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旧/929/憧憬

※:この話は本編ではありません。本編は【旧/999】からです。ここから読む場合、本編の内容が分かり難くなるおそれがあります。お気をつけください。

 ──小さい頃、社会科見学で大きいビルの展望台に行った事がある。


 皆が東京の街を一望出来るその景色に、タワーを見つけてはしゃぎ、観覧車を見つけてはしゃぎ、薄っすら見える富士山を見つけてはしゃぎ、自分の家が見えるかどうかはしゃいでいた中で、私だけは下を、ビルの下に蠢く蟻の様な人々を見ていた。


『──小さいな……』


 その呟きは、子供独特の甲高い喧騒にかき消されたけど、()の耳には嫌なほど残っている。


 ビルから見た人間達はあまりに小さく、あまりに脆そうで、あまりに弱そうだった。


 そしてそれは私も同じなのだと、私も下にいるちっぽけな奴等と同じなのだと、子供ながらに理解した。


 吐き気がした。私や周囲の人間達に見分けがつかなくなるような錯覚を起こして。


 今まで大人達は皆大きく、私などより遥かに大きい存在で、いつかは自分も大きくなるのだと輝かせていた瞳は、そのビルから見た光景を最後に輝きを失った。


 その後、社会の勉強で日本の人口を聞き、更に自分で調べて世界の人口を知った時、人間に絶望した。


 小さい上に、幾らでも代えが効くほど多いのだと。

 今まで潰して来たゴキブリと、世界から俯瞰した人間なんて、大して変わらないのだと。


 以来、人知を超える怪物や怪獣映画を見て「怪物」に酷く憧れる様になった。

 そして脆弱なその他大勢とは違うという事を証明するために武術に励んだ。


 でも、それでも私は人間のままで、何処まで行ってもちっぽけな人間。代えの効く人間。


 天才だとか言われても、私は所詮人間でしかない。


 むしろ、天才である私を称賛する声と、天才という事に向けられる嫉妬が、どうしようも無く私自身が人間であると告げられているようで、とてもとても嫌だった。


 怪物ならば称賛されず、嫉妬もされず、ただただ畏怖と恐怖を問答無用で叩きつけるだろう。


 私はそんな怪物になりたかった。


 けど無理だ。私はどこまで行っても天才(にんげん)でしかなく、称賛と嫉妬が止まない。


 だから私は普通(かわ)を被る。


 せめてその称賛と嫉妬という宣告(げんじつ)から目を逸らす為に。


 私自身をその胸に閉じ込めて、心の中だけで夢想する。


 自分(・・)普通(・・)の高校生を演じる。


 自分という皮肉な一人称と共に。


 だってそうでしょう?

 本当の自分でも無いのに「自分」なんて──



 ◆◆◆



 春の陽射しは暖かい──なんて事は無く、陽射しが窓際の席の自分に当たっても、未だに長袖から解放されないくらい肌寒い。


 見上げた先の青空は目に痛く、寒いならせめて曇っていて欲しいと意味の無い文句を内心で呟いた。


「ねえ、雛!聞いてる?」


「聞いて無いッスね」


 既に慣れてきた(・・・・・)口調で友人に対して気の無い返事をする。

 何の話だったか完璧に覚えていない。というか、そもそも聞いて無い。


「もう、桐原先輩の事だよ!」


「桐原先輩?」


 良く聞く名前だ。

 まだ入学してから一週間程度だというのに、一年女子は新生活よりも二年の先輩への関心を向けていた。


 とはいえ自分は興味無い。

 イケメンだろうと、優しい人だろうと、どうせ自分の心を揺さぶる様な人では無いだろうからだ。


「もう、ちょーカッコ良くて!」


「もう、ちょー興味無いッスね」


「えー、そんな事言いながら狙ってたりするんじゃないの~」


 全く気の無い自分の頬を、友人はちゃかしながら突っつく。

 少し煩わしく思いながらも甘んじて受け、お返しにデコピンをする。


「あうっ」


 わざとらしく仰け反り全く痛くない筈の額を大袈裟に擦る友人に苦笑しながら、ポケットから赤いスマホを取り出して時間を確認する。

 後、五分で次の授業だ。


「でもさ~、雛可愛いから本当に狙えるかもよ~」


「自分、不器用ッスから」


「嘘付け。そんな事言いながらこのクラスの男子は皆、雛を向いてたじゃん」


 友人の視線から僅かな嫉妬を感じとる。もっとも、この程度は女子達ならば普通だ。仲良くしている様で、その(うち)にはコンプレックスと人気のあるものへの嫉妬が込められる。近しい者なら尚更だ。


「そういう人って基本的に恋人とかいるもんッスよ」


「あー、そうかもね」


 桐原某には大して興味も無いが、友人の嫉妬は逸らして置く。こういうスキルも基本的なものだ。


 と、そこで、偶々通りかかったクラスの知人が、自分達の会話を聞いていたらしく話しかけてきた。


「あ、桐原先輩の事?」


「うんうん、そうそう。恋人っているのかな~って」


「あー、それね、いるらしいよ」


「えっ!マジっ!?」


「マジマジ」


 やっぱりね、と興味は無いが内心呟く。

 思春期の高校生が女にモテモテなのに彼女がいないなんて、少女漫画か男色かのどちらかだろう。


「誰々!?」


「えっとね、西園寺っていう先輩」


「西園寺?わー、お金持ちっぽい名前~」


「お金持ちっぽいんじゃ無くて、本当にお金持ちなんスよ」


「え?」


 西園寺って言ったら日本でも有数の名家だ。確か母からこの学校にそのお嬢様が通ってるって聞いた事がある。

 それを話すと友人、知人は「へー」と頭悪そうに感心した。


「その人はどうなの?」


「あ、それがちょー可愛いらしいよ。もー、女子でもメロメロらしい」


「へぇ~、見てみたい!」


 お金持ちで可愛い彼女を持つイケメンとは、リア充の中のリア充ですね。


「じゃあさあ、見に行かない?桐原先輩も!」


「あ、いいね!雛も行こ!」


「まあ、話のネタくらいには見に行ってみてもいいッスね」


「も~、ちょっとテンション低いよ!雛なら桐原先輩の目に止めるかもよ~」


 ふっ、なるほど。自分でイケメン先輩を釣ろうという魂胆か。浅はかすぎて頭が下がる。

 内心の嘲りを上手く隠しながら、少しだけその先輩達の事を考えてみる。


 もしも、もしも自分の思い描く様な人ならば……いや、有り得ないか。そんな人なら憧れよりも恐れが来るはず。


 本当にただの話のネタ程度で行くとしよう。



 ◆◆◆



 ん?


「どうしたの雛?」


「……なんでも無いッス」


 桐原先輩というリア充さんを見に行く途中の廊下で、セミロングの髪と眠たげな表情の少女と目があった。


 あの子、強いな。


 歩き方から洗練されていて、すれ違っただけでも相当な力量だと感じられる。

 指の傷とマメの位置から推察して、多分弓術。弓道では無く、しっかりと敵対者を殺す事を目的とした弓術を修めているだろう。


 ちょっと話してみたかったけど、今は友人達との交遊を優先する。

 階段を降りて四階に行くと、そこには二年だけじゃなくて一年の女子や三年の女子までも群がっていた。

 男子達が少し気まずそうで、心苦しい。あの太った人なんてあからさまにキョドってる。


「わー、これ全員桐原先輩待ち?」


「そうだよ、雛達ってこっちの階段から帰んないんだ」


「そうッスね、反対側ッス」


 うん、これからも向こうの階段を使おう。そう心に決めながらも、だんだんと多くなる女子達の中を進む。


「あっ!出てきたよ!」


「え!?どこ!?」


「おー、あれッスか」


 確かに。あれはイケメンだわ。

 金色の短髪に爽やかで一切の不快感の無い微笑み。女子達の人垣の向こう側からでも分かるほどに、桐原先輩は美少年だった。


 肉体のバランスは良さそうで、多分剣道をやってる。

 強いっちゃ強そうだけど、さっきの眠たげな子の方が断然強い。自分でも余裕だと思う。


「すっご~い!やっぱ凄いね!」


「うん、あ!こっちむいた!」


 友人達の興奮の中、自分は一人壁に背を預けて冷ややかに傍観する。


 あんまり好きになれそうに無い人だ。

 何か薄気味悪いモノを僅かに感じ取った。


 教頭(ハゲ)の様に嫌らしい笑みを浮かべる奴とは当然違うが、なんか言い知れぬ気味の悪さがある。残念ながら相容れなさそうだ。


「あ、七海!」


 傍観に徹していたその時、人垣の向こうで桐原先輩がパっと五割増しの笑顔をこちらに、正確には自分の後の人に向ける。


 七海?


 友人達や人垣もその桐原先輩の声に反応して後を向いた。


「──わお」


 後を向いた先、今しがた教室から出てきた人を見て、思わずそんな声が漏れた。


 腰元まである美しい黒髪に染み一つ無い処女雪の肌、黒真珠の瞳はどんな宝石をも路傍の石へと変える。高校生には見えない幼き美貌も、犯しがたい神秘性を高めていた。


 息を呑むというより、息の止まる美しさ。

 現に今この廊下に群がり喧しく騒いでいた女子達が、一切声を発せずその美貌に呑まれていた。

 これは嫉妬するのも馬鹿らしい。


 しかし皆は気づいていない様だが、なんだか少し不機嫌そうだ。もっとも、それでも美貌が衰えないのはきっと神の加護的ものなのだろう。


 その不機嫌そうな表情は、人垣を作る女子達を割って歩く桐原先輩に向けられている。


 ………恋人なのでは?


 あ、今気づいたけどなんかデカイ人が桐原先輩の後にいる。厚くて暑い様な厳つい大将的な、筋肉の塊。この人もまあまあ強そう。


「やあ、七海」


「何の用だ」


 鈴の音の様な美しい声はやはり不機嫌そうでこの二人の関係を如実に表している。


 これは恋人じゃないですね。もっとも、気づいているのは自分くらいですけど。直接向けられている桐原先輩は気づいてもいい気はする。


「七海一緒に帰らないかい?」


「悪いな用事があるんだ」


「なら送っていくよ。今日は車だからね」


「ぼくも車だ」


「一緒に乗る事はできないかい?」


「無理」


「そう言わずさ」


 桐原先輩は一切相手にされていないというのに、全く堪える様子は無く、それどころか気づいていない。いや、他の人も気づかない。何故だろう?


 少しだけ考えてみる。

 思い浮かぶのは脳が都合の良い様に捉えている事。神秘の美貌の体現者と威光を振り撒く爽やかな美少年の会話は、きっと自分達の理解を越える凄いモノだと、脳が決めているのかもしれない。物の見方は人の都合の良い思い込みで決まりますからね。


 まあ、どうでもいいけど。


 神秘な美貌だろうとハイパーリア充だろうと、所詮はどうでもいい。

 確かに一目見る価値はあったけども、それ以上は無い。あの眠たげな子の事を考える方が、よっぽど興味がある。


「あ、七海埃がついてるよ」


 そんな事を適当に考えていると、桐原先輩が西園寺先輩の肩に手を伸ばす。


 ──ガシッ


 え?


「っ!?か、神崎君か?何するんだい?」


「お嬢様への接触はお控えください」


「貴様!若になにを!」


 ふと気づけば、伸ばした桐原先輩の腕を誰かが掴んでいた。


 誰?

 そんな馬鹿な。気づかなかった?この距離で?


「なーにあの人!」


「桐原先輩困ってんじゃん!」


「何あの隈、キモ」


 女子達が不満を口にしながら、その美しい二人の風景を汚した乱入者に嫌悪と侮蔑の声と視線を送る。


 乱入者の正体は背の高いダークスーツの男だ。

 刺青かと思えるほどの濃い隈に、濁った無機質な瞳。病的な肌と合間って、良く観ていた吸血鬼物の映画を思い出させる。

 顔は整っているけど、その目、隈、肌の要素から不気味で男女問わず関わりたく無い様な人だ。


 ──だが、そんな事はどうでもいい。


 なんだ?この感覚!?

 全身の汗腺から汗が吹き出て、過呼吸気味に呼吸が加速され、心音がバクンバクンと跳ね上がる。歯がガチガチと連打され、視界が安定せずに歪む。

 頭の中で警鐘が最大の音を鳴り響かせる。


 ──逃げろ!


 生存本能がそう告げてくる。

 理解はできない。だけど本能は既に察しており今にも理性を殴り殺して体を乗っ取ろうとしている。


 それでも、そう、それでも興味と、胸の内から湧き上がる好奇心で、ソレに感覚を伸ばした。


「───────────────ッ!!」


 い、息がっ!!


 瞬間──呼吸が止まった、苦しい。だけどそれよりもヤバイ。ここにいてはヤバイ。


 死ぬ──呼吸ができないのとかは関係無く、ここにいれば死ぬ!


 それを悟った時には、人垣の向こうへ走り出していた。


「ひ、雛!?」


「ちょ、ちょっと!」


 友人の制止がかかり他の女子達からの迷惑そうな視線を受けるも、人垣を掻き分け走る。


 角を曲がって更に走って、突き当たりの女子トイレの扉を蹴り飛ばして転がり込む。

 一人中に居た生徒を驚かせながらも、個室に飛び込み──


「──かぁっ!!はあはあはあはあはあはあっ!!!」


 酸素を求めて荒く激しい呼吸を繰り返す。

 ようやく酸素の戻ってきた頭は、今度は恐怖によって混乱を起こした。


 なんだあれ!なんだあれ!?なんだあれ!なんだあれ!?なんだあれ!


 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!


「──おえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 吐き出した。

 今日のお弁当の中身を全部、便器の中に。


「あ、はあ、かあ、あ、ぐ、がが、ああ、があ──!」


 どろどろのぐちゃぐちゃになり、酸っぱい臭気が鼻を刺激する中、ようやく我に帰る事ができた。


 感覚の糸を伸ばしてしまったが故に、返された。絶大で凶悪なる殺気を。

 戦場を知る祖父ですらあれだけの殺気は放つ事はできないだろうと確信する。


 あまりの殺気に脳が死んだと誤認して呼吸を止めたのだ。

 もしも心臓だったらと思うとゾッとする。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」


 呼吸を整えた後、ヨロヨロと個室を出て洗面台に歩く。

 ふらふらの足で倒れる様に洗面台に両手をついて、一度息を整えてから水で顔を洗う。

 汚れを落とすというよりも、冷たい水を被る事で頭を冷やし、心を落ち着けたかった。


 数回洗う。

 なんとか落ち着いてきた頭を降って、ボロボロになっただろう自分の顔を鏡で──


「──え?」


 わ、笑ってる?


 鏡に映った自分でも可愛いと思っている顔は、笑っていた。


 口許が吊り上がり、笑みを作っている。


 何故?

 いや、そんなもの考えるまでも無い。


 やっと、やっと出会えたのだから。


 もう諦めていたのに。


「はは、は、は、は、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 いたんだ!いたんだ!!

 本当に!本当に!本当に!!


 ちっぽけじゃない、脆弱でもない、そう、本当に本物の怪物が!!


「あははははははははは!」


 ()が追い求めていた本物の怪物!


 いたんだよ!本物の怪物が!


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」



 ◆◆◆



 迎えの車の中、七海は桐原に絡まれてもまともな対応をしなかった夜月に少しむくれていた。


 だがとうの夜月はそんな七海の様子を一瞥しただけで、他の事に意識を切り替えていた。


(桃園雛、ね)


 夜月は西園寺が手に入れていた学園の生徒名簿から、先程自分を探ろうとしていた少女を検索していた。


(中々だったな)


 理由は強かったからだ。無論、夜月ならば問題無く倒せるだろうレベル。あのクラスが三、四人いても倒せる自信というか実力がある。


 だがしかし、無視出来る訳でも無い。


(要注意だな)


 ガチの殺気を送って本当に殺しかけた以上、関わろうとする気は起きないだろうが、それでも僅かでも驚異になり得る手前、警戒はしておく。


(それにしても今年は二人(・・)も入って来るとはな)


 実はもう一人、雛と同じく警戒すべき実力者がいたのだ。

 セミロングと眠たげな表情が特徴の少女。


(えーと、進藤メメか……)




今後、心の声にも「ッス」がついていく。

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