新/029/怪物VS将軍
さあ、夜月くんのターン!!
光達は仮にもここまで辿り着いただけあり、しっかりと作戦と陣形を考えて戦っていた。もっとも、先の二人を助けた時の様に、光が正義感から飛び出す事もあるが。
先頭に匠と吉野。
両者共にパワーは十分だが武器の扱いが得意では無い為に、動く敵に対する攻撃役としては不十分。だが近接格闘と耐久力に優れているので、敵の注意を引き付け後衛に流さない様にするチームの防御役。
次に光。
攻守共にバランスに優れ、更に機動力が高く、武器の扱いも得意。匠と吉野が引き付けた敵を、側面から叩く攻撃役。
そして富川。
身体能力は低いが、魔法での牽制を行う固定砲。威力は低いが、炎が弾ける衝撃と追加の熱によって敵の行動を阻害する牽制役。
最後に鈴火。
光魔法での回復役でもあり、薙刀の扱いに長けるため、万が一後衛に敵が流れた時、武器を持って凌ぐ役目も担う回復役兼牽制役。
この布陣で今まで何体ものオークを倒してきた。
無論、何度か修正をしたし、まだまだ完全とはいえない。
しかしそれでも、順調に戦いを進め、ここまで歩を進める事が出来たのだ。
そうここまでは──
◆◆◆
「た、匠?」
何が起こったのだろう?
光は音と色が無くなったモノクロの静寂の中で、ゆっくりと、永遠に感じられるほどの刹那を、まるでテレビドラマでも観るかの如く、他人事の様に眺めていた。
ゆっくりと、実際には一秒程度の時間だけれども、それでもゆっくりと、近藤匠の身体は倒れていく。
光達には何が起こったのかさっぱり分からない。
ただ「トスっ」という軽い音と共に、匠の身体が崩れて行っただけだ。
「ぐっうぅっ!」
その灰色の世界は、匠の身体が完全にアスファルトの地面に倒れた事で、ようやく色と音を取り戻す。
倒れた匠は苦しそうに腹を押さえている。
そしてその腹には細い棒が突き立っていた。
そう、それは──矢だった。
「ううっ!」
倒れて苦しそうに呻く匠。
その事にようやく思考が回復する。
「た、匠いぃぃぃぃぃっ!!」
光は手に持った木刀を落とし、倒れる親友に手を伸ばす。
腹に刺さった矢の場所から、白いシャツに血がどんどん滲んでいく。
血の気の失せていく親友に、どうしたら良いか全く分からず呆然とする。
「ひ、光さん!」
しかし、ここは戦場。
敵が情けをかけてくれる事など無い。
感動のシーンなど、敵には格好の的でしかないのだから。
二十四メートルほど離れた場所から、更に弓を引くオークが二体。
同時に射出する。
弓の速度は銃より遅い。
だがそれでも、常人が見切れるほど遅くはない。
光達に回避する術も経験も無いし、その上、匠が倒れるという衝撃で思考が止まってしまった以上、避けられる道理は無い。
動かなくなった自動車の影から、二体のオークが射る。
狙いは正確。
通常のオークとはまるで違う器用さを発揮していた。
避けられない。
倒れた匠以外の四人は、咄嗟に目を瞑り、神に祈る。
その程度の祈りに答えてくれる神がいたとするならば、そもそもこんな世界にはならなかったというのに。
──もっとも、神が聞き届ける事は無かったが、助かりはした。
ぶつかり合う軽い金属音。
目を瞑った光達の感覚に届いたのは、死と恐怖を告げる痛覚では無く、そんな軽い音と──
「──目を瞑るくらいなら伏せろ!!」
珍しく激しい怒気を孕んだ、夜月の叫び声だった。
◆◆◆
(…………………………………)
ぎらつく黄色い輝きを携えた瞳を覗かせならが、オーク・ジェネラルは目の前で起こった事を、冷静に観察する。
こちらのオーク・アーチャーが放った二本の矢は、狙い違わず無様に硬直する獲物に突き刺さる──筈だった。
驚異的な動体視力を持ってその事実を確と見ていたジェネラルが、自身の部下達に称賛の念を贈っていた──その時、軽い金属音と共に放たれた矢が弾かれたのだ。
アーチャーは必中の手応えがあっただけに狼狽し、ソルジャー達も驚愕に動きを止めた。もっとも、内心はともかく、行動で騒ぐ事が無いのは素晴らしい練度なのだが。
矢を弾いたのは、曲がり角の辺りから飛び出してきた二本の漆黒のダガー。
漆黒のダガーは、空気中に溶ける様に消えていった事から、魔力で生成された物だと推測できる。
魔力で生成可能な武器には大した性能は無い。精々普通のダガーか、ちょっと上くらいの筈。ジェネラルは、経験と知識からその事実を知っている。
問題はそんな事では無い。
横から高速で飛来する矢を正確に弾く事が出来るという、その投擲技術。
幾度の実戦を経たジェネラルでも、そんな事が可能な者は、片手の指でも余る。
だが、今の芸当をやってのけた者は、間違いなくその僅かな者達より上だとジェネラルは確信する。
なぜなら、矢もアーチャーもどちらも曲がり角の先という死角の筈だと言うのに、意図も容易く落として見せたのだ。
驚愕の投擲技術の他に、そんな未来予知にも匹敵するかの第六感を保有する者──間違いない。今、ダガーを投擲した奴が、自分達の討伐すべき第一目標だ。
キングから聞かされた、僅か二日で五十体以上のオークを殺した者。
同族を虐殺された怒りを心にたぎらせながらも、頭は冷静に敵の観察をし続ける。
滑稽な雑魚を僅かでもMPを消費して守った以上、標的はあの雑魚共を死なせたく無いのだろう。
ならば──
「フゴっ!」
──すかさずジェネラルは、アーチャー達に雑魚共を撃てと命ずる。
標的が出て来て庇えば良し、再びダガーで弾いても、MPは消費させられるから良し、何もしなくとも、どうせ雑魚共も殺すのだから良し、どうあっても此方が有利になるだけ。
さあ、どうでる?
◆◆◆
「──目を瞑るくらいなら伏せろ!」
だが駄目だ。
夜月の声は聞こえている筈だが、光達には咄嗟に動けるほどの経験は無い。
最高レベルに研ぎ澄ませた感覚と、圧縮した思考が、第三射目を教える。
(──っ!)
0.1秒で考える。
(ダガー。駄目。この先の事を考えれば、これ以上のMPの消費は避けたい。見殺し。しかし近藤は………………糞っ!やればいいんだろ!!)
本当ならば見捨てたい。
しかし、ジュディの弟である近藤匠を見殺しにするのは避けたかった。
ジュディへの友情──なんて感情で動いている訳では当然無い。
しっかりと、打算が有る。
ジュディ。西園寺特別護衛団で、本家の警備主任を任される実力者。
椿と並ぶ実力者で、西園寺への忠誠心も厚い。
この状況で、ジュディは七海を守る盾として文句無しに優秀。是非とも協力して欲しい存在だった。
しかし、万が一にも弟を見殺しにしたと知れたら?
もちろんジュディは、この状況を正確に把握する頭を兼ね備えている。だから、見殺しにした事への理解は、得られる筈なのだ。
だが、あくまでもそれは理性の上で。
人間は理性で動いている訳では無い。
感情で動いているのだ。
頭では理解していても、暗い感情が心に棘として残れば、どうなるかは想像するに難くない。
ジュディは味方には是非とも欲しいが、敵対はしたくない存在だ。
夜月とほぼ同等である実力者なのだから。
弓兵の持つシンプルだがしっかりとした作りの弓から矢が放たれる瞬間、夜月は光達の前に躍り出る。
光達は呆然とするだけ。
矢が放たれる。
二十四メートルの間合いを、高速で飛来してくる二本の矢を捕捉する。
(問題ない)
【血と愛で飾る夜の衣】シリーズのグローブをしっかりと装備した手刀にて、飛来する二本の矢を叩き落とす。
右は垂直に。左はやや腰を落として斜めに。
叩き落とされた矢は、アスファルトが金属を弾いて、道の両端に転がっていった。
「わお!」
その常識を逸脱した光景を目の当たりにした雛は、目を輝かせ、恍惚とした表情で夜月を見つめる。
巨猪や吸血鬼と夜月の戦闘を観られずに内心不満だった雛の心が踊る。今回の戦いは、どうやら見られるようだ、と。
しかし雛の様な奴は例外中の例外で、光達はその光景を正しく認識出来無い。
何?どうなった?
そんな二つの単語で頭を埋め尽くされて、脳は処理が追い付かない。
「ぼさっとするな!さっさとデカブツ抱えて隠れ──ろっ!」
言葉の途中で飛来した第四射を弾きながら、光達に向かって叫ぶ。
その言葉だけは理解できた様で、光はハっとなって匠を抱える。
しかし、90オーバーの巨体は重すぎて一人では運べない。
「きゃっ!」
第五射目を弾いて力の無くなった矢が、鈴火の顔の横を通過。
それによって蘇った最初の戦闘でのトラウマによって、鈴火は一人で一目散に道の影に走り込む。
更に富川も、腰が抜けたのか無様に這いつくばって道の影に転がり込む。
光は吉野と協力する事で、匠をどうにか抱え急いで横道に走る。
途中、第六射目がそれに向かって放たれたが、夜月によって阻まれた。
全員が隠れた事を確認して、夜月は意識を前に集中させる。
敵は十二体。
弓兵四人。革鎧と革のヘルムに身を包み、木製の弓と、まだ二十本近く残っている矢筒を持つ。その弓兵は車の影に隠れながら射撃していた。
槍兵が二人。先ほどの兵士と同じ鎧と、長さ四メートルの長槍を持つ。一体の戦闘力は雛より若干低い模様。
魔法使いが二人。黒い綺麗なローブに身を包んでいるところから、その辺のモドキとはレベルが違うのだろう。光達が去るのを確認してから、黄色い光と共に展開を開始している。戦闘力の把握は難しい。
神官が一体。一番後ろで待機中。最初に殺しておきたい。
盾とメイスを持った重武装の個体が二体。防御力に特化した盾役と思われる。また、一体の実力は雛より上。要注意。
そして中央に、オーク達より更に大きい個体。纏う雰囲気からも、間違いなく将軍であると推察される。
二百五十センチの巨体に合わせた、フルプレートの緑の鎧を身に纏い、二メートルを越える大剣を背負っている。どちらも魔法の品である可能性は高い。
実力はあの吸血鬼並。フルプレートの鎧を着ているせいで、夜月とは相性が非常に悪いと言える。
(…………無理じゃね?)
ここまでの推察で、夜月が内心思った事はそれだった。
ジェネラル以外は纏めて来ても倒せるだろう。が、ジェネラルは不味い。
装備が整ったとはいえ、獣人吸血鬼並の実力者と、訓練された軍隊を纏めて相手にするにはあまりに危険過ぎた。
夜月は第七射目を弾きながら、道の影に戻って一度仕切り直す事にした。
正面からは、さすがの夜月でも無理。一度退くしかない。
夜月が道の影に隠れようとした瞬間、オークの魔法使いから魔法が放たれる。
左の一体は、バレーボールサイズの火球。
右の一体は、やはりバレーボールサイズの土の球。
どちらも、夜月を狙うモノ──では無い。
斜め上に放たれた火球と土球は、弧を描きながら建物の上を飛び越えて、七海達の隠れる道に落ちていく。
「七海!雛!上だ!」
「「っ!」」
戻ってくる夜月の指摘に、二人とも弾かれた様に上を向く。
それに遅れて匠の介抱をしていた光と吉野、更に遅れて怯えて踞る富川と鈴火が上を向く。
「うわあああぁぁぁぁぁ!!」
「いやあああぁぁぁぁぁぁ!!」
迫り来る魔法に、富川と鈴火が悲鳴を上げる。
光は匠の上に覆い被さって、吉野は更にその上に被さる。光の正義感と吉野の教師としての信念は危機にあっても揺るがないようだ。
「[マジックシールド]!!」
七海が咄嗟に【天空珠の白杖】に込められた魔法の力を解き放つ。
サファイア色の魔力が杖を中心に広がる。大きさはそんなに無い。一辺一メートル程度の正方形。
[マジックシールド]は、MP20を消費して魔力の壁を産み出す力。強度はM-STR依存。
正直に言えばあんまり強くない。雛が本気で殴れば一撃で皹、二撃目で完全に破壊できる。とはいえ、長距離を飛ばしたが故に、威力が減衰して落ちてくる魔法を防ぐぐらいは十分できる。
雛はすかさず七海のシールドの中に入る。
ちゃっかりしているが、入ったところで盾の強度は変わらないので夜月も文句は無い。
着弾。
土塊の球は「ドスッ」という軽い音を立ててシールドにぶつかる。
音からして大した事は無い。石が投げ込まれた様なものだ。いや、硬い石の方が威力があるだろう。
火球の方は富川が踞る場所の隣に着弾。
破裂音と共に炎が弾ける。
「いぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!助けてええぇぇぇぇ!!」
土塊同様に見た目は派手だが威力は無い。
弾けた火はアスファルトに触れるとすぐに鎮火していく。
しかし恐慌状態でそんな事を判断できない富川は、四つん這いで這いずり、壁の辺りで丸くなる。
尻を突き出した影響で、ビリッと破けたズボンが、水を垂らした様に変色してアンモニア臭を撒き散らす。
恐怖のあまり失禁してしまった様だ。
そんな様子を気にも止めずに、夜月は七海の元に辿り着く。
七海は夜月を見ると、あからさまに安堵して[マジックシールド]を解いた。上に乗っていた土塊が、ドサッとアスファルトに落ちていく。
「夜月」
七海が夜月の腰に抱き着く。
夜月は一回、二回と頭を撫でて、引き離す。あまりのんびりしている時間は無い。
「先輩。今の攻撃に意味はあるんでしょうか?」
雛の指摘はもっともだ。
落ちてくる魔法は、冷静に見れば簡単に避けられるし、なにより直撃してもほとんどダメージは無い。
「あるさ。ここも攻撃範囲だと、言外に告げてんだよ」
夜月や雛にとってはなんら驚異になり得ない。しかし、光達は違う。
ここまで魔法が届く。その事実だけで、光達には十分なプレッシャーになる。
夜月達だって、万一に気を付ける為に、少しは上空に意識を割かないといけない。
十分牽制になるのだ。
「鈴火さん!匠に魔法を!!」
魔法が終わった事を確認した光は、急いで鈴火に助けを求める。
匠は苦しげに呻きながら、どんどん血を流して顔が青くなっている。
「へ?」
光に呼び掛けられた鈴火は、頭を抱えて震える体制からぱっと顔を上げる。
その表情は、以前に屋上で見せた憐れな小娘のモノに戻っていた。
「鈴火さん!」
「は、はい!」
とはいえ、今は一刻を争う。
夜月の見立てでは、内蔵を掠めている。
これまでに見た、第一階級の魔法程度で治るとは思えない。精々が応急処置。やらないよりはマシだろうが。
(この世界であの深手は不味いな。ここを凌いでも、すぐに別の奴に殺られる)
流石にそこまで面倒を見る気は無い。
だが、ジュディの弟だ。見捨てるのは、今後の亀裂に成りかねない。
(しょうがない)
非常時にとって置いたアイテムを、storageから取り出す。
【下位吸血鬼の血】LPとSPの回復力を高めるアイテム。その後に混乱は起こすようだが、そこまで気にしない。
回復魔法と会わせれば、そこそこの効果は発揮するだろう。
「桐原」
鈴火が回復魔法の展開を始め、薄い赤色の光を手に集約している最中に、光に呼び掛ける。
「神崎君!今は忙しいんだ!後にしてくれ!」
忙しいと言っても、光は何もしていない。
むしろ、医療知識も無い光など、ただ邪魔でしかない。
「光!」
七海の咎める様な声で、光はようやく振り向く。
「な、なんだい!?今は──うおっ!とっととっ!!」
夜月は面倒になったので、会話の途中で小瓶に入った【下位吸血鬼の血】を光へと投げ渡す。
「こ、これは!?」
「回復アイテムだ。さっさと使え」
「っ!!」
夜月の素っ気無い言葉に、光は驚愕に目を見開く。
「お、恩に切る!」
真偽を確かめる事などせず、光はその言葉を信用した。
毒薬とか偽物とかを考えている余裕は無いし、基本的に人の善性を信じる性格故だ。もっとも、今は素直で好都合だけれど。
「じゃあ、俺は行く。あまり時間をかけたく無いからな。雛、ナナを頼む。こっちに被害は出さない様にするが、絶対じゃない。ナナ、お前も備えておけよ」
「承知ッス!」
「うん!夜月、気を付けろよ」
「ああ」
夜月は即座に行動に移る──が、
「神崎君!行くのかい?なら俺も行こ──っ!?」
光が【下位吸血鬼の血】を匠に飲ませた直後、夜月の言葉を聞いて、自分も行くと言い出した。ので、面倒になった夜月は、顎に一撃入れて昏倒させる。
「………最初から、こうしておけば良かった」
心労を感じされるため息と共に、その呟きは誰も聴かなかった事になった。
矢を弾くシーンを見ても、桐原フィルター絶賛稼働中!!




