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ミスター・ミス・ファミリア

 

     ◆


 連日のバイトで心身ともに疲れ果て、泥のように眠る俺はベッドの中かつ夢の中。

 そんな安眠を妨害するかのように、俺のケータイはけたたましく騒ぎ立てる。

 腕を伸ばしてケータイをブラインドキャッチ。寝ぼけ眼でディスプレイに目をやる。

 薄暗い部屋に浮かび上がる画面には『沖原 鳴』の表示。


 「…………」


 即座にケータイの電源を切り、投げ捨てる。布団をかぶり目を閉じる。

 さよなら現実、ただいまドリーム。

 この間わずか五秒。思考の余地すら無い。

 ただでさえ疲れているというのに、あいつのノリには付き合ってられん。

 再び静寂が訪れ、俺がウトウトし始めた時だった。

 ぺた……

 ぺた……

 ぺた……


 「!?」


 足音のようなものが聞こえる。

 しかもだんだん近づいてくる。

 え、なに、怖い怖い怖い。

 その音は俺の部屋の前で一度止まり――――

 次に聞こえてきたのはドアを開ける音――――


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 極めつけは異常な息遣い。

 ヤバイヤバイ。これ絶対ヤバイ。

 わずかな逡巡の後、俺は意を決して起き上がる――――!

 そして俺が目にしたものは――――!


 「あ、おはようございます。キョータさん」


 案の定、というか予想通りの沖原鳴その人だった。


 「あのさ、色々突っ込みたい所は山ほどあるけど、まず何でここにいる」

 「……もう。キョータさんってば、朝から『突っ込む』だなんて……えっちぃのはまだダメですよ///」


 やっぱり鳴は鳴だった。

 会話が成立しない。ここは日本だったと思うのだが。


 「……でも……キョータさんがどうしてもって言うなら……私を欲望のままにブレイクしちゃっても良いですよ……? 朝食だけに」


 ブレイクしてるのは間違いなくお前の頭だ。きっとスクランブルしまくり。


 「……あぁ……まだこんな明るい内に、私はおいしく頂かれてしまう訳ですね……そしてキョータさんの搾りたてのミルクを……」

 「…………」

 「あ、ちょ、ごめんなさい。悪ノリし過ぎました。だから無言でのポリスコールは勘弁して下さい。お願いします」


 泣きそうな顔で手とケータイを掴む鳴。

 必死すぎる。そして意外と力が強い。

 ちなみに電源切れてるからね。


 「分かったから離せ。そして俺の家に侵入してきた理由も話せ」

 「遊びに来ました♪」

 「よし、分かった。アプローチを変えよう。何でお前は俺の家の鍵を持っている?」


 戸締りはちゃんとしたはず。

 こいつにピッキングの才能があるとは聞いたことが無いし、そんな後付設定はノーサンキューだ。


 「母さんから貰いました。ちなみに母さんは律子さんから」

 「マジかよ……」


 速攻で鍵を換えよう。そうしよう。


 「じゃあ次の質問だ。お前大学は?」

 「自主休講です。キョータさんのバイトがお休みなのに、大学に行く理由は皆無です」

 「俺は休みたいんだが」

 「私は遊びたいんです」

 「なるほど、交渉は決裂だな。それじゃあサヨナラだ。また会う日まで」


 俺は鳴の背中を押して、部屋の出口へと誘導する。


 「せっかくの休みなのに家に引きこもってるなんて、不健康ですよ。さらに言うなら、こんな可愛い子が遊びに来たのにその反応は枯れてるとしか思えません」

 「枯れてるとか言うな。昔のままのお前だったら反応は違ったかもしれんが」

 「自分に嘘をつくのはやめたんです。私の求愛行動は止まることを放棄しました。ある種の永久機関」

 「タイムマシーンが欲しい」

 「キョータさんのいけず」


 頬を膨らませ抗議する鳴。

 無駄に可愛いのが腹立つ。

 あぁ、本当に過去に戻れたらどんなに素晴らしいだろう。


 「で。どうするんですか? 私と一緒に出かけるんですか? それともデートしますか? イエスorはいで答えてください」


 掴みかかってきそうな剣幕でまくし立てる鳴。目が笑ってない。ていうか血走ってる。

 この調子だと俺が折れるまで帰りそうにないな。


 「――――分かったよ。お前のわがままに付き合ってやる。仕方なく、だからな」

 「あれ。随分と簡単に折れましたね。もっと長期戦を覚悟していただけに拍子抜けです」


 意外そうな反応をする鳴。


 「これはとうとう、キョータさんのデレ期が訪れたということでよろしいでしょうか?」

 「よろしくないな」

 「まぁいいです。じゃ、早速着替えて行きましょう。着替え手伝いましょうか?」

 「いらんわ!」



     ◆


 朝っぱらからのひと悶着を終え、俺と鳴は成海市の駅前までやってきた。平日の昼間だというのに人通りは少なくない。

 とはいえ、完全なノープランで街をぶらつくというのもなかなかに難易度が高い行為で。


 「どこか行きたい所とか無いのか?」

 「キョータさんと一緒ならどこでも、どこへでも」


 そんなふわっとした返事は期待しちゃいないが。

 それと、さり気に手を繋ぐな。恥ずかしい。


 「――――おっとっと。平日の昼間から見せつけてくれるね、お二人さん」


 聞きなれた声に俺は振り返る。

 人影は二つ。

 一つは声の主の茶髪の男。恵まれた背丈に爽やかな笑顔。これだけ見ればさぞかしモテそうなのだが女の趣味が特殊過ぎて、彼女いない暦絶賛更新中である。

 成田智也なりた ともや。俺の小学校の頃からの友人だ。現在大学三年。鳴と同じ大学に通っている。ちなみに俺の通っていた大学も同じである。


 「おー、久しぶり。お前らも人のことは言えんだろ。勉学に励めよ、大学生」

 「息抜きは必要でしょ? あんたも労働に励みなさいよ、フリーター」


 もう一名が即座に手厳しくも至極もっともな反論をかましてくる。

 三坂綾奈みさか あやな。同じく小学校からの友人の大学三年。長めの黒髪から漂うは優等生オーラ。面倒見の良い性格で、俺の周囲には珍しい比較的常識人間。鳴のことを非常に可愛がっている。


 「キョータ、あんまりメイちゃんに迷惑かけちゃだめよ? メイちゃんも学生なんだから」

 「逆だ! 被害を被ってるのは俺の方だからな!?」

 「大丈夫ですよキョータさん。私は気にしてないですから、ね?」


 腹の立つ顔で俺をなだめる鳴。

 うっぜ!


 「お前らも傍から見ればカップルじゃね?」

 「女子大生とかババアじゃね?」

 「この反応よ。悲しいというより殺意が沸く」


 満面の笑みで答える智也と、憂鬱そうなため息を吐く綾奈。

 智也曰く、ストライクゾーンは十才以上、十六才未満らしい。

 どうかしてるぞ。割とマジで。

 愛ではするが、手は出さないというのが本人なりの信念。

 そのぶっ飛んだ嗜好が無ければ本当にいい奴なのだが。

 イケメンだし、性格もいいし。俺が女だったら惚れてるかもしれん。

 人生ってままならない。

 ちなみに、鳴なんかまさにストライクだと思うが、智也が言うには「外見と中身が伴っていない」のでナシ、らしい。

 激しくどうでもいい。本当だ。

 ……ちょっとホッとなんかしてない。マジだって。


 「ま。立ち話もなんだし、どっかで飯でも食いながら話そうか」

 「「賛成」」


 智也の提案に鳴と綾奈が賛同する。

 俺も異論は無い。

 で。

 数分後、俺たちはファミレスに腰を落ち着ける形となった。店内はそこそこの混雑具合。


 「聞いたわよキョータ、メイちゃんと婚約したんですって」


 いきなり綾奈がとんでもない爆弾をぶち込んできやがった。


 「は? え、なに、そんな話になってんの!?」


 沖原家訪問からまだ数日しか経過していないというのに、個人情報だだ漏れじゃないですか。

 発信源は数瞬で発覚する。

 俺が鳴に視線をやると、あからさまに視線を逸らす。


 「……~♪」


 ベタにも口笛を吹いて誤魔化しやがる。

 おい。


 「へぇ。てことはキョータは沖原家に婿入りする訳か。逆玉じゃん」


 他人事のような口調で智也。いや、他人事だけどさ。


 「まだ正式に決まった決まった訳じゃないですけどね。後はキョータさんの返答待ち、と言った所ですか」


 ふふふ、と優雅にコーヒーを啜る鳴。


 「あのなメイ、盛るのはそこのポテトフライだけにしとけ。この前優歌さんも言ってたろ。お前と婚約した訳じゃない。正確には沖原家と、だな」

 「……あぁ、カナさんの可能性もあるってことかな?」

 「うぅ……ま、まぁ、正確に言うとそんなところですかね」


 智也の鋭い返しが、鳴にクリティカルヒット。


 「私がとやかく言うようなことじゃないけどさ……メイちゃん、こいつのどこが良いの? もしかしてキョータに弱みでも握られてるとか」


 失礼極まりない発言をする綾奈。

 でも否定はできない不思議!


 「ちっちゃい頃からキョータのこと知ってるけど、私には良い所が見つけられなかった。辛うじて顔くらい? それ以外は出生時のステ振りを盛大にしくじったとしか思えないような男だよ?」


 ボロカスに言いますね綾奈さん。

 ま、こいつの変に気を使わない所は嫌いじゃないけれど。

 出会い頭のフリーター呼ばわりだってそうだ。

 俺の大学を辞めた理由を知っている人間は当初、話題にすることを避けていた。

 もちろん今は気にしてないし、笑って返せるくらいに過去を乗り越えたつもりではいる。


 「綾奈さんもですか……顔はもちろんタイプですけど、何だかんだで優しいし、私にとってはヒーローで、昔からの憧れの人なんです!」

 「……そっか。メイちゃんが後悔しないなら、私は応援するよ」


 笑顔で鳴の頭を撫でる綾奈。


 「ありがとうございます……綾奈さん……私、頑張りますね!」

 「うん、頑張ってね」


 あれ。

 何だか雲行きが怪しいな。


 「キョータ、そういう訳で私はメイちゃんの味方をすることにしたから」

 「お、おう」

 「私の知ってるキョータの情報を全てメイちゃんに!」

 「やめて!」

 「よーし、俺も一肌脱ごうかな!」

 「やめて!!」


 小さい頃から一緒なのは鳴も同じだけど、お前らの情報提供は違う意味でヤバい!

 青春時代はいつだって傷だらけ!


 「実はキョータ、中学のころ同じクラスの女子に――――」

 「俺が知る限りキョータの性癖は――――」


 おいおいおい。

 やめろ。

 やめてくれ。


 「ふむふむ……キョータさんのことは何でも知ってるつもりでしたが……私もまだまだでした! お二方、ありがとうございます! これでキョータさん陥落に一歩近づきました!」


 お前ら、俺をいじめて楽しいのか。

 もはや成海市に俺の味方はいないような気がしてきた。


 「キョータさん、待っててくださいね。もっとキョータさん好みの女になります!」

 「お、お手柔らかにな……」

 「うへへ……近いうちにキョータさんは、私の身体ナシには生きていけなくなるでしょう……」

 「そんな病的な情報も含まれてたの!? 逆にあいつらが怖い!!」


 さすがに冗談でしょ?

 冗談だよね?


 「いや~綾奈さん、可愛い後輩の喜ぶ顔が見れて満足ですな」

 「そうですね智也さん。私はキョータの絶望に打ちひしがれる顔も見れて満足ですわ」



 泣いていいよな、俺。

 

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