新/047/豪雨
水──
「──っ!!??」
息が出来ない。
身体が上手く動かない。
ここは水の中。
川?湖?池?沼?海?
いや、考えている場合では無い。
自分で水中に潜ったのならともかく、俺は突然に訳も分からず水の中にいるのだ。
当然息は続かない。
まずは足をつけ──って、浅!
もがく必要も体勢を整える必要も無く、普通に足も手も地に着いた。
少し羞恥心が出てくるのだが、今はそんな事を気にしている暇は無い。
早く水面へと顔を出す。
顔を上げればすぐに空気が──
「──っがほ!!?」
大気中に顔が出たと思って大きく息を吸い込もうと口を開けば、口内に入り込んできたのは真上から襲い来る水の散弾。
空気と思ったら大量の水が気管に押し入り、望まぬ水に身体が拒絶して一気にむせてしまう。
とはいえ顔を伏せれば再び水の中。立ち上がらなければ。
苦痛を咳と共に訴える呼吸器を無視し、四肢に力を込めて立ち上がる。
今気づいたが、ここは川でも湖でも池でも沼でも海でも無い。地面がしっかり舗装されている。水嵩からして子供用のプールか、露天風呂だと思われるが、ちょっと広すぎる。
ふんだんに水分を含んでしまった衣服のせいで、重くなった身体を持ち上げる。膝まである水のせいで、やや不安定ながらもしっかりと立ち上がった。
肌に密着する服や髪の感触が酷く気持ち悪い。
呼吸を整えようとしても、目を開いて視界を確保しようとしても、激しく降り続ける豪雨のせいで、満足に口も目も開く事ができない。
立ち上がっても水の中と言っていいのではないかと思われる程の、凄まじい豪雨。
それこそ「ザーザー」という表現が生温く感じる程の雨。あえて表現するならば「豪ッ!」か「轟っ!」だろうか?
目を袖で拭って、ハーフコートのフードを被り直す。
呼吸の度に水分が浸入してくるので、立てた襟に口と鼻を隠した。
混乱しかける頭をゆっくりと呼吸してなんとか落ち着かせる。メメと性交を行って、一度クールダウンをしていなかったら無理だったかもしれない。
十秒程かけて頭を落ち着けた俺は、とにかく周囲の確認をしようと──
「っ!」
──少し無理な動作で半身をずらす。
一瞬前まで自らの胸部があった空間を、ピンク色の何かが超高速で通過していく。
どうやら、俺に現状を把握させるだけの時間は与えられないらしい。
◆◆◆
神崎夜月の規格外のスペックをもってしても、凄まじい豪雨と、膝までつかる水は、非常に厳しいと言わざるえない。
水の抵抗によって速度を大幅に殺されるだけではなく、武術に必須な足運びすらまともに行う事ができないのだ。
そのように動作に大きな支障をきたすが、更に問題なのは五感だ。
天を覆い太陽を隠す暗雲によって不気味に薄暗く、激しく打ちつけられる雨は視界を狭め、水滴は眼球を常時狙ってくる。フードがなければ目を開け続ける事すら困難だっただろう。いや、フードが合っても開く事が出来る瞼は僅かだ。
視界も最悪だが最も最悪なのは聴覚だ。
身体、水面、その他金属等の様々な場所に激しく落ちる雨粒は、空間を雑音で溢れさせ、まともな音を全く拾う事ができない。
つまり現在、運動能力や感覚器官に重すぎる制限をかけられている状態なのだ。
だから──
「ゲロッ!」
「ちっ!!」
──夜月は反撃に未だ移れなかった。
鳴き声で察しはつくだろう。
目の前に居るのは蛙だ。緑色で頭がやや三角。テカテカした外見で、目が浮かび出ている。おおよそ日本人が想像するだろう外見だ。
ただ一点、サイズだけは規格が違い過ぎるが──
(デカすぎ!!)
多分夜月の腰元までは優にあるサイズ。
なまじ外見が想像通りの蛙なので、違和感がありすぎる。
その巨大蛙は、七海程度ならばスッポリと収まりそうな巨大な口を開いて、ぬらぬらした粘液を纏ったピンク色の舌を夜月に対して打ち出していた。
(早っ!)
そう早い。
弾丸、とまではいかないだろうが、それに準じた速度だ。
更に言えば身体同様舌のサイズも大きく、特に尖端はボウリングの玉のように大きく丸くなっている。当たったら相当なダメージを覚悟せねばならないだろう。
世界王者のボクサーですら余裕で超えてくるその舌を、夜月は最小限の動きでかわしていく。見切っているから最小限でかわしているのでは無い。大きく動けばその分水の抵抗を受けてしまうので、最小限の動きでかわす必要があるのだ。
頭を狙われた攻撃を、重心をコントロールして身体を傾け寸前でかわす。
巨大蛙の舌は、通過したと思ったら打ち出された時の速度とほぼ同じ速度で口へと戻っていく。
そして一秒と空けずに再び超高速の舌が襲ってくるのだ。
両者の距離は三メートル半。
ダガーの投擲ならば十分射程範囲だが、先手を取られて以降、舌の連撃が止まず、投擲フォームに移れない。漫画の忍者ではないのだから、体勢の整わない状態で投げても威力も制御も不十分。MPの無駄になる可能性が高い。
(ちっ!)
舌は早いが夜月が対応できない速度では無い。
紙一重でかわしながら前進する事は、そこまで難しくはないのだ──下が水じゃなければ、の話だが。
【血色の羽を持つ長靴】に込められる魔法の一つ[空歩]を使えば形勢は一瞬で逆転し、瞬殺できる自信はある。
だが絶え間無く襲い来るピンク色の舌は、水の上まで浮かぶだけの隙を与えてはくれない。
それに迂闊に足を浮かせる訳にもいかない。
現在夜月は摺り足で動いている。
理由は水が汚いせいで地面が見えず、何が下にあるか分からないからだ。もしも下手なモノを踏みつけてバランスを崩せば、それだけで舌の餌食となるだろう。
環境が厳しい現在、夜月は苦戦を強いられていた──
──が、まだまだ夜月が負けるレベルではない。
一センチ以下の距離を舌が通過していく中、夜月はようやく慣れてきた。
舌の攻撃ではなく、この環境に。
「──ふう」
立てた襟に隠した口から短く息を吐き出し、腰を落として短刀の柄に手をかける。
加速した思考は巨大蛙の舌の動きを正確に捉える。
超高速で口から飛び出すピンクの舌。狙いは鳩尾で正確だ。
しかし軌道は十分に見える。問題無い。
「疾ッ──」
身体をずらした夜月の僅か数ミリの距離を掠めていくピンクの舌。
通過後、舌の先端はそのまま一メートル程後ろまで伸びていく。
その舌が引き戻される刹那の停止を狙い、短刀が豪雨の世界に漆黒の閃を刻む。
先端から一メートル程が綺麗に切断され、舌の先端がボトリと背後に落ちて水飛沫を上げた。
切断された巨大蛙の舌からは、紫色の体液がたくさん撒き散らされて、水を汚していく。
(血?毒?)
多分血だと思うが、毒である可能性を考え目に入らないように注意する。
耐性は高いが目に入れたくは無い。
蛙が切断された舌を口に戻したのを確認し、夜月は一度蛙に視線を送って観察する。
巨大蛙は痛みをあまり感じないのか、切られた舌を戻しても結構平然としていた。
とはいえ攻撃は完全に止んだ。
ようやく反撃に移れる。
夜月は[空歩]を使うために水面へと跳び上がろうとした──瞬間、
「いっ!」
上に跳ぼうとしていた脚力を、全力で横っ飛びに変換する。
──ドバァァァァン!!!
今まで居た場所の真後ろで、地に満たされる大量の水が高々と舞い上がり、斜め上に向かう水柱となった。
突進。
舌を切断されたと分かった巨大蛙は、跳躍に特化しているだろう後ろ足に力を込めて、今まで操っていた舌とほとんど変わらない速度で突進してきたのだ。
([大怨の蠱毒]を使っておくべきだった……)
失態だった。[大怨の蠱毒]を使っていれば、舌を切断した時点で相手にバッドステータスを与えられただろう。そうすれば、動きを止められたかもしれない。
とはいえこれは夜月を責められる事ではない。
夜月は高い戦闘能力と多く経験を積んでいるが、それはあくまで旧世界でのモノ。つまり魔法もabilityも無い世界の経験だ。
なまじ多くの経験を積んでいる為、染み着いてしまった旧世界の感覚が、未だ新世界の感覚に追い付いていない。
夜月は今まで良く対応している方だが、こういったミスはどうしても出てしまうのだ。
立ち上がる水柱は横に跳んだ夜月に容赦無く襲いかかり、視覚を封じる。通常ならばセンサーを切り換えればいいのだが、豪雨のせいで聴覚はまともに機能しない。
(っ──[空歩]!!)
ブーツにMPを込めて、足の裏に足場を生成。
更に[飛翔]も発動し、一気に上空十メートル近くまで上昇した。
上昇した事でようやく水飛沫がおさまってきた視界の中では、緑色の巨大蛙が突進の反動で動きを止めていた。あの速度から急停止だから、肉体への反動は大きいのだろう。
その隙を逃す夜月では無い。
[空歩]を使って蛙へと一気に接近していく。
足場がしっかりしていれば、遅れを取る相手では無い。
巨大蛙へと半ば落ちる様に勢い良く突撃する。
その途中、重心を操作し身体を宙で前転。足を伸ばして勢いの全てを踵に集約。
「──破ッ!」
ブヨブヨとした巨大蛙の背中に必殺の宙返り踵落としが炸裂した。
完全に力を制御する事で必殺の剛槍となった踵は、巨大蛙の身体を潰し貫く。
地面にまで到達した威力は、クレーターを当たり前の様に造り、周囲の水は真円のお椀状に形を変えた。
必然──巨大蛙のLPは、一瞬で0になった。
◆◆◆
再び水の中に着地した俺は、光になって消えていく巨大蛙を見ながらも、臨戦態勢を解くことができない。
まともに五感が機能しない為に、気配の察知にいつも以上の神経を使わざる得ないからだ。
正直、消費される精神的消耗は、無視できるようなモノじゃない。
早々に落ち着ける場所を見つけなくては、いくら身体能力が異常に上がっても、不覚を取る可能性が高過ぎる。
俺はとにかく蛙が落とした二つの袋を拾い上げ、内部を確認する。
性交を行う前に、メメの持っていた豚肉を全て廃棄しstorageを整理した為、幾らか余裕はあるものの、要らない物、というか食材ならば捨てる。
豪雨に打たれながら、中々大きくて重い袋を少し開け、中を確かめる。
中に入っていたのは舌だ。あの蛙の先端の球状部分。ピンク色でヌメヌメしている。
……………何に使えと?気色悪い。
不要かどうか全く分からない。【Dictionary】で調べたいが、後だな。今は手早くしまってしまおう。
そう思って内ポケットからスマホを取り出す。
《ボクサー・フロッグlevel34撃破!!
exp:108
bonus:【大物撃破(無傷・単独)+200%】【先駆者+10%】
total-exp:335》
………拳士なのだろうか?
いやまあいいや、とにかくしまおう。
それにしても今回はlevelが20も離れてるのに、宝箱が出なかったな。まあ気にする程じゃないか。
素早くstorageへと収納する。いくらコートで庇を作って、本体が防水仕様だとしても、この豪雨の中でそう長く耐えられるとは思えない。一度水に浸けてるし。
storageにアイテムを収納し、金もしまう。
……【打拳蛙の舌肉】と出てたのは気にしないでおこう。今更出して捨てるのも面倒だし。後、金は5Sだ。levelは高い癖に金は少なかった。
ポケットにスマホを収納した後、場所が特定できそうな物を探す。
まずは周囲から。
正直、こちらはあまり意識したくない情報が戦闘中に入ってきている。
ここはプールでも露天風呂でも無い。ましてや川でも湖でも池でも沼でも海でも無い。
僅かに残っている疑いで、俺はもう一度辺りを見回す。視界は悪いが十分に確認できた。
自転車、自動二輪、自動車、街灯、電信柱、ガードレール、街路樹、道路標識………。
── 街中だ。
俺はそこそこ広い道路の真ん中にいるらしい。
下が舗装されているのは当たり前だ、道路なのだから。
豪雨で川でも氾濫したのか、それとも豪雨だけでこうなったのか知らないが、あたり一帯は水で溢れている。
しかし何処だ、ここは?
東京都では無い筈。
今朝の天気は間違いなく快晴。
膝まで浸水する程の豪雨が東京で起こっていたら、俺が居た世田谷区もただではすむまい。
関東かどうかも怪し──
「──まてまてまて………嘘だろ」
場所が特定出来そうな物を探して辺りを見回していた時、視界に映った建物があまりに信じられず、バシャバシャと水を掻き分け急いで近づいていく。
だが映し出されるその建物が変わる事は無く、近づいていく度にその緑色の屋根が記憶と合致していった。
俺もナナも全く興味はなかったが、名家としての付き合いで何度か足を運んだ事がある、日本の国技が行われる神聖な闘技場──
「──国技館……?」
……………冗談だろ?
国技館があるという事はつまり、ここは東京都墨田区の両国という事になる。
馬鹿な。
十分前まで東京都の上空に広がっていたのは青空だった筈だ。
墨田区と世田谷区は隣合っている訳じゃないが、それでも同じ東京23区内だぞ。
目を開けば水が瞬時に飛び込んでくるような豪雨の空と、立っているだけで熱波と日光に滅入る青空が、東京23区という狭い地域に同居してるってか?
あり得ない。
「……………落ち着け」
混乱しかける頭。それを落ち着ける為にフードを無造作に取って豪雨に晒す。
冷えていく頭を確認した後、もう一度フードを被り直した。
今度は目を瞑ってゆっくり呼吸を整え、気の流れを整える。
「考えるな。どうせ分からん」
声に出してこの状況に結論をつける。
俺は学者でもなんでもない。単純な学力ならナナより下なのだ。天候についてなど最低限しか知識を持たない。
ならば深く考えても解答が出てくる訳じゃ無い。
とにかく、今はナナへ連絡を取ろう。あいつは無事だといいが……。
豪雨を凌ぐ為に、国技館の正面にある切符売り場の屋根の下に入る。
不幸中の幸いで、この雨は激しすぎるが風は特に無く、上に屋根があれば大半の雨は凌ぐ事ができた。もっとも、雨粒が激しく水面を打つので、飛び跳ねる飛沫は防げない。
周囲を最大限警戒しながらチャックを下ろし、内ポケットから再びスマホを取り出す。
ナナ達からのmailは来ていないようだ。
もしかしたら俺が不在だとまだ気づいていないのかもしれない。
RPGのダンジョンとかに出てくる転移トラップなんて、早々分からないだろうしな。
つーか、トラップなのか?作為的な気がするんだが………。まあいい、今のところ情報不足だ。頭の隅に留めて置くだけにしておこう。
そういえば、メメは気づいているだろうか?
俺の記憶の最後にあるアイツの姿は、投げ渡した下着を着用して、箱に入ろうと俺に背を向けている。もしかしたら気づいていないかもしれない。何か言おうと振り返ろうとしていた気はするが。
まあこちらから連絡すれば気づくだろう。
まずはナナに送って、次にシャーネかな?アイツには引き続き頑張ってもらう。
ただシャーネが引き続き護衛をするという事は、ナナ達に言わない方が良い。
アイツが後ろに居ると分かれば、少々問題があるからだ。
問題とは、油断してしまうということだ。
シャーネという絶対者が護っていると分かれば、どうしても油断してしまう。それは、俺でも同じだ。
この場に転移する前、俺は完全に油断していた。シャーネが居るからナナ達は大丈夫だと。
その結果がこれだ。必要な処置だったとはいえ、ナナと合流せずにメメと性交を行ってしまった。合流した後でも十分可能だったというのに。
だからシャーネについては知られない方がいいだろう。シャーネにmailして立ち去る素振りでもさせるか。………何を要求されるか分からんが、背に腹は変えられん。
とにかく最初にナナを安心させるmailを送って──
──ブー、ブー、ブー、ブー………。
【Friend】のアイコンをタッチしようとした瞬間、スマホが微震しだした。
どうやらmailが送られてきたようで、俺は少し安堵する。
◆◆◆
《西園寺七海/夜月へ
夜月、お前の事だから無事なのだろうが、大丈夫か?
ぼくらは「大丈夫だよ、心配しないで」とかの強がりを、残念ながら言えない状況だ。
お前が居なくなった不安がとっても大きい。物凄く怖い。
ただ現状強がりを言えない原因が他にもある。明らかにおかしいeventに巻き込まれたんだ。
このeventはかなり厳しい。ぼくらだけでクリア出来る可能性がとても低い。
毎度ながら主人として恥ずかしいが、お前にすがり付くしかない。
だが、お前も大変な状況だというのは分かってる。だから、出来ればでかまわない。お前は自分の安全を優先してかまわない。
だけどせめて、連絡をくれ。お前の無事を知りたい》
《シャーネ・ドレイク/夜月、愛してる
ああ、夜月──……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
追伸・残念ながら妾は活動制限のせいで一旦離れなくてはならなくなった。
最後にお義母様へ妾達の婚約を伝えに行く。そのついでに現状の報告もしておいてやろう》
◆◆◆
………シャーネよ、中身の無い文章を長々と書くのは止めろ。
というか、追伸の内容を追伸にするな。これを本文にしろ。婚約云々は無視する。
いやそれよりも、これはいよいよ笑えなくなってきたな。
ナナの他にもメメと雛からmailが届いている。そこには巻き込まれたeventの詳細が書いており、相当厳しいモノだと判断せざるえない。俺が居ても厳しいと言えるだろう。
その上、シャーネが離れてしまうとなれば……。
オーク程度ならば雛が一緒にいるので、遅れをとる事は無いだろうが、eventの方はヤバイ。
早く戻らないと、ナナが危険だ。
──その時、俺は自分の鼓動が僅かに早い事に気づいた。
……………不味いな、焦ってる。感情が逸っている。さっき落ち着けたばかりだと言うのに、こんなに早く乱れてくるとは、我ながら情けない。
俺は心を落ち着ける為に、数秒目を閉じ余計な事を頭から排除して、心を沈めていく。
ゆっくりと息を吐き、閉じていた目をゆっくりと開く。
大体落ち着いた。
とりあえず、直ぐには戻れないとナナにmailを送る。
mailを書いて送った後、内ポケットにスマホをしまい直し壁に寄りかかる。
さて、今後を考えるとしよう。
最も早く戻る方法は、飛行だ。
【黒翼】と飛行skillがあるのだから、空を飛ぶ事はおそらく可能だと思われる。
だが今まで自力で飛行した事なんて一度も無い。それにこの悪天候の中を飛べるかどうかも分からん。
臆している場合では無いが、飛行型のモンスターとかに出会ったら間違いなく撃墜される。
上昇した【Status】の関係で、三、四十メートルならば飛び降りても着地出来るだろうが、撃墜されれば話は別だ。まあ、【血色の羽を持つ長靴】があるから、なんとかなるかもしれないが。
この豪雨は極端な局地に降っている、と推測される。
ならばこの豪雨地帯はすぐに抜けられる筈、と思われる。
快晴、とまでいかずとも、小雨くらいならば飛行を試してもいい。
幸いなことに、この国技館のすぐ前にある隅田川を渡れば、そこはもう台東区だ。つまり別のareaということになる。
旧世界の感覚で言ったら向こうも側も当然豪雨で水浸しなのだろうが、もしかしたらareaが違えば雨は止んでいるかもしれない。
俺は隅田川の方へと視線を向ける。
良好とはお世辞にも言えないが、この黒と金の眼球は、水滴さえ眼球内に入り込まなければ、そこそこ見渡す事はでき──
「………なんでやねん」
── 思わず関西弁になった俺を誰が責められよう。
高速道路の先にある隅田川には、暗雲が壁のように天から降りていた。
「……………………」
絶句してしまう。
俺が見た感じ、空を覆う暗雲が隅田川上空付近で真下に折れ曲がり、壁となって反対側との接続を阻んでいる。
到底信じられる光景では無いが、目の前に広がっている以上、受け入れなくては進めない。
とはいえ、その為にたっぷり一分使うことになったが。
「雲の壁……越えられるのか?」
受け入れた?後に頭に浮かんだのは当然の疑問である「あの雲の壁は、果たして抜ける事が出来るのか?」というモノだ。
嫌な予感しかしない。
まさか墨田区全体が雲に包まれて無いだろうな……。
Q:『【蠱毒の鉄血刀】は[大怨の蠱毒]とか中々強力なのに、Bなんですね』
シャーネ:「制限が厳しいからな。それに、ちょっと特殊だが短刀に使われている素材は鉄なのだよ」
Q:『ボクサー・フロッグはlevel34なのに、なんで宝箱を落とさないんですか?』
村人X:「墨田区のarea-rankに適正なlevelとrankのモンスターだからです。
area-rankFの世田谷区に出現するモンスターは、基本的にlevel20以下でrankF以下。高くてもlevel30未満でrankE以下のモンスターです。それらのモンスターならば、levelが離れていても宝箱は落としません。
それ以上になってくると、area-rankに不適正な強者と判断されて宝箱を落とすのです。
ちなみに、夜月くん達は結構エンカウントしてますけど、普通は滅多に会うモノではありません。
あ、最初に来たレッサー・ヴァンパイアのrankはDですが、levelは低いので適正なのです」




