新/007/認めよう
「とりあえず。BPを振っておけ」
「……マジかよ」
BPは【Status】のphysicalやmagic、skillなどに振り分けて自身を強化するモノ、らしい。
levelが一つ上がると10も増えるようだ。俺は二つ上がったから20になった。
………BP多すぎじゃね?普通10とか上がるのか。
「多いけど、今は気にしても判断つかないだろう?」
「まあ、な」
確かに。しょうがない、上げておくか。
自身の強化、と言えば聞こえは良いが、未知な何かで身体を弄られる気がして、正直気分が悪い。
とはいえ、ナナを護衛のためにも、強化するのは別に悪い事ではないだろう。
まあ気分の問題だ。
STR、VITなど一つを選んで、1消費して1上がる。
skillに関しては、skill-levelに応じて上げるのに必要な数値があるらしい。当然高levelは上げにくい。
俺はskillに関しては不自由していない。今のところ必要なのは、全部Ⅶ以上ある。つーか、どれも20程度消費したくらいでは上がらないので保留にしよう。
若干前に見たときより、投擲と暗器と気功skillが上がっている。さっき使用したからだろう。
魔法も覚えていないのにmagicを上げても意味はない。別に思考能力とか上がらないと言っていたし。
ということでphysicalを上げよう。
今のところ敵と接近して戦う気は無いし、接近して戦ったとしても攻撃を食らう気は無いからVITはいいや。
STRが必要なモノは今のところ持ってないし、それに重くてデカイ得物は苦手だから、4くらい振っておけばいい。
今のスタイルに必要なAGIとDEXに、8づつ振るか。
ナナの意見も聞いてみるか。
「どう思う?」
「いいんじゃないか?君の判断で振れよ。こういうのは、好みだ」
だ、そうだ。
ここで迷っていても時間の無駄。
というかあんまりチンタラしていられないのだけれども。
道場にいた敵が少しこっちに接近してきている。
ゲームとかやらない俺には、悩んでも答えとかでないし。
これでいいや。
俺はSTRに4、AGIに8、DEXに8を振り分けた。
そしてOKを押すと──
「っ!!」
──俺の身体が光に包まれた。
「よ、夜月!」
「……問題ない」
問題ない、は嘘だ。問題はある。
しかしそれはマイナス方面への問題ではない。
身体の中に暖かい何かが入ってきて身体に力を満たしていく。
良い感じだ。
だけどやはり他人に身体を弄られている感じがして、気分的に良くない。
光は数秒でおさまった。
普段と変わりは──有る。
目を閉じて身体に意識を集中してみる。
身体を廻る気の流れが、明確な強化を訴えている。
しっかりと確実に強化されている様だ。
しかし、これは危険だな。
俺の様に武術等をしっかり修めて力の使い方を知っている者ならともかく、単純に数値が上がっただけの奴は、きっと強くなったと勘違いするだろう。
力は振るえば良い訳ではない。
なるほど、確かに山河を砕く様な絶大な力なら、それでもいいだろう。
しかし数値の高い俺でも、単純な筋力だけでは、金属バットを少しだけ曲げられるくらいだろう。
まあ普通なら十分すぎるほどの力かもしれない。
しかし、それを振るうのは物ではなく生物だ。
生物は動く。早い遅いはあれど、ただ力を振るうだけではかわされるだろうし、当たったとしても、力は拡散してしまい、威力は五割を切るだろう。
つまり、力は振るうだけではだめだ。
使わなければ十分に使えない。
だがしかし、何も知らないゲーム感覚の奴は、数値が強化されるというだけで、強くなったと錯覚する。
そしてそれはナナにも言えるかもしれない。
まあ、その時は身体に教え込むけどな。
「とにかく、先を急ぐか」
「ああ」
◆◆◆
一匹のオークが、道路を歩く。
煙を吹き上げ大破、中破する車やバイクを中を、ゆっくりと。
まるでこの地の支配者の様に。
オークの口には血が垂れている。
自分の血ではない。
先程捕まえて補食した、人間の雄の物だった。
ゆえに、オークは腹が満たされていた。
おそらくすぐに、二時間もしないうちに再び空腹になるだろうが、それでも今は食欲が満たされている。
だから次は──性欲。
腹が満たされれば次は性欲。
オークは雌を探して歩いていた。
先程まではわらわらと人間がたくさんいたが、今は逃げたか殺されたかで、時折遠くで爆発音か悲鳴が聞こえる程度。
目にも耳にも鼻にも近くにいる人間の痕跡は見つからない。他のオークもこの場にはいない。
血と煙とガソリンとゴミの様な臭いが鼻に入るだけ。
道を変えようと曲がろうとした時──ほんの僅かにフローラルな香りがオークの優れた嗅覚に届いた。
花などではない。雌特有の甘い香りが混じっている。
オークはニヤリと口を吊り上げる。
醜悪な顔がさらに醜悪さを増す。
汚い腰布が膨れ上がって、男性器の膨張が見てとれる。
人間と比べて三回り以上デカイそれは、嫌悪感しか湧いてこない。
オークは手に持った棍棒に思わず力を込めて嬉しさを表現する。
香りのした方向へ身体を向け──
──チクリ。
………一瞬首に、針で刺されたような鋭い痛みが生まれた。
オークはそれを受けて一瞬だけ硬直し、すぐに戻る。
大した事は無い。
むしろ無視して良い程度の痛みだ。
おかしいと言えばおかしいが、オークにはそれを考えるだけの知能は無い。
今は先程の雌の臭いの方が重要だった。
今しがた受けた痛みをすぐに忘れ、雌の捜索に戻る。
一歩、二歩、そして十歩目を踏み出そうとした瞬間──膝が崩れた。
転倒する。
踏ん張ろうとしても、肝心の力が入らない。
無様に倒れて這いつくばる。
何が起きたのか。
それを考えようと必死で巡らす僅かな知能すら、霞がかかって遠退いていく。
最終的にオークは昏倒した。
◆◆◆
「──普通に毒も効くな」
「そうみたいだな」
俺とナナは、倒れたオークを見下ろしながら確認をとる。
今回使ったのは、毒針。
中に仕込まれているのは睡眠系の毒で、深い眠りを強制させる。
気配を殺して、後ろから刺した。
その後すぐに、ナナが隠れている物陰に隠れて、効果が出るのを待ったのだ。
人間なら三秒あれば効く毒だが、オークは巨体なので若干回りが遅かった。まあ、それ以外は大して人間と変わらない。
毒も有効だと分かったのは行幸だ。
ちなみに、俺の持っている毒針は見た目は芯の細いボールペン。偽装している。
何のために?優秀なボディーガードは時に非情なのだよ。覚えておきたまえ。
「てことで、ナナ」
「う、うむ」
俺に呼ばれたナナは、手に持ったサバイバルナイフを鞘から抜く。
さきほど俺が持たせたものだ。
護身用ではない。
護身用に持たせたのは、その変に落ちていた木製の杖だ。杖術を仕込んだからな。こいつには。
ナイフを持たせたのは、このオークに止めを刺すためだ。
partyを組んでいない時は、止めを刺した者に経験値が入る。共闘した者、追い込んだ者には入らないようだ。
実証済み。一度、死にかけのオークをナナに仕留めさせた。
ただし、単独で倒した時の様に十割入る訳ではなく、ほんの一割程度。死にかけに止めを刺しただけでは、あまり評価されないようだ。当然だけど。
partyを組んでいる時は、これはナナの仮説だが、貢献度で経験値がそれぞれ決まるようだ。
何もせずに仲間に任せただけだと、撃破数にはカウントされるようだが、経験値は入らない。僅かでも攻撃を通せば、一割くらいは入るようだ。
現在、俺とナナは【Friend】からpartyに登録していて、あらかた実証した。
死にかけに止めを指しても入る経験値は一割以下。逆に追い込んだ俺には九割以上入った。
ならば死にかけでは無いが、動かない相手に止めをさしたら?
今はそれを検証する。
「力で刺すな」
「わかっている」
ナナはごくりと唾を飲み込み、倒れるオークの首筋にナイフの刃を立てる。
体重を乗せてナイフを刺す。
元々手入れの行き届いている切れ味の良いナイフは、すんなりと奥まで刺さる。
オークは反応しない。痛覚も麻痺しているはずなので、当然だ。
ナイフを刺した後は抜かない。
抜いて血を流した方が早く死ぬが、そうすると帰り血を浴びて臭いがついてしまう。
念のためナナを下がらせる。
その十秒後にオークは幻想的な光となり、溶けて消えていった。
スマホにはすでに討伐成功の文章が表示されている。
《オークlevel10撃破!!
exp:10
bonus:【奇襲+5%】
total-exp:11》
ナナの方には、
《オークlevel10撃破!!
exp:5
bonus:
total-exp:5》
お、三割くらいは入ったのでは?
逆に俺の方はボーナス含めて六、七割。
なるほどな。今のところ、この方法が一番効率が良いかもしれない。
というか、死にかけの時と、やり方がほとんど変わらないのだけれども、どうしてこっちは三割入るのだろうか?LPの関係だろうか?謎だ。
ナナは今回の経験値には満足しているようだ。
ほとんど俺がやったがな。
ただ、ナナのlevelはまだ上がらない。
逆に俺のlevelは今ので更に上がって、level4となった。
光の後には血のついたサバイバルナイフと、二つの袋。
豚肉とC。
豚肉は正直捨てたい。が、ナナが売れるかもしれないと、storage内に現在六個ある。いらない。
お金はオーク一体で、20C~25Cを落とす。
最初のを入れて六体。その総額は133C。つまり1330円。安いなあ。
ところで、何故俺達がこうしてオークを倒しているのか。
本来はナナを危険に曝すために、戦闘を極力避けるべきなのだが、やらねばならぬ理由があった。
お金だ。
これから向かう情報屋では、お金が必要になる。
初期金額で買える情報には限界があるだろうからな。
だから向かう途中、遭遇したモンスターを出来るだけ狩る事にしている。
ナナに経験値を稼がせているのは、ナナ自身の申し出だ。
俺としてはあまり殺らせたくはない。
いくらその生態ゆえに、殺傷による罪悪感が湧き難いとしても、殺したという事実はストレスとなって溜まっていく。だからあまり殺らせたくはない。
ただナナの決意は固いし、ナナの強化も無駄では無い。
だから止めだけ刺させている。
もう少しlevelが上がってphysicalが上がれば、一度戦わせてもいい気はする。やばくなったら、俺が割り込むし。
ナナの現在のstatus上、skillは杖術と格闘がⅢなのだが、physicalが無さすぎる。いくらなんでも差が有りすぎる相手に真っ正面から向かわせられない。
levelをなんとか上げて、STR等を最低15以上にするまでは、やらせる訳にもいかないだろう。
「行くぞ。ナナ」
「うん」
storageに豚肉をしまい、歩き出す。
◆◆◆
──そろそろ認めよう。
ぼくはそう思った。
今朝方、車で通った道は、すでに面影など無い。
車、自転車、バイク、様々な物が壊れて壊れ、あげくに人すら壊れている。
人間は、光にはならないらしい。
吐き気がする。
だが吐かない。
乙女の矜持とかではなく、夜月の隣いると自分で言ったのだから。
夜月に貰ったミルクキャンディーを口の中で転がして、甘味によって襲いかかる『死の存在感』を打ち消す。
ぼくは別に、死体を見るのは初めてではない。
何度も見ている。
そう、何度となく。
だからだろうか?それともただ、他人だから耐えられるのだろうか?
前者も後者も変わらず酷い。
死に馴れたか、死をいとわないか。
どっちもどっちで、嫌気がさす。
夏だというのに、暑さを感じない。
ただ汗はかく。
それが不気味で、気持ち悪い。
曇天が晴れないのは、ぼくの心を投影しているのだろうか?
……馬鹿か、ぼくは。
夜月はぼくの手を握ってくれている。
グローブをしているので、肌の温もりが伝わらないのが少し不満。って、ぼくは何を不満に思っている。
夜月は変わらない。
死体を見ても。
いや、夜月にとって他人など等しく同じ。
警戒する理由はあっても、悲しむ理由も、慈しむ理由も無い。
ただぼくを、ぼくだけを、守ってくれている。
そんな夜月に嬉しく思い、そして何より愛しく思う。
………ちょっと恥ずかしい。
だからぼくは、彼に並ばねば。
一緒にいるために。
ずっと、ずっと……
だから、もうそろそろ認めよう。
だから、もうそろそろ受け入れよう。
でなければ、進めない。
でなければ、並べない。
認めよう。
──この新しき世界を。
【奇襲】=敵に気取られる事無く、ファーストアタックを成功させる。




