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救世のパラノイア  作者: 神宮寺飛鳥
モーメント・オブ・リヴァレーション
10/13

3-3

 ゼータ1には終焉の時が近づいている。ユラサの城の中、ヘイゼルはそれを確かに感じ取っていた。廊下で佇む男の傍へ慌しく部下が駆け寄ってくる。


「同志、非戦闘員の避難が完了しました」

「そうか。ではお前も持ち場に着け」

「は……。しかし、同志……なぜクエン様は敵を倒してくださらないのでしょうか?」


 部下の言葉に目を向けるヘイゼル。若い青年だ。恐らくは先の革命戦争末期に参加したのだろう。なんとなく目を見ればわかる。


「クエン様は神にも等しいお力をお持ちです。自分は見ました。クエン様がたったお一人だけで数多の敵を薙ぎ払い、我らを勝利に導いてくださった事を」

「……そうだな。クエンは強い。恐らく敵の救世主よりもずっと……な」

「では、何故!? 何故敵を滅ぼしてくださらないのですか!? これまでのように!」


 眉を潜めるヘイゼル。その威圧感に青年は背筋を震わせる。


「俺達はあいつを戦わせすぎた。あいつを一人にしすぎた。俺達はあいつをあまりにも人間扱いしなかった。あいつはもう疲れたんだ。あいつがそう望むのなら、そうあるべきだ。あいつがこの世界は滅ぶべきだというのなら。俺達は滅ぶべきなんだよ」

「……自分には……納得できません」

「……そう言うなよ。誰かに頼ってきた人生のツケだ。誰かに頼ったまま一緒に沈め」


 考えた後敬礼を残し青年は走り去った。既に全軍の戦闘準備は完了しているが、全兵力をかき集めた所で数は精々一万五千程度。その中で肝心の才を使える才人は八百人程度だ。世界の総人口がとっくに一億を切り、それぞれの領地の復興に戦力を割かれ、敵の救世主との戦いになると、世界同士の戦いになると殆どの人間が理解しないまま、この世界は決戦を迎える。

 もしも戦争に敗れたなら、何千万という人々が何も知らぬまま消滅する事になるだろう。それはそれである意味救いなのかもしれない。世界の終わりというものをヘイゼルは知らなかったが、少なくともこの世界で生きて行くよりは楽だろう。

 男はゆっくりと歩き出した。目指す場所は誰も近寄らないクエンの玉座だ。天守閣にあるその場所でクエンは一人座につき、開かれた窓から続く世界を見ていた。


「ヘイゼル」


 クエンの声に応えずに歩み寄る。そしてその傍らに立ち、同じ景色を目に焼き付ける。


「わたくしを責めないのですか?」

「……なぜ俺にそんな事が出来る。俺はお前に何かを言えるような人間ではない」

「今すぐ敵の世界に乗り込んで……力を解き放ち……全てを破壊し尽くせと。せめて勝てないのであれば忌まわしき異世界に消せない傷を……一矢報いよと、そう命じてくれても良いのですよ? さすれば従いましょう。あなたの心のままに」


 少女を見下ろすヘイゼル。そして玉座の前に跪きその手を取る。


「……俺はお前に何をしてやれただろう?」


 幼い頃からヘイゼルは王直属の護衛兵として育った。元々は閉人であったが、才人の一族の生まれだ。強化措置を受けることで能力に開花し、肉体も屈強に改造された。

 改造措置を受けた人間の寿命は長くない。ヘイゼルは強化人間の中では長生きな方だ。クエンが世界を変える為の戦いを始めた時から今に至るまで、なんとか持ち堪えてきた。

 クエンの傍に居て彼女を守る事、それがヘイゼルの仕事だった。なのに暗殺者にクエンが襲われた時はむしろ彼女に守られてしまった。クエンは暗殺者に殺されそうになったヘイゼルを庇い、刃をその瞳に受けたのだ。

 誰から見ても明らかな致命傷であった。才人として、そして人間として……王として。救世主の一部となった瞳はその程度の攻撃で滅される事はない。それはクエンもヘイゼルもわかっていた。だが毎日毎日続けられる殺戮の日々から逃れようと、ヘイゼルが嘘を提案したのだ。


「俺はお前をここから解き放ってやりたかった。だが……そんな事はただの現実逃避に過ぎなかった。結局今になってもお前は世界の中心で……お前が全ての責任を背負わされている」


 昔は……こんな未来を思い描いたりはしなかった。

 世界が一つになる瞬間を夢見た。差別をなくし。闘争をなくし。最後にはクエンという王の下に平定された和の世が訪れる……そのはずだった。

 子供だったのだ。ヘイゼルはその頃まだクエンという幻想に酔う一人に過ぎなかった。彼女がどれだけ苦しみ、どれだけ血を流し、どれだけの恐ろしい絶望を繰り返し心をすり減らしながら生きているのか……その事を何一つ理解していなかったのだ。

 それに気付いた時男は心を捨てた。悲しみを、怒りを捨てた。クエンがそうするように、自らも人間らしく生きる事をやめたのだ。

 ただクエンを守る盾であり、彼女の躊躇いを殺す刃であればいい。そう願い、そうあれかしと行動を重ねてきた。だが……それで一体何が変わったというのか。


「何も変わらなかったよ。世界は何も変わらなかった。この世界は、人は、ただ誰かに救われているだけじゃダメだったんだ。そんな事にも気付かず俺は……」

「ヘイゼル」


 クエンは両腕を広げて微笑んだ。ヘイゼルは無言でその身体を抱き締める。

 昔からそうだった。痛みや悲しみに泣きじゃくるクエンを男はそうやってあやしてきた。クエンはもう泣かない。涙を流さない。けれどそれは今も変わらない。


「すまないクエン。俺は……お前を守ってやれなかった。だからせめてお前と一緒に死ぬよ。お前と一緒に消えてなくなる。それがお前にしてやれる最後の事だ」

「それは違うよ。ヘイゼルは死なないで、生きて。生きる事をやめないで。私がこの世界で生きていたという事を、貴方には覚えていて欲しいから」

「お前がいなくなればこの世界は消える。お前が居ない世界になんの価値がある? 消えてしまって当然だ。俺は……消えてしまって然るべき存在なんだ」

「貴方が居てくれたから、生きてこられた。貴方を信じてここまでこられた。だからそんな事を言わないで。私の人生を、何もかも無駄だったなんて……そんな風に思わせないで」


 そっと身体を離し見詰め合う二人。クエンは穏やかに、本当に優しく微笑んだ。


「最後まで貴方のままで。貴方は貴方でいて……ヘイゼル」


 目を閉じ唇を噛み締めるヘイゼル。そうして立ち上がり、力強く頷いた。


「我が瞳に誓って」


 震える拳をぎゅっと握りこんで男は決意を固める。迷いなど、今更何の意味がある。

 戦うべきだ。どこまでも果てしなく戦うべきだ。戦って戦って何もかも戦ってなくなってしまうまで戦ってそれでこそそれを通してこそ初めて人生に意味が生まれる――。


「姫様、ヘイゼル!」


 振り返るとそこには包帯を巻いたミサギの姿があった。よろけながらも近づき、二人の傍に膝を着く。クエンは玉座から降りるとそんなミサギに寄り添った。


「私も戦います! 身体はこれでも才は使えますから!」

「いえ……もういいのですよ、ミサギ。貴女は城の地下に批難してください」

「世界がなくなるかどうかって時に休んでいられません! それに……それに、私とヘイゼルがいなくなったら姫様が独りぼっちになってしまいます! そんなのはあんまりです!!」


 涙を流しながらクエンに抱きつくミサギ。クエンは驚きながら苦笑を浮かべる。


「可愛そうな姫様……どうしてこんな……! メアリーは勘違いしてるんです! この世界のこと、全部姫様のせいにして……! 苦しみも悲しみも誰かが勝手に作ったものじゃないですか! どうして姫様がそれを背負わされなければいけないんですか!?」

「私がこの世界の……王だからですよ、ミサギ」


 ミサギの頭を撫でながら目を閉じる。本当に下らない世の中だった。本当に本当に下らない人生だった。なあんの意味もない世界。けれどもこうして自分の為に泣いてくれる人がいる。自分と最後まで運命を共にしてくれる人がいる。それだけで少しだけ汚物のような人生にも光が見えた気がした。


「大丈夫、きっと大丈夫。これで最後です。自分自身にもこの世界にも……けりをつけます」

「姫様……」


 ミサギが何かを続けようとした時、鐘の音が鳴り響いた。警鐘だ。敵の出現を意味するその甲高い音に耳を傾けながら、クエンはゆっくりと……優雅に立ち上がった。


「行きましょう、ヘイゼル」

「ああ、行こう。我が悠久なる王よ」


 手を取り合う二人。次の瞬間には才の力で瞬間移動し、二人の姿は天守閣から消えていた。


「姫様……死なないで。どうか……死なないで……」

 泣きながら祈るように呟くミサギの声は、広すぎる部屋の中、警鐘に紛れて消えた。




「――それではこれより第一次異世界攻略作戦を行なう」


 桂の指示に従い理人はゲートを開く。場所は米軍東京基地の滑走路だ。そこに開かれた無数のゲートに戦車やヘリコプターが次々に吸い込まれて行く。


「相手は所詮近代兵器を持たない旧時代の戦争屋だ。大火力で蹂躙しろ。才兵士に関しては対才用の防具で挑め。銃で奴らは十分に殺せる。臆する必要はない」


 メアリーの才の一撃を受けても坂東は転ぶ程度で済んだ。それほどまでにウルズ鉱石の効果は絶大なのだ。改良を加えたウルズ防具を装備した兵士、単純に重装甲な戦車ならば才の攻撃にも耐えられる。そして才による攻撃が敵の最大火力なのだから、他に案ずるべき事もない。


「僕が行かなくていいんですか?」

「君が出るのは敵の救世主を引きずり出してからだ。それまでは通常戦力で蹂躙する。自軍の兵力が惨殺されるのを見れば、相手も重い腰をあげるだろう。その後は秋月君の出番だ。救世主の力を解放し、敵を完全に抹殺して欲しい」


 夜の基地の中、出撃する米軍部隊を背に桂と語らう理人。その傍に立っていたメアリーがゆっくりとゲートへと歩き出す。


「あなたが来るまで、私があなたの道を作る。立ち塞がる全てを薙ぎ払って」

「メアリー」

「……わかってる。私は私の願いを叶える為に戦う。目的を見失ったりしない」


 以前とは少しだけ違う、力強い瞳。理人はそれに安心して頷き返す。


「死ぬなよ、メアリー」

「死なない、復讐を終えるその時までは」


 そういい残してメアリーはゲートに飛び込んだ。ゲートの向こう側とこちら側とは物理的に繋がっていると判断される。故に通信も可能。異世界の状況を映像と音声で確認しつつ、桂は理人に目配せする。


「それでは作戦開始だ。よろしく頼むよ、救世主」




 ユラサ城は湖に囲まれた城だ。城の周りには城下町があったが今は存在していない。つまりただの平地。背水の陣で挑む一万五千のゼータ1戦力の前方にゲートが出現し、次々に戦車が出現する。それは彼らの見た事のない巨大な兵器であり、放たれた砲弾の一撃が布陣を突き崩すのを見て誰もが動揺を隠せなかった。

 そう、彼らの襲撃を受け才を初めて目撃したデルタ4の防衛戦力が蹂躙されたのと同じこと。特にゼータ1の兵力は殆どが精鋭に程遠い元民間人達だ。革命の為に立ち上がった軍隊など所詮は烏合の衆。一部の才能力者とクエンに頼りきっていた彼らが異形の兵器を前に戦意を奮い立たせることは難しい。


「……オーガ隊を前へ! 才を使える者であの大型兵器を破壊するぞ! 続け!!」

「全軍前へ! 全軍前へ!!」


 仮面を着けヘイゼルは部下と共に走り出す。その運動能力は明らかに人間離れしているが、デルタ4の銃火器を全て掻い潜る事は至難。才の力で砲弾や銃弾を弾き飛ばしながら疾駆するが、才能力者は一人、また一人で撃ち殺されていく。

 一斉に才による攻撃が始まり敵兵を吹き飛ばし戦車の砲身を捻じ曲げるが、完全破壊にも殺害にも至らない。才を食らっても平然と起き上がってきた重装甲の兵士が機関銃で能力者を返り討ちにする様にヘイゼルは舌打ちする。


「ウルズの防具か……!」


 ウルズの防具をつけているのは極少数、最前線にいるものだけだ。元々ゼータ1の戦力やオーガの装備から奪った物なので数が少ない。しかしそれだけでも十分な効果を見せていた。

 才による攻撃を諦め剣で切り込むヘイゼル。防具と防具の隙間に刃を通し奮闘する。才能力部隊は間違いなく精鋭の集団であった。彼ら一人一人の戦闘力、志気、共にデルタ4の兵士を圧倒している。それぞれが一騎当千の兵士達、だが――。


「全軍前へ!! どうした、何故進まない!? 進め! これは命令である!!」


 夕焼けの光の中、銃弾の飛び交う戦場の中、ヘイゼルは一度だけ振り返った。返り血を浴びたその顔に絶望が色濃く見える。彼ら精鋭の後に続く者は……誰一人いなかった。

 一万五千も居ながら。それだけの数が集まりながら。たった数百のデルタ4の兵器に蹂躙され恐れをなして身動きもとれずに居る。これがこの世界の現実。一部の人間が齎す救いに縋ってきた民衆が、何もしないままただ理想だけを掲げてきた結果。彼らは戦わない。戦えない。これまでもそうだったのだ、これからだってそうに決まっている。彼らは最初から諦めているのだ。この世界を――否。この世界を守ってきた、あの姫を。


「…………貴様ら……ッ!!」


 血走った目で歯軋りするヘイゼル。その横でまた砲撃により仲間が一人バラバラにされる。


「同志! このままでは全滅です!」

「せめてヘイゼル様だけでもお守りしろ! 我等の要であるぞ!」


 集まってきた仮面の兵士達は才を使い戦車を黙らせながらヘイゼルを守って整列する。そうして一斉に剣を抜き構えた。


「全兵抜刀! 全兵抜刀! 一斉突撃!」

「――やめろ!」


 咄嗟にそんな言葉が口に出ていた。部下達は才で銃弾、砲弾を跳ね返しながら突撃する。彼らは違う。烏合の衆ではない。これまで理想の為に戦い、本当に戦争をしてきた者達だ。彼らだけが戦える。彼らだけがこの世界を守ろうという意思がある。

 ヘリからの爆撃で吹き飛ばされても、戦車の砲弾で散らされても、封印防具をつけた兵士に撃たれても彼らは戦い続けた。兵器は才を重ねて破壊すればいい。兵士は刀で切り殺せば消耗しない。それで撃ち殺されても彼らは止まらなかった。

 爆音が聞こえる。炎が肌を焼く。ヘイゼルは走り続けた。ただ敵を殺し、戦い続ける。仲間がばたばたと倒れていっても気にも留めなかった。気に留める余裕もなかった。

 ずっと考えていたのだ。この戦いに何の意味があるのか。何故戦っているのか。考えても考えても思い浮かぶのは幼い頃のクエンの姿だ。あの少女を守りたかった。この世界から、哀しみから苦しみから救いたかった。それなのに……何故。

 爆撃、砲撃、機関銃による面制圧……それが鍛え抜かれた戦士達を屠って行く。ヘイゼルは傷を負いながらも戦い続ける。そこへ倒れたデルタ4の兵士の屍を踏み越えメアリーが迫る。

 両手に持ったサブマシンガンを乱射しながらヘイゼルへ迫るメアリー。その攻撃から庇おうと仮面の戦士達が立ちはだかるが、才で吹き飛ばし、マシンガンを左右に突き出して一掃する。才使いにとって高威力の弾丸を連射されるのは最も防ぎにくい攻撃なのだ。それをメアリーは誰より理解している。


「メアリー・ホワイト……! 貴様!」


 血を吐きながら倒れた兵士の頭を踏み砕き容赦なく引き金を引く。顔色ひとつ変えないまま殺して行く元味方達。弾の切れたマシンガンをすて、メアリーは剣を抜く。

 才の光を刀で切り払い突き進むメアリー。才人の戦士を物ともせず次々に切り殺し、薙ぎ払い、返り血を身体いっぱいに浴びながらメアリーはヘイゼルへと駆け寄る。

 才と才が衝突する光が爆ぜ、それを突き破ったメアリーが切りかかる。二人が刃を交える度に才の光が爆ぜ、きぃんという耳障りな音が響いた。


「結局お前はデルタ4の人間……ゼータ世界群の俺達とは相容れない存在か……!」

「ヘイゼルには感謝してる……私に復讐する為の力を与えてくれたから」


 瞳を見開くメアリー。その才は発動までが異常に早く、発動予告となる光の明滅も感じ取り難い。かつ高出力高精度であり、生半可な才使いでは相手にならないほどの力であった。

 派手に吹っ飛びながら空中で体勢を整え着地するヘイゼル。メアリーは滑るような動きで高速で距離を詰めると、拾った敵の剣とあわせ二刀流でヘイゼルを追撃する。


「あなたが死ねばユラサの軍は分解する。結局の所戦っているのはあなた達だけじゃない」

「そうだ……それが俺達のしてきた事のツケだ……! この世界の連中はな……自分の力で! 自分の意思で生きようってやつすらいない!! そんな世界死んでいるのと同じだ……!」


 だが。それでもこうして戦っている者達がいる。その殆どが才人である。この世界を支配していた才人である。彼らは才人でありながら閉人に味方し革命軍に所属した者達だ。真の意味で自分達にとって都合のいい世界ではなく、平等な豊かさをと渇望した者達なのだ。

 ハンパな気持ちで戦争をしているわけではない。自らの人生の幸福をひっくり返して叩き売りにしてまで世界平和を唱えた恭順者達だ。彼らが居る限り……まだ、戦える。


「俺達は自分達の行いにどんな意味があったのか知りたいだけだ。終わってしまう前に……生きていた証を、自分達で納得したいだけだ! 俺は……まだこんな所では終われない!」


 刃を振るい渾身の一撃を繰り出すヘイゼル。空を裂くその一撃をメアリーは拾った剣で受け流し、身体を反転、すぐさま細く改造したもう片方の刀でヘイゼルを薙ぎ払った。

 肉が裂かれ骨が断たれ血が噴出す。刀を握り締めていたヘイゼルの腕が吹き飛び空を舞った。防具でもある刀を取りこぼしたヘイゼルの腹に蹴りを打ち込み、すかさず才で吹き飛ばす。メアリーの攻撃を受けたヘイゼルは血をばら撒きながら瓦礫の中に頭から突っ込んで倒れた。


「同志!」

「ヘイゼル様が……!」


 刀についた血を舐めながら目を細めるメアリー。とどめを誘うと片腕を前に突き出したその直後、その腕を何者かに掴まれている事に気付いた。


「クエン……!?」


 何の動作も前触れもなくクエンはそこにいた。そしてそこにただ立ったまま、何の言葉も動きもなくメアリーに才を打ち込んだ。その光はメアリーの身体を貫通し背後を衝撃波で吹き飛ばし、赤い光の波を漂わせる程であった。

 口から大量の血液を吐き出しながら身体を丸めるメアリー。咄嗟に才で相殺したものの、メアリーの力で防ぎきれるようなものではない。血塗れで震える手を伸ばすメアリー、クエンはその身体を張るか彼方まで弾き飛ばし、ゆっくりと振り返った。

 そうしている間にも銃弾やら砲弾やらが飛んでくるがクエンは一切無傷であった。倒れているヘイゼルを抱き上げ、悲しげな目で彼を見つめる。


「ク、エン……」

「……ごめんなさい、ヘイゼル。ありがとう……」

「ま、て……クエン……俺、は……」

「もう良いのです。答えならば――既に得ました」


 そっとその場にヘイゼルを下ろし振り返るクエン。そして腕を軽く振るうと展開していたデルタ4の兵力が片っ端から炸裂して消し飛んでしまった。

 そう、片っ端から壊れて死んだのだ。戦車はまるでボロ雑巾のように捻り潰され、ヘリコプターは縦にぺったんこに押し潰され、兵士達はまるで体内に仕込まれた爆弾が一斉起爆したかのように爆ぜて血と肉を撒き散らした。何が起きたのかわからなかったデルタ4の戦力はただ呆然とする。そこへクエンは瞬間移動、空中に浮遊したまま更に手を振るった。

 まるで花火のようにまた血飛沫が一斉に上がった。これで全滅。デルタ4の攻撃部隊は一切の兵器を含め全滅した。クエンが戦場に立ってから二十秒足らずの事であった。


「お、おお……」

「これがユラサ王の……」


 傷付いた兵士達が涙を流しながらその姿を見上げる。クエンは全身に赤い光を帯び、髪を靡かせながら浮かんでいた。その様相は神々しく、人を超えた存在のように映った。


「貴方達は撤退なさい。ここから先は私の戦いです」

「し、しかし……」

「もう良いのです。誰も……彼も……意味すらもなく……私は……」


 憂いを帯びた瞳で軽く腕を振るう。すると兵士達が赤い光に包まれ、一瞬で戦場から姿を消した。ヘイゼルもまた居なくなり、ここでまだ生きている者はクエンともう一人、這い蹲りながら血を流しているメアリーだけである。


「メアリー……貴女は結局、憎しみを捨てられなかったのですね」

「……捨てられるわけ、ないでしょ……? それだけが……それ、だけが……私の……私が……生きている意味……価値……なんだから……!」


 がくがくと震えながら立ち上がる。余りの激痛に顔を歪めながら、泣き出しそうな声で。


「世界とか正義とかそんな事は……どうだっていい! そうしていなければ生きていけない……だから戦う! あなただってそうでしょう……クエン!」

「――そう。わたくしがわたくしであるために必要な事だった。世界がそう望むように。人々がそう望むように。神がそう望むように。わたくしもそう望みましょう」


 右目を覆っていた眼帯が炎で燃え上がると、閉ざされていた救世主の瞳が開かれる。赤い瞳に宿った“聖痕”が光を放ち、クエンの身体を覆って行く。


「救世主の名の下に……我が滅びの“因果イデア”を解き放つ。我は願い、叶え、泣き叫び……天啓を欲する――!」


 右目が眩い光を放った。すると眼球から赤い結晶が血を流しながら突き出し、クエンの全身の肉を食い破り内側から迫り出した。そして結晶は顔の右半分を覆う様にして変形、光の仮面を構築する。


「救世主の……力……滅びの……鎧……」


 ぽつりと呟くメアリー。それは救世主に与えられた本当の力。

 滅びの因果を開放した時、救世主はその身体に滅びそのものを顕現する。それはあらゆる滅びを寄せ付けぬ光の鎧にしてあらゆる者に滅びを与える光の剣。“救世主の鎧”。人間を捨てたこの状態になった時、真の意味で救世主はその性能を発揮する。

 赤い光が、才の光が渦を巻いている。まるで嘆きの声のように空間を軋ませながらクエンを取り巻く。全てを滅ぼす為だけに存在する力の竜巻を前にメアリーは剣を手に取る。


「この姿を見てもまだ……立ち向かうのですね。それでこそ……貴女は貴女らしい」

「そんなに力を使ったら……この世界の寿命が……なくなるわよ?」

「この世界がなくなる……そうですね……それも……悪くないでしょう」


 片手を右目に当てながら口元を歪ませるクエン。そうして狂ったように、火をつけたように、肩を揺らしながら笑い出した。


「メアリー、この世界に復讐したいと思っているのが貴女だけだとでも? 愚かですねぇ貴女は! 貴女以上にこの世界を恨んでいる人間がここにいるじゃあないですか!! 貴女の復讐なんて超意味のない事なんですよメアリー! この世界を滅ぼすのは……わたくしだから!」


 背筋にぞくりと寒いものが走った。クエンは――冗談を言っているのではない。狂ったわけでもない。彼女は本気でそう思っている。本気でこの世界がなくなってもいいと。


「わたくしは私はわたくしは何のために何を何をするためにどうして戦って戦って戦ってきたというのでしょう? 無意味……無価値! ただ誰かに利用されるだけの人生にどんなどんな価値があるというのでしょう? この世界はわたくしを裏切った! この世界に生きる全ての命がわたくしの理想を希望を優しさを裏切った!! クソ以下の汚物以下の蛆虫共の為だけにわたくしは……わたくしの全てを賭けたというのに!!」


 クエンの声は声ではなかった。強力な才だ。この世界に生きる全ての人に聞こえている。兵士達は愕然としていた。先程まで我先にと逃げ惑っていた者達も呆然と足を止め声が聞こえてくる空を見上げている。


「それでも……………………わたくしは、この世界の王だから」


 笑顔のまま固まっていた。もしもクエン・ユラサという人間が完全に壊れたとするのなら、それはまさに今この瞬間であった。

 世界への絶望と憎しみを吐露し解き放った。そこまで本性をさらけ出しながらも、この瞬間理性でそれを押し留めいつも通りの優しい笑顔を浮かべて見せた。それが壊れていないというのならなんだというのだろう。


「だからメアリー。わたくしはこの世界を守る。この世界の救世主として」


 ごくりと生唾を飲み込んだ。メアリーは理解したのは。自分と彼女とでは、意志の力に隔たりがありすぎると。絶望の力に隔たりがありすぎると。彼女は恐らくこの世界の誰よりもこの世界を愛し、だからこそ絶望に身を委ね、理想と現実の狭間で何もかもをぐちゃぐちゃにない交ぜにされるまで戦ってしまったのだろう。

 それを誰も理解しようとしなかった。あのヘイゼルでさえ、ミサギでさえ、この狂おしいまでの愛情と憎しみを理解するには至らなかった。彼女は孤独な王様だった。独りぼっちで人々の為に働く装置に過ぎなかった。ならば。しかるべくして。


「造作もなく世界を滅ぼす」


 目を細めた瞬間、膨大な出力の才がメアリーを襲った。刀で防ぐが刀のほうが一瞬で木っ端微塵に分解される。才での防御も試みるがエネルギーが違いすぎた。造作もなく死ぬ……メアリーがそう感じた瞬間である。大爆発が起こり、クエンの才が大地に巨大な穴を空けた。

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