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新/011/運

二話同時投稿になります。一話目です。


まともな戦闘シーンがあると思います。

 断末魔の合唱を背後に受け、無意識に夜月に抱きつく力が強まる。

 恐怖が頭を侵してくる中、ぼくはある事を考えた。


 ──【幸運(これは)】呪いなのではないか?


 先程の事、確かに男達の不注意が招いた必然なのかもしれない。

 だがしかし、ぼくらが偶々居合わせたのは、偶然と言って良いのだろうか?


 それは、ぼくが引き寄せた【幸運】なのではないだろうか?


 ぼくの【幸運】は、誰かの不運の上に成り立っているのだろうか?


 ……実際、そうなのかもしれない。

 目の前にその最たる例が居るのだから。


 夜月はぼくが居なければ、余裕でこの世界を生きて行くだろう。その力は、十分に備わっているのだ。

 お荷物(ぼく)がいることで、夜月に大きな制限を掛けてしまっている。


 どれだけ願っても、身体も、精神も、ぼくの理想から遠すぎる。

 並び立つ事は、理想というより空想の彼方。


 そんなぼくを、律儀に守ってくれている。

 すでに西園寺の威光など届く事の無い世界に変わってしまったというのに。


 ぼくの【幸運(のろい)】は君を縛る。


 でも、それでもぼくは──



 ◆◆◆



 あの巨猪のラインを越えてから二十分。

 ボロボロで世紀末のような道を、俺はナナのペースに合わせて普通に歩く。

 時折、死体やまだ息のある人を見つけるが、何も言わずに通りすぎる。

 ナナはチラリと悲痛そうな視線を向けるが、歩は緩めない。何もできないと理解しているから。

 この精神的負担だけはどうしようも無いな。


 何回か道を曲がり住宅街に入る。

 一軒家が多い。とは言っても、学校付近と違って裕福な感じの家ではなく、一般的なサイズだが。

 その家々から多数の視線を感じるが、どうでもいいので無視。


 この先にあるスーパーの二軒隣に居酒屋「楽」がある。

 ナナのペースでも距離的に十五分程度。警戒しながらなので、その倍はかかる。

 相変わらず空は灰色だけれども、まだ夕方とも言えない時間なので、中々良いペースだったと思っている。


 当然ながらこの住宅街にもオークはいる。結構多い。

 金のために狩っておきたいのだが、あの巨猪の時と同じで、この観衆の中で戦う気は無い。


 もっとも、あの巨猪以降も五体倒して、現在の所持金は762C/2S=9620円。

 豚肉が八個手元にあるので、この先のスーパーで売ったとして、922C/2S=11220円。

 足りるのでは?と思われる。まあ、ナナの【幸運】に期待しよう。


 そうそう、俺はlevel6になった。



 ◆◆◆



 スーパーの前に、四体のオークが屯している。

 その内三体は、今までと変わらない腰布と棍棒という原始装備。

 だが最後の一体、その四体のリーダー各らしきオークは、これまでのオークとは明らかに違った。


 ぼろぼろだが灰色のローブに身を包み、自身の身長の八割くらいある木製の杖を持っている。

 見た目からして、魔法使いという外見だ。


(……ちっ)


 夜月は内心舌打ちする。

 目的の居酒屋はすでに目の前にあるというのに、ここに来て未確認の敵。

 リスクを考えたら戦いたくない。とはいえ目的地に着くには殺るしかない。

 唯一の救いは、他者の視線が途切れている事だろう。


 七海の方を振り返る。

 夜月を見つめる視線には、信頼が強く宿っている。ただその信頼の中に、隠しているのだろう罪悪感が、僅かに見えている事を夜月は看破していた。

 当然、その意味も。

 伊達にこの二人はトイレ以外(・・・・・)一緒に居るような関係では無いのだ。

 それを感じ取りながらも、夜月は何も言わない。今のところは。


 視線をオーク達に戻す。

 散らばる肉片の鮮度から言って、今しがた食事を終えて休憩中といったところか。

 車やスーパーの壁を背に警戒心も薄く、のんびり座っている。


 気配から考えると、魔法使いらしきオークは他と大差は無い。

 しかし夜月は魔法というモノを理解できていない。故に、把握できる力量は、肉体的な戦闘力のみだった。

 力量を推し量る事が難しい。


(………まあ、逆にチャンスかもしれないけどな)


 この先、魔法を使う敵と遭遇する確率は少なくない。

 ここで逃して、他のより強いモンスターの魔法使いと遭遇するよりも、このオークという弱い個体の魔法使いで初戦闘を終えるのは悪くない。

 経験がモノを言う実戦において、有益な戦闘になるだろう。


(こいつらに、気配を察知する技術は無い。ナナを死角に置いておけば…)


 夜月は頭の中で、シュミレートする。

 最初に投擲で一体を暗殺する。他三体がそれに気づいても、オークは鈍い。次の投擲で二体目を仕留められる。三匹目は一番近くの個体。二体目への投擲後、こちらに迫ろうとするオークに拳を叩き込む。本当なら接近戦は避けたいので、一番近くの個体は最初に殺りたいが、車の影で角度的に射線が通らないのでしょうがない。そして、五秒以内で魔法使いとの一対一を完成させる。


 本来の戦闘なら魔法使いを最初に殺しておくべきなのだろうが、戦闘の経験を積むためあえてリスクを残す。

 七海がいる場面では、あまり取りたくない戦法だが、経験しておく方が長期的な+になると夜月は判断した。


 無論、夜月の想像を越えるくらいオークの魔法使いが強力だという事もあるだろう。

 その時は、七海を抱えて逃げる。

 身体能力、特にスピードなら間違いなく夜月の方が上だし、気配遮断と気配察知が高位なので、問題なく逃げ切れるはずだ。


 ──夜月の考えは概ね正しい。

 ただし、夜月は無意識にある要素を排除している。

 圧倒的な実力差か、それとも七海の【幸運(のうりょく)】への信頼か、ただ計算できない要素だからか、夜月は無意識に、その要素を頭から外していた──


 シュミレートが終わり、目を開ける。

 身体の調子を確認して、敵との位置関係をもう一度確認して、問題無いと確信する。


「ナナ。ちょっと魔法使いと戦ってくる。動くなよ」


「分かってる。頑張れ。ぼくに出来るのはこれくらいだ」


「安心しろ。そんな応援の有無に、俺の戦闘力は左右されないから」


「……ぼくのエールを返せ」


 夜月は壁の影に身体を潜め、ゆっくりと、静かに、そして深く呼吸を行う。

 隠行では呼吸を止めたりしない。

 人間が呼吸をしなくても大丈夫な時間はあまりにも短いし、呼吸を止めれば苦しくなって、余計に緊張や恐怖を煽るからだ。


 動く。車の影へ。

 虚ろになる気配。遮蔽物に隠れながらの中腰の姿勢であるにもかかわらず、その動作に一点の淀みもなく、無音だ。


 顔は出さない。

 この距離なら気配だけで十分に正確な位置が掴める。

 位置は変わっていない。

 気取られた感じもない。

 ならば待つ必要は無い。


 ──刹那、七海は瞬きなどしていなかった。

 それなのに反応する事が出来たのは、夜月が第一射を投じた、一瞬のフォロースルーだけだった──


 ダガーが指から離れ、限界まで圧縮された思考の中、目標に違わず飛んでいく。

 僅かとはいえ、殺意の漏れたこの一瞬ですら、オーク達は気づかない。

 これならば、敵が気づいた瞬間には二体目を殺り終える。

 そして敵が動き出す時には三体目を殺り終える。

 魔法使いがいるという事に、夜月は少しだけ過大評価していたようだと、認識を改める。


 第一射がオークの後頭部に吸い込まれ、確実な死を与える。

 オーク達がようやく気づく。

 だがしかし、夜月はすでに二射目を投じた瞬間だっ──


 ──~~~~♪~~~~♪~~~~~~~~♪~~………


(………は?)


 とある有名なゲームサウンドが、緊張感とは無縁に、戦場に響き渡った。

 瞬時に回答を出す夜月。

 これは、ナナがスマホに設定した着信音。


 第二射目はそのサウンドを受けながら、ガードレールに寄り掛かった体制から起きようとする二体目のオークに、狙い違わず致死の一撃が命中する。


 崩れ落ちるオークなど無視し、夜月の視界の端にナナの青ざめた顔が写る。

 間違いなく、三体目と魔法使いには七海の居場所がバレた。


 ほんの僅かに生まれた淀み。

 常人やオーク達でも判断できない僅かな淀みが、夜月に初めて生まれる。

 とはいえ、その程度の隙を突かれる様な実力差では無いが。


 夜月は瞬時に三射目の標的を変える。

 魔法使いへと。

 七海の存在がバレた以上、正面衝突を犯して良い場面ではない。


 最も近いオークでも、夜月に棍棒を振るには二秒かかる。

 七海のところまでは六秒かかる。

 魔法使いにこの第三射を終えてからでも、夜月なら十分に対処可能だ。

 問題無い。


 誤算があるとすれば、第三射目が指先から離れ行く瞬間に、立ち上がる魔法使いが──転んだ事だろう。


(てめえこの豚野郎!!足短いんだから足元くらい気を付けろぉ!!!)


 加速する思考の中で、注意なのか罵倒なのか分からない毒吐き方をする夜月。

 魔法使いが転んだせいで、ダガーはローブに少し掠める程度で、後ろのスーパーの壁に金属音を立てて弾かれる。弾かれるダガーは、回転しながら魔法使いのオークに落ちるが、その程度で切れる事も、刺さる事も当然無く、ローブを滑って地面に落ちていく。


 ダガーはもう一本あるが、その前に三体目(こっち)の対処だろう。

 三体目のオークは、視界に映らない七海では無く、夜月を狙って棍棒を振り下ろしてきた。


 それを余裕を持って避ける。

 技も無く力任せに振り下ろした棍棒は、アスファルトに激突して、衝撃が自分の手に跳ね返る。いつしかの取り落とす様な馬鹿では無かったが、それでも痺れて半秒硬直する。


 それで十分。

 夜月はオークの後ろに回り込み、握った拳で突きを放つ。


 ──バギィッ!!


 背骨の破砕音。

 分厚い皮膚と脂肪、人間より強靭な筋肉と骨。それらを持つ耐久値の高いオークだが、夜月は特に関係なく粉砕する。


 夜月のグローブは、見た目は黒い革製の手袋。だが実際は強化素材と衝撃吸収剤が仕込まれた特殊なグローブ。殴られた方のダメージは増大し、殴った方のダメージは軽微に抑える。

 その特殊グローブに、skill-level:Ⅸの格闘と、Ⅷの気功が加わり、オークは一撃で絶命する。


(残るは──)


 夜月が振り向いた時、魔法使いのオークは未だ立ち上がってはいなかった。

 しかし魔法使いは転んだまま、夜月に向けて杖の先を向けていた。杖の先からは、ぼんやりと薄く濁った黄色の光を発光させている。どうも、転んだ状態で魔法を使うようだ。


(ふーん。他の奴より幾分冷静なんだな)


 立ってからでは間に合わない。おそらく本能的にそう察したのだろう。

 普通のオークなら怒りに任せて暴れるだけだったというのに、魔法使いのオークは、焦りは見えるが混乱している様には見えなかった。


 夜月はダガーを取り出す事は無く、大胆にも魔法の発動を待ってみた。

 混乱してはいないとは言え、すでにオークの頭に七海の存在は消えている。周囲に他の敵はいない。魔法使いの視線からして、夜月単体に攻撃する魔法だろう。

 以上の理由からして、夜月は当初の予定通り魔法を見てみる事にした。


 もちろん勝算は十分にある。

 M-RESの値は十分高いし、動体視力や反射神経、AGIから、避ける自信があった。

 絶対に、とは言えないが、十分待つだけの余裕はあった。


(…………………………………遅いな)


 とはいえ、まさか五秒経っても魔法が飛んで来ないのは、さすがに予想外だったが。

 汚い黄色い光は強くなっていくが、五秒経っても放たれない。しかも立ち上がる事なく、動かない。というか見た感じ、集中しすぎているため動けていないのだろう。

 十メートルも無い距離で壁役もいない、この遅い魔法に意味はあるのだろうか?まだ逃げた方が可能性がある。


 八秒半後、光がピークに達する。

 そして──


 ──バヂィッ!!


「っ!」


 杖の先から電光が放たれる。

 避けられない。

 その速度は放たれた後では決して避けられない。

 電光は、輝いた瞬間には夜月の身体に届いていた。

 目の前で見て直撃した超人夜月でも、顔を僅かに覗かせた七海にも、眼に写ったのは残光だけ。


 さすがに夜月は舐めすぎた。

 オークは弱いという先入観と、発動の遅い魔法。

 侮ってしまうのも無理はない。

 相手は未確認の敵であるという事を忘れた結果だ。


(………反省)


 ──とはいえ、ダメージなど一切無いのだけれども。


 スマホを確認するまでもなく、LPもSPも減っていない。

 つまるところノーダメージ。

 常人でも気を失うか、失わないかと言ったところだ。ぶっちゃけ日本では合法ギリギリのスタンガン程度。七海に携帯させているスタンガン──壊れてるけど──の方が威力があるかもしれない。

 夜月自身に雷属性の耐性があるし、着用している装備の殆どには雷耐性がある。

 夜月のM-RES値が無くとも、無傷ですんだだろう威力。


 実験終了。

 夜月は無表情でダガーを抜いた。

 無理に近付く気は無い。

 これ以上の愚は犯さない。


 当然の如く、ダガーは魔法使いのオークの眉間に突き刺さった。



初めての魔法が、まさかこんな感じだとは。


七海ちゃんの【幸運】は発動したのか?

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