ラチェットアップ・ネクストステージ
◆
過去最悪のクリスマスパーティーから数日、年の瀬を迎え慌ただしさの漂う昼時の成海市内。
俺は智也と一緒に駅前でラーメンを啜っていた。
十人も座れば満席になってしまうほど狭い店内。漂う魚介の香りが食欲をそそる。
「今年は大変なクリスマスだったねキョータ」
「全くだ。精神的苦痛で慰謝料ぶん取れるレベルだったっつーの」
思い出したくも無い。
必死に忘れようとしていたのに、結衣の悪意あるSNS投稿で俺の醜態がネットの海にばら撒かれたり。
いいね! じゃねぇよ。
殺意が沸いた。
「……話題を変えようか。綾奈と少し話してたんだけどさ、みんなで初詣でも行こうかって」
「お、おう」
「ビックリするぐらい乗り気じゃないね」
だって寒いし、人混み嫌いだし。
引きこもり気味の人間に酷なことをおっしゃいますな。
「そんな遠出する訳じゃないしさ、年の初めくらいいいんじゃない?」
「……考えとく」
「ま、どれだけ頑固に引きこもろうがメイに引っ張り出されると思うけど」
ですよねー。
なんちゃってアマテラスは意思が弱い。性別逆ですけど。
いや、相手が悪いか。
押してダメならもっと押す――――。
岩戸というか十波家の扉を破壊しかねん。
「さて。そろそろ出るか」
「そうだね」
ラーメン美味しかったけど、味が濃いんだよな。
昔ならまだしも、スープまでは飲み干せない。
年食うと味の好みも変わるって本当なんだね。今や薄味の方が好きで。
会計を済ませ店の外へ。
頬を突き刺す冷たい空気。
空はどんよりと曇って今にでも雪が降り出しそうだ。
「これからどうする? キョータはバイト休みだっけ?」
「ああ。あと数日で仕事納めだけど、今日は休みだ」
今年も色々あったけど、無事に年を越せそうだ。
「じゃあどっか――――」
「あれ、あれあれ!? キョータさんと智也さんじゃないですか!」
不意に耳を貫く聞き覚えのある声。
「……おう」
「偶然だね。キョータの匂いでも追ってきたの? 何ちゃって」
「ふふふ……智也さん、当たらずとも遠からずですね」
そこは堂々と否定してほしかった。
エンカウント率が狂っているぞ。
「お二人は何してたんですか?」
「そこのラーメン屋で昼飯。この後どうするかって話してたとこだ」
「なるなる。キョータさん今日はバイト休みですもんね」
しれっと言ってのける鳴。
何故にお前は俺のシフトを把握している。
問い詰めてみようかと思ったが、どうせ徒労に終わると自己完結。
「そうですか……私、お昼まだなんですよね……」
チラチラとわざとらしく俺たち二人を見てくる鳴。
「残念だがメイ――――」
「いいよ。俺たちで良ければお付き合いしましょう、お姫様」
俺の言葉を遮り智也が笑顔で答える。
いやん。
「ホントですか!? ありがとうございます!」
「気にしない気にしない。どうせ暇だったしね」
「えー……」
「不満そうだねキョータ」
「だって、俺にメリットがないじゃない」
「初公開! カメラが捉えたメイちゃんの知られざる食事シーン! ~ポロリもあるよ~」
「興味ねー」
生産性ゼロだ。
何ひとつ学ぶものは無いな。
「ちなみにキョータさん。ポロリっていうのは、食べ物を上手く口に運べずに落とすことなので悪しからず」
「いや、何も期待してないから」
不必要すぎる情報だった。
何その出来損ないの萌えポイント。
昨今のテレビ離れに拍車がかかるな。
「……でも、キョータさんになら特別に、メイちゃんの交尾シーンを実技込みで――――」
「なあ智也。寒くなってきたからやっぱ帰ろうぜ」
「嘘ですキョータさん! そんな温度の無いリアクションはやめてください! メイちゃんは寒さに弱い生き物なんです!」
マジ顔で俺の腕にしがみつく鳴。
ああもう、うっとうしい。
そんなこんなで騒ぎつつ、やって来たのはチェーンのファミレス。
お昼のピークを少し越えた時間帯、待たずに席へと通される。
「ここのファミレス久しぶりだな。マリアのバイト先でも良かったけど」
「あそこ行くとキョータさん鼻の下伸ばしっぱなしじゃないですか」
失敬な。
でもあの店の狙いはそれじゃないのか。
「俺は女子小中学生が接客してくれるお店があったらいいなと思う」
智也のマトモじゃない発言が飛び出す。
「ねぇよ。日本はそこまで末期的じゃない」
「ニッチ過ぎますよね……需要は僅かながらあるのかもしれませんが」
これには流石の鳴も苦笑い。
どこまでも罪深い男だ、智也。
「とりあえず、俺と智也はドリンクバーで。単品でも値段変わらんしな」
「了解しました。ていっ!」
鳴の押した呼び出しボタンで店員さんがやって来る。
「ご注文お決まりでしょうか?」
「えーと、海老グラタンとサラダバー、あとドリンクバー三つで」
「はい。ご注文繰り返させて頂きます――――」
メニューの注文を終えたところで鳴が切り出す。
「他にも呼んだら誰か来ると思いますか?」
「来るんじゃないかな。結構暇人だしね、みんな」
「ですね。えっと……駅前、ファミレス……と」
鳴がケータイを取り出し呼びかけを始める。
どのくらい経っただろうか。
俺と智也が三杯目のコーヒー、鳴がグラタンを平らげサラダを頬張っていた時。
「おーす」
「邪魔するぞ」
やって来たのは綾奈とマリア。
席に腰を下ろし、案内してくれた店員さんにオーダーを済ませる。
「早いな……暇人どもめ」
「うっさいキョータ。近くにいただけだから」
「キョータ殿からのラブコールが聞こえた気がしてな」
「呼んだの私だけどね」
鳴が突っ込みを入れるがマリアは気にしない。
「いちいち細かいな、メイは。そんな器の小さいことを言っているようでは――――あっ……」
「胸を見るな!」
悲痛な面持ちで叫ぶ鳴。
もはや挨拶レベルのやりとり。
「まあ、心も体も貧しいメイは置いておくとして……キョータ殿」
「なんじゃらほい」
「どうやら私……また胸が大きくなってしまったようでな」
自慢げな表情で腕を組んで、胸を強調するマリア。
やめて。
そんな目で俺を見ないで。
「そ、そう」
待て。
何故俺に話を振る。
鳴がヒロインらしからぬ顔になってるから。
「『ヒント:肥満』」
今にも呪い殺しそうな顔で鳴が呟く。
しかしマリアはどこ吹く風。
「そうだな……『何故か』胸から先に太っていってしまうんだな。これが」
「ちくしょおおおお!」
鳴が泣きながら綾奈に抱きつく。
「よしよし……」
「悔しいです……姉妹のステ配分がおかしいんですよ……割合が一と九くらいですもん……せめて五対五くらいにしろよ神様ぁ!」
存在自体が怪しい胸の神様に向かって叫ぶ鳴。
哀れだ。
「そ、それはそうとメイちゃん。カナさんは元気?」
綾奈がぎこちなくはあるが絶妙な舵取りを見せる。
「そうですね。『日本人の誇りを取り戻す』とか何とか言ってコンビニに通いつめてますね。おにぎりばっか食べてます」
「そっか……日本食が恋しかったんだろうね」
「しかし姉さん、帰ってきてから糸が切れたようにグダグダしてますね。まごうことなきニートですよ」
確かに。
俺のバイト先にふらりと現れ、一日をそこで潰すことも珍しくない。
ま、今まで頑張ってきたことを考慮すれば、少しくらいゆっくりしてもいいんじゃなかろうか。
「……しかし」
「ん? どうしたのメイちゃん」
「綾奈さんも……何気にスタイル良いですよね」
綾奈に抱きついたまま、鳴がぼそりと言う。
「そ、そうかな……」
リアクションしづらそうな綾奈。
「あそこの人間と牛のハーフは置いといて……」
「おい」
マリアが突っ込む。
何気に珍しい。
「一番バランス良いのは綾奈さんですよね。そうは思いませんか男性お二方」
「……二十歳過ぎの女の子のスタイル……ねぇ……よく分からない」
「すいません、智也さんに訊いた私が馬鹿でした」
ダメダメだ。
仕方ない、ここは俺がビシッと!
「キョータ、あんまりジロジロ見ないで。不快」
「ヒドくね!?」
あんまりだ。
「何かやらしいんだもん」
「被害妄想だ! 俺はそんな目で見たりしない!」
人を変態みたいに……
心外だなぁ、全く。
「そこまで言うならキョータ殿、私が判断しようではないか」
「え」
「私の体を一分間、見つめてくれ。よーい、スタート」
「えぇ……」
乗り気では無いが、やむを得まい。
俺の右隣に座るマリアを見る。
真顔のマリア。
金髪。瞳はブラウン。色白の肌。
身を包むのはいつものゴスロリ衣装。最近はだんだんゴスロリ「風」になってきているような。
そしてご自慢の豊かな胸。腰を経由しスカートから覗く肉付きの良い足。
結論。
「うん、エロい」
「死ね」
綾奈から辛辣なお言葉。
「いや、キョータさん。今のはアウトですよ」
え、マジで。
「発言的な意味? 視線的な意味?」
「発言は……まぁ仕方ないですよね。私も同じ意見です」
まさかの同意を得られた。
だよねー。
「そこは同意しちゃうんだ、メイちゃん……」
「でもあの視線はないですよ、赤の他人なら通報確実ですね」
「そこまで!?」
「うん。確実に脳内で脱がしてたよね、キョータ。俺の目は誤魔化せない」
「そんな訳あるか!」
ごく普通に上から順に視線を移していっただけだ。
そこまでやましい気持ちも無かったぞ。
「そんなこと無いよな、マリア?」
「…………妊娠したかもしれん」
頬を染め、お腹を擦りながらマリアの狂った発言が飛び出す。
「やめろ! 嘘だとしても!」
もし本当なら凄すぎるだろ。
神様かなんかか、俺。
「うわ……怖っ……」
綾奈が心底嫌そうに俺から目を逸らす。
冗談だと分かっていても傷つく。
「キョータさん、私も! 私も!!」
「座れ、黙れ、大人しくしてろ」
「……あっ」
「あのマリアさん?」
「今……動いたぞキョータ殿」
「その小芝居まだ続けるの!?」
もうやめて。
俺一人じゃ捌ききれない。
「ったく……」
いつもながら美しいまでの脱線っぷりだ。
元が何の話だったか完全に忘れてしまった。
「あ、そうそう。せっかくみんな集まったし、初詣の計画でも立てようか」
行き先不明の流れを断ち切って、智也が切り出す。
「そうね。結衣と誠一は多分捕まらないだろうから、当日もこのメンバーだろうし」
「ですねー、姉さんも家から出ないと思います。誘ってはみますけど」
「この辺で初詣、というと海沿いの成海神社だろうか」
「うん。あんまり遠いとキョータの足が動かないだろうからね。徒歩だとちょっと遠いから俺が車出すよ」
おいおい。
どこの誰の足が動かないって?
――――俺か。
「ありがとうございます、智也さん」
「いえいえ。年始めだし、良い思い出にしようじゃない」
やんわりと微笑む智也。
やべー、かっけー。
あの笑顔、俺がやっても様にならないもんな。
「振袖姿の女子小中学生、いないかな」
「い、いるんじゃないですかね……」
締まらねぇなぁ。
非常に俺たちらしいけれど。
いつものように、いつもどおり。
気負わず背負わず、日々を楽しもう。
今年も、来年も。




