新/028/慎重に、臆病に、卑屈に
(……な、何が…一体、何が起こってるんだ?)
今現在、目の前で起こったあまりにも常軌を逸脱した光景に、光はもちろん、光と行動を同じくするメンバーは、ただただ呆然とするしか無かった。
愛する人との再会。
唐突で最悪なイベント。
助けた者の死。
立て続けに起こる出来事に追い討ちをかける様に出てきた武装するオーク。
光達はその事態に身構える事はできても、鉄の装備という見るだけで威圧感を与える物を装着する巨駆の化け物に、恐怖で硬直してしまった。
だがそれ以上に理解が追い付かなかったのは、その次。
蒼の矢が空中に線を描いて飛ぶ。
気づけば接近していた雛。次の瞬間には×字の銀閃が輝き、紅い花を咲かせる。
そして細い電撃が七海から迸り、暴れるオークから肉の焼けた臭いと、空気中に漂うオゾンの臭いが鼻孔を刺激していた。
ようやく頭が理解出来たのはオークが死んだという事だけ。
そしてその事だけを理解して光はハッとする。
そうだ、呆然としている場合じゃ無い。他にもオークはいるんだ、と。
理解できない事を全て棚上げし、早く他のオークを倒さねば──と振り向こうとした時、
「──さあ、次に行こうか」
全く感情の籠っていない淡々とした人間味の一切無い声が、光の鼓膜に届いた。
振り返る。
そこには──神崎夜月のみ。
さっきまで、自分達へ殺意を向けていたオークは確かに居た。
声も聞いた。姿も見た。戦慄して体が震えた。
そのオークは、もういない。
光の粒子の一粒ですら、目に映る事は無かった。
「た、匠。何があったんだ?お前達がやったのか?」
「い、いえ、それが……」
「……わかんねえ。何が起きたのか、目を離した訳でもねえのに」
そちらの方を見ていたであろう吉野と匠に、光は恐る恐る聞いてみるが、二人から帰ってきた言葉は光と同じく理解不能。
ただそこに、視線の先に、黒いハーフコートを着た夜月が虚ろに立っているだけ。
七海と雛以上に、訳の分からない光景だった。
夜月がやった事──
まず匠と吉野の巨体をいかし、音と気配はもちろん、視線すら断ってギリギリまで走る。
速度を殺す事無く即座に【血色の羽を持つ長靴】をMPを10消費して起動。[飛翔]の効果でジャンプ力を上げる。
それと並行してMPを5消費し【千の刃】にて、一つのダガーを生成。
その黒の魔力光で作られたダガーを、飛び上がる瞬間にアスファルトの地面に設置されるマンホールに投擲。
軽い金属音に構えるオークが一瞬下を向く。
オークが下を向いている間に空へ。
更にMP10を消費して【空歩】を発動。空中に作られた足場を蹴って、前に跳躍。【滑空】も同時に使う事で、重力で落ちる事無く水平に飛ぶ。
この時、誰にも気付かれる事無く高さ四メートル、幅五メートルの大ジャンプを決めた。
──本来なら、バランスを取る事が非常に難しい【血色の羽を持つ長靴】を、skill-level:Ⅸの軽業を持つ夜月は、いとも容易く使いこなした──
そして、真ん中のオークの真後ろに音もなく着地。
反動も全て殺しきった夜月は、一切の淀み無く抜いた短刀【蠱毒の鉄血刀】(MPを10消費する事で、攻撃が成功した相手に【状態・呪毒】にする。使用者のM-STRと被害者のM-RES次第で、成功確率が変動する)を背に刺す。
「ブギャッ!」
突然の激痛に思わず悲鳴を上げたオークだが、傷はそこまで深く無い。
敵がいる。痛みに驚くオークだが、訓練を積んでいるだけあって即座に反撃に移ろうとした──時に、視界が歪み、意識は遠退いていった。
「ブ、ギャ!?」
意味が分からない。いや、そもそも考えられない。
真ん中のオークはその一瞬で完全に意識を闇の底に沈めたのだった。
そして、当然残りの一匹も訳も分からず死を迎える。
──この間、約五秒。
常人に認識しろと言う方が無理な相談だった。
もちろん夜月にとっては簡単な事だけれども。
◆◆◆
《オーク・ソルジャーlevel15撃破!!
exp:30
bonus:【瞬殺30%】【奇襲5%】【先駆者+10%】
total-exp:44》
《オーク・ソルジャーlevel14撃破!!
exp:28
Bonus:【秒殺20%】【先駆者+10%】
total-exp:37》
◆◆◆
スマホをチラリと確認する。
兵士。当然ながらジェネラルでは無いようだが、やはりオークの上位個体だった。
強さ的には、光以上雛以下といったところだろうか?
七海や雛でも戦えない事も無いのだろうが後十二体も居る以上、残り三体以下まで夜月単独で戦うのが懸命だろう。
(まあ、元から俺一人で殺るつもりだけどね。問題は…)
「す、凄い!凄いよ七海!!」
問題があるとすれば、呆気に取られて硬直していた光達が、目の前の脅威が去った事でようやく動き出した事だ。
頭の痛い問題。
問答無用で眠らせた方がいいかもしれない。
ただ、後ろに未知の敵が居る状態で、少しでも別の行動に割くのは避けるべきだ。それに自分が戦っている間に七海の盾になってくれるかもしれない。
「さ、流石です西園寺様。よもやこれほど華麗に……」
口々に七海だけを褒める匠と光。もっとも、雛も夜月も下手に注目されないのでありがたいが。
鈴火は悔しそうに激しく嫉妬に揺れた瞳で七海を睨むも、親指の爪を噛むだけで何も言わない。
(あんな!……いえ、あれはただ派手なだけですわ!所詮は攻撃魔法。私の回復に比べれば!)
内心でそう猛り狂う嫉妬の炎を、自尊心を総動員して治めていた。
心の中で激しい混乱を起こしているのは鈴火だけでは無い。
富川も同じだ。
自身が特別で選ばれた存在だと、自分が世界の主人公だと、そう確信していただけあり目の前の圧倒的な戦闘には多大な衝撃を受けていた。
自分のヒロインだと思っていた七海と雛が、ああも華麗に簡単に敵を屠る姿は、肥大化し続けるプライドを揺さぶるには十分だった。
(いや、僕は選ばれたんだ!七海達はただ装備に恵まれただけ!)
そう必死に言い聞かせる事で、なんとか自分を落ち着ける。
富川は七海の方を向いていた訳では無くて、実際は夜月が倒した方を向いていたのだが、無意識的にそれを無視していた。いや、それは富川だけでは無くその場に居る者達全員に言える。
完璧に見下し戦力にすら数えていなかった存在が、武装したオーク二体を圧倒したという事実。それは認識してしまえば、プライドに致命的な傷を入れかねないからだ。
特に──光は……。
夜月はそんな彼等に対して興味を持つ事無く、意識から外してオークの集団に意識を集中していた。
(こっちが倒した事はとっくに伝わっている筈。なのに雄叫び一つも上げないとは、冷静だな。そもそも捨石って事か)
どうやら、先のオーク・ソルジャーは威力偵察。誘き出せれば御の字程度の犠牲なのだろう。
夜月達がどれくらいの速度で敵を片付けるのかで、実力を把握しようとしたのだ。
威力偵察である以上、先の三体は最弱の個体であるはず。
現に夜月の感覚で把握できる中には、予測できる戦闘力が雛と同等な個体が二体、明らかに格が違う個体が一体、感知する事ができる。
その三体以外は大差が無い様にも思えるが、敵が兵士個体だけでは無い、と夜月は確信している。
兵士だけなら突っ込んで追い込む戦術を取る筈。こっちは下がれないのだから、左右を建物で囲まれている以上、追い込む側が圧倒的に有利。慎重に偵察から入るような者が、その程度を分からない訳が無い。
(面倒だな。七海達の経験値を稼げないのは残念だが、俺が全て片付けるとしよう)
驕りとかでは決して無く、純然たる事実。
夜月ならば残り十二体も決して無理では無い。
不確定要素が大きいが、一番リスクの無いやり方でもある。
(よし、これ以上後手に──)
「──よし!これなら勝てるぞ!皆、一斉に行こう!奴等を倒して、俺達の未来を掴むんだ!」
「はっ!お任せください、若!」
「ふん!見せて差し上げますわ、私の奇跡の力を!」
「まあ、やるしかねえよな。皆、倒してやろうぜ!」
「ぼ、僕の魔法があれば、所詮豚に遅れはとらない!うん!」
敵の尖兵をまるで自分達が倒した様に見せる光の鼓舞。そしてそれに答える四人。
「七海!雛ちゃん!期待してるよ!」
硬直して何も出来なかった自分を、ナチュラルに棚に上げての上から目線。
キランっ!と白い歯を見せる光に、七海も雛も何も言えずに、苦笑いをする。
目の前の脅威が去った事と、格下と無意識に認識している七海達ですら倒せたという事実に、一気に圧し掛かっていたプレッシャーが解けたようだ。
とはいえ、これは夜月にとって好都合だった。
当初の予定通り、光達を囮に敵戦力を把握するという作戦を実行するには、やる気を出して突撃してくれるなら好都合。
「なら、さっさと行った方が良いぞ。あまり時間をかけると後手に回って不利になる。これ以上俺達に後退は許されないのだから」
やる気を出している光達の背中を突き押す。
後手に回る事も、後退できない事も事実。
それくらいは理解しているだろう彼等に、夜月が指摘する事でプライドを刺激する。
「分かっている。雑魚は口を出すな!若、行きましょう!」
「うん!神崎君の意見は最もだね。さあ、行こう!」
案の定乗ってくれた事実に、内心ほくそ笑む夜月は気配を消して七海と雛の側に忍び寄る。
「ナナ、雛。敵戦力を把握したら、俺が戦う。お前達にはリスクが大きいから大人しく防御に徹していてくれ。ナナはシールド。雛は最大限感覚を研ぎ澄ませ」
「承知ッス。あ、でもさっき桐原先輩が言ってた事は?」
「無視しろ。ナナも分かったな」
少しだけ光達の方に、悲痛そうな顔を向ける。
夜月の考えは非情だし冷徹だけども、理に適っている。七海はそれくらいちゃんと理解している。
でもしかし、その囮に使われるのは七海の幼馴染なのだ。
確かに苦手で面倒な奴だったが、決して嫌いでは無い。
優しく正義感に溢れる光には、些細な事だが助けてもらった事も当然ながらある。
それにもう一人、出来れば死なせたく無い者が居る。好き嫌いとかの話では無く、義理として。
それを考えてしまうと夜月の指示に頷く事を本能的に避けてしまう。
「…………………………」
何も言えなかった。
唇を噛む事しか出来なかった。
「……分かった。リスクは上がるが、敵戦力の確認を大雑把にでも済み次第、俺が出る。極力桐原達の犠牲は避ける。……これでいいな」
「え!?」
夜月の訂正には、雛も七海も目を見開いて驚いてしまう。
この怪物が情で動くなど、七海の事以外ではあり得ない事だからだ。
しかし、夜月にしてみれば別に情で訂正した訳じゃ無い。
光達が死ねば七海の心に罪悪感という楔が打ち込まれ、精神を不安定にさせるのは間違いない。夜月はそこに気づいたからだ。
七海のため。
それならば、リスクが上がっても光達を死なせる訳にはいかない。
かなり不満でシビアだが、今後の事を考えると必要な事だと呑み込んだ。
「………もしかして、ジュディに義理を通すためか?」
「は?」
ジュディ。
七海が義理で助けたかった人物の兄の名前。
夜月とも七海とも親交の深い人物。
故に七海は、ジュディへの義理通しのためにもその男を助けておきたかった。
「なんで?」
夜月は理解していない。
ジュディの事は良く知っている。しかし、ここで名前が出てくるのは、あまりに予想外だった。
「……もしかして、ジュディの弟を知らないのか?」
「弟?居たのか?」
「ジュディの本名は?」
「気にした事無かった。自分で「ジュディ」って名乗ってたし、西園寺が身元も分からない者を採用するとは思えないし」
夜月は基本的に、友好のある人物でも過去や真実について微塵も興味を示さない。
敵か、味方か、他人。
その三つでのみ他人を認識している夜月にとって、実にどうでもいい事だからだ。
とはいえ七海は軽くため息を吐いて呆れる。
確かにジュディは家族の事をあまり話さない人だが、同じ学校に通っている身内の事くらいは知っているべきだ。
「………ジュディの本名は、近藤誠。近藤匠の兄だよ」
「……………………え?」
「ジュディって、女の人じゃないんスか………?」
夜月はその事実に珍しくうろたえる。それが本当ならば、近藤匠を見殺しにする訳にはいかないからだ。
「早く言え!!」
夜月は急いで身を翻す。
桐原達、特に近藤を無理矢理にでも止める為に。
しかし──
「行くぞ!」
「「応!」」
「見ていると良いですわ!」
「豚の丸焼きにしてやる!」
──すでに彼等は、突撃していた。
◆◆◆
──現実は無情だ。
正義の味方は必ず勝つ。なんてありえない。
むろん勝つ可能性もあるが、基本的に勝敗の有無は実力と経験と運だ。
例え最初は負けていても、敵の油断を突くとか、小細工を弄して勝つとか、瀕死の際に活路を見つけるとか、そういう最後は必ず勝つ、なんてありはしない。
勝負は時の運という事を否定する気は無いが、現実的に最も勝率が高いのは、実力と経験を兼ね備えた油断無き者。
だからと言って、運という要素に頼る事を否定する訳では無い。
もはやそれしか無いという極限の状況下では、それ以外に頼るモノは無いだろうから。
だが、それしか無い、という状況では無かったら?
自分達の力量と、現在のおかれている状況を正確に把握する事からまずは始めるべきだ。
不確定要素が大きい時は、撤退か、それが駄目ならせめて偵察をして最低限の情報を得るべき。
自分の力に奢るべきではない。
慎重に臆病と言われてもいいから、最悪を想定して動くべき。
つまり何が言いたいかと言うと、実力も経験も無いのだから、せめて臆病なくらい、卑屈なくらい、慎重に行動して欲しい。
笑う人などいないし、いたとしても状況を呑み込めない愚か者なのだから。
俺は目の前で流れる光景をスローで見ながら、そう思った。
「え?」
「な!?」
「は?」
「何が?」
倒れ行く──
「た、匠?」
title:【先駆者】=exp+10%
titleは三つまでセット可能。
[呪毒]:毒では無く呪い。解毒では無く解呪でのみ回復させられる。効果は基本的に毒みたいなもの。夜月の【蠱毒の鉄血刀】なら弱い相手なら[即死]が出る。ただ[即死]は【一撃】判定が出ない模様。
後、登場人物紹介の■が幾つか解放?




