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新/018/スタートライン

七海、行きます!!

 ふざけたヴァンパイア騒動から一夜明け、現在太陽の角度から午前六時。

 ガラスの破片が飛び散った居間で寝るわけにもいかず、二階の別の部屋を借りて、ナナを休めた。当初微かに震えていたが、ナナは基本的に俺か椿ちゃんがいないとあんな感じだ(奥様(りっかさん)だと別の意味で震えている)。だから、傍にいればすぐに落ち着きを取り戻した。


 この部屋からはゾンビが見えないのだが、「ジュワー」とか「あぁー」とか聞こえて、どんどんゾンビの足音とか声とかが無くなっている。ちょっと消滅する光景は見てみたかった。


 ゾンビも消えただろうし、日も登ったのでそろそろ行動に移りたい。

 ちなみに今日は快晴。明るいのは良いが、今は夏。糞暑い昼間の行動時間はなるべく減らしたい。日射病、熱中症、脱水等の危険はもちろん、暑いというのはそれだけで精神的に来る負荷(もの)がある。

 だからなるべく涼しい朝に距離を稼いで起きたいのだ。


「雛、起きろ」


「う~ん、先輩がおはようのチュウをしてく──げふっ!!」


 起きたな。


「……永眠しそうッス」


 そんな事を言いながら布団から上体を起こす。

 俺はその腹部から足を退けて、今度はナナを起こす。


「ナナ、起きろ」


「………あう?」


 枕を抱いたまま、半目を開けるナナ。

 しかし起きてない。ぼけー、として再び目を閉じ、枕を抱く力を強める。この状況でここまで熟睡するとは、我が主ながらおそろしい。


「なんスかこの愛らしい生物は!!人類を萌え死にさせるために神が産み出した使徒ッスか!!」


 そう言いながらナナに近づく馬鹿(ひな)に、再度蹴りを叩き込んだ後、寝ているナナを激しく揺さぶる。

 ガクン、ガクンと揺らす。


「ちょ、ちょっと!!起きた!起きたから!!」


 そう言うので手を離すと、揺れていた勢いのまま布団に倒れる。

 痛くは無かっただろうが、揺れが激しかった上での衝撃なので、頭を押さえてよろよろと起き上がる。


「もう少し優しく起こしてほしい」


「それ千回くらい聞いた」


「改めろよ」


「諦めろよ」


 そんな訳で、新たな世界になって初めての朝を迎えたのだった。

 普段と大して変わらない様で、大きく変わってしまった朝を。


 ◆◆◆



 桐原光は身体を起こす。

 寝起きは良い方なのだが、今は身体が泥の様に重かった。


 昨日の戦闘による負傷がかなり響いているらしい。

 ただ幸いな事に、腕はなんとか振り回せるくらいには戻っていた。


 辺りを見回す。

 右隣に衣服を枕にして寝かせられている近藤匠。未だ起きる事無く、真っ青な顔のまま唸っている。その様子に、申し訳無い気持ちで一杯になるも、すぐに頭を振って気持ちを切り替える。


(俺がやるべき事は、悲観する事じゃない)


 そう内心で呟き、重い身体を持ち上げる。

 屋上にいる生徒は、まだ寝ているか、寝られずにガタガタ震えているか、げっそりと放心しているかだ。

 特に昨日一緒に戦った梅宮鈴火の有り様は酷い。


 光の左隣で生徒会の女子達に囲まれて、身を守るように蹲っている。

 その姿に何時もの高貴な雰囲気は消え去り、怯える小娘へと変貌していた。

 生徒会のメンバーも、それなりに慰めの言葉をかけたのだが、ヒステリックに喚き、暴れたので、今は放って置いている。


 無理もない。

 プライドの高い彼女が、恐怖に負けて無様に逃げ、更には失禁という醜態まで晒したのだ。

 すでに心は折れてしまって、光くらいしか言葉を届けられないありさまだ。

 その上、その醜態を見た多くの生徒からの信頼は地に落ち、あからさまでは無いものの、嘲笑の視線を送られていた。


 身勝手なだな。と光はそれを向けた生徒に非難の視線を向け、彼女は勇敢だったと語り聞かせた。

 オークという驚異に勝利した英雄で、ability【威光】を持つ桐原の言を聞いた生徒達は、恥じるように俯き、以降は収まった。


 光は、そんな鈴火に声をかけようとしたのだが、今は止めておいた。

 まずは自分の身体の調子を確認する事にした。


 伸びをし、軽い体操をする。

 やはり身体は重い。だが、この程度は気合いだと、光は頬を少し強めに叩く。


 光の目標は、外で助けを求めているだろう、七海の救出にある。

 それには一刻も早く向かわなければならない。時間が経過すればするほど、七海の死亡確率が上がるからだ。

 ここで立ち止まっている訳にはいかなかった。


 だがこの万全とはほど遠い状態では、他人どころか自分だって守れるとは思えない。

 オークは強い。圧倒的に。それを昨日、思い知らされた。


 頼りになる匠は動けない。

 つまりは一人でやるしかないのだ。


「七海……俺は、どうしたらいい」


 空気を読まない晴天の空に、思わず光は弱音を呟いてしまう。

 その呟きは誰にも聞かれる事無く風に溶けて消えていった。


 頭を振って、弱気な思考を振り払う。

 自分なんかより、よっぽど酷い目にあっている人達は大勢いる。だから動ける自分が動かなくては。


 光は自らに湧き上がる正義を再確認して、歩きだす。

 まずはバリケードの確認をしなければ、と光は屋上の扉の方に向かった。


 最初の戦闘をした所。

 終わった後、生徒達が集まり必死にバリケードを修復した扉だ。


 前に到着すると、隙間から外を確認できる。

 どうやらオークはいない様──


「──ん?おおっ!!桐原か!!無事だったか!!」


 隙間から覗いていると、階段の影から一人の大柄な人影が現れ、光に大声で話しかけてきた。

 匠と同じくらいの背丈で、同じく筋骨隆々な教師。

 そんな人は、一人しかいない。


「──吉野先生!!」


 吉野武蔵。三十四歳。体育教師。

 この学校で、最も頼りになる教師の登場だった。



 ◆◆◆



 ──瞑想。


 自分の中の力を感じとる。

 サファイア色をした、清流。

 今はまだ細く、弱々しい。

 それでもしっかりと感じ取れる。


 その力の流れを右手の人差し指に集中させる。

 お世辞にも滑らかとは言い難い動きだが、ゆっくりと確実に指先に集まっていく。


 複雑な数式の羅列の様なモノが、頭の中に流れ込む。

 急激に流れ込む情報量と、指先に集中させるイメージの同時進行に、思わず眉を潜めてしまうが、気合いを入れて進めていく。


 数式の羅列を丁寧に確実に整理していき、答えを導きだす。

 指先には視認できるレベルにまでなった、サファイア色の光が輝く。


 ──今っ!!


 導き出した答えがサファイアの光に出力させて、その答えの形に変わっていく中、指先から直線的に放出するイメージ。


「【弱電撃(スタン)】!!」


 そのイメージを固める最終行程として、声に出して叫んだ。

 僅かなラグはあったが、その叫びとほぼ同時に、指先から細い電流が迸った。


「──ブギャっ!!!」


 迸った電流は、オークの腹に直撃。

 指先から放出されてから着弾までのタイムラグは、人類を卒業した夜月でも捉えられない刹那。オークが避けられる訳が無い。


 一秒ほど硬直をしたオークは、膝をついて倒れていく。

 麻痺?いや気絶?


「気絶してるッスね」


 あ、気絶なんだ。

 雷魔法第一階級【弱電撃(スタン)】には攻撃力がほとんど無い。ただし、【硬直(弱)】を90%、【麻痺】を50%、【気絶】を20%という感じで状態異常を引き起こす。とはいえ、いきなり気絶されるとは思わなかった。


 ぼくの魔法攻撃力は、【弱電撃(スタン)】の基礎M-ATT・5+ぼく自身のM-STR・28=合計33。オークのM-RESが11なので、結構差がある。【気絶】確率も上がっているのかもしれない。


「ナナ、止めをさせ。いつまで気絶しているか分からん」


「分かった!」


 まあいいや。

 この魔法しか今のところ使えないけど、有益だと分かったのだから。


 八メートルほど離れたオークに歩く。

 途中、夜月から借りたナイフを鞘から抜き、柄を握る。


 ──居酒屋を後にしてから、十五分。

 ぼくら三人は、合流ポイントに向かいつつ、level上げのためにオークを倒していた。


 それに伴い、ぼくの魔法の検証を手っ取り早くすませるために、出発早々にバトっていた。

 正直、何処かに試し撃ちをしてから本番に挑みたかったのだが、夜月が「的がいる。良かったな」とか言うので、まさかまさかのぶっつけ本番。実戦の中で学べ、だそうだ。MPにも限りがあるからな。

 まあ夜月もいるし、変なの(ひな)もいるし、安全に実践できるけどね。


 昨日と同じくナイフを首に突き刺し止めを刺す。

 少しは慣れてきた気もするが、刃が肉に食い込んでいくこの感触は神経を逆撫でする。これが命を奪っているという事なのだろう。


「オークより、魔法の出が早かったな」


「そうなんスか?」


「そうだな。オーク・メイジがどれくらいのM-PURか知らないが、ぼくの方が上だろうからな」


 魔法展開速度は情報屋で確認した。

弱電撃(スタン)】の基礎展開速度は10秒。雷魔法のskill-levelⅠであるぼくは、M-PURの10%が-される。つまりぼくが【弱電撃(スタン)】にかかる時間は、6.5秒だ。

 夜月曰く、オーク・メイジは8秒半くらいかかったそうだ。


 そんな話しをしていると、オークが光の粒子になっていく。いつ見ても、似つかわしく無い程、幻想的だ。

 メニュー画面に表示されるオークの撃破成功文を読むと同時に、メニュー画面に表示される様に弄ったMPを確認する。


《オークlevel9撃破!!

 exp:14

 bonus:

 total-exp:14》


《level-UP!!

 level2→level3

 BP10を獲得。振り分けますか?yes/no》


 おお、初めて十割入った。感動だ。

 BPは夜月に言われているので、STRとVITとAGIを上げる。正直magicを上げたいのだが、確かに身体能力は重要だからな。


《name:西園寺七海/人間

level:3

exp:46

title:


energy:[LP・19][MP・59/71][SP・20]

physical:[STR・15][VIT・15][AGI・13][DEX・20]

magic:[M-STR・28][M-PUR・35][M-RES・20][M-CON・27]


skill:[格闘・Ⅲ][杖・Ⅲ][雷魔法・Ⅰ][罠察知・Ⅱ][気配遮断・Ⅰ][料理・Ⅴ][裁縫・Ⅴ][栽培・Ⅳ]


tolerance:[苦痛・Ⅳ][催眠・Ⅱ]


ability:【幸運】【幼き美貌】


party:【NO NAME/2】

guild:》


 という感じにした。

 STRとVITは高校生の平均くらいにはなり、結構な変動のせいで、少し戸惑っている。


弱電撃(スタン)】一発の消費MPは12らしいな。

 消費MPは、【弱電撃(スタン)】の基礎消費魔力15から、M-CON・27の10%をマイナスする。四捨五入すると、確かに12だ。


 大体の確認は出来た。

 未だ夜月の背中は遠いけど、何とかスタートラインには立てたと思う。

 きっと追い付いて見せるさ。


 まずは、このボーナス週間を利用する。




閑話が投稿されています。

短いので軽く読んで見てください。

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