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ラスティック・コート

     ◆


 

 とある日の喫茶店ふくろう、正午を少し回った時間帯。 

 店のドアを開けて入って来たのは初老の男性。

 ビシッと決まったスーツに落ち着いた色のネクタイ。

 還暦前と思しき風貌、頭髪と整えられた髭は仲良く白色。

 取り立てて特徴は無いが、表情からは温和そうな性格がにじみ出ている。

 はて。

 どこかで見覚えが……

 

 「こんにちは。コーヒーを一杯、頂けるかな」


 カウンターに腰を下ろしつつ、男性が注文を告げる。 

 うむ。見た目通りに渋い声だ。

 

 「……! はい、かしこまりました」


 椿さんは来客者に驚きの色を隠せない様子だが、平静を装って応じる。

 それにその反応。

 どうやら心当たりがあるようだ。

 知人か、有名人か。


 「椿さん、知り合いですか?」

 「お前、成海市民として今の発言はどうかと思うな」


 呆れたような声、そして実際に呆れているであろう表情で椿さんが言う。


 「どういう意味で――――」


 俺が椿さんの発言に首を傾げていると、男性が面白がっているような声色で告げる。


 「こんにちは。成海市長の松原肇まつばら はじめです」

 「え」


 間抜けな音が俺の口から漏れる。

 市長?

 マジで。すげぇ失礼な発言しちゃってるじゃん、俺!


 「社会常識もロクに持ち合わせていないとはな、恐れ入るよ」

 「いや……どこかで見たお顔だとは思ったんですが……すいません」


 気まずい。

 二十歳過ぎの人間が市長の顔を見てピンと来ないって。

 ましてやバリバリのジモッティなのに、俺。


 「よく印象が薄いと言われるよ。その為に似合わない髭まで生やしている」


 唐突に叫びだしたい衝動に駆られる俺の心中を知ってか知らずか、紳士的な対応でコーヒーを傾ける松原市長。

 優しい!


 「それにしても、何故市長さんがこんなしょぼくれた喫茶店なんかに」

 「キョータ、お前色々と待て」


 サラリと店を貶した俺の発言を的確に拾う椿さん。

 やりますね。


 「ははは、素敵なお店じゃないか。そんなことを言うもんじゃ無いぞ、キョータくん。十波――――響太くん」


 松原市長は俺の名前を口にする。

 今しがた、椿さんが口にしなかったフルネームで。

 俺って市長に名前と顔を覚えてもらってるほど有名人?

 それともマイナスな意味で顔を覚えられちゃってる系ですか。


 「……どこかでお会いしましたかね?」

 「こうして顔を合わせるのは初めてかもしれないね。話は君のお祖母さんからいつも聞かされていたけれど」


 じっと、俺の目を見つめてくる松原市長。

 その瞳には懐かしさのようなものが込もっているようにも思えた。


 「ばあちゃんのお知り合いでしたか」

 「律子さんには本当にお世話になった。私が今こうして市長をしていられるのも彼女のお陰だよ。あの選挙は壮絶でね、律子さんが私のマイクを奪って喋り始めた演説は今でも伝説になっている」


 あぁ。

 その光景が目に浮かぶようだ。


 「はぁ……」


 苦笑する俺を他所に、カップを置いて松原市長が切り出す。


 「そろそろ本題に入ろうか。実は、律子さんから頼まれている事があったのを思い出してね」

 「頼まれている事、ですか」

 「それがこれだ」


 そう言って松原市長がカバンから取り出したのは古めかしい鍵だった。

 最近めっきり見かけなくなったタイプの鍵。

 棒鍵って言うんだっけ。


 「鍵……ですね」

 「私が所有していた建物なんだが、それを律子さんが生前とても気に入ってね。是非とも譲ってほしいと半ば強引に名義を変更させられ、そのままになっていたのをつい最近、思い出した。もう五年くらい前になるかな」

 「なんと……」


 相変わらずメチャクチャな。

 それがまかり通るのもおかしいけれど。


 「正直に言うと、忘れていた。二年前、律子さんのお見舞いで病院に行った時に催促を受けていたのに」

 「何だか、色々とすいません」


 申し訳ない気持ちで一杯になる。

 何だ、これ。

 他にも叩いたら埃がわんさか出てきそうだなぁ。

 松原市長だけじゃなくて、方々に迷惑をかけてただろうから。ばあちゃんは。

 善行と同じ数の悪行も絶対に存在しているはずだ。

 ……同じ数の根拠はないんだけどね。


 「いやいや、いいんだ。本当に律子さんにはお世話になったし、どうせ今は使っていないからね」

 「ちなみにこれはどこの――――」


 どんな建物なんですか、と質問しようとした俺の言葉は、松原市長の携帯着信音によってかき消される。


 「――――失礼。もしもし。ああ――――。――――そうか、分かった。すまないキョータくん。急用が入った。この話の続きはまた」 

 「いえ、お忙しいところすいません。またのご来店お待ちしてますよ」


 立ち上がり、帰り支度を始める松原市長。

 会計を済ませ、スーツの内ポケットから名刺を取り出し、俺に差し出す。

 成海市長 松原肇

 役職、名前と電話番号の書かれたシンプルな名刺。

 俺はそれを受け取る。


 「では失礼。コーヒー、美味しかったよ」


 そう言い残し、松原市長は慌ただしく店を後にした。

 数十秒間の沈黙。


 「……」

 「……」

 「忙しい人でしたね」

 「ああ。しかし流石だな、律子さんは。顔の広さは成海市一じゃないか?」

 「否定しかねるのがまた何とも……」

 「で、結局どこのどんな建物なんだろうな」


 鍵を手に取り、まじまじと見つめる椿さん。

 ちゃりん、と小気味いい音がする。


 「五年前って言ってましたね。果たして今でも存在してるんでしょうか」


 とても疑問である。

 いや、わざわざ鍵を持ってきていただいた訳だし、その辺は…ねぇ?


 「結構前だぞ、五年と言うと。私も二十代だった。にじゅうだい、だった」

 「……」


 スルー。

 誰だって年は食うんですよ。

 それ言ったら、俺だって十代だった。


 「五年前……確か松原さんは二期目だから……ちょうど市長になりたての頃ですかね」

 「その辺は知ってるんだな」

 「ですから思い出せなかっただけです」


 実際、本人を目の前にして思い出せないようじゃ元も子もないけれど。

 失くさないように譲り受けた鍵をキーケースに取り付け、ポケットにしまう。

 俺がカップを片付け、テーブルを拭いていると、次の客がやってくる。


 「こんちわー」

 「邪魔するぞ」


 メイとマリアだった。


 「いらっしゃい。ん? メイ、何か嬉しそうだな」


 いつもの鳴より若干ではあるが、表情が明るい。

 平時でもそれなりにテンションの高い鳴だが、喋らずに黙っている時は割と無表情なこともある。興味の無い話題など、特に。

 そんな素の表情がいつもよりも少しだけ眩しい。1ルーメンくらい。


 「え、分かりますか。この些細な表情の変化が! そこに目ざとく気づくとは……メイちゃん検定一級に認定します!」

 「お断りします」

 「ちなみに副賞としてメイちゃんの生活を、おはようからおやすみまで観察できる権利がついてきます」

 「勘弁してください」

 「ヒントは服装だ、キョータ殿」


 絶妙なタイミングで、マリアが助け舟を出してくれる。


 「服装……あぁ」


 俺は鳴に目をやる。

 最近寒くなってきたとは言え、少々時期が早い気がする大仰な、どこかで見覚えのあるモッズコート。

 更にはロングスカートにブーツと、かなりの重装備である。


 「寒くなってくれて私は嬉しいです……本当に」


 しみじみとそんな事を口にする鳴の背中には哀愁が漂っていた。


 「夏なんか無くなってしまえばいいんですよ……私にとってはデメリットだらけの忌々しい季節でしかありません」


 今度は夏に対しての恨み言を吐き出し始める。

 先ほどまでの明るい表情はどこへやら、思わず目を背けたくなるような形容しがたい顔の鳴。

 やれやれだ。

 さて、鳴がなぜここまで夏を嫌っているかというと。

 ずばり、自信の体型コンプ。

 常日頃から自信の貧弱なスタイルをネタにし、されているが結構本気で悩んでいたりもするのだ。

 夏でも最低限に肌の露出を押さえる鳴。それでも事情を知らない人からは怪訝そうな目を向けられることもある。

 それが冬になれば堂々と厚着をできるという訳だ。気持ちは分からなくもない。

 ちょっとばっかしデリケートな部分なので、あえて掘り下げることはやめよう。

 怖いし。

 そんな事を考えていた俺の心を知ってか知らずか、マリアが驚きの言葉を口にする。


 「しかし、気にし過ぎだとは思うがなメイ。正直羨ましいぞ」


 言っちゃった!

 しかしマリア、お前だって鳴が怒ることは想像できるだろ?

 ……あれ?

 俺はマリアを見てあることに気づく。

 今日のマリア、鳴とは真逆でご機嫌ナナメのような気がするぞ。


 「ケンカ売ってるのかな、マリア?」

 「そんなつもりは無かったが。ただ道中ずっとそのコートの自慢をされ、多少苛ついていたのは事実だ」

 「そんな上等そうには見えないがな」


 椿さんが不思議そうに言う。

 確かに高そうには見えないし、ぶっちゃけ安物……ん?


 「それ、俺があげたコートか」


 どうりで見覚えのある。

 あげたっつーか、強奪されたんだけどね。軽く脅し入ってたし。


 「私にとってはプライスレスです」


 コートに埋もれるようにして恍惚の表情を浮かべる鳴。

 やめなさい、気持ち悪いから。


 「キョータ殿の使用済みコート……羨ましいに決まっているだろう!?」

 「私を哀れんだキョータさんが譲ってくれたの。マリアみたいな恵まれた体型には分からないんだよ、私の気持ちは!」


 ヒートアップする二人の会話。

 確かに対照的な体型である。

 小学生と見間違うほど各所が細っこく控えめな鳴に対し、出るとこ出まくってエロ――――やらし――――豊満な体型のマリア。

 二人の体型を足して二で割ったらベストな感じになりそうだな。


 「みんな言うんだよ、『羨ましい』って。でもね、ちょっと想像して。自分が必死になってダイエットしてる時に、『全然痩せないね(笑)』って言われるの。その逆バージョンと思ってよ」

 「……なるほど、確かに堪えるな。そしてイラっとくる」


 神妙な顔つきのマリア。

 確かに分かりやすい例え……かな?


 「……が。肝心なのは想い人がどう考えるか、だな」

 「………」


 うわ。

 矛先が俺に向いたぞ。

 やだー。


 「そうなんだよね……ぶっちゃけ自信の成長は望めそうにないからさ、何とかキョータさんを貧乳好きにしないと」


 確定事項的な口調で進めるな。

 俺の信念はブレないぜ!


 「それは無理だろうな、現に先ほどからキョータ殿は私の胸元に視線が釘付けだ。視線だけで服を剥ぎ取られているかのような感覚になる」

 「瞬時によくそんなデタラメを口走れるな、マリア」

 「だが、あながち間違いでもないのでは?」

 「まあな。俺が男である以上、本能には逆らえない」


 そりゃあんな暴力的なスタイルの女の子がいたら、目がいっちゃうでしょ。

 衣擦れの音が聞こえそうだもん、ゆさって。


 「くっ……! やはり胸ですかキョータさん」

 「いやもちろん、それが全てとは言わないが」

 「でも、仕方ない事なのかもしれないですね」


 小さく息をつき、優雅にコーヒーカップを傾ける鳴。


 「天は二物を与えずと言いますか、これで私に整ったスタイルまであったら、それこそ問題じゃないですか? そう神様も言ってます。今、啓示が」

 「………」


 真顔で何をおっしゃっているのだろう。

 マリアも椿さんも無言である。

 突っ込みたいポイントでピラミッドが建立できそうな程ではあるが。

 何が啓示だ、常時危険な電波受信しっ放しだからな、お前。

 誰か刑事――――じゃなくて警察を呼べ。


 「そうだな、お前がこれ以上魅力的になったら俺も大変だ(棒)」

 「またストレートな棒読みですね……はっ! 枝葉も無い真っ直ぐな棒!? 寸胴体型だって、そう言いたい訳ですか!?」

 「雑技団レベルの捕球を披露するな。しかも盛大に勘違い」


 被害妄想が度を越えている。

 息苦しいことこの上ないだろう。


 「大丈夫です。それがキョータさんの愛なら私、受け止めます」

 「鳴キャッチャーってか」

 「「「………」」」


 あれ。

 空気が凍った。


 「いや、キョータ…今のは無いな」

 「流石に擁護できないぞ、キョータ殿」

 「人の名前でボケて、あまつさえ壮大に事故るとは…ガッカリです」


 フルボッコである。

 あんまりだ。

 そんなに悪くないと思うんだけどな。


 「急激に冬が近づいた気がします。責任を取って私を暖めてください。ヒトハダ、プリーズ!」

 「やめろ!」


 冬の近づく成海市。

 喫茶店ふくろうは今日も平和である。

 

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