドの手元が目には入ると夕飯が少し残っている。
ニコは何故、自分がここに来たのかを思い出した。
「あ。御免ね、デヴィッド。僕が話しかけてたら食べられないよね。ご飯は食べ終わったらサイドテーブルに置いておいて。お風呂は女の子達が終わったら呼びに来るから」
ニコの役割はデヴィッドに夕飯を届ければ終わりなのだ。ここにずっと居る理由はない。
それにデヴィッドは病人だ。長居して無理をさせるのも良くない。
「あぁ。わかった。」
そうと決まればニコは勢い良く立ち上がる。
デヴィッドが面食らった顔をしているので半分だけ本当の事を白状する。
「お腹減っちゃったから僕もご飯、食べてくる」
ちょっと恥ずかしから舌を少し出して照れ隠しに笑う。
デヴィッドは"しょうがない"と云いう呆れた顔をされたが笑ってくれていたので互いに不愉快ではないだろう。
ニコは埃を立てないようにゆっくり、けれど急いでイスを片付けたら救済室を後にした。
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路地裏は相変わらず馴染みのある最低最悪な悪臭が漂っている。
生き物が吐き出せるものを全部吐き出したもので溢れ返っていてに。
嘔吐物に内臓、糞尿と精液…そして命。
―――気取りすぎかねぇ。
命、と云っても意味合いは広い。
それこそ、こんなスラムの路地裏では強盗殺人なんて挨拶みたいなものだし、ヘソの緒が着いた赤ん坊が道に捨て猫みたいに捨てられて居る。
何時ものテンションに似合わず詩的な事を考える自分に気色悪さを覚えながらイリアは複雑に絡んだ路地裏の道を迷わずに進む。
歩いて行けば進行方向に男が仰向けで寝そべっている。
人が一人ギリギリで通れる細い道だ。男は体を縮め、両足と頭を壁に預ける形で道に収まらない自分の体を無理矢理に押し込めている。
イリアは男の腹の上をジャンプして飛び越える。
強盗ならこの瞬間に足を掴まれる可能性が有るのでポケットに入っている拳銃はしっかり握っておく。
だが、それも杞憂に終わり男を跨ぎ着地をする。そのまま歩き出しても男は襲ってこない。
―――なんだ。死体か
財布でもあさればよかったと後悔したが戻るのも面倒だし、待ち合わせの時間に遅れてまでやることじゃない。
何分、相手は時間にうるさい。
そのままイリアは足を止めずに歩く。そのまま数歩とせず進めばイリアは死体の事など忘れていた。
幾つか角を曲がれば左側に何処かの店の裏口が出てきた。イリアは迷いなく裏口から店内に入る。
扉を開ければイリアの前に三人のお世辞にも上品とは言えない男が待ち構えていた。
全員、一応スーツは着ているがズボンから裾が出ていたり襟元を開けていたりと一見オシャレに思えるが髪が油でベタベタだったり、歯が欠けて居たりするのでだらしがない印象を受ける。
要約すると顔も格好も残念なのだ。
「よう。"今日は天体観測に向いてるかい?"」
「まぁ晴れんじゃないのぉ?"太陽は良く見える"よぉ」
「…"忠実で有ることを厳かに誓おう"」
「All right, friends.要件を聞こうじゃぁない」
両手を上げ敵意が無い事をアピールするとリーダーなのか、真ん中にいる男がニヤリと笑った。
「デヴィッドと云う男を探せ」
「他にはぁ?」
「ローレンスにとって重要な人物だ。昨日から行方不明になっている」
「…それだけぇ?そのデヴィっちゃんってのはボスの孫かぁ何かぁ?」
「そう思うなら調べろ。ローレンスに関係あるデヴィッドとうい男、そいつを見つけ出せ。それが仕事だ」
「ちょっとぉ~いくらなんでも情報が少なすぎなぁい?ローレンスファミリーにデヴィッドって名前の男が何人居るとおもってんのぉ?回りくどいなぁ。知ってること有んなら先に教しえてぇ」
話している男の隣から舌打ちが鳴る。
重要な事を言わない事や他の男の反応から、そのデヴィッドと云う男は面倒な立場に居るのがわかる。
そして、イリアに仕事を頼んでいるこの男達の真意も危うい。
「お友達が多いお前には簡単だろう。裏切者」
「…マフィアの友達が多いのは認めるけど私はぁ特定のファミリーに属した記憶なんてぇ無いんだけどぉ?」
「娼婦くずれのジャンキーが喚くな。この仕事が成功すればお前の大好きな薬がそれこそ死ぬほど飲めるぞ?つべこべ言わずに探してこい。」
ムカつく男だ。
男は言いたい事をだけ言うと背広の内側に手を入れる。その動作は嫌と云うほど知っている。
イリアもポケットから即座に銃を出す。
三対一。奇襲でもしない限り勝ち目は少ない。
それに伏兵の可能性もある。
イリアは背後にある扉にまでじりじりと下がりながら相手の出方を見た。
男は背広の内側に手を入れたままでまだ、抜いていない。
横の二人についても似たような状態だ。
「ここで撃つってぇ事はぁ交渉決裂ぅ?」
完全に不利なのはイリアだ。
交渉に持ち込むべく、会話を試みる。
「一つ、言い忘れていた。デヴィッドはローレンスの構成員って訳じゃない。俺達は仲間を大切にするんでな。」
"俺達はローレンスファミリーだ"男は暗意にそう言っている。
だから察しろ、と。これ以上、詮索するな。
どうやらイリアの探りが気に食わなかった様だ。
「…仕事はぁちゃんとするさぁ」
此方には今、使える手札がない。イリアのひきつった愛想笑いに男は嘲笑で返すと、手を下ろした。
横に控えている男達も戦闘体制を解く。
「前金は食器棚の中だ。三日後にまたこの場所に来い。」
それだけ言うと男達はイリアの横を通って裏口から外に出ていった。
「念のためだ。お前は正面から出ていけ」
最後に扉から出ようとした男がイリアにそう告げ、裏口に鍵をかけた。
店内に残ったのはイリアだけとなった。
まず、その場にしゃがみ込みたいが金が先だ。
元から食器などない食器棚を物色すれば、札束が出てきたので、それをミリタリーコートのポケットに全て突っ込んだ。
―――さて、どうしたもんかねぇ。
万一の為に食器棚と云わず部屋全体を念入りに物色しながらイリアは考えをまとめる。
イリアの経験上、これはかなり面倒な仕事だ。
名前はデヴィッド。男。
ローレンスファミリーにちょっかいをかけたか、他のマフィアを裏切ってローレンスに寝返ったかの2択であると推測される。
―――狙われる理由なんて、そんなもんでしょ。
ここまでは良い。
報復なんて良くある話だ。問題なのはそのデヴィッドが『昨日から行方不明』と云う点だ。
昨日まで雇い主はデヴィッドの居場所を知っていた。
そして、それを公に探せないから何でも屋に依頼したことだ。
これは泳がせていたのか?
それとも逃げられたのか?
三下が上司に自分のミス気付かせないよう隠すため。これが一番、楽なオチだ。
だが、今回そうではない確信がある。
『合言葉が違っていた。』
これは奴等がローレンスファミリーではなくローレンスを装った、別のマフィアかギャングで有ることを示している。
そんな奴等がローレンスを騙り、仕事の依頼をする。
―――ほら、面倒くさい。
そのデヴィッドと云う男が何をした知らないが、イリアは仕事をしてより自分に利益がある方を選ばなくてはならない。
相手の言うことを聞くだけなら、簡単に利用されて殺される世界だ。
この部屋には何もないとわかるとイリアはそのまま正面玄関からスラムの横道に出ていった。
―――まずは、デヴィっちゃんを探すか。
そしてスラムの悪臭を嗅ぎながらイリアは目的の場所に向かう。
セオリーとしては死体が上がって居ないかの確認になるが、それを管理してる奴は今頃、幼馴染みと全力で夕飯を謳歌しているはずだ。
とんぼ返りするのも格好が付かないのでイリア考えられる潜伏先の一つへ向かった。
有難うございます。
恋愛のジャンルに起きながら私の趣味で糖分が少なくなっております。
次こそは次の次こそは…ラブを、イチャコラを!と、思いながら現在に至ります




