表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救世のパラノイア  作者: 神宮寺飛鳥
モーメント・オブ・リヴァレーション
9/13

3-2

「ごめん、お待たせ」


 エスノ機関に戻った理人は装備を整えて格納庫へ向かった。だだっ広い空間、倉庫代わりになっているそこでメアリー、坂東と合流する。


「遅いぞ救世主。ったく、どこで何してやがった」

「それよりもゲートの開き方、わかる?」


 両者からそれぞれの歓迎の言葉を聞き流しつつ、理人は腕を伸ばす。ゲートを開くと言われても理屈は全くわからないのだが、感覚として理解している。


「わかるよ。ただ、向こう側のどこに出口を作ればいいのか……」


 そこへ歩み寄り理人の手を取るメアリー。指の間に指を挟み、しっかりと握りこむ。


「私が才であなたにイメージを送る。そこを強く念じて」


 目を閉じるメアリーを倣い同じく瞳を閉じる。するとそこにある場所のイメージが浮かんできた。才による共感……即ち“木霊”である。理人はそのイメージをはっきりと握り締めると、そこへ繋がる門をイメージから現実へと発現させる。

 突如、倉庫の中に青白く光る渦が現れた。半径二メートル程の円だ。その向こう側は光に遮られているものの、理人には確かにゲートを開いた手ごたえがあった。


「こいつがゲートか……」

「ゲートは作成した救世主が許可しなければ通れないから、敵がこのゲートを利用して乗り込んでくる心配はないわ。逆に私達はすぐ日本支部に撤退出来るという事ね」


 繋いでいた手を離しながら語るメアリー。理人は離れた掌を見つめ、決意を固めるようにゲートを正面から睨んだ。


「三人ともお待たせー。人質を連れてきたわよ」


 エヴァの声に振り返ると、そこには車椅子に座らされた一人の女性の姿があった。白い患者服を身に纏っており、両手を後ろに回した状態で手錠をかけられている。頭に被せられていた布袋を外すと、既に首にウルズ鉱石による封印具が取り付けられているのが見える。


「……メアリー? やっぱり……ヘイゼルの話は本当だったんだね」


 真っ先に口を開いたのは人質の女――ミサギであった。その瞳に混じった感情の色は疑念と憎しみが半々といった所か。視線から逃れるようにメアリーは腕を組み背を向ける。


「どうして? どうしてなのメアリー? だって、あなたは死んだ筈じゃない!」

「…………死んでいないわ。だからここにいる」

「最初から全部嘘だったって事? あの時も、最初からそのつもりだったって事!?」


 瞳に涙を溜め唇を噛み締めるミサギ。俯き、きつく目を瞑る。


「信じてたんだよ? 仲間だって思ってたんだよ? それなのに……あんまりだよ……」


 沈黙が続く。坂東はバツの悪そうな表情で、エヴァは興味なさげに煙草に火を点けている。たった一人、理人だけがミサギの傍に歩み寄り視線の高さを合わせた。


「君とメアリーの過去に何があったのか僕は知らない。だけど、メアリーにもきっと事情があったんだよ。君達がこの世界を襲うように、僕たちがそれから身を守るようにね」


 涙を流しながら顔を上げるミサギ。その涙を拭い、理人は拘束を解除する。


「おい待て救世主! そいつは超能力を使う敵だぞ!」

「でも今は封印されてる……完全ではないとは言えね。それに今ここで暴れた所で自分が始末されるだけだってわからないほど、愚かな人には思えないよ」


 ミサギへと手を差し伸べる理人。ミサギはそれにどう対応したらいいのかわからない様子だったが、笑顔で更に手が前に出てくるとおずおず取らずには居られなかった。


「長話は道すがらしよう。僕らに残されている時間は多いようで少ないから」


 さっさとゲートへ歩き出す理人。メアリーはそれに続き、坂東も慌てて後を追った。


「がんばってちょうだいねぇ~」


 煙を吐き出しながら笑うエヴァ。四人の姿が消えると車椅子を押して引き返していった。




 ゲートの向こうで瞼を開いた時、理人の目に入って来たのは廃墟であった。小高い丘の上にっ立つ彼の眼前には、どこまでも破壊しつくされた町があった。

 瓦礫の山に見られるかすかな整然とした名残から、なんとなくそこが町であったと認識出来る。その程度の物しかない世界に灰色の雲の隙間から光が差し込んでいる。


「……驚いたでしょ。こんな状態で」


 手を繋いだままのミサギが呟く。そして悲しげに街を眺める。


「私達の世界はね、もうほっといても……多分滅んでしまうんだよ。ここだけじゃないよ。世界中の殆どがこんな感じ。世界を一つにする戦争が終わったばっかりでね……だけど、そこから復興するだけの力が人に残っていないんだ。だから……」


 言葉を区切り、笑いながら首を横に振る。


「どうして敵にこんなこと話してるんだろ……」

「君、名前はなんていうの?」

「ミサギよ。私の知っている彼女は、拿捕されるほどの立場ではなかったけれど」

「メアリーがいなくなってから地位があがったんだよ。お陰で大変だったんだからね」


 勝手に説明するメアリーを睨むミサギ。理人は笑いながら頷く。


「じゃあ、ミサギ。できればでいいんだ。この世界の事、もっと教えてくれないかな?」

「私から情報を引き出すつもり?」

「違うよ。僕はその気になれば簡単にこの世界を滅ぼせる。でもそうしていないだろう? 興味があるんだよ、単純に……こっちの世界の事にね」


 冷や汗を流しながら考え込むミサギ。それからしっかりと握られている自分の手を見やり、モもう一度考え……それから理人に応じた。


「わかった。それは姫様も望んでいた事だし。ヘイゼルが強硬派だからあんな事になっちゃったけどね、本当は最初から戦う気なんてなかったんだよ。本当は姫様は話し合いをするつもりだったんだ。それだけは信じてあげて」

「わかってるよ。クエンは……優しいからね」


 ゼータ1が抱えている問題は指揮系統だけではないが、実質下を取り纏めるヘイゼルとトップであるクエン、二人の間にある溝は無視できない案件であった。ただそれはもう何年も続いている事で、いい加減是正できていない時点で根深さを伺い知れる。


「姫様は凄い天才だったけど、あまりにも優しすぎたから……結局戦いには非情さが必要で、決断をヘイゼルに任せる事も多かったんだ。兵士達も殆どヘイゼルの指示に従うヘイゼル派ばかりだったし、それに今は……」


 寂しげに目を伏せるミサギ。それから空を見上げる。


「姫様は何もかも薙ぎ払ってしまった。姫様はこの世界を滅ぼしてしまった。姫様は良かれと思って、皆がそうしろというから代表として力を使ったのに……やっと戦争が終わったら化け物扱い。誰も姫様に近づかなくなっちゃった」


 メアリーが僅かに眉を潜めたのを理人は見逃さなかった。そのタイミングで歩き出し、ゆっくりと丘を下って行く。


「それで? メアリーはこの町に何をしに来たの?」

「……特にどうという事もないわ。この町は以前要塞都市だった。この世界有数の、ね。それがこんなに綺麗サッパリ跡形もなく吹き飛んでいるという事は、この世界にはもう僅かな余力すら残っていないという事。この戦争、もう勝ったも同然だという事よ」

「そうじゃなくて。わざわざこの場所を選んだんだ、意味があるんだろ?」


 風に髪を靡かせながら振り返る少年。少女は無言で街を見下ろす。


「……個人的な用件なら。一つ、確かめたい事があるわ」


 歩き出したメアリーを追いかける一行。その場所は廃墟の外れにあった。巨大な鉄板で覆われた地下への搬入口、メアリーはそれを才で捻じ曲げ吹き飛ばす。


「おいメアリー、こんな所で強力な才を使ったら敵にバレるだろうが!?」

「クエンの才は桁外れよ。自分の世界に異質な存在が侵入した時点で察知しているわ」


 驚く坂東。それから困惑した様子で頭を掻く。


「だったら偵察なんか無理じゃねえか。つーか意味ねえだろ、せっかく人質まで連れてきたっつーのによ。なんで最初から言わねえ?」

「意味ならあるわ。この町が残っているかどうかでこの世界の戦力の多寡を測る事が出来る。危険ならすぐゲートから引き返せばいいだけ。何か問題でもある?」


 メアリーの言葉にぐうの音も出ない坂東。そうしている間にもどんどん階段を下りて行く。やがて辿り着いた場所、それは地下に構築された研究所であった。


「なんだここは……?」


 壁にかけてある松明に一斉に火をつける。才に反応し発火する石を使った仕掛けだ。研究所には地下水が一部流れ込んでおり、足元にはうっすらと泥水がかかっている。汚れる靴を気にもせず、メアリーはどんどん奥へと進んで行く。


「メアリー、ここって……」


 ミサギの言葉を完全に黙殺するメアリー。どれだけ進んだだろうか。時折水没している場所を避けて奥へ進めば、そこには広々とした空間に無数の水槽が並べられていた。

 メアリーは佇む。そうして拳を握り締めきつく目を閉じた。その背中が震えている事に気付き、理人はその隣に立ち、そっと手を握り締める。


「ここは?」

「……外来品種、研究機関……」

「ここが……? 話には聞いていたけど……」


 困惑するミサギ。水槽は緑色の液体に満たされているが、薄暗くてなんなのかよくわからない。そこへ歩み寄り硝子についた誇りを拭い去り――そこで理人は漸く驚きに達した。

 水槽の中には人間が入れられていた。人間だけではない。身体が異形となった元人間の姿も数多あった。このずらりと並んだ水槽の全てが、今や価値のない死体の詰め物なのだ。


「そんな……人間に……何をしたんだ?」

「元々ここは……才が使えない閉人に才を付与する為の研究を行なっていた。だけどある時からその目的が変更される。ここに連れてこられる人間は才を使えないだけではなく……この世界の人間ではない人間達になった……」


 話を理解したのか、ミサギはすっかり意気消沈し黙り込んでしまった。メアリーは水槽の一つに歩み寄り、そこに張られている鉄製のネームプレートを見た。


「……彼女は、私の友達よ」

「え?」

「子供の頃、一緒に学校までバスで通ってた。田舎だから殆ど子供もいなくて、だから……仲が良かったわ。家族ぐるみの付き合いでね。時々一緒に星を見にいったの」


 語りえるとメアリーは才を使い水槽を吹き飛ばした。どっと溢れる緑色の液体からはなんとも言えない腐臭がしたが、メアリーはそれを浴びても気にもしない。水と一緒に流れ出してきた遺体へ歩み寄り、抱き上げる。それは最早人間の形をしていなかった。


「――ふっ。ふふふっ。あははははは」


 肩を揺らして笑い出すメアリー。薄暗く広々とした部屋の中にその笑い声だけが不気味に反響する。やがてそれが鳴り止むと、低く、そして憎しみに満ちた雄叫びを上げ。

 右から左へ視界に入る物全て全て全て才を使い吹き飛ばす。穴を穿ち鉄を切り裂き割れ響く絶叫のように才の光が渦巻きながら空間を軋ませる。何もかも、ここに残っていた辛うじて形を残していた何もかも、メアリーはその全てを木っ端微塵に破壊し尽くした。

 あまりにも壮絶な様相に三人とも絶句する。こんなにも人間は悲しい声をあげられるのか。こんなにも恐ろしく、禍々しい力を使えるのか。ただ驚嘆せずには居られなかった。


「…………ごめんね。助けに来るって約束したのに……何もかも、遅かったね……」


 それはもう分かっていた事だ。とっくに分かっていた事だ。この世界が滅びに瀕しているのなら、要はそういう事だ。この研究所がもう機能していないのなら、それはわかる。もうわかりきっていた。なのにどうしても、どうしても、確かめずには居られなかったのだ。


「メアリー……君は……まさか……」


 ごくりと、生唾を飲み干す。そうして少年は疑念を口にした。


「ここに居たのか……? ここに……こんな場所に……」

「……もう十年も前にね。ここにつれてこられたの。それからずーっと、ずうーっと、ここで実験動物以下の扱い……。毎日人が死んだわ。ばたばた死んだ。知り合い同士で殺し合いをさせられた事もあった。私はッ!! 私の人生はッ!! 人間じゃなかったのよ!!」


 振り返り唐突に瞳を輝かせるメアリー。すると呆けていたミサギの身体が派手に空を舞った。水溜りに落ち、口から血を吐き出すミサギ。メアリーは刀を抜いて歩み寄る。


「おいっ、行き成りどうしたんだ!? 何してやがる、止まれ!」


 銃を抜いて構える坂東。それに才を放つが、坂東は対才用の防具をつけている。吹き飛びはせず、突き飛ばされて尻を着く程度であった。


「邪魔をするな……!」


 怒りと憎しみに瞳を見開きながら歩く。そうして倒れているミサギへ刃を突きつけ。


「死ね……」


 その喉元に刃を刺す……その直前に理人が背後からメアリーを羽交い絞めにした。


「待てメアリー! 落ち着け!!」

「邪魔を……するなぁああああ!!」


 肘で理人の脇を打ち、よろけた所を振り返りながら回し蹴りで吹っ飛ばす。更に続けて才を連打。泥水が何度も水柱を上げ、理人の身体をぐちゃぐちゃに粉砕した。そこまでして漸くはっとした様子で腕を下ろすメアリー。坂東が喚きながら救世主へ駆け寄る。


「ふざけんじゃねえぞてめえ!! 救世主が死んだら俺達は終わりなんだぞ!? てめえが何をしたのかわかってんのか、メアリー!!」

「僕なら大丈夫だよ、坂東さん。これくらいの傷、なんともない」


 だが起き上がった理人は既に元通りであった。そして駆け寄る坂東を制止。自らは真剣な表情のままメアリーへと歩み寄り、徐にその頬をひっぱたいた。

 乾いた音が響いた。メアリーは呆然としながら叩かれた頬に手をあて何度か上下させる。


「彼女は人質で大事な情報源だ。それを殺すなんて在り得ない。それに僕が死ねば君の目的も一切果たせないんじゃないのか? そんなんでいいのか、君は?」

「そ……れは……」

「感情的になるのもわかる。だけど目的を見失うな。そんな未熟な心のままで何かを成せるものかよ。結局彼らを救えなかったのも、今こうして無様に暴れまわっているのも、君が未熟だったからだってなんでわからないんだ」


 ぐさりと胸に突き刺さる言葉。メアリーは目を見開いたまま震え、がちがちと歯を鳴らす。


「力が足りないなら他人を利用しろ。君は……なんでも一人でやろうとしすぎだ」


 メアリーの頬を撫で、それから強く抱き締める理人。少女は暫く呆然と虚空を見つめていたが、やがて瞳に光が戻り、ぼろぼろと涙が零れてくる。


「一人で背負わなくていいんだ。だからもう……そんなに苦しまないで」


 掌から刀が零れ落ちる。素早く坂東はそれを回収、気絶しているミサギを抱きかかえて部屋から飛び出した。視界の端で理人はそれを確認、一息ついてメアリーの背中を撫でる。


「いいんだよ、もう……君は一人じゃないんだから……」


 メアリーの身体から力が抜け、体重が掛かってくる。理人はそれを冷静に感じながら、泣きじゃくる少女を暫くあやし続けていた。




 地下施設に流れ込んでいる地下水はがまだ綺麗なまま残っている場所があった。陥没した通路に溜まっている濁りのない水で身体を洗い、坂東はミサギの傷の手当をする。


「ったく、ひでえ事しやがる。なんなんだあのクソ女は……」


 こんな場所なのでその水が大丈夫な水なのかもわからなかったが、そんな事を言い出したら異世界という環境全てがそうだと割り切り治療を続ける。そうしている間に理人とメアリーもざっと汚れた水を洗い流し、松明の傍で話をしていた。


「ここにつれてこられたのはまだ六歳くらいの頃だったわ。私はアメリカに住んでいたんだけど……ある日行き成りこの世界の人間に拉致されたの。十二年くらい前の事ね。当時この世界にはまだまともな社会があったわ。まともと言っても、一部の権力者が民衆を支配する世の中だったけど……。私たちが連れてこられたのは、ユラサの一族……クエンの父親が作った研究所だった……」


 その当時クエンはまだ幼い少女であった。だが既に救世主としての力には覚醒しており、大人の才人で構築された軍勢を薙ぎ払う程の力を持っていた。

 クエンはその頃、自分自身が使っているのが救世主の力だという事を知らなかった。クエンの父がそれを伏せていたのだ。

 天使牧者は通常、まずその世界の責任者……或いは最高権力者に自身の存在、そして救世主同士の戦いが訪れる事を話す。この理由は様々だが、ともあれデルタ4の場合は合衆国大統領に、そしてこのゼータ1ではユラサの王に話が通ったわけだ。

 ユラサの王は異世界を滅ぼすために齎された神の力を自らの私利私欲の為に使う事を決める。それは勿論最終的には世界を一つにまとめ、屈強な軍事力を持つ世界を作り、この世界を守る事も見通しの中にはあったが、即物的な効果としては要するに救世主の力の悪用である。娘であり姫であるクエンを使い、あらゆる敵対勢力を叩き潰していった。

 同時に王は異世界へも興味を持ち始める。こちらの世界に天使が接触したという事は、向こうの世界も同じになっているはずという天使ケルビナの言葉が気懸かりだったのだ。

 実は異世界との小競り合いは今に始まったことではない。以前から米国とユラサ区の間には接触があった。だが両者共にその頃は異世界と戦争をするような準備が出来ていなかった事もあり、本格的な戦闘に発展することはなかった。そうしている間にゼータ1の王はデルタ4の人間を拉致し、その性質を研究するという計画を打ち立てた。


「それで拉致されたのが君の村の人達……?」

「他にもいたと思うけど……。それから私達はずっと研究所に閉じ込められて……何人かの子供に、才を開花させる手術が施されたの。私はその中で唯一の成功体だった」


 何度も手術は行なわれた。毎日続く薬物投与と訓練の日々。身体はぼろぼろになり心も擦り切れ、やがて何も考えられなくなった。自分が何と戦わされているのか、何を殺しているのか……何の為に生きているのか。考えれば考えるだけ辛いという事を本能で理解し、少女はすっかり自らの感情や思考といった類のものを投げ捨ててしまっていた。


「そんな日々が続いたある日、私はここから連れ出された。私を外に出してくれたのがクエンとヘイゼルだった。クエンは自らの兄を殺し王位を奪い取ると、そのままこの世界を変えるための革命を始めた。私はそれに従う兵器としてスポットがあたったの」


 それからはずっと戦争だ。戦争戦争……戦争の日々。敵を殺し。クエンを守る。それだけ。何も考えていなかった。恐ろしい事に薬物投与が続く間、メアリーは研究所に残してきた家族や友達の事もすっかり忘れてしまっていた。

 そんなメアリーを解放したのもやはりクエンであった。クエンは薬物投与を止めるようにヘイゼルに言った。そうしてやっと人間らしい思考を許されたメアリーは、クエンやヘイゼル、ミサギと言った革命軍の仲間達とコミュニケーションをとるようになった。


「私達は戦ったわ。戦って戦って……世界をまっ平にするまでね。その頃クエンは異世界との戦争に備える為に偵察隊を出す事にしたの。私はその隊長に選ばれる事になった」


 元々高い戦闘力を持っていたメアリーは異世界人でありながら革命軍の高い立場に居た。そんな彼女は大命を授かり、部下を率いて異世界へ……かつての自らの故郷へと旅立ったのだ。そしてそこで仲間を一人残らず殺し、自らは行方をくらませた。


「私は復讐を誓った。この世界にね。それからエスノ機関にスカウトされて日本に潜伏してあなたを監視していた。あなたの傍に居れば必ず戦いが起こると思ったから……」


 理人は何も言わずに話を聞き続けていた。しかしメアリーが話したい事を殆ど話したと思えた頃合を見計らい、質問を投げかける。


「君がどうして戦うのかはわかった。この世界を憎む理由もね。でもだったら尚のこと冷静にならないといけない。君の願いを叶える為にね」


 不思議そうな顔で理人を見つめるメアリー。少年は座ったまま微笑む。


「復讐なんてやめろ……とは言わない。何が正しいとか何が間違いだとか、そんな事は些細なことだ。殺したければ殺せばいい。だけど、感情に引き摺られて目的を達成出来なければそれはただのバカだ。君にはバカになってほしくない」

「……ごめんなさい」

「わかってくれればいいんだ。だけどねメアリー、この戦いが終わったら君はどうするつもりなの? ただ復讐する事だけを考えている君は、戦争に勝利したら?」

「…………終わった……ら……?」


 まるで言われるまで考えた事もなかったといわんばかりに目を丸くする。そうして膝を抱え、力なく首を横に振った。


「わからない……何も……」

「まだ考えられないか……よし」


 立ち上がり振り返る。少年はそっと少女へ手を差し伸べた。


「なら、まずは目的を果たそう。君の復讐を終わらせてみよう。目の前にある事が大きすぎて先が見えないのなら、超えてしまえばいい。たったそれだけの事さ」


 顔を上げ立ち上がるメアリー。そうしておずおずと理人の手を取る。理人はその手をしっかりと握り返し、空いている手を重ねた。


「――勝とう、メアリー」

「…………うん」


 はにかんだように笑い頷く。そこへ坂東が咳払いをしながら近づく。


「あのなあ……話がなげえんだよ」

「ああ、ごめんなさい。ミサギの様子は?」

「ここじゃわからん。衛生環境も最悪だしな。とにかく出るぞ。いつ崩れるかも怪しい」


ミサギを背負う坂東。こうして一行は研究所を後にする。

 来た道を引き返し外に出たところで全員の足が止まった。そこには長い髪を靡かせながら立つクエンの姿があったのだ。咄嗟に銃を抜こうとして慌てる坂東を片手で制し、理人はゆっくりとクエンへと歩み寄る。


「この街を壊したのは君なの?」

「その通りです」

「君は幼い頃に救世主として覚醒した。だけどその力がなんなのか知らなかった」

「……ええ。だから……」

「救世主の力を多用し、この世界を滅ぼした。物理的にも……そして救世主の力の代償としても。だからこの世界は二重の意味で立ち直れない。滅びを避けられない運命にある」


 救世主の力の代価は世界の因果だ。寿命、限界だ。それを際限なくクエンは使ってしまった。それは彼女の罪ではなくそれを隠した者の罪ではあるが、既に責められるべき者は死に、残されているのは咎に苦しむ世界の搾りカスだけだ。


「わたくしが、このクエン・ユラサが……この世界の滅びそのものです。わたくしの願いは、わたくしの思い描いた理想は、悉く自らの手で砕かれてしまった――」


 寂しげに微笑み、そして滅んだ街を見つめる。音もなく、風に心を裂かれながら。


「世界とは何なのでしょう? 命とは……人生とは……存在とは……。同じ救世主である貴方様ならば理解してもらえるでしょうか。この虚しさと、根深い怨嗟を……」


 理人は何も答えなかった。ただ振り返り坂東からミサギを受け取ると、抱き抱えたままクエンの傍らに立つ。


「彼女は返すよ。手違いで傷つけてしまったけど、手当てすれば間に合うと思う」

「おい、理人!?」

「いいんだ。この世界はもう死んでいる。人質を取る必要性もない」

「おめーさっきと言ってる事が違うじゃねえか!?」

「全ては言葉のあやですよ。僕にいちいちまともに反応しない事です」


 理人は冗談交じりに笑ったが、これは先ほどメアリーの話を聞いて確信に至った事だ。この世界はもう、ほうっておいても勝手に滅ぶほどに疲弊しているのだと。


「どうしても、話し合いでは解決出来ないのですね」

「君が自分の力を使いたがらない理由も、戦わないで事を済ませたいという気持ちの意味もわかった。だけどそれでも、僕らはどうしても戦いを避けられない運命にある」


 悲しげなクエンを残し理人はゲートへと向かう。二人の救世主は背を向けたまま。決して同じ道を歩むことはないのだと、その時二人は確かに感じていた。


「帰るよメアリー、坂東さん。もう十分だ」


 頭をがしがしと掻き、舌打ちしながら歩き出す坂東。メアリーは擦れ違い様にクエンを一瞥し、強い決意を胸に去っていく。少女はもう、振り返らなかった。

 残されたクエンはミサギを抱き抱える。そうして何の挙動もなく唐突に才の力を発動した。対象はこの地下に数百メートル規模で存在する研究施設、その全て。地盤ごと粉砕し、完全に消滅させてしまった。

 次の瞬間大地が陥没、亀裂を走らせる。それは街全体を飲み込んで行く。廃墟でしかなかった町が廃墟以下に朽ち果てて行くのを見届けもせず、クエンはその場から姿を消した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ