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救世のパラノイア  作者: 神宮寺飛鳥
モーメント・オブ・リヴァレーション
11/13

3-4

 吹き荒れる才の光に髪を靡かせるクエン。片手を軽く振るい砂塵を薙ぎ払い、そこで静かに驚愕を覚えた。

 町一つ潰える程ではなかったものの、人一人を殺傷せしめるには十二分すぎるだけの威力だった。正真正銘最強の才人が放った滅びの一撃。その光に晒されて尚メアリーは五体満足であった。それは彼女を抱き抱えクエンに背を向ける一人の少年の所業である。

 ゆっくりと目を開くメアリー。その目の前にはいつも通りの微笑を湛えた秋月理人の姿があった。少年は背後に人類最強の超能力者を置いたまま問いかける。


「まだ生きてるかい、メアリー?」

「……理人……ど、どうやって……」

「どうもこうもないよ。普通に駆け寄って普通に君を庇っただけだ。全く無茶をするんだから……救世主を相手にただの人間に何が出来るんだよ」


 溜息を一つ、少年はメアリーを足元に下ろす。そうして両手をズボンのポケットに突っ込んだまま振り返り、空に浮かぶ敵を見つめた。


「それが本当の君か、救世主」

「ええ、その通りです救世主。わたくしは滅びの代行者。ただ世界を滅ぼす為だけに生まれ、造作もなく世界を殺す。わたくしにはそれしか出来ない。話し合い等最初から許されない存在……その運命も既に飲み干しました。わたくしはただ滅ぼす為だけの装置。世界に設置された毒酒……であれば、舞いきるのも一興」


 ゆっくりと着地し目を瞑る。そうして優しく穏やかに、変わらぬ笑顔で。


「貴方だけが、貴方様だけが、同じ救世主のみがこの嘆きを共有出来る。貴方とはもっと深く語り合いたかった。貴方を知り、貴方と共にあれば、わたくしの時は癒えたかもしれない」

「確かにそうだ。僕らは結局僕らしかいなかった。最初から仕組まれていた事だというのなら、僕らは生まれついた自滅装置に過ぎない。その人生には何の意味もなく。守るべき世界になんの価値もない。僕も全く以って君と同じだ。デルタ4なんて、滅んで消えればいい」

 目を見開くメアリー。メアリーだけではない、その声はメアリーの装備した通信機から方々に聞こえていた。指揮車の中では桂が苦い表情を浮かべる。


「この世界に生れ落ちた時からずっと不思議で仕方がなかったんだ。なぜこの世界はこんなにも退屈で意味のない物なんだろう、って。それは今も感じてる。だけど僕はもうこの人生を楽しんでしまおうと決めた。どんなにクソ以下の一生だろうと、誰にも望まれない光だろうと、なるほど……踊りきるのも一興。だからクエン、僕は僕の果たすべき役割を演じきる」


 そうして理人は自らの胸に手を当てた。胸の中心、やや左側。そこに夥しい光を放つ何かがある。救世主と呼ばれる存在が天使と契約を結び手に入れる――“救世主の肉”。彼の人ならざる力の源は、それまでと変わらず命の源泉であった。


「救世主の名の下に我が滅びの“因果イデアを解き放つ。我は願い。我は叶え。我は泣き叫び――天啓を欲する」


 その瞬間、圧縮された才の衝撃が理人を襲った。胸が光ったのだから、要するに理人のイデアはそこにある。だったら救世主の力を出し切る前に造作もなく殺す……それはクエンにとって自然な思考であった。元々正々堂々とかどーでもいいと思っていたのだ。これまでの戦争だって邪魔な物は一声かけてぶち殺してきた。その一声かけるのだけやめただけで、別に何も変わっていない。鼻を鳴らし笑みを浮かべるクエン。だが理人は健在であった。

 正面に右腕を翳し、才の光を弾いていたのだ。クエンの目が見開かれた。次の瞬間更なる一撃が理人を襲ったが、それを理人は左腕で受け止める。


「――なんという」

「びっくりした? じゃあ君にもわかるように少しずつネタ晴らししてあげるよ」


 両腕を前に出した姿勢のまま、その両腕に光が宿る。そこには黄金の光を放つ結晶が生え、纏い、人間の身体を改竄していく。救世主がその本当の力を発動する為に身に纏う“鎧”、それが理人の左右の腕を包み込んでいた。




「どういう事だ、エヴァ。秋月理人のイデアは心臓ではなかったのか?」


 指揮車両の中で桂が声を荒らげながら問いかける。エヴァは身を乗り出しモニターを眺め、暫く考えた後に口を開いた。


「そうよ。秋月理人のイデアは心臓に宿っている。“救世主メシアの心臓”……だけど、どう見てもあれ、メシアの腕とでも言うべきものよね」


 救世主の肉体は、滅びの“因果イデア”を宿した箇所以外は人間となんら変わらない。イデアを破壊されない限り無限再生が可能だが、それでも再生された肉は特別な力を帯びることなく、破壊される前と全く同じ性能、形状で復活を果たす。

 秋月理人の因果は心臓にある、それは間違いない。故に心臓を破壊しない限り理人は殺せない。救世主は安易に殺されぬ為、イデアを宿した部分に頑強さを有している。それを更に特化させたものが“鎧”である。

 鎧とは基本的にイデアの部位、或いはその周辺に纏う事しか出来ない。クエンのイデアは右目にある為、精々鎧を展開出来るのは顔の右半分程度だ。この鎧は人類が生成出来るあらゆる通常兵器を無力化するほどの防御力を持つ可視の結界。神を人が殺せぬように、それを人に破壊する事は叶わない。仮に救世主同士であったとしても、鎧を砕く事は困難な課題だと言える。


「だけどあれ、どー見ても鎧よねえ。右腕と左腕なんて離れた場所に展開しているけど……」

「心臓がイデアだというのなら、鎧も胸に現れるべきだ。それがなぜ両腕にある?」


 微動だにしないエヴァの唇の先、煙草が灰を落とした。これまで理人が力を使ったのはたった一度きり。東京モーメントタワーでの戦闘だけだ。その時の事は救助に向かったメアリーですら理解出来ていなかった。

 曰く、眩い光が周囲を包んだかと思うと何もかもが終わっていた。窓ガラスは融解しながら吹き飛び、周囲に居た人間はグズグズに溶けた肉の塊になっていた。理人の鎧は誰も見ていない。それこそ、相手の救世主であるクエンですら……。




「メアリーは下がっていて。僕はこの力を上手く使いこなせない。君が近くに居たら、例外なく君を殺してしまう。僕はパートナーを殺したくない」


 驚愕しながらも頷いて背後に跳ぶメアリー。理人は気配だけでそれを察知し、左右の黄金の結界を纏った腕を見た。


「僕に出来る事はこの腕で君を殴る事くらいだ。だからクエン、僕は君をぶん殴る事にする」


 走り出す理人。クエンは一切の挙動なく才を放ち、赤い光の渦が理人を飲み込んだ。それを少年は左右に腕を突き出し、金色の光を放って打ち消す。


「何なのですか、その力は?」

「何だと思う? 実は僕にもよくわからないんだ」


 距離を詰め拳を繰り出す理人。それをクエンは才の壁で押さえ込む。理人の腕は全く前進しない。それどころかメシアの力を発動していない腕の付け根から血飛沫が上がり徐々に押し戻されていく。目を細め力を強めるクエン。それに対し理人はまた拳の先から光を爆発させた。放たれた光はクエンの才の壁を粉砕し、少女の身体を背後に吹き飛ばす。

 空中で回りながら停止するクエン。両腕を左右に広げると周囲にあったあらゆる残骸が浮かび上がった。戦車、ヘリコプターは勿論、人間の死体や武器、本来才の効果を与えるのが難しいウルズ鉄鋼の剣。元々あった城下町の建造物。それらが一斉に飛翔し、停滞し、そして理人へと降り注いだ。

 それはおよそ人知を超えた力であった。赤い光が空に渦を巻き、悲鳴のような音を立てながら大地を圧殺する。膨大な質量が周囲から同時に襲い掛かり理人の姿を飲み込むと、クエンは更に腕を振るう。


「圧を倍に。圧を更にその倍に」


 突き出した腕を握り締めるのは才の力を働きかける為のイメージだ。本来才にそんな挙動は必要ない。ただ念じるだけだ。だが身体の一部を動かしイメージを明確にする事で威力は更に倍増する。クエンがゆっくりと手を握り締める動作に合わせ、赤い光が重力を増して行く。


「相手が何であろうと関係ない。形すら残さず滅ぼし尽くす――ッ!!」


 完全に掌を握り潰すと同時に目の前にはありとあらゆるものが圧縮された巨大な塊が完成していた。クエンは右足を挙げそれを振り下ろす。踏みつけるイメージ。ぐりぐりと、ぐりぐりと、恍惚に満ちた表情で大地に圧力をかける。


「圧殺、圧殺圧殺……! うふふ……あっははははっ!!」


 地盤が沈下していく。街が轟音を立てて窪みに吸い込まれていく。星がゆがんで行く。竜巻のように荒れ狂う赤い光が世界を抉り、掻き乱し、押し潰す……だが。

 次の瞬間その全てを黄金の光が吹き飛ばしていた。立ち上る光の柱。水飛沫のように空間に飛散した光の余波を浴びながらクエンは笑顔で固まっていた。


「ははは――はあ?」


 陥没した大地の中には光を纏った人影があった。だがそれは人にあらず。身体を黄金の鎧で覆い。“全身”を黄金の鎧で覆い尽くしたなにか。それは静かに顔を挙げクエンを捉えた。


「な――っ、ば……っ!?」




「馬鹿なッ!?」


 叫びを上げる桂。それはありえない事であった。


「なぜメシアの心臓を持つ救世主が全身に鎧を纏える!?」

「あー……なんとなくどういう事なのかわかったかも」

「どういう事だ、エヴァ……? わかるように説明しろ」


 苦笑を浮かべながら煙草を灰皿に押し付ける。そうして咳払いを一つ。


「逆に考えるのよ。全身に鎧が出るって事は、全身に行き渡っている何かに救世主の力……イデアが宿っているという事。人間の身体には幾つか全身の隅々まで行き渡っているといえるものがあるわ。例えば……そうねえ。骨だとか、神経だとか」

「ではあれはメシアの心臓ではなく、骨を媒介に救世主になったのかね?」

「いや多分違うわ。心臓で間違いないと思う。聖痕が胸に現れているんだから力の中心は心臓。だけど多分それだけじゃなくて……心臓から送り込まれるもの全てに力が宿ってるのよ」


 冷や汗を流す桂。エヴァは新たな煙草を胸ポケットから取り出し。


「つまりうちの救世主のイデアは、救世主の心臓……或いはそこから全身を伝う“血液”にも力を宿らせる事が出来る。そんな所じゃないかしらね――」




 力は血管を通じて全身のあらゆる場所に供給される。故に全身のあらゆる場所に力を顕現させ、力を発揮する事が出来る。そんなデタラメな理屈を理解した時、クエンは漸く自らが相手にしている物の不毛さを理解した。


「全身が鎧……成程、これを殺しきるのは……」

「君には無理でしょ? いや、多分出来ると思うけど……普通に考えたら君が僕を殺す前にこっちの世界が消えてなくなるだろうね。この有様じゃ」

「それが貴方の自信の源ですか? だから敗北は有り得ないと?」

「ううん、違うよ。僕は単純に――誰にも何ででも負けた事がないってだけさ」


 秋月理人の人生に敗北の二文字は存在しない。

 この世に生まれ出でた瞬間から約束された絶対存在。彼は救世主の力を宿して生まれたと同時に、この世のありとあらゆる才能を内包して生まれた。“生まれてしまった”。


「僕にとってあの世界で起こる事は何もかも呼吸をするかのようなものだ。するりと片付いてしまう。僕はね、一度足りとも努力をした事がないんだ。やろうと思った時には大体の事が終わってしまう。そんな人生、クソつまらないと思うでしょ?」


 クエンもそうであった。救世主は生まれた時から美しい。生まれた時からあらゆる確約を受け。幸運に愛され。それ故に不運を招き入れる。ただそこに居るだけで世界の中心、それが人類に与えられた自滅存在なのだ。いつか世界を終わらせる為に人類の中に生れ落ちるバケモノ。故にそれは存在した瞬間、すっかり何もかもが終わってしまっている。


「退屈で退屈で退屈で仕方がなかったんだ。僕は人間じゃなかった。僕はバケモノだった。ただ何かを滅ぼす為に生きていた。だから本当の友達なんかいなかったし、愛すべき女性もいなかった。僕はただ造作もなく世界を殺す、その為だけに生きていたんだ。なんて……なんて……なんて馬鹿馬鹿しい悲劇だろう? 僕も、君も、最初から産まれる必要性すらなかったのに」


 世界を生み出したという神にすら滅びのイデアを消すことは出来ない。彼らは世界の意志だ。世界発生の瞬間から内在し、世界の決定を受けてその上に生を受ける。


「だったら僕達は意志を持たない兵器でよかった。最初から人間の形をしていなければ良かった。最初からただの怪物でよかった。それでも僕らを人として作ったのなら――」


 両腕を広げ、鎧に覆われた少年は笑う。


「楽しもう、クエン。命を散らし光を終えるその瞬間まで僕は君で君は僕だ。僕らは世界を隔てて生まれた家族だ。僕らは恋人のように愛し合い――この殺戮を楽しもう。僕の相手は君にしか出来ない。君の相手は僕にしか出来ない。だから僕は君を殺す為に君を殺す。世界など関係ない。目的を手段で殺す。僕は踊る――この命が尽き果てる瞬間まで」


 胸に手を当てると眩い光と共に聖痕が浮かび上がる。少年はそれを握り締め、ゆっくりと……そして徐々に加速する。やがて衝撃波を放ちながら異常な加速を見せ、一瞬でクエンの目の前に立って見せた。

 そのまま拳を繰り出す。クエンは才の力で理人を押し返すが、力の出力差で押し負けている。身体を反転させて繰り出した理人の蹴りが才を突き破り光を放ち、クエンの左半身を分解した。

 分解、文字通り分解である。黄金の光に触れた箇所がほどけてしまう。身体がぐずぐずになって、肉も骨も血も解けて消えてしまう。消滅の光、滅びの光。かくも美しき救世の輝き。クエンは身体を再生しながら空へと舞い上がる。

 才の力をメシアの瞳に集積しながら大地を見下ろす。上空二百メートル。理人は跳躍して襲い掛かるがクエンは瞬間移動でそれを回避、側面から才を打ち込んだ。

 空の彼方まで吹き飛ぶ理人。クエンは瞬間移動で先回りし更に才を打ち込んだ。その繰り返しで空中で理人を躍らせると、最後に直接胸に手を当て、練りこんだ才を打ち込んで大地へと叩き付けた。赤い光が爆ぜ、廃墟の街には四方に光の衝撃波が走る。


「秋月理人、貴方のメシアの心臓は確かに強力です。得体の知れないその光も全身を覆う鎧も難儀ではある。ですが――戦闘能力としては欠陥品そのもの」


 理人は凄まじく頑丈だ。謎の光を放ち敵を攻撃できる。

 だがクエンは空を飛び瞬間移動し超能力で敵を攻撃する事が出来る。使う必要がないから使っていないだけで、彼女はありとあらゆる系統の才を使いこなしている。幼少時から救世主の力と触れ合ってきたのだから、理人とは踏んでいる場数が違いすぎる。


「同じ滅びの力を宿しながらもわたくし達の間には明確な優劣がある。わたくしは貴方を殺す。殺す為にあらゆる手段を用いる。わたくしの人生を……使い尽くして貴方を滅する!」


 上空から才の連打で理人を圧倒する。理人には空を飛ぶ能力はない。空に腕を伸ばし光を放つ姿勢を取ってみるが、掌の先から放たれた光は精々一メートル程度瞬いただけ。決して空には届かない。


『理人、聞こえるか! これからそっち側に武器を送る! エヴァ謹製の新型兵器だ! 試作段階なのでどこまで持つかはわからんが……ないよりゃマシだろ!!』


 鎧の下、耳に仕込んだ小型無線機から坂東の声が聞こえる。ゲートの向こう側には小型のロケット発射台のような装置、ウェポンカタパルトが配備されていた。作業員と共に坂東が運んできたのはやたらと頑強なコンテナに納められた重量二百キロを超える物体。それをカタパルトにセットしゲートへと向ける。


「こんなんで本当に届くんだろうな……!」

「戦闘中の救世主に近づくなんて無理です! こうやって送るしかないんですよ!」


 半信半疑の坂東に作業員が喚く。エヴァは指揮車両内で端末を操作。異世界側の映像とゲートの角度を調整し発射ボタンを押す。


「受け取りなさい救世主。エヴァ・クナンダールが面白半分で開発した次世代兵器……!」


 青白い光を瞬かせ射出されるコンテナ。音速で発射されたその衝撃で付近にいた作業員と坂東が吹っ飛んだ。


「エヴァアアアア!! てめえ殺す気かー!!」


 射出されたコンテナがゲートを通じゼータ1へ。理人はそれを視界の端で捕らえ跳躍。滑り込むようにコンテナの前に飛び出すと片手で勢いを殺し、開放されたコンテナの中から巨大な銃器を取り出した。


「エヴァさん、これは?」

『アンタの能力を自分なりに解釈して作った武器よ。説明は面倒くさいからとりあえず両腕で構えてごらんなさい。右手でグリップを握り、左手はコネクターに接続。左手に少しずつエネルギーを供給して、チャージが完了したらトリガーを引くだけよ』


 左手をコネクターと呼ばれる装置に突っ込む。そこで先ほどから使っている光を放つと装備は唸り始めた。一瞬でチャージはマックスになり、理人はそれで上空のクエンを狙う。

 引き金を引いた瞬間、金色の閃光が放たれた。だがそれは先ほどまでのように無作為に放たれた光ではなく圧倒的な指向性を持っている。細長く矢のように放たれた光速の光はクエンには命中しなかった。だが付近を通過しただけで彼女の身体を焼き尽くし分解する。


「ビームライフル……ですか?」

『まあそういう事。ていうかちょっとチャージを急ぎすぎ……そんなに早くしたら、ああっ!』


 再度ライフルを放つ。熱線はクエンを狙うが、今度はクエンが早めに瞬間移動したことで回避された。光速で射出される光を見てから避けるというのは不可能だが、銃口から射出方向を予測することは出来る。移動したクエンは背後から才を使い、理人はそれを片手で受け止める。だが才の余波はライフルにも及び、折角呼び出したライフルは無残に破壊されてしまった。


「エヴァさん、壊れました」

『ですよねー』

「他に何か武器はないんですか?」

『それ一丁だけよ、時間もなかったしね……。悪いけどアタシにしてあげられるのはここまで。後は救世主様の健闘を祈るわ』


 無言でライフルを放り投げる理人。それから再びクエンの才に吹っ飛ばされた。

 負けはしないが勝ちも遥かに遠い。ここからどうするべきか……そう考えるだけでもわくわくした。思えばこんなに何かにてこずるのは初めてだ。一生懸命になろうとしている自分を感じ少年は喜びに満ちていた。まるで新しい玩具を買ってもらった幼子のように無邪気に笑い、愛おしそうに敵を見つめる。


「死になさい秋月理人! 忌まわしき全ての過去と共に!」


 空中から特大の才を放ったその直後である。突然クエンは背後に重さを感じた。振り返るとそこには何故かメアリーの姿があった。

 メアリーは瞬間移動――空渡りの才を使えなかった。少なくともクエンの知るメアリーは。だがメアリーはデルタ4に亡命した後も才の訓練を続けていたのだ。

 空渡りを彼女は完全に会得したわけではなかった。連続では使えないし精度も悪い。まさか壁の中にでも移動してしまえば死ぬしかないが――幸い目的地へ無事に辿り着けた。背後からクエンに抱きついたメアリー。二人は空中でもつれ合う。

 理人はその様子を首をかしげて眺めていた。なぜクエンは才でメアリーを殺さないのだろうか。なぜ瞬間移動で逃れないのだろうか。そもそもなぜメアリーはあんな無茶をしたのだろうか。

 全ては一瞬で答えが出た。走り出し、地べたに刺さっていた祓を引き抜いて跳躍する。回転しながら空中へ――そしてクエンへと襲い掛かった。

 クエンは避けなかった。防御に使った腕を切断される。次の瞬間には再生、メアリーを振り払って瞬間移動したが、理人は先に落下してメアリーをキャッチ、二人も無事であった。


「メアリー、そう言う事なのか?」

「そう。才使いの殺し方は才使いが一番知ってる。私にも手伝わせて」

「だけど、僕の力は多分君にも効果を及ぼすよ?」

「構わない。夢を叶えて死ねるのなら、まるで夢のよう」


 頷く理人。メアリーを抱き抱えると片足を大きく振り上げ大地を吹っ飛ばす。捲れ上がった岩盤と共に砂塵が爆ぜ、廃墟の街を飲み込んで行く……。


「目晦まし……その程度の事で!」


 才で町ごと吹き飛ばせば済むだけの事。

 確かに才使いにとって視界を妨害されるのは痛手である。才の狙いをつけるのは感覚だが、その感覚は視覚に依存する部分が大きい。代々彼らは才同士の殺し合いをするものだから防具として仮面をつけるのが一般的だし、仮面で視線を隠すことで相手に狙いを悟らせなかった。だが圧倒的な力を持つクエンにとって視覚の有無など些細な事。

 頭上に編みこんだ赤い光の渦を大地へと放出する。荒れ狂う嵐となった才は地上にある何もかもを吹き飛ばし粉砕しごちゃまぜにしていく。辛うじて廃墟を保っていた街を廃にし尽くし、徹底的に灰へと変えていく。だが――。

 側面からであった。黄金の光が円形の弾丸となって近づいていた。咄嗟に腕で防ぐが、腕は分解され血飛沫が上がる。考えるより先に本能は安全の為に瞬間移動を要求するが、移動先にも待ち構えていたかのように光の弾があり、それがクエンの腹に直撃する。

 背中側から内臓をぶちまけ吐血するクエン。直ぐに回復、だが頭は疑念に支配されていた。

 理人は先ほどまで自分の力を遠くに飛ばせなかった筈。だから空中に逃げたというのに、なぜそれが遠距離から迫ってくるのか。そもそもどうして瞬間移動で逃げたというのにそこに攻撃が待ち構えているのか――。考えれば答えは一つしかなかった。


「メアリー……貴女ですか」


 押し潰された街から逃れた理人とメアリーは物陰から空中の敵を見ていた。右目を押さえるメアリー、そこからぼたぼたと大量の血が土にしみこんで行く。


「才使いを殺すには、接近戦を挑むしかない……。クエンを捕まえてしまいさえすれば、理人は勝てる……だから、私が……私がその一瞬を作ってみせる」

「だけどメアリー、君……目が……」


 眼球の裏側、そこに才覚という才を司る部位がある。メアリーの才覚は破裂し血液を流し続けていた。まるで涙のように血を流し、玉のような汗を浮かべながら少女は顔を上げる。


「才を細かく制御する事は難しい。広範囲を薙ぎ払えるのは強いけど、才人は自分のそばで才を使えば自分も傷つける恐れがある。だから才の戦士はみんな接近戦に対応出来るように刀を使った闘法を訓練する……だけど、クエンは……っ」

「メアリー!」


 苦痛に顔を歪めながらも理人を片手で制し、メアリーは話を続ける。


「クエンは絶対無敵……彼女は訓練なんてした事がない。敵に近づかれるなんて事考えてもいない。だから捕まえて……距離を零まで詰め、絶対域に飛び込んでしまえばいい。空渡りは自分の身体と接触している物は一緒につれて移動してしまうから、一度捕まえさえすれば……」


 少しの間黙り込んだ。それはメアリーを案じていたからだ。

 たった二回攻撃に使っただけでこの有様なのだ。恐らくメアリーはこの攻撃で死ぬつもりだろう。クエンを殺し、世界を滅ぼして自分も死ぬ。それがメアリーの選択なのだ。


「クエンを殺して、理人。この世界を壊して」


 ゆっくりと顔を上げる。そこでメアリーは泣きそうな顔で笑っていた。


「クエンを解き放ってあげて。もう誰にも利用されないように」


 決断は早かった。頷いて理人は立ち上がる。クエンはとっくに再生済みで、空を漂っている。理人は左右の掌から光を発し、メアリーはそれに左右の手を重ねるようにして才を発揮する。

 クエンは理人の光を才で防いでいた。それは即ちこの光に才の力を及ばせる事が出来るという事を意味している。膨大な出力を誇る小さな光を弾状に包み込み、血を流しながらメアリーは空を睨む。

 理人に遠くまでこの光を運ぶ力がないのなら、自分がそうする。それで目が見えなくなろうが才を使えなくなろうが構わない。放たれた光は才と同じ速度でクエンへと迫る。クエンは理人の光ではなくメアリーの才を察知して反応、その光の弾を才で相殺した。


「まだ……もう一発!」


 カーブした弾が側面から襲い掛かる。クエンはそれを同じく才で撃ち落す。そうして振り返り、予測していたメアリーの空渡りに備えた。

 メアリーは予想通り背後に出現した。だが思っていたよりずっと近い。互いに右腕を突き出す二人。そして同時に才を放つ。互いの才が干渉し合い、歪みを有みだす。そのわだかまりがはじけると同時、二人の右腕が肉片となって飛び散った。

 血飛沫に隔たれながらも見つめあう二人。クエン・ユラサとメアリー・ホワイト。二人は確かに嘗て戦友であった。だが今はこうして殺し合っている。それはなぜなのか。

 クエンがあの重苦しい鉄の扉を開き、メアリーに光を齎してくれた。クエンはメアリーにとって間違いなく救世主であった。かけがえのない恩人であり友であった。だというのに今は交わす言葉の一つすらなく、殺しあう以外にどんな道すら見えないように思えた。


『――私、あなたにずっとお礼を言いたかった』


 言葉ではない。概念による才の通信、木霊。時間が止まった気がした。


『私はずっと、あなたになりたかった。何もかもを変える存在になりたかった。だけど今は違うって思う。あなたは完璧な存在じゃなかった。完璧な存在であったとしても、それを望んではいなかった。あなたはただの女の子だった』


 メアリーの言葉に目を細めて微笑むクエン。大人びた、しかし少女らしい笑顔だ。


『それでも私はこの世界を許せない。ううん、違う……許すとか許さないとかじゃない。私は他に生き方を教えられなかった。そうあれと世界に義務付けられた。だから迷う事無くあなたを殺せる。あなたがたとえ私にとってどんな人間だったとしても――必要とされるのなら』


 落ちて行くメアリー。ゆっくりと、血を巻き上げながら。右目の眼球は破裂していた。右腕もすっかり木っ端微塵になっていた。まるで赤い花弁のように血潮が舞う。それをクエンは音もなく見送る。


『さようならクエン。私に意味をくれた人』


 クエンの背後、大地から飛び上がった理人が剣を振り上げていた。だがそれも読んでいた事。クエンは瞬間移動で理人の斬撃をかわす。

 すかさず距離をとって才を放つ。理人は祓でこれを薙ぎ払うが祓の方が破壊されてしまった。メアリーは最早戦闘不能、このまま落ちれば死ぬだろう。そうすればもう理人が空中にいる自分を攻撃する手段はない。


「勝った」


 目を細め才を放とうとしたその時。理人は空中でくるりと回った。なぜ空中であんなにも動けるのか――なんて疑問にクエンが直ぐに行き着かなかったのは、彼女が才の力で自在に浮遊出来る存在だったからだろう。

 理人はクエンに向き合うと、空を蹴った。空を蹴って、もう一度跳んだのである。しかもその加速は尋常ではなく速い。一瞬、一呼吸で間合いを詰めて腕を伸ばす。

 空中で足先からエネルギーを放出しての二段ジャンプ。地上でもそれは一度だけ使った。メアリーを最初の一撃から庇った時である。音より速い加速も全ては鎧の頑強さがあってこそ。秋月理人は距離を詰め腕を伸ばし光を放ってクエンの左半身を吹き飛ばす。そのまま顔面を握り締めると、天を蹴って大地に落ちた。

 衝撃が走った。大地に減り込んだクエンは後頭部から血をぶちまけながら目を見開いて理人を見つめている。息がかかるほどの距離。この状態では才を使えない。


「楽しかったよ、クエン。ありがとう……僕と遊んでくれて」


 理人はそうしてためらいなくクエンの右腕に掴みかかった。掴んでかかったのである。

 強引に光の鎧を纏った指を挿入し、掴み、右目を引き抜く。救世主の力が宿ったメシアの右目。それを奪い取られたクエンは悲鳴を上げながら仰け反った。


「ああああああっ!! わたくしの……わたくしの……わたくしの……っ!!」

「――それは違う。こいつはもう、僕の物だ」


 クエンの目の前で瞳を握り潰した。呆然と震えるクエン、そのまま力なく倒れこみ、夕焼けに染まる空を見上げながら少女は涙を流した。

 光の鎧を解除し佇む理人。少年は光の粒となったメシアの瞳を自らの胸に押し当てる。そうしてクエンの傍に腰を下ろし、一緒に空を見上げた。


「楽しかったね、クエン。楽しかった……これまでの人生で一番。君のお陰だよ。僕は君に恋をしていた。君を愛しているよクエン。君と一緒に遊べて……本当によかった」


 クエンは何も答えなかった。心をすっかり何処かに置き去りにしてしまったかのように沈黙を守っている。理人は座ったままその髪を撫で、寂しげに笑顔を浮かべた。

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