新/035/取引
ちょっとした設定の変更点があったりしますが、気づいた人も、気づかなかった人も、気にしないでください。
『ブモオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ~!!!』
『ブモォ♪』
『ブオッ!!』
ドンドンッ、ガヤガヤ、ブヒブヒと、図書館からはそれなりに離れている筈の校庭からオーク達のお祭り騒ぎが煩く夜の闇に響く。
窓から僅かに見える校庭の端にオレンジ色の光が見える事から、キャンプファイアー的な事をしているのだろう。
その様子に顔をひきつらせながら、ぼくの中でイライラが加速的に増していく。
煩い。ここまで響くドンチャン騒ぎに、今日の出来事で疲労したぼくらに過剰なストレスを与えてくる。
時折人間の悲鳴も聞こえてくるので、おそらくは食料にしているか、性欲の発散に使っているか、その両方か、だろう。その同族の悲鳴が、これまたぼくの心を掻き回す。やはり慣れるものじゃ無い。
雛なんてあの獣人と殺り合ったせいで、体力的にも精神的にも疲労はピーク。しかし、この騒ぎのせいで休めもしない。可哀想だ。
今すぐ魔法をぶちこんでやりたいが、残念ながら敵はぼくの耳でも分かるぐらい多い。
夜月も雛も戦えない状況では、返り討ちにあって繁殖用にされるのが落ちだ。
一人では結局何も出来ない。
その事実がぼくの心を更に刺激する。
考えるな、と思うと逆に考えてしまう人間の性。
更に言うと、夜月が傍にいても【箱】の中に入っていて視界に写らない事もまた、ぼくの不安を煽る要素だ。
雛も夜月も大変なのに、傷一つ負っていないぼくがこの様とは。
ため息が漏れそうになるのを必死で抑え付け、ぼくは膝を抱えてソファに倒れる。
雛は騒ぎのせいで寝てはいないが、疲労がピークに達しているせいでかなりぼんやりとしている。
だからせめてぼくが起きている必要がある。
もっとも、気配を探る事の出来ないぼくが起きていて、一体どれくらい役に立つのかは不明だが。
「……あ」
そういえば忘れていた。
ここは確か魔法屋だった。
【Shop】には図書館=魔法屋と書かれている。
一応魔法使いであるぼくの好奇心を刺激してきた。
ここは職員用のスペースなので図書館にはカウントされないようだ。
だからshop-areaには入っていない。多分一階降りればareaに入るはず。
とはいえ今行く訳にはいかないんだよな。
夜月は寝てるし、雛はぼーっとしてるし…。
気配を探れないぼくが起きていても焼け石に水なのだろうが、それでも寝る訳には──
「──ナナ、雛、寝ていいぞ」
「うわっ!!」
いつの間にか夜月が隣に立っていた。
思わず叫びながらソファからずり落ちる。幸い床はカーペットだったので、そこまで痛くなかったが。
何時も思うんだが気配を消すのどうにかならないのかよ。
「…………先輩」
雛が眠そうで、疲労を色濃く顔に出した状態で、ゆっくり顔を上げる。
「寝ろよ」
「む、無理。煩いし、気配が………」
「ああ」
小さく呟く夜月は窓に寄り、オレンジ色の光が漏れる校庭を見た。
雛や夜月が言うには、音よりも気配、時折殺気等が混ざって鬱陶しいらしい。
ぼくには分からないが、夜月や雛には分かるみたいだ。
「敏感すぎるとこういう状況では寝られないよな」
確かに。気配は分からないけど、感覚が敏感な時は眠くても寝られないものだ。
「夜月は寝られるのか?」
「俺は問題ない。割り切れる」
うん。気にしない奴だよな、お前。
「それより傷は?」
「全快じゃ無いけど、動きに支障は無いくらい回復した」
早すぎ。ヤバすぎ。
だがぼくは見慣れているからそこまで驚かない。こいつ骨折とか一日で繋がって、二日で完治するからな。ハーフコートの能力が合わされば、すでに支障が無いくらい回復していてもおかしくない。まだ五時間くらいだけど。
「それにもうSPは回復したしな。つーわけで、雛お前入っていろ。気配はともかく、音は大分ましだ」
「いいんスか?」
「ああ」
「ありがたく使わせて貰うッス」
力無く頷く雛は遠慮とかセクハラ発言とかする余裕も無いようだ。
調子が狂うな。何時もは何時もで面倒だが、さすがにこれは無い。
雛はフラフラと【箱】に入り、一回こちらにペコリと頭を下げて中に入り込んだ。
それを見送った後に、夜月はソファに座り。ぼくは夜月に膝枕をしてもらう。
夜月のボロボロだった衣服は修復されており[リフレッシュ]の効果もあって新品同様だった。
サラサラとする感触は、高級品に慣れたぼくでもビックリするほど気持ちが良い。あのストーカーの贈り物じゃ無かったら最高なのに。
「なあ、今回の宝箱も明日の朝か?」
「ああ。今回は雛が頑張ったからな。待ってやるさ」
「そうだな」
まあ今開けても暗いから良く分かんないんだけど。
ちなみに現在は道具屋で買った蝋燭を使って最低限の灯りを確保しているので、真っ暗という事は無いがそれでも暗い。
「それにしても、うぜえな」
「うん。一時間前くらいからこんな感じだ」
そう一時間前からずっとオーク達がどんちゃん騒ぎをしている。
人の悲鳴も絶え間ないので、正直聞きたくもない。
夜月はそんなぼくの心情を理解しているようで、ゆっくりとぼくの頭を撫でてくれる。
「殺ってくるか?」
「……怪我は?」
「気配からするとオークしかいないし、特に──ああ?」
「どうした?」
と聞いたが大体は検討がつく。
多分、こっちに来る奴がいるのだろう。人か、オークか、ゾンビか。
「人だ。図書館に来たな」
ぼくは壁に立て掛けてある杖に意識を伸ばした。
人は正直、モンスターより苦手だ。
人間の悪意は嫌というほど知っている。
「見てくる。お前は雛とここにいろ」
「……うん」
本当は一緒に行きたい。でもぼくは弱い。
とっても歯痒いな、やっぱ。
◆◆◆
「……吉野、か」
一階に降りて外への扉を開いた前に立っていたのは巨漢の教師。
「神崎か?傷は良いのか?」
呼び捨てには一切反応を示さず、本当に俺を気遣ってくる。いい教師だな。
「問題ない。それより入れ。外では敵に見つかる。ゾンビはたくさんいるし」
「ああ、入らせてもらおう」
吉野が巨体を扉から滑り込ませ、俺はすぐに扉をしめる。
図書館の受け付けのカウンターに俺は腰をかけ、吉野はその前に立つ。
この位置は月明かりが窓から入る影響で、こちらからは吉野が見え易く、吉野からは暗くて俺が見えない。敵対意思は感じられないが警戒はする。
「あの傷はこんなに早く治るものか?」
「治るんだよ」
「そうか」
実際は完治している訳じゃなく、せいぜい肉や骨が繋がった程度。夜に大人しく回復に集中していれば、完治とは行かずともLPは七割方回復するだろう。
「お前は無駄話が好きじゃなさそうだから本題に入ろう」
「ああ頼む」
こういう生徒の事を正しく理解出来るところも好感が持てる。昼間の俺の力は、普通に考えれば梅宮みたいに恐怖するのがあたりまえなのだが、吉野からはそういった恐怖は感じられない。
「率直に言おう。取引がしたい」
「……取引、ね」
俺としてはもはやこいつらに関わる気は無い。
だが吉野には少しの恩がある。借りを返すほどの恩では無いが、それでも話を聞く程度ならば聞いてあげようと思うくらいは感じている。
「学校内にいるオークを駆逐してくれないだろうか?」
「取引というくらいだから、それに見合った報酬があるのだろう?」
「無論だ」
恩があるといっても、二十以上いるオークを倒してやるほどじゃ無い。
経験値的には纏まっているから美味しいかもしれないが、あまり学校で戦う気は無いし、桐原の事もある。
吉野は不馴れな手つきでスマホを操作し、俺達への報酬を取りだそうとしている。
何が出てくるか知らないが、よっぽどでもない限りは断る。
キュウィン、という中々格好いい効果音と共に、吉野の左手に出現したのは一冊の本。
「……入門書?」
「そうだ。【風魔法入門】という」
………マジか。
入門書はかなりのレアドロップだ。俺達は十体以上のオーク・メイジを倒したが、結局出てきたのは最初の一回のみ。
それなのにこいつらは、これと梅宮の光魔法と…と?………デブの炎魔法を合わせたら三つ目だぞ。
「どうしたんだ?それ?」
「実はな、たまたま物を取りに行った職員室に落ちていたんだ」
「落ちていた?そんな事あるのか?」
「ああ。富川もそうやって炎魔法を覚えたようだからな」
更に驚く。
確かにゲームでも何故か分からない場所にアイテムとか落ちてたりするからな。
それなら街の中をもっと良く探せばよかったかもしれない。
しかし風魔法か………これもナナの【幸運】なのだろうか?
ナナの持つ杖【天空珠の白杖】は、雷魔法と風魔法の威力を10%増大させる。このタイミングで【風魔法入門】は少し出来すぎてる感が否めない。まあ【幸運】である以上、考えても結論は出なさそうだが。
「少し待て」
「ん?ああ、すぐに結論をくれとは言わないさ」
ナナの強化の為にも是非とも欲しい。が、忘れてはいけない、ここは魔法屋なのだ。
もしも入門書が安く買えるならば、その依頼は受ける必要が無い。
もちろん、ただで手に入いる機会なのは確かなのだが。
《shop-area:魔法屋rankD
入店しますか?yes/no》
迷わずyesを選択し、中に入る。
するとたくさんの商品欄が画面に表示された。
…………高。
魔法の入門書は確かにあった。
だが総額5G以上持っている俺達でも簡単に手が出せない額だ。大体一冊60S。一体どうしてオーク程度からドロップしたんだ?激しく疑問だ。
手を出せない事も無いが、目の前でただ同然で手に入る事に比べれば、金を払う価値があるかどうか疑問だ。
それに出来れば入門書では無く、新しい魔法を覚えられる本をナナに買っておきたい。
「それ、見せてくれ。念の為、本物かどうか【Dictionary】で確かめる」
「用心深いな。まあ当然か」
吉野は苦笑しながら躊躇う事無く本をカウンターに置いた。
俺は【Dictionary】を起動して撮る。
カシャっ………………本物のようだ。
入門書は貴重だ。
それが二十体程度討伐しただけで手に入るとなれば、良い条件だ。しかも風魔法の入門書。
「……良いだろう。オークは殺ってやる。その代わりにこれは貰う」
「本当か?すまない、礼を言う」
「ただし、後は関知しない。俺は今居るオークを殺るだけだ」
「ああ、こちらは文句無い。正直、屋上にも生徒がいてな、これ以上分断させておく訳にもいかないんだ。上は相当疲弊しきっているからな」
なるほどね。残っているオーク達程度ならば、桐原達でも倒せるだろう。だが時間は相応にかかる。ただでさえもう衰弱しきっている筈だと言うのに、これ以上放置する訳にもいかないだろう。
「何時殺る?必要ないとは思うが、何かあれば手伝うぞ?」
戦闘になったら確かに必要ないが、手伝うというならば手伝って貰うか。
「戦闘はともかく、荷物持ちが欲しいかもな。俺達はstorageの空きが少ない」
storageは一人三十五程度しか無い。
水を十個と食料を四個、前に使っていた装備一式でほぼ埋まっている。それに今日のドロップを混ぜれば既に空きは無い。それはナナや雛も同じ。
魔法屋で売ろうかとも思ったが、どうやら魔法関連の物しか売れないらしく、空きは作れなかった。
「荷物持ちか、分かった。で、何時やるんだ?」
「明け方だな。オーク達が騒ぎ疲れている所を狙う」
それまでには雛も回復しているだろうし、ナナも今から寝させれば十分。
朝からはキツいかもしれないが、オーク達は纏まっているのだ。二人の経験値を一挙に素早く稼ぐチャンス。
「了解した。明け方にまた来る」
「ああ」
そういって、吉野はstorageに入門書を戻して、図書館を去っていった。
……さすがに置いてくほど俺の事を信用していないか。
◆◆◆
「おお、いっぱいあるな」
「ああ、1G以内なら好きにしろ」
オークのせいで眠れないナナを連れて、二階の学術書コーナーの机に座る。
明け方と言ったが、こうも眠れないなら今すぐ……いや、俺は傷のせいで不調だし、ナナと雛の経験値の足しにしたい。
とにかく今はナナを連れて新しい魔法を覚えさせる。
相手の動きを止める【弱電撃】とそこそこ威力のある【強電撃】だけでも良いが、もう少し種類は欲しい。特に防御系。
【光魔法入門】を買って回復魔法を覚えさせるのもいいかもしれない。げっ、光魔法の入門書1Gするんだけど。
うーん、どうするかな?
総額5Gあるし、光魔法を覚えさせるメリットは十分にあ……無理だわ。
良く【光魔法入門】の詳細を読んで見ると、他の魔法skillを覚えていると要求数値が高くなるらしい。他の魔法も同じくだ。中でも光を含めた幻、闇、氷、そして雷は二つ目以降だと要求数値が跳ね上がる。風魔法を覚えた後の三つ目では、更に跳ね上がっている。
それにちゃんと見ると、雷、氷、幻、闇、光は値段が高い。炎、風、水、土は60Sで複数取得する場合の要求数値もまだなんとかなるが、その五つは難しい。
これは苦しいな。
俺が覚えるかな?回復魔法は有益だし。
回復役は欲しいな。後、荷物持ちも。
「うーん、雷魔法に防御系はあんまり無いな。風魔法にはあるけど」
「なら【風魔法入門】貰った後にもう一度来るか」
「あ、【電光加速】ていうのがある」
「なにそれ?」
「一定時間、対象者の反応速度をM-STR・10につき1.05倍にするらしい」
ほう、支援系の魔法か。今のナナの場合、他者の反応速度を1.2倍にするから、かなり有用だ。
第二階級でナナでも使えるし、雛に使えばあの獣人クラスにももっと善戦できるはずだ。
「80Sだ」
「買っとけ」
80S程度なら今日の稼ぎにも及ばない。
後は風魔法を覚えてからにしよう。万が一今買って、風魔法の入門書を貰えなかったら最悪だし。まあ、口約束だが破る様な教師じゃ無いだろう。もし破ったら──殺す。
ナナが魔法書を買った後、休憩所に引き返し、ナナを寝かせる。
抱っこしてと煩かったから、しょうがないので一緒に横になった。
今日はこいつも一応頑張ったし、これくらいはしてやろう。
夜月くん達はちまちま道具屋によって、storage空にしたりしてるのです。
魔法の入門書が落ちている事は少ないのですが、こういう施設等には結構アイテムが落ちていたりします。




