ファナティック・ガール
◆
終わりの見えない宴は、今もなお続いている。
クリスマスイブの沖原家。
世にも恐ろしい王様ゲームの真っ只中。
あれから結衣が智也を膝枕したり、誠一と綾奈のポッキーゲームだったりと、つつがなくゲームは進行していった。
のだが。
俺は未だに王様はおろか命令の実行もナシである。
「……なんでキョータだけまだ無傷なのよ」
綾奈に睨まれる。
「日頃の行い? 普段の真面目で誠実な行動が神様の目に留まったんじゃね?」
年末になってようやく俺にも運が向いてきたか。
遅すぎだ、という突っ込みはこの際ナシである。
気分が良い。おもむろにワインを口に運ぶ。
美味。
「……メイちゃん、メイちゃんの幹事特権でキョータだけ名指しにしない?」
「素晴らしいアイディアです、綾奈さん! 是非そうしましょう!」
横暴すぎる!
「そんなのダメに決まってるだろ! な、みんな!?」
『異議なし!!』
息ピッタリ! 嫌になるね!
「いざ、五回目っ!」
そう叫ぶ結衣は楽しそうだ。
他人事だもんね。
みんなそうだもんね。
こうなったら、信じられるのは自分だけだ。
俺が自分で王様を引き当てるしかない。
引き当てた割り箸は――――
五番。
くっ!
「くくく……私が王様だ……」
マリアだ――――!
形容しがたい笑みを浮かべたまま、俺の目の前まで移動してくるマリア。
「ではそうだな……キョータ殿、私を思い切り抱き締めてくれ」
「は、はい……」
「私が満足するまでな」
何だよこれ。
絶対おかしいよ、この王様ゲーム。
結衣はヘラヘラしながらカメラを構えてるし。
鳴はこっちを凄い視線で見て――――こない。
違和感。
何やら結衣と耳打ちを始めたし。
ま、いいか。
諸々を視界からシャットアウトして、俺は覚悟を決める。
「じゃ、いくぞ」
「ん」
結構な強さで正面からマリアを抱き締める。
少々強すぎたか、と思ったがマリアはそれ以上の力で返してきた。
腰と背中に回されたマリアの手、眼前で揺れる金色の髪、口から漏れる荒い呼吸――――え?
「はぁ…はぁ…はぁ…キョータ殿……んっ…」
「ちょちょちょ、マリアさん!?」
俺の首から胸元にかけ、高速で頬ずりを始めるマリア。
「はぁ…はぁ…もう年末でもあるし、キョータ殿の香りを肺に収めておこうと」
『うわぁ……』
俺も含め、一同ドン引きである。
鳴を除いて。
「ちょっとマリア、やりすぎなんじゃないかな――――?」
不自然なくらいニコニコと、ある種不気味な笑顔で鳴が近づいてくる。
何か企んでるぞこの顔は!
「そんなことはない。これは王様ゲーム、そして私は王様だ。多少横暴であっても、許される」
もはや王様ゲームの体を成してはいないけれど。
新手の俺いじめだよ、これは。
「ふーん……マリアって、優しい王様だよね……私、知ってる」
鳴が意味ありげな視線をマリアに向ける。
マリアもその視線を受け取り、小さく頷く。
「キョータ殿、すまないが命令変更だ」
「さんざん堪能しておいて!?」
酷い王様だった。
「私とメイの、溜まりに溜まったキョータ殿へのせいよ――――想いを、受け取ってくれ」
「おいおいおい! 待って――――」
手際よくマリアに両腕をロックされ、身動きが取れなくなる俺。
そこを鳴に連行されていく。
『いってらっしゃ~い』
残りのメンバーはそんな俺たちをにこやかに見送る。
覚えとけよお前ら!
リビングを抜け、薄暗い廊下を通ってベッドルームが並ぶ客室へ。
何度か振り切って逃げ出そうと思ったが、マリアのホールドは強固だった。
「はぁ…はぁ…はぁ…大丈夫ですよキョータさん。悪いようにはしません」
「その通りだ。キョータ殿、大人しくしてくれれば、誰も傷つかずに済む」
「少なくとも俺は傷つく!」
心も、体も!
これはマズイ、何とか隙を見つけて逃げ――――
あれ。
何だ、何だ、何だこれ。
腕が、足が、体に力が入らない。
背中に嫌な汗が滲む。
「お。ようやく効いてきましたか、キョータさん」
「メイ、まさかお前――――」
「えへへ。そのまさかです。結衣さんから譲ってもらった特製の痺れ薬です」
馬鹿な。
いつの間に。
スーパーで鳴が存在を仄めかしてから、口に運ぶ物には細心の注意を払って――――
!
あの時か。
「……王様ゲームで俺が命令から逃れ続けてた時、口にしたワイン、か」
「正解です。キョータさんの回避スキル半端なかったですねー、こんな所で運を使わなくても」
全くだ。
大事な時に発揮できない幸運なんて、何の役にも立たない。
「おい、この薬安全なんだろうな……? 効き方が尋常じゃないぞ」
「天栄堂の鶴田さん全面協力のもと作り上げた一品です。心配しないでください」
「効果については折り紙つきなので安心して貰っていい。私とメイの体で事前にテスト済みだ」
自慢げな口調でマリア。
だんだん鳴に似てきたな。
鶴田さんも鶴田さんだ。
この地獄から帰還できたら訴えてやるぞ。
「実を言うとこの薬、効能が痺れだけでは無いようでな」
「え」
そう言って、マリアは俺の耳に息を吹きかける。
「!?」
俺は耳が弱い。
以前にもマリアに攻撃された。
息を吹きかけられただけで力が抜けてしまう。
が。
「な……何だ、これ……」
今の感覚は、そんなレベルを遥かに超えていて。
「ふむ。どうやらこの薬は、体の動きを鈍らせる代わりに触覚が異常に敏感になってしまうようだ」
「数日前、私の家でマリアと一緒に試した時は地獄絵図になりました」
「力は入らず体中敏感になり、お互いに助けを求めようと近づいたのが不味かった」
「父さんと母さんが留守で助かりました……私とマリアのあられもない声と姿が……もし見られたら絶対に誤解されてました」
「……うわぁ」
でもちょっとだけ見てみたかったかも。
ちょっとだけだよ!
「そいじゃ、そろそろ」
「そうだな。薬の効き目も無限ではない」
「本気? なぁ、お前ら本気なのか?」
俺は目の前にある鳴とマリアの顔に向かって訴える。
「本気だとも。むしろ今まで我慢してきた自分を褒めたいな。今まで何度、キョータ殿を押し倒そうと思ったか」
薄暗い部屋の中、瞳をぎらつかせながらマリアが呟く。
衝撃のカミングアウトきました。
「もう十年以上前になるな……キョータ殿と初めて会ったのは」
「そんなになるか……そうだよな」
「今は時間が惜しいので昔語りはほどほどにするが、私の想いは日に日に大きくなるばかりだった」
部屋の薄暗さのせいではっきりとは分からなかったが、マリアの表情が切なそうに歪む。
「沖原姉妹という冗談みたいに高スペックな友人が近くにいて、子どもながらに自分が選ばれることは無いだろうと感じていたし、それでも構わないと思っていた」
「マリア……お前……」
「それでも何だかんだ諦めきれず日々悶々としたまま過ごし行き場の無い気持ちを燻らせていた訳だ」
「ん?」
すっ飛ばしたね。色々ね。
句読点も入らず早口。
「つまり私もマリアも限界だという事です」
「キョータ殿を誘拐して監禁するのはどうだろう、とメイと計画を練ったことがあるが、今は置いておこう」
とんでもない計画が水面下で動いていた。
知りたくなかったな。
「ふふ……それにキョータ殿、平静を装ってはいるが大分辛いはずだぞ?」
「……何の……ことやら」
「誤魔化したってダメですよ。経験者が言うんだから間違いありません。今現在だって、服を脱いでしまいたい気持ちで一杯のはずです」
うぐ。
確かにその通りだ。
首が、腕が、胸が、腹が、背中が、足が。
肌に触れている物全てが、俺を暴力的なまでの触覚で襲う。
「ん? てことはお前らも――――」
「「う」」
「素っ裸であんなことやこんなことに」
「言わないでください! 私にも予想外の効き目だったんですから!」
よくそれを他人に飲ませようと思うな。
クレイジーすぎるぞ、その思考。
「不本意でしたよ、何が悲しくてマリアの無駄にエロい体を拝まにゃならんのですか!」
「それは私も一緒だ。キョータ殿の為に日々磨いてきた体だというのに……」
コメントしづれー。
話を振ったのは俺だけどさ。
それにしても。
これは不味いぞ。
服が当たってるだけでここまで異常な感覚ということは、直に触られたりでもしたら――――考えたくない。
しかし、被害を最小限に抑える為にも時間を出来るだけ稼ぐというのは一つの手ではあるか。
「なぁ二人とも――――」
「おっとキョータ殿、その手には乗らないぞ」
「ふふふ。何だか策を練っていたようですが、そうはいきませんよ? 薬のタイムリミットについてはこちらも重々承知です」
ですよねー。
「ちなみにこの薬、効果は一時間ほど」
一時間。
効き始めてどのくらい立っただろうか。
「個人差はあるようだがな。しかもキョータ殿は効きが浅い様子。私は服を着てなどいられなかった」
「そ、そう……」
言いながら、マリアは自身の服のボタンに手をかける。
あらわになった薄い青色の下着。それに包まれた豊かな膨らみ。
「きょ、キョータさん! 見すぎですって!」
鳴の声で正気を保っていた俺だったが、マリアの誘惑が止まらない。
「そう言うなメイ、キョータ殿も男であり雄なのだ。ある意味では当然と言えよう――――キョータ殿、こんなのはいかがだろうか?」
次の瞬間。
俺の視界に移ったものは、マリアの白い肌。
そして俺の理性は白旗を上げ、全面降伏の構えだった。
これは無理だよ。
なぁ?
◆
あれからどのくらい経っただろうか。
俺はリビングのソファで屍のように横たわっていた。
「うわー、何て言うか壮絶だね……キョータ、生きてる?」
智也の声が聞こえる。
生きてはいる、一応な。
「衣服の乱れっぷり、生気のない目、漂う絶望感……完全に性犯罪の被害者ですなぁ」
結衣の声、とカメラのシャッター音。お前覚えとけよ。
元はと言えばお前の薬のせいで……
「で、具合はどうだったの二人とも?」
恐る恐る綾奈が二人に確認する。
『最高でした(だった)』
鼻にティッシュを突っ込んで頷く鳴とマリア。
「……すげぇ。キョータとは反比例するかのごとく、顔が艶々と。お疲れ、キョータ」
誠一が肩を叩く。
心地良い感触。
さっきまでの異常触覚が嘘のようだ。
「うぅ……もうお嫁に行けない……」
完全に汚された。
筆舌に尽くしがたい辱めを受けた。
くそう。
それもこれも全部結衣の薬のせいだ。
俺は嬉々としてシャッターを押し続ける結衣をロックオンする。
「さて、結衣さん。ちょっと俺とお話しようか……」
「あはは……キョータ、分かってると思うけど、私はただメイっちに頼まれたから用意した訳であって!」
「そうだな。その点についてはお前を責めるつもりはないよ。でもな、俺は今までお前に数え切れないくらい酷い目に遭わされてきてるんだ。この辺で、決着といこうか」
結衣の策略に嵌って枕を濡らした夜は、一度や二度じゃない。
お前にも相応の罰を受けて貰おうか。
「よし。メイ、マリア、さっきの薬――――あれ」
鳴とマリアが、俺の両脇から結衣の両脇へ。
「ごめんなさい、キョータさん……」
「キョータ殿の頼みと言えど、藤塚嬢に逆らう訳には……キョータ殿の画像やどう――――いや、その、うん」
「なははは、残念だったねキョータ?」
「く――――!」
卑怯な。
絶対ろくな死に方しないぞ、お前。
「で。二人とも、あの薬なんだけどさ、ここを改良した方が良いってところがあれば聞かせてほしいな」
「そうだな、まずタイムリミットの件と――――」
「後はですね……逆バージョンで媚薬なんかもあれば――――」
「なるなる。前向きに検討しておくよ。鶴田さんと要相談!」
俺の方を向いて、ニヤリと微笑む結衣。
「何かゴメンね、キョータ?」
絶対思ってないだろ。
くそ、覚えてろよ!
「あれれ、もしかして例の薬ってまだ残ってるのかなっ?」
「そうですね、まだ残ってますよ」
「じゃあグラスを人数分用意して~お薬を~投入!」
人数分並べられたグラス。
中に入っているのは赤ワイン。
「え、おい……結衣? まさか」
「どしたのキョータ? 大丈夫、確立は七分の一!」
今の俺なら引き当ててしまう自信がある。
なので――――
「逃げる!」
「こら、待てキョータ!」
結衣が叫ぶ。
冗談じゃないぞ。
もうあんな目に遭いたくない。
そんなこんなで騒いで、騒いで、騒いで。
沖原家のクリスマスパーティーは、まだ終わらない。




