新/050/【聖女】
おや?七海の様子が?
黒ローブ──本名を影満。鼠人族の獣人だ。
彼は獣人による傭兵ギルド【鋼鉄の獅子】のメンバーで、現在はオーク・キングに雇われている。
今回のミッションは迷宮の王により選ばれた六人の調査で、可能ならば排除することだ。
そして影満はキングから借りた兵と街のゴロツキオークを動員し、奴等の拠点を強襲。この強襲は敵を仕留める為ではなく、敵の対応力や戦闘力を図る目的での強襲だ。
結果、突撃させたオークの大半は殺されたものの、敵の大体の戦闘能力は把握できた。
刀を持った赤い着流しの少女と弓を持った少女、それから白い杖を持った絶世の美少女の三人は要警戒だということが分かった。他の三人は正直どうにでもなる。
ジェネラル級の個体でも苦戦は免れないだろう。もちろん勝率はジェネラルの方が高いだろうが、それでも三、四割は敗北の可能性がある。
今回オーク・キングに雇われている獣人達でも、一対三では難しい。
現にジェネラルの大丸とそれに率いられた精鋭部隊が全滅し、援護に行った影満の同輩の弥吉すら倒されたのだ。
その時は、凄まじい強者がいたらしいので、彼女達が倒したわけではないとは思うが。
彼女達を観察した影満は、敵の強さを過小評価せず結論を出す。
──脅威度は中。
決して侮れる相手ではないが、傭兵の獣人達が二人出撃すれば勝率90%、三人出れば勝率は限りなく100に近いだろう。
侮れる相手ではないものの、勝てない相手ではない。油断せずに詰めていけば、犠牲ゼロで終わらせることも可能だ。
そこまで冷静に把握した影満は、ニヤリと笑った。
影満は戦闘が得意ではない。むしろ苦手だ。
彼が単独で挑めば、level差とskill、abilityの差で善戦は出来るだろうが、勝利は難しい。
それなのに影満は殺る気だった。
理由としては、影満のskillと装備におあつらえ向きの素材が二百も転がっているということと、自らの力を証明する為だ。
戦闘が苦手な影満は、強さを重んじる獣人達の中では扱いが低い。ぶっちゃけ、パシリ扱いと言っても過言ではない。
だがしかし、影満は決して能力が低いわけではなかった。
むしろ、死霊魔法に関してはすでに凡人の到達点であるⅦに達している。おそらく、成長の早さからいって、Ⅷ以上になれる素質を備えているだろう天才だ。
それに与えられた仕事は何時だって十分にこなしている。
手放しで絶賛される程の功績はないが、仕事をしっかりと、確実にこなす能力に関しては、今回オーク達の下に派遣されているチームの中では間違いなく一番だろう。
影満は才に恵まれながらも、その才に溺れることなく慎重に行動することで、着実に力をつけている英才だ。
それだというのに、同ギルドのメンバー達は彼をあまり評価しなかった。
【鋼鉄の獅子】に限らず、獣人達は基本的に武人気質な者が多い。
慎重さを臆病と、無謀な蛮勇を勇気だと語る。
豪快で実直。搦め手には否定的。
だからこそ、臆病な程慎重で、搦め手を多用する影満は、評価を受けにくいのだ。
そのふざけた評価を覆すには、確かな実績が必要になる。
堅実な実績ではなく、誰もが無視できないような実績が。
今回の獲物はその条件を、そこそこ満たしている。
まず、迷宮の王に選ばれたこと。もう一つは、今回オーク・キングに雇われたメンバーの中で、白兵戦闘ならば二番の強者である弥吉を倒したことだ。
それを倒したとなれば、確かな実績として残る。
だからこそ、影満は戦うことを選択した。
戦いといっても影満がやるのではなく魔法で出現させたゴースト達だ。
つまり影満に負担は──無いわけではなかった。
【高位魔力回復薬】の影響でまだまだ酩酊感が抜けきらない上に、自身の持つ白骨の短杖の影響が強すぎた。
【レギオン・スケルトンの骨杖】──最強のスケルトンの骨から作ったB++アイテム。
性能や備わる能力を考えればAであってもおかしくないアイテムなのだが、制限の高さに加え、デメリットとしかいえない魔法の力が込められている為に、B止まりのアイテム。俗に言う、A-アイテムだ。
デメリット的な魔法の力とは[死者同調]と[夜狂化]だ。
[死者同調]は自身が使役しているアンデッドとの繋がりを強化する力がある。この力によって、アンデッドをより精密に操作することが可能なのだ──理論上は。
現世に留まるアンデッドは怨念の塊。それと同調するということは、装備者はアンデッドの怨念を直接受けることになる。そのため、怨念をもろに浴びてしまうせいで可能なはずの精密操作は実際には不可能。むしろ怨念の影響が強すぎる為にまともに操作することすらできなくなるのだ。
[夜狂化]は夜にアンデッドを使役すると、アンデッドの能力が大幅に上昇する。
この力も一見有用に見えるが、強化される代わりに狂化されてしまうので、使役するアンデッドが暴走してしまう。
一応、抑え込むこともできなくはないのだけれど、それだけに精神を集中しなくてはならないので、かなり厳しい。
デメリットの強すぎるこの二つだが、一番のデメリットは能力をオフにすることができないということだ。
これらは常駐型で、アンデッドを使役している場合に自動的にMPを吸い上げ能力が発動している。
ハッキリ言えば、強力な力を備えるが使えないアイテム。
比較的安全な昼間といえど[死者同調]の影響は免れないので、常人が使えるものではなかった。
しかし影満はこのアイテムを使えた。
さすがに夜だと限界があるが、昼間ならば二百を使役しても耐えられた。
とはいえ使えるからといって、負担がないわけではない。
死者達の怨念は、今も影満を蝕んでいる。
それにゴーストの弱点をカバーする為とはいえ、使用した魔法の影響で何時もより怨念が強い。
アンデッド系に備わるデメリット系のability:【陽光脆弱】を回避する為、【闇の衣】を使ったが、もう一つのデメリット系ability:【夜型】を補う為に使用した【憎悪】が高くついている。
高い苦痛耐性があるからこそなんとかなっているが、それでも脂汗をダラダラと流すくらい身体に負担がかかっていた。
ならば一気に襲撃して、さっさと終わらせてしまえばいい。
そう思うかもしれないが、それはできない。
何故ならば、使役しているのがゴーストだからだ。
ゴーストに物理的なモノは意味をなさない。
しかし、ゴーストは魔力による攻撃に滅法弱く、第一階級の魔法ですら相当なダメージとなる。
そしてもう一つ魔法の他にダメージを受けてしまうモノがあった。
互いの身体だ。
ゴーストはゴーストに干渉してしまう。互いをすり抜けることはできないし、同格のゴーストならば軽くぶつかるだけでも互いにダメージを受けてしまうのだ。
二百もの数に襲撃を命令するとなると、間違いなく大半が自滅する。
だからといって、怨念が頭を蝕む影響で、精密に指示を出せるのは五、六体が限界だ。他のゴーストは、周囲に浮遊させておくしかできない。
だからこそ、影満は上に追い込むというチマチマとした戦い方をとっていた。
だがこれでいい。
ゴースト達と戦えば、どんどん敵は消耗していく。
イービル・ゴースト達が保有するabilityには【恐怖の波動】の他に、【不気味な声】という敵の精神系耐性を一段下げるabilityが備わっていた。つまり【恐怖の波動】とのコンボによって、精神に重く負担をかけている。
その精神的な負担に、階段を駆け上がる肉体的疲労が加わる。
最上階に追い込んだ時には、もう戦う気力もないだろう。
そうなったら自滅を承知でゴーストを突っ込ませ、殺せるだけ殺す。
殺せなかったら、少々面倒だが自分で殺ればいい。
戦闘が苦手とはいえ、消耗した相手を倒せない程ではない。いや、消耗していない状態でも、善戦できる程度には強いのだ。問題ない。
そう問題は無──
──その時、校舎の一角より、サファイア色の波動が広がった。
◆◆◆
──雛は戦技【抵抗強化】を使った。
M-RESに+30。更に魔法による状態異常に高い耐性を得る。
そしてこの戦技を使用すると、ゴースト達は雛の身体をすり抜けることができなくなった。(高いM-RESを保有する者の身体はすり抜けられない)
これにより、雛は七海の壁となる。
──メメは七海から借りた短剣をゴースト達に向ける。
非常時だということで、短剣もメメに使用を許可した。
短剣自体はゴーストをすり抜けてしまうものの、【吸魔】を発動すると効果が現れた。
【吸魔】を発動すると、ゴースト達は苦痛を感じるようで、短剣が身体に触れると逃げていく。
この短剣を使用することで、メメも雛と一緒に壁となった。
残念だが吉野と鈴火、富川は無視した。
何度もゴースト達に触れられてしまって、土色になった顔で階段の踊り場に倒れている。
ただまだ死んではいないようで、ピクピクと身体が動いていた。
しかし時間の問題だろう。
急がなくてはならない。
例えゴーストを退治できたとしても、三人が死んでしまえばイベントの[制限]で七海達は死ぬ。
だから急がなくてはならない──のだが、
「こ、これはどうすればいいんだ!?」
【不思議な宝箱・上】を開いて出てきたのは、小さなクリスタルだった。飴玉程の小さな球体で、美しく澄みきっている。
幾つものクリスタルを見てきたお嬢様の目が、普通のクリスタルではないと言っていた。が、それがどうした。
「な、七海先輩!!」
「神様、どうにか!」
「姫!!」
七海の盾となっている二人と一振りはもう限界に近かった。
だから七海がなんとかしなくてはならない。
でもそれでも、どうしたらいいのか皆目検討がつかなかった。
クリスタルを【Dictionary】で撮影してもデータがでないし、武器や装飾品でもないから装備もできない。唯一名前だけは【女神の涙】ということがわかった。
詳細が分からない以上、試してみるしかないとMPを込めてみたが反応せず、試しにゴーストに近づけて見ても反応しなかった。
つまるところ、現状では全く意味の無いアイテムである。
ならば切り替えて魔法を、と思ったのだが、それで解決しないから七海の【幸運】に頼ったのだ。なんとかしなくてならない。
だから時間を貰った。
なんとかするために。
グレードは下がるが、もう一つある宝箱を開けてみた。
出てきたのは【慈愛の長靴】という脚部にかかる負担を激減し、履いているだけでSPの回復速度を少し上昇させるという有用なアイテム。だが、この場ではなんにも役に立たないモノだ。
絶対絶命。
それでも死にたくないから、必死に知恵を絞った。
「ぐうぅぅっ!!」
「っ!!雛!」
七海の盾になっていた雛が苦悶の表情を浮かべて膝をついた。
身体をすり抜けられないといっても、ダメージは通る。
何度も何度も触れ続けたせいで、雛のSPとLPは危険水準に達していた。
そしてそれはメメも同じ。
剣で斬り損ねた相手に触れられ、立っているのがやっとと言える状態に追い込まれている。
短剣もゴーストに触れ続けた影響で、刀身に皹が入っていた。すでにあの甲高い声も上げなくなっている。
「ぅぅっ!」
目尻に涙が溢れる。
弱い心が押し潰されてしまいそうになるのを、必死に保つ。
その時──
「ひ──ああああああああああああああああっ!!!」
限界に達した雛とメメを突破してきたゴーストの一体が、七海に触れた。
一気に体力がなくなっていき、同時に生命力も削られる。
杖を支えになんとか転倒だけは免れたが、それでも立っているのすら辛かった。
「ま、[マジックシールド]っ!」
ヘロヘロな言葉でなんとか杖の魔法を唱えた。
襲い来るゴーストの前に、サファイア色の盾が出現。なんとか二度目の攻撃は防いだ。
しかしシールドは一度に結構削られてしまい、後一回体当たりされれば消えかねない。
「………夜月」
膝をつくと弱音が漏れた。
愛しい人の名前を呟くと、どんどんと涙が溢れ出てくる。
「死にたくな──」
──瞬間、小さな手で握りしめていた小さなクリスタルが突然輝き始めた。
◆◆◆
《【女神の涙】の適合を確認
title:【聖女】が贈られます。
title:【聖女】の獲得に伴い、以下のプレゼントが贈られます。
30BP
1G
ability:【浄化の波動】
ability:【聖魔力】
【活力の右手】
【癒しの左手】》
◆◆◆
暖かい。
春の陽射しのように、心地よい暖かさだ。
そんな暖かさが胸から溢れでてくる。
さっきまで死の冷気が魂まで凍りつかせようとしていたというのに。
胸から溢れる命の暖かさは、死の冷気を問答無用で吹き飛ばし、身体に活力を戻してくれた。
絶望しか感じることができなかったさっきまでとは違う。
今はサファイアの光が心の闇を照らし、希望となって力をくれる。
「──っ!──なっ!──雛!!」
「っ!!」
声が聞こえる。
可愛らしい声だ。聞いていて思わず笑みが溢れるような声だ。
そしてなにより、どうしても護りたいと思わせる不思議な声だ。
私はその声を聞いて、身体に力を入れた。
重い。だが動くこともできなかったさっきとは違う。
まず、重く固く閉ざされた瞼を必死に持ち上げる。
その先に居たのは、やはり涙目の少女だ。
美しい。可愛い。抱き締めたい。護ってあげたい。
私は震える手をなんとか持ち上げて、少女の目尻に溜まった涙を拭う。
「ひなあぁぁああああああっ!!」
その伸ばした手を痛い程握りしめる彼女に、私は苦笑した。
「……相変わらず………泣き虫さんッスね」
◆◆◆
聖なる力を宿したサファイアの波動が、空間を埋め尽くす。
その波動に触れた邪悪なるゴーストは一瞬にして消滅していった。
消滅していくゴースト達はさっきまでの生者を憎み、恨み、呪うような邪悪な笑みではなく、爽やかな風に吹かれたような心地良さそうな笑みだった。
もっとも、その波動を放った本人はその光景を見てはいない。
ゴースト達が消えても踞ったまま泣いていた。
数分が経過して、ゴーストが来ないことにようやく気づき顔を上げる。
おそるおそる周囲を見回す。
ゴースト達は一体もいなかった。
首を捻る七海だが、居ないとわかれば好都合。
気を失っている雛とメメをか細い腕で頑張って並べる。持ち上げて運ぶのは難しかったので、引きずってしまったのはしょうがないだろう。
二人のスマホを取り出して確認すると二人共SPは0だった。
ただLPはまだなんとか残っていた。
とはいえかなり危険な状態なのは変わらない。
どうしようとわたわた慌てる。
一分くらい混乱した後、とりあえず【高位回復薬】を飲ませようと自分のスマホを取り出した。
「なっ!?」
そこで七海はようやくどうしてゴーストが居なくなったのかを理解した。
「【聖女】……」
【女神の涙】という例クリスタルに適合したらしく、七海はtitle:【聖女】を手に入れていた。
それと同時に取得したability:【浄化の波動】によって、どうやら撃退したらしい。
呆けるのもそこそこ【高位回復薬】を取りだし、title取得時に手に入ったアイテムをstorageから装備した。
【活力の右手】──純白の生地に金糸で刺繍を施した二の腕まである長手袋。装備者がこの手袋で触れた対象に自身のMPを流しこむことで、SPを回復させる。
【癒しの左手】──純白の生地に銀糸で刺繍を施した二の腕まである長手袋。装備者がこの手袋で触れた対象に自身のMPを流しこむことで、LPを回復させる。
小さな手にフィットした美しい手袋が、両腕を優しく包む。
一回、二回と手を開いたり閉じたりして動作を確認する。阻害されている感じはなく、素手の状態と殆ど変わらない。
この手袋の効果が本当ならば、【高位回復薬】抜きでも雛とメメを回復させることができる。
とはいえSPとLPを両方回復させるとさすがにMPがもたないので、手袋でSPを回復させることにして、LPを【高位回復薬】で回復させることにした。
七海は雛の胸に右手を当てる。
そして杖を扱う時同様に手袋へとMPを流しこんだ。
サファイアの光が金糸の刺繍を伝わり雛へと流れ込んでいく。
手袋越しに弱々しい心音を感じて、七海は涙が溢れ落ちた。
「すん……こんなに、ぼくを」
こんな状態になるまで自分を護ってくれた。その事実が、感謝と罪悪感になって彼女の胸中に押し寄せたのだ。
「雛!雛!雛!!」
か細い声で力一杯叫ぶ。
涙が視界を歪ませる。
鼻水をすすり、左手で何度も涙を拭う。
すると──
「っ!」
雛の指が七海の目尻にたまった涙を拭った。
七海は雛が伸ばした手を、力一杯握りしめ叫んだ。
「ひなあぁぁああああああっ!!」
その叫びを聞いた雛は、弱々しく苦笑した。
「……相変わらず………泣き虫さんッスね」
Q:『一度にゴーストを二百体呼び出さずに小出しに呼び出せば良かったんじゃ?』
影満:「……まとめた方が、コストがかからない」
Q:『【女神の涙】?』
村人X:「本来は高位の素材アイテムです。ただし、極々稀に適合することで【聖女】のtitleを取得できるのです」
Q:『【浄化の波動】は常駐型?』
村人X:「いいえ、能動型です。七海ちゃんは無意識にこれを発動させただけです」




