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新/031/挟撃

 ──しまった!


 全体重を大剣に集約して放たれる【巨重斬撃】を放ったオーク・ジェネラルは、振り降ろしてクレーターとなった人工の大地に映る虚ろな()をその目で睨みながら、自分が誘われていた事に即座に気づいた。


 しかしジェネラルは大技の影響で動く事ができない。

 全体重をこの大剣に集中させて放つ【巨重斬撃】は、自重があればあるほど威力を増す。しかしその代わり、次の行動に対する動きが遅れてしまう。


 そんなジェネラルを嘲笑うかの様に、虚ろな影は素早く移動し始めた。

 狙いは硬直するジェネラル──では無く、当然弓兵(アーチャー)

 硬直しているとはいえジェネラルはフルプレートに身を包んでいるのだ。そう簡単には倒されない。ならば厄介な弓兵から片付けるのは当然。


「ブオウッ!オオウッ!!」


 動かない身体の代わりに部下に即座に指示を出す。

 とはいえ影は速い。上位個体とは言えオークなのだ。動きはそこまで速くない。それに舞い散る粉塵の影響で、現在は視界が効かないという事も仇になっている。


 ジェネラル最大の一撃を受けてもはや勝負は決まった。と思っていたオーク達は、一瞬何を警戒すれば良いのか分からなかったが、それでも尊敬するジェネラルの指示だ、即座に武器を構える。


 もう遅いが──


 粉塵に紛れた影より夜月は浮き上がる。

 弓兵の後ろに。


 手には【蠱毒の鉄血刀】と、何度も止めに使われたためもうボロボロのサバイバルナイフ。

 両方を逆手に持った夜月は、一切の音も気配も無く、並ぶ弓兵の首に二本の刃を突き刺した。


「「ッギャ!!」」


 突如首に生まれた激痛に、たまらず二体は声を合わせて短い悲鳴を上げる。

 しかし、これ以上声は出せない。気管すら貫かれているらしく呼吸すらままならない。


 その掠れた悲鳴に何事かと晴れてきた粉塵の中、弓兵の盾となっていた槍兵と重歩兵が振り返る。

 その二体が見た光景は、真っ赤な血を撒き散らして守っていた弓兵が倒れていく様だった。


 ジェネラルほどメンタルも強く無く、頭も良くないオークの兵士は、何が起こったのか理解出来ずに唖然と硬直してしまう。

 何故なら二体の目の前には──誰も居なかったのだ。


「ブッ!モッ………!!」


 いや、居た。横に。

 重歩兵の直ぐ右側に。メイスを持った側に。

 気配は無いし、視界はヘルムのせいで悪いのに、重歩兵のオークは敵に気づいた。


 何故なら今──刺されているから。


 ヘルムと鎧の隙間から、弓兵と同じく短刀が真横から突き刺さっていたのだ。

 同じく気管を潰されて、空気の抜けたような掠れた声しか出てこない。


 短刀が引き抜かれて真っ赤な血が同じく舞う。

 槍兵がそちらを向いた時には、その舞い散った深紅の花しか視界に納める事が出来なかった。


 後は──後は繰り返し。


 粉塵が晴れるまでの九秒間で、弓兵二体、重歩兵一体、槍兵一体が、死んだ。


「ブモオオォォォォ!!」


 オーク・ジェネラルの怒りの絶叫を鎮魂歌にして、四体のオークは光となって世界に溶けた。



 ◆◆◆



「──ブモオオォォォォ!!」


 オーク・ジェネラルと思われる者の怒りの咆哮を背に受けながら、七海達は境界線先を睨む。

 やっぱり夜月は無事だった──と、内心僅かに安堵しながらも、七海と雛は前から視線を外さない。


「ひいっ!!」


「っ!!」


「くっ!やっぱり神崎君じゃあ荷が重かったのか!」


 と、鈴火はビビって蹲り、吉野のも冷や汗を大量にかきながら顔をひきつらせ、光は相変わらず夜月の事をナチュラルに見下していた。


 そんな彼等に嘲りの視線を送りながら、雛は感覚を伸ばして敵の接近を警戒する。

 七海は雛の指示通りに、サファイア色の魔力を輝かせて前にシールドを展開した。


「来ます。吉野先生と桐原先輩は敵を抑えて七海先輩の展開時間を稼いでください。自分は七海先輩が敵を硬直させたら止めを刺します」


「……分かった。正直、神崎の戦いを見たから自身は無いが、これでも教師だ。唯一あいつに勝っている図体を使って、それくらいは稼いでみせるさ」


 吉野はどこか達観したように苦笑し、覚悟を決める。

 その態度に、雛は吉野に向けた嘲りの視線を撤回して、太陽の様な愛らしい笑顔を浮かべる。


「分かった!ただし、七海も雛ちゃんも無理はしなくていい。俺が君達を守るさ」


「「「はあ……」」」


 雛、七海、そして吉野まで加わった呆れたため息は、光の鼓膜にある『フィルター』に遮られて宙に霧散していった。


 雛は気を取り直し、光の事を完全に壁と認識する事で無視。

 敵が現れる前に、集中して少しでも情報を収集する事に意識を注ぐ。


 敵はオークじゃ無い。

 それだけは雛にも分かった。

 オークの気配は既に識別出来るので、十中八九正確な情報だ。


 五感が捉えた情報を組み立てると、二足歩行の生物。足取りから、恐らく人型。

 そして──刀の音。


(刀の音。太刀と脇差しを腰に下げてる。人間?)


 抜刀術納める雛は、刀の事に関しては夜月並に敏感だ。

 その聴覚が捉えた情報は、まず間違いない。


 では、対象が人間かどうかと言われると、素直に納得は出来ない。

 何故なら日本刀を所有する者なんて滅多にいないし、何より、今朝方夜月から語られた獣人吸血鬼の事がある。

 吸血鬼は夜月を狙っている様だし、奴等が真っ昼間から動けるとは思えないが、念頭に置いておいた方が良いと、雛は判断した。


 そして──敵を視認する。


 目の前二十メートル地点の曲がり角を、ゆっくりと曲がってきた。

 足取りは軽く、去れど隙は無い。


(──っ!!)


 雛は目視した対象に、一瞬にして驚異度をMAXまで引き上げた。

 姿を見せたのは長身の男性。ガッチリとした体格に、肩元まで捲り上げた桜柄の赤い派手な着流しを粋に着こなす男。腰には雛の予想通り太刀と脇差し。

 鼻唄でも歌っているかの様な陽気で、それでいて不敵な笑顔を此方に向けている。


 しかし、人間では無い。

 頭部に猪の様な獣の耳が生えている。造り物では無いという証拠に、楽しそうにヒクヒク動いていた。

 話に聞いていた獣人だと雛は確信する。


「なんだ、敵じゃないじゃないか」


 光はその人間っぽい外見に構えていた木刀を降ろし緊張を解く。敵が人である以上、善性の盲目的な信者である彼に、警戒する道理は無かった。

 吉野も敵と言われてオークを想像していただけあって、少し拍子抜けの様だ。ただ、光の様にスコップを下ろす事は無かったが。


 そんな二人に、構っている余裕が無いのは雛と七海。

 七海は敵の強さが分かる訳では無いが、獣人だという事だけは理解できて、決して油断はしなかった。

 雛は気配では感じ取れなかった敵の強さを、目視する事で正確に感じ取り、もはや七海にすら気を配る余裕な無い。


「あの!ここは危険です!そこから先に入って来ないでください!!」


 光は大声で注意する。その声には一切の警戒は無く、本当に真摯に忠告しただけだ。ただ「入って来ないでください」というのは、雛としても同感だったが。


「はあっはははははは!!俺に入って来るなと?キングの旦那が殺って来てくれというから、どんな奴等かと期待すれば……くくくくっ、いや、後ろの刀を持った嬢ちゃんは、中々かな?」


 豪快に笑いながら、獣人の男は歩を緩めない。

 軽快に、されど隙など無く、境界線などお構い無しに越えてくる。


「っ!!人の話しを──がっ!?」


 陽気に豪快に嘲る獣人の男に、光が険しい表情で叱責しようとした時、雛が鞘で後頭部を強打。二度目の強制ドリームツアーに連行した。


 敵は強い。文句無しに強い。

 光と吉野程度は前に置いておくと視線が切れてしまって、壁がこっちの障害物に変わってしまう。

 それなら騒ぐだけの存在である以上、光は完全に邪魔だった。


「も、桃園!?」


「ひ、光さん!あなた光さんに──」


「──うるさいです。吉野先生、桐原先輩を運んでください。そして七海先輩を守っていてください。七海先輩は、出来ればで良いので援護を」


 雛は内心の恐怖を圧し殺して、冷静に全員に指示を出す。

 本当なら七海を危険に晒すので、援護よりも防御に徹してもらった方が良いのだが、生憎雛は目の前の敵と援護無しで渡り合える気はしなかった。


「ほう。良いねえ、嬢ちゃん。良い覚悟だ。来た甲斐が少しは出てきたぜ」


 獣人の男は豪快に笑いながら雛に狙いを定めた。


「少し待ってれば、自分より遥かに強い人が将軍さん倒してこっちに来るッスよ?」


 敵が強い相手と戦う事を望んでいるのなら、悪いが夜月に押し付けたい。別に夜月を利用するとかでは無くて、例えジェネラルとの戦闘で消耗していても、自分よりは勝ち目が有りそうだからだ。その際は、きっちり援護をする。なんなら囮だってする気はある。

 もっとも、望み薄だが。


「へえ。大丸の奴を倒してか…。嘘じゃなさそうだな。既に隊としては壊滅的な打撃を受けてるし。あれ?つーか、その強い奴何処だ?感じ取れねえぞ?」


 笑いながらジェネラル達の方に意識を向ける獣人。

 夜月の事が感じとれないのは、現在気配を消しているからだろう。


(大丸…?ジェネラルの名前でしょうか?やっぱ間違いなく敵ですね)


 元より戦う覚悟だったが、夜月の方に少し興味を持ってくれたので、夜月が来るのを待ってくれるかな?とか思っていた雛だが、ジェネラルは知人らしいし、キングに頼まれたと言っている以上、敵対以外に道は無いと腹を括る。


「そいつは楽しみにしてるが、大丸の奴は友人でな。あぶねえなら手を貸しとかないとな。それに、俺は嬢ちゃんにも期待してるんだぜ?」


 獰猛に、その口角を吊り上げ鋭い牙を覗かせる。

 ごくり。雛は生唾を呑み込む。

 獣人の男から放たれる剥き出しにされた殺気を、その華奢な全身で受け止める。


 死──


 それを本能で直感しながらも、雛は冷静にスイッチを切り替えた。

 切り替わる雛を見た七海もまた、あることを直感した。


(………夜月?)


 全てを圧し殺したかの様な、冷徹な瞳と虚ろになる存在感は、夜月の後ろ姿と良くにていた。

 さながらそれは、劣化版夜月と呼んでも差し支え無い雰囲気だ。


「へえ……」


 不敵に笑う顔を更に深め、そして殺気もより深める。

 獣人の対象は、この時点で雛に完全に定まった。


 雛はそんな殺気を受けても、既に動揺は無い。

 夜月に憧れ、必死に訓練してきた力が今ここで解放されたのだ。

 雛は夜月の様な人外的肉体能力はどんなに努力しても持てないと理解していた。

 だからせめて、あの憧れた存在に届く様にと、感情を圧し殺す術をなんとか身に付けようと、新世界になる以前より訓練していたのだ。


 それこそ、人を殺す程の経験を積んで。


 更にここに辿り着くまでに夜月からレクチャーされた呼吸法によって、体内の気の流れを整えていく。

 ついさっきまでは、気の流れを上手く感じ取れなかった雛だが、今は鮮明に感じとる事が出来た。

 身体の隅々まで行き渡る自身の清流(チカラ)を感じとりながら、雛はゆっくり腰を落とす。


 そして、ゆっくり呼吸をしながら、冷徹な瞳で目の前の敵を射抜く。


 今の雛を実力者達が見たら、誰もが絶賛しただろう。


 ──天才だと。



 ◆◆◆



 《skill:[気功・Ⅲ]を獲得》


 《tolerance:[恐怖・Ⅱ]が[恐怖・Ⅲ]に上昇》


 《skill-level:Ⅱ以上でのskill獲得を確認

 title:【鳳雛】が贈られます。

 それを祝し以下のプレゼントが贈られます。

 BP10

 50S

 ability:【直感】》


 《敵の威圧に対し、感情を一定以下に固定された事を確認。

 ability:【冷徹】が贈られます》




 ◆◆◆



 ──あ?


 弓兵二体、槍兵一体、重歩兵一体と、更に背を向けてジェネラルの後ろに向かおうとした魔法使い一体を、魔力で作り出したダガーで殺し、ようやく復帰し残った者達をまとめたジェネラルと向かいあっていた時、伏兵警戒用の感覚(センサー)に敵が引っ掛かった。


 不味いな……。

 敵は気配を隠す気が無い様なので簡単に力量を計る事が出来る。敵は文句無しに強い。目の前のオーク・ジェネラルに匹敵するかもしれない。


 雛が稼げる時間は、多く見積もっても一分。

 一分以内で俺がこいつを殺せる確率──4%。

 これは……ヤバい。


 吸血鬼の時に使った奥義は使えない。

 正確には、使ってもあの緑色のフルプレートの鎧が邪魔をして、現在の装備では決め手に欠ける。あの業は、気配を完全に溶かす事で自然と一体化する業だが攻撃力は無く、残念ながら使っても早期解決には至らない。更に言えば、足を止めての集中が必要なので、今使えるかどうかは微妙なところだ。


「ドウヤラ弥吉ノ奴ガ来タ様ダナ。コレデ貴様ノ仲間ハ死ヌ」


 っ!!

 目の前のフルプレートの鎧に身を包んだジェネラルから、滑舌は悪いがしっかりとした日本語で話しかけてきた。

 挟撃は警戒していただけあって驚きは少ないが、まさかジェネラルが喋れるとは予想の上を遥かに越えていた。さすがに感情を表に出す愚は犯していないが、内心の驚愕は禁じ得ない。

 声帯とかどうなってるんだろう?


「私達ハ弥吉ガ後方ヲ叩イテコチラニ来ルマデ、ユックリト追イ詰メテ行クトシヨウ」


 フルプレートのせいで分からないが、獰猛に笑った気がした。

 態々俺に聞かせたのは心理攻撃だ。

 ここで戦いを焦れば負ける。しかし、後ろにいる敵を放って置く訳にはいかない。

 その二つの思考によって俺の気を逸らして、戦況を有利にしたいのだ。


 その程度は俺も理解している。

 しかしながら意識を割く事を禁じ得ない。

 隙を見せ、余計な事を考えられる相手では無いというのに、七海が気になる。

 結果、内心に僅かながら焦りが生まれる。


 焦るな、落ち着け。

 まずま目の前の敵を片付けなくては。


 焦りを内心に秘めたまま迎える第二ラウンド。

 ジェネラルは大剣を上段に構える。

 残りの槍兵一体はジェネラルの横に腰を落として長槍を構え、魔法使いは斜め後ろで展開を始める。


 残りMPが5の今、がらじゃ無い正面からの近接戦に持ち込まなくてはならない。

 こんな防御力のある相手に、短刀は刃を傷つけるだけ。俺は短刀を鞘にしまって拳を握る。


 やるしかない。

 冷静に、焦らず、それでいて素早く。

 俺は握った拳を解いて脱力し、重心を落として目の前の相手に集中する。


 その時──雛の気配が消えた。


 ……雛?

 思わず目の前の敵から意識を割いてしまう。

 いる。一応いる。

 雛の気配は虚ろだが感じ取れる。


 なんにしても、雰囲気が変わったな。

 これなら、倒せなくとも期待は持てる。


 お前は俺が唯一認めた天才なんだから。

 頼んだぞ。



夜月くんは後遺症を残さない様に軽めにアッパーしましたが、雛ちゃんは結構ガッツンいきました。桐原くんは大丈夫です。


【鳳雛】:経験値・熟練度+10% 条件を達成すると[覚醒]する(条件には個人差があります)

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