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新/034/激闘の後

「……【鳳雛】??」


「なんか凄いな、お前。ぼくも魔法のlevelが上がったけど……」


 ドロップアイテムを回収し終えた七海と雛は、スマホの画面を確かめて驚いていた。


 level-UPくらいしてもらわないと割りに合わない戦いだったとはいえ、まさかtitleを獲得しているとは、雛も予想外だった。


 しかしこれで理由が分かった。

 ability:【直感】

 これによってあの無自覚な行動の説明がついた。

 奇妙で不気味とも言える無意識での行動だったので、理由がついた事に雛は内心ほっとする。


「お、終わりましたの?」


 蹲っていた鈴火が顔を上げて、戦闘の音が無くなっている事を涙目で確認する。

 雛も七海もその声に反応したが、大して興味も無いので一瞥しただけで気にしなかった。


「ああ、終わったよ。西園寺と桃園がやってくれた。感謝しておけよ」


 吉野が周囲の警戒をしたまま、起き上がった鈴火に優しく声をかける。


「そ、そうですか……ひ、光さんは!!」


 しかし感謝よりも光の事を鈴火は優先し、匠の横に寝かされている光に這いよる。未だ腰が抜けて立てないようだ。

 その鈴火に七海達は苦笑し、吉野は軽くため息をついて周囲の警戒に戻った。


 もうeventは終わっている。

 画面にそう表示されていたので、一息ついても良いかと思われるが、それでも危険な場所の真っ只中であるのは変わらない。

 早いところ夜月に戻って来て欲しかった。


「──ナナ、無事な様だな。雛も」


 その思いが通じたのか、ゆっくりと夜月が道の角から現れた。


「夜づ──きぃぃ!?」


「せ、先輩、ボロボロッスね………」


 角から姿を現した夜月は、何時も通りのポーカーフェイスを浮かべているものの、血が滴り、コートは破れ、心なしか足取りが重く見えた。


「問題ない──と言いたいが、最低八時間は休みたい」


 淡々と痛みを感じさせない口調だが、夜月から休みを言い出すのはこれが初めてだ。

 つまるところ、かなりのダメージを負っているらしいと、七海と雛は直ぐに理解した。


「自分達もッスね。自分はぶっちゃけ、もうまともに刀は振れないッス」


「ぼくは精神的な疲労だけでSPもMPも問題無いけど……確かに今日はもう休みたいかも」


 夜月同様二人も肉体的、精神的に疲労している。

 どの道休息は必須だ。


「なら学校に来ないか?体育館には災害用の布団もあるし、包帯とかもある」


 三人の会話を聞いていた吉野がそう申し出てきた。

 夜月はその申し出に眉を潜める。


 布団やベットはその辺の民家にもあるし、夜月の回復力なら包帯とかはいらない。

 暴徒に成りかねない集団の中に行く理由は当然無い。


「却下だ」


 夜月は即座に切り捨てる。

 メリットが無い以上、七海を危険に晒す可能性の高い選択を、夜月がするわけも無かった。


「………正直に言おう。来てくれないだろうか?お前や桃園、西園寺の力があれば──」


「却下だ。俺が護るのはナナのみ。メリットも無いお前達に構う理由は無い」


 七海のみ、とハッキリ言われた事に七海は顔を頬を染めて杖を抱く。


「最初に助けたのはナナと俺の友人に義理を通したからだ。終わった以上、後は自己責任だ」


 吉野の言葉を先読みして、補足として無感情に言い放つ。

 既にジュディに対しては義理を通した。七海もこれで罪悪感を感じる事が無いはず。

 夜月はこれ以上、彼等と関わりたく無いのだ。


 それからもう一つ、光が起きる前に立ち去っておきたい。

 もはや家の威光が通用しないだろう世の中である以上、光に対して物理的な力を行使する事はできる。

 が、光はその程度で考えを改める奴では無いと、夜月は良く理解していた。

 むしろ暴力的だとか騒がれるのが落ちだと確信している。


「………そうか、もう言わん。だが一つだけ頼みたい」


 頼みと聞いて眉を潜めるが、聞かない訳にもいかない。夜月なりの感謝でもあった。

 吉野は何もしていないかもしれないが、それでも七海を護ろうとしていたであろう事は、目を見ればなんとなく分かる。夜月とてそれを蔑ろにする気は無いのだ。


「桐原達を運ぶのを手伝ってくれないだろうか?」


 回復が出来る鈴火が居るとしても、匠は重症で、光もいつ目を覚ますか分からない。後、丸まって漏らしている富川も、何気に失神している。

 鈴火はこの調子では戦えないし、吉野一人では運びながら学校に戻るのは無謀過ぎる。


 即座に断りたい夜月だが、七海の瞳が少し揺れた様子が視界の端に映り、ジュディへの義理通しの事が頭を過る。


(しかし桐原はなあ………)


 面倒だ。物理的に黙らせればいいのだが、それでも面倒な事には変わらない。

 夜月と桐原は、とことん相性が悪かった。


「むろんただとは言わない。俺達が持っている金のほとんどは、学校に残っている者達が託してくれた金だから手をつける訳にはいかないが、俺の所持金なら全てやろう」


「………………………」


 正直に言って魅力は無い。

【先駆者】を得た日の夜に稼いだ金もそうだが、今日の午前中にもかなり稼いだ。

 そして今回のtitle獲得時のプレゼントや、オーク・ジェネラル達のドロップでまた相当稼いだ。

 具体的に現在の三人の所持金は6134C/411S/2G=672340円。

 吉野は初期金額に毛が生えた程度だと思われる以上、僅かなプラスなど必要無い。


「……夜月、受けよう」


「ナナ?」


 少し悩む夜月に七海がそう声をかけた。

 夜月も雛も甘い考えからの言葉だと思い更に眉を潜めたが、七海の顔を見てその考えを改めた。

 七海の瞳に映っていたのは甘い感情では無く、何かを決めた表情だった。


「ぼくは夜月と出会う前から、ちょっとした事だけど光に助けてもらっていた。その僅かな恩を、ここで返す。それを返したなら、きっとぼくの胸から罪悪感は消えるだろう。夜月、甘いかもしれないけど………お願いだ。我が儘を聞いてくれ」


 七海の真摯で強い言葉を聞いた夜月は、目を瞑って数秒考える。


「──いいだろう」



 ◆◆◆



「あー、もうめんどくさい」


 思わず声に出して呟いてしまうほど、現状は面倒だった。

 俺としてはさっさとパックリ裂けた背中の傷を治癒したのだが、ナナの意思を尊重して桐原達を運んでいる。


 しかもだ、eventの後だからと言ってモンスターが襲って来ないという事は無い。

 今しがた五体のオークに教われて、怪我人の俺が絶賛フル稼働。

 我慢できるだけで、痛覚はしっかりあるから痛いんだけど。


 桐原達を抱えているので機動力は無いし、俺が血塗れなので血の臭いでオークが寄ってくる。

 雛はまともに戦えないし、梅宮には全く期待していないし、吉野はオーク一体で精一杯。

 ボロボロの俺と、ナナで戦うしかなかった。


 唯一の救いはナナが[雷魔法・Ⅱ]になった事だ。

 第二階級【強電撃(スパーク)】は、MP消費が高く展開速度が遅いが、威力が高い為に普通のオークならば一撃でしとめられる。それに加えて【弱電撃(スタン)】の展開速度が一秒になった事も大きい(魔法の展開速度は一秒以下にはならないみたいだ)

 それで少しは楽が出来た。


 ちなみに………と…み?……デブは梅宮と吉野が道具屋(スーパー)で水を買っている最中に起きた。

 魔法使いらしいのだが、ビクビクしていてなにもしない。それなのに、


「さ、西園寺さん、大丈夫?無理だったら代わるよ?僕も魔法使いだからね」


 ナナにやたらと声をかけてくる。

 アンモニア臭を撒き散らしながら、何故か自信満々な感じだ。あれほど無様な姿を晒したのに、神経が太いなこいつ。

 いや先程の事を無かった事にしているのかもしれない。直視してしまえば精神を壊しかねないモノだから、無意識に目を背けているのかもな。どうでもいいけど。後、ナナに近づくな。


「先輩、学校行ったらどうします?」


「……休む。しょうがないからな」


 学校で休まなくてもいい気はするが、雛のSPと俺のLP的に考えるならば、これ以上歩くのは逆に危険だ。

 特に服に血の臭いがベッタリくっついている以上、早めに[リフレッシュ]するべきだ。


「学校で休むんスか……」


 雛はかなり嫌そうだ。

 だが安心しろ、


「何も学校と言っても校舎で休む必要は無い。図書館とかで休めばいい。あそこは校舎から離れてるし、職員用の休憩スペースや応接室にはソファも置いてあるから休めるだろう」


 うちの学校には図書室と図書館と二つ存在する。

 図書室は校舎の一室だが、図書館は校舎から離れた場所にある。


「なるほど…」


 雛も納得した様だ。

 図書館は校舎から離れているし、ほとんど人が利用しない。【NEW WORLD】到来直後は昼休みだった為に、利用客も少ない。図書館を利用する奴は、基本的に朝か放課後だからな。

 逃げ込むメリットも特に無いし、人はいないんじゃ無いかと思われる。


 俺と雛の会話を聞いていた七海が、少し考えてからスマホを出した。

 何か思い出したのだろうか?


「図書館か……【Shop】に魔法屋って出てるんだけど」



 ◆◆◆



「ありがとう。そしてすまなかった、無理を言って」


 学校まで光達を送ってきたぼくらは、吉野先生からの感謝を告げられていた。

 その瞳は少し複雑な色を映してはいるものの、生徒に対する美しいまでの優しさを見てとれた。


「森川先生を向かわせようか?神崎のその傷は見てもらった方がいい、のか?」


「結構だ。問題ない」


「………無いんだな」


「無いんスね~」


 誰が見ても深手だというのに表情一つ変えない夜月を見ると、本当に大丈夫なのだと思える。

 実際はLPがかなり減っているから大丈夫では無いけど。


 頭を下げる吉野先生の傍ら、梅宮は無言でそっぽを向いている。

 見下していた筈の者達に守られて、無様な姿を晒した梅宮のプライドはズタズタだ。これ以上、ぼくらに関わろうとしないのは、彼女なりの防衛なのだろう。


 そして光達を急いで寝かせる為に、彼等は校舎に入っていった。

 ぼくらはこのまま剣道場の近くにある図書館に向かう。

 当然ながら学校にもオークは居るので気は抜けないが、夜月が言うには幸い図書館に辺りにはいないらしい。


 ぼくらが図書館に向かおうとすると、


「ねえねえ、ちょっと待ってよ」


 という場違いで軽薄な声が背後からかかってきた。

 そういえば忘れていたなあ。確か……………富安君?だっけ?


「なんだ」


 一切興味という感情(モノ)の無い夜月が形式だけの返事を返す。振り返る事も無い。

 ぼくがチラリと後ろ向くと、太った少年が目につく。顔には声と同じく軽薄な笑みが浮かんでおり、何故か瞳は自信満々だった。


 ………これはさすがにおかしくないか?

 人間は果たしてあれほど無様な姿を晒して、こうまで自信満々でいられるだろうか?先程の鈴火の様に黙って俯くか、酷く錯乱するか、ともかくこいつの様にこんな笑みを浮かべていられるだろうか?


「西園寺さん。僕も一緒に行くよ!」


 答えた夜月では無く、ぼくに対して話しかけてきた。

 いや、そもそもこいつは最初から夜月を見ていない。ここに来る途中のオーク戦でも、こいつは夜月の戦いを見る事も無かった。

 やっぱり現実逃避なのだろうか?


「ついてくるな。以上」


「君には聞いてないだろう。ねえ西園寺さん。どうかな?僕は君と同じ魔法使いなんだ!君の負担を減らせるよ?あ、桃園さんはどうかな!」


 な、なんだこいつ!?

 ここまで人の事を気持ち悪いと思ったのは久しぶりだ。

 身体に芋虫でも這っている見たいな悪寒がぼくの背中を襲った。雛も同様な様で、彼を見る視線に明らかな嫌悪と侮蔑が込められている。


「僕が君達を守ってあげる。オーク程度にそんな傷を負う弱い奴(かんざき)なんかあてにならない。だから安心してくれ、僕が──ぶほっ!!」


 そんな気味の悪い彼に対し、夜月は一切の躊躇もなく振り返り際に拳を叩き込んで強制的に黙らせた。ナイスパンチ。


 校舎の裏口にある壁に、彼は倒れていく。

 顎に綺麗にきまった以上、そう簡単に起きないだろう。オークがいる中で昏倒させるのはアレだが、それでも罪悪感をほとんど感じなかった。


「ん?」


 彼のスマートフォンが裏口付近の地面を固めるタイルを滑ってぼくの足にぶつかった。

 そこに書かれていた文章を見て、ぼくも雛も絶句する。


《ability:【妄想】が発動しました。

 ability:【都合の良い記憶】を獲得。

 ability:【恐怖脆弱】を獲得》


 なんだ……これ?

 ぼくは思わずスマホを拾い上げ、試しに【Status】を表示してみる。

 他人の物だが気にはならない。


 表示された能力値は話にならないほど低く、skillも一つだけ。

 あれ?なんでこいつ魔法を覚えられたんだろう?

 入門書の制限はmagic値が全て20以上だったと思ったんだけど。炎魔法は違うのかな?


「ちょっと【妄想】見せてもらって良いッスか?」


「ん?ああ、ぼくのじゃ無いけど」


 雛が先程の気味の悪さからか、少しだけ好奇心をだした。

 夜月は興味無いのか、周囲の警戒をしつつ空を見上げている。

【妄想】をタッチする。


《ability:【妄想】/active

 発動条件:[強い思い込み]

 効果:[強い思い込みを代償を払う事である程度実現する]》


「なんか凄く変なabilityッスね」


「まあ、ぼくの【幸運】も基本こんなもんだが」


 とにかく分かった。

 魔法skillを習得できた理由も、先程の失態から完全に目を逸らせる理由も。それで脆弱系のabilityは代償な訳か。


「おい、行くぞ」


「……うん」


「は~い」


 少しだけ憐れな気持ちが生まれたが、すぐに意識を戻す。

 憐れんだところで意味は無いのだから。



 ◆◆◆



 図書館は三階建ての円柱状の建物で、一階は小説等、二階に参考書などが置かれている。品揃えはかなりのもので、試験期間などはチケットを取らなくては席につけないほどだ。


 その図書館の奥にある階段を、三階目指して登る。

 三階は職員用のスペースとなっており、応接室や視聴覚室、後は休憩所などがある。


 昼間の図書館は常時職員がいるのだが、この状況だからか内部には気配を感じ取れない。

 大丈夫だろうと俺は判断し、三人で上を目指していた。


 傷の方は止血こそ終わったが、まだまだ皮膚も肉も骨も断たれたままだ。

 ナナが時折気遣ってくる。

 早いところ治さなくては、ナナも不安だろう。


 三階に辿りついた俺達は、休憩スペースに入る。内部は簡単な電子ポットとガスコンロ、そして二つのソファが置かれていた。

 当時ここには人が居なかったのか、特に散乱した様子は無く片付けも特に必要なかった。

 扉を確認し強度は十分だと判断。窓も特に問題は無く危険な所は無い。

 休憩に入る。


「俺は【箱】の中で寝る。お前達も休め。雛は悪いが起きていて貰うがな」


 周囲に敵の気配は無いが、何が起こるか分からない。気配の察知に長けた雛は俺が眠る以上、起きていてわらはなくてはならない。


「了解ッス。でも自分も疲れてるんで、そんなに期待しないでくださいね」


「分かってる。寝ても文句は言わないし、むしろキツかったら寝ろ。ナナも出来れば起きていろ」


「うん。分かった」


【箱】の中に入っても気配は分かるし、寝ているとはいえ殺気等は普通に気づく。だから保険みたいなものだ。寝ても文句は言わない。


 ちなみにこの【箱】には[リフレッシュ]の他に[ナイト]という効果がある。内部はいつでも[夜]として扱われる。俺の装備(ハーフコート)には[体力回復/夜]があるので、内部に入れば回復力が三倍になるのだ。


 現在SPもLPも低いので、LPの回復力が極端に減っている。

 だから【箱】でまずSPを急いで回復し、LPの回復を行う。


 ソファを詰めて空けたスペースにスマホから巨大な【箱】を取り出して、蓋を開ける。

 蓋の裏には相変わらず写真が貼ってある。剥がせないんだよなこれ。裏に直接プリントしてある感じだ。


「お休み。久し振りに寝ろ、夜月」


「ああ。分かってる」


 ナナの笑顔に見送られて、俺は【箱】の中に入った。

 寝るのは、何日ぶりだろう?まあとにかく、嫌だな。



 ◆◆◆



 遊びに行った軽井沢の別荘で、七海は庭の池に落ちた。

 深くは無かったけど、三歳の小さな身体と泳げなかった七海は泣きながら必死に助けを求めた。


 その七海に慌てながらも俺は「大丈夫だよ」と言って七海を引き上げた。

 七海は涙を目に溜めつつ、ニッコリ笑って「ありがとう」と言ってくれた。本当に大した事じゃ無いというのに、嬉しかった。


 あの時の笑顔は、どんな芸術品にも勝り、今尚俺の記憶に鮮明に焼き付いている。


 そうだ、俺はその時誓ったんだ。

 あの笑顔を必ず守ると。

 七海の笑顔の為ならば、俺はどんな敵にも立ち向かうと。


 なのに、なのになんだこれは……!!


 今、俺の目の前に七海が血塗れで横たわっている。

 醜悪な豚面の怪物が七海を踏みつける。

 七海は太い足で踏みつけられる度に、悲鳴をあげて助けを求める。


 止めろ!!

 と叫ぼうとも、声が出なかった。

 駆け寄ろうと必死で足を動かしても、鎖でがんじがらめになっていて前に進む事はできない。


 何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!何故だ!


 俺は行かなくてはいけないんだ!

 七海の為に俺がやらなくてはならないんだ!!

 七海は俺が守らなくてはならないんだ!!


 その時──オークは血飛沫を上げて倒れた。


 俺の祈りが通じたのだろうか?

 そんな事では当然無く、オークの背後に立っていた吸血鬼を思い起こさせる長身の男が、手に持つ短刀で殺ったのだ。


 神崎夜月。


 彼は俺に一瞥しただけで、七海を抱えあげた。

 護衛なのだから当然だろうが、何故か死にかけの七海の瞳に、俺には向けられた事の無い感情(ナニカ)があった。


 その瞳の色に俺は言い知れぬ不安を感じさせる。

 感情(アレ)がなんなのか、俺は知っている様で、知らない。


 彼に対してその瞳が向けられている事に不安と不快感を感じ、何より心の奥から嫌な感情(モノ)が沸き上がってくる。


 これは、なんだ?


 気持ちが悪い。

 それと同時に気持ちが良い。

 一度身を任せてしまえば決して引き返す事の出来ない様な、そんな感覚。


 駄目だ。これに呑まれては駄目だ。

 だけど感情(ソレ)は意識に反して這いよってくる。


 そんな内心の葛藤を嘲笑うかのように、七海と神崎君は遠ざかっていく。


 七海!行かないでくれ!!


 内心の叫びは当然の如く音にはならず、七海にも神崎(・・)にも届かない。


 神崎!七海を離せ!!


 七海は!!七海は■■■■■!!



 ◆◆◆



「──七海!!」


 ガバッと光は自分にかけられていた毛布を弾き飛ばしながら、顔を真っ青にして飛び起きた。


 それに釣られて周囲にいた者達が何事かと振り返る。

 それが光だと分かって周囲にいた女子達は、気遣わしげに依ってきた。


「桐原くん大丈夫ですか?」


「桐原先輩、お水飲みますか?」


「汗だくですよ?タオル持ってきますね!」


 そう言って女子達が次々と世話をやこうとしてくるのに対し、何時もの光ならば顔を赤くして慌てただろうが、今の光にそんな余裕は無い。


(なんだ?俺は、なにを見ていた??)


 夢の内容は思い出せない。

 しかし、七海が何処かに行ってしまい、二度と会うことが出来ないという感覚だけが頭に残っていた。


 そんな様子に女子達は更に心配そうな顔をする。

 光に対して競うように水を持ってきたり、タオルを渡したりしている最中──


「光さん!!」


 ──席を外していた鈴火が、起き上がっていた光を見て、勢い良く駆け寄ってきた。


「す、鈴火さん……?」


 周囲を囲む女子達を無視して突っ込んできた鈴火に、ようやく光は我に帰った。


「お加減はいかがですの!?大丈夫ですか!?」


 女子達の非難の瞳も何処吹く風、鈴火は光に詰め寄る。

 鈴火の柔らかな身体が押し付けられて、光は思わず下半身が反応しかけるのを必死で宥める。


「だ、大丈夫です!は、離れてください!!」


 慌てて光は鈴火を引き離す。離れていく感触が若干心残りだという事は、やはり思春期の男子なのだ。


 そこでようやく光は周囲に目を向ける。

 記憶の最後にあるあの道では無く、見慣れた学校の体育館。周囲を取り囲む女子達と、それを遠巻きに見ている生徒達で溢れている。


 屋上では無いが屋上にいた生徒達もいるので、全員で移動したのだろう。

 分散しているより纏まっていた方が守りやすいので、理解できる。

 この体育館は観客席を除いても、バスケットコート二面分があるので、これだけの人数がいても特に問題は無い。

 しかし──


「どうやってここまで来たんだ?」


 学校に巣くっていたオークは、ある程度光達が倒したとはいえ、それでもまだまだそれなりの数がいた。

 その中をこんな大人数で移動させるのは、あまりにも危険な賭けに思えた。


「鈴火さん達がやったのか?」


 自分が寝ている間に彼女達がオークを駆逐したのだろうか?

 一番考えられる可能性だ。


「………………………………いいえ」


 しかし鈴火の口から出た言葉は否定だった。

 それもかなり嫌そうに顔を歪めて。


「じゃあ、誰が?」


 光は純粋な疑問で聞いた。

 もしもこの学校にいるオーク達を駆逐する事が出来る者がいるとすれば、それを自分達しかいないと光は確信していたからだ。


 鈴火は名前を上げるのを相当に嫌がっているようだが、重要な事なので躊躇いながらも聞き出す。


 ──もっとも、数秒後には聞かなきゃ良かったと、無意識(・・・)に思うのだが。


「……………神崎夜月」


「……………は?」


 その名前は、今の光は絶対に聞きたく無い名前だった。


 そして気づいた、()の窓から溢れる陽射しに。

 すでに、光が気絶してから一夜が明けていたのだった。



【妄想】で夜月くん並の力を望むと、実現はしますがその代わり多数のデメリット系のabilityがつくので、結局は変わりません。いや、むしろ凄く弱くなると思います。


明日は多分【旧】の方です↓


旧/929/憧憬

雛ちゃんと夜月くんの出会い?

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