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新/032/天才&姫VS剣豪

ついに雛と七海のターン!!

 弥吉は獰猛に微笑み、全身から荒々しい殺気を迸らせる。

 さながらそれは灼熱に燃える豪火。

 雛を楽しそうに嬉しそうに見つめながら、弥吉は太刀を構えたまま腰を落とす。


 対して雛は完全に何時もの朗らかな笑みを消して、瞳に写るのは無。

 見つめる視線の先を凍らす冷気の化身。

 脱力して鞘に納まる刀に手を添えるその姿は、目の前にいるのに虚ろだった。


 夏の凶悪な太陽が二人を照らし微風が頬を優しく撫でる中、対照的な二人の「侍」は今──


「──[マジックアロー]!!」


 張り詰める二人の空気を他所に、弥吉が意識から少し外していた七海から、サファイア色の三つの矢が放たれる。


「ちっ!効くか!!」


 弥吉は若干気分を害されながらも、冷静に飛来する三つの矢を軽くかわす。

 しかし、サファイアの矢の光は結構強いので、視界が塗り潰される。

 そしてその視界が狭まった隙を見逃す雛では無い。


「しっ!」


 摺り足で素早く弥吉の懐に身を低くして入り込んだ雛は、今まで秘めた殺気をその刀に込めて解き放つ。


 ──居合い一閃。


 陽光を反射し銀の光を空中に刻みながら、弥吉の胴に刃が向かう。


 その太刀筋の鋭さと速度に脅かされながらも、弥吉は冷静に一歩後退してその居合いをかわす。後退しながら握った太刀を上段に構え、よりその獰猛な笑みを強める。


 雛の居合いが終わりを迎える中、弥吉は強烈な踏み込みと共に上段からの一撃を降り下ろした。


「はああっ!!」


 迸る殺気同様に、力強い剣筋を描いて雛の頭上に迫る。

 この程度は雛の予想通り。何も今ので仕留められるなら、オークと変わらない。

 居合いは避けられた後の事もしっかり考えられた技だ。故に強引では無く、予定通り刀を戻す。


 衝撃を周囲に伝播させる金属音が響き、二人の太刀が激突した。


(う、ぐう!!)


 雛はあまりの力に顔を歪める。

 衝突の際に力を少しは逃がしたと言うのに、腕に来る衝撃はオークのそれでは無い。

 雛は力を流しながら後方へ逃れる。


(強すぎ……。速度は夜月先輩以下だけど、パワーは夜月先輩を越えてる。受けるのは後二回もできない…!!だけど──)


 そんな内心を隠しながら、臆する事無く敵を睨む。

 敵の強さをあらためて実感しつつも、雛は恐怖をほとんど感じなかった。それは恐怖耐性が上がったから、では無い。


「それ【荒波】か?やっぱ頑丈だな、それ」


 自分の一撃を防がれた事に特に動揺も無く、弥吉は飄々としながら軽口を叩いた。

【荒波】が頑丈な事も確かに弥吉の一撃を防いだ要因だろうが、やはり一番は雛の実力だ。

 それが分かりながらも、あえて「武器に頼っている」と挑発する。


 そんな軽口に動じる事無く、雛は自身の感じた敵の実力を再評価する。主に──


「これで良く分かりました。どうも私は貴方を過大評価(・・・・)していたようです」


 ──下方に修正して。


「何……!?」


 挑発を挑発で返した、という事もあるだろうが、弥吉は雛が本心から言っている様に直感した。

 しかし理由が思い至らない。

 自分の一撃は過小評価されるどころか、より警戒されるモノの筈だと、傲りでは無く経験からそう思っている。


「ああ、気に障ったならば謝ります。自分はどうも貴方と夜月先輩を比肩させていたようなのです。いきなり現れた強者に、自分は相当動揺していたようですね」


「………俺はそいつより弱いと」


「はい。間違いなく。夜月先輩なら、一撃目で私は死んでいますから」


 さすがの弥吉も面白くない。

 獰猛な笑みを消し、その強面と激しい殺気をもって雛を睨み付ける。


 しかし雛は怯む事無く腰を落として刀を中段に構える。

 夜月より弱いと言ったが、それでも敵は雛より強い事は変わらない。

 七海の援護で、ようやく勝率を30程度に上げている状態だ。


 弥吉は表情を変えない雛に、一層不満を持ったが今は戦場。気を引き締め直す。

 それに自分より強いかもしれない奴が、すぐそこに居るのだ。元より陽気な性格である弥吉は、強者との連戦の可能性に獰猛な笑みを取り戻した。


 そして、再び動き──


「【弱電撃(スタン)】!!」


 ──出した瞬間、弥吉の体に細い電撃が命中した。


「なあっ!!」


 言うまでも無く七海だ。

 全身の筋肉が強張り、弥吉は驚愕に目を剥く。

 その驚愕は七海に向けられた感情(モノ)では無く、自分に対して向けられた感情(モノ)だった。


(何故?何故俺はあの魔法使いの小娘を意識から外してた!?)


 弥吉だって素人では無い。

[マジックアロー]を繰り出した七海を警戒しない訳は無い。なのに、弥吉は七海の事を攻撃を喰らうまで意識から外していた。


 理由は分からない。

 油断かもしれないし、先程の挑発を含んだ雛の言葉に視野を狭められたのかもしれない。

 しかし何かが、何かが違った。

 肉体が硬直する中で、そんな奇妙な違和感が頭を過る。


「はっ!」


 だが今はそれを考えている余裕はない。

 硬直はすぐに解けるとはいえ、後半秒は掛かる。

 その決定的な隙を、雛が逃す訳もない。


「っ!!」


 胸に向かって突きを繰り出してきた。

 硬直中でも回避される可能性を考慮して、避け難く身体の重要機関が密集した位置(むね)を狙ってきた。


 冷や汗をかきながら硬直する肉体を必死で動かして、弥吉はギリギリで重心を後ろに倒す事に成功する。

 傾く重心によって真後ろに倒れ、ギリギリで直撃を避ける事が出来た。

 とはいえ無傷では無い。胸に鋒が掠めた。


 地面に倒れる直前し硬直がなんとか回復。受け身を取りつつ転がって間合いをとる。

 切られた胸より滴る血の跡がアスファルトに残り、五メートルほど離れ転がる勢いを利用し立ち上がる。


 追撃しようかと思ったが、深追いは禁物だと雛は自分を戒める。

 雛は自分が相手を倒せるなど思ってはいない。殺す気は当然あるが、それでも肉体スペック的にかなり厳しいと冷静に把握しているからだ。

 夜月を待つ選択が、おそらく今は最良。


 勝つのは厳しいが、負けないでいる事はおそらく数分なら出来るとふんでいる。

 肉体スペックは及ばないが、技量の面では互角。そこに七海のフォローが入れば、十分可能だ。


 弥吉は雛に勝つ気が無い事にまだ気づいていない。


 今彼の胸中を占めているのは、先程の魔法に対する自身の警戒の薄さだった。

 油断無く立ち上がりながら、視界の端に映る神秘的な容貌の少女を意識する。


(………なるほど)


 本能的に理解した。

 自分はあの幼い少女に対して、敵意を向け難かった。

 幼く可憐な少女に傷をつけるという行為を、弥吉は無意識に拒んでいたのだ。


 ──敵意(ヘイト)を和らげるability:【幼き美貌】は絶賛発動中である。


 弥吉はabilityについて詳しくないが、それでも何かあるとだけは分かった。

 油断無く再び構え、二人がきっちり視界に収まる事を確認する。


 とはいえ、あまり魔法に意識を割けば雛の一撃は避けられない。

 逆に雛に割き過ぎれば、その特異な力でまたしても無意識に意識から外されそうだった。


弱電撃(スタン)】は威力的には無視していい。そもそも第一階級の魔法など、よっぽどの使い手でもなければ、弥吉は無視できるだけのM-RESを誇っている。

 しかし、雷属性は別だ。威力は弱くとも、当たれば高確率で硬直を起こしてしまう。僅か半秒程度でも、実力者の手前、無視できる時間では無い。


 つまるところ弥吉は、二人にちょうどよく意識を割かねばならないのだ。


(魔法使いから殺るか?)


 いや、と頭を振る。

 雛の後ろで震えながらもスコップを構える巨躯の男、吉野武蔵。体格以外は無視していい木偶だが、その体格で七海を身を呈して庇ばわれれば、倒すのに一秒は必要だ。

 その一秒の間、雛から背を晒す。危険というか無謀。


(やっぱり、あの刀使いから殺るしかねえな)


 魔法は厄介だが、それでもまだ弥吉が慌てる様なレベルでは無い。

 胸から滴る血の匂いが驚異的な嗅覚に刺激してくる中、予想外の苦戦に再び獰猛な笑みを取り戻す。


「いいねえ!いいねえ!やっぱ戦いはいいねえ!!」


「気は合いそうに無いですね。自分は嫌いです」


「ふはははは!そう──かっ!!」


 弥吉は踏み込む。

 一流の侍にとって、五メートルはもうすでに自分の間合いと言える。


「おらああぁぁぁ!!!」


 袈裟懸けに振り下ろされる太刀。

 瞬発力の高さと、一見荒く見えるが恐ろしく鋭い太刀筋に僅かに顔を歪めるものの、ability:【猫の目】によって強化されている動体視力は、しっかりと弥吉の刀を捉える。


(受けるのは、無理!)


 かといって避けるのも難しい。無理に避ければバランスを崩し、二撃目に殺られる事は明白。

 つまり選択肢は、このまま何もしないで切られるという選択(モノ)以外は、受け流ししか無い。


 敵の斬撃に完璧なタイミングで刀を合わせて、そのまま受け流していく。

 自分の刃に敵の刃が滑る事で火花が散り、戦いに花をそえる。


 並の相手ならば、渾身の打ち込みを逸らされてバランスを崩す事だろう。

 しかし、目の前にいるのは並の使い手では無い。

 しっかりと自分の太刀筋の力をコントロールして、人工の地面に激突するスレスレでピタリと止めて、そのまま逆袈裟を斬り返す。


 技の繋ぎ目を殆ど出さないその切れに、雛はちょっとだけ称賛を送り、即座に逆袈裟を対処する。

 今度は敵の力を利用して、後退しながら受け流す。

 そして弥吉の刀が天を向いた瞬間、


「【弱電撃(スタン)】!!」


 またしても細い電撃が迸る。

 その電撃は弥吉を捉え、その瞬間に雛は攻勢に入る。


 今度は足を狙う。

 重心を倒せても上から倒れていく関係上、足は最後に倒れる。

 雛ならば余裕で──


(っ!!)


 ──敵に近づくその瞬間、雛は反射的に足を止めた。


(何故?)


 自分でも理解出来ない。

 しかし、なんとなく、そうなんとなく突っ込んではならないと感じたのだ。

 その直感(・・)に反射的に従い、雛は足を止めたのだ。


 ──雛はまだ、ability:【直感】を自覚していない。


 訳が分からず一瞬思考が止まるが、今は戦闘中。それは致命的な隙だ。

 雛は考えるのを止めて、敵に意識を集中する──と、


(え!?)


 弥吉は目を見開いて、驚愕の色を瞳に映していた。

 そして雛は悟る。

 弥吉が硬直を起こしていなかったという事に。


 弥吉は【弱電撃(スタン)】の硬直に[気功]の戦技【抵抗強化】を使う事で、その硬直を逃れていたのだ。これが、弥吉が魔法に対しても焦らなかった理由だ。

 逃れた後に、硬直の真似をして雛を誘い込み、斬る。それが彼の目論みだった。


(分かんないけど、好機!!)


 弥吉は自身の目論みを外された事に対しての驚愕で、雛より意識を戻すのが若干遅かった。


「っちい!!」


 下段から来る雛の鋭く美しい刃を、弥吉はギリギリで避ける。

 更にそのまま、先程の弥吉とは逆の順序による、二撃目の袈裟斬りが繰り出される。弥吉同様、技の繋ぎ目をほとんど感じさせない洗練された技だ。


(まあ、夜月先輩は、そもそも技の繋ぎ目が無いけど)


 内心苦笑しながらも、流麗に技を繰り出す。

 一撃目よりも鋭い一撃が、弥吉に向かう。


 ある種の美しさを感じさせる金属の衝突音。

 弥吉は雛とは違い、受け止める事を選択した。


 鍔迫り合いになったら、雛は間違いなく負ける。

 弥吉の弾き返す力を利用し、至近距離から瞬時に離れる。


 弥吉は離れた雛に向かって、再び主導権を取り戻す為に攻勢に移る。

 その瞬発力は夜月に若干劣るものの、十分雛より速い。


 平均的な膨らみを感じさせる胸へと放たれる鋭い突き。

 それに対して刀を添えて、身体をずらす事で避ける。

 しかし当然終わりでは無い。いや、始まりに過ぎない。


 刀を引いて、即座に次の一撃へと戻る。

 摺り足で位置をスムーズに微調整しながら、今度は上段からの袈裟斬り。


 息もつかせぬ連撃にも、雛はしっかり対応してみせる。

 冷静に弥吉の斬撃を受け流し、火花が散る。


「【弱電撃(スタン)】!!」


 雛が受け流して後退した瞬間に、七海から再び放たれる電撃。

 しかし弥吉は避けない。まだ戦技【抵抗強化】は続いている。

 これのせいで別の戦技を出せないが、それでも魔法を気にしなくても良いので十分だった。


 喰らってもダメージは無く、そのまま後退した雛に突っ込んで行く。

 止まることの無い弥吉に、雛の背中に冷や汗が流れ落ちた。


(体力が!)


 獰猛な笑みを浮かべながら振り下ろされる上段斬りを受け流しながら、身体が間を求めている事を訴える。


 雛は体力に自信があるが、それでも目の前の獣人とは比べられない。

 このままではいずれにしろ体力的に殺られてしまう。

 間を取らないと。

 しかし、頼みにしていた七海の魔法は効かない。

 間を取る隙を弥吉が与えてくれるとは思えなかった。


 三撃目の横薙ぎを受け流し、四撃目の切り返しを受け流し、徐々に溜まっていく腕の疲労に歯噛みする。


 当初は七海が魔法で援護する事によって、間や隙を産み出すプランだったが、それが期待できない以上、こうして雛は受け続けるしかできない。

 ここまで互角に戦って来たが、physical値の差は明白なのだ。魔法による援護がなければ、一気に戦況は傾く。


 高いSPを利用する連続斬りに、雛は追い込まれていく。

 良く漫画でカウンターを叩き込んで一発逆転というシーンがあるが、カウンターはそもそも警戒してしかるべきなので、連続技の最中でも雛や弥吉クラスはしっかり警戒している。

 雛がその素振りを見せれば、すぐにフェイントを織り混ぜて困惑を誘う。そういうように、メチャクチャに見えても、半秒未満の一瞬で様々な駆け引きをしているのだ。


(不味い………!)


 技術レベルが同じだからこそ、付け入る隙を与えれば戦況は一気に傾き、抵抗の隙を与える事無く追い込まれる。

 それは怪物(よづき)と獣人吸血鬼との戦いと同じ。

 例えtitleやabilityを取得しても、雛と弥吉のphysicalの差が覆る事は無いのだから、結果的には当然の流れだ。


(しまっ──!!)


 八撃目を流したところでとうとう腕の疲労によって僅かにタイミングが狂い、身体が流れる。

 強引に引き戻し九撃目に間に合わせる力を、雛は持ち合わせない。

 そしてその絶好の好機を逃すほど弥吉は優しくない。


 上段からの一撃。


 雛は自分の死を確信した。


(ああ、無理ですね)


 死ぬ間際のゆっくりと流れる時間の中で、白けた言葉を内心呟く。

 別に怖くない訳じゃ無い。

 雛は夜月じゃ無い。死に対する恐れは、人一倍ある。

 だけど、それでも死を確信する中で、みっとも無く動くのは雛の趣味では無い。

 必死に抗おうとする様な、熱血的な展開は好きじゃないのだ。

 心残りは当然あるが、少しでも夜月の為に死ねるのならば雛は少しは満たされる。


(ああ──っ!!)


 自身の死を確信したその瞬間、雛は反射的に足に力を込めた。

 覚悟しておきながらも、本心では死にたく無いと自分の意思に反して身体が動いたのだろうか?


(なん、で!?)


 雛自身にも納得できない。それと同時に羞恥心が顔に出る。

 折角覚悟を決めたというのに、本当は死ぬ勇気なんて無い、ただ相手にされたいというだけの自殺演技者と変わらないと感じだからだ。


(は?)


 しかし──足が動いたのは後ろでは無く前だった。

 前進する事で、刀の間合いの内側に潜り込んで避けるつもりだろうか?しかし、今さらそんな事をしても手遅れ。僅かに中に入ったところで、致死の一撃には変わらない。

 振り下ろされる刃を見て、雛には自分の行動が理解出来なかった──


「──[マジックアロー]!!」


「「っ!!?」」


 七海の鈴の音の様な声が、雛と弥吉の鼓膜を疑問と共に刺激する。

 今の弥吉に魔法は通じない。それじゃ無くとも[マジックアロー]なんて、弥吉にとっては素の状態でも子供のパンチ程度の威力しかない。今の状態ならば、完全に無視していい。


 弥吉は上段を繰り出す状態で反射的にその[マジックアロー]を意識から外す。どうせやぶれかぶれの一撃だと、変に意識して技を乱す方がバカらしいと、意識から外した。


 そう意味は無い──ダメージ的には。


「────っ!!」


 弥吉の目が眩む。

 思わず上段からの一撃を繰り出そうとした瞬間で止まる。


 そうダメージ的には大した事は無いが、[マジックアロー]はサファイア色に輝いているのだ。

 顔面に三つも迫れば当然、目は眩む。

 意識してれば対処は可能で、刀も止まる事は無かったかもしれないが、無駄だと割りきって意識から完全に外していた。その為に直視してしまい、驚きと目に走る痛みで刀は止まる。

 不意討ちと言えるかどうか分からないが、七海の[マジックアロー]はファインプレーだった。


「ああ」


 雛はようやく自分の行動の意味を理解出来た。もっとも、何故死角にいる七海の様子を察知できたのかは、不明だけれども。

 しかし今は意味などどうでもいい。止まった一瞬を見逃す気は無い。

 そのまま前進する勢いを殺す事無く、思いっきり鳩尾にタックルをかます。


「かっ──!!」


 弥吉の口から空気が強制的に吐き出される。

 上段からの一撃を決める為に、弥吉は前に体重を集中させていたのだ。

 それに合わせたタックルは、本来ならば決まらない筈のカウンターとして、クリティカルヒットした。


 ──奇しくも、漫画みたいな展開になった。


(本当にこんな事ってあるんですねえ)


 他人事の様に内心笑いながらも、雛は動きを止めない。

 鳩尾にクリティカルヒットしたタックルを受けながらも、弥吉はなんとか踏ん張った。しかし、それは動きの硬直だ。更に鳩尾に入れられた時の強烈な痛みと苦しみが襲い、他に気をかける余裕が瞬間的に無くなっていた。


 雛は刀から手を離す。

 密着した状態では邪魔だ。


 まず、動きの止まる弥吉の顎にアッパーカットを決める。

 見事にヒットしたアッパーは、弥吉の脳を盛大に揺らす。


「ぐがっ!!」


【抵抗強化】が対応できるのは魔法の攻撃のみ。残念ながら、物理的な攻撃で起こる脳震盪には効果が無い。


 ふらつく。弥吉の足には力が入っていない。それでも倒れない事と刀を取り落とさない事は、素直に尊敬出来るが、残念ながらそれで攻撃を止めるほど雛はお人好しでは無い。

 着流しの襟をしっかり掴む、そして──


「──はあぁぁ!!!」


 腰の回転を利用する事で、弥吉に背負い投げをかける。

 現在の弥吉は脳震盪で身体に力が入っていない。それを防ぐ手は、無い。


 この場所で一番の凶器は何かと言われれば、雛は自分の刀では無くアスファルトと素直に答える。

 その人間が生み出した凶器に──首から(・・・)弥吉を落とす。


「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 ◆◆◆



(ああ、負けんのか)


 弥吉は歪む意識の中で、唯一それだけは感じとる事ができた。

 幾度の死線を越えてきた経験からだろうか?

 いや、そんな事はもはやどうでもいい。


 弥吉は笑う──穏やかに。


 戦いの中で強者に破れて死ぬ。

 自分にとって、これほど幸せな事も無かった。


(楽しかったぜ。ありがとうな)



【猫の目】:動体視力を二倍にする。

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