3.シマダ
あの日のことは覚えてるよ。
俺は当時、社会人二年目のサラリーマンで、コピー機の営業のために関東圏を行ったり来たりしてた。
正直、あまり楽しい仕事じゃなかったよ。当時は不況で、営業先のおっさん連中は無理難題ばかり言うし、中には契約を続ける代わりに袖の下を要求してくる奴もいた。そういうゲスな大人に会うたびに、こいつらの頭をかち割ってやりたいと思ったもんだぜ。
まぁ、今となっては、俺もあの頃のおっさん達と同じ歳なわけで、そう考えてみると気持ちはわからねぇでもねぇというか。あの頃の俺は、どう考えても人生舐めてたし、それが仕事の態度にも出てたんじゃねぇかな。あの頃の俺に較べたら、今の若い奴らの方が100倍マシだと思うな。今、20年前の俺が目の前にやってきたら、ぶん殴ると思う。
話を続けようか。あの日、俺はクライアントに謝罪するために東船橋の小さな会社を訪問した後、ちょっと遅れて昼食をとって、それから本社に戻ろうと思ったんだ。
飯は何を食べたかな。今はもう潰れたけど、おいしいラーメン屋があったんだ。そこはシャーシュー麺がすごく美味いって評判だったから食べてから帰ろうと思ったんだ。そしたらすでに店には行列が並んでて、それでちょっと萎えたんだけど、でもまぁ、俺も頭に来てたからな。
腹の虫がおさまらないから、うまいものを食わせてやるかとか思ったんだ。今、考えるとあれが運命の分岐点だったんだな。運命なんて言葉、俺は恋愛でも就職でも使ったことなかったんだぜ。分相応ってのが俺は好きで、そのためにコツコツやって、できること以上のことはしないってのが、俺が大学を出た時に獲得した哲学だったんだ。
クラック? あぁ、俺も見たぜ。あの後、世界中にクラックが出現したらしいが、後にも先にもあんなデカいクラックはないみたいだな。あの日はそうだな。すごく晴れてたんだ。真っ青な青空に白い雲が出ていて、いい天気だなぁって思ったのを覚えてる。
はじめはみんなぼーと空を見つめて、何が起きてるのか理解してなかったって感じだ。俺も最初は何かのイベントかと思った。ほら、飛行機のジェット噴射で文字や絵を描く奴あるだろ。あれかなって。
でもそれにしてはくっきり出すぎてるし、消える気配が一向になくて。何より激しい揺れがあったんだ。それも地面じゃなくて空が大気や雲がグラグラしてるのが肌で伝わってきた。後であれが空震って奴だってラジオで言われて、なるほどなって思ったよ。
でも、本当にヤバいのは空震じゃなくて、その先だったんだけどな。