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埴輪と旅する女①【会津若松編】第002回  作者: Mikiko


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埴輪と旅する女①【会津若松編】第002回

 『Mikiko's Room(https://mikikosroom.com/)』で連載した、会津若松への旅行記(原題は「単独旅行記Ⅶ」)です。


 会津若松に行くのは……。

 実は、初めてではありません。

 なんと、3回目になります。


 1回目は、小学校の修学旅行でした。

 あまりいい思い出はありません。

 バスの旅でした。

 車酔いして辛かったのを覚えてます。

 飯盛山の土産物屋では、白鞘の模擬刀のようなものを売ってました。

 お土産に買う男子も多かったです。

 見学を終え、「またバスに乗るのか」と……。

 暗澹たる思いで駐車場のバスに向かってたとき。

 いきなり男子に取り囲まれました。

 全員、白鞘の模擬刀を抜いてました。

 そして……。

 滅多斬りにされました。

 もちろん、強く叩いたりはされませんでしたが。

 スローモーションみたいな斬り方です。

 中には、わたしの頭に刃をあてて、ギコギコと引くヤツまでいました。


 あんまり良い思い出のなかった修学旅行の地でしたが……。

 なぜかその後、また行ってます。

 社会人になって、新潟に戻ってからでした。

 そのころはまだ、『Mikiko's Room』をやってませんでしたので……。

 休日には、たっぷりと時間がありました。

 自分で車を運転して行きましたね。


 新潟市から会津若松市までは……。

 磐越自動車道を使えば、1時間40分くらいのようです。

 でもわたしは、下道の「国道49号」で行きました。

 磐越自動車道は、対面通行で怖いんですよ。

 片側1車線なので。

 片側1車線で、中央分離帯を区切ってしまうと……。

 遅い車がいれば、あっという間に渋滞してしまいます。

 なので対面通行にして、追い越しが出来るようになってるわけです。

 しかし、怖いですよね。

 高速道路で、反対車線に入るわけですから。

 わたしなら、とうてい出来ません。

 てなわけで、下道をのんびり走りました。

 当時は、腰痛もなかったですし。


 確か、5月の後半だったと思います。

 沿道には、タニウツギやキリの花が咲いてました。

挿絵(By みてみん)

↑タニウツギ


 このときは泊まらずに、日帰りしました。

 1日で、会津若松まで往復したわけです。

 今なら腰が心配で、とても出来ません。

 同じ姿勢で座ってると、覿面に痛くなりますから。

 でも、どこを見学したのか、ほとんど記憶がないんです。

 記録もありませんし。

 当時は、『Mikiko's Room』をやってませんから……。

 旅行記を書く用事もありません。

 なので、カメラなんか持って行ってなかったんです。


 さて、そんな会津若松。

 修学旅行では、いい思い出がありませんでした。

 2回目の日帰り旅行は、ほとんど記憶なし。

 そんなところに、なんでまた行くことにしたんでしょうね。

 明確な理由はないのですが……。

 やはり、心情的なつながりでしょうか。

 戊辰戦争つながり。

 会津と云えば、白虎隊。

 新潟県には、河井継之助。

 共に幕府側として戦い、壮絶な最期を遂げました。

 継之助が亡くなったのは、会津に向かう途中の南会津郡只見町でした。

 こんなところから、心情的なシンパシーを感じるようです。

 雪国という点でも、共通してますし。


 それに、2回行ってることで……。

 フォトジェニックな見所があることを知ってましたから。

 あそことあそことあそこ、瞬時に指を折って数えられます。

 しかも隣県なら、「県民割」が利きます。

 ということで、行き先を会津若松にすることは……。

 あんまり迷わずに決められました。


 前置きが長すぎましたね。

 それでは、始めましょう。

 2022(令和4)年。

 初夏。

 日曜日です。


 あ、もうひとつ追加。

 日曜日を出発日にしたこと。

 これは、2019年の東京行きからのことなんです。

 それまでは、木金で行ってました。

 なぜ、2019年から日月にしたのかと云うと……。

 ホテルの宿泊料金が、曜日によって違ってたからです。

 日曜日が安かったんですよ。

 単にそれだけの理由。

 これがなければ、日月にはしませんでした。

 なぜなら、月曜日に開いてる施設が少ないからです。


 で、今年ですが……。

 会津若松のホテルの料金は、曜日による違いはありませんでした。

 それでは、なぜ日月にしたのか。

 2019年、やむなくこの日程にして、初めて気づいたのですが……。

 準備が楽なんですよ。

 出発前日の土曜日に、時間をかけて準備できますから。

 それまでの木金の日程では大変でした。

 前日まで会社ですから。

 準備は、当日の朝。

 わたしは、こういうことがテキパキと出来ないので……。

 3時起きです。

 それでもギリギリでした。


●ギリギリな女

 単独旅行が始まったきっかけは……。

 検診を受けることでした。

 『単独旅行記Ⅰ(2014年)』では、埼玉の病院で心臓の検査を受けました。

 初日は、それでつぶれます。

 2日目は、そのご褒美として『鉄道博物館』に行きました。

 その1箇所だけ。

 『単独旅行記Ⅱ(2015年)』では……。

 大塚の病院で、『アミノインデックスがんリスクスクリーニング』という癌の検査を受けました。

 2日目は、『江戸東京博物館』に行きました。


 心臓も癌も、症状が出ての検査ではありません。

 共に、取り越し苦労から思い詰めての受診です。

 結果は、共になんてことなし。

 心臓の方は、要観察でしたが。

 でもその後、8年もピンピンしてるわけですからね。


 その『単独旅行記Ⅱ』での受診が、ギリギリだったんです。

 検診は、15時に予約を取ってました。

 ↓そのときの文章です。

+++

 結局、クリニックには、15時3分前に着きました。

 しかし……。

 検診の11時間前から起きてるのに、なぜこんなにギリギリになるのか、わけがわかりません。

+++


 なぜこんなことになったのか。

 それは、交通機関が……。

 予定どおりの時刻で運行されることを前提にして、計画を立ててたからです。

 このときは、高速バスでした。

 高速バスが、渋滞で遅れるなんてこと、考えてもいなかったんです。

 確かに、高速を出るまでは時間どおりでした。

 ところが!

 練馬インターチェンジで高速を降りてからが大渋滞。

 ぜんぜん進まないバスの中で、冷や汗が流れました。


 計画は、余裕を持って。

 これが、旅の基本です。

 でも、直らないんですよね。

 ビビリのくせに、ギリギリの予定を立ててしまうんです。

 何年か前も、電車で、乗り換え時間1分という計画を立てました。

 でもそのときは、計画が根底から覆ったんです。

 飯能だかで爆発物みたいなのが見つかったとかで、電車のダイヤがめちゃくちゃ。

 今は、あらゆる路線が互いに乗り入れてますから……。

 はるか遠い場所の事故でも、ダイヤの乱れが波のように押してくるんです。

 でも、そこまで見こんでは予定を立てられませんよね。

 ほんとは、予備の案を作っておくべきなのでしょうが……。

 そこまでは、とうていできません。


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