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プロローグ2


「ふう、終わったな」


腕を大きく空に伸ばして欠伸をしながら良樹が言う


「大分きれいになったね」


これで明日の参観授業は大丈夫だろう


「2人とも、ありがとう」


「気にするなって、なー、九城?」


「うん」


頷いて肯定しておく


「あ」


ふと、良樹が思い付いたかのように口を開いた。



「ジュース買っといたから、3人で飲もうぜ」


一体いつ、って突っ込みたいけど、まあ良樹だからなぁ


夏姫も今更驚かない


「さっき袋取りに行った時、ついでに買っといたんだ」


「気が利くじゃない」



どうせなら、景色が良い所で飲もう、今なら夕陽も見られそうだしな。という良樹の一言により、四階へと向かう。


「どこ行くの?」


「屋上だ」


四階の奥から、更に屋上へと続く階段へと歩みを進める


扉の前には小さな踊場があり、その両脇には木製の大きな棚がある。


「所で、どうやって屋上に入るの?」


西校舎とは違って、東校舎屋上への扉は常に施錠されており、特別な事情が無い限り学生は入れないようになっている。



「ふふん、私に任せなさい」


夏姫が得意げな様子で何処かから針金のような物を取り出すと扉の前にしゃがみ込んだ。


二十秒ほど待っていると、


「ほら、開いたわよ」


夏姫が立ち上がる。


試しにドアノブを回してみると、鈍い音を立てて扉が開いた


「本当に開いた!」


「流石は夏だな」

どうやったのかは分からないが、夏姫は見事に扉を開けてみせた


「凄いね、どうしてこんな事が出来るの?」


あなたは何処かの諜報員か何かですか?


「以前、親父に習ったのよ」



ますます得意げな夏姫、実際凄いので頭を撫でておく



3人で屋上へと出ると、今まさに夕陽が沈んでいく所だった。


「きれいだ」

「特等席ね」

「少し眩しいな」


2人も(1人は左手を目の前にかざしているけど)ご満悦な様子だ


しばらく夕陽を眺めていた所で、


「おっと忘れてた、ジュースだったな」


そらっという掛け声と共に、良樹が微炭酸の葡萄ジュースをポンっと放り投げてきた



それを何とかキャッチする


「おっとと、そらっという掛け声と共に良樹が微炭酸の葡萄ジュースをポンっと放り投げてきた



それを何とかキャッチする


「おっとと、ありがとう」


「夏、お前にはいつものやつだ」


夏姫にアップルサイダーを渡す良樹


「今日はやけに気が利くわね、明日は雪でも降るんじゃないかしら」


なかなかの辛口コメントだ。


プルタブを開けて口を付ける



「やっぱり美味しいわね」


満足げな夏姫。


ちなみに夏姫は大のアップルサイダー好きだ。

風呂上がりにはアップルサイダー、お昼ご飯の時もアップルサイダー、映画の時もファーストフードの時もアップルサイダー、雨の日も風の日も雪の日もアップルサイダー


一度、なぜそんなに好きなのかと聞いてみた事があるが、答えは


「懐かしくなるから」


ただ一言だけだった。




夕陽がすっかり沈んでしまうと、段々と暗くなってきた。



「お、一番星だ」


良樹が楽しそうに笑う


「どうせなら、天体観測と洒落込むか」



「しょうがないわね」


「そう言うと思ったよ」



僕たちは付き合いが大分長いから、良樹が考えそうな事は大体想像が付く。僕と夏姫は良樹の提案に乗って星を見る事になった


「じゃあ準備するぞ」


再び扉を開けて、構内へと引き返していく良樹


しばらくゴソゴソと何かをやっていたかと思うと、扉の向こうから顔を出した。


「お前らも手伝えよ」






「よく分かったわね」


夏姫が感心したように言う。ちなみに僕も同じ意見だ。



屋上への扉の前にある踊場、その両脇にあった棚には、恐らくこの学校の天文部(あるかどうかは分からないけど)が使っているであろう小型の望遠鏡があった。



「観測する時にいちいち下から運んでくるのは面倒くさいから、簡単なのはここにしまってあるんだとよ」


へー、そうなんだ

まあ良樹だから知っていてもおかしくはないか。


「早く組み立てようよ」


そう声を掛けると、2人が同時に頷いた。






「凄い、月がこんなに大きく見える」


「マジか、俺にも見せろよ九城」


そわそわしている良樹に場所を代わる


「おっ、月のクレーターがちょっと見えるぞ」


小さな望遠鏡だけど、案外性能は高いようだ


「あっ、二重星」



「マジかよ! どこだ九城、というか肉眼で見えたのかよ」

二重星は、どこかの軍隊での視力検査に使われていたとか



「あまり星は見ないけど、こうして見てみると綺麗なものね」


夏姫が上を向いて、くるくる回っている。


目を回しそうだな


「おい見ろよ、春の大三角だ!」


良樹がはしゃいだ声をあげる



「まったく、良樹はいつまでも子供ね」


ちなみに夏姫はまだ回転しているから人の事は言えないと思う


「上ばかり見てると、下に落ちるぞ、お嬢様」


「何よ、そんなドジしないわよ」


言い合う夏姫と良樹、最も口元が笑っているから、兄妹同士がじゃれ合っているみたいだ



「ほらほら、2人とも仲良くしてよ、こんなに星が綺麗なんだから」

僕が笑いながらそう言うと、何故か2人も笑い出した。








時刻は夜の九時過ぎ


ずっと上を見ていて疲れたのか、夏姫が良樹にすがって寝息をたて始めたので、天体観測はお開きになった。


良樹は、これからが良い時間なのに……とこぼしていたが、僕が夏姫もいるんだからと言うと、


「まあ、夏の親御さんも心配するかもしれないからな」と


あっさり主張を曲げ、

寝ぼけ眼の夏姫の手を引いて帰っていった。

責任を持って送るらしい。相変わらず使命感のあるやつだ



僕も家に帰ろう。


いつも通りの道を自転車で走る。

辺りはもう真っ暗だ、危ないからゆっくり帰ろう


そう思いペダルをゆっくりと漕ぐ。

良樹達はもう家に着いただろうか


家の駐車スペースに自転車を停め、鍵を探す。


「あれ?」


いつも鍵を入れている左ポケットに鍵が見当たらない。


「しおりしかない」


左ポケットをひっくり返して探してみたが、この前学校帰りに買ったプラスチック製の安いしおりがいくつか入っているだけだった。


右ポケットを探しても胸ポケットを探しても後ろポケットを探しても、やはり鍵は見付からない。


父さんと母さんは、日本に帰ってきた友人と久しぶりに会ってくるという事で、帰りは明日の夕方だ。


どこかに落としたんだろうか、でも一体何処へ?


念のため財布の中も探してみる。


やはり見当たらない


落としたとすれば、やはり学校だろう


今日の事を思い返してみる。 朝は施錠して出たんだから当然鍵を持っていた。授業、昼休みと過ごして、放課後になった。それから図書館、教室、東校舎の屋上と移動し、今に至るわけだ。



良樹の家は夏姫の家のすぐ近くで、同時に学校のすぐ近くだ。心苦しいが、良樹に応援を頼もう。何か手掛かりを見つけてくれるかもしれない。



教科書類を普段から持ち歩いているエコバックに入れ、車庫の横にある倉庫に入れる


急がないと学校が閉まってしまう。自転車に乗りながら、鍵を無くしてしまった旨を良樹にメールで送信した。


「面倒くさいなぁ」


もう春とはいえ、自転車に乗って風を受けていると、夜はまだまだ肌寒い。


肩をすくめながら自転車を走らせる。


墓場の横を通り、踏切を抜け、横断歩道を渡って学校へと辿り着いた。


これから夜の学校で探し物か……


突然生暖かい風が吹いてきて、思わず身体を震わせてしまう


そういえば良樹からの返信はあっただろうか?


携帯を確認すると返信が来ていた。


なになに、

まだ裏門が開いていたから、そこから入れ。

鍵は恐らく図書館にあると思うからお前は図書館を探せ、俺は念のために東校舎の屋上と教室を探してみる。


というような内容だった。



今更ながら、良樹って良い奴だなぁと実感した。


返信のメールが来たのが六分前、僕も急がないと。



それにしても図書館の何処に落としたのだろう。


課題をやっていたテーブル?

いや、教室へ向かう前に忘れ物がないか確認したし、そもそも鍵が落ちる音はしなかった。


なら何処に?



「あっ」


思わず声を上げてしまう

思い出した、あの黒い本だ。


後ろから声を掛けてきた夏姫に驚いて、よく見ないままでしおりを挟んだ。


多分あの時にしおりと一緒に挟んだんだ



思わず走り出す


端末室の横を抜け、


「失礼します」

一礼してから図書館へと向かう。


あの、真っ黒な本をこんな真っ暗な中で探す羽目になるなんて


溜め息をつきながら誰も居ない図書館の中を歩く



いつもは、静かな中にも人の動きが感じられる図書館だけど、今はただ静寂しかない


正直不気味だ


あの本は確か良樹が一番奥の本棚に入れていたはず、


そう思って棚を探すが、見当たらない。

きっちりと本が詰まっている本棚を何度も注意深く探したが、やはり黒い本は無かった



図書委員に片付けられでもしてしまったのだろうか


ふと、良樹の言った事を思い出す。


本が消える、読む度に話が変わる、その本に書いてあるのは都市伝説、タイトルがない、真っ黒



「まさか……」



下らない想像が頭に浮かぶ


棚に置かれた本が一冊だけ、するっと抜け出して、この闇の中に溶けるように消えていくイメージ。


全く下らない。


「……はぁ」


今日何度目かの溜め息をついた時だった。



『バサッ』


目の前の棚から一冊の本が落ちてきた。


「うん?」



恐らくカバー側を上にして、俯せに大きく開いている。

恐らくというのは、その本が探している本に負けず劣らないほど変な本で、最初見た時にはどちらが表で裏なのか全く分からなかったからだ。




その本はこの闇の中によく栄える色、白だった

真っ白。空虚と言い換えてもいい。



落ちた拍子にチラッと見えた中身も真っ白。

表紙も真っ白で、タイトルらしきものは見えない。


拾い上げる


と、本をどけた先に何かがあった。顔を近付けてよく見ると、それは見覚えのあるしおりと、それに引っかかっている小振りな鍵だった。


本を左脇に抱え、右手で鍵としおりを拾い上げる。


小振りな普通の鍵、無くさないようにと友人に貰ったまんまるの青いガラス玉(良樹と夏姫は天然の水晶だと言い張っていたが、どうみてもガラスだ)のキーホルダーが付いている。

プラスチック製のしおりに空いている小さな穴にキーホルダーのチェーン部分が引っかかっており、恐らくはこのせいで、しおりと一緒に挟んでしまったのだろう。

無くさないために付けていたキーホルダーのせいで危うく無くす所だったとは……


なんだか微妙な気持ちだ。



鍵が見つかったのは良かったけど、不思議な点がある。


しおりと一緒に鍵を挟んでしまった。


なる程、1000分の1くらいの確率でなら、そんな事も起こるかもしれない。


だけど真っ黒な本が真っ白に変わるなんて事があるだろうか?

いや、ない(反語)


「うーん」


なら、誰かが黒い本から白い本に鍵としおりを移し替えた?



何のために


そんな事をして何の意味がある?



今、そんな事を考えても答えは出ないか……



明日良樹にでも相談してみよう。

とりあえず見つかったという旨のメールを良樹に送って今日は帰ることにした。


鍵としおりをいつも通り、左ポケットにしまう。



白い本も本棚に戻しておこう。

目の前の本棚から本が落ちてきた隙間を探す。


「あれ?」


変だ。先ほどもそうだったが、きっちりと本が詰まっていて、どこにも本が一冊入るような隙間がない。


どうしよう


『ポタッ』


隣の棚に隙間がないか探していたら、すぐ近くで水の雫が垂れるような音がした。


何処から聞こえるんだろう

不気味だ


僕の左手の方から聞こえる。



『ポタッポタッ……』


「まさか……、この本から?」


耳を近付けてみる。


『……ポタッ』


……やっぱりこの本の中から聞こえるみたいだ。


嫌な予感は的中した。


恐る恐る、本を開く


真っ白なページの真ん中、小さな黒いシミが目に留まる


インクを一滴こぼしたようなシミ


さっきこんなシミがあったかな?


さっきはパラパラっと数ページ見ただけだから見落としていたのかもしれない。


きっとそうだ。


そう考えていた僕だったが、次に起こった現象で、そんな仮説は吹き飛んでしまった。


『ポタッポタッポタッポタッ……』


どこからもインクが落ちてきたりなんてしていないのに音だけが聞こえ、ページに黒いシミが増えていく



『ボトッ、ボドッ』

あまりの出来事に固まっていたら、音が変わった


インクなんてレベルじゃない。まるで工事現場のコールタールが垂れるかのように、人の拳大の黒いシミがページに刻まれていく。


『ボゴッボゴッ』


見る見るうちに白かったページが黒く染まっていった。いや、よく見ると、このページだけじゃない。本全体が黒に染まっていく。


一体何が起こっているのか、理解が追い付かない。


少しして、完全に真っ黒な本が出来上がった


しかし、真っ黒な本が出来上がってからも、音は止まない。



それどころか、むしろ音は大きくなっていくようだ。


『ダダダダダ』



「うわぁぁ!」

思わず本を取り落とす。



『ゴボゴボッ』


すると、落とした本から黒いドロドロとした液体が染み出してきた。


あっという間に足下に小さな黒い沼のような水溜まりが出来上がる。


後ずさりするものの、数歩で本棚にぶつかってしまった。



「え?」


気が動転して動けない僕の足に液体が絡みつくと、驚くべき事が起こった。


「あ、足が……」


まるで沼にはまりでもしたかのように、足が段々と沈んでいく。


「んっ」


足を引き抜こうとするも、重りでも付けられたかのように、全く動かない。


「誰か、誰か助けて!」



必死に叫んでも、誰も来てくれない。


次第に沈んでいく身体


半分以上黒い沼に呑み込まれた所で、あの黒い本に載っていた話の女の子もこんな気分だったのかなぁ

と考えた。


都合よく助けが来るはずもない。


鼻まで呑み込まれているのに、考える事は、どうして息が出来ているんだろうとか、この建物は一階なのに下に沈んでいくなんて妙だとか

少しズレたことだった。




遂に身体が全部呑み込まれる。もう諦めているはずなのに、気が付いたら必死に手を伸ばしていた。諦めが悪いな僕は



「九城ー!」


意識を手離す直前に、誰かの声が聞こえた気がした。



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