ドットコム・カフェ
(基本的に)一話完結を心がけます。
頑張って定期更新を目指します。
よろしくお願いします。
◆
九月も終盤に差し掛かり、残暑も次第に終わりを見せ始めたこの頃。
いつものように喫茶店のバイトに、いつものように勤しむ俺。
時刻は午後四時を回ったところ。
「……これでいいのかな、俺の人生」
ふと、心の声が舌に乗る。
大学を中退し、フリーターになってはや一年ちょっと。人としての価値が音も無く下がっているような。
「ま、第三者から見れば絵に描いたようなダメ人間だな」
冷たい声が一刀両断、優しさの欠片もありゃしねぇ。
受けたダメージをわざとらしく顔に貼り付けつつ、俺は声の主へと顔を向ける。
石田椿。
この喫茶店「ふくろう」の女店長である。三十ウン才、バツイチのシングルマザー。
目つきの悪さと全身に纏ったクールビューティーな雰囲気は、身につけたエプロンと絶妙なアンバランスを醸し出している。
ぶっちゃけ怖い。
でも、悪い人じゃない。たぶん。怖いけど。
「容赦ないっすね」
「事実だろ」
「……ですけど。もうちょっとこう、オブラートに包むというか」
「だってお前、オブラートに包んだら気づかなそうじゃん。そのまま口に入れそうじゃん。皮肉とか通じなそうじゃん」
俺は反論を諦める。
だっておっしゃるとおりだもん!
「二十歳を過ぎてフリーターか。そろそろ将来の事も考えたらどうだ?」
「考えてはいますけど、この自由さに慣れると抜け出せませんな」
今年でめでたく二十一歳。自堕落な生活はダメだと思うけれど。
「もうちょっとだけ、自分のやりたいことを探してみたいんです」
「職を探せ」
ぴしゃりと椿さんは言う。ずいぶんと手厳しい。
まぁ、椿さんなりの叱咤激励と受け取ろう。
俺が一人で納得していると、店内入り口のベルの音が聞こえてくる。
「いらっしゃいま――――ってお前か」
「酷いことを言いますね。客なんですけど、私」
来客者は不満気な表情を浮かべつつも、カウンター席に腰を下ろす。
沖原鳴。
細っこく、起伏に乏しい体型に肩口までの黒髪。幼さを感じる顔立ちは、高校生というか中学四年生といった感じ。
ところがどっこい、実際は俺の一つ年下、二十歳の女子大生。
お互い小さい頃からよく見知った間柄だ。
「キョータさんの顔がずいぶんダメージを受けてますけど、何かあったんですか? あ、ブレンド一つ」
目聡く反応する鳴。
そしてオーダー、かしこまりました。
「キョータの将来について話をしていた。いい加減に職を探せと」
「……職……ですか?」
鳴は不思議そうに首を傾げる。
「私が養うのに? どうしてそうやって私から逃げようとするんですか!?」
立ち上がって抗議が始まる。
しかも初耳。
「俺は初めて聞いたぞ、そんな暗黒色の将来設計」
「えー、じゃあ父さんか母さんの仕事でも手伝います? それも良いですね!」
いい笑顔。
でもそれも初耳。
「何で俺の将来設計にはお前がもれなく付いてきてるんだ」
「何でって……逆に私と一緒にならない将来設計なんてあり得るんでしょうか? いや、無い」
真顔。
何の疑いも無く、真顔。
怖いわー。この子。
「ブレンドお待ち。しかしまぁ、お前もこんなダメ人間のどこがいいんだか」
コーヒーを鳴の前に置きつつ椿さんが尋ねる。
「キョータさん格好いいじゃないですか。ダメ人間であるという側面は否定しきれませんが」
ダメ人間を連呼される俺。
事実だけどさ。
空しくなってきた。
「それでもいいんです。生活力ゼロでも、愛の力の前では些細なことです!」
いい笑顔で言い放つ鳴。
感動的だー。
目が濁ってさえいなければ。
その目を俺に向け、続ける。
「大丈夫ですよ、キョータさん。たとえ他の人がキョータさんを見捨てても、私だけはずっと一緒にいます。ええ、ずっと……えへへ……」
「怖いわ!」
「照れないでくださいよ、私は既にキョータさんがいないと生きていけない身体に……」
頬を染め、狂った言葉を吐き出す鳴。
「毎夜毎夜、キョータさんを思いながら、一人寂しく自分を慰める日々……」
「知りたくなかった、そんな事実!」
「私の愛に、ブレーキなんて存在しないんです」
「車検通したの誰ですか! ザルすぎんぞ!」
盛大に事故ってる気がするけれど。
「どうしてお前はこんなになっちまったんだろうな。昔はあんなに可愛かったのに」
「今も変わらず愛くるしいじゃないですか。ふふ。好きって言っても、いいんですよ?」
「確かに、体系は変わってないな。絶対まだ中学生料金でイケるだろ、お前」
細い手足に残酷なほど凹凸の無い体型。
成長期が遅延している、というか知らない内に通過してしまったのだろうか。
成人しちゃってるしね、もう。
ドンマイ!
「体型のことは言わないでくださいよ! 微かな希望を抱いていたのに、年が明ければ成人式! こんなはずじゃ無かったのに!」
悲壮感あふれる表情で喚き散らす鳴。
残念ながら俺にはどうすることもできない。
「あ、俺のタイプの話だっけ? やっぱりスタイルの良い女の子って、良いよね!」
「全くそんな話はしてない上に、追い討ちまでかけて来ましたか!?」
「ついでに言うなら、年上の綺麗なお姉さんに惹かれる。年下は、無いな」
「とどめが来た! 今までの私の言動を聞いた上でのこの発言! 凹む……けど、ちょっと興奮しちゃうのは、何故でしょう?」
えへへ、と口元を歪める鳴。
まさかの切り替えしだった。完全に息の根を止めるつもりでいったのに。
侮れないな、こいつ!
「キョータさんに冷たくされると、胸の奥が痛むんですけど。動悸が、ドキドキと」
「病気じゃね。早めに診察を受けることをお勧めしよう」
「あっ……恋の病……」
「確かに、その三文芝居は故意だろうな」
「先生! 私の心音、聞いてください。聴診器じゃなくて、触診で」
「……昔、お医者さんごっことか、やったよなぁ……」
「胸を見ながら子供時代に思いを馳せないでください! どうせ成長してませんよ!」
「自覚症状はあるみたいですねー。お薬増やしときますね」
「投薬治療より、先生に直にマッサージしてもらいたいです」
「幻覚と幻聴も症状に表れてますねー。お薬変えましょうか。次の人どうぞー」
「いつまで夫婦漫才を続ける気だ。お前ら、本当に仲良いな」
カットインする椿さんの声。
助かった!
ゴールが全く見えなかったからね!
「め、お、と……えへへ……」
都合の良い部分だけ切り取ってらっしゃる鳴さん。
「全く。悪ノリし過ぎたな、俺もだけど」
「でも――――よかったです」
「ん? どうした、メイ」
急に声色が変わる鳴に、俺は戸惑う。
今にも泣き出しそうな、ぼやけた笑顔を浮かべて鳴が続ける。
「キョータさん、昔みたいに笑ってくれるようになって」
「……メイ」
「辛かったです。あんなキョータさんを見てるのは。私も、辛くて苦しかったです。傍にいたのに、何もしてあげられませんでした」
声が震え、鳴の目には涙が滲み始める。
「自分の無力さ加減が嫌になりました。大事な人が傷ついて折れそうになってるのに、支えてあげることができませんでした」
誰にでも過去というのはあるもので。
そして大抵、過去というものは目を背けたくなる事の方が多い。
それでも未来に進むには乗り越えなくちゃいけないもので。
その結果、今ここに立っている俺の選択が正解かどうかは分からないけれど。
ひとつだけ分かることがある。
目の前の、俺のために泣いてくれている幼馴染をこのままにしておくのは、間違いだ。
俺はそっと鳴の頭を撫でる。
「そんな泣くなよ、もう俺は平気だから。それに、お前が何もしてくれなかったなんて大嘘だろ」
「……キョータ、さん」
「ケータイの着暦とメールボックスをパンク寸前に追い込んだり」
未確認の件数がえげつないことになっていた。
「キョータさん……」
「チャイムを酷使しすぎてあの後インターホンを取り替えたり」
十六連射なんて目じゃねえぜ。
「キョータさん?」
「お前が作ってくれた料理で、俺は異次元の扉を叩いたし」
ふわーっとした、ふわーっと。
「キョータさーん?」
「お前が慰める時にテンパって、俺を押し倒したたのを忘れない。ああ、一生な」
出るとこ出たら、俺勝てるぞ、あれ。
「ちょ、キョータさん!?」
「落ち込んでる今が、付け入るチャンス! とか呟いてたのはネタだよな?」
マジに聞こえたけれど。
「え、うそ、聞こえて――――って! ききき、気のせいですね、絶対!」
「傍にいてくれて、救われたのも本当だしな。お前も泣きそうになって逆に慰めたりしたっけ。あのままだったら悲惨な泣き声のデュエットになってたな」
「あはは、そんなこともありました」
「そんなこんなで色々あったけど、お前に元気を貰ったのは事実だ。ありがとな」
「は……はい」
顔を赤くして俯く鳴。
そうやっていつも大人しくしてれば可愛いのにな。
「愛されてるな、キョータ」
ニヤニヤ笑いを浮かべる椿さん。
やめてください、俺も恥ずかしいんですから。
似合わない台詞を吐くもんじゃない。
「――――さて」
コーヒーを飲み干し、鳴が口を開く。
涙を拭いて、二つの目には濁った光が戻っている。
「ひと段落したところで、キョータさん」
「ん?何だ」
「そろそろバイトも終わりですよね。まぁ、狙ってこの時間に来たんですけど」
壁の時計に目をやれば、時刻は午後五時ちょっと前。夕暮れ時。
俺はまもなく上がりである。
「まあ、そうだな」
「ちょっと野暮用に付き合っていただきたいんですが」
「野暮用?」
「ええ。ちょっと私の家まで。母さんがキョータさんを連れて来いとうるさくて」