表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救世のパラノイア  作者: 神宮寺飛鳥
モーメント・オブ・リヴァレーション
1/13

1-0

 ――1999年。アメリカ、カリフォルニア州。

 その日は何の変哲もない平日で、日が暮れれば誰もが当たり前のように眠りについた。

 静かな夜道を少女が歩いていたのは、家族三人で夜空の星を見に行く為であった。

 森林公園の近くにあるその村はお世辞にも都会とは言い難く、不便を強いられる事も少なくない。しかし少女にとってその村こそが世界の全てであり、まだ幼い瞳にはそれ以上の利便性や幸福さなど宿ってはいなかった。

 俗に言う中流階級の家の一人娘として生まれ、田舎の村で育ち、当たり前に生きてきた。

 やっとジュニアスクールに入るようになり、そこで友達も出来た。学校までは毎日通学バスで一時間近く掛かったが、それも彼女にとっては何の問題でもなかった。

 当たり前に続いていた平和な日常。右側に父が、左側に母が歩き、少女の手を左右それぞれ握っていた。

 夜の自然公園からは星がとてもよく見えた。都会の明かりが掻き消してしまう空の煌きもそこでなら十二分に感じる事が出来た。

 とても静かな、とても穏やかな夜。父が組み立てた望遠鏡の傍で呼んでいる。少女は笑顔でそれに応え……そして確かに耳にした。

 最初に感じたのは音。どこからか聞こえた甲高い音だ。

 耳を劈く様な、まるで超音波の様な音が森の中に響き渡った。続け少女は目でその異常を察知する。

 森の中に眩い光が浮かんでいた。そこからは次々に人影が降り立ち、少女達家族の事を見つめていた。

 父が何か言いながら娘の手を引いた。三人は森から逃れようと走り出した。少女は何の意味も理解出来ないまま、ただ父に抱えられていた。

 やがて父が突然倒れ、母も倒れ、少女も共に倒れた。後ろから追ってきていた一人の男が少女の髪を掴み上げ、強引に起き上がらせる。

 男は知らない言葉を話していた。父と母は何か喚いていたが直ぐに黙らされた。少女は何とか抵抗しようとしたが、七歳の少女に出来る事など何もなかったのだ。

 遠く、どこからか赤い光が見えた。夜空の星を全て飲み込み掻き消してしまう赤い光。そこに幾つもの白や黒の煙が上がり、空にストライプを作っていく。

 何度も何度も大きな音が聞こえた。少女は手足を縛られたまま、自分の生まれ育った村が燃えていく様を見ていた。


「どうして?」


 それは自然と零れ落ちた言葉。


「どうして?」


 それは誰にでもなく、ただ運命に問いかけた呪い。

 人が、沢山の人が燃えていた。目には見えない、しかしとても強い力で殴殺された人々が肉片となってあちらこちらに散らばっていた。

 七歳の少女にその惨劇を理解するだけの知識はなかった。ただ聞こえてくる怨嗟の声だけが胸を締め付け、その瞳に嘆きを焼き付けようとした。

 村からは人々が次々に連れてこられた。男も女も子供も老人も分け隔てなく連衡された。その中には血塗れになっている物や身体の部位が欠損している物、その日の夕方まで一緒に遊んだ友達の姿もあった。

 全くの意味不明にさらされながらも少女は唐突に理解した。自分達はもう、この村で生きる事は出来ないのだと――。


 そしてその予感は、現実の物になった――。




 それからあっという間に十年近くの時が流れた。

 少女は十年前に別れを告げた故郷の土を踏んでいた。そこは前回“門”が開いたのと全く同じ場所であった。


「予定通りデルタ4に到達した。ゲートの強度に問題なし。これより周辺調査を開始する」


 現れたのはあの時と同じ、奇妙な衣装を纏った人間達である。

 白っぽい全身を包むようなスーツを着用し、顔には白い仮面をつけている。少女もまた彼らと同じ格好をし、同じ仮面をつけていた。

 十年前にはさっぱりわからなかった彼らの言葉も今はすっかり理解出来る。どんなに吐き気を催す言語でも、遣わなければ生きられなかった。

 小さく歯軋りをした。身体が小刻みに震えているのがわかる。長い金髪を揺らす夜の風が、あんまりにも十年前と同じだったから。


「よし、行くぞ……がっ!?」


 気付いたら堪らなくなっていた。腰から下げていた刀を抜き、自分の上官の背中を深く斬り付けたのである。

 二の句を告げさせる前に横薙ぎに刀を振り男の首を刎ね飛ばす。まるで噴水のように鮮血が噴出し、少女の仮面を赤く濡らした。


「血迷ったか!?」


「やめなさい! どうして優良品種認定されているあなたが……!」


 自分の左右に居た男と女がそれぞれ刀を抜いた。しかし少女はそんな事を気にも留めなかった。

 二人が何か言っていた気がしたが理性がそれを受け付けなかった。つい先ほどまで沈黙を守っていた口は、まるで狂ったように絶叫を吐き出した。

 それからもうよくわからなかった。思考は完全に白く塗りつぶされていたが、皮肉にも鍛え上げた戦闘技術が彼女を生き残らせた。

 “先遣隊”として送り込まれた隊員は六名の一個小隊。しかし今は五人が細切れにされ地べたの上に転がり、一人が月を背に佇んでいる。

 荒らげた呼吸に流されるままに上下する肩。震える指先が緊張から解き放たれ、ゆっくりと刀が地べたに転がり落ちた。

 乾いた音が鳴り響くと同時に少女は両手を己の頬に当てる。そこに肉の温もりはなく、代わりに掌に返るのは冷たく固い仮面の感触だ。

 ずっと――十年間ずっと我慢してきた。仮面を被り己の心を殺し、ありとあらゆる物を呪いながらも受け入れたフリをして、欺き通した。


「やった」


 ぽつりと呟いた言葉が空に吸い込まれていく。少女は返り血に染まった仮面を外し、空に吼えた。


「ざまあああああみろぉおおおおおっ!!」


 表情を作る事がなかった頬に歪んだ笑みが張り付く。目を見開き、涙を流しながら見上げた空には、あの人同じ綺麗な夜空があった。


「殺してやる……全員殺してやる! 私は復讐する! たった一人の容赦もせず、一人残らず殺してやる! 全部! 全部だっ!」


 笑いながら地べたに転がった死体を見やり、思い切り足を振り上げた。

 高笑いしながら生暖かい肉を踏み抜く。臓物から体液が手足を汚しても気にならなかった。

 一心不乱に肉を踏む。踏んで踏んで踏みつけて、それでも心はまるで晴れはしなかった。


 1999年から十年が経過し、世界は2009年になろうとしていた――。




 救世のパラノイア

 ~モーメント・オブ・リヴァレーション~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ