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新/030/怪物VS将軍・2

まだまだ夜月くんのターン!!

 出てこない。

 横道の影に隠れてから一分。

 まさか怖じ気づいたのだろうか?

 いや、流石にそれは無いとジェネラルは首を振る。


 先程、仲間を庇う為に出てきた奴の瞳は、思わず冷や汗をかく程の鋭い殺意と極寒の冷気を想い起こさせる冷徹で冷静な闇の色をしていた。

 恐怖など微塵も感じておらず、此方の方が逆に死を直感させられた程だ。


 とはいえ、此方が有利なのは変わらない。

 奴が壁の影に隠れたのは、正面からでは攻略できないと理解したからだ。


 出るべきか?

 しかし、間合いを詰めれば中遠距離からの弓兵と魔法使いの利が無くなる。接近戦になれば、誤射を恐れて撃てなくなるからだ。


 敵が人間である以上、地上戦を仕掛けてくるしか無い。

 例え飛べて建物の上から来たとしても、それは逆に弓兵と魔法使いの格好の的だ。


 有利とはいえ奴は強い。

 コンマ1秒とて気は抜けない。


(──?)


 魔法がかかっているためクローズドヘルムではあり得ないほど良好な視界の端に、一瞬影が通った様な気がした。

 他のオークは誰も気づいていない。いや、自分の見間違いの可能性も高い。

 しかしジェネラルには、その一瞬の影がどうしても気になった。


 その時、ジェネラルが振り向いたのはほとんど偶然に近かった──



 ◆◆◆



 ──【影化の帯(シャドー・ベルト)】は、MP30を消費しskill[気配遮断]のlevel・Ⅰにつき一分間影の中に潜る事が出来る。

 影化している間の移動は可能。だたし、音も光も臭いも無く、五感は何も感じられない状況にある。

 無に近い状態だ。


 しかし無では無い。気配は伝わる。

 俺はその気配を頼りに影を移動させた。

 自分で走るよりは遅いが常人の全力失踪くらいは出るので、動きはそれなりにスムーズ。


 とは言っても正直微妙な感覚だ。

 当然床など無いので足で走っている訳では無い。

 イメージで動かしているのだ。速度はM-CON依存らしい。


 おっと、そろそそ後ろに差し掛かる。

 オーク・クレリックの後ろに。



 ◆◆◆



 ジェネラルが半ば偶然後ろを向いた、その瞬間──夜月は影より現れた。

 そして、素早く【蠱毒の鉄血刀】をクレリックの後頭部に刺した。


「ッ──!!」


 クレリックの羽織る白いローブの上から、何の抵抗も無く深々と短刀は刺さった。

 痛みを感じる暇など無く、神官個体の視界は永遠に暗転した。


「ブオオオォォォォォォッ!!」


 将軍の咆哮が空間を振動させる。

 クレリックが倒れ行くその瞬間を、スローで捉えていたジェネラルは驚愕しつつも迎撃する為に、部下達を急いで反転させる。


 しかし夜月の行動は早い。

 並大抵の奴ならば咆哮一つでビビったであろうが、夜月にとっては何処吹く風。

 此方を振り向こうとしている右の弓兵に、魔力で作ったダガーを投擲。狙い違わず、横から短い首に突き刺さる。


「ギャっ!」


 影より出現して、僅か四秒で二体が倒される。

 その事態に狼狽えるオーク達に、大将であるジェネラルは──前に出る。


(ちっ!)


 部下を落ち着けている隙に、また一人と殺られて行くだろうと予測したジェネラルは、単身で夜月に斬りかかる。

 実際そうしようと思っていた夜月は、ジェネラルのあまりの冷静さに内心で舌打ちする。


「ブオッ!」


 鞘を落とすように抜いた大剣を、上段から降り下ろす。

 荒々しいが、しっかりと技術を内包した本物の剣筋。迫り来るフルプレートの巨体が、相乗的に威圧感を数倍に増加させる。

 その恐ろしい程の風圧を纏って迫る大剣を、夜月は右にステップして避ける。


(まずはジェネラル(こいつ)よりも、弓兵を狙う!)


 夜月は死の大剣を避けたステップの勢いを殺す事無く、ジェネラルの横をスルー。斜め後ろから、盛大にアスファルトを砕く激突音と、黒いアスファルトの塊が背中より襲い来る。

 それをコートが弾きながらも無視し、後ろにいる弓兵達を狙いに行く。


 遠距離攻撃が出来る相手を狙うのも、多対一の構図では弱い相手から減らして行くのもセオリー。何より、ジェネラルはフルプレートを纏っている為に、急所への一撃スタイルである夜月との相性は最悪。倒すには一対一の構図にしたかった。


 魔法使いでは無く弓兵を狙うのは、魔法使いよりも驚異度が上だと判断したからだ。

 夜月の装備はシャーネがプレゼントした一級品。魔法防御力は高いし【魔断の帯】もある。しかし、物理防御力の方は少し心もとない。

 もちろん、フルプレート並の防御力は備えている。フードも被り、襟は口を覆う程まで立っているので、急所攻撃にもそれなりに耐えられる。が、それでも魔法より物理の方が驚異度が高い事は事実なので、そちらから片付ける。


「ブモォッ!」


 しかし、オーク達の建て直しは早かった。

 大将が単騎で突入した勇猛に、オーク達の精神は安定したのだ。

 その結果、弓兵へと向かう夜月の前に盾を持った重歩兵と、槍を持った槍兵のタッグが躍り出て、右の弓兵と魔法使いを守る布陣を敷く。


(ちっ)


 再び内心舌打ちをして、左の方を視線を逸らさず気配だけで確かめる。左の弓兵二体と魔法使いの間にも、目の前と同じタッグが守っている事が分かった。

 更には大剣を打ち付けたジェネラルまでも、振り向き夜月の背後に迫って来ている。


 挟撃される形になった。


(MPを気にしてる場合じゃ無いな……)


【血色の羽を持つ長靴】の[飛翔]を起動。ジャンプ力を増大させて、立ちはだかる二体のオークの真上を飛び越える。残りMP40。


 目の前にいた夜月が急に視界から消え、空に舞い上がった事にオーク達は慌てる。

 しかし、後ろにいた弓兵は冷静だった。

 咄嗟に上空にいる夜月目掛けて矢を放つ。

 常識的に考えれば、空中にいる夜月に回避する事は出来ない。

 しかし、常識の範疇に収まるならば、そもそも怪物とは呼ばれていない。


(なめんな!)


 [空歩]を使って方向を変えるまでも無い。

 限界まで加速したスーパースローの視界の中、至近距離と言っていい間合いより放たれた矢の軌道を確認する。

 そして、弓兵へと向かって落下していく身体を、空中で半身を捻る事で矢をギリギリでかわす。すれ違い様に、ハーフコートを矢が滑って行く。


 夜月は弓兵へと短刀を構え、落下と同時に眉間に突き刺した。

 オーク・アーチャーは一撃で死亡し、崩れ落ちる。

 しかし、そんな様子を見てはいられない。後ろからオークの兵士が二体迫っている。更に──


(うおっ!)


 左側の弓兵二体による援護。間一髪でかわしたが、前の兵士に間合いを詰められた。

 槍兵の間合いに入ってしまい、盾を突きだしながら突進する重歩兵の隣から槍を突いてくる。


 本来なら余裕で交わして即座に懐に入りたいが、重歩兵の方が邪魔で入れない。それに、最も邪魔なのは左の弓兵。更には魔法使いまでも、展開を開始している。


 かなり厳しい。


 しかしまだ夜月が負ける程では無い。

 突き出された槍を片足で踏みつけ、その槍を足場にジャンプ。その隙を狙う矢を、腕を添えるように払う事で、軌道を逸らす。

 重歩兵の頭を足で挟む様に肩へと着地。そのまま首をホールドした状態で、背中から倒れる様に重心を倒す。


「ブモッ!?」


 高くなった重心と、元より鎧を着て増した自重によって、オークは容易く倒れて行く。

 倒れる中で、腰を捻り、それに連動してホールドした首も捻られ──地面に叩き付けられる。


 鎧がアスファルトの地面に激突する激しい金属音と共に、首の骨が折れた音が鳴り響く。

 首を捻られ倒れた自重で、意図も容易く重歩兵の一体は絶命する。


 だが──


「ブモオオォォォ!!」


 倒れたのは夜月も同じ。受け身をきっちりとり、装備のお陰で衝撃すら無いとは言っても格好の隙だ。そして、その隙を見逃すジェネラルでは無い。


 鉄塊すら断つと思えるほどの大剣が、夜月の胴目掛けて上段に構えられる。さながらそれは、ギロチン。

 巨体過ぎる故に、接近戦では二体のコンビネーションの邪魔になるからと、一歩退いて機を見ていたジェネラルは、この好機に最大の技を繰り出す。


(なん、だ!?)


 大剣が赤く発光する。

 剣の軌道に赤いラインを描きながら、ギロチンと化した大剣は夜月の胴を別つ為に降り下ろされた。


(はやっ!!)


 夜月にとっても予想外の一撃。

 早く鋭く、それでいて得たいが知れない。

 大剣に込められた魔法の効果だろうか?


 夜月達は、まだ知らない──


 戦技【巨重斬撃(ジャイアント・スラッシュ)


 ──この世界の常識を。



 ◆◆◆



「よ、よ──んんっ!?」


「だ、だめッス──!!」


 道の影から見ていた七海と雛。

 夜月にジェネラルが必殺の一撃を繰り出そうとした時、七海が叫びそうになったので、慌てて雛が口を塞いで止める。


 その直後──大爆音。


 震度5以上の地震かと思える程の揺れが街を襲う。

 雛は倒れそうになる七海を抱え、壁に背をつける。


(あ、ありえないッス!)


 間違っても剣が出せる音では無い。

 魔法の武器だろうと思うが、それでも威力がおかしかった。


 万が一は援護を──なんて考えていた雛だが、一瞬で無理だと考えを改める。

 自分に出来る事があるとしたら、夜月が戦いに集中できる様に、七海を全力で守る事だけだ。雛はそう思い彼女を戦地から遠ざける。


 雛は夜月の事を好きだが、鈴火の様に七海に嫉妬してはいない。むしろ、色んな意味で可愛い七海は好きだった。

 夜月に恋をしているのは確かだが、何も一番になりたい訳じゃ無い。雛の愛は、恋よりも、敬いの方が強いからだ。

 だから別段、七海を守る事に異論も無いし、重要な事だと理解している。


 ただ、援護出来ないという事実には悔しさを禁じ得なかったが。


 人工の地面を砕いた粉塵が、二十メートルも離れたここまで届く中、雛同様に悔しい思いに涙を貯める七海が大人しくなる。七海も同様に、現状を理解したのだろう。


 雛はそんな七海を苦笑しながらも、頭を撫でた。

 サラサラで美しい髪は、こんな状況ではなかったら触るだけで癒された事だろう。


「──っ!い、今のは何だ!!」


「おぅ………」


 今の爆音で、昏倒させられていた光が目を覚ました。

 雛は一気に面倒そうな顔をして、七海は小さくため息を吐く。


「桐原!落ち着け!」


「ひ、光さん!大丈夫ですの!?」


 飛び上がった光を吉野が宥め、鈴火が涙目で無様にすがり付く。鈴火にとって、この状況で頼れるのは光だけなのだ。しょうがない。


「っ!そうか!オーク達が来てるんだった!行かなきゃ!」


 鈴火の泣いている顔を見て、粉塵が立ち込める道を確認し、光は自分が戦わねばという正義感に燃え上がる。

 吉野はそれを抑える。夜月の戦闘を唯一まともに見ただけあり、吉野は既に何も出来ないと理解していた。


「吉野先生!神崎君一人に戦わせてるのですか!あまりにも無謀だ!」


「無謀はお前だ!この状況で頼れるのは神崎しかいない!俺達は大人しくここで勝利を祈ってるしか無い!」


「例えそうだとしても、彼一人に押し付ける訳にはいかない!」


 しかし光に聞く耳は無かった。

 匠が未だに青ざめて寝ている事と、鈴火が顔をグシャグシャにして泣いている事で、光の怒りは頂点達しているのだ。


「七海先輩。アレ、黙らせて良いッスか?」


「………いや、ぼくがなんとかしよう。いや、そうするべきだ」


 桐原光は自分の許嫁で幼馴染み。

 本来ならば、自分がなんとかするべきなのだ。

 それをこれ以上、他人に押し付ける訳にはいかない。

 現実を分からせなくてはならない。


 ──お前は、弱いと。


「夜月は死んで無いよな」


「当然ッス!」


 夜月は死んでいない。

 七海に気配の察知なんて芸当は出来ないけれど、夜月との確かな絆が彼の存命を教えてくれる。


 ならば見せよう。

 光に、夜月の戦いを。

 自分と夜月の圧倒的なまでの差を。


 その傲慢な正義に叩き付ける。


「雛、あいつを押さえてくれ。見せるんだ、夜月の戦いを」


「承知しました!」


 それで受け入れられない様であれば、七海は光と完全に縁を切る事にした。



 ◆◆◆



「ひ、雛ちゃん!?な、何を!」


「ハイハイ~、ごめんなさいねえ」


「お、おい桃園!」


「光さんに何するんですの!」


「うるさいです」


「ひっ!」


「痛っ!痛い!痛いよ!!」


「あ、捻りすぎた」


 面倒ッスね。

 正直自分的には昏倒させた方が早いんですが、七海先輩の意向も理解出来るし、しょうがない。


 この人の正義感は、思い込みから来てる。

 自分は強い。

 その傲慢な思い込みから。


 ぶっちゃけ、ふざけてるとしか言い様が無いッス。

 一体、どんなお気楽な環境で育ったら、こんなピュアで傲慢な正義感を得られるのでしょう?興味は無いけど。


 なるほど、これが自分の感じていた気味の悪さの正体なんスね。

 いや~、本当に面倒の一言です。


「痛いって!離してくれよ!俺は行かなきゃ!」


「あのですね。こんな簡単に腕をホールドされてる様な人が、助けに行くとか言わないでくだ──」


「い、いや!それは君が後ろからいきなり!って、痛い痛い!雛ちゃん聞いてる!?」


 ──嘘でしょう……。


 桐原先輩の腕から手を離し、刀を何時でも抜ける体制を取る。

 背筋に嫌な汗が流れ、頭の警鐘を大音量で鳴らす。


「雛?」


「七海先輩。構えてください。桐原先輩の事は後回しです」


「?──っ!?まさか……」


 自分の緊張が伝わったのか、七海先輩は顔を強張らせる。

 そして、自分と同じ方向──つまり、[制限]がかかっているイベント範囲外に集中する。


「?二人とも、どうした──っ!」


 この期に及んで空気の読まない桐原先輩に、鞘に入った刀の鋒を突き付け黙らせる。

 ぶっちゃけ邪魔ですが、今の状況では一人でも囮──もといい、戦力が欲しいですからね。


「皆さん聞いてください。敵です。イベントには関係無いだろう敵です。範囲外より来ます」


「「「っ!!」」」


 桐原先輩、梅宮先輩、吉野先生の三人は、驚愕に顔を染めて範囲外、つまり二つの死体のあるその場所を見た。ちなみに、えーと……おデブ先輩は、未だに丸くなって濡らしたお尻をこちらに向けている。


 敵がいる。

 失念していた。

 イベント中は、他の敵は来ないと無意識に思い込んでしまった。

 不覚。夜月先輩に会わせる顔が無い。


 実戦において敵が一人などまず無く。例え一人だとしても、連戦は当然。そして何より戦闘中の背後から、新手が忍びよる事もまた当然。

 戦闘中はどうしたって意識を敵に集中させるから、新手に気づき難い。だから敵も狙い易い。


 とはえい、自分達は戦闘をしていない。

 それなのに警戒を怠ったのは、あまりにも不覚だ。


 気づけたのは絶対に気づくラインを越えたから。

 本気で警戒していればもっと早く気づけたのに。


「七海先輩。自分は夜月先輩と違って、離れた敵の戦闘力を計るのは難しいッス。シールドを張ってください。普通のオーク・メイジよりも上なら、自分の護衛力では不安があります。後、これは絶対条件ですが、この道から出ないでください。夜月先輩の邪魔になって、かえって不利になります」


「分かった。しかし、ぼくも援護する。夜月ならともかく、お前は不安だからな」


 ちょっと傷ついたッス。まあ、援護は有り難いですけど。

 七海先輩も、魔法使いとして凄く信頼できる。

 自分とのタッグでもオーク五体を無傷で倒せるほどだ。


「敵って!分かった、俺も戦うよ!七海には指一本触れさせない!」


 うん、壁として期待してるッス。

 お願いだから邪魔しないでください。


「挟撃か……神崎の邪魔をさせる訳にはいかないな」


 おお!流石です、先生!

 吉野先生は、匠先輩を道の端に移動させて、スコップを構える。

 期待してます!壁として!



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