新/009/疲れて、思い出して
二話同時投稿です。
肉体的にも精神的にも多大な疲労をしたナナを、近くにあったスーパーマーケットの中で休める事にした。
近くに敵はいない。
ただスーパーの中は酷く散乱しており、ここでオークが暴れたのだろう事は分かる。血の臭いがそこら中からするし。
敵も人も居ないという事を確認して、ナナを生活用品売り場にあったクッションの上で休ませて、俺は水などを探しにいった──のだが、
「何故?」
水は何かが混ざっているかの様に、濁っていてとても飲めない。
他の飲み物も同様。
冷蔵機能がストップしたとしても、水なら最低半年は持つはずだ。
なのに何故?
他の物もそうだ、食品売り場の生物なら分かるが、明らかに夏場でも日保ちするだろう食品すら、食べられなくなっている。
腐っているとか、そんな感じでは無い。
まるで………いや、これを例えで出すのは俺の貧困な語彙では無理だな。
とにかく、食品も水も全て不可思議な事に、食べられなくなっていた。
ミルクキャンディは無事だったと言うのに。
こりゃいよいよイカれてる。
俺はナナの所に戻る。
追い討ちになるかもしれないが、隠しても無意味なので、報告しよう。
「ナナ。どうも水も食料もダメになってる。缶詰もインスタントラーメンも」
「………そうか」
反応は鈍い。
いや、あれだけの事があって、しっかり立って歩けただけでも称賛ものなんだ。
それに今は他の要因もある。
ストレスの他にも脱水が激しい。
暑さに加えて、慣れない隠密行動、手に残る殺傷の感触、そしてあの一件。
無意識に高められた脈拍。上がる体温。それによって奪われる水。
精神的、肉体的な疲労にその脱水が追い討ちを掛けている。
不幸中の幸いとして、今日は日が出ていない事だ。万が一にも日が出ていたら、間違い無く途中で気を失っていた。
といっても現在でも危険な状態だ。
なんとか水だけでも飲ませねば。
………あ、そうだ【Shop】
気づいた俺は、早速スマホを操作して【Shop】のアイコンをタッチする。
すると──
《shop-area:道具屋rankF
入店しますか?yes/no》
すでに店の中にいたっぽい。
どうやら道具屋はスーパーなどがエリアになっているようだ。
偶然にしては出来すぎなような気がする。
ああ、ナナの【幸運】が発動したのかな?
【幸運】は、さきほど効果を見てみたのだが、はっきり言って要領を得ない。
とにかく、運か良くなる。てな感じの説明だった。
だけど今はどうでもいい。
俺はyesを押して入店する。
別段何かある訳ではなく、普通に画面が切り替わった。
《welcome!!
buy/sell》
という表示が出た。
俺は躊躇わずにbuyを選択しタッチする。
「ふーん」
画面に表示された商品リストは、結構な数だ。
お目当ての水から、ビスケット、干し肉、干し芋、傷薬、包帯、消毒液、ナイフ、針、タオル、メモ帳、ペン、コップ、皿、などなど、他にもある。
前の世界ならあまり求める事の無い品揃えだが、新しく変わった世界においては、有効なものだろう。
とりあえず水を購入する。
現在の俺の所持金は、150C/1S。後の金はナナに持たせている。
水の値段は10C。500ミリと表示されているから、まあ妥当な値段だ。
五つくらい買っておくか。
俺は五個を纏めて買う。50Cを消費する。
yesの表示を押すと《storage内に転送しています。少々お待ちください》という表示がでた。
それから十秒くらい経つと《完了しました》と出て、再び商品リストの画面に戻った。
一度退店して、【Item】のアイコンをタッチ。storageを確認する。
そこには水が五つ並んでおり、しっかり購入出来た事を確認。
その内、一つをタッチしてoutをタッチ。
──キュウィン!
という中々カッコいい音と共に、手の平近くが発光。
数秒のタイムラグの後、水の入った袋が手の平に出現した。
一応、何度か確認しているけども、不思議な感覚だ。
それにしてもペットボトルでも瓶でも無くて、袋なんだな。
まあいい。水が入ってりゃいい。
一応確認しておこう。
俺は袋の口についている、木製の飲み口から栓を抜き、口をつけて少し水を口に含む。
口当たりは普通の水。
ミネラルウォーターのような感じではないが、水道水でもない、普通の水?
別段変わったところもない。腹を下す心配も無いだろう。
俺は口に含んだ水を飲み込む。
「ナナ。水だ」
「…………え?水?」
辛そうな顔を上げる。
やつれているものの、それでも美貌は陰りを見せない。それどこそか、薄幸そうな雰囲気を醸し出している。
ナナは俺が持っている革袋を呆然と少しの間見つめ、ハっとしたように引ったくる。
そして躊躇い無く口を付けて一気に飲んでいく。
ゴクリ、ゴクリと喉が動き、口の端から漏れる水が首を伝って寂しい胸元へ落ちていく。
半分くらい一気に飲んだ後、今度はその水を顔にかけ始める。
冷たい水でリフレッシュをすると同時に、汗や臭いを洗っているようだ。
「はあ、生き返った」
ナナは顔を濡らしたまま、後ろの棚に脱力してもたれ掛かる。
水は全て使いきり、革袋の口から一滴二滴と水滴が垂れて床に落ちる。
「……あ、ごめん、夜月。全部飲んじゃった」
「構わない。どうせ後四つほど買ってるしな」
「そうか。ありがとう」
「仕事だよ」
ナナも水のおかげで少し回復したようだ。
SPを見てみると、2だったSPは3に回復している。
後はカロリーも入れさせるか。
もう一度【Shop】から道具屋に入店。
商品リストから、ビスケット(6枚)10Cを三つほどまとめて購入する。
少し待ってからstorage内に転送されたのを確認、すぐにstorageを開いてビスケット(6枚)を取り出す。
灰色の布切れ見たいなので包まれた、直径五センチほどのそこそこ大きいビスケット。
正直俺は食べたく無いが、ナナに毒味もせず渡すわけにもいかないので、嫌だが口に含む。
甘い。正直言って美味しくはない。甘すぎる。油分も濃い。登山とかなら最適な感じ。カロリーと糖分が酷い。
そして──
『ほら、餌だぞ』
──フラッシュバック。
嫌らしい笑みを浮かべたゴミクズの顔が頭に蘇り、嫌悪と憎悪と殺意を俺の中から呼び起こす。
ただしこれくらい慣れている。
少し呼吸を繰り返せば収まる。
時間にすれば三秒にも満たないはずだ。
「夜月、大丈夫だから」
それなのに、ナナは俺が表に一切出さなかったはずの感情を読み取り、俺の左手を、その小さな両手で包み込む。いや、包めていない、添えていると言ったほうがいいだろう。ただ、何かに包まれているかのような温もりを感じる。
「………ビスケット、不味いぞ」
「………貰うよ」
少しだけ苦笑して、手に持った食べかけのビスケットをナナに渡した。
──いつの間にか、奴の顔は消えていた。
◆◆◆
(──不味いッスね)
桃園雛は、屋上の隅に設置されているベンチの上に座って、辺りを見回しその端整な顔をしかめていた。
屋上にはここまで逃げてきた生徒達が所狭しと詰めより、雛の座っているベンチも友人が膝を丸めて座っている。
集まっている生徒達は、嗚咽を漏らして泣いている者、ぶつぶつと呪詛やら祈りやらを永遠と呟いている者、呆然と脱け殻の様にただ居る者、助けが来ない事に怒りを露に物や人にあたる者、そして最後に現状打破を考えて集まっている者達。
多種多様な状態の生徒達がいるが、皆が共通しているのは、未だ現実を飲み込めていないという事だ。
ただ一人、雛を除いて。
スマホが異常をきたして、飛行機が墜落し、モンスターが出現した時、雛は屋上にいた。
逃げたのではなく、友達とお昼を食べるために屋上を利用していたのだ。
当初は雛も少し楽観視していた。
すぐに片がつくと。
悲鳴が響き、友人達が不安気にあたふたしているのを横目に、鼻唄混じりでスマホの状況を確認していたのだ。
校庭にいきなり出現してきた二足歩行の豚は、さすがに驚きはしたものの、そこまでの強さ感じ取れなかったため、特に驚異にはならないだろうと思った。すぐに警察やら何やらが対応するだろうな、くらいの感じだった。
しかしどうだろう、現実はあまりにも無情だった。
飛行機が墜落したというのに、報道ヘリも、救助ヘリも一切飛んでこず、屋上から見える道には車の一台も走っていない。それどころか、あちこちから煙が立ち上がり、悲鳴や怒号は増すばかり。
さすがに焦った。
冷静な判断が出来ていると思い込んだが、実際は現実から目を逸らしていただけなのだと、気づかされた。
【サマエル】とかいう奴のムービーが本当ならば、屋上にいるのは危険──だと判断した時にはすでに遅く、逃げてきた桐原光達によってバリケードを築かれ、その扉の外にはその豚が張り付いていた。
(最悪ッスね)
現実逃避していた自分と、未だに状況が飲み込めない奴等に向けて、雛は内心自嘲を込めて毒吐いた。
状況を打破するために、桐原達に混ざって作戦を立てよう、とも一瞬思ったが、桐原光という存在への忌避感が足を止めた。
雛は桐原光が嫌い──という訳では無いものの、少しの気持ちの悪さを感じている。
自分の様な感覚が少数だとは当然知っているので、隠してはいるが。
友人等が、桐原光の良さを朗々と語る。曰く「優しい」曰く「運動ができる」曰く「頭が良い」曰く「一緒になってペンダントを探してくれた」曰く曰く曰く曰く……
実際にあった事もある。悪感情は一切感じ取れなかった。まるで、大衆が求める正義を具現化したかのような、そんな人だった。
でもそれでも、雛は桐原光への気味の悪さが拭えなかった。
それ故に自分一人でこの状況を打破する必要がある。
もっと早く行動するべきだった。そんな思いを思わず頭に浮かべ、今更だと頭を振る。
(この状況で一番頼りになりそうな夜月先輩は、やっぱりもう脱出しちゃったスかね)
雛の脳裏に吸血鬼の様な先輩の姿が過る。
どうやら自分も誰かに頼ろうとするくらい、弱ってきているようだ。
その事に苦笑しながらも、この状況の活路は神崎夜月しかいないと、雛は思った。
神崎夜月。美形だがその吸血鬼的な容姿で敬遠される先輩。
常に気怠い雰囲気を纏い、骨の折れた後輩にすら全く関心を示さず通り過ぎるという様な、非情で非常識な存在。
友人や上級生達の評判は最悪に近い。能力的な優秀さも聞かない。
どうして西園寺家はあれを雇っているのだろう、という疑問が七不思議になる様な人だ。
しかし周囲の評価とは裏腹に、雛の評価はすこぶる高い。というか、崇拝にも近い尊敬を贈っている。
最初にあったのは、噂の桐原と西園寺の二代巨頭を見に行くという友人に、面白半分で付き合った時だった。超絶プリティーな美貌の西園寺七海。女子男子問わず魅了される中、雛だけは後ろに立つ存在から目を離せなかった。
雛が最初に思った感想は──
──存在が違う。
圧倒的だった。
才能溢れ、神童と言われてきた自分が、世界の広さを見ても、それでも自分の才能は見劣りしないと自信満々だった自分が、本能と理性の両方から、完全なる敗北を自覚させられた、正真正銘の怪物。
全身から伝わってくる衝撃は、生物としての各の違いを否応無く思いしらされた。
当初は本当に吸血鬼かと思ったほどに。
見れば見るほど規格外だった神崎夜月ならば、と雛は思わずにはいられない。
しかし、あの人ならすでに脱出しているはずだとも、容易に想像できた。
きっとこの学園に留まるリスクを最初に理解し、早々に脱出したに違いない。
(という事は、自分でやるしか無いっスね)
脱出方法なら一応ある。
バリケードを破壊し豚を屋上に入れ、ここに居る生徒達を全員囮として引き付けさせて、自分一人抜け出す。
桐原光と協力したくない雛にとって、一番手っ取り早い方法だった。
(夜月先輩だったら、飛び降りても問題無いんでしょうけどね)
とはいえ、失敗した場合は間違いなくこの集団内で制裁を受ける。
集団の中での拒絶は、外部での拒絶とは訳が違う。
この異常で非情な状況で溜まりに溜まった悪意を、雛に吐き出す事だろう。情けも容赦も無く。裏切り者は、外にいる敵より遥かに嫌われるのだ。
裏切り者になる勇気は、さすがに無かった。
失敗しなければいい。
しかしバリケード付近には、桐原光を含めたグループが現状打破という名の現実逃避をしているため、近づけない。
(やっぱ手詰まりッス)
そもそも、ここを脱出して何処に行くのか。
神崎夜月と同じ場所を目指したいのだが、あいにく場所の心当たりは無い。
ならば一番に行くべき所に行く。
(家には、これじゃあ辿り着けないッスね。じゃあ、何処でしょう?)
頭を悩ませて、先程確認したスマホに表示されていた、情報屋がちらつく。
しかし雛にはこの辺にある酒場の情報は無い。
やみくもに行けば、危険だとは分かる。
(ここはもう、嫌でも桐原先輩を利用するしか無いッスかね?)
それしか無いかもしれない。
学校のカリスマ・桐原光、巨体護衛・近藤匠、女王生徒会長・梅宮鈴火、この三人はスペック的には使える筈だ。
しかし問題がある。いや問題しかない。
自分を含めたその四人だけなら、きっと脱出や外での行動も、それなりになんとかなるはずだ。
しかし桐原光が居る限り、それは無い。
(ヒーローは、正義の味方ッスもんね)
内心で桐原光へ、嘲るような笑みを浮かべる。
桐原光は、決して他者を見捨てない。
それが他人の顔を伺う様な外面的な言葉だったらどれほど良かったことか。桐原光は、全て本心からそれを言っている。
それが絶対に正しいと、無条件に思っている。
そしてそんな桐原に心酔する近藤匠も、桐原光を好いている梅宮鈴火も、それが正しい行いだと感化されて、付き従う事だろう。
この状況ではマイナスにしかならない。
足枷でしかない生徒達すら救うなど、不可能だ。
(Mプレイに付き合う気は無いッス)
無理だ。絶対に。
自身の友人ですら捨てる覚悟が無ければ、この状況は打破できない。
纏めて救うなど、不可能。
それに付き合えば、確実に破滅する。
(てことは一人で……って!無限ループ突入ッスか!)
思考がぐるぐる回る。
喉の渇きを覚えるが、現在水はない。
これ以上の思考の活性化は望めない。
(……もはや、飛び降りるしかっ!!)
三階までなら自信があるが、六階分の高さがある屋上からのダイブはキツい。
死ななくても両足の骨は間違いなくへし折れる。つまり結果同じ。
というかそれが成功しても、結局この状況で目標も無く迷う事になる。
(せめて、夜月先輩が何処に向かったか分かれば、一人でも……)
雛はオーク程度に遅れをとるという事は、まず無い。
この状況でも判断力を失わない精神力も、称賛。
一人で外に脱出しても、いやむしろ、下手な足手まといが居ない分、スムーズに行動できるだろう。
しかしそれも目標があった場合。
目指す先が分からない様では、何処に行って良い分からずに、すぐに力の限界に達してしまう。
どうするか、頭が痛くなってきた矢先に──桐原の良く通る声が聞こえてきた。
「そうか!mail機能で七海に連絡をとれば!!」
七海。連絡。
その声を聞いて雛は即座に【Friend】の機能を思い出した。
つまり桐原光は、西園寺七海の番号を知っている。
そして西園寺七海の側には、必ず神崎夜月がいる。
(少しだけ活路が見えてきたッス)
雛は桐原達の元に足を進めた。




