旧/971/お風呂でカミングアウト
背徳的な内容です、お気をつけください。
嫌いな方は、どうぞお戻りください。
「流すぞ」
「おう」
お湯を満たした檜の桶を持ちながら、夜月はシャンプーでアワアワになったぼくの頭を流す。
目をしっかりと瞑り、ゆっくりと流されるお湯に意識を向ける。
大きな手によって頭皮を優しくマッサージしながら、泡を落としていく。
夜月は大雑把で、乱暴に見えるが、基本的に仕事は丁寧だ。(教育以外)
マッサージの気持ち良さに身を任せていると、少し頭の右側が痒くなった。
「夜月。頭の右側が痒い。掻いて」
「おう」
──パチーンッ!!
「いっつぅぅ!!」
叩かれた。
実際はそこまで痛く無かったのだが、不意打ちに驚き、反射的に激痛だと錯覚したのだ。まあ、そこそこ痛いのは否定しないけど。
ともあれ、
「何するんだよ!」
おかしいよね?ぼくは確か頭を掻いてと言った筈なんだけど!?
それがどうして叩く事になる。
「掻いたら頭皮が傷つくだろ?」
「叩いても傷つくだろう!!」
「気分の問題だ」
「ぼくの気分を考慮しろよ!」
前言撤回。全然丁寧じゃ無い。
◆◆◆
「──ふう」
頭と身体を夜月に隅々まで洗ってもらったぼくは、夜月の膝の上で湯船に浸かる。
このお風呂は、どっかのママが、完全にぼくとパパ狙いで湯船を深く造ってあるが故に、ぼくらの身長では座ると顔の半分まで浸かってしまう。だから、夜月の膝の上に居ないと、寛げないのだ。
──さて、賢明な方はお気づきでしょうが、ぼくらは今現在、ナチュラルに一緒にお風呂に入っている。
当然、全裸で。
ぼくの熱でほんのり桜色となった白い柔肌は、夜月の硬く傷だらけの肌に密着している。
それに、さっきも言ったが、夜月はぼくの身体を隅々まで洗っているのだ。
つまるところ、完全に裸の付き合い。
夜月はぼくの身体の隅々まで知っているし、ぼくも夜月の黒子の数まで知っている。……昔、夜月にそれを言ったら「数えてんの?キモ」って言われた。悪いか。
これには当然訳がある。
ぼくが一人だとお風呂に入れないからだ。
断っておくが、アニメや漫画のお嬢様の様に、自力で洗えないとかでは当然無くて、一人で入る事に拒否反応があるのだ。
ぼくは昔のトラウマのせいで、独りになる事が苦手だ。まあ、逆に他人と一緒にいるのも苦手だけど。
お風呂は、全裸で入らなくてはならない。
服という物は、精神的な防御装備でもある。裸になると、精神的にも剥き出しにされた気分になって、どうしてもトラウマを蘇らせるのだ。
独りで入る事は嫌だし、侍女と入るのも嫌。母は色んな意味で嫌だし、椿さんは仕事が忙しく、姉も居ない事が多く、父も同様。
だから夜月と一緒に入る。
最初は確かに恥ずかしかったけど、夜月と一緒に入ると、安心からか、トラウマを思い出す事が無くなった。
今では裸を見せるのも、大した抵抗は無い。
それでも当然、不満はある。
夜月は最初からだが、ぼくの裸に性的な興奮をしない。
好きな人から言外に魅力が無いと告げられている気がして、とっても暗い気分になる。
確かにぼくの身体は中学生並(小学生並では決してない!!)だが、それでもここまで無反応なのは、あまりに傷つく。
ぼくだって思春期なのだ。
そういう事に対して興味はあるし、それに………その…………夜月になら襲われても……良いし。
「おい。モゾモゾ動くな。動くなら降りろ」
「ふん!別に良いだろう。ここは、ぼくの指定せ──あぼおぼぼぼっ!!」
試しに言い返して、少し調子に乗って膝の上で暴れたら、無理矢理膝の上から落とされた。
さっきも言ったが、この風呂は深い。
いきなり顔面ダイブだと、溺れそうになる。
流石にぼくはムカついた。
ぼくはこれでもご主人様なのだ。
ここはガツンと言って、一発くらい殴っておかなくては。
うん!これもご主人様に必要な教育だ。
異世界の某桃色髪の落ちこぼれ魔法使いも、鞭で打ってたし。
見習わなければ。
「おい!夜月!いい加げ──すいませんでした」
お湯から顔を上げ、ガツンと言おうとしたぼくを待ち受けていたのは、冷徹な殺気を放つ怪物だった。
ごめんなさい。すいません。
ごめんなさいごめんな──って、違う!
しまった、教育のせいで反射的に謝ってしまった。
くうぅ~。せめて、せめて一太刀でも浴びせねば。
ご主人様のプライドが許さない。
「こ、ここここ、この不能野郎!す、少しは優しくしろ!」
言い切った瞬間、ぼくはお湯の中に頭からダイブする。
怖い。マジ怖い。怖すぎて、完全に低俗な悪口になってしまった。これでは、一太刀入れた?代わりに、ぼくの格を貶めた様なモノだ。
ブルブル震えるぼくは、悲しいかな人間で、酸素を求めて浮上する。
顔だけ出して、夜月の顔を見ると、先程の事にも眉一つ動かさずに、冷徹な瞳でぼくを射抜いていた。
怖い。何も変わって無いところが、マジ怖い。
ぼくはこんな奴にあんなことを言ってしまったのか。
しかし、後悔は無い。いや、したらいけない。端から見たら、子供の悪口だろうとも、ぼくにとっては大きな一歩なのだ!……………そういう事にしておかないと、ぼくの精神的ライフは0になる。
「まあ、興味は無いが、一応訂正しておくと、俺は不能じゃ無い。しっかりと、機能はしている」
ただ淡々と告げる夜月は、ぼくを完全に嘲る様な薄い笑みを浮かべる。
その悪魔的でサディスティックな笑みに、思わず身体がゾクリと震えた。
とはいえ、あんなに興味無さ気に言われたら、ぼくが必死に絞り出した反抗が、無駄になる。最初から無駄とかいうツッコミは控えて戴けると幸いだ。
「う、嘘だ!だって、その………………ぼ、ぼくの裸に…反応しないじゃないか!!」
顔が熱い。今日のお湯は熱すぎる。のぼせるじゃないか!
「お前に?性的欲求を満たしたいなら、自慰でもしろ。それか桐原にでも頼れ」
「ぼ、ぼくに魅力が無いと……?」
全く素っ気ない夜月の口調に、落胆の色はどうあっても隠せなかった。後、光はやだ。
「それ以前に、俺は護衛で使用人だ」
「つ、つまりそれは、ぼくの肉体に対して性的に興味が無いという訳じゃ無く──」
「──まあ、ロリコンじゃねえしな」
ロリじゃねえし!とは、流石に口には出せず、お湯に潜る。
若干涙腺が緩んでいる気もするが、きっとお湯のせいだと思いたい。
しかし、こうも素っ気ないと流石に女としての沽券に関わる。
女としてのプライドが、ぼくの心に再び怒りの炎を灯す。
「ふん!実は相当我慢してるんだろう!童貞の分際で、ぼくの身体に魅力が無いなんて言わせない!!」
湯船に立って、少し大胆なポーズをとって誘惑してみる。
お互いに隠す中では無いとはいえ、流石にこのポーズは恥ずかしい。が、夜月に反応が見られるなら、良し。
──と、思ってた時期がぼくにもありましたよ!ちくしょう!!
無反応だよこの男。
顔だけじゃ無くて、下も。
本当に不能なんじゃ無いか?
「あー、どうでも良いが虚しくないか?」
「…………うん」
虚しいよ、この野郎。
ぼくは無言で夜月の膝の上に戻った。
「それから、まあどうでも良いけど訂正すると──俺は童貞じゃ無い」
「ふーん」
………………………………………………………………………ん?
「童貞じゃ、無い?」
「ああ」
「ふーん…………………じゃ、ねえよ!はあ!?嘘でしょ!?強がっるんじゃ無いぞ!この野郎!!」
え?え!?え!!
おかしくない?
確かにぼくと夜月は、基本的に一日中一緒にいる訳じゃ無い。訓練や会議があるから、夜月といるのは一日二十一時間くらいだ。軽く言ったが、つまり三時間しか離れないという事だ。休日の無い夜月にすれば、ぼくと一緒に居ない時間は恐ろしく短い。
つまるところ、ぼくの行動を管理している夜月だけじゃ無く、ぼくもまた夜月の行動範囲と行動パターンは知っている。一体何時の間に、そんな経験が出来るというのだろうか?
「強がりとかじゃない。俺は護衛だからな」
「は?」
「お前を含め大量に西園寺の情報を持つ俺は、お前達程じゃ無いが狙われている。戦闘、暗殺で、俺達西園寺の護衛団をしとめるのは、世界トップクラスの殺し屋や傭兵でも難しい。だから、ハニートラップという手で来る可能性の方が高いんだ。古今東西、それで落ちた者はたくさんいる。だから、万が一に備えて、そういう事に慣れて置かなきゃいけない。つまり、性欲を完全にコントロールして、快楽に浸からない様にする訓練が、専属クラスにはあるんだよ」
訓練……だと?
まさか、内の護衛団にそんな訓練があるなんて……。
あれ?でも、待てよ?
内の護衛団に女性は少ない。夜月の話しだと、専属護衛だけがその訓練を受けるって言った。
今の専属内では、椿さんしか女性は居ない。
一体誰と……その………やるんだ?
プロでも雇うのか?
「高級娼婦でも雇うのか?」
「普通はそうらしいな」
「普通?じゃ、じゃあお前はどうなんだ!!」
「俺?俺は椿さんとだったけど?」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は??
「じょ、冗談キツいッス」
「何故あの馬鹿口調?いや、冗談じゃ無いぞ」
「◆※▽○□◎▼■◎※□■○×&%$?!~~~~~!!!!!!!!!」
「日本語で喋れ」
出来るわけ無いだろうおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
おかしい。おかしすぎる!!
何、サラッと言ってるの!?いや、そうじゃ無くて!!
「お、お前!義母なんだろう!!」
「血は殆ど繋がって無いぞ?」
「そういう意味じゃねえぇよ!!!」
義母で童貞捨てる奴がいるか!?普通!?
「椿さんも気にしてないぞ。週一くらいでヤってるけど」
「ふざけんなあああああああぁぁぁぁぁ!!!」
週一!?
知らないぞぼくは!
いや、それ以前にこの義親子は何やってんの?
間違ってるだろ!背徳的過ぎるだろ!なんで二人とも疑問を持たないんだ!!
「はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあっ!」
「落ち着いたか?」
「お前は落ち着き過ぎだ!」
なんでこの話題でもそんなポーカーフェイスを維持できんの?
分かっているのだろうか?自分達のやっている事を。
「というか、さあ」
「あ?」
「椿さんと性交するのが正しいかどうかはさて置いて──」
「何?」
「なんで……なんで椿さんには欲情して、ぼくには欲情しないんだ!!」
「そこかよ……」
重要なんだよ!
アレか!乳か!
ロリ巨乳なんて邪道なんだからなあぁ!!
──ちなみにこの後、興奮しすぎたぼくは、のぼせてぶっ倒れた。
そして何より、その日から椿さんを見る目が、若干変わった。
ただし、その事を指摘した親子共に、全く気にした素振りが無かったので、数日で諦めたが。
椿さんたまに、義息すら越えるほどに、意味不明だからなぁ。
七海ドン引き。