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「それではこれよりシラヌイ試作型のテストを行ないます。天城准尉、準備は宜しいですか?」
自衛隊東京基地。その敷地内に作られた演習場を無数のスポットライトが照らしている。お陰で夜間にも関わらず明るさには不便せず、その光が鋼鉄の鎧を着込んだ天城を照らし出している。
「こちら天城、データ上は問題なしだ。しかしこんなスーツで本当に強くなれるのかね?」
「私には良くわかりませんけど、そうらしいですよ? ヘイゼル、準備はいいですか?」
天城と向き合ったまま二百メートルほど距離を置いた場所にてヘイゼルが待機していた。ヘイゼルは小銃と祓で武装しており、エスノ機関の制服を身に纏っている。
「問題ないが……ただ鎧を纏っただけで強くなるとは思えんがな。才が直撃すれば大事な試作品を破壊してしまう恐れもあるが、構わないのか?」
「気にする事ないわよー。一応ウルズ鉱石を装甲に混ぜてあるから。まあ、ある程度壊れちゃうのは向こうも了承済みでしょ? 遠慮は必要ないわ、ヘイゼル」
無線機から聞こえるミサギの声に代わりエヴァが応じる。ヘイゼルは握り締めた銃を確認し、安全装置を外して構え直した。
「こちらの世界で戦う事になった以上は、この得物にも慣れておかなければな……」
「エヴァ、早い所システムを立ち上げてくれ。今のままじゃただ重たい鉄くずだぜ」
シラヌイは総重量六十キロのパワードスーツだ。その様相は全身をすっぽりと覆う鎧というのが相応しく、パワーアシストを起動しない状態ではただの重りであった。
「了解了解。ミサギ、CAS起動。天城、その子の連続稼働時間は外部電力に依存しない場合は三分しかないわ。テストは三分間のみとするからそのつもりでね」
指揮車両にてミサギが制御版を操作するとCASが起動する。シラヌイの全身に電力が供給され、一つしかないその瞳が眩く輝いた。
「CASの起動を確認! 両者実戦テストを開始して下さい!」
先に動いたのは天城であった。専用の大型アサルトライフルを両手に携え真っ直ぐに走り出す。その機動力は装甲に覆われた外見からは想像もつかないほど軽快であり、間接からモーター音を軋らせつつもあっという間に距離を詰めてくる。
「速いな……」
アサルトライフルを連射しながら駆け寄る天城。ヘイゼルは演習場の各地に設置された障害物の後ろに飛び込む。それに対し天城は助走をつけての大跳躍により障害物を飛び越えて対応。警戒するヘイゼルの背後を取る事に成功する。
「うおっすげえ! 今垂直に二メートルくらい飛ばなかったか!?」
しかし着地がうまく行かなかった。よろけている間に振り返ったヘイゼルが銃弾を命中させる。が、鎧の役割をも同時に果たすスーツのお陰で天城は無傷であった。
体勢を立て直しながら片手で薙ぐように銃弾を放つ天城。ヘイゼルはバック転気味に障害物を跳び越し隠れ直すと、障害物に手をついて才により吹き飛ばした。
猛スピードで迫る障害物。天城は咄嗟に銃を手放し両手でそれを受け止めた。すかさず投げ飛ばし、そこへ銃で追撃するヘイゼルから横に転がって身をかわし、ついでに銃を拾って反撃を試みる。
「身体が動きすぎて……逆に戦いづれぇ!」
「シラヌイ、稼動限界まで残り二分!」
お互いに身を隠しつつ銃撃戦を行なう二人。ミサギの声に反応し、天城は一かばちかで飛び出して行く。銃を乱射しつつ距離を詰めヘイゼルに組み付こうとするも、ヘイゼルは才を使って反撃。天城はよろけたものの、才によるダメージは殆ど通用していなかった。
「ウルズの鎧か……思った以上に厄介だな」
直ぐに持ち直した天城。今度はその足元を狙って才を放つ。吹き飛んだ足場に慣れないパワードスーツが合わされば結果は転倒と見えている。前のめりにつんのめって倒れる天城。だが咄嗟に片手を大地に着き、逆立ちの姿勢から一回転して見事に体勢を立て直してみせた。
既に距離を詰めていたヘイゼルが蹴りでアサルトライフルを弾き出す。すかさず祓にて斬りかかるが、天城はそれを腕の装甲で弾く。数回の斬撃をそうしてやり過ごすと、大きく振り下ろされた一撃を狙って刃を両手で挟むように受け止めてしまった。
「白刃取りっていうんだぜ。あんたの世界にゃなかったかな?」
刃を奪って投げ飛ばす天城。すかさず拳を繰り出すが、身軽さはヘイゼルに分がある。連続攻撃を華麗に回避するとその回避動作から続けて身体を捻り側頭部に回し蹴りを当てる。続いて空中に飛ぶようにしてもう一回転、別の足で同じ側頭部を蹴り飛ばして天城をダウンさせた。
「ぐおっお前本当に人間か……!? んなろー!!」
立ち上がろうとする天城。だがその瞬間シラヌイの動力が落ち、全身をずっしりとした重みが襲ってきた。一人で立ち上がるのがやっとの状態に天城にヘイゼルが手を差し伸べる。
「あちゃー……シラヌイ、稼動限界です。三分しか戦えないのは致命的欠陥じゃないですか?」
「んー……まあ、後は指揮車両から電源コードでも引っ張るしかないわねー。一応、他にも動力については考えてるんだけど……ま、テストとしては上々じゃないかしらね?」
指揮車両で二人がデータを整理している頃。ヘイゼルの手を借りて立ち上がった天城はシラヌイを脱いで外の空気を吸い込む。季節は夏。八月の夜の空気はお世辞にも冷たいとは言えなかったが、汗だくになった天城にとっては僅かな風でも救いであった。
「ぶっはー……ぅあっちい!! なんでこのクッソ暑い真夏に実験するかねえ!」
「そう言うな。暑さを考慮して夜にやっているのだからな」
「空調はつけてもらわんと汗で死ぬわ……。しかし、あんたとそれなりにやりあえた所を見ると、こいつはわりかし画期的な兵器なのかもしれないな」
日米合同で開発された新兵器、パワードスーツ“シラヌイ”。それは元々米国が異世界との戦争に備えて開発を進めていた物で、前回のゼータ1との戦闘において急務とされた、超常的能力を持つ人外の敵との戦闘を想定して生み出されたものだ。
異世界との戦闘が想定されていたよりずっと過酷な物であったという事実は米国の重い腰を上げるのに十分であった。仕方なく日本の技術者と合同で積もっていた課題を一気にクリアし、試作機の完成にまで漕ぎ着けたわけである。尤も、結局の所仕上げはエスノ機関から出向したエヴァ・クナンダールが一人で済ませてしまったのだが。
「この世界に来て三ヶ月……確かにこの世界は強力な兵器を保有しているが、どうにも小回りに欠けている。救世主のように人の形状をした怪物と渡り合うには鈍重すぎる」
「ま、救世主とはこいつでもやりあえるとは思えないけどな。せめて才能力者くらいは倒せるようにならんと、俺らの世界のメンツが立たねぇよ」
苦笑を浮かべながらシャツの胸元を仰ぐ天城。そこへタンブラーを持ったミサギが近づいてくる。差し出されたドリンクを一気に呷り天城は額の汗を拭った。
「天城准尉、凄い動きしてましたね。まるで強化人間みたいでしたよ」
「なんかよくわかんねぇけど、このパワードスーツを操れる見込みがあるから俺はロンギヌスにスカウトされたらしいぜ。お陰でありえない程昇級しちまったよ」
「シラヌイの試作型は三機ロンギヌスに搬入されています。出来れば実戦でデータを取りたいところなんですが……戦闘が起こるって事は、要するに次の戦いが始まるって事ですもんね」
複雑な表情のミサギに頷く天城。前回のゼータ1との戦いから三ヶ月が経過したが、未だに敵異世界との戦闘は開始されていない。二つの世界が神の許可を得て戦闘状態に入っていなければお互いの世界を行き来する事も出来ないので、今の所戦闘らしい戦闘は起きていなかった。
「開戦は明日かもしれんし、十年後かもしれん。ならば今の俺達のすべき事は、いつ始まるかわからん戦争に備える事だ。俺達は負けるわけには行かない……何があっても絶対にな」
ヘイゼルの言葉に寂しげな笑顔を浮かべるミサギ。天城はそんな雰囲気を打ち砕くように努めて明るい声を上げた。
「ヘイゼル、もう一戦付き合えよ! こいつにもっと慣れておきたいんだ」
「えっと、シラヌイの充電には三十分くらいかかりますよ? とりあえず休憩しててください。私、タオルとってきますね!」
ぱたぱたと走り去るミサギ。天城はニヤニヤしながら遠ざかる尻を見つめていた。
「学生時代を思い出すねぇ。陸上部のマネージャーが激マブでさぁ。丁度あんな感じよ」
「……げき……まぶ……? ゲートを潜って異世界の言葉に対応した状態であるにも関わらず理解出来ないところを見ると、その言葉はどうやら死語というものらしいな」
肩を竦めるヘイゼル。天城は空を仰ぎ、スポットライトに手を翳した。
「メアリー、朝だよ。今日から授業再開されるんだから、起きないと」
エスノ機関日本支部の自室にてメアリー・ホワイトは眠っていた。決まってベッドの上に丸くなって毛布に包まっているので、一見すると何かしらの丸い生命体にしか見えないのだが、これが実に起こし辛く理人は溜息を零さずにはいられなかった。
九月に入り、四条学園の授業は再開される事となった。例の事件で大量の死者を出した四条学園は一時は閉校という所まで行ったのだが、生き残った生徒達の要望もあって二学期から授業が再開される事になった。しかしメアリーはそんな事お構いなしと言わんばかりにかたくなにベッドの上で丸くなり続けている。
「君はなんでそう起きたがらないんだ? ゼータ1との戦いが終わってからというもの、君はすっかりだらしなくなってしまったな……」
「だって……学校……行くの……めんどくさいんだもん……」
僅かに毛布から顔を出して呟くメアリー。理人は笑顔のまま眉を潜める。
「一応君は健全な学生だろう? この世界で生きて行くって決めたからにはこの世界の人間らしく振舞ってくれないと困るよ。学校は社会の縮図と言ってね、そこでは君がすっかり置き去りにしてしまった人間らしさを色々と学べるはずなんだ」
「別にもう人外でもいいかなって思ってるし……眠いの……」
「良くないでしょ! ていうか君は僕のパートナーで、しかも護衛でしょ? 一緒に学校に来られるのは学生の年齢である君だけなんだから」
「坂東に頼めばいいじゃない……」
「こう言うと申し訳ないんだけど、彼はおっさんだから無理だよ。あんないかつい顔つきのおっさんが学生服着て教室にいたら流石の僕でも笑いを堪える自信がないよ」
「そこをなんとか……」
諦めるように真顔になると、理人は徐に布団を剥ぎ取った。中から現れたのは布団に包まっていたせいで汗だくになったほぼ裸のメアリーであった。申し訳程度にパンツとシャツは装備しているが、それだけといえばそれだけである。
「そんなに学校に行きたければ一人でいけばいいのに……というか……今更理人が学校に行く意味ってあるの? 行くだけ無駄な気がするんだけど」
「そういうわけにもいかないんだよ。僕はこれでも学生だし、まだあの学校ではやるべきことが色々あるからね。それより君もう少し恥らったらどうなの?」
「……それもめんどくさい……」
こうしてメアリーは理人に強制的に制服へと着替えさせられ、寝癖でぼさぼさになっていた頭もきっちりセットされた。時間がないのでトーストを口に咥え、地下からエレベーターで地上へと上がり、理人が走らせる自転車の荷台に小さく丸まってパンを齧るのであった。
ゆるい降り坂を自転車で下りて行く二人。金色の髪を靡かせながらメアリーはゆっくりと眠たげな目を開く。高台から見下ろす東京の町。遠くには青く煌く海が見える。
「もう九月になるのに、気温はまだまだ夏だね。うん、いい天気だ」
「あんまり日光が強いとげんなりするわ……明るい所、苦手だし……」
「君はこの三ヶ月間あまりにも引きこもりすぎたんだよ……君さ、そんなんでクラスに馴染めてるの? 友達とかちゃんと作ってる?」
「私が四条学園に潜入したのはあなたを監視するためだった……そんな事をしている暇があればあなたの動向を探っていたわ」
だめだこりゃと言わんばかりに溜息を漏らす理人。メアリーは最後に残ったパンの耳を渋い表情で平らげると欠伸を一つ。目を瞑り理人の背中に身体を預けた。
「もう少し寝てるから……ついたら起こして」
「いや、落ちるよ? カーブとかあるし……」
「眠ったままでも体重移動なんて楽勝。強化人間をなめないで」
「強化人間とかそういう問題じゃないと思うんだけど……」
なんて言いながら、実際にメアリーは一度も転落はしなかった。すうすうと小さな寝息を立てたまま、気持ち良さそうにむにゃむにゃ言ったまま、的確に身体を動かして落下を阻止していた。そうして二人は無事に四条学園の門を潜るに至ったのである。
「ついたよ、メアリー」
欠伸をしながら軽やかに飛び降りるメアリー。自転車を駐輪場に納めていると、二人へ背後から近づく人影があった。
「おはよう理人! 学校で会うのは久しぶりね。制服もなんだか懐かしく感じるわ」
声をかけてきたのはクラスメイトの栗原亮子であった。腕にしている腕章は生徒会の証であり、この学園を再開させるための運動に参加していたという証でもある。
例の事件の後、生徒の中にはPTSDとなって学校にまともに通えない状態になった者も多かった。死亡、転校、登校拒否のせいで生徒の数は三分の一にまで激減したが、再開を願う生徒達はお互いに助け合い、死んでいった者の分まで学生生活を謳歌しようと結束した。今現在の生徒会はそんな助け合いの精神から来ているものであり、実際の所は何でも屋という側面が大きい。涼子はそんな生徒会の中でも一際声大きく人助けを呼びかけている人物の一人であり、不安を取り去れない学生達にこうして朝から声かけをしていたわけである。
「おはよう。涼子、まだ夏服だね。うん、似合ってるよ」
「それはどうもありがとう……あれ? そっちはメアリー・ホワイト先輩よね?」
ゆっくりと振り返るメアリー。蒼く光を帯びた瞳に亮子は息を呑む。
「亮子、メアリーの事知ってるの?」
「ええ。凄い美人だって有名だし……でも、なんだか見た目が……」
そこで冷や汗を流しつつも言葉を止めたのは、それを指摘する事がメアリーにとってよくない事かもしれないという可能性に思い至ったからである。
今のメアリーは右目に眼帯、右腕を失って隻腕という状態である。そんな異常事態、あの事件でなったのだと考えるのが自然である。傷の事を指摘されれば過去の恐怖をフラッシュバックさせてしまう生徒もいる以上、気安く問いかけるのは愚の骨頂。尤も、生存している生徒の殆どは後遺症は残っていなかったし、眼帯なんてつけているのはメアリーだけなのだが。
「理人こそメアリー先輩とどういう関係なの? なんか呼び捨てにしてるし」
「この間の事件で知り合ってね。それからはこの人が全然学校に行きたがらないので、生徒会の仕事として送り迎えをする事になった関係かな?」
「そっか。理人も生徒会のために頑張ってくれてるんだ。ありがとね! メアリー先輩も困った事があったらなんでも相談してください! それで早く一人で学校に来られるように一緒に頑張っていきましょうね!」
なにやら誤解交じりの笑顔に困惑するメアリーであったが、なんかもうめんどくさかったので頷いておいた。涼子は二人に挨拶をすると校門の方へ去って行った。
「三年の教室まで一人でいけるよね?」
「そりゃあね……。でも理人、生徒会に入っていたの?」
「君がぐうたらしている間に色々やってたんだよ」
腕の腕章を見せて笑う理人。そもそもこの四条学園の閉校は生徒がなんと言おうがとっくに決定していたのだが、それを理人が掛け合って無理に継続に変更させたのであった。
理人は救世主であり、基本的に可能な限りその要望を日本政府はかなえるという事になっている。誰にもそれは知られていない事実だが、彼こそが学校再開の決め手だったのだ。
「めんどうな事してくれたわね」
「折角頑張ってる人がいるんだから、応援してあげるくらい構わないだろう? 今の彼女達に必要なのは癒しとか後悔じゃない。頑張れる場所なんだよ」
片目を瞑って首を鳴らすメアリー。理人の言葉を興味なさげに無視し教室へ向かう。
「メアリーも生徒会として活動しない? どうせ部活も入ってないんでしょ?」
「悪いけど、私は他人の人生に介入するつもりはないから……お人好しでもなければ能天気な学生でもない。この際だからはっきり言っておくけど……私はもう理人に従う理由もないわ」
首だけで振り返り少女は冷たい声で告げる。理人は肩を竦めて言った。
「もう復讐は完了したから?」
「……そう。もう私に救世主の力は必要ない。この世界の事もどうでもいい。滅ぶなら滅ぶんだろうし、滅ばないならそうなんでしょう。どちらでも構わない。私はただそれを見届けたいだけ。積極的に関わった所で意味なんかないわ。だから寝ているだけでよかったのに」
手にした鞄を肩にかけて立ち去るメアリー。理人はそれを見送り、空を見上げた。
九月の朝の太陽はまだ眩しすぎる。木漏れ日の合間から降り注ぐ光を眺め、少年はゆっくりと教室へ向かって歩き出すのであった。




