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レヴール・コンチェルト

     ◆


 つい最近まで年越しだの年明けだの騒いでいたのが記憶に新しいが、今は既に一月も半ば。

 冬型の気圧配置は無駄に仕事熱心で、降り続く雪は未だ止む気配を見せない。

 おかげで数時間前に雪かきをしたにも関わらず、通りの前の道路には新雪が積み重なっていく。

 そんな喫茶店「ふくろう」、店内にはいつもの面子。

 俺と椿さん、鳴にマリアに智也に綾奈。


 「すごい雪ね、今日も。昨日は降らずに済んで良かったね」

 「ですねー、まあ毎年このシーズンは振袖を濡らしながらの成人式になる訳ですが、そこは晴れ女である私の力で!」


 今日も鳴は元気である。

 成人式を迎えたというのに、落ち着きの無さは変わらず、といったところか。


 「しかし早いものだな。実感はあまり無いが」

 「マリアは普段から大人びてるからな、メイと違って」

 「何ですキョータさん、体型の話ですか」


 違ぇ。

 被害妄想だぞ、それは。


 「そうじゃなくて。もう立派な大人なんだから、少しは地に足を付けて生きような」

 「あんたは偉そうに言える立場じゃないと思うけどね」


 ジト目の綾奈が俺を見る。

 手厳しいなあ、もう。


 「そうそう、キョータはこれからどうするか決めたの?」


 智也が俺に問いかけてきた。


 「めでたくメイと結ばれた訳で、いよいよフリーター脱却に向けて動き出す訳?」

 「それは私も聞いておきたいなキョータ。今日の明日で辞めると言われてもこま――こま――る、か?」


 椿さん、何故に疑問系ですか。

 俺という人間の価値が音も無く崩れ去っていった瞬間だった。


 「めでたくって……」


 これはこれで実感の無い話で。

 別に今までと大きな変化があった訳でもないし。

 苦笑しながら、俺は椿さんの淹れたコーヒーをテーブルに並べていく。


 「いずれ姉さんとキョータさんと三人で、ケーキ屋をやりたいんですけどね」

 「それは素敵。でもメイちゃんの卒業を待ってかな?」

 「そうですね、やっぱり卒業だけはしておきたいので」


 鳴は照れたように微笑んでコーヒーを一口。

 やれやれ。

 俺も身の振り方について考えねばならんか。

 色々と問題が山積しているのだ。

 ため息と共に、俺は近場の椅子を引っ張り、テーブルに着く。

 腕を組んで物思いに耽っていると、心無い綾奈の突っ込みが入る。


 「似合わないわね、あんたの考え事してる姿」

 「結構凹むからやめてくれ。それでなくても割と手一杯なんだ……そこにいらっしゃるハーフの方とか」

 「マリアがどうかしたの?」

 「「…………」」


 智也の問いかけに、俺と鳴は沈黙してしまう。


 「二人が黙秘しているようなので私から説明しよう、成田殿」


 マリアがニヤニヤしながら説明を始める。


 「キョータ殿とメイが一緒になったと聞き、ひとしきり祝福した私はあるプランを実行に移すことにした――」


 マリアはそれからすぐさま沖原家へと向かい、優歌さん、奏さんと会合を始めた。

 小さい頃から見知った間柄でもあるし、何かと相性抜群の優歌さんとマリア。

 更には奏さんも加わり恐ろしい計画が動き出したのだ。


 「私は大学を卒業したら沖原家で雇っていただくことにした」

 「へえ、優歌さんのお菓子関連? それとも唱さんの不動産関連?」

 「ふふ……残念ながらどちらもハズレだ、成田殿。私は――キョータ殿専属のメイドになることにした」

 「「「…………」」」


 智也、綾奈、椿さんも絶句。

 店内の空気は凍る。

 下手をすれば外気温を下回ったかもしれない。


 「身の回りの世話から仕事の手伝い――そして夜の相手と、キョータ殿に付っきりのワンダフルライフだ」

 「そっか、頑張れマリア!(棒)」

 「応援してるねマリアちゃん!(棒)」

 「しっかりな、マリア!(棒)」


 あ、この人たち考えることを諦めたな。

 棒読みと作り笑いが滑稽である。


 「本当に意味が分からない……! キョータさんが母さんの仕事、父さんの仕事、もしくは私たちの店、どれを選ぶにしてもメイドの必要性は皆無!」

 「まあ落ち着けメイ、メイドと言うのはあくまでも形式上の呼称であってだな。端的に言えば――」

 「マリア、頼むから黙ってくれ」

 「……それは私の主としての命令だろうか?」

 「マリアの友人としてのお願いだよ!」


 頭がクラクラする。

 あまりのぶっ飛び展開に俺は疲弊しきっていた。


 「今から卒業が待ち遠しい……どうだろうキョータ殿、今からでもお試し期間として」

 「ノーサンキューだ」

 「そんなに冷たくしないでくれキョータ殿……興奮してくる」


 頬を染めて呟くマリア。

 ハイレベル過ぎる。俺の手には負えない。


 「母さん、姉さん、挙句にマリア……どうしてこうも私とキョータさんの恋路を邪魔するのか」

 「邪魔をしている訳ではないぞ。ただ二人の間に程よい刺激をだな」


 刺激っつーか、劇薬レベルだけどな。

 混ぜるな、危険。


 「……まぁ、マリアたちが何と言おうと、私がキョータさんの一番であるという事実は揺るがない」

 「油断は禁物だぞメイ。人生は短距離走などではなく長距離走なのだから」

 「ふっ。競技がなんであろうとキョータさんの手を引いたまま、二人三脚でゴールテープを突っ切ってみせる」

 「なるほどな。メイは走るのが得意そうだ」

 「……もしかしなくても空気抵抗的な意味で言ってるよね? ちょっと表出ようか、マリア」


 威嚇するような表情で髪を逆立て、マリアを睨む鳴。

 しかしマリアはそれを軽くスルーする。


 「私は『どういう訳か』走るのは苦手でな。だから馬鹿正直に追走するのは止めだ」

 「む……大人しく棄権すればいいのに……」 

 「キョータ殿は優しいからな、演技だとしても私が転倒した時は、きっと手を差し伸べてくれる……違うか?」


 そう言って、俺に視線を注ぐマリア。

 眼力の強さに少したじろぐ。


 「過大評価じゃないかな、俺はそんな出来た人間じゃない」

 「そうだよマリア、キョータさんの眼中にはもう私しか映ってないから」

 「……ふむ」


 マリアが小さく呟く。

 次の瞬間、俺の右手は引っ張られる。

 そして手のひらに広がる感触。

 え。ちょ。


 「……っん……キョータ殿……手を差し伸べるとは言ったが……そんな所とは…///」


 確かな重量感、ほのかに感じる温もり、何て優しい――


 「こらマリア! どさくさに紛れて何を! キョータさんも鼻の下伸ばしてないでください!」

 「ああ――! でも何だこれ、手が離れない!」

 「…あっ……きょ、キョータ殿……」

 「マリアは手ぇ離してますよね!? 揉み続けてるのはキョータさんの意思じゃないですか!」


 鳴に手を引き離され、何とか俺は帰還する。


 「恐ろしい……危うく意識を持っていかれるところだった……」

 「全く……まあ、今更怒る程でもないですけど」

 「メイちゃん……大人だね。それに比べてキョータはどうしようもないけど」

 「良いんです。私がマリアの立場だったら、こんなものじゃないですし、キョータさんのハートは私の手の内です」


 口を釣り上げ、ニヤリと鳴は笑う。


 「奪えるものなら、奪ってみなさい! 今までの私じゃないんだかからね、姉さんにもマリアにも、これっぽっちも負ける気はしない」

 「やれやれ……なかなか骨が折れそうだ。そうでなくてはつまらないが、な」


 マリアもそれに応じるように微笑み返す。


 「うーん……上手くまとまった、のかな?」

 「智也、あの娘たちの常識は私たちのそれとは大分違うみたいだから」


 お二人は呆れた様子で眺めている。

 何と言うか、いつも通り。

 そんな空気をぶち壊すように、入り口のドアが開く。


 「寒い寒い寒い! あれ、みんなお揃いじゃん」

 「お邪魔さま! 面白そうなネタがありましてね、成海市で話題の心霊スポットに成海市出身のあのアイドルが――!」


 誠一と結衣が怒涛の来店。

 空気を読まないお客様である。

 これも、いつも通りなんだけどさ。



 いつもグダグダしっぱなしの俺たち。

 とりとめのない、くだらない、愛すべき日常。

 特別な事なんて何にも無いけれど。

 それでいいんじゃないだろうか。

 山あり谷ありの人生もドラマチックだとは思う。

 でもそれって疲れそう。

 平坦が一番。

 平凡が一番。

 平穏が一番。

 だから、そう。

 息切れしない程度に走って行こう。

 馬鹿ばっかりの友人たちと。

 俺の隣りにいてくれる、馬鹿みたいに騒がしいコイツと。


 「メイ」

 「はい、何でしょうキョータさん」

 「何ていうか……これからもよろしく頼むわ」

 「ええ。二人三脚は一人じゃできませんし」

 「……だな」



 一緒に走っていく。


 一緒に生きていく。


 競争って訳じゃないけれど。


 ときには狂騒して。


 ときには協奏して。


 自分しか出せない音を鳴らそう、奏でよう、響かせよう。


 そうして、そうやって。



 日常という五線譜の上に、俺たちだけのメロディーを。


以上で完結になります。

消化不良な部分もあるのですが、次は未定です。

機会があればよろしくお願いします。

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