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新/026/最悪な再会

「ふん、ふふん~♪」


 鼻唄を歌いながらぼくは上機嫌に自分の髪撫でる。

 サラサラと流れる自慢の黒髪は、太陽の光を反射して漆黒の光沢を見せた。

 風に吹かれる髪が頬を撫でる感触が擽ったい。


 お風呂に入れなくなったこの世界。

 昨日までは自慢の髪も肌も、汗と埃で薄汚れてベタついていた。

 夜月は基本的に気にしない奴だが、今日の朝に何の躊躇いも無く臭いを指摘されて泣きそうになったものだ。


 しかし今は違う。

 ベタつき、ボサボサになった黒髪は、今はなんの抵抗も無く指を遠す。感触は絹にだって負けていないだろう。

 汗と埃で汚れた身体も同様に、今ではツルツルの美しい白さを取り戻した。

 衣服だって着たくも無いほど異臭を放ち汚れが目立ったのだが、今では新品同様だ。


 その理由はあの変態ストーカー吸血鬼が贈ってきた箱だ。

 変態ストーカーの事を思うと、かなり複雑な気分になるのだが、まあ使える物は使っておく。


 中身のイカれ具合はともかく、あの箱は素晴らしかった。

 ただの箱かと思っていたのだが、底にあった夜月に対するムカつく手紙(ラブレター)に、箱の能力が追伸として記載されていた。


 黒い箱には[リフレッシュ]という特殊な力が備わっており、中に入った人や物を洗浄する効果があった。

 それに服ごと入る事で、入浴と洗濯を同時に行う事が出来たのだ。


 素晴らしい贈り物だ。

 他の物のイカれ具合に目を瞑れば、素晴らしいと思える。

 ぼくとしては関わりたくないし、夜月にも関わって欲しくないが、これに対してはお礼を言ってもいい。


 そんな事を思いながら学校を出た後、一番始めに訪れた道具屋(スーパー)の中を歩く。

 午前中のlevel-UPを終えたので、現在休憩中だ。


 昨日までならMPが直ぐに底を尽き、体力の消耗も凄まじく、正午にはダウンしていたぼくだけど、装備のお陰でMPもSPも十分にあった。


 今日も快晴で【天空珠の白杖(スカイハート・ホワイトスタッフ)】の魔力回復効果は絶賛機能中。MPが+200、M-PURとM-CONが+30ずつされているのもあって、第一階級の【弱電撃(スタン)】程度は多用しても問題ない。


 そして【吸血鬼の黒衣】の[日除け]効果のお陰か、それほど暑く感じない。それ故、昨日よりも大幅に体力消費を削減する事ができた。

 SPも増えてきた事もあるだろう。


 ぼくは髪を弄りながら【Status】を確かめる。


《name:西園寺七海/人間

level:6

exp:325

title:


energy:[LP・37][MP・275/303(103)][SP・28/38]

physical:[STR・15][VIT・15][AGI・15][DEX・20]

magic:[M-STR・38][M-PUR・65(35)][M-RES・30][M-CON・65(35)]


skill:[格闘・Ⅲ][杖・Ⅲ][雷魔法・Ⅰ][罠察知・Ⅱ][気配遮断・Ⅰ][料理・Ⅴ][裁縫・Ⅴ][栽培・Ⅳ]


tolerance:[苦痛・Ⅳ][催眠・Ⅱ]


ability:【幸運】【幼き美貌】


party:【NO NAME/3】

guild:》


 ちなみに、夜月はまたlevelを一つ上げ、雛は二つ上げた。


 特に雛は刀を持った事で本来の力を遺憾無く発揮。

 ほぼ全ての戦闘で相手を一撃で秒殺している。

 その結果、雛も昨日の様な体力の消耗をせず、まだまだ元気だ。

 ちなみに今は箱に入ってリフレッシュ中。


「あ、夜月」


 スーパーの一角にある拓けたスペースにて、夜月は太極拳の様にゆっくりと武術の型を繰り返していた。

 服装はあの変態ストーカーが送った黒のハーフコート。夜月の容姿と合間って、魔性の魅力を醸し出す。チョイスは中々だと褒めても良いが、性能的に色々イカれているので微妙だ。


 ぼくが来るのを一瞥した夜月は、無言で型を続ける。ちょっと傷つく反応だが、昔からなので慣れた。

 隣にある雛の入った黒い箱に腰を掛け、その夜月を見続ける。


 夜月はlevelと装備で強化された肉体を、把握する為に今日は費やしている。

 ぼくとしては分からない感覚だが、能力の把握は確かに重要だ。


 夜月はあまりlevel-UPで能力が上昇する事も、装備で上昇する事も、好きではないらしい。

 武道家としては鍛練の無い成長を嫌っているだろうか?


 おっと、夜月は武道家じゃ無かったんだっけ?

 本人曰く「人を壊す事に特化した俺は、武道家とは言えない」そうだ。

 師範が奥義を教えると言ったのに、自分から断ったらしい。


 ──ドンドンッ!


 ん?

 お尻の下から振動が……あ、雛入ってるんだった。

 ぼくは箱から飛び降りる。


「もう、酷いッス!閉じ込められたと思ったじゃないッスか!」


「まあ、夜月ならやりそうだ」


[リフレッシュ]の終わった雛が頬を膨らませて抗議してくるのを受け流し、再度閉められた箱の上に座る。


 雛は文句を垂れつつも身体の確認に入る為、夜月から若干離れた位置で体操を始めた。

 二人とも、素人目にも分かるくらい動きが洗練されている。ちょっと羨ましい。


 その時、夜月がピクリと動きを止め、遅れて雛も綺麗な足を伸ばした状態で止めた。


「先輩……今のは?」


「外で誰か戦ってるな。しかし、今の破裂音はなんだ?」


 破裂音?戦ってる?

 ぼくだって耳は悪くないのに、こいつらどういう聴覚してるんだろう?


「どうするんだ?」


「箱をしまう。こっちに来るかもしれん。それとあんまり鉢合わせたくないから移動する」


 そう言って、夜月はぼくが降りた箱をstorageへとしまった。


「先輩。人数とか分かります?」


「オークは二体。人間は……七人、かな?」


 夜月にしては曖昧だ。

 気配を消すのが上手いのだろうか?


「四人ほど弱々しくて感じ取り難いな。三人はそこそこ、かな?」


 気配の濃淡では無く、強弱だったかようだ。

 ぼくはstorageから【天空珠の白杖】を取りだし両手で持つ。結構重い。装備制限ギリギリだからな。


「水と食料は買ったか?」


「大丈夫だ」


「もちろんです!」


「じゃあ──あ?」


 動作確認で手首を回していた夜月は顔をしかめた。

 どうしたのだろう?


「なんだ?オークか?こいつ?」


「……変スね。なんか、違う気がするッス。自分はそこまで正確に感じ取れないッスけども」


「おい、ぼくにも分かるように言えよ」


 二人だけ感じとれるのはしょうが無いが、会話から置いていかれるのは納得できない。

 膨れるぼくに、雛が苦笑して教えてくれる。


「戦闘をしている人達の反対側、今まで通ってきた住宅街方面から、奇妙に足並みの揃ったオーク?が近づいているんス」


 足並みが揃った、か。

 オークは基本的に群れてもチームプレイとは無縁の存在だ。

 メイジ個体以外はばらばらに突っ込んで来るだけ。


「人間じゃ無いのか?」


「オークに似てるんだよ、気配が。違うかもしれないけど」


 夜月はそう言い、眉を寄せて不快な表情を作る。

 状況的に夜月の嫌いなパターンだよな。


 まず夜月の目的はぼくを守る事だ。

 その為に極力他者との接触は避けて、更に未知の敵とも接触を避ける。

 リスクを抑える事を第一に考えているのだ。


 だが現状、その避けたい両方が一片に来ている。

 どちらに向かってもどちらかに遭遇し、面倒な事になる可能性がある。ぼくとしても、夜月の負担を増やすのは本意では無い。


「個人的には、オークより人間の方が嫌なんだが」


 オークは敵だ。未だに命を奪う感覚に慣れないが、敵である以上、戦い殺す事に今さら躊躇いは無い。


 しかし、人間は厄介だ。

 名家に産まれた者として、人間の悪意は嫌と言うほどに味わってきた。


 しかもこの新たな世界に、倫理感など通用する訳も無い。

 悪意は増長し、略奪、殺人、強姦なども、現在では「日常」として起こっているのだ。

 現にここに来る途中、ぼくらはそういう人達を見たし、ぼくらも襲われた。夜月が問答無用で返り討ちにしたが。


 人間の価値は、この世界ではあまりに低いのだ。

 落ちる所まで落ちて、這い上がろうとする人間などそうそういない。

 大半はそのまま地の底で這いずり、登ろうとする者の足を引っ張り、落ちてきた者を笑い殺す。


「………まあ、同感ではあるが。オークの方は未知数過ぎる。人間達なら関わらなければ良いし、襲ってくれば返り討ちにすれば良い。てことで、人間の方に向かう」


 まあ、そうだよな。

 夜月に口煩く注意されているから、分かってはいるつもりだ。

 ぼくは弱い。

 力を過信すれば、必ず何処かで破綻する。

 未知の強敵に前情報無しで近づくリスクに比べれば、人間の方が安全だろう。


「分かった」


「承知ッス」


「良し。人は無視。襲ってくれば、倒す。以上」


 夜月の指示に頷いて、ぼくらは急いでスーパーから出た。



 ◆◆◆



(──神は死んだ)


 そんなニーチェの言葉を、夜月は内心呟いた。

 視界に捉えた存在が完全に予想外で、あまりにも嫌な相手だったのだ。


 常軌を逸した察知能力を持つ夜月だが、個人を特定するのは少し難しい。

 雛クラスならば見分ける事も可能だが、一般人レベルを見分けるのは夜月でも少し無理だ。出来なくは無いが。

 それは目の前に居る、剣道や空手や薙刀で全国大会に出る者達でも例外では無い。


 そう、向かった先に居た人間達とは──


「な、七海いいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 ──何を隠そう、光達である。


 唖然と硬直する四人、訳が分からずオロオロする二人、そして叫ぶ光。

 光は突然の七海との再開に驚きながらも、即座に運命の神に感謝しながら感激に涙を流す。

 ようやく想い人に会えたのだから、一秒たりとも止まってなどいられない。


「………ひ、光」


「うわぁ」


 七海は顔をひきつらせ、雛は夜月の背に隠れる。

 二人としても会いたく無かったのだろう。


 夜月は嫌そうにしながらも、七人を観察する。

 知らないのは三人。


(近藤と梅宮はまあ妥当だとして、吉野が一緒にいるとは意外だ。後は、誰?)


 しかしそんな疑問を他所に、光は感極まってこっちに両手を広げて走ってきた。いや、七海に向かって走ってきた。


 敵意、悪意など当然無い。桐原の中では感動の再開シーンだと、完全に決まっているだろう。

 が、しかし、それでも夜月に見過ごす事は出来ない。


 七海に抱き着こうと接近してくる光の前に、身体を割り込む。

 勢い良く走っていた光は、突然の夜月の割り込みに、咄嗟にたたら踏みながら止まる。

 夜月は走り出しの軽やかさと、急ブレーキの時の筋力を冷静に観察する。


(level-UP済みか…)


 記憶にある光の肉体能力と照合すると、今の動きは合わなかった。

 服に浴びる帰り血から考えても、それなりの回数戦っている事が推察できる。


「か、神崎君!?なんだんだ一体!七海が困ってるじゃ無いか!」


 当然、七海が困っているのは、夜月の行動では無く光の事だ。


「あのな、前から言ってるだろ。『お嬢様への過度な接触は、お止めください』と」


「俺が何かするとでも言うのか!」


「万が一を警戒するのが、護衛の役割だ。人間の心は移ろい易い。お前を信用して、万が一敵意を隠してたらどうする?」


「ふざけるな!」


 夜月は至って冷静。

 光は感動の再開を邪魔された影響で興奮。

 対極的な両者。


 雛は微妙な顔をしている後ろの六人に他人事の様に手を振り、関わらないと決めた。

 七海は夜月が自分を取り合っていると錯覚して、顔を赤くして夜月の背中に顔を埋めている。


「おちつけ桐原!今はそれどころじゃ、無いだろう?」


「っ!」


 呆れた吉野が年長者らしく場を収めようと光を宥める。

 光としても状況は理解できているので、納得出来ないまでも冷静さを少し取り戻した。


「………七海。会えて、本当に良かった」


 落ち着いた桐原は、もう夜月に突っかかる事も無く、抱き着く事も無く、ポツリと七海に対してそう言った。


 その表情は何処までも優しさと安堵で満ちており、七海は呆気にとられるしかなかった。



 ◆◆◆



 おお!

 僕は内心で歓喜の叫びを上げた。

 何故なら目の前に、あの西園寺さんがいるからだ。

 しかも隣には可愛い女の子までも!


 桐原と神崎は邪魔だが、ヒロインがようやく登場した。

 つまり僕の物語が始まるという事だ。


 桐原達じゃ駄目だし、神崎なんかじゃもっと駄目。

 主人公ってのは、基本的に何時もは地味で目立たない存在だ。

 その目立たない者が緊急時にその秘めた力を覚醒させる。


 つまり僕だ。


 僕なら守れる。この力さえあれば。

 一番は西園寺さんだけど、会長もあの子も一緒に守って上げよう。


 とはいえ桐原や近藤、吉野は僕の盾だ。

 邪魔とは言え、追い払う訳にもいかない。

 いくら大魔法使いと言っても、魔法の発動中は無防備。盾がいなくなるのは嫌だな。


 だけど桐原がいると西園寺さんがそっちに靡いてしまうかもしれない。まあ可能性は低いけど。

 その為にも僕の強さを見せる必要だな。

 オークにファイアーボールをぶちこめば、惨めに豚が転がる。それを見た西園寺さん達は言うんだ、


『富川くん、凄い!』


 とね。

 そうすれば桐原達を盾として機能させつつ、ヒロイン達は必然的に僕を愛する。

 女なんて、守ってくれる強い男に惚れる者だ。


 ああ、西園寺さん。可愛いなあ。

 もうすぐ僕の女になるのか。

 俺って、言った方が良いかな?

 でも恥ずかしいな。



 ◆◆◆



「とりあえず、行くぞナナ、雛」


 桐原の事は面倒だが、今はここで遊んでいる訳にはいかない。

 後ろから厄介な相手が迫って来ている。

 早いところここを動いた方が良い。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!神崎君!君は何を言ってるんだ!」


「行くぞ」


 無視。当初の予定通り無視。

 俺はとりあえずナナを伴い歩き出す。

 雛は分かっていた様で、苦笑を浮かべながらそれに続く。


「ちょ、ちょっと待て!」


 桐原がナナに手を伸ばそうとするので、それを軽く叩き落とす。


「っ!」


「触るな」


 軽くだが、普通の人にはそれなりに痛い様に威力を調節しただけあり、桐原は痛みで顔をしかめた。


「おい!神崎!若に何をする!!」


 近藤が叫んでこちらに来る。

 ああ、面倒だ。


「待つんだ神崎君!」


「そうだ!貴様如きが生意気だぞ!」


 殺ってしまいたいが、それをやったら俺は外道に落ちる。

 さすがにそれは俺でも避けたい。


「光、近藤。止めろ。後ろから敵が来るんだ。立ち止まってなんかいられない」


 俺の不快指数がどんどん上昇していくのが分かったのか、少し慌ててナナが援護を出す。

 ナナが喋った方が角が立たないし、ここは任せよう。


「え?本当かい!?なんでそれを早く言わなかったんだ!」


「お前のせいだろ」


「皆、下がるぞ!」


 ナナの呟きは例によって聞こえておらず、桐原は他の奴等に指示を飛ばす。

 挑むと言わない所からするに、そこそこ戦い慣れてきたのだろうな。


 後ろの六人の内、近藤と吉野と梅宮は首肯し、学生では無いだろう二人は顔を青くして震え、もう一人の知らない太った奴はスマホを確認して難しい表情をしている。

 どういう組み合わせ?


「先輩」


 雛がコートを引っ張って来る。

 分かってるさ。


 後ろに感じる気配が、どんどん近づいて来る。

 しかもこいつら中々強いぞ。

 足並みも揃っている事からそれなりの訓練を積んでいる筈だし、金属の擦れる音もするから、間違いなく金属製の武器、防具を着用している。


 気配はオークに似ているのに………上位個体か?

 今までのオークとはかなり違う様だ。


「さあ七海、行こう!」


 桐原に促されるまでもなく、俺とナナは進む。

 雛は後ろを警戒して目を細めている。やっぱこいつだけはそこそこ使えるなあ。


 その時──


 ──ピーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!


「あ?」


「な、なんだ!!」


「なんなんですの!」


「わ、若!」


 スマホか!?

 この場にいる全員のスマホから、警告音のような不安を煽る音が大音量で流れてきた。

 俺は即座に内ポケットにしまっているスマホを取り出す。


「な、に!?」


 なんだ、これ?

 表示されていた内容は、またもや未知の事だった。



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