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救世のパラノイア  作者: 神宮寺飛鳥
モーメント・オブ・リヴァレーション
7/13

2-3

 悪寒に身震いしつつ瞼を開くものの、眼前に広がる照明の明るさにすぐそれを閉じた。

 周りには何人もの大人が立っていて、手術台の上の自分を取り囲むようにして覗き込む。両手両足は何か頑丈な物で固定されており、いくら足掻いても逃れる事は出来なかった。

 わけのわからない、理解する事の出来ない言葉が聞こえる。白い服の大人達が話す言葉は決して英語ではなかった。否……本来ある筈の無い、存在し得ない言語である。それは少女にとって呪文のようであり、意味不明であると言う事が深い恐怖を煽っていた。

 ここから帰りたい。家族に会いたい。随分とお腹が減っているし、寝ているような起きているような、頭がぼんやりしている。身体が動かないのは拘束具のせいなのだろうか? それとも既にこの肉体の所有権は、見ず知らずの誰かに移ってしまったのか……。

 耳障りなノイズに囲まれているうちに徐々に意識がはっきりしてくる。そうだ、ここにいてはいけない。逃げ出さなければ……そんな風に考えることが出来る様になったばかりなのに、また大人の一人が注射器を取り出す。

 毒々しい色の液体が注ぎ込まれ、針が近づいてくる。恐怖のあまり絶叫したいのに舌は縺れ喉はひゅうひゅうと空気を鳴らすだけだ。僅かに動く首を振っていやいやと逃れようとしてみても、そんな願いが叶うような奇跡、起きる筈もなかった。

 あの注射を刺されると何もわからなくなってしまう。頭の中がぐちゃぐちゃにとろけて、思考らしい思考が全て吹っ飛んでしまうのだ。自我を消された肉体は彼らの思うがままに動き、自分の意思とは無関係に動き、そして……。

 針が腕に突き刺された瞬間、少女は目を見開いて恐怖に喘いだ。だが言葉には出来なかったし身動きも取れない。ただただ心が張り裂けんばかりのおぞましさに身を委ね――。


「――――あああっ! あううっ、ううっ!」


 飛び起きると同時に腕を振り回し喘いだ。目が覚めた。今度こそ本当に……夢の中ではなく目が覚めたのだ。暗澹とした闇の中から自我を取り返したメアリー・ホワイトが真っ先に行なったのは、目の前にいた人物を殺しに掛かる事であった。

 幸い何も考えずとも身体は勝手に動いた。ベッドに腰掛けていた彼を突き飛ばし追撃、傍らに置いてあった剣を取り、馬乗りになって胸に突き刺す――その一連の動作をメアリーは無意識に行う事が出来た。故に少女は刃がざっくりと少年の身体に突き刺さった所で、ようやく本当の意味で目を覚ましたのである。


「お……おはよう、メアリー……」


 目を見開ききょとんとする少女。目の前には何故か剣を胸に刺され血を流している秋月理人の姿があった。慌てて剣を引き抜いて後退、ベッドにすとんと腰を下ろした。

 理人は一瞬で傷を再生するが、床に零れた血までは消えない。しかもこの部屋には掃除道具なんてありもしない。故に困ったように笑いつつ少年はメアリーを見た。


「おはようメアリー。大丈夫?」


 二度目の言葉でメアリーはようやく剣を掌から零した。カランと音を立て転がる血染めの刃……そのまま少女は俯き、両手で顔を覆って項垂れた。


「ごめんなさい……」

「あ、うん。どうせ死なないからいいよ。部屋が一瞬で汚れちゃったのは申し訳ないけど」


 そこはエスノ機関にあるメアリーの自室であった。といっても作りは理人の部屋と全く同じであり、一切の生活道具が持ち込まれていない。ただ鉄の扉で仕切られたベッドのある個室といった有様である。


「君がいきなりガクガクし始めた時はどうしようかと思ったよ。エヴァ先生がわけのわからない薬品を打ち込んだ時もね。身体、大丈夫?」

「……どうしてここに?」


 質問には応じず質問を返す。理人は当たり前のように答えた。


「女の子が倒れたんだよ? 付き添うのは当たり前でしょ?」

「エヴァは止めなかったの?」

「あ、なんかみんなに止められたよ。でもあの人たち君とベッドの上に拘束しておくべきだとかいうから、あんまりなんで僕が面倒見ますって攫ってきたんだ。さっきやっと彼らが危険だって言っていた意味がわかったところ」


 無邪気に笑う理人。薬の効果なのか、メアリーの身体はまだ順当には動かなかった。先程の咄嗟の動きは火事場の馬鹿力だったのか、身体はだるく全身に重石が入っているかのようだ。


「まだ寝てていいよ。色々準備してくるから、大人しく待ってて」


 返事も待たずに少年は部屋を後にした。どちらにせよそれを追いかけるのも億劫だったので、言われた通りベッドに横になり目を閉じて待つ事にした。

 数十分後、慌てた様子で理人が戻って来た。まず持って来たのは食事が乗ったトレイで、卵を入れたおかゆと水が乗っている。もう片方の手にはバケツとタオルが幾つか下がっていた。


「何か食べられる? 水だけでも飲んだ方がいいよ、すごい魘されようだったから。あと部屋はちゃんと掃除しとくから安心して。自分でぶちまけた物くらいは自分で拭くよ」


 そう言ってせっせと掃除を始める理人。メアリーには心底、目の前の少年が意味不明に思えてならなかった。

 あんなにも残酷な表情をしたと思えば、同じ笑顔で笑いかけてくる。今の彼はまるで歳相応の少年のように見えるのに、敵を前にした時はまるで別人のように……。

 だがもう、そんな事を考えるのも面倒だった。とにかくだるいのだ。今は少しでも身体を休めたいというのが本音で、理人の事を考えるのはすっかり後回しにした。


「ふう、綺麗になった! やっぱり部屋は綺麗なのが一番だよね! この部屋はちょっと殺風景過ぎるかな。花でも買ってこようか」


 袖を捲くり雑巾を片手に爽やかに笑う理人。それからおかゆの入った茶碗を手に取り、レンゲを持ってベッドに腰掛けた。


「お腹空いてない? 食べさせてあげようか?」


 寝そべったまま腹に手を当てるメアリー。確かに……腹は減っている。疲れているというのもあるが、実は才を使うと結構腹が減るのだ。


「空いてる……けど、自分で食べられる……」

「食べさせてあげるよ。身体起こせる?」


 理人に支えられながら身体を起こすメアリー。理人は笑顔でレンゲを差し出してくる。


「ふー、ふー……はい、どうぞ」

「え、いや……だから……」

「どうぞ♪」


 困惑しつつも口を開けるメアリー。いざ食べてみると理人の作ったおかゆは絶品と言って差し支えの無いもので、自分が出した食事を恥ずかしく思う程であった。


「……お……おいしい!?」

「食堂の設備が良かったからね。もっと食べる?」


 こくこくと頷くメアリー。そうして何度も理人の差し出すレンゲに齧りつき、自らの空腹と疲労をはっきりと自覚した頃。なんだか急に泣けてきて、その頬を涙の雫が伝った。


「おいひい……おいひい……」

「え!? な、泣くほど!? えーと、水飲む……?」


 頷くメアリー。こうして人心地ついた後再びベッドに寝そべる。先程までとはどうにも満足度というか、幸福感が段違いであった。


「他人の作ったごはんを食べるのなんて久しぶり。凄く久しぶりで……なんだか切なくなっちゃった。誰かに優しくしてもらったのも……何年ぶりかわからないわ」


 人間らしい表情など浮かべることがなかったメアリーだが、この瞬間だけは歳相応に笑って見せた。だがそれも一瞬の事、またすぐにいつもの冷えた能面に戻ってしまう。


「優しくされた事がないって……君はそんなに寂しい子だったのか」

「一度も無いとは言ってないわ。私にだって優しくしてくれる人の一人や二人居た……でももう皆いなくなってしまった。全て捨ててしまったから……仕方ない事なのよ」

「それは、|向こうの世界(ゼータ1)の人たちと知り合いなのと関係がある?」


視線だけで理人を捉えるメアリー。瞼を閉じ、額に腕を乗せて息を吐く。


「その事は……あまり思い出したくないの。思い出すと頭がおかしくなりそうで……怖い」

「じゃあ、グラウンドで倒れたのとも関係があるんだね」


 眼を瞑ったまま黙り込むメアリー。その空いていた右手に理人は自らの手を重ねる。


「もしよかったら教えてくれないかな? 知りたいんだ、君の事……もっと深く」

「どうして?」

「悲しそうな顔をしている女の子がいたら助けたいと思うのは男として当然だと思わない? それに……僕達はパートナーじゃないか。事情を知らなければ、君をこれから守れない」

「パートナー……?」


 理人を見つめるメアリー。パートナー、そんな言葉は頭の片隅にすら置いていなかった。メアリーにとって理人は……救世主という存在は、ただ目的を達成する為の道具に過ぎなかった。

 別にそれは理人に限ったことではない。エスノ機関も、この世界そのものも既にメアリーにとっては興味の対象外であった。たった一つ胸の中に立てた誓いを守る為、存在意義を果たす為……その全てを利用し尽し、踏み躙って弄りつくすつもりだったのに。


「パートナー……懐かしくて暖かい響き」


 自分の事をそう呼んでくれた人も過去にはいた。だがそれを全て裏切って今に至ったのだから、感傷に浸ることすら全てへの侮辱でしかない。


「ごめんなさい。教えるつもりはないわ。自分の事を話すのは嫌いなの」

「……そっか。無理に聞いてごめん。無神経だったね」


 そんな風に申し訳無さそうにされてしまうとどうにもばつが悪い。寝返りをうちながら逃れるようにメアリーは理人と重なった手を振り払った。


「……僕はそろそろ行くよ。ゆっくり休んでね、メアリー」


 立ち去る理人が照明のスイッチを押し、自動ドアを潜っていなくなる。それを目を瞑ったまま音だけで確認し、メアリーは身体を小さく丸めるようにして毛布に包まった。




メアリーの部屋を出た理人は少し廊下を進んだ所でトレイターと遭遇した。というよりトレイターは暫く前からそこで待っていた様子で、理人を捉えると悠々と近づいてくる。


「よぉブラザー。パツキンのねーちゃんと少しはイチャイチャできたかい?」

「いまいちかな。それより君が持ってるのって……」

「ああ、お前さんのケータイだよ。桂が返しておけってな。こういう小間使いは坂東の役目なんだが、あの馬鹿一発目の仕事でぶっ倒れやがったからな」


 ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら携帯電話を投げ渡す。それを受け取り理人は電源を立ち上げる。メーラーには友人達から何十通とメールが届いていた。


「ああ、僕は行方不明扱いになってるのか……後で返信しておかないとな」

「いわずもがなだが、救世主については伏せろよ。エスノ機関についてもだ」

「わかってるよ。とりあえずケータイありがとう」

「あー、ちょいちょい。ちょい待ち! お前さぁ……少しは俺に興味持てよ」


 挨拶して通り過ぎようとする理人に先回りしてトレイターが笑う。道を塞がれては仕方が無いといわんばかりに足を止め、理人は腕を組んだ。


「興味っていうと?」

「お前さぁ、マジで全然質問とかしてこねぇのな。うろたえたり驚く気配もねーしよ。普通はもっとどうして僕が~とか、殺し合いなんて嫌だ~とか、みっともなく泣いたり喚いたりするところだろ? これじゃ俺様としても張り合いがなくて面白くねーわけよ」

「うーん、そうなのか。じゃあどうしたらいいの?」

「とりあえず何でもいいから質問してみろよ。気になってる事は山ほどあんだろ?」


 質問を促す事も、それ以前にじゃあどうしたらいいの? というのもおかしいような気がしたが、いちいちツッコんでいると話が進まない。トレイターはこの世界に降り立って初めて人間に気を使うという行為に及んだ。


「質問か……じゃあ一つだけ」

「おう。一つと言わず二つでも三つでもしなぁ。天使が愛を以って答えちゃるぜ」

「救世主は選ばれるものなの? それとも――最初から決まっているものなの?」


 ぴたりと、トレイターの笑みが止んだ。それは理人の質問がずばりと的を射たものであったからだ。その一言の問い掛けから、少年の考えが透けて見えたからだ。


「救世主になる人間は最初から決まっている。選定する……というか、その資質を覚醒させるのは天使の役目だが、救世主は途中からランダムに選ばれるものではなく、世界固有に決まっているものだ。お前は俺がスイッチをONにしただけで、元々救世主に間違いなかった」

「そっか。だから……か。道理で……だね。納得したよ、うん」


 口元に手を当てながら微笑む理人。その表情はどこか悲しげで、寂しげで、まるでどうしようもなく絶望的な事実を突きつけられたかのようだ。しかし直ぐに納得し……否、諦めて受け入れ。口元を歪めながら目を細めた。


「ああ、この世界は……クソ以下だね。なんて無価値で、無感動で……非生産的なんだ」

「まるで救世主になりたくなかったみたいなセリフだな?」

「なりたかったわけないだろ、こんな……こんな……」


 そこから先の言葉はなかった。少年は俯いた顔を挙げ、二つ目の質問に移る。


「お言葉に甘えてもっと質問していいかな。トレイター、この世界と……それから天使と神について教えて欲しい。君たちは……この世界はどういう仕組みになってるんだ?」

「おうおう、人が変わったみてぇにいい食いつきっぷりじゃねえか。いいぜぇ、教えてやる。つーかこの説明は開始直後くらいにしておくべきだったような気もするぜ」


 咳払いを一つ。それから少女は壁に背を預け語りだした。


「“世界”は無数にある。この世界は俺達の言葉で“デルタ4”という。デルタ系世界群、その中の四番目の世界という事だ。“世界群”というのは同じ“滅びの因果”を持つ、大まかに同等の文明が栄えている世界達の事を言う。その世界群という括りだけで言えば、お前達のこの世界は“第四世界”と言う事になる」


 語りながら眉を潜めるトレイター。それから何の動作もなく虚空からすとんと手の中にノートとペンを取り出し、更にすとんとその場に椅子と机を出して腰掛けた。そうして紙に大きな円を書き、続けてその中に無数の円を書く。その一つに第四と記入した。


「まず俺達天使はこの世界群の中から最も“運命値”が高い世界を選定する。運命値ってのは、要するに世界の寿命っつーか、可能性っつーか、まあそういう概念的なものだ。デルタ群の中ではこの第四世界が最も運命値が高かった。なんで、他の世界は収穫しちまって、この世界にちょっぴり運命値を足してる。まあ統合したと思ってくれていーぜ」

「収穫って?」

「それは後で話す。まあとにかくデルタ世界はこの第四世界以外全部消えたって事だ。わかるか? 消すのは結構簡単なんだ。マジで一瞬。瞬きする間もなく、何百兆って命が消えちまうんだ。はかないよな、世界ってよ」


 第四と書かれた物以外、全ての円をトレイターは消した。大きな輪の中に第四の世界だけが残っている。トレイターは新たに別の紙を取り出し、そこにも同じ手順で大きな輪の中に小さな輪を無数に書き込み、その一つに第一と記入する。


「お前らの今の対戦相手、ゼータ1も同じ理屈だ。ゼータ世界群の第一世界ってこと。それ以外は全部消した。で、ゼータ世界群は第一だけが残った。ここまですっかり淘汰したら、次はどこを綺麗に統合すべきだと思う?」

「…………この、二枚の紙?」

「そういう事だ。ゼータの統合世界であるゼータ1と、デルタの統合世界であるデルタ4。それを争わせ勝利した方が生き残り、敗北した方は収穫される。そんだけの事だ」


 トレイターが二枚の紙をくしゃくしゃに丸めて放り投げると、宙から新品の紙がひらひらと舞い降りてきた。そこには新世界という文字が記されている。


「さて、ここで天使と神についてだ。収穫って言葉もここで説明する。まず天使っつーのは、実際には神と同一の存在だ。神っつーのはお前らの世界の概念で言うそれとは少し違う。全ての世界群を統括運営している管理者の事だ。っていっても一人ってわけじゃねぇ。いや一人でもある。神という存在は非常に概念的でな。形も基本的には持たない。造物主という意味で神という言葉を俺は使ったが、別にそう神々しい存在でもない。なぜなら神は世界を運営し、世界を収穫し、それを食らう事で生存しているだけの、ただ生きているだけの存在だからだ」


 新たな紙を取り出す。そしてその一番上に神という円を描く。そこから枝分かれするように世界と書かれた沢山の輪を作って行く。


「この世界ってのはさっきまで説明してた“世界群”の事だ。神は世界群を運営する存在……即ち飼育している存在だ。なぜ飼育しているか。それは太らせて食う為だ。神は世界をゼロから構築し、そこに知的生命体を住まわせ、世界そのものを自発的に進化させる。そして進化した世界を収穫……丸呑みにして生き長らえる。そういう生き物なんだ」

「……スケールがむちゃくちゃだ」

「だが事実だしシンプルだろ? 全ての世界は最終的に神に収穫されて食われる為にあるんだ。つっても神にしてみれば自分が種蒔いて育てたものなんだから、食うのに文句言われる筋合いはねえだろうな。だが世界という果実はほっといたら傷んでしまったりする事もある。そういう風にならないよう、世界に直接干渉する為に神が自らの一部を切り離し、意図的に次元を一つ落とした存在……それが天使だ」


 神という円から線を引き、それをそれぞれの世界へと伸ばす。そこに天使という文字を書き加え、トレイターは満足気に笑った。


「天使は神の一部だ。神は神のままでは一つ下の次元にある世界群……まあ世界群が更に密集したものを便宜上“世界樹”とでも呼ぶか。この世界樹に干渉出来ない。だから天使という手足を作り、そいつらにたまに世界を動かさせる。滅びから守ったり、より上等な進化を促すためにな。天使っつっても色々な種類がいるが、俺らみたいな収穫専用の連中は天使牧者と呼ばれる。熟した世界が腐りきって滅びる前に収穫し、神に届けるのが仕事ってわけだ」


 長話にきりがついたからか、トレイターは小さく息を吐いた。そうしてふわりと舞い上がり、指を鳴らすと同時に全ての道具を片付けた。


「世界は滅びる前に収穫する決まりなの?」

「ああ。滅びると食えん。要は腐っちまうんだ。だが世界って奴は不思議なもんでなぁ、必ず滅びの因果を孕んで生まれちまうんだ。それは神にもどうにもならん。だから俺達牧者が世界を刈り取って献上するのさ。この話を聞いた奴は俺達を死神なんて呼ぶ事もある」

「それはわかったけど、どうしてこの世界……デルタ第四世界と、向こうの世界……ゼータ第一世界と争わせるんだ? どっちか滅んでしまうんだろう?」

「争わせる理由については心当たりがあんだろ? こっから先は自分で考えてみな。んで少し思い違いをしてると思うので訂正するが、別に敗北した世界が自動消滅するわけじゃねえ。その時点で“収穫”されんだ。神に食われるからなくなる、そういう事。オーケェ?」


 肩を竦め笑うトレイター。それからご機嫌な様子で身体を大きく伸ばす。


「んー、久々に仕事したぜぇ! ぶっちゃけ見てるだけって暇でよぉ、もっと積極的に関わりたいんだが……必要以上に自分の担当世界に肩入れするのは禁止されてんだよなぁ」

「じゃあトレイターに助けを求めたりしてもダメって事だね」

「そゆこと♪ 色々ルールとかあってね、天使も世知辛いもんだぜぇ? ただまあ、逸脱しすぎない程度には色々教えてやるよ。俺もそれなりにこの世界に愛着があるんでね」


 それから理人へと歩み寄り、優しい声色で手を差し伸べた。


「ま、せいぜいよろしく頼むぜ? パートナーさんよ」

「あ。君……僕とメアリーの会話盗み聞きしたな?」

「うひゃひゃ! まあそう怒るなよ、仕様だ。俺はこの世界で起きる全ての出来事を知覚できるんだ。それはそれで辛いんだぜ? 見たくもねぇオッサンがクソしてるところとかも記録しちまうからな。おー、やだやだ……人間ってのは醜いもんだねぇ」


 楽しげに笑いながらすっと壁の中に消えて行くトレイター。彼……或いは彼女はどこにでもいるし、どこにもいない。少なくともこの世界という括りの中では、あらゆる意味で自由だ。


「神……天使、か」


 一人取り残されて呟いてみる。だがその言葉に現実味はなかった。あまりにも話の規模が大きすぎたのだ。故に理人は深く考えなかった。それよりもっと気懸かりな事があったのだ。

 先ほどまでとあまり変わらず、しかし確かに少しだけ落ち込んだ様子の理人。少年はとぼとぼと肩を落としたまま、ゆっくりと薄暗い廊下を歩いていった。

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