表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救世のパラノイア  作者: 神宮寺飛鳥
モーメント・オブ・リヴァレーション
6/13

2-2

 状況が動いたのは深夜零時を迎えようとした頃であった。

 クエンら襲撃者たちは会談の場を設けるように要求するも、エスノ機関はこれに沈黙を守り続けていた。そもそもこちら側の世界にとって、異世界という存在は一般的ではない。今回の襲撃も報道の上ではテロリストの仕業であるとされていた。

 幸いこの国においてテロリズムはそれほど珍しい事ではない。軍事力の集積された東京でというのはレアケースだと言えるが、テロリストの行動など突飛もなくて当然とも言える。結果、国民達はこの事件をさほど異質な物には感じていなかった。なんの説明も受けず当たり前に日常を謳歌してきた人々にとって、異世界の襲撃などと言う言葉はまず思いつかないだろう。


「……漸く救世主のお出ましか」


 教室の窓から校庭を見つめるヘイゼル。自衛隊の照明車両が照らし出すグラウンドには三方向に影を伸ばした理人のシルエットが見える。その隣に付き添っているのはメアリー……それに気付きヘイゼルは僅かに表情を顰めた。

 理由は二つ。メアリーは敵に回したくない程の戦闘力を持っているという事。そして何よりも――そう。彼女はクエンとは親しい仲であったという事である。


「ヘイゼル、わたくしが直に交渉します。貴方には付き人を命じます。ミサギは他の兵と共に待機……わたくしが指示を出すまで決して動く事は許しません。いいですね?」


 頷くミサギ。そしてクエンはヘイゼルと二人で悠々と校庭に躍り出る。

 ゆっくりと近づく二組の影。理人、メアリー共に服装をエスノ機関の制服に着替え、腰からは祓と呼ばれる刀を装備しているのがわかる。それはエスノ機関を襲撃した兵士の死体から奪い取った物だ。


「ここにお見えになったのは会談に応じる為である……そう理解しても宜しいですか?」

「そういう事になる……のかな? お互いの要求次第じゃないかな、それは」


 クエンの言葉にニッコリと微笑む理人。クエンは目を瞑り、改めて視線を横へ移す。


「見間違い……そう思いたかったのですが。やはり貴女でしたか、メアリー」


 メアリーは何も答えない。ただ静かにクエンを見つめている。


「何故です? 貴女とわたくしは確かに友情を結んだ仲であったと……そう考えていたのはわたくしだけなのですか? メアリー・ホワイト……死んだと思っていたのに……」


 目を瞑るメアリー。そうして腕を組み、口元を僅かに歪める。


「友情、ね……」


 普段表情のないメアリーだからこそだろう。その胸の内から湧き出すどす黒い感情は第三者にありありと敵意を見せつける。何を考えているのかは相変わらずわからなかったが、ただ清清しい程に彼女は全てを裏切っている。友情だなんて言葉は既にここに介在しないのだ。


「メアリー、クエン達と知り合いだったの?」

「……今は関係のない事。それより……」

「ああ、そうだね。クエン、人質を開放してくれ。僕のクラスメイトはまだ無事かい?」

「幸いな事に全員大人しくしてくれていますからね。危害は加えていません。ですがただ開放するというのは不可能です。こちらの要求も一つは呑んでいただかなければ」


 そして少女は穏やかな表情で両腕を左右に広げる。


「話し合いましょう、理人様。今度こそ、お互いが滅びを避ける為の道を」


 この期に及んでそんな事を言うクエンに最早ヘイゼルは何も言う事はなかった。なぜならば……そんな彼女の願いが叶う事はないだろうと、そう悟っていたから。


「それは不可能だよクエン。僕たちはお互いに分かり合えない立場にある」

「何故です? 仮にそうであったとしても、結論は言葉を尽くした果てに出すべき物。今の我々にはまだ多くの可能性が残されているのですよ。やりもせずに不可能とは……」

「君の言う話し合いっていうのは、要するに自分達が負けそうだと思っているから何とか見逃してくださいと言っているようにしか思えないんだよ。あのね、僕は君に勝てるよクエン。その確信がある。だから君の話し合いという名の言い訳に耳を貸す必要はないんだ」


 目を丸くするクエン。それは……確かにそうだ。もしも確実に理人が勝利を収められるのであればそういう話になる。だが、この救世主同士の戦いにおいて絶対などあるものか。


「失礼ながら理人様。貴方様は救世主同士の戦いという物を甘く考えすぎです。戦争に絶対等在り得ません。それが救世主という未曾有の規模であれば尚の事です」

「いや、それはないんだよ。僕は必ず勝つ。そして君は必ず負けるんだ」

「その根拠はどこにあるというのです? 数時間前まで力の使い道も知らなかった貴方が」

「うん。でももう大体わかったから、負ける要素がないんだよクエン。僕は君に絶対に勝てる。戦争の結果は僕の総取りになる。だから交渉の余地は無いんだ」


 たじろぐクエン。目の前の笑顔の少年は一体何を言っているのだろうか?

 こんなにもわけのわからない状況に、確定と呼べる事柄が何一つ見つからない状況に、なんの前触れも無く突き通された少年がなんて事を口走っているのか。

 狂気――確かにその言葉がぴたりと似合う。だがそうではないのだ。理人の目は明らかに正気だ。理性を感じる。彼は理性的な判断に基づいて結論を出している、そんな気がしてならない。それがどんなに狂っているように感じられても――少なくとも、彼にとっては。


「でも……そうだね。交渉の余地はないと言ったけど、君達の世界を滅ぼしてしまうのは確かに惜しい。ウルズ鉄鋼だっけ? この剣に使われている鉱石はこっちの世界にはないものだからね。多分そういう貴重な物が他にも沢山あるんだろうし……滅ぼす前にそれは出来れば奪っておきたい。それに才を使える人間……才人も捕まえておきたいね」


 驚愕したのはクエンだけではない。ヘイズルも、そして身内であるメアリーもだ。なぜならばそんな事、エスノ機関側も理人に話していない事である。相手の世界をどうするかなんて事、まだ何も決まっていない。故にそれは純粋に理人の考えなのだ。だが……。


「我々を奴隷に貶め、財知を略奪すると……?」

「その代わり全員は殺さない。優秀な人間はこっちの世界に移住させてあげる。クエンは殺さないといけないから無理だけど、君にも助けたい人はいるでしょ?」


 くらりと眩暈がしたのを確かに感じた。クエンは拳を握り締め、視線をそらす。


「どうしたのクエン? これって君が考えてた事でしょう?」


 理人の言葉の通りだ。それは――要するにクエンの考えていた妥協案と同じ。ただどちらが勝利世界なのかという前提条件が入れ違っているだけの事だ。

 その事にはもう気付いていたはずなのに。自分の言葉がどれだけ薄っぺらく、自分本位な物にすぎないのか……わかっていたはずなのに。クエンはそれに打ちのめされずにはいられなかった。自らの少女的な甘さを、恨まずにはいられなかったのだ。


「……無駄だクエン。そいつの言う通り、交渉の余地などありえん」

「しかし……ヘイゼル……」

「いい加減覚悟を決めろ。お前は俺達の王なんだ。王が迷えば兵も迷うぞ」


 語りながら刃を抜くヘイゼル。それに呼応し理人の前にメアリーが立ち塞がる。


「抵抗するな救世主。抵抗すれば人質の命はない。あの中にはお前の友人も含まれていたな。俺は真っ先にその首を刎ね飛ばす準備がある。俺が合図をすれば……」

「別にいいよ」


 両手をポケットに突っ込んだまま、理人は目を細める。


「凄く哀しいけど……凄く残念だけど……いいよ、殺しても」

「正気ですか……!?」


 クエンの批難めいた声にも理人はまったくぶれずに頷く。


「僕が死んだら結局彼らも死ぬ事になる。だったら同じ事だ。どちらにせよ死ぬしかなかった……そういう風に納得してもらうしかないよね」

「貴方に……友への情というものはないのですか?」

「あるよ。でもそれは――救世主の役目と天秤にかけるには軽すぎる」


 人質は通用しない、それは最早明確であった。ハッタリなどではない。この少年は本当に友の死を嘆きながら、同時にそれを既に受け入れているのだ。

 背筋がぞくりと凍りつくような矛盾。それを何故こんなにも――迷い無く笑顔で下せるのか。


「クエン、撤退しろ! 一度城まで引き返し体勢を整える!」

「しかし……!」

「忘れたのか? 俺達は偵察に来ただけだ。ここでケリをつけるにはこいつは不確定要素が多すぎる……まずは手の内を探る!」


 刃を振り上げ襲い掛かるヘイゼル。彼の読み通り防ぎに来たのはメアリーで、理人はまだ動く気配がない。彼もまた救世主の力を出し惜しみ、クエンの力を警戒しているのか。


「飛べ、クエン!」


 悔しげに顔を顰めながら背後へ跳躍するクエン。その身体がふわりと空に浮かび上がった直後、少女の姿はグランドから忽然と消失していた。

 メアリーを強引に刃で弾き返し後退するヘイゼル。理人は小首を傾げて問う。


「それで、ここからどうするつもりなの?」


 それに応じずヘイゼルは意識を集中。そして才の力を使い後方のミサギへと自我を繋いだ。才人同士でのみ使用可能な連絡能力、名を“木霊”という。


『ミサギ、クエンは無事にそっちへ渡ったか?』

『あ、うん! これからどうするの!?』

『オーガ使う。ゲートの向こうに指示を出せ。それから……俺はここに残る。足止めが必要だ。体勢を立て直す為にはな』

『オーガを……わ、わかった。でもヘイゼルも撤退して! ここの足止めは私達がやるから! ヘイゼルは姫様についててあげて! 絶対必要なんだよ、姫様には!』

「……もしもし? どうしちゃったの?」


 理人の言葉で集中が途切れ木霊も消えてしまった。元々ヘイゼルは連絡系の才は不得意だし、敵の救世主とメアリー・ホワイトを相手にして意識をそらすのは自殺行為である。


「木霊という才よ。仲間に連絡を取ってる」

「……チッ。手の内を読まれている相手ほどやりにくいものはないな」

「あなたが教えてくれた事でしょう? ヘイゼル」


 瞳を輝かせ才の力を放つメアリー。衝撃が爆ぜ、剣で防いだヘイゼルの身体が後ろに何メートルも吹き飛ばされた。男は受身を取りつつ才で反撃、これをメアリーが相殺する。


「単純な才同士のぶつかりあいでは勝てんか……!」


 その時、突如グラウンドに無数の光が浮かび上がった。光は理人達を包囲するように浮かび上がり、回転し、そして瞬くと同時に異世界より異形の存在を召喚する。


「オーガ……」


 現れたのは巨人であった。全長三メートル程の大男である。そのどれもがウルズ鉄鋼で作られた鎧を全身に纏い、手には巨大な槌を握り締めている。そんな怪物が同時に六体、理人とメアリーを囲んで詰め寄ってきたのである。


「うわ、でっかい! これは何なの、メアリー……メアリー?」


 首を擡げる理人。見ればメアリーは顔面蒼白、がちがちと噛み合わない歯を鳴らしながら自らの身体をぎゅっと抱き締めるようにして背を丸くしていた。額からはだらだらと脂汗が流れ、虚ろな瞳で何かを呟き続けている。


「メアリー、危ない!」


 接近を許したオーガの槌が振り下ろされる。その攻撃からメアリーを庇う為理人は声をあげ彼女を突き飛ばした。だが代わりに理人の足がオーガの一撃で粉砕されてしまった。

 文字通りの粉砕である。血飛沫が上がり、肉も骨も完全にぐちゃぐちゃにされてしまった――のも一瞬の事。瞬く間に理人は立ち上がり再生した足でメアリーへ飛びついた。


「いきなりどうしたんだ! しっかりして、メアリー!」


 その様子を一瞥し走り出すヘイゼル。メアリーを抱きかかえて逃げ出す理人、その耳に装着したインカムから声が流れ出す。


『秋月君聞こえるかね? 桂だ。状況はこちらでも確認している。メアリーは使い物になりそうかね?』

「それがいきなりすごい勢いで痙攣しだしてるんだけど、どうしたらいいのかな?」

『ふむ……。とにかく部隊を突入させる。君は一度外に出て指揮車まで戻って来て欲しい。メアリーの対処はそこで行なう』

「あの怪物はほっといていいの? 救世主の力で倒そうか?」

『いや、今はまだ早すぎる。私にもそれなりに考えがあってね』


 メアリーを抱えたまま走る理人を追いかける巨人達。その退路を塞ぐように構えた一体が槌を振り下ろすが、理人は平然とそれを横に移動して回避。そのまま脇を走りぬけた。

 入れ違い、校門から突入してきた自衛隊の部隊が巨人達へと攻撃を開始する。銃声と爆発音が鳴り響くのを背に四条学園から脱出した理人はそのまま外で待機していたエスノ機関の指揮車両へとなだれ込んだ。


「桂さん、メアリーを!」


 桂は頷き目配せする。視線の先には既に簡易ベッドが用意されており、傍らには白衣を纏った女……エヴァ・クナンダールが待機している。


「そこに寝かせてくれる? 救世主のぼうや」


 ベッドの上に横たわったメアリーは相変わらず焦点の合わない目で何かに怯え、肩で息をしながら震えていた。エヴァは素早く注射銃を取り出しアンプルをセットする。


「それは?」

「ちょっと特殊な気持ちよくなれるお薬……やーねぇ、冗談よ。ただの精神安定剤……だから別に命に関わるような薬じゃないわ。それよりアンタは桂の話を聞いてなさい」


 ジト目の理人を片手で追い払うエヴァ。言われるとおり振り返り、桂の下へ向かう。


「これからどうするんですか?」

「今一斉に学園へと部隊を突入させている所だが、敵の救世主はどうやら逃げおおせたらしい。事前にゲートを開いていたのだろう。既に敵は撤退戦の様相だ」

「ゲート……確か救世主だけが作れる、異世界と物理的に通じる門でしたっけ」


 世界間移動の能力を有しているのは基本的には救世主のみである。その世界で既に世界間移動の能力が開発されているのなら話は別だが、今回そこまで高度な文明は介在してこない。

 故にゲートという移動手段を使う必要がある。ゲートは救世主が一定時間をかけて開くもので、一度開かれたゲートは救世主が命じない限り閉ざされず開いたままとなる。


「人質を解放しつつ敵を殲滅しているところだが……オーガと言ったか。あの大型の敵が強力すぎる。こちらの兵力にかなりの打撃を与えているようだ。あれを倒すには戦車か爆撃が必要になるだろうね」

「僕が倒してきましょうか?」

「いや、その必要はない。我々はこのまま撤退する。わざわざ救世主を戦わせるほどの事ではないだろう。力は可能な限り温存しておくべきだ」

「でも……その場合どうするんですか、ここに居る人たちは? 第一近くには住宅地もあります。被害が広がってしまうのでは?」

「彼らは訓練された軍人だ。死は覚悟している。周辺の住民は既に避難済だから心配はいらないよ。仮に犠牲が出たとしても、この世界全てを失うより遥かにましだ」


 桂の言葉に考え込む理人。そうして少年はあっけらかんと言った。


「いえ、犠牲は少ない方がいいに決まっています。ちょっと行って手伝ってきますよ」


 窘めるよりも先に桂は驚いていた。まさかこの少年がそんな事を言い出すとは思って居なかったからだ。人間としては別におかしくないセリフであるが、先ほどまでの彼の言動を見ているととても飛び出す言葉には思えなかったのだ。


「それはだめだ。万が一君の身に何かあったら……」

「だから、手伝いだけです。救世主の力も必要最小限だけしか使いません。それなら問題ないでしょう?」

「行かせてあげれば? 本人が戦いたいって言ってるんだから……いい事じゃない」


 メアリーへの処置を終えたエヴァが歩み寄る。桂は渋い顔で首を横に振った。


「戦いたいから戦う……そういう問題ではないよ」


 しかし言っている傍から理人は車両から飛び出していた。先程までは本当に大人しくなんでも頷いている子だったのに、その行動力がどこから降って沸いたのかわからない。


「本当、底知れない子よねぇ。いい機会じゃない。あの子がどこまでやれるのか……何を考えているのか、少しはこっちも知っておくべきでしょう?」

「それはそうだが……」

「腐っても救世主、そうそう死にゃしないわよ。それに“本部”としてもぼうやの手綱は握っておけとのお達しだしね……最悪の場合、アタシに任せるっていうんだから、マインドコントロールでもなんでもしろってことなんでしょうね。効くかわからないけど」

「そこまではしたくないのだがね、可能ならば。メアリーはまだ使えませんか?」

「完全にトリップしちゃってるから、三十分はヨダレたらしてるわよ」


 溜息混じりに肩を竦める桂。エヴァは笑いながら煙草を取り出し火をつけるのであった。




 戦況は混乱していた。そもそも自衛隊はこのような怪物を相手に戦闘する事を想定していない。故に装備も基本的にはテロリスト鎮圧用のものであり、最大火力は手榴弾といった有様であった。人外の怪物であるオーガは強固なウルズ鉄鋼の鎧を纏っている事もあり、機関銃程度の火力ではいくら撃っても焼け石に水であった。

 もしも事前にここにいるのがテロリストではなく異世界人であり、バケモノを飼い馴らしていると知っていれば対応も違っただろう。だが彼らは何の事情も知らないままに借り出された東京基地の隊員に過ぎない。怪物を相手にする気構えなど出来ているはずもない。


「くそっ、まるで効いてねぇ! なんなんだこいつは!?」


 オーガの攻撃はまともに食らえば掠っただけで人間は戦闘不能、或いは死へと追いやられる。槌を振り回し暴れまわるオーガに対し、既に隊伍は崩壊しきっていた。

 そんな中、一人の兵士が機関銃でオーガに攻撃を続けていた。勿論彼もこんな状況は誰にも聞いていなかった。だが仲間達が次々に肉片に変えられ増援も来ない状況の中、まだ一人で戦闘を継続している。


「ったく、こんなん聞いてねーぞ! テロリスト共に手を出さずに待機してろだの行き成りバケモノと戦って死ねだの、うちの司令部は頭おかしくなっちまったんじゃねーのか……!」


 槌を振り下ろすオーガ。男は横に跳んで回避、そのまま走りながら機関銃を放つ。


「おらこっちだ! 仕方ねぇから相手してやるよ! 来い! 掛かって来いっつーの!」


 叫びを上げ注意を引く。オーガ達は望みどおり集まってくるが、いよいよ取り囲まれてしまい逃げ場所もなくなってしまった。

 冷や汗を流しながら覚悟を決める男。次の瞬間一斉にオーガの槌が振り下ろされ……しかし男はまだ意識を繋ぎとめていた。

 衝撃に尻餅をついた男の目の前、一人の少年が立っている。少年は素手で槌を受け止め、男を庇ってそこに佇んでいた。

 理解出来ない状況に困惑する男。少年は振り返り言った。


「逃げてください。ここは僕がなんとかします」

「なんとかってお前……うおお、お前ぇええええッ!?」


 次の瞬間、側面から薙ぎ払う一撃で少年は吹っ飛んでいた。派手にグラウンドを転がる身体を追いかけ走る男。確実に死んだ……そう思って青ざめながら少年を抱き起こすが、なんと見れば身体には傷一つないではないか。


「お、お前……なんで死なないんだ?」

「そういう身体なので……」


 立ち上がった少年は刃を抜いて軽く振るう。そうして迫ってくる怪物を睨んだ。


「おいやめとけ! ほっといても数分で東京基地から援軍が来る! 無茶は止せ!」


 お前が言っても説得力はないぞ……とは言わなかった。言わずに少年は問う。


「僕は秋月理人。あなたは?」

「あ!? 天城だ! 天城大輔!」

「天城さん、最後まで残ってくれてありがとうございました。後は逃げて下さい」


 礼を言って走り出す理人。そうしてオーガの攻撃を掻い潜りつつ懐へと飛び込んで行く。

 身体中を鎧で覆っているとは言えむき出しになっている部分もある。理人が狙った足の間接部分もその一つだ。素早く距離を詰め、力強い斬撃を放った。するといくら銃撃を受けても怯まなかった怪物が漸くよろめいたではないか。

 すかさず足を蹴り飛ばすと、その衝撃で巨体がぐるんと空を舞った。そのまま顔面から大地へダイブ。理人はその後頭部に飛び乗り首の後ろに刃を突き立てた。

 怪物の耳障りな雄叫びと共に血飛沫が上がる。だがそれでもオーガは倒れない。理人は直ぐに飛び退き別の個体からの攻撃を受ける。刀と槌が激突し、青白い火花が散った。

 体格差は圧倒的で理人は攻撃を受けると軽々と宙を吹っ飛んでしまう。受身を取りそこね地面を転がる理人、そこへ怪物は容赦なく追撃を加える。


「ああくそっ、見てられっかよ……!」


 天城はぐしゃぐしゃになった同僚の死体の傍に落ちていたライフルを拾い上げ構える。先程までは追い掛け回され狙いを定めている暇もなかったが、理人に敵が集中している今なら多少はまともに攻撃できるというものだ。

 狙いはやはり足。移動する目標の顔面を素早く射抜く自信はなかったし、何より相手の自重はかなりのものだ。足を攻撃するのが結局の所手っ取り早い。

 連続で射撃を行ない一体のオーガの足を打ち抜く。すると一度がくりと巨体が揺れた。


「よし……動きは止められる……! おい少年、なんだかよくわからんが無理はするな! 時間さえ稼げればそれでいい! 直ぐに援軍が来る!」


 頷く理人。たった二人だけでオーガ六体を相手に何とかもがき続ける。理人が前衛、天城が後衛として立ち回り、即席の連携ながら何とか場を繋ぎ続けた。

 二人の耳にヘリコプターのエンジン音が聞こえて来たのは間もなくの事であった。到着した戦闘ヘリは三機。それを確認し、男は少年に声をかける。


「もういい、こっちだ! 走れ!」


 頷いて理人は一気に地を蹴った。その速力は鍛え抜かれた軍人である天城を遥かに勝っている。足の速さに驚きつつも男は閃光手榴弾をオーガの集団目掛けて放り込んだ。

 眩い光が夜を照らし出す。それと同時に理人と合流、二人は校庭から離脱する為に走る。

 二人と入れ違いに校庭に侵入した戦闘ヘリからミサイルが放たれ、爆発がオーガを吹き飛ばした。更に空中からガドリングによる執拗な攻撃が繰り返され、遂にオーガは一体残らず沈黙……戦闘は何とか無事に収まるのであった。


「ったく、ざっけんなよマジで! 戦争でも始まったのかよ……っと、大丈夫か少年……ありゃ? 少年……どこ言った?」


 ヘルメットを脱ぎながら周囲に視線を送る天城。しかしその頃には既に理人の姿はどこにもなかった。代わりに駆けつけた仲間達がなにやら男を褒め称えていたのだが、男は腕を組み消えた少年の事をずっと考えていた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ