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22/58

新/016/連絡・目標・到着

今まで一番長いです。

その上、動きは少ないという……。


《name:桃園雛/人間

level:2

exp:31

title:


energy:[LP・46][MP・35][SP・57]

physical:[STR・19][VIT・17][AGI・37][DEX・44]

magic:[M-STR・35][M-PUR・19][M-RES・36][M-CON・31]


skill:[刀・Ⅶ][格闘・Ⅴ][気配察知・Ⅴ][気配遮断・Ⅳ]


tolerance:[苦痛・Ⅳ][恐怖・Ⅱ]


ability:【武の力】【柔の力】【猫の目】


party:

guild:》


《現在のBPは10です。振り分けてください。なおBPの貯蓄は不可能です》


「うーん。どうするッスかね~」


 オークを二体ほど倒した雛は、周囲に誰もいない事を確認して、スマホの画面に向かっていた。

 そして五分くらい頭を悩ませた後、雛はSTRに4、VITに3、AGIに3を振り分けた。

 光が体を包み、強化された肉体を実感しながら、再び道を急ぐ。


 ──問題無く学校を脱出した雛は、住宅街への道のりを急いでいた。


 気配を探って極力戦闘を控えながらの道程は、驚くほど順調で、三十分足らずで半分を越えている。

 途中の戦闘は二回。必要に応じたモノだった。どちらも大した事は無く、強いて上げるとするなら、打撃武器が効き難かった事だろうか?


 現在雛の使っている武器は、途中で拝借した金属バット。

 抜刀術を中心に修めている雛だが、当然学校や街中に刀など無い。木刀なら学校にあっただろうが、木刀はあくまで鈍器なのだ。

 ならば同じ鈍器でも、金属でそれなりに扱い易さのあるバットの方が、武器としては優秀だと判断したわけだ。

 武器のチョイスは正しかっただろう。が、先も述べた通り、打撃が効きにくかったのだ。


(そういえば……)


 雛は思い出す。近藤匠のタックルを。

 あれは凄かった。おそらく夜月でもまともに受ければ結構なダメージだったはずだ。

 でもオークは無事だった。


(打撃が効き難いんスかね?)


 ありえる話だ。

 手に残る感触は、実は意外と軽い。

 鈍器の扱いに慣れていない以上、相応の反動は覚悟していたのに、まるで衝撃を吸収されているかの如く、手に優しかった。


(脂肪のおかげッスかね?)


 まあいい。と、雛は頭を振って歩き出す。

 日が落ちる前には辿りつける筈だ。



 ◆◆◆



「という事で、今晩だけで良いので、泊めて戴きたい」


「「「…………………………………」」」


 目の前にいるこの居酒屋の住人達に、俺は頭を下げる。

 初老の如何にもな頑固親父に、その妻らしきお婆さん。そしてその娘と、その娘の三歳の息子の四人だ。子供の方は現在寝ている。


 突如として現れた困惑と、バリケードを破壊された怒り、そして余裕でバリケードを破壊してきた俺への恐怖、この状況で追い出すのは忍びないという同情がミックスされた、非情に複雑な表情だ。

 典型的な一般人。だが、怒って話にならないような人では無くて、この状況でも良心を忘れない善人だ。

 下卑た奴なら無礼を働いてもなんら躊躇いは無いが、こういう善人に対しては丁寧に出なくては。所詮こっちは厄介者なのだから。


「ぼくからもお願いします。当然タダとは言いません」


 ナナもその辺は十分に理解しているので、惜しげもなく頭を下げる。

 昔は少し傲慢で、庶民を見下した感があったが、俺がしっかり指導した。


「………だがなあ、この状況で金なんざ貰っても。それに、扉壊されたし」


「そうそう。どういう訳か、食料だって無いんだから」


 控えめだけど、否定的な言葉を口にする。当然の反応だな。

 ナナの見た目が小学生だという事を利用しているから、即座に追い返されないだけであって、三人とも否定的だ。

 扉の破壊は必要だったとはいえ……………少しやりぎたか?


「ご安心を。扉は塞ぐだけなら問題ありません。それと対価は現物です」


「………現物?」


「はい。水と食料です」


 そう言って俺とナナは、買ってきた水袋四つと、干し肉四つ、ビスケット四パックを前に出した。

 ちなみに残りの所持金は85C。不味いな。


「おお!」


「こ、これ飲めるの?食べれるの?」


「保存してた水見たいに、茶色っぽくなってない?」


 出した途端に目を輝かせる三人。

 状況が状況だから、かなり疲弊していて、それなのに食料が全滅という現状に嘆いていた三人だ。食いつくのは当然。


「無論です。お疑いなら私が先に食べますが?」


「い、いや、疑ってる訳じゃない!それより良いのか?貰って!?」


「泊めて戴けるなら。この分だけは提供いたします。残念ながら、こちらも後一食分しかありませんので、これ以上は出せませんが」


 一応量の限界を伝えておく。虚偽だが。

 人間は追い込まれた状況では豹変する。

 隠しているとか思われて、襲われたら嫌だからな。


「わ、わかった。泊まっていいぞ!だから──」


「どうぞ」


「あ、ありがとう御座います!!」


 という感じで、今日の宿泊地が決まった。

 あ、扉は直したよ。

 出るときはシャッター開けてもらえるし。



 ◆◆◆



 現在、居酒屋付属の居住区の一階にて、貸して貰った少し──「貸してもらった分際で批評するな、馬鹿者」「痛い!痛いよ!ごめん!踏まないで!!」──……布団にぼくは横になっている。……痛い(泣)。


 本当は魔法を使って見たかったが、夜月が怖かったので言わなかった。

 駄々を捏ねたら蹴り飛ばされ、夜更かししたらエルボーをきめられ、拗ねたら池に落とされた経験が反射となって染み付いている(悲劇)


 名家の次女として、蝶よ花よと愛でられてきたイージー人生(モード)が、夜月と出会った十歳からマゾプレイ人生(モード)に代わったからな(悟)

 とはいえ後悔は………し、してない。


 この家の住人の四人は、二階に上がっている。

 そもそも心理的に距離があるし、ぼくらとしても必要以上に接する気は無く、明日には出ていくので好都合だ。


 ぼくの視界にトランプが目に入る。

 あれくらいなら暇潰しにやってもいいはず。


「なあ、トランプやろう」


「………………………………………………いいだろう」


 露骨過ぎる面倒そうな顔ありがとよ。

 こいつポーカーフェイス上手い癖に、こういう感情だけは隠さないんだよなあ。


 夜月は娯楽に自ら手を伸ばす事は無い。

 暇な時は、知識を得るための読書か、身体を鍛える事くらい。

 寂しい生き方だな、と思ってはいるが、本人曰く「興味無い」以上は仕方がない。

 とはいえ率先してやる事こそ無いが、やろうと言えば大抵は受け入れてくれる。勉強とか疎かになるとボコられるけど。


「なあ、これからぼくらはこの世界で生きてくんだよな」


「そうだろうな」


「やっぱlevelは必要だと思う。そしてこのボーナス週間は決してのがしちゃダメだ」


「だろうな」


「だから、明日からはぼくもちゃんと戦う」


 しばし夜月はぼくを見ながら沈黙する。

 ぼくの強化には反対はしないだろうが、正面から戦う事に対しては否定的なのだ。


 夜月の教育は厳しいとかのレベルを超えている。が、それはあくまで訓練で、夜月はしっかりギリギリ、本当にギリギリ(泣)のライン以上は超えない。しかし、敵はそんな事お構いなしのモンスター。

 ぼく自身、言っておいてなんだが、膝が笑う。


「…………いいだろう。ただし俺の指示は絶対だ」


「うん。分かった」


「万が一、俺の命令を背いたらどうなるか、わかるな?」


 分かっているとも。………色々な意味で(悟)

 実際夜月抜きで戦おうなんで思わない。即、死ぬだろうからな。


 トランプを配りながら、あの訓練を思い出す。…………思い出さなきゃよかった(泣)

 しかし今回はそうも言ってられない。

 この世界では命の値段はあまりに安い。

 激しく厳しく辛い訓練でも、耐えて見せる。じゃなければ、死ぬからな。


 そう考えながらトランプを配り終え、早速ババ抜きでもしようか、という時にいきなりスマホが震えた。

【Configuration】でバイブ設定に変えてから始めての着信。

 またも光か。


 小さくため息をついて、トランプを布団の上に置いて、ポケットに手を入れる。

 そこで気づいた。夜月も、ポケットに手を入れている事に。


「……俺の方にも着信が来てる」


 ………まさか、また【サマエル】とかそういう感じの、か?

 唾を飲み込き緊張が走る。

 そしてスマホを取り出す。夜月はいつも通り普通に携帯を取り出している。


「…………………………………………………………椿ちゃん」


「…………………………………………………………ママ」


 起動させて表示されたmailに記載されている名前は、ぼくら二人の母親だった。



 ◆◆◆



《神崎椿/よー君へ


 絶対無事だと思うのですが、一応母親なので言っておきます。大丈夫ですか?

 私達は現在、練馬区にある郵便局から貴方達にmailを送信しています。

 情報屋に行ったかどうか分かりませんが、郵便局ではaddress要らずでmailが送れます。ただ気を付けて欲しいのは、かなり高いです。3Sも取られました。後、何故かaddressを載せようとすると、文字化けします。暗号化しようとしても文字化けします。


 では本題です。

 現状、家に戻るのは非常に困難を極めます。

 ですので、合流ポイントを決める事にしました。

 私達がいる場所が練馬区。よー君達が現在いる場所を世田谷区だと仮定し、合流ポイントの第一目標を杉並区荻窪駅とします。

 もしも荻窪駅周辺が危険な場合、第二目標として阿佐ヶ谷駅。

 そして杉並区自体が危険な場合は、中野区中野駅を目標としてください。中野区も駄目な場合は、一度下がって連絡を取り合いましょう。

 時間指定はしません。とにかく目指してください。ただし無理はしないように。

【Shop】は有効に使ってください。後、ボーナス週間は貴重ですので、無理の無い範囲で戦う事を推奨します。できれば七海ちゃんの、戦闘の面倒を見てあげてください。


 以上事務連絡。


 ここからは、お母さんとしてだよ。

 まず、梢ちゃんには私から連絡するね。たださっきも言った通り、郵便局はお金がかかるのです。母として恥ずかしいのだけど、一人分をギリギリ確保出来る程度。だって、ゴブリンは10Cしか落とさないんだもん。

 なので桜ちゃんへの連絡を、出来ればで良いからお願い。一応、梢ちゃんの方に事情は話しておくけど、二人が一緒とは限らないしね。

 後、言うまでも無いだろうけど、七海ちゃんを護ってね。これは仕事とかじゃなく、よー君自身のために。

 それじゃあね。

 必ず生きて会いましょう。

 絶対に死なないように。私も死なないから。


 またね。愛してるよ》


《西園寺六花/我が子よ大志を抱け!!


 やっほー♪皆元気~♪全宇宙のアイドル──》



 ◆◆◆



 俺が義母(つばきちゃん)から来たmailを読んでいる最中、ナナは無表情でスマホをしまった。

 奥様(りっかさん)のmailなら、この状況でもふざけているだろうからな。当然の反応だ。


「…………あのママ(おんな)は何を考えているんだろう?」


 安心しろ。六花さんは色んな事考えている。いかに(おまえ)旦那様(いちろー)を弄るかとか。

 後、一応は娘に対する愛はある。じゃなきゃ、金かけてmailなんてしないしな。

 それにあのふざけたmailも、この緊迫した状況で肩の力を抜かせる(六花さん(あのひと)にそんな意図ないだろうけど)事になっただろうし。


「まあそれは置いといて、荻窪集合だそうだ」


「荻窪?なんで?」


「あの二人、今練馬区らしい」


「………ああ、だから中間を?」


 そういう事だろうな。

 しかし、ここから荻窪だと、学校の方に引き返さなくてはいけない。

 そして、さっき定めた宿屋(ホテル)は反対方向。

 荻窪方面だと、宿屋はあるんだけど………遠いな。ナナのペースだと相当かかる。

 それにナナはボーナス週間に乗り気だし。まあ、椿ちゃんもそう言ってたけど。


「目標三日だな」


「………三日もかかるのか?」


 俺としてはそれ以上かかる事も考慮している。

 宿屋か神殿が多くあるルートを行くべきだろう。逃げ込めるし、安全に寝泊まりできるし。

 そのためにも金は必要。だが元より戦いながら行くつもりだ。金稼ぎと経験値集めが同時に出来るのは有りがたい。



 ◆◆◆



「──はあ。ようやく着いたッス」


 もうすぐ完全に落ちる夕日を浴びながら、桃園雛は「楽」とかかれた看板を見て、安堵のため息を吐いた。


 険しい道程だった。

 モンスターとかでは無く、本当に道程が。


「住宅街が、こんなに複雑だとは……」


 そう。levelも3になって上がった【Status】の関係上、オーク程度に遅れをとる事は無かった。簡単に撲殺できた。

 問題は、そんなに広くも無いのに入り組んだ住宅街。雛にしてみれば軽い迷路だった。

 慣れない人が誰にも頼らず、店名と少しの周辺情報だけで探すには、難度が高過ぎたと言える。

 途中、やばそうな巨猪を目撃した時は顔がひきつったものだが、この住宅街の方がよっぽど雛には大変だった。


「とにかく、訪ねてみるッス」


 殴りすぎてボコボコになって曲がった金属バットを一瞥し、地面にカラカラ引き摺って、シャッターの降りた「楽」の前に立った瞬間──


 ──墜ちてきた。



 ◆◆◆



「──あぁ?」


「…………どうした?」


 ポーカーの途中、手札を見たまま俺は思わず眉を寄せて声を上げてしまった。

 ナナはそれを相当悪い手だと勘違いしたのか、疑問を返しながらもニヤニヤと笑い、負け続けて若干涙目の瞳に力を戻した。………十五連敗してるから、今更一勝しても意味無い様な気がするんだが。ていうか本当に【幸運】なのか?


 当然だが俺が声を上げたのは別だ。

 気配が一つ、現れた。

 薄い。完璧とは言わないが、この俺でも気づくのが遅れるほどの気配の希薄さだ。


 俺はこいつを知っている。

 隙が無い雰囲気には似つかわしくない、鼻唄でも歌っていそうな軽い足取り。

 間違いなくあの馬鹿だ。


「ナナ。俺は少し行ってくる。ここにいろ」


「……え?は!?」


 俺はそう言うと、華麗にストレートを決め様としていたナナにフラッシュを叩きつけ、立ち上がる。

 そして俺は二階へと繋がる階段の方にゆっくり歩く。

 背後から、


「ちょ、ちょっと!!」


 という若干涙声の制止を無視し、俺は階段を上る。



 ◆◆◆



 先月、三歳になったばかりの息子の頭を撫でながら、秋子は甘すぎて脂っこいビスケットの欠片を口に放り込む。不味い。分量計算とか全く行わずに、大量のバターと砂糖を小さい生地に叩き込んだ様な、暴力的な甘さとくどさだ。

 とはいえ、口に出して文句は言えない。


 大震災を経験した両親は、家に大量の備蓄をしてあった。食料も水も、物資の供給が止まっても二週間は持つ量を。

 しかし何の冗談か、備蓄されている食料と水も、冷蔵庫や戸棚にあった食料も、全部イカれた状態になっていた。


 だからこそ、食料を提供してくれた、あの吸血鬼の様な少年と、神秘の美貌の少女には感謝している。

 ただ、怪しいのも事実。

 この意味不明の現状、人を喰らう化け物が闊歩する中、たった二人で来たあの二人を不信に思わない訳は無い。食料と水をくれたし、物腰も丁寧で嫌な感じはしなかったが、状況的に怪しいと思ってしまう。


「……ねえ、あの二人、なんなんだろうね?」


 秋子は思わず口に出していた。

 仕方ないとは思うけど、恩知らずだとも思う。


「…………秋、ほっとけ。関わるな」


「お父さん……?」


「ちっこい嬢ちゃんはともかく、あの男は人間じゃねえ」


 は?人間じゃ無い?秋子は首を不思議そうに眉を寄せた。

 そして咄嗟に外を闊歩するおぞましい豚の事を思い浮かべ、そして彼の容姿を思い出した。

 秋子としても、第一印象は吸血鬼。まさか?と思わなくもない。


「いや、肉体的な意味じゃなくてな…」


「あ、そ、そうだよね」


 秋子の父は、何かを思い出すように天井に視線を向ける。

 彼は昔、似たような人間を見たことがあった。

 半世紀も前の事で、もう子供の頃の記憶など夢現に感じられる歳だというのに、あの男については今なお鮮明に思い出す事ができた。


 祖父の友人で、第一次世界大戦から第二次世界大戦を潜り抜けた軍人。

 すでに七十を越えているというのに、そのピンと伸ばされた背筋と屈強な巌の様な体格、一挙手一投足が最早別の生き物だと言っている気がして、思わず足が震えた記憶が懐かしい。

 顔にある大きな傷が特徴的な筈なのに、あの濁った鋭い瞳が、彼の心に畏怖と共に焼き付けられたのだった。


 あの人に、似ている──


 最初に視界に入った瞬間、いや、「すみません」という声を聞いた瞬間には、あの軍人を思い起こさせていた。


 それだけ身に纏った雰囲気が、良く似ている。

 だからこそ、異質で異常。

 本来の彼なら、文句を言いつつも子供ならすぐに中に迎え入れた筈なのに、否定的な言葉が出てしまった程に。


 子供が纏えるとは思えない雰囲気。

 死線に常時晒され続けた軍人の中でも、突出したナニカでなければ纏う事のできない雰囲気。それをまだ二十にも満たない少年が纏うという異常。


(人間じゃない。あの男達の精神は、人間が存在できる境界線を逸脱して余りある。絶対に人間と呼べねえ。いや、呼びたくねえ)


 唇を噛む父に、少し躊躇いながら声を掛けようとした時──襖が何の前触れもなく、勢い良く開かれた。


 開かれた襖の前に立っていたのは、今しがた話題になっていた少年だ。

 彼らは関わりを最低限に抑えるために、あえて名乗りあっていないので、名前を知らない。


 父も母も秋子も、唖然として口を開く。

 何しに来たのか?とも思ったが、一番驚いたのは、一切音がしなかった事だ。

 この家は築三十年で、木製の階段は歩く事に不快に軋む。それ故、上に登ってくる者はすぐに気づけるのだ。それなのに、この少年は三人が全く気づく事無く襖を開けた。


「あ、あの──」


「──失礼。窓を少々お借りします」


「え?はあ?」


 母が怯えた様に口を開くが、少年が丁寧な物言いとは裏腹の、拒否を許さない強い声音で制する。

 秋子は目を白黒させ、父はフラッシュバックする軍人と、目の前の少年の雰囲気に同時に呑まれ、硬直してしまう。


 少年は、息子を避けてスタスタと、三人を全く意に関せず窓に歩き、淀み無く窓を開く。

 そして──


「「「なっ!!」」」


 ──飛び降りた。



 ◆◆◆



 二階程度の高さなら、雛は勿論、中学生だって不格好でも着地できるだろう。

 が、しかしだ。小指の先程度しか膝を曲げずに、約三メートルの高さから飛び降りるという行為が出来るとしたら、それは目の前の怪物だけだと雛は断言できる。


「──お、お久しぶりッスね。先輩」


「即死にしてやる。目を瞑ってろ」


「相も変わらず過激ッスね。こんな美少女への第一声が──ちょ、ちょい待って!」


 それ事態が物理的な力を持っていそうな鋭すぎる殺意を向けられ、雛は端正な顔をヒクつかせながら、全力で後ずさる。

 真後ろにあった、大破して中で人が死んでいる軽自動車に背中がぶつかり、必然的に足を止めたが、気持ち的にはもう二、三歩下がりたい。


「せ、先輩!敵に見つかります!殺気隠して!!」


「…………っち。何しに来た。理由を五文字以内で述べて帰れ。土に」


「死ねと?」


「ほう、良い度胸だ。「死ねと?」という理由で来るとは。良いだろう。来い」


「違う!違うッスよ!!ほんと勘弁してください!!!」


 夜月としても、これ以上騒がしくする気は無いので、不満な顔を隠す事無く、握った拳を解く。


 その様子に雛としては心の底から安堵していた。

 何故なら目の前の男は、自らの存在に不利益があると断じたら、一切の躊躇せずに殴り殺しているからだ。

 拳を納めたという事は、自身は夜月にとって、もしくは七海にとって、少しは有益な存在かもしれないという事だ。


「えーと、自分もここに情報収集に来たんです……」


 嘘ではない。というか、本音だ。

 もちろん、夜月達を求めて来たのは確かだが、居る確率は高くとも絶対ではない。だからこそ、雛の第一目標は情報収集だった。


「そうか。まあ俺の家でも何でもないが、情報屋を訪ねるのだったら好きにしろ。そしてさっさとどっかに行け」


 そんな連れない事を言う夜月だが、雛の優秀さはキチンと把握している。

 学校からここまでの道程を、無傷で踏破する実力と胆力は驚愕と言って良いだろう。(夜月は例外)

 とはいえ、実力的に雛が何かアクションを起こしても、簡単、とは言わないが問題なく対処できる。それは夜月だけではなく雛とも共通の考えだ。


 優秀で実力差を理解できる雛は、共に行動するなら夜月にとってもありがたい「盾」だ。

 恨まれている覚えも無いし、この状況で怪物(よづき)を裏切るリスクを計算できない愚者でも無い。自身の命を賭ける様な命令以外なら、雛は従順だろう。そして、七海を護る事には間違いなくプラスだ。


 もう一つ、雛は夜月に惚れている。

 思春期の男子特有の思い込みなどでは当然無くて、直接好意を伝えられたし、七海が特別警戒するほどに、その好意を認めている。夜月自身も自惚れとかではなく、その好意を否定できないくらい感じ取っている。

 その好意もあって、雛は夜月に従順だった。(ほぼパシリ扱いだけど)


 だがしかし、夜月は雛が苦手だ。

 七海の様に、共に長年過ごして得た好意ならば、解らなくもない。

 しかし、一目惚れとかいう意味不明な感情(モノ)から来る好意を向けられるのは、嫌悪では無いものの、気味の悪さを禁じ得なかった。

 故に、一緒に行動するというプラスをあえて無視する程度には、雛の事が苦手なのだ。


 そもそも夜月は、自分が好意を向けられる存在では無い事を、重々承知している。

 雛の言から察するに、実力に対しての憧憬らしいモノが含まれている。それなら有り得なくも無い、と思うだろうが、夜月はそれに納得していない。


 実力者に憧れ、好意を抱くというのは、実際に多くあるだろう。夜月とてたくさん見てきた。

 武術を習うために道場に通っていた時、達人であった義母や師範に憧れる門弟は、たくさんいたからだ。


 しかし、圧倒的強者たる夜月に憧れを抱く存在は、一人としていなかった。義兄妹達も、懐いてはくれたが、憧れは師範や義母に向けられていた。


 理由は理解している。自身が人間では無いからだ。

 人間では無いのだから、憧れ──理想の投影という、自身(いま)憧れの人(りそう)を重ねる想像の対象にはなり得ない。というよりは、想像できないと言っていい。

 門弟達からは、嫉妬ですらなく、恐怖で見られるのがほとんどだった。


 だから夜月は雛が苦手だ。

 意味が解らないから。理解が出来ないから。

 そして夜月は気づいていない。

 自分が無意識に、その雛から寄せられる好意に対して──ほんの僅かな恐怖を感じている事を。


「嫌だなあ先輩。こうして会えたもの運命ッスよ。共に行き──」


「──じゃあな」


「ちょっと待って!!」


 待たない。夜月は窓に飛び上がる(・・・・・)

 一度垂直の壁に足を蹴っただけで、三メートルの高さにある窓枠に()をかけ、意図も容易く窓を潜る。この間、手はポケットに入っていた。


 窓際でそんな彼等のやり取りを見ていたこの居酒屋の住人三人は、そんな非常識な登り方に驚愕と恐怖を感じた。硬直し、座ったまま左右の壁際に後ずさる。

「関わるな」父の言葉が、「関わりたくない」という明確な意思に変わった瞬間だった。


 ──だがここで、彼等に追い討ちをかける存在が一人。


「もう、待ってくださいッス!」


 夜月が腰を抜かす三人に一瞥すら向けず、我が物顔で土足のまま歩いて行く中、窓から雛が登場したのだ。


 三人は唖然としてしまう。

 夜月の様に、手を一切使わなかった訳では無いが、それでも華奢な美少女が、苦も無く上ってきたという事実は、三人の心にある意味夜月以上の衝撃を与えたのだった。


 しかし夜月は全く気にせず、そのまま襖を開けて出ていく。

 雛は頬を膨らませながらも、三人に対して「あ、お邪魔します~」と言って、夜月の後を追いかける。


「………もう、好きにして」


 力無く放たれた秋子の声は、三人の共有する思いだった。



 ◆◆◆



「と言うことで、お世話になります♪」


 帰って欲しい。土か海に。

 赤茶色のボブカットの美少女、桃園雛がニコッと笑いながら俺に引っ付いてくる。


「おいこらビッチ!ぼくの夜月に引っ付くな!!」


「失礼な!ビッチじゃ無いッス!処女(おとめ)ッス!」


「黙ってろ」


 俺はそんな二人を一蹴(物理的に)し、不満気な顔で雛の端正な顔を睨む。ヤクザ者でも怯える眼光を受けてなお、雛の笑みは崩れない。(ただし、痛そうに蹴られたケツはさすってるけど)


 苦手だが、割りきるしか無いかもしれない。

 非常に不本意だが、こいつは使える。

 戦闘技術は桐原が二人いても問題無いくらい高い。それに、少ないだろうが実戦経験もある。

 優秀な「盾」となるのは間違いない。


 それに俺は今更ながら自覚したが、全く不本意だが最初から(こいつ)を受け入れる気だったのだ。

 だってそうでもなければ、態々出迎えたりしない。

 ………無意識的に、か。だからこいつは苦手だ。


「雛。お前の実力は知っている。だから着いてくるの認めよう」


「おお!さすが先輩ッス!」


「よ、夜月!?」


 ナナが驚いて目を見開いているのを横目に、雛に対して殺気を向けた。

 周囲にいたと思われるカラス達が、物凄い勢いで飛び立って行く。


「せ、先輩?」


 ニヤついていた端正な顔が引き吊る。

 さすがに殺気を受けて笑みを続けられるほど、馬鹿じゃない。


「いいか。ルールを守れ」


「は、はい」


「まず何を置いてもナナの安全が最優先。次に俺の命令は絶対に遵守しろ。次点はナナの命令だ」


 さて、この殺気の中、このルールをこいつはどう受け入れる?

 モンスターを引き寄せる恐れもあるが、まあいい。


 ナナは俺の服に握ったまま真剣な顔をして雛を見つめ、雛は笑みを止めて真剣な表情を作り、ごくりと生唾を飲み込む。


「…………概ね了承します。この状況で先輩と行動できるメリットに比べたら、呑める条件です」


 いつもの様な、三下口調では無く、しっかりとした口調。


「しかし……」


 もう一度ごくりと生唾を飲み込む雛。

 その音と、緊張で高鳴る心音が、静かな部屋に煩く響く。


「………西園寺先輩の安全も承知しますし、先輩の命令も聞きます。でも、自分の命は自分の判断で賭けます」


 怯えている瞳だ。

 だが同時に、確固たる覚悟を宿している。

 俺の拳がその端正な顔を陥没させても、雛はきっとその()のままだろう。


「………それは、場合によってはナナの安全を捨てて、俺の命令を拒否すると」


「はい」


 一段と強くした殺気にも、震えてはいるが、意思(ちから)は衰えず宿っている。


「いいだろう」


 俺は殺気を解く。

 ナナは俺が了承したのが少し意外だったのか、ポカンと口を開けている。問答無用で言うこと聞かせるとでも思ったのか?


 そもそもこの程度の殺気で意思を変える様な惰弱さを発揮したら、それこそ殴って外に放り出したさ。

 今の殺気はこの先幾度と、それこそ「日常」として浴び続けるだろう。

 それなにの、今ので意思を曲げるよう奴の言葉など、信用するにあたわない。一緒に行動すれば、殺気にあてられ一目散に逃げるだろう。もしかしたら、俺やナナを盾にするかもしれない。そんな奴は価値すらない。


「あ、ありがとうございます!」


 空気が弛緩し、雛は安堵の息と共にようやく表情を笑みに戻す事ができた。

 全身から力を抜き、胸を撫で下ろす。


「……いいのか?」


「ああ。お前の盾くらいにはなるからな」


「あの、聞こえてるッス」


 役割は言っておくべきだから、聞こえるように言ったんだ








雛ちゃんは強いのです。

今後、戦闘シーンは出てくる、筈……。

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