新/051/来訪
お待たせしました。
中々時間が取れず執筆作業が遅々として進まないのが現状です。申し訳ありません。
──【浄化の波動】を見た影満は酷く動揺していた。
【聖女】や【聖人】などのtitle保持者のみが持つ強力なability。
アンデッドのlevelが自分の半分以下の場合、問答無用で消滅させるという影満にとって最悪の相性と言って良いabilityだ。しかも能動型だというのに、LPもSPもMPも消費せずに使用可能という馬鹿げた仕様となっている。欠点と言えば、撃破にはならないからexpを獲得できないということだが、影満にとっては意味のない欠点だ。
とはいえ一度も見たこと無いし、警戒したこともない。知識として知っているだけだ。
なぜなら【聖女】や【聖人】など滅多にいるモノではないからだ。
title取得方法は幾つか存在するが、いずれも困難を極める。
つまるところ【浄化の波動】というabilityを保有している者は、極稀な存在だ。
故に驚愕してしまうのも無理はない。
だが何時までも呆けているわけにもいかなかった。
このままでは、引き下がれない。
プライドが許さないということも当然あったが、このままでは敗走と処理され、自分の立場は今以上に悪くなるのが見えている。
襲撃をしかけた以上、こちらに背を向けるという選択肢は、有って無きようなものだ。
影満は覚悟した。
【レギオン・スケルトンの骨杖】が保有する最大の力を使用することを。
現存しているゴーストの数は百五十程度。さっきの【浄化の波動】で四十程度失ったが、百は超えている。条件は十分だ。
一度唾を飲み込む。覚悟はしたが、なるべくならば使用したくはなかった。
だが昼間ならばまだ耐えられる。
影満は腰のポーチから新たに小瓶を取り出した。
【高位鎮静剤】──服用すると精神系の状態異常を99%の確立で解除する。更に、服用からしばらくの間、精神系耐性を五つ押し上げる強力な薬だ。
もっとも、強力な代わりに副作用もキツイ薬だが。
とはいえ、影満はその薬を躊躇わずに嚥下する。
強烈な苦味が口に広がり、思わず吐き出しそうになってしまうのをなんとか堪える。
しだいに口の中から苦味が引いていく。そして頭から余計なモノが一気に消えていき、どんどんクリーンになっていく。
「…………ふう」
余計なモノが消えて落ち着いたところで小さく息を吐き出した。
しばらく深呼吸をして頭の状態を確かめる。
そして問題ないと判断し、禍々しく真っ白な骨の杖に視線を落とし、MPを勢い良く流し込んだ。
「っ!ぐうぅ!!」
MPを流し込み発動をイメージし始めた瞬間、耐性がマックスに届いた筈だというのに、今までと大して変わらない苦痛が、その小さな身体に降りかかった。
これで90%もカットされているというのだから、もしもそのまま使っていたら間違いなく発狂していただろう。
だが影満は耐えた。
「──[レギオン]ッ!!!」
◆◆◆
「──え??」
キョトン、と小さな首を傾げた。
ローブがずれてネズミの耳が露出する。
首を傾げる原因となった腹部の違和感を確かめるため、小さな手で腹部を探る。
湿っている。それから、金属のような固い物が何故か腹部の中心から生えている。
手のひらを持ち上げた。
真っ赤だった。
腹部に目を落とした。
両刃の剣が生えていた。
真っ赤な液体が身体を滑りタイルの地面に流れて行く。
身体を這うようなその感覚が、異常な程不快感を誘った。
ゴポリ、と口から腹部と動揺の赤い液体が溢れ落ちる。
口一杯に鉄の味が広がる。
「…………ああ、刺されてるのか」
あまりに突然だったから気づくのが遅れた。
苦痛に対する耐性がMAXになっている影響もあるかもしれない。
剣が引き抜かれる。
それと同時に激痛が全身を走り抜け、顔を歪めた。耐性が上昇していなかったら、激痛に悶え苦しんでいただろう。
盛大に血が吹き出し、血と共に力が抜けていく。
フラフラと数歩よろめき、膝をつく。カランカランと禍々しい純白の短杖がタイルの地面を転がって行った。
倒れなかったのは、奇跡に近い。
腰のポーチに意識が向かう。【高位回復薬】が入っている。だがそれを飲んでいる暇はないだろう。
「──生きているようですね。虫けらはしぶといのが取り柄とはいえ、酷く不快です」
「えー、それって君が、わざわざ急所を外したからでしょー」
「情報を聞き出す為に、あえて急所を外したのですよ」
「さっきの言葉と矛盾してるような気がするなー」
「何も矛盾していません。虫けらは生きているだけで不快なのです」
「ひっどーい」
緊張感に欠ける会話を繰り広げる襲撃者達に、不快感を催す。
残った気力を総動員することで、なんとか視線を向けることに成功した。
「っ!?」
襲撃者は二人共女だった。それも少女と言っていい。
一人は、長い黒髪をポニーテールに纏めた、スラリと背の高い凛々しい少女。
引き締まったスレンダーな体型だが、出るところは出ている。幾多の女性が憧れ、幾多の男が興奮するような、凛々しく美しい少女だ。
ライダースーツのようなボディーラインが強調される黒い衣服の上に、銀色の鎧を身に付け、右手にロングソード、左手に盾を所持している。
凛々しい姿と合わさって、ヴァルキリーのようだった。
──ただし、瞳には極寒の冷気が宿っているが。
その凛々しい少女の隣にいる少女は、美しいというより可愛らしいと表現すべき美少女だ。
染めているらしい金髪をツインテールに結っている。背は普通だが童顔のせいか少し低く見えた。
青い糸で刺繍の施された白いローブを纏い、右手には銀の細工が施された木の杖が握られている。
凛々しい少女とは対照的な、優しげな微笑みを浮かべるその姿は、まさに聖職者と言えよう。
──ただし、瞳には嘲りの色しか見えないが。
(ヤバイ!!)
耐性の上昇したはずの精神に、ゾワゾワと恐怖が這い上がってくる。
もちろん、腹の傷もヤバイのだが、女達の危険度はレベルが違う。
きっと、目的の為ならば手段など選ばないタイプだ。影満はそう直感する。
だが身体が上手く動かない。
辛うじて呼吸は出きるが、吸って吐いてという簡単な機能ですら激痛を伴う。
逃げるなど不可能だ。
「問います。答えなさい。異論反論は一切認めません」
「この状態で喋れるかなー?」
喋れない、と偽ることはできるが、間違いなく愚策だろう。
喋らなければ、躊躇うことなく拷問に移るはずだ。
プライドは頭の中で抗議するが、生存本能と恐怖心がその抗議を無視し、彼女達に頷くことで了承の意を返す。
「お、素直だねー」
「では質問です──怪物を見ませんでしたか?」
目の前にいる。影満はそう答えそうになった。
当然別の者を指しているのだろう。が、あいにくと心当たりはない。いや、正確ではない。心当たりがあり過ぎて分からない、と言うべきだ。オークだって見方によっては怪物なのだから。
影満は首を振って知らないと伝える。この動作でも、相当の気力が必要だった。
「…………本当ですか?」
「嘘だったらどうしようかー」
嘘では無い。声を出せないが目で必死に訴えた。
訝しげに眉を寄せる長身の女は、ロングソードを倒れ伏す影満の足に向ける。
やることが容易に想像できた。
必死に潤む視線で懇願する。
「…………いいでしょう」
「よかったねー」
「では次の質問です。女神の如き美貌を持った幼い外見の少女を知りませんか?」
「もうねー、ちょー可愛いのー」
女神の如き美貌ということで、即座に脳裏過ったのは、今襲っていた黒髪の少女だ。
一瞬、答えるべきかどうか迷う。
もしも答えて、襲っていたということがばれれば、殺される可能性が高い。
だが嘘をついてもばれる危険性がは高い。すぐそこの校舎の中にいるのだから。
この周辺にいるゴーストを操り学校を襲っておいて、知りません、では通用しないだろう。
いや、そもそも、と影満は疑問を覚える。
何故この少女達は自分を襲ったのか?
中に居る人物を助ける為に襲ったにしては、中に居る最も目立つ少女──つまり彼女達の言う『女神の如き美貌を持った幼い外見の少女』のことを知らないのはおかしい。
自分が襲われた理由が今一分からない。
まあ『ゴーストを操っている怪しい魔法使い』なので、正義感に駆られた奴なら襲撃してきても不思議は無いが、彼女達の瞳からは正義感など欠片も感じない。それどころか、間違いなく悪性を持っていると断言してもいい。まだ影満の方が善性を持っている。
「知らないのですか?まあ、いいですが。その場合は良質のexpになっていただきます」
(っ!?)
その言葉で襲撃された理由がよく分かった。
ただ単に、この少女達は経験値を稼ぎたいだけなのだ。きっと、この質問はあくまでついで。知っていればラッキー。その程度のことなのだ。
なるほど、と影満は納得できた。
levelを上げるならば強者を倒すのが手っ取り早い。
簡単に倒せそうな強者がいれば、襲撃するのも分かる。
ましてやこの【迷宮】内ならば、死は自己責任。
警戒をしていなかった、影満が一方的に悪いと言える。
感情的には憎悪と憤怒を覚えるものの、薬のせいで精神が無理矢理正常化されるので、その怒りも憎しみも長くは続かない。
(………答えて、惨めに懇願するか)
プライド云々は捨てる。そもそもそこまで高くは無い。何時だって命を第一に考えてきた。
もっとも、答えたところで彼女達が影満を見逃す可能性は薄い。
だが、万が一より低くても、答えれば見逃してくれる可能性もある。
惨めな自分を自嘲し、口許が僅かに吊り上る。
「し、しって……る」
血反吐をごぼごぼと口から漏らしながらも、必死に言葉を搾り出す。
「では、何処に居ますか?」
「そ、そ、そのまえ、に……こ、こた、えるから、み、みのがし、て」
「うわー、無様ー」
言われなくても自分の無様さはよく分かっている。
だがそれでも生きたいと思うのは、きっと間違いではない。
こんな思考回路を持っているから、ギルドメンバーからは仲間と認められないのだろうが。
「いいでしょう。質問に答えれば見逃します。もっとも、その傷では長くはないでしょうが」
ふん、と長身の少女が鼻を鳴らす。
止めを刺さず見逃してもどうせ死ぬのだから、expを獲得できると思っているようだ。
間違いではない。このまま放置されれば、影満は死に、彼女はexpを獲得できる。
腰のポーチに【高位回復薬】が無ければ、の話だが。
「何処にいるか知っていますか?」
知っている。が、素直に答えれば自分が襲っていたことが知られる。
どうして探しているか分からないが、下手に言うわけにはいかない。
「し、しらな、い」
ぎゅっ、と眼をつぶる。視線から嘘と読み取られないように、されど隠していると思われないように、恐怖に駆られた必死さを醸し出す。もっとも、本当に怖くて必死なのだけれど。
「………何処で見たのですか?」
「ま、まち」
「どの方角ですか」
「こ、ここから、みなみの、ほう」
「詳細に」
「し、しらないっ!お、おれ、は、み、みかけた、だけ!!」
少女達にこの場にいながらこの言葉の真偽を確かめる術はない。
万が一、建物内から目的の少女が顔を出せば簡単にバレてしまうが、今はまともに動けないはずだ。
それにこの尋問はついでだ。だらだら同じことは聞かないだろう。
「まあいいでしょう」
「どうせ最初から期待してなかったもんねー」
信じたかどうかは不明だが、少女達はあっさりと身を引いた。
何回か死なない程度に斬られるかもしれない、と思っていた影満にしたら少し拍子抜けだった。
「では、緩慢な死をお楽しみください」
「ばーい、ばーい」
それだけ言い残すと、少女達は影満から一切の興味をなくし、遠ざかっていく。
少女達の方を見ずに気配だけで去っていくのを確認した影満は、激痛の走る身体を忘れて深く安堵のため息をもらした。
しかし悠長に構えている場合ではない。
自分の怪我は急所からは外れているものの、出血が酷すぎる。傷を放置すれば死ぬ。
それに少女達は影満が言った南の方ではなく、何故か校舎の方へと向かっていっている。目的の少女がいる場所とは離れているものの、合流すれば影満の嘘が容易にバレる。早く離れなければ。
回復さえすれば少女達にも負けないだろうが、戦う意思はない。
心が折れたわけではなく、単純に情報が足りないからだ。強いとはわかるが、純粋な戦士でない影満には大まかな強さしかわからない。
それに回復薬などのアイテムが残り少ないということもある。これ以上の戦闘は難しい。
さっさとポーションを飲んでしまおう。そう思って痛みを無視し腰のポーチを開ける。
瓶の冷たい感触が小さい手のひらに伝わる。
そしてポーチから取り出そうとした──瞬間、
「っ!?」
背筋に悪寒が走り抜ける。
一瞬少女達が戻ってきたのかと思ったが、この感触は慣れ親しんでいるモノだ。
ポーチに手を入れたまま視線を上げる。
そこに居たのは慣れしたんだ──アンデッド。
だがしかし、想定していたアンデッドとは全く違う。
「な、なん、で………!!??」
目の前に立つアンデッドがニヤリと笑う。実際には悍ましいグチャグチャの顔なので、笑ったかどうか見た目では不明なのだが、慣れている影満にはそれが笑みだと分かった。
アンデッドの骨と皮だけの手には、白骨の短杖──【レギオン・スケルトンの骨杖】が握られていた。
──危険。
影満はガチガチと歯を打ち鳴らす。
さっきの少女達も危険な存在だが、目の前のに比べれば可愛いもの。比較すれば猫と虎くらい違う。
しかしどこから現れたのだろうか?
それを考えて思い当たるのは自分が使った短杖の能力──[レギオン]
アンデットを合体させて強化させる能力がある。途中で長身の少女に刺されたので失敗したと思っていたが、もしかしたら成功していたのかもしれない。
だが、目の前のアンデッドは[レギオン]で生まれる存在ではなかったはずだ。もっとも、あまり使用したことがないので確証はないが。
アンデッドが影満に手を伸ばしてくる。
影満を助けようとしているわけではないのは明白だ。
確かに[レギオン]で生み出したとはいえ、短杖が無ければ操ることができない。
そして操れないということは、間違いなく──
「っ──あぁあああああああああああ!!」
顔を掴まれ、【負の力】が流しこまれる。
死霊系統の魔法を操る影満は、それ系の耐性を有しているものの、直接流し込まれればさすがに耐え切れない。
そして対抗手段は、無い。
先程あれだけ無様を晒した挙句、ここで死ぬことになるなど、悲劇ではなく喜劇の類だ。
仲間達が知れば、腹を押さえながら爆笑するだろう。
影満だって他人事だったら間違いなく笑う。
「があああああああああああああっ!!」
必死に抵抗しようと試みるが、腹の傷で弱っている為、上手く抵抗できない。
死ぬのは嫌だ。
例えみっともなくとも生きたい。
影満は力が抜けていく身体と精神に必死に鞭を叩き込む。残った生きる意思を武器に、生者を嗤う不死の怪物に抵抗する。
ニヤついていたアンデッドの顔が不快そうに歪んだ。
「──無駄ナ努力ヲスル」
聞くだけで怖気の走る声(実際、声には恐怖を与える能力がある)で、影満の抵抗を嘲笑する。
それでもなお、影満は抵抗する。
ガパリとアンデッドの口が開く。
キツイ腐敗臭が漂うが、今は気にしてはいられない。
──何をするのか?
影満には分かる。
だからこそ、その顔に絶望が宿る。
もう無理だろう、と。
普通の状態ならば抵抗するのは容易い。
しかし今はSPもLPも残ってるのが不思議なくらいの極限状態。不可能だ。そんな抵抗に回せるだけの気力は、もう無い。
「し、しにたく、ない……」
その言葉を聞いたアンデッドは、嘲笑を浮かべながら【吸魂】を発動させた。
◆◆◆
「………サテ」
良質な魂を取り込んだことに満足を覚えたアンデッド──死者の魔法使いは死した鼠人の装備を剥ぎ取っていく。
強力な能力を持っているとはいえ、装備的には大したことはない。対して影満の装備は、装飾などは一切無い代わりに実用性を求めた一級品だ。だからリッチは影満の装備を求めた。
個として強いからといって油断するのは愚者。強力なモンスター故の驕りは、リッチには無かった。
影満の装備を全て奪ったリッチは満足気にローブを翻す。
更に光の粒子となって消えた影満の後に残ったアイテムと金拾い、最後に残った宝箱を開ける。
大した物ではなかったが、自分を強化できる物だったことに、口許を吊り上げる。
装備を整えたところで、リッチは校舎の方へと視線を向けた。
「フム」
高位のアンデッドに備わるability【生命感知】によって、校舎内に七人の命の輝きを見てとった。
ゴーストに襲われていた者達は弱っている。しかし嫌な気配がする。聖なる気配だ。
先の二人は強い輝きを有している。とはいえ、苦戦するほど強い感じは伝わらない。
冷静に客観視をして自分が襲撃した際をリッチは想像した。
不安要素は幾つかあるが、今すぐ襲っても十分勝てるだろう。
「…………マダダナ」
だがリッチは頭を振った。
それから忌々しげに太陽を見上げる。
アンデッドであるリッチには【夜型】というデメリット系の能力を保有している。これのせいで、太陽が出ている時間は能力値が三割も減少しているのだ。
だからこそ、リスクは避ける。
夜まで待てば獲物が回復してしまうだろう。が、それでも昼間に襲う際のデメリットは無視できない。
逆に夜ならば、能力をフルに発揮できるだけではなく、むしろ大幅に上昇するといっていい。それに相手はただの人間。夜の活動には大きな支障をきたす。
勝率は限りなく100に近づく。
「クク、楽シミダ」
おぞましい顔を愉快そうに歪めながら、リッチは【レギオン・スケルトンの骨杖】を撫でた。
Q:『あの娘達は影満のドロップアイテム拾う気ないの?』
村人X:「知らなかったんです。彼女達は人を殺したことがあるので、人間からもexpを取得できると知っていますが、ドロップアイテムが出なかったので、影満からも出ないと思っていたようです。
ちなみに、夜月くん達も人を殺していますが、彼等が殺した女の子達は殆ど死にかけだったので1くらいしか取得できていません。それに、モンスターと違ってスマホには表示されないので、気づいていないかもしれません」
Q:『リッチと夜月くんはどっちが強い?』
村人X:「夜月くん。あの子はちょっと強くし過ぎた」
Q:『リッチはどうやって出現したの?』
村人X:「影満の予想通り、[レギオン]で出現しました。基本的にはゴーストを[レギオン]すると、レイスとかジャック・オー・ランタンとかが出てきます」
Q:『今度はいつ更新するの』
村人X:「…………いつか、さ」




